タイトル:Phantom limb painマスター:藤山なないろ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/18 23:15

●オープニング本文


 ファントムペイン【Phantom pain】
 幻肢痛。
 何らかの理由によって体の一部を切除した後、あるはずもない部位に痛みを感じる症状の意。
 あるはずのない無い部位が、未だ肉体にあるように感じる幻肢の派生症状とされる。

●Side Z 記憶の切除。
 人間だった頃の記憶はぼんやりとしている。
 思い出せないってことはつまり、思い出さなくても良いってことなんだろう。多分。
 今の俺にとって、思い出なんて必要なかったってこと‥‥なんじゃねえかと何となく思う訳で。
 自分の名がジークだってことくらいわかってりゃ、別に、今を生きるのになんら支障は無い。
 ‥‥そう思っていた。

 肺の奥の奥まで吸い込んだ煙を堪能するようにしばし滞留させる。
 溜息のように俺の口から零れた吐息は、微かな煙だけだった。
 俺の知らない所で吐き出されるはずの煙はどこか異次元に消えちまったのか。
 はたまた、自分の中に溶けちまったのか。
 左の薬指に嵌り続けている、くすんだ黄金色のリングに視線を落とす。
「‥‥あの男‥‥」
 見た事も無い男が、自分に対して「オヤジ」と。そう、叫んでいたのが思い出される。
 同時に、左手へと鈍い痛みを感じた。
 奇妙な事もあるものだ。
 先の戦いの後、使い物にならなくなった左腕は挿げ替えられ、機械と化した。
 血も神経も通っていないはずなのに、この痛みは何だろう。
 そもそも自分はあの男の顔を見ても何も思う事は無かったし、ただ、敵である事を認識するばかりだった。
 なのに。
「クソ! 疼いて仕方がねぇ‥‥」

●Side S 肉親の切除。
 傭兵であった父が、ある時参加した依頼で死亡したとの報せがあったのはもうしばらく前の事。
 その依頼に参加していたメンバーは他にも数名死亡したようだったが、いずれも遺体が無いことが気がかりだった。
 こんな仕事をしていれば、誰しも『遺体のない死亡報告』なんて聞きたくはないだろう。
 言わずもがな、その身体の行き先を、否が応にも想像させられるからだ。
「‥‥あれから、特に情報は無いのか」
 本部でこれを問うのは何度目だろうか。
 それでも、嫌な顔一つせず、受付のオペレーターは丁寧に応対してくれる。‥‥いつも。
「ええ。力になれなくて、ごめんなさい」

 父の体は、やはりバグアの手に渡っていた。
 久々の再会を果たした時、その姿は記憶の中の父と何ら変わりはしなかったけれど。
 父はファイアビーストを操り、人を襲い、そして、人を殺害していった。
 生前の父とはもはや別の生物であると断言しても良い。
(「あれは、父の皮をかぶったバケモノだ」)
 そう言い聞かせているのに、あの時の事を思い出すと俄に手が震えるのは何とも情けないもので。
「‥‥誰にも言えやしねえ」
 自分に毒づきながら、本部の外へ出て、何でもないふりを装ってライターに火を灯した。

 この世に居ないはずの父。
 いないことは理解している。それなのに‥‥胸が、苦しかった。

●The Other Side
 海沿いに、数年前まで小さな町だった廃墟がある。
 キメラに襲われ、町の人々がほぼ死滅してしまった、惨い事件。
 その廃墟を含めた一帯が、近頃再開発区域に指定されたのだ。
 この一帯に傭兵達の保養所を建設するらしい。その為に、先ず廃墟を更地にする必要があった。
「先の依頼では、無事に守りきってくれてありがとう」
 本部のオペレーターが傭兵達に笑いかける。
 『先の依頼』というのは、先日その廃墟の更地化を進めていた時の事。
 作業をしていた作業員達がキメラを率いた何者かに襲われた事があった。
 その為、現場を更地にするまでの間 ─約10日という長い期間であったが─ 廃墟や作業員達を護りきるよう依頼が出されたのだ。
「いよいよ建設に着工することになったのだけれど‥‥例の男はまだ何処かで息を顰めているはず」
 先の依頼にて、現れた人の姿をした何者かに怪我を負わせるも取り逃がしてしまった事は報告済みだった。
 件の人型が生きている。‥‥作業員達も報復を恐れているらしい。
「わかった。現場と作業員の護衛だな」
 また長期間になりそうだ、とシグマは呟いた。
「過去の流れを考えると、予測される敵は件の人型と‥‥恐らくファイアビースト、くらいかしら」
「‥‥そうだと、いいんだけどな」

 現場につくと、作業員や責任者達が慌ただしくしていた。
 何をしているのかと問えば、責任者の青年が1つの墓石を指差した。
「壊すわけにも、いかないでしょう」
 ここにあった町が壊滅した際、死者たちを弔ったとされる即席の墓。
 さして信心深いわけではないが、それを無下に扱うこともできないと。
「だから、そこの丘の上の墓地にね、回収した遺品と一緒に埋めようと思ってるんです」
 この町で生まれ育ち、壊滅する瞬間をただ黙って見ていることしかできなかった少年も、今は青年となった。
 そして今、青年‥‥シグマは静かに頭を下げ、短い礼を述べたのだった。

 小高い丘の上。
 以前来た頃は夏の匂いがした海風も、心なしか涼しく感じる。
 廃墟に設置されていた武骨な墓石が、丘の上の墓地へと移された。
 キメラの襲撃で命を奪われた人々。彼らの安息を願い、その遺品を墓の中へ埋めこんで‥‥。
「──願わくは、死せる信者の霊魂、天主の御あわれみによりて安らかに憩わんことを」
 手を重ね、祈りを捧げる。
 傭兵達はその進行をただ静かに見守り、シグマもそれに合わせるように眼を伏せ俯く。
 そこへ轟く獣の叫び声。まるで、地獄の呼び声であるかのような低く底冷えするような唸り。
 ハッと顔を上げた時、最初にシグマの瞳に映し出されたのは、死者の眠りを妨げるかのような業火。
「もう俺の頭を、心の中を‥‥何にも掻き回されたくねえんだ」
 一同が目の前にしている墓石の奥‥‥丘の向こうから現れたのは炎を纏う獣達と、先日の依頼でも姿を現した金髪の男だった。
 それは、男の懇願だったのだろうか。
「だから、死んでくれ」
 そういって、男は笑った。
 燃えるような瞳の中に、人の生を奪うことに楽しみすらも見出したような、危うげな色を宿していた。

●参加者一覧

御影・朔夜(ga0240
17歳・♂・JG
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
抹竹(gb1405
20歳・♂・AA
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD
イレイズ・バークライド(gc4038
24歳・♂・GD

●リプレイ本文

●Side Soldier
「話があります」
 現場へ向かう前の事だった。
 受付で依頼受理の手続きを終えた一同の中、御鑑 藍(gc1485)が立ち尽くす一人の青年を見据えた。
「前回の依頼の時、気が付きました。‥‥あの男は貴方のお父さんなのですか?」
 藍は、シグムント・ヴァルツァー──シグマの腕を掴み、強い意志を感じさせる瞳で見上げる。
「そうであるなら、シグマさんの口からはっきり聞かせて頂きたいです」
 秦本 新(gc3832)も組んでいた腕を解き、思案していた思いを口にする。
「父親、か。ならば、決着はシグマさん自身がつけなければならない」
 新は、そう言って小さく息を吐いた。
「‥‥例え、それがどんなに辛いことでも」
 それがどういう事を意味するのか。
 新自身が明言する事はなかったが、誰もがその結末を想像し、口を閉ざした。
「私は過去、バグアになった妹を相手に、能力者の姉が戦うという依頼に立ち会いました」
 その光景を思い出す様に、藍は一度だけ深く眼を閉じる。
「状況は違うかもしれません。けれど、此処まで来て何も知らないままで終わりたくは無いんです」
 掴んだシグマの腕を強く二、三度揺らして藍は訴えた。
「お願いです。私達にも、その想いを話して下さい‥‥」
 重い沈黙の帳をはぎとる様に、イレイズ・バークライド(gc4038)が先を切る。
「俺もシグマに聞いておきたい事がある。あれがシグマの肉親なればこそ、お前自身の手で決着をつけさせてやりたい」
 ただ黙って話を聞くシグマの肩に、静かにイレイズが手を重ねる。
「少しでも迷いがあれば、命取りになりかねない。そこまでは、解っているな」
 俯く事も無く、シグマはイレイズを‥‥父と同じ金の髪に赤い瞳を持つ青年を見つめ返した。
「‥‥やれるな?」
 問い質された覚悟は、一呼吸置いた後に皆に伝えられた。
「あれは‥‥俺の父の体だ。名を、ジークムントと言う。だが‥‥」
 もはや俺の父では無く、父の身体を貪り弄ぶ悪魔だ。だから‥‥問題ない。
 静かな決意に、シクル・ハーツ(gc1986)が小さく頷く。
「分かった。もはや私はその事を問うまい。しかし‥‥」
 一寸、何かを思案した後に、凛とした鈴の音の様な声が響いた。
「無理はしないと、約束してくれ。‥‥私達も居るのだから」

●命の天秤
「金髪の男! あれが、シグマ殿の父上‥‥」
 シクルが男を見つけた時、既にその周囲では炎を纏う獅子達が貪欲な口を開いていた。
 作業員達は怯えて後ずさるも、同時に、藍、イレイズ、シクル、新、抹竹(gb1405)が彼らを護るべく取り囲む。
「‥‥今までの行動から考えれば、真正面から向かってくるようなやつとは思えませんが」
 真正面からの出現に対し、警鐘を鳴らした新が周囲を振り仰ぐ。
 そこでようやく、見えなかったものが見えてきた。
「まさか‥‥!? 丘の全周を囲まれているぞ!」
 シクルの声に、緊張が走る。
「ここから逃がす気が無いのか、果して‥‥」
 新はまだ何処かこの状況に違和感を覚えながらも、イレイズが蛍火を奮い、皆を鼓舞する。
「連中の目的がなんであれ、俺たちのやるべき事は変わらない」
 吸い込んだ息を深く吐くと同時に、イレイズはその輝く髪を闇色に染めた。
「‥‥全力で潰させてもらう」

 ジークは、一同の姿を捉えると、狂気に満ちた笑みを浮かべた。
 その顔には、もはや『父』として在った頃の面影はない。
 シグマ自身もそう感じたからこそ、元父ジークムント──ジークと同じ巨大な銃火器を構えた。
 吐いた紫煙を纏い、身に染みた香りと共に御影・朔夜(ga0240)が地を蹴れば、漆黒の髪が風にぶつかるようになびく。
「死んでくれと言うのなら、殺して見せろよ」
 そこに何の感慨も無く、ただ目の前の敵を狩り滅ぼさんと銃を構える。
 以前にも何処かで体感した光景に思えるが別段どうと言う事は無い。
 この既知感も慣れたもので、そして‥‥今日もまた『それ』に苛まれる。
 しかし、接近し最も距離の近い朔夜に対し、真っ先にジークが制圧射撃をぶちかますと、鉛の雨に朔夜の足が鈍る。
 同時にジークの肉壁として立ちはだかる獣達から発せられた炎の洗礼が、朔夜へと二重に襲いかかった。
 そこへ、朔夜が炎を纏うより早く、後続の須佐 武流(ga1461)が飛び込み、しなやかな足技を持って炎弾を次々弾き返す。
 消えゆく炎を確認するように、武流が呟いた。
「あの左腕‥‥厄介だな」
 ジークの左腕であるはずの巨大な銃口から放たれる多量の銃弾に、二人の行動は阻害される。
 しかし、朔夜は更なる行動力をもって接近を再開した。それはまるで、通り雨を仕方なく待ってやった、と言うような体だった。
「シグマ! 御影が攻撃する隙にあいつを止めろ!」
 炎と鉛の嵐の中、武流が叫びをあげる。
「その隙にあれをへし折る。‥‥頼んだぞ」
「了解、武流も気をつけろよ!」
 シグマの返答を確認するように、後ろ手でひらりと一度手を振って、朔夜に続き武流もジークへ特攻する。
 二人の背に想いを託すように、シグマは巨大な銃を構えた。

「‥‥いやはや、死人の埋葬くらいは厳かにするべきですよ」
 抹竹は初っ端からの派手なぶつかり合いに静かな溜息を洩らしながらも、冷静に透き通るような刀身を鞘から引き抜き構える。
「さて、向こうは向こうに任せて‥‥と、行けたらいいですが」
 しかし、炎獣全体の動きに注目していた抹竹は、現場の奇妙な状態に気がついた。
 ジークを頭として彼の前に壁の如く布陣する獣達は、作業員とそれを護る傭兵5人に見向きもせず、朔夜や武流、シグマへと炎を吐き続けている。
 そして丘を囲む獣の群れは、そこから一向に動く気配がない。
「おや、狙いはこちらでは無い様ですね」
 抹竹は『狙い』の方向へ視線を投げ、同時に、新達もこの異様さに思考が帰結する。
「先程の言葉‥‥あれはシグマさんに言ったのでは?」
 新の纏うミカエルが駆動音を立てて視界に青年を捉え、シクルが敵の目的を暴く。
「だとしたら合点がいく。連中、シグマ殿を狙っている!」
 しかし、丘を取り囲む様な炎獣の群れは静かに此方を注視しているだけ。
 藍が迎え撃たんとばかりに迅雷で持ち場を離れてみると、彼女が作業員を守っていた場所にできた穴を目掛けて一部の炎獣たちが一斉に作業員達へと襲いかかってきた。
 他の傭兵が動けば動いた方角の獣たちが動く。
 藍自身もそれに気付き、直ぐに持ち場へと戻って氷雨を奮えば、獅子達は間もなく餌食となった。‥‥この状態はまるで。
「完全に足元を見られていますね」
 藍が疎ましそうに呟く。
「作業員達は完全に人質で、俺らが護衛の持ち場を離れたら即時殺す準備は出来てるってことか」
 イレイズが苦虫を噛み潰したような表情で、吐き出した。
「‥‥けれど、このまま黙って何もしない訳にはいかないんですよ」
 新はすぐに思考を切替えると槍を持ちかえ、構えた小銃で丘下の獣達を撃ち抜く。
 ソニックブームも僅かに届かない場所に居る獣達へ中々攻撃を加える事は出来ず、結果的に場を護る事に注力せざるを得ない。
 背には守るべき作業員達。彼らの命を捨て置くことが出来ない、人の心理を熟知した謀略。
 目の前には、激しい戦いを繰り広げる朔夜、武流、シグマ、そして‥‥ジークの姿。
 弄ぶかのような、命の天秤。
 釣り合いがとれた今、傭兵達はその皿を動く事も適わず、作業員を護衛するまま膠着は続いた。

「人質を取れば上手くいくかと思ったが‥‥お前、邪魔だな」
 ジークは自らを執拗に追いつめる前方の黒狼へ、忌々しげに言う。
 しかし朔夜から返答は無く、彼は瞬時に姿をくらまし、ジークの虚を突いた。
 冷徹な銃口から無慈悲な判決が下れば、それは怒涛の銃弾を吐き出しジークの手を、足を、腹を撃ち抜く。
「狂犬如きが、貴様に私を殺すこと等出来んよ」
 朔夜の連撃の後、間髪入れずに届く無数の弾丸。
 それを放つシグマは、血を流すジークの姿を見ては心を握り潰される様な思いでトリガーを引き続けていた。
「武流!」
 シグマの合図に武流は飛び出し、行動する機を逃したジークの左脇へと急接近。
「こんな危ねぇもん‥‥振り回されちゃかなわん」
 武流が右手でジークの肩を抱え込み、左手で銃火器を固定すると、柔軟さを活かし銃口付近を蹴りあげ捻り潰す。
「これでこいつは黙ったな」
「煩い」
 武流に潰された左腕を気にも留めず、ジークは右手に構えた小銃を超至近距離から発砲する。
 何とか残りの機動力で回避を試みるが、武流の体を数発の銃弾が貫いた。
「ちっ‥‥。肩から感じる体温、あれは確かに人間のそれと‥‥」
 感じたジークの温度に歯噛みする。
 そこでようやく武流は気付いたのだ。ジークが、死んでいなかった事を。
 彼が、バグアに身体を弄ばれた強化人間であると言う事を。
「もうやめろよ、オヤジ!」
 武流から噴き出した血を目にし、とうとうシグマが叫んだ。
 しかし、手を休める事は許されず、無防備な青年目掛けて獣達の炎が飛び交う。
 一方ジークは武流と朔夜の猛撃により完全に抑え込まれているが、逆に言えば二人はジーク対応に手を取られている。
 シグマをフォローする余裕などなければ、無茶を冒す義理もない。
 自分の身は自分で守る。落とし前は自分でつける。それが傭兵だ。
「シグマ殿、落ち付け! 冷静さを欠いて勝てる相手ではない。それはあなたもわかっているだろう!?」
 その時、見かねたシクルが声を張った。
 持ち場を動けずに居ながらも、作業員を護り抜くことに徹している傭兵がいる。
 自分に決着をつけさせるために、辛い任務を強いている仲間がいる。
「お前はやれると言っただろ! 迷いがあるなら、今すぐ俺と変われ!」
 イレイズの叱咤にようやくシグマの瞳に光が戻るも、同時に冷たい声色が降りかかる。
「お前の覚悟は、そんなものか?」
 朔夜が銃声の合間に、口を開く。整った唇に、変わらず煙草を挟んだまま。
「‥‥だとしたら、英雄の名が泣くな。シグムント・ヴァルツァー」
 ふっと吐き出す煙は一瞬の内に吐き出した主の体に巻き取られ、朔夜が再び瞬時に死角を突き、ジークを撃ち続ける。
 放つ弾丸1発1発を、まるでシグマに見せつける様にして、確実に、そして‥‥恐るべき精度で朔夜は引き金を引く。
 そこへ武流が躍りかかる。
 高速機動の後、ジークの上体へと強烈な飛び蹴りを喰らわせ、真燕貫突による渾身の回し蹴りを同一個所へ連続で叩き込んだ。
 鳴り響く銃声の中、父の姿をした生物は呼吸を荒げ、遂に崩れ落ちるように膝をついた。
 その状態になって尚、小銃を構え続けながら。

 突如、ジークは空に向かって一発の照明弾を放つ。同時に、丘の下に控えていた獣達が一気に押し寄せた。
「皆さん、敵が来ます!」
 待機する獣へと流星雨の如く弾を射出し続けていた新が彼らの異変にいち早く気付き、その言葉で藍が迅速に刀を構え直す。
 先んじて敵の数を減らしていたことが功を奏し、新は連中が此方へと接近する前に眼前の獣達をほぼ掃討する事に成功した。
 丘の全周から新の向く方角のみ、ぽっかり穴があいた様に獣の空白が生まれる。
「シクルさん、手伝いますよ」
 隣り合うシクルの担う方角へと攻撃を移せば、シクルは安心して前へ出る事が叶った。
「助かる、新殿っ。‥‥来い!」
 抜刀と同時に炎弾を切り払い、構える風鳥がさえずる様に風を切り、接近した獅子の顔面を切りつける。
「‥‥ああ、此方にいらっしゃいますか」
 抹竹が待ちくたびれたと言った様に首を回すと、再び気を入れて酒涙雨をきつく握る。
「さっさと片付けて差し上げましょうね」
 不敵な笑みと共に抹竹の身体が淡く発光を始めた。
 と、同時に牙を剥き襲い来る獅子へと問答無用に刃を振り下ろせば、抹竹の周囲には累々と獅子の屍が積み上がっていく。

「シグマ‥‥とどめをさせ! こいつはもうお前の親父じゃない!」
 敢えて追撃を行わずにいた武流が、叫ぶ。
 すぐそばには朔夜が控え、特に意に介さぬ様子でジークへ銃口を向け続ける。
「求めるならば、私よりも先に行え。悠長にしていては、狼に貪り食われるだけだぞ?」

 僅かな沈黙の後、青年から発せられる慟哭が丘を震わせる。
 ───かちり。耳慣れた音が、した。

●起爆
 怒号の様な掃射音が響いた後、一つの命が消えようとしていた。
 瞬間──丘の上を目指していた獣たちが、一斉に撤退を開始する。
 身体を墓地に横たえてなお、右の小銃を離さないジークへシグマが駆けより、獣の身体からずるりと刀身を引き抜いたイレイズもそれに続いた。
 今際の際に立って尚、敵意にも似た視線を向け続けるその顔は、血を吐きまるで鬼の様な形相だった。
 自分の知っている父でない事を改めて痛感しながらも、シグマは複雑な胸中で男の手を握りしめている。
 しかし、その様子を見た新が危険を察知し、彼らの元へ接近した。
 新の警戒が正しかった事は、直ぐ後に最後の深手と引き換えに思い知ることになる。
「一つだけ、聞いておきたい事がある」
 イレイズがジークの反応を待たずに声をかけた。
「何故作業員達を狙った? あの廃墟に何か関係があるのか‥?」
 その声に目を開き、ジークは苦痛に歪んだ顔に最後の笑みを浮かべた。
「わかん‥‥ね‥‥。けど‥‥懐かし‥‥匂‥‥」
 自問しても理屈はわからないが、あの廃墟を失いたくなかったのだと、ジークは途切れ途切れに答えた。
 そして、ふと満足げな表情を浮かべた刹那。
「一緒‥‥に‥‥逝く‥‥か?」
 決して父親のそれでは無い。
 死神が罪人を引きずりこむような愉楽の色を浮かべた、非情さ。
「やはりかっ!」
 新が、竜の翼でイレイズらを連れ去ろうとする。しかし‥‥
「少し、間に合わなさそうですね」
 同時に、ジークから大きな爆煙が上がり、抹竹は呟いた後にそれを静かに見上げていた。
「があぁぁああっ!」
 新が連行するギリギリまで父の手を離せずにいたシグマ。
 その体温を直前まで感じていた左手を起点に、弾ける様な強烈な痛みが全身を駆け抜けた。
 敵の自爆を見越した新の行動が無ければ絶望的であったが、現にシグマもイレイズも一命を取り留めている。
 ‥‥当のシグマは、左腕の先を亡霊に喰らわれた状態でありながらも。
「応急処置を施す! 大至急UPCへ救助要請を頼む!」
「念のため町医者も呼んできます! だから‥‥どうか辛抱して下さいっ」
 イレイズの訴えに藍が迅雷で町へと駆けだし、新は持ちこんだ救急セットを広げ、シクルはシグマへと駆けよる。
「シグマ殿‥‥っ!」
 唇を噛み、所持していたハンカチで残る左上腕を強く強く縛り付けた。
 ジークの体は跡形もなく、飛び散った赤い塊に思わずシクルは目を背ける。
「‥‥これで、よかったのか? すまない‥‥」

 ───この闇は、まだ深く、まだ暗い。
 それを思い知るのは今しばらく、後の事であった。