●リプレイ本文
▼時枝・悠(
ga8810)
陽が射し込むより幾分早い時間。目覚めの呼び水は、抑揚のない電子音だった。
携帯端末から発せられるそれに瞬時に気付き、意識が覚醒する。これは、傭兵生活で培ったものの所為。
「こんな時間に‥‥」
今日は自営している店の定休日。それなりの時間まで休ませてもらうつもりだったが、誰のどういう了見だ、と。
気だるさを隠しもせず、サイドボードに手を伸ばし、端末を開く。
『元気? お店はどう? 悠に会いに行ってもいいかな』
文面に目を通すこと、2回。二度見というやつだ。
「‥‥せめて時差のことを思い出してほしかったんだが」
しばし画面と睨み合った後、諦めて一度寝直すこととした。
再び目を覚ましたのは昼だった。妙な時間に目覚めたせいだ。改めて携帯を握るも、さて、なんと返したものだろう。
『楽しみに待ってる』はキャラじゃない。没。
『何が食べたい?』と言うほどメニュー多くないよなウチの店。
打ちかけて、デリートキーを連打。そんなコンボを繰り返しながらぼんやりと考える。
今の自分は、確実に戦場にいる時より頭の回転が遅くなっている。それも、随分と。
でも、それがさほど嫌なことではないように思え、そんな自分を自覚して思わず笑った。
今思えば、傭兵は適職だったのだろう。
振り返ってみても、能力不足で苦労する事は殆どなかったし、遣り甲斐も相応にあって。
(逃避から始まった道にしては、だいぶ当たりだった、よな)
ただ少し言うならば、得る物が多すぎた。
将来の事を真面目に考えるようになるなんて、5年前の私を思えば割とあり得ない。
友人の存在ってのは存外デカい物らしい。全く、ありがたいものだ。
‥‥っと、思考が脱線し過ぎた。
さっきから打っては消しを繰り返し、携帯の上を指が滑り続けている。時間と電池の浪費だ、これは。
「とりあえず‥‥これで、と」
結局、伝えたのは了承の意。合わせて、最寄りの駅と空港、店までの経路だとか、無機質な業務連絡を含めて送信完了と相成った。
「ま、伝えたい事は直接話すに限るよな」
‥‥決してメールで伝えられなかったってわけじゃない。
そんな言い訳じみた事を1人呟くと、振動する携帯。早すぎる返信に、また少し、笑った。
『ありがとう、嬉しい! 悠の手作りのごはん、いっぱい食べさせてね!』
▼御鑑 藍(
gc1485)
長く続いた戦争は、私自身にも、世界規模でも、様々な影響をもたらしました。
救えた命、救えなかった命、侵略者に対する想い‥‥いろんな因果があって、業があった。
それでも、私は今、生きてここに居るのです。
4月の九州は、随分暖かくなりました。
私は家のあったこの九州を離れることができなくて。というよりむしろ守りたいと願って、この場所にクノスペのコンテナを改造した仮設住居を設置して暮らしています。
復興するべき場所は多いのに手は足りていない現状。そもそもキメラの残党が消えたわけでもない。それでもこの街に、この場所に、家族が帰って来れる場所を用意したかった。ここで、家族を待ちたかった。
それが、私の今の願い。
そんなある日、私の元に届いたのは大切な友の声。最後に会った日から、早2ヶ月。私たちは久々の再会を約束しました。
再会の場所は、再建中の家から少し離れた山の中腹、桜の木が立ち並ぶ場所。
阿蘇の緑の青々とした様。そこに立つ美しい桜。そして広がる真っ青な空‥‥
私は、この景色を、見たことがある?
一瞬、心臓が大きくはねた。
一緒に居たジルさんの瞳を見ると、その奥に似た景色が広がっているような気がした。
どこまでも続く青空。桜の花咲く島の中、動物も人も関係なく楽しく過ごす世界。
皆の先陣を切るジルさんは、この世界の彼女より随分髪が短くて、凛々しく剣を腰に下げている。
「藍?」
「‥‥大丈夫、です。ただ、何故か懐かしい感じがして」
目を見開くジルさんに、小さく笑う。
「不思議、ですよね。ジルさんと、以前にもこんな景色を楽しんだような気がして」
そんな訳ないですよね、なんていいながらピクニックシートを広げ、お弁当を出そうとした時。
「実は、あたしもなんだ」
ふと見上げた彼女の目元には、涙のような滴が見えた。あぁ、私と彼女は繋がってるんだ。そう思えた。
2人並んで街を見下ろせば、復興の様子が伺える。
「世界は新しく動き出しているんですね」
小さく首肯するジルさんに、私はこう続ける。
「でも先ずは、人々の生活の復興から‥‥手助けしていきたいですね」
「その後は、どうするの?」
「ふふ、そうですね。その後は‥‥新しい世界、宇宙を見てみたいかな」
見上げた空は“あの日見た青空”と、重なり合った。
▼愛梨(
gb5765)
復興支援の為にアフリカへ渡って、しばらく経ったある日の事。
5月と言えど、この地の気温は私には些か高く感じられる。休憩時間に水を求めて宿舎裏手へまわると、ミネラルウォーター片手に煙草をふかす青年の姿があった。
「‥‥よく見る顔ね」
声をかけたのに他意はない。彼の足元にペットボトルの段ボールがあったから、ついで程度。
「なんだ、お前か」
上空めがけて煙を吐き出した後、男はあたしに目をくれてそう言った。
「待ち人でもいたわけ?」
「少なくとも愛梨を待ってた訳じゃあねぇな」
青年は笑いながら、煙草を携帯灰皿に押し付けた‥‥その時。
「見つけた、シグマーって、あれ!?」
唐突に明るい声が聞こえてきた。この声を、あたしは知っている。
「なんであんたがここに居るのよ」
現れたのはジル・ソーヤという傭兵の少女。むしろ驚きたいのはこっちなのだけど、それについては冷静に対処することとした。
ジルがシグマとあたしに伝えたのは、これまでの礼と、そして来年結婚するのだということ。
「うちの姉も結婚するみたいで、家族の顔合わせしたいって言われてるんだけど。生憎、長期滞在依頼を請けてるところだからね。これが終わったら一度、行こうと思ってるわ」
「おめでとう! 家族が増えるって、なんか、いいよね」
「どうかしら。でも、兄ができるって不思議だわ」
「リアンもね、同じこと言ってた」
「そう。‥‥あんたも世界放浪なんてしてないで、日本の勉強しとかなきゃ、恋人に恥かかすわよ」
「う‥‥気をつけます」
勉強、で思い出したことがある。
勉強もそれ以外も、この年頃の少年少女が学びに費やしたであろう多くの時間を、あたしは戦争に費やした。だからきっと、今のあたしは偏った知識しかない。
でもいざ、アフリカ復興支援に携わりながら、様々なことを学びたいと願ったとして、その決意を受け入れてくれる場は今の地球にどれくらいあるだろう?
それに気付いた時、新しい目標ができた。
アフリカや南米とか今まで深く関わって来た地域に、学校を作りたい。子供たちが、友達を作ったり、学んだりできるように‥‥って。
「イギリスなんて行ってる場合じゃないのに、しょうがないわね」
あたしを招待する姉と義兄になる予定の男からの手紙を見ながら、あたしは未来に微笑んだ。
▼Side 黒木 敬介(
gc5024)
「敬介も人が悪いよねー。新も呼んでたなら先に行ってくれればいいのに!」
「サプライズだよ。遠距離なんでしょ、今?」
会いたいというメールが届いて数日後。京都駅で迎えた彼女は、彼女の大切な人と共に居た。
俺が運転する車の助手席には恋人の椿姫。後部座席の二人も仲睦まじい様子。
戦時中には考えられなかった光景に、俺は多少の違和感を覚えていた。
でも多分、これを言い換えるなら“不慣れな幸せ”なんだろうと思うから、敢えてその違和感は無視してやった。
▼Side 椿姫(
gc7013)
「折角だから着物で散策するのはどうかな?」
そんな私の提案に賛成してくれた皆と、男女別れて着物レンタルの店に入ってしばしの間。
私はジルちゃんと2人、衣装を選びながら色んな話をした。
今は学生に戻って勉学にいそしんでいることとか。敬介君の家に居候させてもらっていることとか。
ジルちゃんは正面から話を聞いてくれるから、普段余り人に話せないようなことも話せたんだと思う。同じ元傭兵同士だということも、あるかもしれないけれど。
「前にね、バグアにやられた街、そこの家の瓦礫の中から思い出の品を探す依頼を受けたことがあるんだけど、傭兵になって色々なことを知って、色々な当たり前が当たり前じゃないことを痛感したんだ」
「‥‥椿姫も、大変だったんだね」
「うん。だからこそ、エミタは外さない。覚えておくためにも。そしていつかもしなにかあったとき、大切な人達を守り切る為にも」
「あたしも。このお陰で出会った皆との繋がりっていうか、感謝の意だから」
「そっか」
「だからね、椿姫も、何かあったら呼んで。あたしにできることは少ないかもしれないけど、すぐに駆けつけるから」
▽ 敬介
「ほら、そこの人力車に乗るんだよ。俺は椿姫ちゃんと載るから、ジルと新君は2人で乗って」
1時間ほどの京都遊覧。俺は椿姫ちゃんを車に乗せると、その隣に乗り込んだ。
後の2人は言わなくても仲良くやってるだろうし、まぁ任せる。
「こうして改めてデートするのって、なんか少し新鮮だね」
そう言って、椿姫ちゃんは既に繋いでいた手に空いた手を重ねてくれる。
彼女との付き合いは依然変わらず。互いに復学を果たし、現在は黒木家に住んでもらっているし、そういった生活にも慣れてきてくれた様子。この生活がこれからもずっと、続いていけばいいと願うばかりで。
「どうしたの? 何か考え事?」
俺がぼんやりしてることに気付いたのか、彼女が顔を覗き込んでくる。それが少し可愛らしくて、回答代わりに近付いてきた顔へキスをあげた。
▽ 椿姫
「次はお風呂の場所だけど‥‥」
京都散策を満喫した後、帰ってきた黒木家の中をジルちゃんに案内していた、はず、だったのだけれど。
「椿姫、どうしたの?」
「えっと‥‥ご、ごめん。迷子、かも‥‥」
敬介くんの家に居候させてもらい始めてしばらく経ったものの、人を案内するとなるとやっぱりちょっと緊張しちゃったり。
話をしながら歩いてると「あれここどこだっけ?」なんてこともあるわけで。
そもそも、この家が広すぎることも要因な訳だけど、とにかく私とジルちゃんは家の中で迷子になっていた。
ジルちゃんは「流石ニンジャ屋敷!」とどこで学んだのか間違った日本の知識を披露する始末。
「なにやってんの? もう夕飯だからこっちおいで」
現れた救世主(敬介君)に手をひかれ、私はしょんぼりと廊下を歩いた。
▼黒木 霧香(
gc8759)
その日、出迎えたのは珍しいお客様だった。
「霧香、です。仲良くしてくださいね、ジルさん、秦本さん」
手を差し伸べた私に、彼女は明るい笑みで応え、彼は律義に頭を下げた。
今日は、我が黒木家に2人のお客様を迎えるのだと兄から聞いていた。
両親は「お友達同士で気兼ねなく」なんて2人で旅行に出かけてしまったけれど、お客様が来るのにおもてなしをしない訳にもいかないでしょう?
‥‥というのは建前で。本当は、兄の友人の顔を見たいと思ったから、私は今日この家に留まったのだ。
「霧香ちゃん、私も何か手伝うよ」
そう言ってくれるのは、椿姫さん。兄の彼女で、この春から我が家に居候をしている人。
「ありがとうございます。じゃあ‥‥お食事はできてるから、配膳をお願いしてもいいですか」
「うん!」
笑う椿姫さんとの関係は、正直少しぎこちない。きっと彼女もそう感じているだろう。
事実、私は彼女に対してずっともやもやした感情を抱いていた。
これが嫉妬に似た感情であろうことを、私はつい最近自覚したばかりである。
これまで兄はたくさんの女性と関係をもったけれど、それは好意とはまた違う意味であったのを知っていた。
なぜなら、兄は好意のない相手の話を、決して家に持ち込まないからだ。
(なのに‥‥椿姫さんの話は、よく聞いてた)
だから彼女が兄にとって本当に大切な人なのだと認めざるを得なかった。
「霧香、椿姫、ありがとな」
兄達がくつろいでいる部屋に、私と椿姫さんとで食事をもっていけば、兄は変わらない笑顔を私にくれる。そして、椿姫さんにも。
(しょうがない、か)
ずっと一緒だった兄が離れていく事に苛立ちに似た感情を抱えていたけれど。
「いいえ。みなさんで楽しい時間を過ごしてくださいね」
いつか私が父母や兄を大切に思っているように、椿姫さんのことを家族として大切に思える日が来るんだろう。
でも、もう少しだけ、この気持ちを抱えたままでもいいよね?
▽ 敬介
「ジル、家族はその後どう?」
「お父さんは軍に復帰して、リアンもお家で暮らせるようになったよ。本当に、敬介や皆のおかげ。あたしね、そのお礼に来たんだ。本当に、ありがとう」
和室で4人、食事を囲みながら尋ねると、ジルは改まって礼を述べた。律義な所は新君に似てきたんだろうか?
「ちなみにさ、それって婚約指輪?」
ジルの薬指のそれを指して俺が尋ねると、新君が少し難しい表情をして(照れてるのか、気まずいのか?)、かたやジルは満面の笑みを浮かべた。
「うん!」
その笑顔に、俺は心底「あぁ、よかった」と思えていた。
彼女の故郷が事件の渦中だったころ、彼女はいつも苦しくて辛そうな顔だった。彼女の笑顔を見たいとすら思ったこともあった。
振り返れば、あの事件で一緒だった皆は色んな感情を共有した一番の戦友だ。
「そろそろ親父さんが新君との話でしょうもないごねかたはじめてるんじゃないの?」
「なんでわかるの?」
「メイナードさんは‥‥ジルが関わると、ね」
首を傾げるジルと、遠い目で肯定する新君。
「まぁまぁ、パターン的に親父ってそんなもんだし」
翌朝、ジルと新の2人を駅で見送った。
2人はまたしばらく離れ離れになるのだろう。3月の再会を誓いあっているらしく、彼が彼女を抱きしめている姿を遠くから眺めた。
大事な友達同士のカップルだから、末永く幸せであってほしい。そう、願った。
▼那月 ケイ(
gc4469)
6月の北海道の空は少し薄い青。深呼吸をすると、潮の香りと懐かしさが胸を満たしていく。
俺は、大切な彼女を誘って故郷のこの場所を訪れた。
海が見える高台。ここは、傭兵になる前にバグアの襲撃で亡くした俺の家族の墓だ。
俺は、“あの日”からずっとここを訪れていなかった。思い出すことが辛くて、意図して避けていたのだ。
「変わってないな‥‥」
空も海も潮の香りも、墓石に刻まれた文字も。胸の痛みまで同じなんだから、全く困ったものだ。
ひょっとしたら石に刻まれた文字は、海風で多少丸くなったのかもしれない。でも、俺の喪失感が丸くなることは、ない。
それでも、ここを訪れようと意を決したのは、それだけの理由があったから。
『エスター。俺の故郷に、一緒に来てくれないか』
俺は、彼女に俺の過去を知ってほしいと願ったのだ。
辿り着いた墓の前で静かに手を合わせ、そして長く訪れなかったことを誠実に謝り、同時に、報告する。
大切な人たちとの出会いがあったこと。ここに来る決心がついたのも、彼らと出会って“変われた”おかげであること。
今も傭兵は続けているし、失った家族の事は忘れられない。けれど、忘れることなんてしなくていいんだ。
俺の過去は今の俺を構成する要素であり、何か1つでも否定したらそれは俺という人間を構築するパーツを切断することと同義だろう。
だからもう、自分の命を軽く扱おうとは思わない。大切な人達と、生きていきたい。
(‥‥それで、いいんだよな)
▼Side エスター・ウルフスタン(
gc3050)
長いこと、お墓の前で手を合わせていたケイがようやく瞳を開けた。
その目はまっすぐ前を向いていて、過去ときちんと向き合い、乗り越えた証のようにも思えたけれど。
ケイが目を開いた拍子に一滴だけ涙が流れたことを、うちは見逃さなかった。
それくらい別になによ。うちの前でくらい、気にしなくてもいいでしょ?
そう思うけど、ケイは零れた涙を慌てて拭ったから、見てないふりをしてあげた。
「よかったね。ケイ」
墓石に刻まれた文字にそっと触れながら、うちは言葉を選んで、そう言った。
選んだ結果はありきたりだったけど、でも、ケイは「ありがとう」と小さく答えてくれたから、間違ってなかったかなと思えた。
「そういえば、うちばかりで、あんたの過去って聞いたことなかったわね」
「そうだね。話そうって思えるまでに、結構時間かかった、っていうか」
自分の中でどう折り合いをつけるか、とか。向き合い方とか、そういうところで悩んでたんだろうと思う。まったく生真面目なことだわ。
しかし今でも腹立たしく思えるのが、ケイという人間は、他人の心配はするくせに、自分のことは員数に入らないのだ。
たまにそういう人がいるけれど、そういう人種は本当に怖い。自分が死ぬことに頓着ないのだ。それも純粋に。
でも‥‥
「自分を大切にすることは、自分を慕ってくれる周りの人を大切にすることだって、ちゃんと繋がった?」
「まぁ、ね。心配かけて、ごめん」
冗談めかして答えるケイ。ケイは、やっと、自分を大切にするってことを覚えてくれた。
それが‥‥この笑顔が、うちのおかげかなっていうくらいの自惚れは許されても良いはず。そうでしょ?
▽ ケイ
墓と、家族と、過去と向き合って。ようやく、自分の中で決着がついた。これで、伝えることができる。
「‥‥旅行の時の事、覚えてる?」
“旅行の時のどの出来事”を思い出したのかわからないが、エスターが一瞬で沸騰した。
「あの時言えなかった事、ちゃんと伝えたいんだ。時間は経ったけど、返事はまだ有効、かな」
合点がいったらしいエスターは赤い顔のまま、真剣な表情で頷く。
「エスターの夢が叶ったら‥‥俺の名前を、貰って欲しいんだ」
それは、あの時の言葉の続き。今すぐじゃなくても、いつか一緒にって。
「ずるいんだ。いつも先に言うのはうちで、決めるのはあんたってさ」
減らず口を叩きながら、それでも目の縁に涙が浮かんでるのは、YESのサインで間違いないかなと思う。
でもやっぱり、こういう時はちゃんと彼女の口から“正しい返答”を聞きたい訳で。
「どう? ダメ?」
尋ねる俺に口を尖らせた後、彼女は俺の胸に人差し指をつきたててこう言った。
「一生うちについてきなさい!!」
なんとも彼女らしい、なんとも可愛らしい返事。思わず嬉しさがこみ上げる。
「だ、抱きしめてないでなんとか言いなさいよ!」
腕の中で、真っ赤な顔の彼女が文句を言っていたから。
「あぁ、一生ついてく。ずっと傍で守る。‥‥愛してるよ、エスター」
少しうるさいその口を、自分の口で塞いであげた。
彼女が前を歩くなら、俺はそれを支えればいい。
‥‥だから。今度こそ、絶対に手放さないように。
▼夢姫(
gb5094)
「そんなことがあったんだ」
ハーゲン邸ダイニングの広いテーブルについて、私とジョエルさんは夕食をとっていた。
丁度今、ジョエルさんの兄カイルさんから豪勢な邸宅を用意されかけたという話を聞いたばかり。私は、その様子を思い描いてくすりと笑う。
けれど、彼の話を聞いて思ったのは、カイルさんはお父さまと奥さまを失ったトラウマが残っていて、心配で過保護になってしまうのかも、ということ。
多分、それに間違いないと思うし、ジョエルさんもそう認識しているようだ。実際、ジョエルさんはその後もしばらく続いたカイルさんの過保護な扱いを、決してきつく怒ったりはしなかった。
「‥‥夢姫はどんなところに住みたい?」
提案されたのは、二つ。いずれもとても心踊る話で、思わずフォークとナイフを置いて話に夢中になる。
「じゃあ、ロンドン中心地のアパルトメントがいいな。賑やかで、楽しそう‥‥!」
「そうか」
ふとジョエルさんを見ると、すごく優しい目で私を見てくれていた。
じんわりと温かい感覚は、とても懐かしいようで、新しい気持ち。これからずっと、こんな生活ができるなんて不思議で。
感慨深くなって、この間ジョエルさんが私の左手の薬指にはめてくれた指輪を眺めた。
「結婚、するんだね」
「あぁ。‥‥マリッジブルー、とかいうやつか?」
「ううん。傭兵を始めたばかりの頃は想像もしなかったな、って」
「それは、俺も同じだ。‥‥もう二度と、大切なものは作らないと、頑なであったから」
ジョエルさんの表情は、決して陰ったりしない。乗り越えて、未来を歩む強い覚悟が感じられて、その変化が私は嬉しかった。
「今はただ‥‥幸せで。こんなに満たされた気持ち、知らなかった」
だから、この満ち足りた気持ちのまま、ごく自然に微笑んだ。
「‥‥夢姫、食事はもう大丈夫なのか?」
手が止まっていた私を気にしてくれたのか、私の会話に正しいキャッチボールを返さないジョエルさん。
「え? うん、大丈夫‥‥」
「部屋に戻ろう」
「あ、えと、じゃあ」
「片付けは後で一緒にやろう。‥‥無性にお前に触れたくなった」
本当に、色んな意味で素直になったなぁと、思わず笑った。
▼Side ジョエル
「ジョエルさんも私も、家族は兄妹だけだし‥‥こうして皆揃ってお食事とか、したかったんだ」
嬉しそうに微笑むのは俺の婚約者の夢姫で、その隣にはよく似た面立ちで難しい表情をしている彼女の妹の愛梨。
普段以上に柔和な顔を見せる俺の兄と、俺の4人で高級店のフルコースを囲んでいた。
「式はどんな風にするんだい?」
「英国式がいいな、って。ジョエルさんが守るこの国のこと、もっと知りたいから」
「バージンロードは愛梨が手を引くのかな?」
「‥‥」
愛梨の返答は、ない。先程から窺うような少女の視線が気になり、俺はその沈黙を破った。
「愛梨は結婚に反対しているのか?」
兄が固まったのは言うまでもない。だが、当の愛梨はナイフとフォークを皿に置き、「そんなんじゃないわ」と言うに留まる。
相変わらず、俺は人の気持ちを察することがうまくない。ややあって、愛梨は小さくため息をついた。
「どうしたらいいかわかんないのよ」
「何がだ?」
「だから! ‥‥いきなり兄ができるなんて、今までそんなのいなかったのに、どんな顔してどう接したらいいかなんてわかるわけないでしょ!」
なんと可愛らしい言い分だろうか。兄と夢姫と、顔を見合せて笑う。この空気に口を尖らせる義妹も、これからまた大切に守っていきたいと思った。
6月。よく晴れた日の朝。朝露の残る美しい芝生の先にあるグリニッジ天文台の麓の迎賓館。
純白のドレスに身を包む夢姫に口付け、俺たちは永遠の愛を誓い合った。
▼リズィー・ヴェクサー(
gc6599)
7月某日、快晴。
ボクは、戦争とその後の処理が終わったのち、故郷英国のマンチェスターに帰還していた。
それは、戦時中1人にしていたパパと一緒に暮らす為。そして、もうひとつの理由は、ボク自身の未来の為。
「リズィー、手伝ってくれ!」
「はぁーい!」
ここは、バターと小麦の焼ける香りが心地よく満ちるベーカリー。現在、ボクは新たな目標のため、ここで日々勉強しているのだ。そんな中‥‥
「あ、そこのお嬢さんっ! ちょっと、味見でもしてみないかいっ?」
見知った人影に反応し、ボクは店の前へ飛び出した。相手は、今日会う約束をしていた、ジル・ソーヤという子だ。
お店が終わった後、彼女と公園を歩きながら、ボク自身離れつつある“傭兵”というものを思い返した。
「ボクが傭兵だった頃、最初は漫然と戦ってて。守りたい人が守れなくってね〜」
見上げた夜空は、相変わらず綺麗な星が輝いてる。在ったはずの赤星だけが、見当たらないけれど。
「だから、何でもかんでも守ろうと必死になってた。自分が守られる事、多かったんだけどね」
「そうなんだ‥‥」
「シグマのヴァっちゃんに迷惑かけたな〜。あ、もし彼と会う事があったら、遊びに来てって伝えて欲しいのよ!」
「うん。シグマもきっと喜ぶよ」
何度もバグアの前に倒れ伏した。周りの人に守ってもらってばかりだった気がする。それでもボクは遂げたかった想いがあった。守りたいものが、あった。
そんな日々を越えて、今ボクは、ここに居る。
「ボクは弱くて、でも‥‥何か動いてないと、気が済まない。だからね、守る方法を変えてみたの。食事で、笑顔を作り出すのもいいんじゃないかな? って思ったのよ」
「すごく素敵なことだと思う。あたしもさっき、リズィーのパンで幸せになったよ」
「ありがとっ! ‥‥何だかんだ、戦いが怖かったのもあるしね〜」
お互い笑い合った。戦いは、誰だって怖いんだ。それと同じに、人間誰だっておなかがすくんだ。
「はい。これも美味しいはずだよっ!」
そう言って、紙袋に包んだパンの山をジルちゃんに手渡した。
これは、ボクなりの守る手段。これは、ボクが選んだ新しい道。
さぁ、今日もおいしいパンを焼こう。大切なひとたちのために。
▼王 珠姫(
gc6684)
8月某日。青空の下、夏の匂いを纏う風が草原を吹き抜ける頃。
私は、未だ傭兵として活動を続けていた。全ては癒えぬ戦争の傷跡の為。
そんなある日、私はある少女と出会った。正しくは、“彼女を見つけた”のだ。
遠目にもわかる長い茶の髪。明るい声でUPC本部のオペレーターに感謝を伝える彼女の様子が目に入った。
「ジル、さんっ‥‥」
自分でも思いがけない行為だった。でも、飛び出さずにはいられなかった。
振り返る彼女と目が合った時、背に震えが走るのを感じた。まるで、翼が生えるような感覚。
一瞬、それに気を取られて私の言葉は途切れていた。
「あっ‥‥その、いきなりすみません」
私が唐突に声をかけた相手は、ジル・ソーヤというハーモナーの少女。
彼女と私はこれが初対面だ。けれど、折角会えたのだから。そして、言葉をかける機会があったのだから。
「ジルさんのことは、はじまりのハーモナーとして‥‥存じております。それで‥‥お伝えしたい事が、あるんです」
気持ちを伝えたいと願った。今を逃したら、もう、二度とないと直感したから。
「ジルさんがハーモナーの被験者となったおかげで‥‥今、こうして私が傭兵、ハーモナーとなれたのだと思います」
なぜか、先ほどからジルさんは思案顔をしている。
やっぱり、こんなのおかしかったかな‥‥と、少し不安に思う。でもお礼を伝えずには居られなかった。だから‥‥
「誰かの世界を守るために‥‥力を使うことができました。だから、ありがとう、ございます」
それだけを伝えて。頭を下げて身をひるがえそうとした、その時。
「待って、“珠媛”!」
私は驚いて振り返った。
なぜ、彼女は、名乗ってもいない私の名を知っているの?
彼女の瞳の強さは、懐かしい強さ。湧いてくる感情は、心地の良い清々しさを孕んでいて、自然と笑みが零れた。
「私はこの世界でこの力を役立てられたことが、とても嬉しいんです。‥‥この世界が大好きですから」
「私も‥‥この世界が、大好きだよ。ありがとう」
‥‥長い長い旅だった。でも、まだその旅は終わった訳ではないから。
(だからどうか、貴方の旅路に、たくさんの幸福がありますように)
金のコインを静かに握り、空に祈りの歌を捧げた。
▼黒羽 風香(
gc7712)
「こんにちは!」
落ち着いた飴色の扉が開くと、明るく心地よい挨拶が響く。私は、それを待ちかねたように彼女、ジル・ソーヤを出迎えた。
ここは、兄さんと姉さんの3人で開いた喫茶店。小ぢんまりとしてはいるけれど、のんびりゆったりとした時間が流れる、私たちの大切な場所。
「それにしても、あっと言う間ですね」
「なになに?」
「兄さんを追いかけて傭兵になって、色々な場所に行って、戦って、色々な人に出会って‥‥気付けばもう2年になるんです、能力者になって」
「風香は2年も、戦い続けたんだね」
「えぇ‥‥自分で言うのも何ですけど、その間で随分変わったと思います」
「最初に出会った風香と、今の風香はね、違うよ。笑顔とか、顔の柔らかさが」
そう言って、彼女はコーヒーカップに重ねていた手を私の頬に伸ばしてくる。カップの熱を帯びた手のひらが心地よくて、自然と口元が緩んだ。
「ふふ。これも経験を重ねたお陰でしょうかね」
これまで、本当にいろんな事があった。痛い思いもしたし、苦しかったり、悲しかったり、辛かったりもした。
そういった様々なことを経験して、そして乗り越えたお陰で今の私があるんだと思う。
だからこそ、兄さんが剣を執る理由が、大切な人を護りたいっていう気持ちが、誰かを護るっていう事が、本当の意味で分かった気がする。
「‥‥私が未だにエミタを抜かないのは、そういった部分もあるのかな?」
思いがけず口をついた言葉を拾って、ジルさんが首を傾げる。
「風香もエミタを残すんだ?」
「きっと、当分抜く事は無いでしょうね」
今後どうなるかはまだ分かりませんし、兄さんを1人にしておくと、どんな無茶を仕出かすか分かりませんから。
その言葉は胸にしまって。私は自分用に淹れたコーヒーに口をつけた。
「ジルさん、私のピアノと合わせてみませんか?」
店内に置いてあるグランドピアノを指す私を見て、思いがけないと言った顔をするジルさん。
「いいの?」
「私がお願いしてるんですよ」
「やった、じゃあ何やろっか?」
こんな日が訪れることを、あの日の私は想像できただろうか?
でも今現実に、私はここに居て、この日常を享受している。
これから先どんな未来が待ちうけるのか分からないけれど、私は、私なりの幸せを生きています。
▼セラ・ヘイムダル(
gc6766)
「ジルさんはセラを知らないでしょうが、セラがジルさんを知っているのです。貴女は有名人ですから」
「んん?」
UPC本部で出会った彼女、ジル・ソーヤという人に出会い頭にかけたのはこんな言葉。
「いい記念です。少し、お話でもしませんか?」
そう言って誘いだしたのは、本部近くのカフェテラス。彼女は、私の分のホワイトモカを差し出すと、テーブルの席に腰を下ろした。
「セラはなんであたしに声をかけてくれたの?」
当然の疑問です。でも、それが少しおかしくて、口元が緩むのです。
「どうしてでしょう。ただ、あなたを見て、何だかとても懐かしい気持ちになったのです」
カップに視線を落とすと、モカの表面にアート。それが三毛猫の模様をしていたから、もう少し吐露したいと願ってしまいます。
「戦いも何もかも終わりましたよね。家族も友達も皆天国に行ってしまい、故郷も無くなり‥‥ずっと戦って戦って、終わって残されたのは傭兵生活で稼いだ少しの財産だけ。びっくりするほど何もないのです‥‥」
ぽつりぽつりと続ける私の話を、ジルさんは真剣に聞いてくれました。初めて会った相手だというのに、本当に、真剣に。
「けれど、無くなったのなら、また積み上げられるのです」
「そう、だね」
ジルさんは首肯したのち、何かを思い出そうとするような思案気な顔になってしまいました。
「ジルさん?」
「あ、ごめんね。お話、続けて?」
促されるまま、答えたのは私のこれからの道。故郷の英国で、料理学校へ通う為の手続きや勉強や資料集めをしているということ。
「セラは幸せになれなかったけれど、誰かが幸せになるお手伝いなら出来るかも知れないですから‥‥」
美味しい料理で、皆が笑顔になってくれれば、と。
「いつか一人前の料理人になれたら、ジルさんにも食べて貰いたいです」
ジルさんの弟さんにも、ぜひ。
そう告げると、ジルさんは弾かれたように立ちあがった。
うん、それだけで十分。
私もカップのモカを飲み干して、甘い余韻を残したまま立ち上がります。
最後に一言、彼女に私の願いを告げて。
「それでは‥‥ジルさんの今後に幸いがありますように」
そう。今度は皆を幸せに出来る様な生き方を‥‥
▼堀越 惣一郎(
gc8970)
「戦争が終わって長らく、この辺りに外国の方がいらっしゃるのは珍しい」
自宅の前に、日本人とは明らかに異なる美しい茶の髪が揺れているのに気付いたので、腰を上げて門へと足を運んだ。
「古くからある邸宅ですから、貴女には珍しいでしょう」
「あ、はい。今、日本の事、勉強してて‥‥」
傭兵時代に培った英語で話しかけたら、あたりだったようだ。
「何かのご縁でしょう。立ち話も何ですから、中へいかがですか」
招き入れた少女は、ジル・ソーヤというそうだ。
彼女に妻の淹れた茶を勧めながら、茶の間で過ごすうち、彼女の手に剣を持つ人間特有の握りだこがあるのを見つけ、傭兵であるのだろうと察した。
傭兵である過去を持つ者に、昔話を聞くのは憚られることもある。だが、彼女は正直に自らの出自を話してくれた。
「やはり傭兵でしたか」
「やはり?」
「いえ。僕も実はね、そうなんですよ」
珍しい客人を相手に、僕はかみしめるように“今”を話し始める。
「遠縁の女性に頼まれましてね、僕は今、長い戦乱で散逸した故郷の文化財、遺物を発掘、発見し、元あった所に変換するという事業を行う非営利団体の代表をやってるんですよ。僕もそろそろ90なもので、初めは断ったんですが、どうしても、と言われまして」
少女があまりに真剣に僕の話を聞くので、少し照れくさくなって頭を掻く。
「ただ、やってみると中々楽しいものですな」
「おじいちゃんの笑顔、すごく輝いてる。何だかうらやましい」
「とんでもない。お蔭で毎日忙しいですよ。まだまだ死ねませんな」
客人が帰った後、思い出したように自室へ引き返した。
そこにあるのは1枚の古ぼけた写真。その中では“あの頃から何一つ変わることのない、飛行服姿の青年たち”が敬礼していた。
あの日‥‥僕の機体だけ動作不良で飛べず、1人生き残ってしまった。
死すべき時に死ねなかった‥‥そんな思いが、ずっと心の隅にあった。戦後、結婚し、幸せと言える生活をしている中でもね。
だが、今は違う。
「皆のところに行くのは、もう少し先でありたいと思うよ」
今、僕は上手く笑えているだろうか。そんなことを思いながら、彼らに向かって、彼らのように敬礼を返した。
▼ブレイズ・S・イーグル(
ga7498)
血なまぐさい戦場とは、どうあっても離れられないものなのか。
己の因果を呪いながら、剣に付いた体液を振り払った。
現在、傭兵という仕事から離れ、俺は戦友と共に世界各地を旅していた。
短い余生を過ごすにあたり、見聞を広めるという理由はもちろん。理由の一部に、行方の知れぬかつての想い人を探すという企みがあったことを否定はできない。
今日この場所へと赴いたのは、ある依頼を受けたからだ。
遡ること2日前。立ち寄った街である少女に声をかけられた。
「近くの森にキメラの目撃が相次いでるの。‥‥良かったら、手を貸してもらえないかな」
「なぜ俺たちに声をかけた?」
「あなたの携行している武器、エミタがないと動かないやつだよね?」
こうして、奇妙な縁だが、その傭兵の少女(名をジル・ソーヤと言うらしい)と共に、キメラ残党狩りに赴くことになったわけだ。
「戦いがようやく終わったってのに、どうにも実感が薄いのはあんたといる所為か」
森に向かう道中、戦友がそう言って笑う。
「俺1人の所為ってことはないだろう」
「いや、きっとこれが性分なんだろうな」
性分、と言われればそうだろう。否定はしない。ただ、戦友だけあって互いの指向もさほど離れてはいない。
つまり、こういう流れがどちらかの所為ではないかという話なら、結局はどちらの所為でもあるということだ。
「2人とも、付き合いが長いの?」
「まぁ‥‥小隊の隊長であり、傭兵になりたての頃に通っていた喫茶店のマスター‥‥なんてもうずっと昔の事のように思えるぜ」
「おい、酒のないところで昔話なんてのはよせ」
そんな、とりとめのない会話をしながら。遠く離れた日常を、久しぶりに近くに感じた日だった。
残党狩りは、なんてことなく終わった、はずだった。
「ブレイズ!」
キメラの1体が俺の“左側”から襲いかかっていた“らしい”。
結果、そいつはレイジのコンユンクシオによる一刀両断で切り伏せられたが、レイジは既に気付いているだろうか。
俺の死期が近い事。
俺がもう旅を続けられない事。
既に味覚など殆どなく、左目の視力は覚醒の補助がなければ色も判別出来ない事。
そして今、覚醒した体は軋む様な激痛を伴っている事。
▼鈍名 レイジ(
ga8428)
「‥‥さっきは悪かった」
夜も深い時間。残党狩りの帰りに立ち寄ったバーで、俺は多少飲めるようになった酒を片手に、ブレイズさんとの昔話に花を咲かせていた。
なのに、突然そんなことを言われて、俺はどう答えればよいのか分からなかった。
長く連れ添った戦友だ。彼の症状がわからないワケがない。でも、そのことを気にかける態度をとるつもりはないし、彼自身“そういう扱い”を望んでいないことも分かっている。
だから、先の戦いで“左側からの奇襲”に対して彼の判断が遅れたことを、言うつもりはなかったのに。
「こういうこともあるだろ」
「そうか‥‥そうだな」
彼の目に、僅かばかりの感情が滲んでいる。それがなんと言う感情か、正しく表現することは俺にとって困難だが、そこに明日を見つめる強さを感じ取れたのも事実。
呷る酒の味は、美味いのかどうかもわからない。ただ‥‥この日の晩餐を、俺は、生涯忘れないだろう。
「なぁ、レイジ。悪いが、別に行く所があるんだ」
翌朝、彼はこう告げた。それは、嘘ではないと思った。
「じゃ、気をつけて往けよ」
戦いが起こらなければ。傭兵にならなければ。あの場所にいなければ。
きっと出会う事もなかったんだろう。こうして別れる事も、な。
「あぁ。その間、俺の剣を預かっててくれ」
今まで戦いに暮れた男が剣を差し出す事の意味くらい、馬鹿な俺でもわかる。
それでも、気付いたふりをしたくはなかったから。黙って受け取る代わりに、俺の相棒のコンユンクシオを手渡した。
「おい、その間、武器無しでどうするんだ。代わりに俺の剣でも預けておくぜ」
これは、対等な付き合いの象徴。
これは、これからも生きてほしいという願い。
そんな風に込めた想いに、彼はきっと気付かないだろうけれど。
「達者でな‥‥そんじゃ、あばよ。」
これからの戦友や友人、知人達、世界の未来(あす)を信じて身を翻す戦友。
「違うな、またな‥‥だろ?」
去りゆく背をいつまでも見続けることはしなかった。
一度は重なった道だ。いつかきっと、どこかの世界でまた出会うだろうから、さ。
俺も、旅を続けよう。
辛くても、楽しくても”良かった”と、そう思えるたくさんの出会いがあったから。
今日も、明日も、その先も。
時に迷い、立ち止まり、振り返りながら。
▼霧島 和哉(
gb1893)
1月も半ばを跨いだ頃。今しがた降り立ったグリーンランドの気温は−7度。
そういえば、依頼の間ずっとOFFにしっぱなしだった、と思い出したように取り出した携帯端末にはこんなメールが飛び込んできていた。
『和哉いまどこ? 元気にしてる? 久々に会えないかな』
驚きはしなかった。僕にとって“彼女”は、いつも予測できないことをする存在だから。
▼アレックス(
gb3735)
極北の大地、グリーンランド。そこに在る街、ベルガンズ・ノヴァ。
この街ををめぐる大きな戦いを経て、今なお消すことのできない様々な記憶を抱えながら‥‥俺は今、家族と共に因縁浅からぬこの地で暮らしている。
俺は今、軍人として研修の日々を送っている。階級は、傭兵時代と同じ中尉。
戦うこと以外に自分に何ができるのか自分でわからなかったから‥‥適職であることを願って、軍に入る事にしたのだ。
そんなある日の事、自営している店の前、止めていた愛車に跨ろうとしたそこへ見慣れた姿が現れた。
「おかえり」
「ん‥‥」
相棒で家族の霧島和哉だ。
彼はここで共に暮らしているのに、未だ一度も「ただいま」を口にしたことがない。それは元々居場所や家族というものに縁遠かったことも原因だろうが、それだけではないのも知っていて。
(家に居にくい気持ちは分かるけど、さ)
知りながら、かける言葉に行きあたらずエンジンをふかし始める俺。そこに、珍しく和哉から声がかかった。
「ジルさんが、遊びに来る、って。‥‥いいよね?」
旅先から持って帰ってきたらしき珍しい花を携えながら、和哉はそう尋ねた。
「当たり前だろ。ここは、“お前の家でもある”んだから」
「‥‥そっか」
相棒は「ああ、そっか、そうだったんだ」という顔。今更なのか? 全く、しようがないやつだ。
「なぁ、和哉。近いうちに孤児院を始めたいと思ってる」
「前にも聞いた、けど」
「あぁ。血の繋がりがなくても、家族の大切さってヤツを、知って欲しいんだ」
「‥‥誰に?」
「‥‥わかるだろ」
和哉は困ったように眉を寄せ、その後「いってらっしゃい」と残して店に戻っていった。
職場へ向かう最中、見知った少女がバス停で降りるのに気付いた。声をかけると、彼女・ジルは嬉しそうに走ってくる。
二言三言挨拶を交わし、職場へ向け再びヘルメットを被り直した時、彼女は笑った。
「ありがとう」
「ん?」
「アレックスと出会わなかったら、今のあたしは居ないから」
俺を送り出すジルは、本当に幸せそうだ。だから、俺は心から安堵した。
「ほんの僅かでもジルの力になれた事は、自分の為だけに戦ってた俺の、数少ない誇れる事なんだ。だから‥‥俺からも、ありがとう」
手を振る少女を背に、俺は走り出した。
▽Side 和哉
「アレックスも和哉も、忙しいんだね。孤児院もやりたいって聞いてたんだけど、大変そう」
僕とジルさんは、揃って店番として花屋のレジに並んで座り、とりとめもない会話をしていた。
「うん、でも、手伝う人はいると思う‥‥から」
「いると思う?」
ジルさんが僕の顔を覗き込む。僕が返答に言葉を濁したのがいけなかったのだろう。彼女に見透かされたようだ。
「手伝う人‥‥って、相棒の奥さんと、僕、ね」
一瞬、ジルさんは僕が「相棒」と呼んだことに目を丸くしたあと、微笑んでこう尋ねた。
「なんか、難しいこと考えてるでしょ」
「そんなことない‥‥けど」
ぽつぽつと、出てきてしまう。誰に言うでもなく、腹の底に抱え、1人、この島と戦場を往復していたのに。
「‥‥気持ちの整理がついたら、って」
2人並んで、しばらく花屋の店先から見える通りの様子を眺めていた。ややあって、彼女はこう言う。
「残党狩りはね、そのうち終わるよ」
「そう、だね」
「それって、いいタイミングじゃない?」
キメラ狩りの旅をし、時折家族の元へ顔を出す日々。能力者が商売になる内に稼ぐ、とか何とか言っているけど。
「僕のは、タイムリミットが決められた言い訳、ってことだよね」
「そういうこと」
本音は別が別にあることを、彼女はわかったんだろう。お天道様はなんでもお見通しなのだ。
「和哉、ありがとう」
「それ、僕のセリフだから」
「なんだか最初の依頼の時みたいだね」
2人で小さく笑い合った。もし姉弟がいたら、こんな感じなんだろうか、なんて。少し妙な心地がするけれど。
「あの、さ。歌を、教えてくれないかな」
「歌??」
僕はそれに黙って頷いた。
太陽のようには歌えなくていい。
それでも、他人と重なる事を否定してきた自分が、それ肯定する為の第一歩として。
歪みを抱えた僕が、歪んだ僕を認めるために。そして、歪な僕を認めてくれた家族や仲間と、共に在るために。
▼秦本 新(
gc3832)
3月、穏やかな春。また、この季節が巡ってきた。
エミタを体に宿した日から幾年月。様々な疑問を抱え、それでも戦い抜いてきた。日常、家族、夢、あらゆるものを捨てながら。
だが、そんな日々は終わったのだ。季節が巡るように。明けない夜がないように。
「ジル、紹介する。私の家族で、左から‥‥」
あの約束の日から1年が経った。私は、婚約者のジル・ソーヤを故郷に招待していた。
真面目な父、温厚な母、職人気質の祖父、のんびりした祖母。彼女を歓迎する家族を一通り紹介すると、ジルは嬉しそうに笑う。
「はじめまして。あたしは、ジルです。新のことが大好きです」
そんな自己紹介に、母と祖母は笑い、父はやや面くらった様子。そして技術者である気難しい祖父は‥‥
「随分、可愛らしい嫁さんだ」
そう言って、珍しく口元を緩めた。
夕食を皆でとる最中、ジルは始終嬉しそうに私の家族と会話を楽しんでいた。特に、彼女にとって「母親」というものは長らく求めていた存在でもあったのだろう。
ジルは自分の生い立ちを素直に話し、そして、ありがたいことに私の家族も彼女の話を真摯に受け止めていた。
だが、こうして家族へジルを紹介したかったこともあるが、今回呼び寄せた目的は他にもある。
「じゃあ、少し出かけてくる」
不思議そうに後をついてくるジルに振り返ると、その手をしっかり握った。
「見せたい所があるんだ」
そこは、桜咲く野原。夜空に輝く美しい星々。満月は白く輝き、月光が桜を優しく照らしている。
「‥‥もう残ってないと思ってた」
それを聞きとめたジルが、私の腕に触れる。
「あたしを連れてきてくれて、ありがとう」
彼女を連れてきた目的。それは、この景色を、私の故郷の在り様を、ジルと共有したいと思ったから。
彼女は、私に自分の過去を、在り様を、家族を、故郷を、全てを見せてくれた。
それは彼女の意図しない形だったこともあっただろうけれど、彼女のことは誰より理解しているつもりだ。
だからこそ、彼女にも、私自身のことを誰より理解してほしい。そう願うことは、間違いだろうか。
「昔‥‥キメラに襲われ、家族が重症を負ったんだ。その際、爺さんの右腕が駄目になって」
「そうだったんだ」
「腕は職人の宝。どうして理不尽にそれを奪われなければならなかったのか、って。怒りとも疑問ともつかない感情を抱えたまま、傭兵になった」
そこまで話すと、彼女は私の腕から手を離し、そして優しく抱きしめてくれた。
「長い戦いだったね」
「あぁ。人に語る程の事じゃない。けど‥‥ジルには話したくなった」
「うん、嬉しい」
▼Side ジル・ソーヤ
春の夜風が吹く。
「‥‥約束、覚えてる?」
桜の花が、甘く香る。
「もちろん」
抱きしめた距離が、もっと近付く。会えなかった時間を埋めるみたいに、もっともっと近付きたい。
きっとずっと、新が私を大切に思ってくれている以上に、あたしは新が好きだ。だから今、あの日の続きをしよう。
「あたしを、新のお嫁さんにしてください」
新の隣で、いつまでもずっと、笑っていられますように。
空に赤い月はなく、星が輝き、虹がかかり、隣で大切な人が笑う。
この素晴らしき世界で、あなたは今日も、生き続けている。