タイトル:Phantom limb pain : 1マスター:藤山なないろ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/09/07 08:11

●オープニング本文


●歪な墓石
 夏の風が吹く、小高い丘の上。
 空を遮る無粋な建造物も無く、突き抜ける様な青が頭上に際限なく広がる。
 足元には、決して手入れが行き届いているとは言えないながらも、それなりに刈り揃えられた芝がなだらかに続き、鮮やかな緑が眩しくすらもあった。
 青年が立っている場所、そこは墓地だった。
 ここから少し下った所に建てられていた教会は今は燃え尽き、その瓦礫の撤去作業や事後処理に追われる人々が慌ただしくしている。
 青年はその様子を眉を寄せて見守りながら、眼下に広がる海を望む。
 どこを見ても美しい自然が広がるここは、青年にとって愛すべき場所だった。

 海からの風は潮の香りを運び、その風が花束の包装紙を撫でる音で青年は我に返る。
 彼の目の前には1つの墓石。
 そこに描かれている文字はさほど年月の経過を感じさせず、刻まれた文字を読む者へ、そこに眠るであろう人物の情報を明確に示していた。
 石に彫り込まれた名前と死因を、指でそっとなぞる。
 綴られているアルファベットが何処か歪に見えるのは、その死因が確かではないからだろう。
 青年はエメラルドの様な眼を伏せて花束を静かに手向けると、金の髪をくしゃりと掻き毟るようにして深い息を吐いた。
「‥‥クソ‥‥ッ」
 死んでるなら、死んでるって言えよ。
 意味のない呟きは、強い潮風に掻き乱されて消えた。

●貴方の影を追って
「シグマ、また里帰りでもしてたの?」
 シグマと呼ばれた青年は、見ていた依頼書から眼も離さずに口を開く。
「まぁ、そんなとこだ」
「案外マメな男ね」
 面倒くさいし、答える義理はない。
 そんな心境を声音に反響させて答えると、青年はまた別の依頼書を手にとった。
 青年の名は、シグムント・ヴァルツァー。
 クラス成立の早期からヘヴィガンナーとして活動を開始している一傭兵だ。
 シグマは、月に一度特定の期間を除いては、必ず本部に顔を出し、いずれかの依頼に参加している。
 金に困っているか、敵を倒す事が癖になっているか、はたまた忠実で仕事熱心なただの傭兵か。
 その貪欲な働きぶりが他所様からどんな色眼鏡で見られていたとしても、シグマ当人は何処吹く風。
 多少空気の読めない節はあるが、元より根性は太い方である。
 とはいえ、その一見して盲目的とも思える依頼への執着ぶりは、特別珍しいことではない。
 事実、他に幾人もそう言った傭兵はいるが‥‥職員達にシグマを特別印象付ける最大の理由はこれだった。
「今出ている依頼は、これで全てか?」
 全ての依頼書に目を通しては、必ず、一字一句違わぬ言葉で職員へ問いを投げかける。それも、毎回だ。
「それで全てよ」
 まるで教科書の様な、事務的な遣り取り。
 最新の依頼があれば、それも参照させてほしいと言うシグマだが、この時出ていた依頼は本当にこれが全てだった。
 シグマは明らかに「探し物は見つからなかった」と言った表情で眉を顰める。
 本部で依頼を探している時は、歳のわりに酷く感情を表に出す青年。職員は、そんな彼を心配する事くらいしかできずにいた。
 そこへ───
「待って、今‥‥」
 職員が受信した情報を開封して出力すると、途端に難解そうな顔をみせる。
 嫌な予感ほど当りやすいというのはシグマの持論。
 職員の表情に胸騒ぎを感じ取った彼は、ひょいと女性職員の手から資料を奪う。
「ちょっと! 返しなさい!」
 怒られている事を知っていながらも、瞳がそれを離さない。
 一通り読み終えた後、一呼吸も置かずにシグマはそれを受付へと叩きつけた。

●Uターン
 緑豊かな自然に囲まれ、すぐ先まで出れば広がる鮮やかな海。
「まさかこうもすぐとんぼ返りすることになるとは思ってもいなかったが‥‥」
 シグマや傭兵達が訪れたのはほんの小さな町‥‥だった場所。
 崩れた家々、置き去りの自動車‥‥全てが放棄され、時を止めた小さな廃墟。
 依頼書によれば、この廃墟は数年間ずっと放置されたままのようだった。
 既に廃材等の撤去作業にとあらゆる機材が運び込まれている事が見て取れた。
「ようこそいらっしゃいました」
 依頼を請け負った一同を出迎えたのは、保養所建設を任されたばかりの新人責任者の青年。
 彼は一同を廃墟から遠ざけるように、車に乗せて場を後にした。

『その町が廃墟となった原因は‥‥』
 本部での事。
 職員が依頼の情報を見て難解そうな顔をしたのは、今回の依頼の背景に幾つか気になる点があり複数の情報を纏める必要があったためだった。
 シグマが依頼を請け負う手続きをしながら、職員は最大限のサポートにと情報を掻き集めていた。しかし。
『いや、いい。突如現れたキメラによって、その住民のほとんどが死亡したってんだろ』
『‥‥この事件を、知っているの?』
 シグマは職員の瞳を見ていたはずだったが、その瞳の奥、遥か彼方へ別のモノを見ていたような視線だった。
『まぁ、多少‥‥な』
『そう。‥‥それじゃ、この周辺が再開発地域に指定された事も知っている?』
 その言葉に、シグマの瞳が職員へと焦点を合わせる。
『ここに傭兵慰安の為に保養所を建設することになったそうよ。それが決まって、この廃墟の取り壊しが始まってから‥‥』
 連続して襲撃事件が起こっている、と。職員は、断定的な口調で言い切った。
『そもそもあんな片田舎で事件が連続するのは不思議だったのよ』
 職員が自分に言い聞かせるように呟くと、シグマもそれに反応を示す。
『俺達がこの間片付けた教会の件以外にも、何かあったんだな』
 シグマは先日、救援に駆けつけてくれた傭兵達と共に、近くの丘の上の教会で炎獣を討伐したことがあった。
 炎獣たちはなぜか人々を狙わずに建物を狙っており、その点に目をつけた傭兵もいた。
 しかしその時、ほぼ同タイミングで保養所建設の現場責任者である人物が詰め所付近で射殺されたとの報せがあったらしい。
 作業員達が寝泊まりしている事務所兼詰め所のプレハブも、この時炎によって焼かれた、と。
 この件はカタが付いておらず、『金色の髪に、炎の様に赤く燃える瞳の男が炎獣を率いていた』と、逃げ延びた職員からの情報が入っているそうだ。
『殺害方法は射殺。現場にいたのは金髪に炎の様に燃える赤い瞳‥‥』
『‥‥シグマ?』
 明らかな動揺。
 それをかみ殺す様に、青年は至って冷静を装って言葉を繋げる。
『その男、拳銃を二丁使っていたんじゃないよな』
『‥‥どうかしら、解からないわ。ただ、射殺された男の額に一発、心臓に一発。計二発撃ちこまれた事は間違いないわね』
 弾痕から判明したのは射撃距離はおおよそ50〜60m離れた場所からであること。
 残された弾を見ても恐らく拳銃の類であると予測される。それは、恐ろしい程に正確無比な射撃。
『拳銃でよくもまぁ‥‥』
『プロならやって当然、だろ』
 不思議そうに見上げる職員を背に、集まった傭兵らと共にシグマは高速艇へと向かった。

●参加者一覧

ミルファリア・クラウソナス(gb4229
21歳・♀・PN
ジン・レイカー(gb5813
19歳・♂・AA
緑間 徹(gb7712
22歳・♂・FC
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD
イレイズ・バークライド(gc4038
24歳・♂・GD

●リプレイ本文

●始
「前の教会の近くですね」
 御鑑 藍(gc1485)が振り返った先には小高い丘。炎獣の襲撃を受け、燃え尽きた教会の残骸が見える。
 ちら、と藍が視線を移動した先には、思い詰めた様子のシグムント・ヴァルツァー──シグマの姿があった。
「建物を狙うキメラに金髪の男‥‥無関係とは思えないが」
 先日の依頼の件は、シクル・ハーツ(gc1986)をはじめ皆に情報共有されていた。
 しかし、判明したのは今回請け負う依頼と同様に炎獣が関わっていた事、奴らが執拗に建物を狙っていたという事くらい。
「ともあれ、シグマ殿。またよろしく頼む」
 シクルがシグマの顔を見上げる。
「‥‥ああ、頼りにしてるな」
 シクルに舞い降りてきた声は、心ここに非ずと言った様子。以前と似つかぬ彼の様子に、シクルは違和感を覚えていた。
 廃墟へと先を急ぐ中、秦本 新(gc3832)は僅かに眉を寄せる。
「既に人死にが出ている‥‥これ以上はやらせません」
 例え敵がどんな存在であったとしても、今やるべき事と実行可能な事は恐らく変わらないのだ。
 そう強く腹に据え、新達は道を進む。
 詰め所から1kmほど歩いただろうか。傭兵達の眼前には、廃墟という他ない建物の残骸が姿を現した。
 車や自転車は放置され、庭の植物も末枯れたまま荒れ果てている。
 放棄された家々の窓ガラスは割れ、奥に見えるリビングは埃にまみれながらも人が住んでいた臭いを感じさせた。
「キメラに襲われた街か」
 無意識に眼鏡を指で押しあげ、込み上げる何かを抑え込むように緑間 徹(gb7712)が呟く。
 周囲を見渡すと、徹は一人ある方角へと歩いていった。
「‥‥嫌でも思い出すな、あの日を」
 イレイズ・バークライド(gc4038)の瞳の奥、映し出される光景は『何処』であっただろう。
 重なる目の前の廃墟に、自らの過去を顧みるように思わず拳を握りしめた。

 廃墟は東西南北と計4つの区画に分けられた小さな町。
「何気にハードだな」
 ジン・レイカー(gb5813)が、ぐっと伸びをして言う。
「ともあれ、10日間も一緒に居るんだし、宜しく頼むな」
 ジンは現場に流れる緊迫感を知りながらも、敢えて面倒見の良さそうな笑顔で言うと、それを契機に会話が繋がって行く。
「それにしても、金髪の男、か‥‥。何者なんでしょうね」
 新は思案気に言い、何気なくシグマの方へ向き直る。
 当の本人は口を閉ざし長考していたが、気付けば新以外の傭兵達もシグマの不穏な空気を感じ取ったようだった。
 この空気に、現場主任の青年も顔を強張らせている。
 それを察してか、ミルファリア・クラウソナス(gb4229)が、青年の肩にそっと手をあてた。
「必ず何とか致します。ですから‥‥お勤めを、全うして下さいませ」
 凛としたミルファリアから発せられる言。青年は強く頷き、作業員達を集めると深く頭を下げた。
「どうか、宜しくお願い致します」
 そんな中、シグマは一人の傭兵の姿が消えていたことに気付く。
「‥‥徹?」

●墓
 廃墟の片隅、一つの墓石があった。
 墓前には枯れた花が手向けられており、徹はそこで祈りを捧げていた。
「ここに居たのか」
 背後から掛けられた声にも振り返らず、感じた幾つかの足音を気取って徹は呟く。
「シグマ。気遣われているぞ、お前」
 声をかけた主が逆に驚いたように周囲を見渡せば、下調べを終えた傭兵が集まっていた。
「教会の時から‥‥様子が、おかしいです」
 シグマと依頼を共にするのは三度目である藍が様子の変化に気付かぬ訳も無い。
「先程、金髪の男の話が出た時‥‥動揺が見受けられました」
 ミルファリアの瞳が、見透かす様にシグマに向けられる。
「お前、何を知っている? この廃墟となった町の事、ここで起きた事件の事、そして‥‥」
 周囲の傭兵達が手探りで掴もうとしていた中、シグマと縁のあるイレイズが、強い意志を持って核心へ触れる。
 その背を押す様に、シクルも口を開いた。
「今回は不明な点が多い。だからこそ、少しでも情報が欲しい‥‥教えてくれ」
 同じ作戦に参加する傭兵同士、情報を共有しない事は恐らく彼らに対する不義理に当る。
 性格上、そう考えていた事もあり、シグマは深く息を吐いた。
「この廃墟は‥‥俺の故郷だ」

 ───ここにあった町は、キメラの襲撃に遭い、壊滅した。
 このご時世そんな話は特別珍しい事では無い。
 しかし襲撃を受けた時、丁度町で唯一の傭兵が帰還したのだそうだ。彼は、居合わせたキメラ達をたった一人で殲滅したという。
「そのお陰で、一人だけ何とか生き延びた町人がいたんだ」
「それが、シグマさん‥‥ですか」
 ミルファリアの問いに、シグマは素直に応じる。
「その傭兵は、二丁拳銃の遣い手だったりするの?」
 見当のついた傭兵達を代表するようにジンが尋ねると「そうだ」と言う答え。
「しかしシグマ殿、その傭兵は今は何処で何を?」
 次ぐシクルの疑問が抉る様に響く。しばらく口をつぐんだ後に、シグマは簡潔に答えた。
「あいつは‥‥死んだ、らしい。俺は、そう聞いている」
 それ以上を語るには、彼自身まだ情報が足りないようで、悔しげな表情がそれを物語っている。
「‥‥差し詰め、亡霊(Phantom)、とでもいうのか」
 そのイレイズの呟きに、からかいの色はなく、切なげに眉が寄っていた。
「ですが、まだシグムントさんの恩人さんだと決まったわけではないですよね」
 藍がフォローを入れると、シグマの表情が幾分和らいだように感じる。
 現段階で得られた情報はそこまでで、一同はそのまま担当場所へと個々に散会して行った。
 そんな中、黙って成行を見守っていた徹。
 徹は墓石の歪な文字、それを綴った主がシグマである事と認識していた。
『どうか、安らかに』
 その想いは徹の中にも息づいている。
「悪かったな。俺らしくないことをしたのだよ」
 シグマに背を向けると、徹は廃墟の奥へと姿を消した。
「‥‥ありがと、な」

●陽動
 三日目。太陽が頭上に燦然と輝く夏の正午。
 今まさに、幾度目かで最悪の襲撃が幕を開けようとしていた。
『敵さんのお出ましだ』
 無線を介してイレイズの声が響く。警邏中、手持ちの望遠鏡で敵襲を確認したのだ。
『了解、其方へ向かう』
「わかりました」
 シクルの応答を聴き、ミルファリアも答えて直ぐ無線を切る。
 二人が現場に合流した頃には、敵襲を目視で確認できる距離まで迫っていた。
「また炎獣のみか‥‥」
 今回も人の姿は見えない。その事に複雑な表情でシクルが呟く。
「詰所班、戦闘に入ります」
 ミルファリアから廃墟班へと報告が飛ぶ。直後、彼女とイレイズは駆け出し、同時にシクルが桜姫を引く。
 シクルから放たれた矢は、浅い弧を描き音の様な速さで空を裂いて獅子の背に突き刺さった。
 ミルファリアの瞳が紫から金へと輝きを伴って変化し、握る剣からも光が零れる。
「一気に片付けさせてもらいますわね‥‥」
 クラウ・ソラスへ付与された最大級のエネルギーが、行動の鈍った炎獣へと真空の刃となって牙を突き立てる。
 その威力に低い呻きをあげながら、尚も建物目掛けて歩みを止めない悲しき獣。そこに、祝福の様に与えられた一閃。
 軌跡は金のきらめきを残し、ミルファリアの薙ぎ払う大剣の切先が赤き獅子を引き裂いた。
 だが、残る獣らの猛攻は止まず、攻撃の隙を狙われ後方から放たれた炎が三人を次々焦がす。
 しかし怯まず、続く炎の猛追を阻止したのはイレイズ。飛び込んだ最初の一撃、脚甲が見事な半円を描いて炎獣の顔へとぶち込まれる。
 放つ直前の炎弾を強制的に喉奥へ押し込められ、獅子はくぐもった呻きを残してぐらりと身体を傾けた。
 そこへ間髪入れずにシクルの矢が雨の様に降り注ぐ。
「イレイズ殿っ!」
「ああ、解ってる」
 蹴りから体制を整えてすぐ、イレイズが居合の型を持って引きぬいた刃。それが真一文字に獅子を切り裂き、更に返し手で息をもつかせぬ連撃を見舞う。
「警邏と言えども気を抜けませんわね‥‥」
 獣の瞳から生気が失せたのを確認した頃、ミルファリアが別の獅子から剣を引きぬいていた。
『聞こえるか!』
 その時、イレイズの無線から聞こえてきたのは仲間からの要請だった。

●父
 ミルファリアからの報告の直後、警備中の廃墟班の元にも炎が襲来していた。
 区画周囲をバイクで警邏していた新がいち早く敵襲を発見。
「区画南端に炎獣出現。急行願います」
 すぐさま新はミカエルを纏った。
「ここから先には通しませんよ」
 竜の翼で打って出ると同時に、牽制射撃を開始。新が放つ弾丸が流星の様に飛び交った。
 ジンも、真紅に染まる瞳を赤々と輝かせて現場へ駆ける。
「来たか。さぁ、楽しませてくれよ?」
 まるでこの戦況を楽しむかのようにくつくつと笑いを伴いながら、ジンがターゲットをロック。
 後続の獣が負けじと炎を吐きだした瞬間、駆け込みで到着したジンが槍を横に薙ぎ炎を弾き飛ばした。
「‥‥余所見はいけねぇな。お前の相手は俺だぞ?」
 挑発的に口の端をあげるジン。そして嵐のような鉛玉が撃ちつけられる。
「新! 怪我はねえか!」
 ガトリングを軽々構えたシグマの制圧射撃が獣の動きを封じ。
「問題ありませんよ。さ、行きましょう」
 新とジン、二人が同時に槍を構えた。

 作業員達は、事前に藍が危険時の対応を周知していた為に、大きな混乱も無く地下室のある家へと一時的に避難を開始した。
 炎獣が行く手を遮ぎる可能性を考慮し、藍が先導し迅速に誘導する。
 一同は立ち並ぶ建物をバリケードに北を目指した。
 視界の前方、何処を見ても敵らしき影は無い。しかし、藍の胸中には拭いきれない不安があった。
(「前回、教会への強襲と同時に詰所が襲われ責任者が殺害された」)
 記憶が蘇る。指揮者と目される男は、確実に事件を狙って起こしている。つまり。
(「ここに嗾けられた炎獣達も、陽動の可能性が‥?」)
 思考の糸が結びついた時、藍は動かずに居られなかった。
 謎の人物の存在。それは単純な襲撃ではなく、炎獣達が何らかの作戦に基づいた行動を起こす可能性を示唆していた。
 ‥‥それを、失念していたとは。
 列の最後尾に作業員らを促す責任者である青年の姿が見え、藍は迅雷で駆け抜ける‥‥瞬間。
「伏せて!!」
 叫ぶと同時に、藍が青年の身体を突き飛ばす様に手を伸ばした。
 刹那、噴射した赤い霧。
 藍の身体を2発の銃弾が貫通。そのまま青年の身体に覆い被さる様にして、藍は小さな体を横たえた。
 作業員達に走る激震。動揺が、混沌を生む。
 炎獣達と対峙していた傭兵達の元にも轟いた二発の不吉な銃声が、最悪の光景を予感させる。
 だが今、此処を離れる訳にはいかない。なぜなら、ジン達を縛り付けるかの様に、炎獣が続々と現れたからだ。
 ジンの構えた隼風が、周囲の風を巻き込みながら鋭い刺突を繰り出す。
 獣の体を貫いた槍は、引きぬく勢いのまま別の敵へと薙ぎ払われ、返す手で更に深く抉りつける。
「キリがない!」
 新もAU−KVの頑強さをもって奮う槍で、生にしがみつく炎獣達を次々死の縁へ叩き落とす。なのに、止まぬ増援。
「これは、どこから‥‥?」
 ふと、森の入口、詰所の方から増援が流れてくる事に気付く。
「聞こえるか!」
 シグマが制圧射撃を放った瞬間、ジンが詰所班へと無線を飛ばす。
「詰所の方角から増援が来てる! 足止めできないか!」
 ジンに飛びかかる獣へと、新がヒベルティアを渾身の力で突き立て、そのままゼロ距離から拳を一気に叩き込む。
 間もなく、状況は好転する筈だ。

「あの子、邪魔してくれたなァ」
 炎の様に真っ赤な瞳を爛々とさせて薄ら笑いを浮かべる男。
 その人物が立っていた場所は傭兵達と同じ大地の上では無く、廃墟の中、最も背の高い家の屋上だった。
 銃撃の距離までは良かった。しかし狙撃手の居た位置‥‥その高低差に注意を払われる事は無かった。
 その、ほんの小さな見落としが生んだ悲劇。
 間一髪で青年を守ることが出来たのは、炎獣の襲撃が陽動である事を見切った傭兵が二名いたからだ。
 そう、二名。藍と、そしてもう一人は──
「いくぞアキレウス、お前の出番だ」
 件の建物の屋上、拳銃を握る男の背に斬り込んだのは徹だった。
 気付いて身を捩るも、男の左腕は大きく抉られる。左の拳銃はその場に落ち、多量の出血が銃身を赤くぬるつかせた。
「‥‥気付かれたか」
 男は徹の姿に忌々しげに呟くも、徹はそれを無視して更にアキレウスを振り被る。無線のスイッチを、入れたまま。
『シグマ!』
 ノイズを含んだ声が響く。
『この男、お前の血縁者じゃないのか!』
 無線に割り言った声の主はイレイズだった。
『シクルさんもイレイズさんも僕も‥‥ここで敵を食い止めます』
 次いで聞こえるミルファリアの声。
 詰所付近では、三人が廃墟への増援を食い止めようと、戦線を拡大し戦い続けていた。
「俺も新も平気だし、行ってきなよ」
 ジンが敢えて余裕そうに赤い瞳を僅かに緩めて笑い。
「私もここが収まり次第、藍さんの元へ向かいます」
 新が整然と背を押せば、ダメ押しの叫びはイレイズだった。
『いいからさっさと行け!』

 徹の体には至近距離からぶち込まれた複数の弾痕が、左手を庇い戦う男の体には何本もの太刀筋が刻まれていた。
 苦虫を噛み潰したような面持ちで、男は右手で銃を構え続ける。
「ここで壊され行く物には、俺は何の感傷もない」
 屈する様子も無くただ滾る想いのまま、徹は大剣を握りしめた。
「が、ここに眠る者と、誰かにとっては思い出という形なのだろう。それは、誰にも侵す事はできないのだよ」
 徹の声に男は顔を顰める。
「解らん。お前の言う事も、もはや『人』の気持ちも」
 瞬間、地上から途方もない数の鉛弾が射出された。
「‥‥今回は引いてやる」
 鉛玉の射出される方角をちらりと見た男は、しかし表情も変えずに1つの弾を放り投げた。
「シグマ! 目を瞑れ!」
 徹の声が聞こえた直後、存外短時間で閃光手榴弾が炸裂する。
 ──眩い光の中、見えたモノは何だっただろう?
「オヤジーーーっ!!」
 悲痛な嘆きは、無線を通じて全傭兵に伝染する。
「形を失うことは怖いが、思い出は心に留まる」
 忽然と姿を消した男の姿を想い俯いたままのシグマの横を、徹は滴る涙に気付かぬふりをして通り過ぎた。

 計画の全工程を終えた日。シクルは全員の無事を確認し、安堵の息を漏らす。
「なんとか、守れたな‥‥」
 思わず口をついて出たシクルの呟きに、漸く皆の緊張の糸が解けた。
 あれから例の男は現れず、炎獣の襲来すらも無かった。不気味なほどに、静かだったのだ。
「俺達にできる最善は尽くした。‥‥そうだよね」
 ジンの言葉は皆に、そして自分に言い聞かせる様でもあり。新も、静かに頷いた。
 一同は、礼を述べる作業員らに見送られながら帰還を遂げる。
 真新しい更地を、背にして───

 to be continued.