タイトル:2013/ユノの祝日マスター:藤山なないろ

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/05/12 22:21

●オープニング本文


▼Side カイル・S・ハーゲン
 僕は、非常に頭の痛い課題を抱えていた。
 わかってはいるが、この長きにわたるバグアとの戦いは、大きな傷跡を残した。
「‥‥補充人員の試験はどうだったんだ」
 設えの良い机の上で頭を抱えるようにして呻いていた僕の耳に、低く深みのある声が落ちてくる。

 僕の執務室に居るのは、ジョエル・S・ハーゲンという名の男。
 僕の弟で、同時に僕の抱える大隊RoyalStarの副長を担う右腕だ。
 少し以前まで彼はラストホープに居を構える傭兵に属していたが、バグアとの最終決戦ののち、こうして我が大隊に所属することになった。
 ‥‥否、正確には“復帰を果たした”のだ。
 もちろん、いきなり戻ってきて「はい、副長の座をどうぞ」等というわけではない。
 我が隊は、イギリスでも最高峰を誇る特殊部隊。その存在は公にならず、秘匿されているが、女王の番犬として英国を守るのが任務。実力至上主義を掲げるシビアな部隊だ。それであるがゆえに、入隊試験は過酷を極める。
 単純に、僕の弟が今僕の右腕として存在し、RoyalStar大隊の1柱を担う“フォーマルハウト”の座を名乗るのは、試験の結果によるものだ。
 彼は試験を優に突破しただけでなく、模擬戦で大隊の1柱を担う獅子隊の隊長を“ものの1撃”で倒してしまっただけのこと。
(まぁ、エースアサルト同士の戦いは、最終的に“どっちが先に1発あてるか”みたいなものだからね‥‥)
 ため息をついていたのは、この、我が隊への入隊試験のことだ。

「‥‥ダメだった」
「50名近い候補がいたんじゃなかったのか?」
 アンタレス隊、隊長含む5名、全員死亡。アルデバラン隊、隊長死亡。フォーマルハウト隊、隊長再起不能‥‥
 我が隊には補充しなければならない人材がいた。
 フォーマルハウトは、前フォーマルハウトの直弟子であるジョエルが務めることとなったが、他にも課題は山積みで。
「‥‥いたんだが」
「受かったのは何名だ?」
「一人もいないよ」
「一人も?」
 途端、弟の顔が曇った。
 微妙に癪に障るのが、弟が「そんなに入隊することは難しいのか?」みたいな顔をしていることだ。
 あのな、正直に言えば、ヨリシロの腕を両断剣とはいえ一発で切り落とすレベルのエースアサルトなんて、地球人の規格から外れかかってるんだよ。
 お前のレベルがおかしいだけで、一般的には非常に難関試験なんだよ、うちの入隊試験は‥‥ん?
 そうか、そういうことか。その手があった。
「ジョエル、お前のおかげで思い出したよ。良い人材に心当たりがあった」
「‥‥?」
「恐らく、この地球上で、“彼ら”以上に適性がある人間は、思い当たらないよ」

▼Side マルス・テュール
「マルス・テュールという男はいるか?」
「‥‥マルスは俺だけど。どちらさまで?」
 傭兵としての仕事がなくなったわけでもない。
 俺は、前隊長から引き継いだ小隊Chariotと、そして隊員宿舎として購入された土地付き一軒家を守りながら、ラストホープで傭兵業を続けていたのだが。
「これを」
 我が隊員宿舎にある日突然、訪問者はやってきた。そいつは質のいい黒スーツを着た男で、俺に一通の封筒を差し出すのだ。
 封筒の裏を見て漸く把握した。
 封を施す蝋印は、見慣れたマーク。英国王室お抱え、特務部隊RoyalStarの印。
 王室でもこの部隊を知る者は少ないし、RS印の封を持ってここに来るってことは任務で間違いないだろう。
 そして俺はこいつを知らない。RSの仕事をする連中は、メルカバー作戦で全員把握してる。ってことは、欠けた人材の補てんで入ったやつだな。
 封を差し出した手指には、銃器を持つものに良く見る痣。右利きの銃使いで、かつ能力者。そういえば欠けたアルデバラン隊の隊長さんも右利きの銃使いだったっけな。
「あんた、エレクトロリンカー?」
 瞬時に、相手が強張った。
「当たり? じゃあさ、その辺で庭仕事してるうちの隊員連中よんでもらえる? 電波飛ばせるっしょ?」

 小隊Chariot、5名全員で届いた封を開けて見る。中に記載があったのは、1通の招待状。差出人は、カイル・S・ハーゲン。
 マルス・テュール以下5名を英国王室特殊任務のために召し上げたい。どうか、英国に来てくれないか、ということが記載されていた。

「‥‥これ、隊長しらねぇんだろうなぁ」
 多分、カイルの独断だろう。もしあの人が知ってたんなら、こんな召集の仕方はしないはずだ。
 断ったら隊長の顔、つぶしちまうかな‥‥なんてことを思いながら、周りの連中の顔をみたら、みんな、似たような顔して笑ってた。
 自分の力を求められていることへの喜びはもちろん。生き別れみたいになった軍所属の友人とまた共に戦える、ってわくわくしてるツラだった。
「おまえらみんな、バカだよ。バカ」
 ‥‥もちろん、俺も。

▼Side ジョエル・S・ハーゲン
「‥‥俺は聞いていない」
「聞いていたとして、どうなの? 僕は彼ら以上に適性のある人材を知らないし、彼らは僕の声に応じた」
「そういう問題じゃない。大戦が終わって以降、なおも戦いの渦中に友人を巻き込むことはしたくない」
 マルス以下5名、小隊ChariotがRS大隊の駐留施設にやってきたのは、翌週のこと。
 抗議にカイルの部屋を訪れ、文句をつけるも話にならない。
「いやー‥‥友人とか言ってくれちゃうのは嬉しいんすけど、俺らも俺らで、決めたことだから」
 部屋に入ってきたマルスの姿は満身創痍。顔だけは晴れやかだが、入隊試験でまた無茶をさせられたのではないか。
「おい‥‥まさかもう試験は‥‥」
「終わったって、さっきレグルスが言ってた。適性は問題ないってさ」
 ‥‥危惧していたことだ。
 アンタレス、蠍隊の隊長は身のこなしの軽いペネトレータータイプを求められる。そして、隊を率いる実力が求められ、観察力判断力に優れていることも条件だ。
 正直、俺が知り得る限りでは、この座に相応しい人間は3名いたが、最も適性が高いのがこの男だ。
 理由を挙げるのならば、その男は“既に5人1小隊の体を成している”から、だ。
「同じ隊じゃないけどさ。またあんたと一緒に戦えることを、俺は‥‥俺たちみんな、嬉しく思うよ。最後を手にかけた前蠍隊の面々に、敬意を表しながら‥‥俺たちは、RoyalStar大隊・アンタレスを引き受けよう」
 それでも。
 マルスが、トールが、ルナが、オーディが、ヴェルナスが。彼らがそう言うのなら。
 こんなにも心強く、嬉しいことはないだろう。
「マルス、いや‥‥今日からはアンタレス、か。また共にあれる日が来たことを、幸せに思う」

▼Side あなた
 あなたは、小隊Chariotを引き継いだマルスという男から、一通のメールを受信します。
「英国に引っ越すことになったっす。最後の晩餐をやるんで、うちの隊員宿舎に遊びに来ないすか? あ、偶然んにも、去年と同じバレンタインの夜、なんすけどね」

 さて、いかがいたしましょう?

●参加者一覧

夢姫(gb5094
19歳・♀・PN
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD
イレイズ・バークライド(gc4038
24歳・♂・GD

●リプレイ本文

▼イレイズ・バークライド(gc4038) 『Message』

「荷物整理にLHに戻ってみれば、か」
 先ほど着信したばかりのメールに目を通すと、そこには懐かしい人間からのメッセージが綴られていた。
「顔を見る最後の機会、ではあるが‥‥」
 答えは、最初から決まっていた。顔を見せることは、無い。
 既にもう、別れの言葉は伝えてあったから。これ以上何を言うでもないし、言いたいことがあるでもない。
 ただ、それでも少し思い悩んだのには理由があった。
「‥‥そういえば礼を言っておきたい相手がいたな」
 何度も本部で顔を合わせた彼女に。いくらか心配もかけたのだろう、彼女に。
「いや、待て」
 礼を言っておきたい相手はバニラ・シルヴェスターという、世話焼きの女性オペレーターだ。しかし、肝心の連絡先を知らないことに気付く。
「全く、どうしたもんか‥‥」
 この機会に伝えておかねば、一生伝えることも無い。相応に世話になったであろう相手に、だ。
 無機質な机に腰をかけ、逡巡。
 ‥‥柄じゃないが、礼は尽くすべきか。そう思い至ると、重い腰を上げた。
「こんな日まで仕事をしていたら流石に同情せざるを得んが‥‥さて」


「‥‥久しく、最後に顔を合わせてからもう1年以上か?」
「えっ! イレイズさん!?」
 案の定、UPCの本部受付で彼女は仕事をしていた。曰く、『彼氏もちの同僚に恩を売ったのよ』とのことだが、全く同情する。
「どうしたの? ‥‥あぁ、そうじゃない! 無事だったのね」
「まぁ、無事かどうかはわからんが。今日は、バニラに会いに来た」
「私に?」
「あぁ。受付でのやりとりくらいの縁だったが‥‥今までの礼と別れを告げにな」
 途端、彼女の表情が強張った。別れ、という言葉に反応したのだろう。
「LHを離れて暮らすのね」
「ニュアンスは少し違うが‥‥俺もあまり、時間が残ってなくてな」
「‥‥どういう意味、なの?」
 不安げな瞳は彼女らしくない。けれど、その問いに答えることも無く、決定的な言葉を告げた。
「生きて会えるのも恐らくこれが最後になるだろう」
 バニラは何を言うでもなく、しばらく俺の顔を見ていたが、やがて瞬きと共に一粒涙を流すに留まった。
「もう、決めたことなのね」
「そうだな。何もしてやれなかったのが心残りだが‥‥せめて、幸多き未来を歩む事を願っている」
「ありがとう。あなたと縁のあった人に問われたら“イレイズさんは、長い旅に出た”と、伝えておくわ」
「最後まで、お節介だな」
 小さく笑いがこみ上げた。笑うということ事態、少し違和感があるのだが‥‥ごく自然と、そうなったのだから不思議だ。
「今までの事、感謝している。さよならだ」
「私こそ‥‥いいえ。おこがましいけれど、あなたに携わったすべてを代表して、あなたにお礼を言うわ。ありがとう」
 それを聞き届けると本部に背を向ける。
 慣れ親しんだこの場所にも、別れを告げるときだ。その段になって、ふと、思い出したことがあった。
「ああ、言い忘れていた」
 背を向けたまま。バニラに最後の仕事を頼んだ。
「最後にジョエルに伝言を頼む。『泣かした女性の分まで、恋人を幸せにしてやれ』とな」
「‥‥承るわ」
 最後に聞こえたのは、幻かもしれないけれど。
「でも。私は、あなたにこそ、幸せになってほしいのだけれど」
 そんな言葉を背に受けながら、遠い、どこかへと流れ去った。



▼夢姫(gb5094) 『帰ってくる場所』

▽Sideジョエル
「ジョエルさん、わたしも‥‥傭兵を引退しようと思うの」
 ユノの祝日を控えたある日、兄との会食を設けようとハーゲン邸に招いた夢姫がこんなことを言った。
 彼女は傭兵であり続ける以上、これまで同様に戦い、そして多くの人々の心までも救うのだろう。
 ただ、それは俺の知らないところで、彼女が傷つき、危機に陥る可能性も孕む。俺には、それが苦しかった。
 だから、これまで強くあり続けた彼女にこんなことを言うのは無礼極まりないと思うが‥‥正直、俺は安堵していた。
「まだ完全な平和とは言えないけど‥‥」
 幾つか心残りでもあるのだろうか。しばし口を閉ざした後、それでも、夢姫は笑った。
「これからは‥‥ジョエルさんは、カイルさんと英国を守っていく。わたしは‥‥ジョエルさんが安心して帰って来られる場所になりたい」
 俺にとって最上級の口説き文句を、他意無く告げて。(こんな風に少し無防備なところは心配だ、とは思ったが口にはしない)
「そうか‥‥」
 胸中を支配する高揚感と、広がる柔く甘い感情を口にする術を、俺は未だに知らない。
 だから、こんな時は決まって彼女の腕を引き抱き寄せる。
「特殊部隊の仕事は、厳しい局面が多いと思うの。だから、帰ってきたら、安らげるように‥‥って」
「俺は、夢姫に守られてばかりだな」
「そうかな?」
「あぁ。‥‥初めて出会った時の事を、覚えているか?」
 腕の中に納まっていた夢姫が、不思議そうに顔を上げる。その顔は、あの頃よりも随分大人に見えた。
 だから今夜は、どんなに拙くても、彼女に笑われても、素直に思ったことを言葉にすることにした。
「お前は初対面のとき、俺の腕に触れてこう言ったんだ。『きっと大丈夫だから』って」
「よく、覚えてるね」
「あぁ。お前はいつも、「大丈夫」、「何とかなる」、「信じよう」、そういって俺の傍にいてくれた。お前の驚くべき所は、その言葉をお前自身が実行して現実のものにしてしまうことだ。どうにもならないような絶望的な状況で、極僅かな光を確実に掴み取る。その小さな手のどこに、そんな力があるんだろうと、俺はいつも不思議でならなかった」
 夢姫の左手をとり、握り締めると、彼女は少しくすぐったそうに目を細めた。彼女の手は小さくて白くて暖かくて、でも、確かに剣を握る人間の手をして、強かった。
「俺は、夢姫を一人の人間として心から敬い、大切に想っている。そして、一人の女性としても‥‥」

▽Side夢姫
 少し体が離れると、彼は自らの懐に空いた手を忍ばせた。
 取り出されたのは、シルクに包まれた小箱。力加減を誤ると壊れてしまうのではないか、と。そんなことを恐れているようなぎこちない手つきで、箱の蓋が開けられた。
 眩いプラチナリングが瞳に映る。大粒のダイヤを守るように、小さなダイヤが囲っているデザインのリング。
「‥‥ジョエルさんが選んでくれたの?」
「俺がつけるものなら、質素でかまわないが‥‥お前には美しいものが合う」
 これは、ジョエルさんが私に永遠を誓う証。彼が私の為だけを想って選んだもの。そう思うと、笑みが零れた。
「ありがとう。私も、ずっとあなたの傍に、いたい」
 そうして指輪の箱を受け取ろうと‥‥した瞬間。
「どうしたの?」
 なぜか箱が取り下げられた。驚いて彼の顔を見上げるまもなく、今度は自分の体が宙に浮いた。抱き上げられている。
「あとで、俺からお前の指に通す」
「あとで?」
 疑問符を顔中に浮かべるけれど、とにかく、指輪は後になったそうだ。
 今は私の言葉も不要だといわんばかりに、唐突に重なってくる唇。いつもより熱かったけれど、全てが心地よかった。
「お前を、愛している」
 日本人なら恥ずかしくて言うに躊躇するけれど、こういう所はジョエルさん、きちんと言ってくれるんだな‥‥なんて思いながら。
 柔らかなベッドにおろされると、大切な人の香りが身を包む。そうして二人、幸せな心地についた。

▼御鑑 藍(gc1485) 『絆』
「藍ーーーっ!!」
 玄関でチャイムを鳴らしたら、思いがけない人が現れて、少し、驚いた。
「あれ、ジルさん?」
「久しぶり、元気だった? あ、立ち話もなんだよね。入って入って!」
 しばらくぶりの彼女は、私の知る以前の彼女よりパワフルで光に満ちていた。
 なんだかそれが嬉しくて、私は彼女にされるがまま、手を引かれてChahriot隊員寮へと足を踏み入れた。

「ねぇねぇ聴いた??」
「なにをですか?」
 パーティが始まると、ジルさんが私の元にやってきた。彼女はにっこり笑うと、私に耳打ちする。
「ジョエルと夢姫、結婚するんだって!」
「そうなんですか? それは素敵ですね」
 ふと夢姫さんへと視線を移すと、隣には必ずジョエルさんがいた。
 夢姫さんが何気ないおしゃべりを楽しんでいる間、ジョエルさんは時折愛しむ様に彼女を見て表情を緩める。
 ジョエルさんて、あんな顔、するようになったんだ。私は思わずそんなことを思いながら、キッチンへ向かう。
 バレンタイン用にと隊員の皆さんに餞別の意味をこめて作ったチョコレートタルト。ちょうどその素材を使って、私はもうひとつ特別なタルトを拵えた。
 それは、小さいけどハートの形をしていて、長らくお世話になったG.B.Hの隊員である夢姫さんの大切なお祝い事を祝うためのもの。
「ジョエルさん、夢姫さん。婚約、おめでとうございます」
 ハートのタルトを、二人の真ん中に差し出す。照れているのか、困ったような顔でうろたえるジョエルさん。そして対照的に、満開の笑顔で応えてくれる夢姫さん。
「おめでとうございます。末永くお幸せに」
 新さんの祝辞に、追い討ちのように照れて黙り込むジョエルさん。
 きっと新さんも「この二人なら、別に何にも心配なんていらないんだろうな」って思ってると思う。
「みんな、ありがとう」
 今日の夢姫さんは、いつもよりずっと、綺麗に見えた。
 二人とも、どうか、お幸せに。

「そういえば、御鑑さんはこれからどうされるんですか?」
 ジルさん、新さんの三人でお酒を酌み交わしていると、そんな質問をもらった。
 新さんは最後の戦いをともに乗り切った小隊の仲間だ。そういえば、一年前のあの日、ジルさんを小隊に誘ったことが懐かしい。
「私は、今は傭兵のまま、KVと共に九州地方の復興しようと思います」
「九州、ですか」
 新さんの相槌に私は静かに頷く。
「ええ。激しい戦いも多かったですし人手も必要でしょうから」
「そっか。藍は九州の出身だったよね」
「はい。両親とも会えなくて生死不明のままですが、家や道場などの修復や再建をしつつ、家の再建等ひと段落したら、傭兵として依頼をこなしながら‥‥」
「藍の戦いは、まだしばらく続くんだね」
「そう、ですね」
 脅威は去った。けれど、脅威に曝されていた間に受けた傷は、簡単に癒えることは無いから。
「だからって言うわけではないんですけど。エミタの除去は考えてない‥‥かな、この時代で戦った、小隊や傭兵、皆との絆だから」
 エミタ金属に直接触れるでもないけれど、私は目をつぶって自らの皮膚をなぞった。
 傭兵になった日。初めて依頼に赴いた日。大切な仲間が出来た日。小隊に所属した日。たくさんの思い出が、今もこの胸に鮮やかによぎる。
「だから、何かあったら、友人、仲間、戦友として助けに行きますよ」
「あたしもだよ。いつでも呼んでね。藍はあたしの大事な友達だもん」

▼秦本 新(gc3832) 『一年の約束』

▽Side新
「英国に、か‥‥成程」
 酒を酌み交わす相手は、マルスという青年。周囲の隊員の盛り上がり振りを見ながら、彼は感慨深げに息を吐いた。
「寂しくなりますが、やはり、貴方達は一緒がしっくり来る」
 Chariotの面々は、共にあることが合う。だから報告を聞いたとき、寂しい気持ちはもちろん、嬉しい気持ちが混在していたことは確かなのだ。
「はは。女王様の寛大なお心に感謝、っすね」
「女王、ねぇ。なんつーか世界が違う感じじゃね?」
 他方、酒を酌み交わしていたシグマさんがため息混じりに嘆くので、思わず笑ってしまう。
「そうかもしれませんが、彼らはきっとどこへ行っても彼らのままでしょう」
 シグマさんは、友達が遠くに行ってしまう寂しさに文句をつけたいだけなのだろう。なんだかんだいって、可愛い所がある。
「それはそうと、シグマさんも。偶には連絡下さいね」
「おう。ていうか、新もよこせよ!」
「そうですね、お互い気が向いたら」
 笑い合う、この距離感の心地よさを、いつまでも覚えていられるように。
「探す答えが見つかる事、祈っています」


 宴も酣、ソファで酔いつぶれる者や、深い話に興じる者、それぞれがこの夜を楽しんでいる頃。久々の再会となった彼女を、酔い覚ましもかねてバルコニーへと連れ出した。
 どこか思案気なところが気にかかって尋ねれば、ジルは頬を緩めた。
「やっぱり、新には何でもばれちゃうね」
 彼女は、夜空を見上げながらとつとつと語りだす。
「一応“今は”傭兵として活動してるけど‥‥本当はね、先のことは、ちょっと迷ってるの」
「‥‥お母さんのような歌手になりたい、とか」
「!」
 途端に、彼女は夜空から視線をおろして私の顔をまじまじと見つめる。
「何でわかるの?」
「なんとなく‥‥かな」
 彼女のことがわかるのは、誰よりも彼女のことを想っているからじゃないかと思う。勿論、そんなことは口にしないけれど。
「新はどうするの?」
「私は‥‥一度大学に戻ろうと思う」
 明確にこれからのことを口にすることができるようになったのは、この戦争でたくさんのものを見て聞いて、たくさんの感情の渦にのまれながらも戦い続けてきたから。そう思うと、何一つ、無駄なことなんて無かったんだと思える。
「技術者になろうと思ってる。父や祖父のように、人を助けるものを作れるような」
「新らしいね。あたしも‥‥応援、するよ」
 互いにやりたいことがあって、それが明確である以上‥‥この選択は間違いではないと思えた。
 ただ、そうとなれば、愛しく思う人と共にいられないことも事実。ジルが少し寂しげな顔をするから、思わず腕が伸びた。
「一年、待って欲しい」
 両腕で抱き締めると、互いの存在が確かであることを実感できる。同時に、芽生えたのは決意。
「区切りがついたら、自分の技術を活かせる仕事に就く。‥‥オーストリアで」
「嬉しいけど‥‥いいの?」
「私も、あの国が気に入った‥‥それに、近くにいたい」
 いつからこんな感情が自分の中に存在し始めたのか、正直明確じゃない。けど、これは紛れも無い気持ち。
「それと‥‥」

▽Sideジル
「急ぎ過ぎか、とも迷っていた、けれど」
 一年は、長い。そう言って、新は美しいベルベットの小箱を差し出した。
「‥‥これが、私の気持ちです」
 小箱が開く。夜の星々の僅かな光を受けて輝くプラチナの中央に、ダイヤモンドが輝いていた。
 新があたしの為に贈ってくれた、世界にひとつだけの指輪。嬉しさや愛しさ、幸せを象徴する様々な感情が押し寄せて、涙として溢れた。
 ただただ頷くしかできないあたしに、新はいつものように微笑んでくれている。だから、安心して余計に泣けてきた。
「ジルと、共に生きたい。ずっと、共に」
「あたしも‥‥新と一緒にいたい。あたしの未来全部、新にあげるから」
 この人を、世界一幸せにしたい。そう思った。


 こうして、今年のユノの祝日も、甘く緩やかな時を刻んでいった。