タイトル:【RAL】赤の覇道マスター:藤山なないろ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/01/06 00:58

●オープニング本文


 ウルシ・サンズ少将が、「直接少将にお話があるそうで」と呼び出された通信室。
 そのディスプレイ越しに、七十を超えた老将――ブライアン・ミツルギ准将の顔が映し出される。
「生きとったかの、嬢ちゃん」
「もうそんな呼び方される立場じゃねェよ、ジ――じゃねえ、ミツルギ准将」
 暗に階級で呼べと言っているのに自分がしないのもどうかと考え、ウルシは即座に言い直した。言葉遣いがアレなのは、お互い性分なのでこの際スルーだ。
「いきなり通信寄越すたぁ珍しいな。何があった?」
 言った途端、ブライアンの表情が僅かに険しいものになった。
「これを」彼が短く告げた後、別のディスプレイに御剣艦から送信されたと思しき画像データが表示される。
 それは、海沿いのどこかの都市の望遠写真だった。
 そうと分かったのは、手前下部に海が、そこから陸に入ると低い建物が続いていたのが色で分かったからだが――その都市の中に二つ、やけに高さのある建物があった。
「この都市がどうした」
「‥‥お前さんも、アニヒレーターの存在くらいは聞いたことがあるじゃろう?」
 その問いに首肯を返すと同時に、この写真を送ってきた意味をウルシは察した。
 モロッコの先端――ジブラルタル海峡に近いところにあった、バグアの砲台。以前に大規模作戦の最中破壊されはしたが、同じアフリカである以上、作り直されててもおかしくはない。
 それらしき建物が二つあるのは、どちらかがダミーか、或いは両方本物か――そこまではミツルギ側も分からないという。
 ただ分かっていることは、この都市がアルジェ――アルジェリアという国の首都だった街であること。
 そして推測出来ることは、建造の狙いは地中海越しの国かチュニジアであることと――まだ発射されていない以上、建造中の可能性が高い、ということだ。
「‥‥今度は打たれる前に潰しとけ、ってことか」
 ウルシの言葉に今度はブライアンが肯きを返し、
「周りには邪魔がうろついとるが、その露払いもついでに、な」
 回線越しに、二人の表情に同時に強気の色が浮かんだ。

●???
「ねぇ、次はいつ会えるの?」
 ベッドの上で気だるげに裸身を晒しながら、サイドテーブルに手を伸ばした女は何気ない仕草で煙草を口にくわえる。
 声をかけられた男はと言えば、無表情のまま、存外几帳面に脱いでおいた衣服をきちんと着こんでゆく。
「ねぇってば‥‥聞いてるじゃない」
 女のねっとりした声色に、嫌悪感を覚えながら男は何でもない風にこたえる。
「あなたが面白い情報を手に入れたら、です」
 面白くない答え。
 女はつい睨みつける様に男へ視線を向けると、パリッとした白いシャツを素肌に羽織る瞬間の男の背が目に入った。
 その晒された背中には、大きく刻まれた羽根のイレズミが存在を主張し、脳裏に強く焼きつく。
 女は、その男がどうしても欲しいと思った。
「あたしのモノになる気はない? お小遣いならいくらでもあげるわ。だから‥‥ね?」
 縋る様に男の後背から抱きつくと、深いため息が聞こえてくる。
「あなたは黙って連中から情報を吸い出してくればいいんですよ」
 強い拒否反応と共に払われる両腕。女のプライドにも、いい加減亀裂が入った様だった。
「これは、提案じゃなくて脅しよ。貴方の事、密告しても良いのよ。議員の動向を探ってる男が‥‥っぐ」
 罵るように言葉を紡いでいた口が動きを止め、女の身体が宙に浮く。
 男は軽々と片腕でその首を掴み持ちあげ、そして憐れんだ瞳で女の顔を見た。
「‥‥勘違いするな。僕の掌で踊っているのはお前だ」
 瞬間、何かの潰れる音がした。
「あーぁ、おろしたばっかのスーツが台無し。‥‥きったねぇ赤にしやがって」


「おい、聞いたか? 近所のホテルで殺人事件があったってよ」
「‥‥へぇ」
「他人事じゃないかもしれねえぞ? 遺体の損壊具合がやばいっぽい。人間のなせる技じゃないとか。バグアの仕業じゃないかって話だぜ」
「ふーん。‥‥僕、興味ないので」
「おまえなぁ‥‥ま、いいや。今日からアフリカ出張なんだろ?」
「ええ、まぁ。撮影ですね、いつも通りさらっと行ってきますよ」
「気をつけろよ。危険な場所なんだからよ」
「あは、大丈夫ですよ。多分、ね」

●アルジェリアを攻略せよ
「先の作戦は、皆、本当によく頑張ってくれた」
 ジョエル・S・ハーゲンがミーティングルームで目の前にしているのは、彼自身が長を務める小隊の面々。
「あんとき助けてもらった傭兵の皆さんのおかげっすねー」
「俺らだけじゃあれ無理だったっしょ」
「ていうか、その前も助けてもらってるっすね」
 過去の依頼を思い返しては、皆、『仲間』の存在のありがたみをひしひしと感じていた。
「雑談はそこまでだ。今回の依頼の説明をする」
 放っておけばいつまでも楽しげに話を続ける彼らを、ジョエルは一度制す。
 目の前にいるのは良い歳の男たちばかりなのに、まるで小学校教諭のような気分になってくるから不思議なものだ。
「‥‥Chariotにもまた、お仕事くるようになったんすね。嬉しいっす」
 Chariotとは、ジョエル率いる小隊の名称だ。
 Chariotの面々はその事実を噛み締めながら、静かに頷くと長の話に耳を傾けた。
「今回はアフリカ大陸に飛ぶ」
 ミーティングルームにデジタルマップが浮かび上がり、アフリカ大陸の全体像が映し出される。
 そして次に、各国ごと支配勢力に応じた色の光が、地図に灯された。
 しかし‥‥どこを見ても、赤、赤、赤。アフリカ大陸はほぼ全土がバグア支配地域なのだ。
 ジョエルがボタンを押すと、大陸の一部が拡大表示される。
 拡大されたその国の名は‥‥アルジェリア。
「先日、アルジェリアのアンナーバが解放されたことは記憶に新しいが‥‥今回の目的地はアルジェリアの首都アルジェだ」
 そこへ数枚の写真が現れ、現地の様子が伝えられる。
 首都アルジェに、突如大量のキメラや陸戦兵器が現れたのだそうだ。
「へぇ。にしても、なんでアルジェなんすか?」
「‥‥俺にわかると思うのか」
「隊長‥‥ッ!」
「大丈夫っす、俺らも全然わかんねっす!」
 ひょっとしたら競合地域であるアルジェリアにおいて、首都を完全にバグアの手に落として置くことでバグア支配地域として、オレンジを限りなく赤にしておきたいのかもしれない。
 しかし、奴らにどんな狙いがあれど、そこに住まう人々やアフリカ大陸という大地に、現地の人々が命を賭して築き上げた町を、簡単に手放していい筈がない。
 そこにいる人々を一人でも、彼らの住まう家々の一区画でも、守りきることに尽力できる。
 その、自分達の傭兵としての力に感謝するとともに、Chariotの面々は本作戦を共に遂行する傭兵達に視線をやる。
「我々が向かうのはアルジェの南だ。その区画内の敵の掃討及びそこに残っている住民の避難を行う。アフリカの大地を‥‥これ以上、奴らの好きにはさせない」
「ラジャー!!」

●参加者一覧

草壁 賢之(ga7033
22歳・♂・GP
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD
藤宮 エリシェ(gc4004
16歳・♀・FC
イレイズ・バークライド(gc4038
24歳・♂・GD
空言 凛(gc4106
20歳・♀・AA

●リプレイ本文

 赤。
 血の色。
 火の色。
 警戒の色。
 バグア支配地域を表す色。
 アフリカの大地に沈む、夕陽の色。

●今回は真面目路線でもいいですか(←
 アルジェ南方。
 白き町並みの至る所から、黒煙が空へと昇ってゆくのが見える。
 空の青さを誇張するように地上を赤々とした怒りが支配し、そして熱に揺らめくその奥に黒い無数の敵影が蠢いていた。
「この数‥‥!」
 到着した傭兵の一人、秦本 新(gc3832)が眉根を寄せる。
「前回以上に気合入れた方が良さそうですね」
 遠目にも見えるのはタートルワームの背。放たれる砲撃、そして舞う建物の破片と砂埃。
「世界遺産まで蹂躙しちゃうとはなぁ、地中海風の街並み好きなのに‥‥」
 アルジェには幾つかのモスクをはじめ、貴重な建造物も多い。
 それを解さず、ただ破壊と支配に耽る敵の姿を淡々と見つめる草壁 賢之(ga7033)は、小さく溜息をついた。
「先に暴れてぇけど、やることやってからじゃねぇとな!」
 手首を回しながら軽く骨を鳴らし、空言 凛(gc4106)が、にっと口角をあげる。
 この区画には人が残っているのだと言う話だ。バグア支配地域であったこの地に彼らが一体なぜ残っていたのか?
 ‥‥それはまた別の機会で語られる事があるかもしれないが、今はとにかく救える命は救いたいと一同は願った。

「さてと‥‥作戦の開始にあたり俺から言っておきたい事は一つ」
 イレイズ・バークライド(gc4038)はその手に巨大な剣を握りしめ、立ち昇る炎を瞳に捉えていた。
「死ぬな、生きて帰れ、それだけだ」
 大剣を軽々と持ち上げ、それを背に負う。まるで、自らに何らかの戒めを科すように。
「‥‥イレイズ。一つじゃない気がするが」
「なんだっていい。また生きて顔を突き合わせることが大事なんだ」
 ジョエルは、自分が隊員に言い聞かせている言葉に似たそれを聞き、改めてイレイズに信頼を寄せた。
 この面々ならば、安心して隊員を任せる事が出来る。気の持ちよう1つだが、その信頼の有無は大きい。
「厳しい任務ですが、私達に不可能はない‥‥ですね?」
 絶望にも似た色を放つ景色。それを目の前にしても、藤宮 エリシェ(gc4004)は敢えて笑んでみせた。
「やってやれない事などない。人の可能性は、無限大だ」
 小隊Chariotを率いるジョエルが力強く肯定する。
 はい、と小さく応えると、エリシェは乾いた風の吹く大地に凛と立つ。銀糸のような髪をなびかせながら‥‥
「今回の合言葉は『誕生日記念に勝利を』です♪」
 笑顔で宣言した。
「なん‥‥だと‥‥」
 ジョエルの反応はさておき、Chariotの面々はその言葉に振り返る。
「そうだ。藍ちゃん、誕生日なんすよね!」
「あ、えっと‥‥」
 とまどう御鑑 藍(gc1485)を他所に無駄に盛り上がるChariotの面々。
「今日じゃないけど、でもめでたいっす」
「イレイズさんもじゃん!」
「まじで! イレイズさんいくつになr」

 ──以下、割愛──

「お祝いは嬉しいのですが、その‥‥」
 連中の会話についていき兼ねた藍が、落ち着いた頃を見計らってようやく口を開いた。
「合言葉は少し‥‥恥ずかしい、です」
「恥じらう姿がまた可愛‥‥」
 スパンッ。
「あまり、彼女を困らせないように」
 新の一撃が、ヴェルナスの後頭部を直撃した。

●side:B
「まずは私達が突入して敵を引きつけます」
 藍が静かに微笑み、覚醒。アフリカの大地に蒼い雪の様な光がふわふわと舞い、猫娘が刀を構える。
「行くぞ、道を拓く!」
 イレイズが斬馬刀を構えて先頭を行けば、新も首肯しAU−KVを纏う。
「中央で、待ってますから」
 信頼を言葉に残し、新たち大物対応班は南区画の中央メインストリートに突入すると、程なくして、大きな戦音が届いた。
 彼らがそこに蔓延るキメラ達と交戦を開始した証。それを確認した残る面々も、静かに動き出す。

「うしッ、白い街アルジェ、白いままで返してもらうとしますかッ」
 俺らもいきましょ、と賢之がオーディとルーナスの肩を力強く叩く。
「俺らバカですけど、戦闘は任しといてください! 必ず守ってみせますよ」
 人の良さそうな笑みを浮かべる二人を前に、賢之は頬を掻いた。
「ん、頼りにしてますッ。‥‥でも、どうせなら女の子がいた方が盛り上がった、かもね」
 無慈悲な言葉に「ああああ」と落ち込む二人をよそに、賢之は南東周りで住民救助へと向かった。

 賢之の読みは非常に的確だった。
「モスクとか教会、集合住宅は人がいるか確かめときたいねー‥‥っと、早速発見」
 決して豪勢ではないが、歴史を感じさせる重厚な造りのモスク。
 そこはまだ戦火も届いておらず、時間が石材を風化させてきた自然のままの建造物が残っていた。
 静かにモスクの扉を開いた賢之に、突然突きつけられたのは多数の銃口。
 それに気付いて、慌ててルナ達が武器を構えようとするのを賢之は静かに制す。
「‥‥俺たち、救助に来た傭兵、なんすけど」
 静かに両手を挙げて見せ、賢之は戦意が無い事と、この首都の現状を話した。
「そう、か。すまなかった」
 そこには青年から中年まで十余名の男達が武装していた。
 恐らくこれは、取り残されたのではない。彼らは自らの意思で立て籠っていたのだろうと、賢之は察しがついた。
 しかし、それについてなぜどうしてを議論する余裕は無い。
「や、皆さんが無事ならそれで‥‥。ちなみに、他に人がいそうな場所って、わかります?」
 そして、賢之は退避ルートを確保しながら要救助者を探して中央へ進む予定だという旨を伝えた。
「俺達以外は皆退避を終えているはずだが‥‥万一の事もある。見ていくのがいいかもしれん」
「じゃ、その旨、仲間に伝えますんで、俺らも出発しましょ。あ、敵は任せて後ろに下がってくださいね」
 俺らの仕事ですし、その武器じゃキメラは倒せないんすよ?
 見抜いた事も、素知らぬふりで。
 説教なんてする気もなくて。
 ただ賢之の浮かべた笑みからは、どこか奔放な自由さが感じられるのだ。
 武装していた男達は、その表情の奥に、何かを見つけた気がした。

●side:Center
「もうすぐで中央へ到達します!」
 翠閃から放たれる閃光。振るう一太刀が、今まさに藍の行く手を阻むゴーレムへと最期の一撃を下した所だった。
「右手の建物、誰もいませんでした」
 そこへ、捜索を終えた新が竜の翼で迅速に戦線復帰を果たす。
 中央を突っ切ってきた大物対応の中央班。しかし、彼らの探索範囲に人影は未だ確認されなかった。
 彼らが通ってきた道には累々と積み上がるキメラの死骸。生命の存在しない静かな道が切り拓かれていたが、しかし。
「‥‥こっちに人がいないのは幸いだったな」
 イレイズの呟きは、強い緊迫感を帯びていた。
 それもそのはず。彼らの後方以外、ほぼ全周囲‥‥見渡せばそこには多数のキメラと、ワームの姿。
 逃げも隠れもせず、堂々と正面切って突っ込んでいった一同。
 彼らは首都中央部へと確実に距離を縮めてゆき、次第にキメラ達もその存在を無視できなくなったのだろう。
 結果、必然だったとも言えるが、多くの敵勢力がここに集まったのだ。
「数が多すぎやしません?」
 練力タンクのトールすらも息切れを起こしている。
 トールが練成治療で手一杯になる程、皆既に体力に余裕のない状況だ。
 獣型キメラ1体をとれば、それは全く脅威にもならないだろう。だが、数の力は恐ろしい。
 今回は余りに敵が多く、例え1撃でキメラを屠り続けても、その隙に別のキメラから横槍が入る始末。
「これも、想定内ですよ」
 新は毅然とした声で突っぱね、流れるような所作でトールに迫る獅子の鼻頭をひと思いに鬼火で突き刺した。
 襲い来る獣の重みを利用し、槍の切先を体内へと呑みこませれば、程なくして獅子は力なく手足を垂らす。
 次の獣に備え、新は獣の頭を足で蹴り飛ばすようにして刺さった槍を引き抜き、再び構え直す。
 元より救助班に敵が集まらないようにと、中央に敵を集める算段でもあった。
 その点について、作戦は見事に功を奏し、救助班の方は最小限の戦闘で人々の救助活動を進められている。
 ‥‥ここまでは、よかった。
 中央に敵勢力が一極集中。
 傭兵達を討たんと敵の攻撃は勢いを増し、そして‥‥戦いの大きさに比例して、戦場となった街の中心部が、大きく損壊していった。
 ここまで大きな戦闘になってしまうと、景観を壊さず、などと言おうものなら命に関わる。
 そこへ、大地の震える音が聞こえてくる。
「この音と振動‥‥まさか!」
 気付いた藍がマルスを突き飛ばすと、直後マルスのいた地点の大地が巨大な口に呑み込まれ、突如サンドワームが姿を現した。
 マルスは藍に手短に礼を言うと、急いで態勢を整える。
 しかし同時に、遠方に見えていたタートルワームの兵器より実弾が傭兵達に照準を合わせて発射された。
 距離と弾道から寸での所で回避したものの、実弾は建造物の壁へ直撃。白亜の都は、崩壊を始めた。
「敵を集め過ぎた‥‥? 街が‥‥壊れてく!」
 藍は震える手を叱咤するように強く刀を握りしめる。
「後は俺達にかかってるんだ」
 イレイズはジョエルと共に現れたサンドワームに全力移動で接近。
 ジョエルが斬撃を叩き込むと、迅雷で寄せたマルスも手にした刃で同一個所に一瞬の内に連撃を見舞う。
「イレイズさんッ! ここ、頼みます!」
 大地から出ているワームの根元へと、イレイズは刃を赤く染める。
「‥‥加減はしない。消えろ」
 強大な刀身で薙ぎ払う一撃が、ワームの身体を両断。サンドワームは、その巨体を大地に横たえた。
 しかし、脅威が去った訳ではない。
「次は、そのタートルワームを! 街が、もちません!」
 藍の声に一同は息つく間もなく、次の敵へと目標を定める。
「藍、大丈夫か?」
 ジョエルの気遣いにも、藍は決して振り返らず「問題ありませんっ」と言い残し迅雷でワームの元へと向かう。
「きりがない‥‥か。最近、こんな戦いばかりの気がしますね」
 新の複雑な溜息に、ジョエルは「すまん」と頭を下げるのだった。

●side:Sky
 空からこうして眼下を見渡せば、傭兵達の行動が手に取る様に判る。
「あまりオモテに出るの好きじゃないんだよね‥‥面が割れても困るし」
 きっと他所では知った顔が暴れているのだろうと、男は親指の爪をカリカリ噛んだ。
「やだなぁ‥‥自分の手を『汚す』の」
 趣味じゃないし面倒くさい。そう吐き捨てた後、渋々重い腰をあげ、一つの「赤」が大地へ降り立った。

●side:A 赤の覇道
「時間もねぇし、さっさと終わらせるぜ!」
 貉型キメラの速度にも劣ることなく瞬天速で接近し、凛の拳が風を切る。
 拳は見事に貉の背中へとめり込み、背骨を割り砕くと、そのままの勢いで地に叩きつけた。
「随分敵さんが少ないな。これもレイレイ達のお蔭か!」
 猫がぐっと伸びをするように腕を伸ばした凛を見て、エリシェは強く頷く。
 ここまで、どの建物にも人の姿は確認できなかった。
 遠く昇る黒煙を視界の端に認めながら、エリシェは細い指を白くなるまできつく握りしめる。
 その時、凛がヴェルナスの姿が見当たらない事に気づく。
「あれ? おーい、ベルー?」
「先程までここにいたはず、ですよね」
 働くのは傭兵の勘。
 嫌な時ほどそれは冴える。
 瞬時に二人は警戒態勢をとるも、目の前に突然「赤い何か」が放り投げられ、大地に落ちる音がした。
「‥‥ベル‥‥!」
 凛の目が、エリシェの目がそれを焼き付ける。
 地に転がされたそれは、大量の血にまみれたヴェルナスの身体だった。
 次いで、細い路地から上半身に布を纏った人影が、音もなく現れる。
 恐らく布自体は民族衣装か何かなのだろうが、取り繕っても右手の先に滴る大量の血液を見れば明明白白。
 その人物は低い笑い声をもらしながら、静かに凛達を見ていた。
「ヴェルナス‥‥意識はありますか?」
 赤にぬめるヴェルナスの頬に、エリシェは小さな手をそっとあてる。
「エリ‥‥凛ちゃ‥逃げ‥‥」
 か細い声が途切れ途切れに聞こえた後、ヴェルナスは大きく咳き込み血を吐き出すと、力尽きたように瞳を閉じた。
「‥‥あれ、まだ生きてた? 意外と体力あったんだ」
 からかう様な口調で笑う、それは明らかな男声。
 短時間の接触でもわかる程に、強い狂気を孕んだ存在。顔は見えなくとも、その声だけで威圧される。
 けれど、エリシェは、怯まなかった。
「絶対に‥‥絶対に大丈夫」
 意識の無いヴェルナスに笑いかけると、エリシェは立ち上がりブルーエルフィンを構える。
「私達は強いもの」
 凛も、エリシェの隣でヴェルナスを庇うように立ち、不審な男に拳を突きつける。
「あは。強いってなに? そこのそれみたいにみっともなく地面に転がること?」
 心底愉快そうに笑う男に凛は我慢がならず、瞬天速で飛び出すと、隠された顔目掛けて鋭い一撃を繰り出す。
「なぁ、兄さん。少し遊ぼうぜ!」
 しかし、その一撃は空を切った。
 ‥‥かのように、見えた。
「女の子の誘いは基本的に断らないんだけど‥‥今は気がのらない」
 先程までのテンションとは打って変わって、低く機嫌の悪そうな声が地を這うように響く。
「へー。顔、見られたくねえんだ?」
 凛の一撃は当る事は無かった。しかし‥‥不審人物の纏った布の一部が、拳の風圧で裂けたのだ。
 男は裂け目の無い箇所を手繰り顔を再び覆い隠したが、凛にいらだった声を返す。
「そこで吠えていろ。お前達の向けた中央の勢力、このままならあと15分もたないぞ」
 この男の言う事が真である証拠はないが、中央から聞こえる戦音の激しさが増しているのは体が理解している。
 今すぐ駆け付けたい。しかし、この男を放っておく訳にも行かない。
 そこへ、動けずにいた二人の背を、つけっ放しの無線から届いた声が後押ししてくれた。
『こちら賢之! 南東の救助を完了。一般人は車両で送り出したから主力部隊に合流するよ!』
 中央班に新たな戦力が3人分加わったという賢之からの吉報。
 中央に敵勢が集中していた分、賢之らはほぼ無傷。形勢逆転の、兆しが見えた。
「『私』は無理でも『私達』なら負けない‥‥狩られる覚悟はいいですか?」
 綺麗に笑んだエリシェをしばし眺めた後、男は大袈裟に溜息をついた。
 仕方がないから殺そう、といった体で男が手を振りかざしたその時、男の手首の時計が小さな音を発した。
「‥‥今、殺してあげてもよかったんだけど」
 その言葉を聞きとったのが最後、凛達の前から男は消えて無くなっていた。
『二人とも可愛いから、また今度遊ぼうね』


「エリリン、見たか?」
 凛はヴェルナスを抱え起こすと、力の限り大地を叩いた。
「‥‥金の髪に青い瞳。二度と、忘れるものですか」
 男が姿を消した後。
 賢之達の加勢により優勢に傾いた中央班の前から少しずつキメラの姿が消えていき、南区画から敵勢力の撤退が確認された。