●オープニング本文
前回のリプレイを見る ユーフォリア【euphoria】
薬学において多幸感のことを指す。
精神が一時的に昂揚し、非常に感謝の念が強くなったり、強い健康を感じるようになる状態。
根拠のない過度の幸福感を指し示す場合もある。
●臨死への招待状
────────────────────────────────────────────
【the Plough Secret Live 開催決定、ならびにご招待のおしらせ】
いつもお世話になっております。
弊社セプトレコードに所属しておりますロックバンド「the Plough」につきまして、
先日は当バンドのライブへご来場頂き、誠にありがとうございました。
さて。このたび、「the Plough」の活動再開を記念いたしまして、
活動拡大への第一歩となります「the Plough Special Secret Live」の開催が決定いたしましたことをお知らせいたします。
つきまして、厳正なる抽選の結果、貴方様を「the Plough」のシークレットライブにご招待いたします。
本招待状をもちまして、ライブチケットと代えさせて頂きます。
(※本状につき、おひとり様のみ入場が可能です)
開催場所や日時につきましては、別紙をご確認ください。
約1年の活動休止を経て、再び世に解き放たれた歌姫の奏でる音色を、ご堪能ください。
お問い合わせ:the Plough Secret Live事務局
────────────────────────────────────────────
「‥‥シークレットライブだ?」
こめかみに青筋を浮かべる、という表現がこれ以上しっくりくる顔はないというほど。
怒りを体現した様子でシグマ・ヴァルツァーは届いた手紙を握りつぶした。
ご丁寧に「お問い合わせ」などと記載されてはいるが、問い合わせた先はもちろん架空の番号で繋がりもしない。
俺たちを呼び出す為だけに用意されたシロモノだろう。
とんだ茶番に呼びつけてくれたなとイラつく気持ちを、次の煙草をくわえることで飲み込んだ。
父親であるジークムント・ヴァルツァーの死亡報告に端を発した一連の事件。
シグマたちは今、チェックメイトまでわずかな距離にいた。
先の事件で捕縛した傭兵の証言から、過去の報告書に虚偽があったことが判明。
つまり‥‥父親のジークは死亡したのではなく、バグアに身体を奪われていたということが発覚したのだった。
シグマ自身頭で分かっていた事実ではあったが、頭の理解に心の理解が追いついたのは最近の事。
それ以来、シグマ本人は始終虫の居所が悪い様子で、消費する煙草の量も激増していた。
●情報精査〜父親の死の理由〜
父が死んだと思っていた事件。
人型バグアは少女の姿をヨリシロとした洗脳能力を主体とするバグアであった。
少女の姿を借りたバグアは寄生した身体の持つ生来の美しい歌声と、彼女の歌い手という立場を存分に利用した。
UKロックファンで、英国の箱に出入りしていた傭兵を複数名洗脳。
時間をかけて、ゆっくりと。自らの歌声を以って脳を蕩かし、そして、この声が無ければ生きてゆけぬほどの依存性を植え付けて。
自らの討伐依頼が本部に出た際も、この傭兵たちを通して速報的にヨリシロへと伝えられたのだそうだ。
結果は、言わずもがな。
洗脳を施された傭兵5名と、なにも知らずに討伐に参加した傭兵3名。
合わせて8名の「討伐チーム」が編成され、英国のある箱へとヨリシロせん滅の任務が課せられる。
実際箱に到着し、戦闘を開始したその時。何も知らない傭兵たちはさぞ驚き、怒りに震えたことだろう。
「俺たちは、ネトナたちと協力して3名の傭兵を拘束し、その体を用いて新たな強化人間を生み出した」
今では件のヨリシロ直属の部下数名たちが、着実に力を蓄えているとの情報も添えられた。
本件で死亡したとされていたジークムント・ヴァルツァーが、この後強化人間として現れた謎も、こうして解明されたのだ。
「だが1つ、腑に落ちない事があった」
ブレアの供述がどこまで正しいのか、それは定かではない。
けれど、一つ一つ、丁寧に情報を精査していくうえで、シグマは心臓を縛り付けられるような強い痛みを感じた。
「ジークムントのやつは、戦力的な意味だけではなく、精神的にもタフな男だった。強化人間として使うには、記憶を完全に抹消し、強い刷り込みを行う必要があってな」
なのに、この強化人間はメンテナンスを終えた後、一部のキメラを引き連れて姿をくらましたのだそうだ。
「本部で情報を見たときは驚いたもんだ。‥‥あいつ、自分で自分の故郷を襲っていたんだろう? 余程あの場所に執着していたんだな」
もしくは、あそこに行けば消去された自分の過去が戻るとでも思ったんだろうか。滑稽だな。
ブレアは、遠くを見つめるようにしてつぶやいた。
体に残る記憶を消されても。その心をバグアに上書きされてしまっても。
それでも、ジークムントは求めていたのかもしれない。
自らの守るべき故郷の面影と、愛する息子の姿を‥‥。
●亡霊のもたらす痛み
ブレアから情報を引き出した後、すぐさまヨリシロ「ネトナ」の討伐依頼が掲示されるものと思っていた。
だが、相手の動きが一枚上手であったことは否定しない。
ヨリシロの消息が、つかめなくなったのだ。
調べれば調べるほど、どうして今まで放置されていたのだろうと思うほどのぞんざいさが露呈する。
ネトナ含む「the Plough」の所属するレコード会社はセプトレコード。
これは彼女自身がヨリシロ化したと思われる時期を境に立ち上げられ、その後バンドごと移籍したものだが、主要な会社情報はほとんど架空のものになっている。
ネトナを含め、所属しているバンドメンバーについても、本名や素性が不明だ。
ブレアもネトナの居城については一切関知していないらしく、消息を辿るのに大きな壁が立ちはだかっていた。
当然、討伐についても依頼化する前段階のレベルで話が止まっており、シグマは二の足を踏んでいたところ。
そこに届いた招待状。
このまま姿を隠していればよいものを、敢えてこんなふざけた形でコンタクトをとってきたということは‥‥。
「‥‥また罠か」
恐らく、消したいのだろう。自らにもっとも近い位置に居る俺たちを。
だが、納得のいかない点もあった。
既にヨリシロの情報は本部に共有済みだ。俺達を消したとて、次の傭兵達が必ずヨリシロを倒す日が来るだろう。
なのに‥‥?
「ちっ‥‥。わかっていて罠にかかりにいくのも、これで2度目だな」
失ったはずの左腕に、鈍い痛みを感じる。
ファントムペインは、今日も消えない。
俺が、全てを終えるまでこの痛みと別れる事は無いのだろう。
真実を、白日のもとに曝すまで。あの日受け取った親父の痛みを、アイツに叩き込んでやるまで。
「これ以上、何も奪わせねえ。‥‥ここで、終わらせる」
●リプレイ本文
●
木漏れ日はいつしか暖かな橙を含み、影の面積を増やしてゆく。
「‥‥まもなく開場の時間ですね」
夢姫(
gb5094)が、静かに息を吐いた。
ヤナギ・エリューナク(
gb5107)も、それに応えるように向き直る。
「収穫なし、か。連中、全員箱ン中から出てこねェつもりだな」
呆れともつかない声色で、吐き出した紫煙が空へと溶けてゆく。
煙の向こうに箱を臨み、ヤナギは口から煙草を離した。
「此処で引導渡してやるゼ‥‥」
赤々と火のついた煙草を揉み消すと、ヤナギは静かに木々の合間を後にした。
それからややあって、ヤナギの背を追うように夢姫も走り出す。
ブレアの話を、そして対峙した亡き傭兵の表情を思い返す。
「こんな茶番は終わりにさせる‥‥彼の痛みも、ここで断ち切る」
華奢な身体に詰め込んだ数多の想いと共に、放つ強い眼差しはまるで夢幻を断ち切るように。
夢姫は歩みだした足を止めることはなかった───。
秦本 新(
gc3832)の用意で、公式にネトナがヨリシロである旨を知らせる手配書が用意され、彼らはそれを来る道々、そして所有地周囲の鉄柵に張るなど、事前に危機を周知する事に努めた。
それでもやってくる一般人については、ローディに扮するヤナギが言いくるめ、彼らの信用を得ながら、上手く追い返す事に成功。
また、シン・ブラウ・シュッツ(
gb2155)が不安視していた『洗脳された一般人』は、見当たらなかった。
ここまで、うまく対処できた事が功を奏し、中に一人の一般人も入れることなく、開場時間が近づいたタイミングで夢姫が入口の封鎖を提案したのだ。
結果、この封鎖を以って、セプトレコードの敷地と外界とが完全に隔てられた事となる。
「‥‥シグマ殿」
どこか決意めいた声色はシクル・ハーツ(
gc1986)のもの。
振り返ったシグマは、少女の青い瞳に魅入られる。
「ありがとう。この前の恩、ここで返させてもらう」
シクルは俄かに微笑んだ。そんな表情を見るのは久しぶりだと思いながら、シグマもつられて口の端を上げる。
「感謝って‥‥俺、何もできてないだろ」
けれどシクルは静かに首を横に振る。
彼女の中で静かに変わりゆく、戦いへの想いや理由。
もう、シクルは後悔で立ち止まることはないのだろう。これから進むべき未来へ、最初の一歩を踏み出す為に。
「夢姫さん達、搬入口から潜入に成功したそうです」
シンが無線機の声を受信する。
夢姫達は、建物に横付けされていた車両から搬入口を突き止め、そのタイヤを破壊した後、扉をこじ開け侵入したとの事だった。
「おい」
イレイズ・バークライド(
gc4038)の声にふと顔をあげたシグマは、突然放り投げられた何かを慌てて掴み取る。
「!?」
それはイレイズがつけていた『二つの指輪の首飾り』。
「おい、イレイズ‥‥ッ」
「お守りだ」
どういうことだ、と問い返そうとしたシグマにイレイズが言葉を被せる。
「お前は少し危なっかしい。‥‥守ってもらえ」
振り返らずに建物へと歩みだしたイレイズ。
だが、これは彼の過去にも関わる大切な物であるはず。シグマはその手中の指輪に刻まれたIとZの文字に視線を落としていた。
「俺はもう、守ってもらう側ではないしな」
背を向けたガーディアンから届いた言葉を受け止め、シグマは首飾りに頭を通した。
重工なドア。分厚い金属の取っ手に新の手が触れる。
強い緊迫感が走る中、新が扉を見つめたまま口を開いた。
「思えば、ジークの残した、そしてシグマさん自身の『意思』こそがネトナをここまで追い詰めたのでしょう」
「‥‥新?」
「貴方達親子の勝利、見届けさせてもらいますよ」
少しだけ振り返り、頼もしく笑う新の表情が見える。シグマはただこみ上げる言葉を飲み込み、一度だけ大きく頷いた。
●
箱の扉をあけたそこに広がるホワイエはがらんとしており、余計に広く感じられる。
「気を付けてください。必ずこの中に彼らはいるはずですから」
シンが銃を構えたまま、一歩一歩、進み入る。
その時。
「‥‥こっちだ!」
中央の1階観客席へと通じる扉の前で、シクルが叫んだ。
微かに響く音色。聞き覚えのある声。
「この奥に‥‥彼女が、いる」
シクルは手にしていた弓を殊更強く握りしめた。
込める気持ちは、今までの記憶を集めた万華鏡のように、様々に組み合わさり複雑な色を生む。
「ネトナ殿。あなたの声、好きだったんだけどな‥‥」
伝わるでもない言葉は、零れて消えていった。
突然、一同が一斉に武器を構える。
正面から侵入を果たした新、シクル、シン、イレイズ、シグマに対し、姿を現したのはネトナの部下4名。
新は、現れた4つの顔ぶれにすぐにピンときた。
最初にライブハウスで調査を行った時の事が、鮮明に新の脳裏に再生される。
「彼らは‥‥っ!」
しかし言葉は、激しい連撃に呑まれる。
叩き込まれる刃に、槍の穂先をぶつけてかわし。再度切り払われるそれを、今度は龍の咆哮で相手の身体ごと吹き飛ばすことで身を守る。
「‥‥ジークさんと同じ依頼に参加していた傭兵達です」
現れた強化人間の内2人は、望んで身を売ったのではなく、ただバグアの意思により身体を、心を、愛すべきものを、人としての未来そのものを理不尽に奪われた者たちだった。
しかし、もはや彼らは人ならざる者。立ち塞がるのなら、ねじ伏せる他ない。
強化人間は立ち上がり、連携し、攻勢に出る。彼らの狙いは明確、射出された銃器の弾丸は、間違いなくシンの肩口を貫いた。
「やはり狙ってきましたね‥‥」
手紙が届いたことから考えても、連中は自分たちの情報を握っている。
唯一の回復手であるシンは、自らが狙われるであろうことを認識していた。
「引き付けます! 代わりに足を止めて下さい」
シンは狙いを澄ますと、瞳を閉じる。
すると、シンの周囲に浮かぶ映像紋章の配列が急激に並び変わってゆく。
「‥‥そいつは俺がやる」
シンの狙いを察知したイレイズは、彼と強化人間の間に奔る雷の如くに立ちはだかる。
1体の強化人間‥‥元EPは、眼前に現れたイレイズを振り切る事ができず、接近戦へと持ち込んだ。
「すまない‥‥貴方達の遺志は、必ず継いでみせる」
シクルの放つ弓がGPを牽制し、その止まった足めがけて止む事なく弓を射た。
見事な軌道は迷いもなく、以前よりずっと凛とした強さや、真っすぐさを感じさせる。
FTへは接近前にシグマが制圧射撃を放ち、そして最後はAUKVを纏わないDG。
龍の翼で駆ける新がDGの足を払い、そこへ渾身の一撃を突き立てる。
「捕らえましたよ‥‥シンさん!」
「掃討を開始します。Seele、Licht、力を貸して下さい」
青く輝く幾何学模様が、一際強い光を放つと同時に、シンの握るエネルギーガンから途方もなく苛烈な力を集約した高威力の弾丸が発せられる。
電波増強による威力の底上げも手伝ったが、ここまで強力な弾が二連射で行動力の限りに叩き込まれれば、1年も前に成長を止めた強化人間が叶うはずもない。
「まずは1人」
放つ弾丸の3発目が新の押さえたDGを弾き飛ばし。
「2人目」
続く4発でシクルが射貫いたGPの意識を奪い。
「流石に、体力があるみたいですね」
残る4発がFTに膝をつかせる。
「‥‥存外、早くカタがつきそうだ」
眼前の圧倒的な狙撃に、新は思わず息をついた。
●
搬入口から侵入を果たした夢姫達は、ヤナギの提案でミキシングルームへと侵入を果たした。
器材を刃で切り刻むヤナギは、1つの画面に目を向けた。
「ネトナか‥‥」
モニターの中、舞台に立つ1人の歌姫の姿があった。
(なぜ、私たちを呼び出したんだろう)
その疑念だけは消えなかった。夢姫の中に渦巻くが、しかし振り払うように音響機材を完全に破壊する。
唯一機能している先ほどのモニターへもう一度視線をやった時、心臓が一際大きく音を立てた。
「‥‥見てる」
舞台にいるはずのネトナが、モニターを‥‥否、モニターの手前にいるであろう夢姫らの姿を見透かすようにこちらを見ていた。
忌々しげに歯噛みするヤナギは、夢姫に視線を送るとその部屋を後にした。
急行した先は、ステージの上。
そこにはたった1人で舞台に佇み、歌を口ずさむネトナの姿があった。
「‥‥セプトは7の意。メンバーはパートごと星の名が与えられている」
夢姫の靴音が、重くホールに響く。それを耳にしてネトナは一時歌を止めた。
「なぜ、私たちを呼び出したか。それを、考えていました」
ネトナは、穏やかに笑んだ。人の命を奪う行為とは、まるでかけ離れた無菌的な雰囲気をまとって。
眼前にはネトナ。だが、本星が1人でいるなんて考えられない夢姫は、敵が『姿を隠している』可能性を認識していた。
「悲しみも、苦しみも‥‥心を麻痺させてしまう。けれど‥‥」
「だったら、無い方がいいでしょう」
感じない方が、良い。
極上の笑みを浮かべると、ネトナは大きく息を吸い込んだ。
「そんなこと、ない!」
薄い唇から洩れる甘く透明な歌声と同時に、夢姫が迅雷で、ヤナギが瞬天速で一気にステージ中央へ駆け抜ける。
同時に、中二階、逆側の舞台袖、観客席から計3人の強化人間が飛び出した。
「‥‥ッ! 夢姫、無茶すんなよ!」
夢姫はただ、歌を止めるべくネトナへ向かい、3体の強化人間を押さえるべくヤナギは身を翻す。
「ナメんなっつーの」
舞台袖から現れた影が同じ瞬天速で追いすがるのを、ヤナギは小さく舌打ちで迎え。
間合いに入った瞬間に剣の柄でGPの顎を打つ。だが、この間合いを離すことなくヤナギは更に二連撃を叩き込んだ。
「歌と音楽‥‥侮辱すんな」
間髪いれず、剣が真円を描く。太陽の輪郭のような軌跡を残し、放たれた一撃がGPを場に斬り伏せた。
けれど。
「まだ起き上がるのか‥‥」
加えて2人の強化人間が接近。そこへ、ホワイエからホールに通ずる扉が、開いた。
●
ホワイエでの戦闘を終えた面々が、ホールへと駆けこんできた。
しかし敵は舞台を目指す足を止めず、移動スキルを以っても彼らに追い付くことができなかったのだ。
そこへ響く低音。
「それ以上、行かせると思うな」
途端に3体の強化人間はぎくりとその足を止めた。
「あいつの歌と‥‥いや、比べる価値もないくらい不愉快な歌だ」
仁王咆哮。強烈な存在感と圧倒的な迫力を放つイレイズの声に強化人間らは振り返る。
そして、彼らは目にするのだ。‥‥余りに強い、彼の眼光を。
ネトナの護衛に向かおうとしていた強化人間は全員、底の知れない恐怖に支配された心で一斉にイレイズへと駆けだした。
「‥‥!」
予想外の出来事。まさか、彼らの意思を凌駕し引き寄せる術があるなどネトナは知らなかった。
ただ、イレイズの誇る強固さは場の傭兵随一であったが、3人に囲まれ、咆哮後の行動力では彼らの攻撃に耐えうるかは非常に危険だった。
けれどすぐさま新がかけつけ、シンが引き金を引く。シグマも向かおうとするがイレイズの一声で、シグマはその場に踏みとどまる。
「お前が決着をつけずして誰が幕を下ろせる!」
素早く駆け付けたヤナギも応戦し、それが好機となる。彼女を守る者は何もない。
「それ以上歌わせるか‥‥!」
シクルは和弓から矢を放つと、それは迷いなくネトナへと飛び、着弾と同時に弾けた。
途切れた歌声。煙の薄らいだそこ、現れたのは表情を変えないネトナの姿だった。
「どうして私が人を洗脳するのか、考えたことがある?」
舞台の上、突然ネトナが口を開いた。
「やはり彼女は‥‥自ら戦う能力が、ないのか」
観客席で戦い続けていた新が、眉を寄せた。
少女が、自ら手を汚したという報告は未だ把握していない。
戦闘能力が不明だったのは、ただ本当に戦う術がないのではないかという可能性もあったはず。
「私には戦う力はない。できることは、波長を合わせて人の心をさらうことだけ」
戦う意思はないとでもいうように、肩を竦めて見せる少女。
「だったら、誰も殺す必要なんてなかったじゃないですか」
怯まない夢姫の言葉に、少女は笑った。
「何もしてないのに、殺しに来たのは『そっち』よ」
思い出す、最初の切欠を。
被害報告の出る前に、人型バグアを殲滅するよう出た依頼を。そして、その時初めて人が死んだ事を。
「私は誰かを殺したい訳じゃなかったの。だって私は‥‥」
「それでも、だ」
シクルが、さえぎった。
「歌は人を幸せにする為のものだ! そして、歌は彼との約束の‥‥」
次いで彼女から紡がれたのは強い想い。薄れない記憶。遠き日の‥‥約束。
「もう二度と、こんなことに使わせない」
そして再びシクルは弾頭矢を番える。青い眼光が鋭さを増した。
「快楽のために仲間を手掛けた彼らを許せない。けれど‥‥そんな弱い人間の心を利用するバグアも、許さない」
夢姫の瞳に映るのは、もはや少女という仮初の姿ではなく、内に潜む凶悪な存在。
「俺がここに居んのはな、もはや親父が殺されたからじゃない。俺の腕が無くなったからでもない」
今まで黙っていたシグマが、銃の照準を少女に合わせる。
「俺達人間は弱ぇよ。毎日必死に生きて歩くには、両手いっぱいに『本当』を持ってなきゃ進めねぇんだ!」
瞬間。客席から声がした。
「強化人間の掃討が完了! 残るは‥‥貴女だけです」
客席から届く新の声。クライマックスを告げる鐘。
ネトナと名乗るヨリシロは、魔法から解き放たれるように、少女の姿を解放した。
「こんなだから私、華奢な少女しかヨリシロにできなかった」
現れたのは、少女よりも小さい竜人。全身を鱗に覆われたその竜の瞳はひどく悲しげな色をしていた。
「‥‥来なさい。これでも、人間よりはマシよ」
竜人は大きく翼を広げ、そして両手から伸びる鋭利な爪を振りかざし、駆けた。
その早さは瞬天速にも及ぶが、しかし、ここには追随可能な傭兵がいる。
「随分、演技が上手いんですね」
命運を分ける竜の翼がステージへと舞い上がる。新は竜人の脇へと入り込み、鬼火をその翼へ突き立てた。
「ブレアは言っていましたよ。‥‥貴女から『殺せと言われていたんだ』って」
「!!」
舌打ちが聞こえる。小さな体で、非力な存在は、バグアの中を生き抜く為あらゆる手段を駆使してきたのだろう。
時に相手を騙し、心の弱みを握り、利用して。
生に囚われた竜人から、底冷えするような唸りが放たれる。
「生きる為、存続する為に。我が身を、故郷を、大地を守り戦うのは人間も同じかもしれません」
シンの放つ弾丸が、竜の腹部を撃ち抜き焼き切ったそこから滴が噴き出す。
「それでも‥‥譲れません。どんな理由があろうとも、守るべき者を違えない為に」
新の『竜の爪』が、再び深くその肩を貫き、竜人の動きが、著しく鈍る。
7人の傭兵達は武器を構え、そして、思いの丈をのせて穿つ。
───竜の『泣き声』が轟く。
それは悲哀と憎悪に満ち、ホールの全てを揺さぶった。