タイトル:七つの星に願いをのせてマスター:藤山なないろ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/11 04:52

●オープニング本文


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●遥かなる故郷
 欧州の小さな島国、アイルランド。
 その国の歴史は決して平坦なものでは無かった。
 島国の育む独特な文化には(島国の人間には通ずる所があるかもしれないが)、他国の侵略や支配を受けながらも育んできたものがある。
 バグアからの侵略に未来の潰えた土地すらもあった。
 しかし度重なる悲劇の中でも、強く、着実に、ただ前を見て歩んできた彼らに乗り越えられないはずがない。
 これは、アイルランドの小さな田舎町の侵略に端を発した、青年達の葛藤と選択の物語───。

●切り拓いた先に
 あれから、少し時間が経った。
 あれ、というのは‥‥つまり、俺の父であるジークムント・ヴァルツァーが依頼で死亡したとされる報告にはじまった事件。
 その全容が明かされ、一連の首謀者である敵(最終的に本当の名は聞けなかったが)を葬ったことだ。

 生きる為に成すべき事は、個々人、そしてそれが置かれる状況において刻々と変化してくけど‥‥
 互いに「生きたい」と、願った果ての事だったのかもしれないと想うと、なんとなくやりきれない何かが腹の中にくすぶる。
 でも、やっぱ‥‥皆が言う通り。
 なにものも、侵略だとか人殺したりだとか、んなことする免罪符には成り得ないって俺は思う。
 他の星へと侵略し、そこに生きる命を奪った連中を、俺はきっと『忘れない』だろう。
 許すとか、許さないとか、そういうレベルの話では無い事に今改めて気付いて苦笑いをしたけど。
 それっていうのも、あいつらのお蔭だと思う。
 ‥‥あいつら、すげえよな。
 真っ直ぐで、強くて、折れねえ感じがする。「自分」ってもんがあって、確固たる軸にのっとって、生きてるっていうか。
 俺なんか、まだ全然「自分」がブレてるよなって、思った。情けねぇ。
 あいつらが居てくれたから、今の俺がある。そんで、親父の事件もカタがついたわけでさ。
 正直「あぁ、これで俺は前に進めるんだろうな」って思った。
 なんもかも全部、乗り越えられるって思った。‥‥それは言い過ぎか。
 自分の失った物をいつまでも嘆いてばっかいられねぇし。それに、気持ちで負けてたらあいつらに顔がたたねぇ。

 今、俺はある目的の元に未来科学研究所に足を運んでいた。
 研究所に踏み入るのは、せいぜい武器だとか防具だとか、そう言うものを強化する為に訪れる時くらいだが。
 言わずもがな、傭兵達には他にも1つ、その研究所に足を運ぶ理由がある。
「スンマセン。‥‥転職すんのって此処で出来る?」
 職員らしき女性は、笑って俺を奥に通した。

●転じて
「なんともまぁ、素っ気ないもんだな」
 研究所を出た後、ぐっと伸びをして空を見上げた。
 「すぐおわりますからねー」とか言う、子供に注射でもぶっ込む手前と同じ様な声をかけられたのには苦笑いしたもんだが、存外ちゃっちゃと終わるもんで。
 人類の進歩もすげえよなぁ、なんてぼんやり思いながら、ポケットへとぞんざいに突っ込んでいた安煙草に火を灯す。
 ‥‥煙草を掴んだ指が機械の指である事も忘れて。
「そういや‥‥左手の痛み、何で消えたんだろ」
 気付いた時、ファントムペインは俺から消え失せていた。
 親父が、許してくれたんだ‥‥と思っても、罰は当たらないだろうか。

 結局、研究所の中で何をしたかって言えば、つまり、俺はエミタを書き換えた。
 平たく言や、転職で。俺から言わせれば、気分転換だ。
 書き換えに要したのはごく短い時間だったが‥‥新たな力を感じると同時に、ヘヴィガンナーであった頃のパワーが今は無い事に気づく。
 必死に前に進もうとしてんのに、見えない何かがいともたやすく後ろに押し戻してくるような、奇妙な感覚。
 その妨害をぶち破る為の突進力。
 あの時の俺に、必要だった強さ。
 俺はそれを捨てたんじゃなくて、卒業したんだと思っている。
 俺一人だったら、卒業どころの話じゃない。
 多分だが、呼び出されたイギリスの廃工場で死んでただろう。
 いや、もっと前に死んでたな。
 あの、全てがはじまった場所。風の吹く、緑の丘の上で。‥‥父親を、腕に抱きながら。
 そういや、もう、いつからあの霊園に行ってないんだろうと、ぼんやり考えた。

 転職すれば、何か心情的にも変わると思っていた。
 あの日、あの時から‥‥過去の事件を終わらせる為に振りかざした手が、運び出した足が、時を止めていたけれど。
 一歩踏み出したこの足が、次に大地に着地する為に必要なことは、多分すごく単純で簡単な事なのだ。
「あいつらに、俺が出来る事なんてあるのかね」
 きっと、ない。
 けれど、「無い」のと「しない」のとではまるで違う。
 風が頬を撫でる。
 ほんの少し鼻を掠めた潮の香りが、懐かしい海を想起させて、思わず目を細めた。
「アイルランドに‥‥帰ろう」
 俺の今は亡き故郷に。
 母が眠り、そして父の帰りを待つあの霊園へ。
「親父からも、皆に礼‥‥言ってくれるよな。ていうか、言えよ?」
 腰元のホルダーには、父の形見の拳銃がひっそり眠りについていた。

●七つの星に、願いをのせて。
 俺の両手には、今、たくさんの真実がきらきら輝いてる。
 俺の想い。親父の遺志。そして、仲間の願い。
 誰に見えなくても、手の中でまばゆく光る小さな真実たちは、きっと、本当はもっと前から俺の元で光っていたんだろう。
 メッセージを発していたんだ。
 早く見つけてくれって。ずっと、ここにあるから‥‥って。
 ようやく気付けた。親父の身体を弄んだ強化人間との出会いから、もう9カ月近くも経っちまった。
 遅くなっちまって、悪い。
 今、空に‥‥親父のとこに、返してやるよ。

 燻らす紫煙は空へとのぼりゆく。
 空の上の国に届く、唯一のメッセージ。
 父親譲りの安煙草は、今日も決して美味くは無かった。
 煙の溶け行く様を眺めて視線を天へと投げかけると、昼間の月が見えた。
 月を見ていると、イギリスの廃工場でのブレア達との戦いを思い出す。
 背中に走る酷い痛み、感覚の鈍りに加え、手足がしびれていったこと。
 目の前が暗くなって、同時に体が冷たくなっていく嫌な焦燥感。
 死ぬのかも、って思った。
 けど、あの時‥‥俺にはちゃんと6つの光が見えた。声が聞こえた。
 今だからわかる。あの光は、あいつらだったんだって。
 そして、今───。

「‥‥よう、来てくれたんだな。急に呼び立てて悪い。
 あの、さ。見せたいものっつーか、連れて行きたいとこがあるんだ。
 今までもさんざ付き合わせといて申し訳ねえけど‥‥1日だけ、俺に付き合ってくれるか」

●参加者一覧

夢姫(gb5094
19歳・♀・PN
ヤナギ・エリューナク(gb5107
24歳・♂・PN
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD
イレイズ・バークライド(gc4038
24歳・♂・GD

●リプレイ本文


「よ、シグマ。久し振りだな」
 軽く手を挙げてやってくるヤナギ・エリューナク(gb5107)の姿が見え、シグマも同様に挨拶を返す。
 すぐそばに柔らかいシクル・ハーツ(gc1986)の笑み。
「‥‥急に呼び出すから、また何かあったのかと思ったらそういう事か」
 彼女のそんな表情を見るのはどれくらい振りだろう。妙に照れくさそうに、シグマは視線をそむけた。
「これでも俺なりに感謝してんだよ! だから、一日くらい礼でもっつーか‥‥」
「あぁ、もちろんだ」
 楽しそうな声が耳をくすぐる。
 今までこの仲間うちでこんなに穏やかな時間を過ごせたことがあっただろうか?
 こうして今、皆が無事に此処にいることを、シグマは心から喜ばしいと感じていた。
「‥‥シグマさん、なんか変わりましたね」
 そんなシグマを、秦本 新(gc3832)も薄く笑みを浮かべて眺める。
「俺? 転職したから、かもなぁ」
「いえ、そうじゃなくて‥‥ほら。すっきりした、良い顔してますよ」
 くす、と小さく洩れた新の笑い声に、思わず口元を覆う青年。
 そんな光景を横目に、夢姫(gb5094)は自らの中に有り続ける『別の海』の匂いと色に眼前の海をリンクしながら、広がる大海原と見える対岸に想いを馳せていた。
「アイルランド。シグマさんの故郷‥‥」
「なんもねーけどな」
 故郷を思ってか、緊張も憂いもない、心からの笑顔でシグマが応える。
 青年のそんな表情を見るのは初めてだったからか、夢姫もつられてとびきりの笑顔を浮かべた。


 出会ったのはあの地下鉄での事件。それが始まりだった。
(あれからまだ一年も経たないというのに、随分と昔の事に思えてしまう‥‥)
 イレイズ・バークライド(gc4038)は通り過ぎてきた時を思い返していた。 
「これが、最後と思うと余計に‥‥な」
「‥‥イレイズ?」
 眼前の男との出会いから数えて、様々な事がありすぎた。
 だからこそ、蓄積された時が、遠い事のようで。
「いや、なんでもない」
 イレイズの瞳の奥、記憶に重なったのは廃墟であった頃のこの地の姿だった。
「あの時の面影を残すのは“これ”くらい、ですか」
 御鑑 藍(gc1485)を始め、皆がその足をとめたのは、唯一当時の面影を残していた不格好な墓標の前だった。

●ヤナギ・エリューナク/その紅に、映るものは
「此処がお前が作った親父サンの墓標、か。クールじゃねーの」
 ヤナギの金色の瞳が今日はやけに柔らかい輝きに感じられ、シグマも思わず笑む。
「そんなこと言ってくれんのはヤナギだけだ」
 肩の力を抜いて笑むシグマを横目に、ヤナギは手にしたワインのコルクを引き抜いた。
 熟成された滑らか葡萄色が、とぷとぷとボトルから墓標へ流れ落ちていく。
(シグマがこれを創った時、どんな想いだったんだろうな‥‥)
 ヤナギはふとそんなことを考えていた。
 艶やかな深紅の流体に映り込む自分の顔が見えて、思わず眉を寄せる。
(俺は‥‥俺の家族が同じ境遇に合ったら?)
 ヤナギにとって、家族とはつまり複雑な背景であり、言葉でシンプルに表せるような心境でもなかったけれど‥‥今、心に浮かぶものがあった。
 ───俺は、あいつらにもシグマと同じ想いを抱けるんだろうか。
 血の繋がりを持ちながらも、冷え切った仲の家族を思い描けば、過去の出来事がモノクロームのフィルムの様に脳裏に再生されていく。
 ‥‥どこか、他人事のように。
 けれどその流れゆくフィルムの中に、鮮やかに輝くフィルムが混在している。それは、ライブハウスでの光景だった。
 音楽に出会って変わった自分。心の在り処を得て、前に進む力を取り戻したとヤナギは感じていた。
 けれど‥‥今、振り返って想う。
(バンドに打込むことで何かを忘れようとしてた。‥‥けど。それは逃げだったのかもしれねーな)
 気付けばボトルの赤は落ち切っていた。考え事をしていた自分を省みるように、人知れず息を吐く。
「シグマ‥‥お前は凄ェよ」
「なんだ?」
「なんでもねー」
 ワインボトルを煙草に持ち替え、着火。
 吐き出す紫煙は、いつもより少し、切なげな色をして見えた。


 もう直訪れる夏の匂いを孕んだ、爽やかな風が吹き寄せる。
「此処へ来ると思い出します」
 丘の上の霊園。そこから周囲を見降ろして新は深い息を吐き出す。
 思い返す、あの時のシグマの慟哭、そして‥‥。
 新は胸の底から引き剥がせずにいたが、今再び此処に立っていた。
 最後にこの地に足をつけたあの日から、どれくらいが経っただろう。
(‥‥あの時から引き摺っていた、本当の決着。ようやく、つけられたのかもしれません)

「この霊園では辛い思い‥‥でした」
 漸く口に出す事が許された、とでも言うように。静かに、そして溢れるまま藍は告白する。
「最後まで、気を抜かずに注意していれば‥‥シグマさんの腕も、守れたかもしれない‥‥と」
 未だ気にさせている事について、シグマは困ったような表情で藍を見ていた。
 藍自身もそれに気付いたようで、青年から視線を外し、きゅっと拳を握る。
「俺は、皆と出会ってさ。得たモンばかりだ。これも、“新たに得た”モンで、決して失ったんじゃない」
 藍の頭にぽんぽんと、グローブに覆われた機械の手を乗せた。
 思い思いに過ごす中、祈りを終えたシグマは墓石をそっと避け、その下の、陽の当らない冷たい土の中へと銀の銃を横たえる。
 それは、苦い銃撃の記憶を呼び起こすジークの銃。
(できれば、同じ傭兵としてお会いしたかった)
 ジークの姿をした強化人間が現れてから、その最期の時まで相対し続けた新。
 新はあの男の実力についてそれを認め、強い精神力に心からの敬意を込めて祈りを捧げた。
(どうぞ、安らかに)
 そして墓石が慎重に元の位置に戻され、白銀が見えなくなるとヤナギがその石の上に白いバラを置く。
 複雑な花弁を視線で辿るように視線を落とし、僅かな沈黙の後に白い指先が十字を切った。
「ゆっくり眠れるといいな。親父サンもお袋サンも‥‥お前の心も」
 シグマは溢れる気持ちを呑み、ただただ感謝の想い深く、首肯した。

●夢姫/辿りついた想い、続く未来へ
 そばに立つ青年は、今、何を思うのだろう?
 祈るように手を重ね、瞳を閉じる。まぶたの裏に青年を描きながら、夢姫はその向こうに自らの血の繋がりを捜した。
(‥‥初めは、傭兵をしながら父親を探そうと思ってた)
 夢姫が、傭兵になった切欠は、家族だった。
(その力の意味を深くは考えずに、悪者をやっつけるだけでいいって‥‥)
 そう、思っていた。
 出会うべき人と出会うまで。苦しみの果てに別れるまで。
 この能力を得て、自らの足で歩んできた道をほんの少しだけ振り返ってみる。
 平坦じゃなかった。真直ぐでもなかった。けれど、そこには沢山の人々との縁と、重なり合う時間があって。
 世の中が勧善懲悪なんかじゃないことを、身をもって知った。
 自分に過去と未来があるように、相手にも抱えるものがあり、背負うものがある。それが“生”だと気付いた。
「生きるということは、誰かの犠牲の上に成り立っているのかもしれないですね」
 薄い桜色の唇が漏らすのは、少女が背負うにはあまりに過酷な運命への悟りだったのかもしれない。
 手をほどき、瞳を開け、そして‥‥青空を見上げた。
 何が正しいかなんて、今は分からない。
 けれど。
「私はこの世界が好き。ここで生きたい‥‥手の届く大切な人たちを、守りたい」
 シグマが視線を向けた先、決して折れない笑顔の少女がいた。
「自分一人じゃ無理でも‥‥みんなが、いるから」
「俺も、夢姫達がいたから守ることができた」
 墓の下、眠る両親に想いを馳せる青年の横顔は、晴れ晴れとしていた。
(これが、苦しみも悲しみも越えて、辿りついた思い)
 今はただ大切な者を守る為に‥‥進むべき道を見ようと。
 いつか来る未来で、決して後悔しない為に。振り返った道を、誇らしく、思えるように。

●七つの星に願いをのせて
 空に、北斗七星の輝く時間が訪れる。
 共に町をめぐり、夕食を共にした後の、静かな時間。
 数えきれない星々を見上げ、傭兵達は皆、思い思いの時間を過ごす。
 想いは常に、そこに在る。
 祈りは必ず、誰かに届く。
 どんなに見えなくても、光が遠くても、手を伸ばせばそこにある真実。
 人は歩んでゆく。未来へ。そして、光の先へ。

●御鑑藍/共にある、想いの先へ
 慰安施設の表のベンチで小さな少女は俯き、そして自らの両手を見つめていた。
「藍、どうしたんだ」
 ぎゅっと力を込めて作る握り拳は白く小さく、どこか頼りなげに見える。
「私は、まだ弱いです」
 この手の中に、どれほどの力が宿っているのか。
 少女は、自分の力を認識していながら、理解まで少し離れた距離にいるのだ。
「誰かの力になれるかも‥‥判りません」
 顔をあげ、少し高い位置に在るシグマの瞳を捉える藍。
「シグマさん、私は、貴方と共に戦えたでしょうか?」
 あれだけ頼りにしていたのに、きっとこの少女はそれに気付いていないのだろう。
 幾度となく助けられた。地下鉄で最初に出会ったあの日から、ずっと‥‥。
「藍は、今まで俺と一緒に戦ってくれてなかったのか?」
 眉を寄せて、苦笑しながら藍色の艶髪をぽんぽんと撫ぜる。
「あ、いえ、そういうわけでは‥‥」
「んじゃあさ、そういう事なんじゃん」
 人の良い顔で、穏やかに言う青年。
「もうちょっと、自信持てよ。藍は恩人だ。俺が救われてる。親父が救われてる。おかんが、町の皆が救われてる」
 しばしの沈黙の後、シグマは手を差し伸べた。
「だからさ、誇ってくんねえか? 俺らを救ってくれた事を、だ」

●シクル・ハーツ/月下の想い、強さの先へ
「‥‥隣、いいか?」
 シクルは、そう言って音もなくシグマの隣に腰を下ろす。
 風が運んでくる潮の香りを、深く吸いこんで、シクルが口を開く。
「以前、私の問題も聞かせてくれって言ってたよな? ‥‥聞いてくれないか?」
 恐々と慎重に語り始める少女を受け止めるように、シグマはゆっくりと首肯した。
 シクルがまだ学生として生活を送っていた頃の事。
 彼女は当時付き合っていた幼馴染の恋人といた際に、キメラの襲撃を受けた。そして‥‥
「彼は‥‥私を庇って、亡くなったんだ」
 シクルの吐露する姿はやけに繊細で、シグマは尚の事辛い背景に心を痛めた。
「知っていたんだ。自分に能力者の素質があるってことを‥‥。あの時私が自分の運命を受け入れて能力者になっていれば、彼は‥‥」
 寄せられた眉。どれだけの時を重ねても未だ癒えずに抱える苦しみを、後悔と言う形で少女は告白する。
「傭兵になって、力は強くなったかもしれない。だけど、心が弱かった‥‥母を、守れなかった‥‥」
 シクルは、苦しげに俯いた。
 その横顔を見ることもできず、シグマはただ拳を握りしめた。無力さを、感じながら。
「私は弱い自分を捨てた‥‥だから、今の私は本当の私じゃないんだ」
 深く、静かに息を吐く音が聞こえる。続くシクルの言葉を、じっと待った。
「でもな、そろそろ、決着を付けようと思うんだ。シグマ殿に、心の強さを貰ったんだ。だから‥‥」
 月光に冴え冴えと輝く銀糸の髪。抜ける白い肌を染める血液色をした薄紅の頬をして。
「ありがとう」
 ‥‥シクルは、柔らかく笑んだ。
「次に会うときは、本当の私で会いたい」
 本当の、シクル。
 彼女の言う、元来の、ありのままの彼女と向き合える日が来ると‥‥シグマはその時、既に確信していた。
 シクルなら大丈夫だと、素直に信じられた。
「だから、必ずまた会おう」
「約束。‥‥忘れんなよ」

●秦本新/探求せし者、星の光の導く方へ
(‥‥探していた私自身の在り方。まだはっきりとは分からない)
 夜空に見えた北斗七星。その構成する一つ一つに当てられた名を反芻する。
(それでも、少しは自分自身の心と向き合えた‥‥そんな気がします)
 目を閉じれば浮かんでくる光景。投げかけられた問い、受け止めた心、そして送り出した思い。
 それはシグマ達親子に対し、新が感じた敬意であり‥‥そして、ネトナ達への怒りとほんの少しの憐憫。
 新の慧眼に映っていたものは何であっただろう。
 彼女たちには彼女たちの運命があり、輝きがあったのだと新は感じていた。
 そして今、新の周囲にいくつもの輝きを感じる。
 それは、先へ進む為の勇気であったり、過去に向き合うための強さであったり。
 あるいは、自身の苦境を乗り越えていくための笑顔でもあった。
「‥‥私も、いつか見つけてみせる。あの星々のような、自分自身の輝きを」
 新には、新という名があり、そして彼に与えられた沢山の資質と、これから来るべき運命がある。
 新なら大丈夫だろうと、シグマがここにいたらそう笑っていたに違いない。
 聡き龍の翼は、如何なる時も、その命運を切り拓いてゆくだろう‥‥と。

●イレイズ・バークライド/いつかその運命が、交差する日まで
 あまり多くを語らずにいた、友人の背が気にかかっていたシグマはイレイズの元へと訪れていた。
 シグマの気配を感じながらも、イレイズはただ広がる暗い海を見つめていた。
「今日さ、ずっと思ってた事があんだよ」
「‥‥何だ」
 イレイズはその先を強い意志を持って見つめていた。
 シグマの方を、向く事はない。ブレることのない確固たる信念が其処に在る。
「イレイズがどっか遠くに消えちまいそう、っつーか」
 髪を掻きながら言うシグマに、イレイズはふと口元を緩める。
「おまえは前に進み、俺は少し寄り道するだけの話だ」
 そうして強く拳を握りしめる。つまり、ここで道は別たれるのだ。
 シグマの歩むべき一歩をきちんとその背を叩いて送り出してくれたイレイズ。
 イレイズには、彼の抱える深い葛藤と、それを乗り越えるための確固たる選択がある。
「ハーモニウムとの約束を果たし、あの女を討つ。でないと、俺は前に進めない」
 今度は、イレイズ自身がその足を踏み出す番。
「だから、また運命が交差する日まで‥‥」
 夜の海風が木々を揺らし、ざぁっと音を立てて吹きつける。
「‥‥さよなら、だ」
 月明かりに、イレイズの金色の髪は一際輝いて見えた。
 時に叱咤し、励まし、共に戦ってくれた、大切でかけがえのない友。
 自分の事にばかりつき合わせておきながら、彼の苦難を共に越えられない自分が、歯がゆく、情けなく思う。
 けれど、これは出発の合図。友の門出。
「運命は常に廻り、巡る。だから、出会いも別れも平等に訪れちまうな」
 イレイズへ、そして故郷に訪れてくれた全ての友人たちへ。
「俺はいつでもここにいる。だから‥‥その日まで、またな」

 夜空に輝く星々。
 その一つ一つに命があり、歴史がある。
 どんなに小さくとも。どんなに離れていても。
 見上げれば、そこにある運命。再び交わる時が訪れるまで。
 親愛なる友に心からの感謝と、いつか会う日の約束を。