●リプレイ本文
●再会
「敵の数は見えるだけでも4体か‥‥」
金色の双眸に映った黒影は、悠然と構えたまま動く気配も無く。
「戦況がどう転ぶか」
鳳 勇(
gc4096)は独り言ちると、口元に燻らせていた煙草に灯る火を潰す様に消した。
───開戦。
全ての傭兵達が大地を蹴り、刻が動き出す。
竜の翼で駆ける霧島 和哉(
gb1893)の後に、ムーグ・リード(
gc0402)と勇が続くと、立ちはだかる障害を排除すべく和哉が咆哮。吹き飛ばされた強化人間へ、間断なくムーグが天地撃を叩き込む。
これで、“邪魔者”は振り切った。
「先に奥へ向かっている。早めに追いついて来てくれよな」
和哉の作った道を辿りながら、勇がムーグにそう言い残す。だが、長躯の青年はそれに振り向きもせず、ただ銃撃を繰り返すことで応えた。
「‥‥言った、よね。次は無いって」
最奥に立つ少年を、漸く和哉が捉える。
発せられる竜の咆哮。しかし、それによりまた和哉と少年の距離が開く。
再び距離を詰めようと勇は追い縋るが、そこへ光線銃の照準が合わされた。
銃撃が来る。それを見越して雲外鏡を構えながら、更に前へと駆ける勇。しかし‥‥
「‥‥ッ」
余りの威力。身を貫く衝撃と同時に焼かれる痛みに意識が遠のきかける。
まさかこの盾をも突き破るのか、と思わず歯噛みした。
だが、それでもこのヨリシロに対峙すると決めた以上引くことは出来ないし、銃の射程を前には引く事も意味を為さないだろうと勇自身も理解していた。
「悪いが、これ以上好き勝手させる訳にはいかない」
いよいよ驟雨の刃が少年を射程に捉える。
水のように透き通った刃が陽光を受けて輝き、振り抜かれる鋭い一閃。
「‥‥勝手なのはオトナでしょ」
だが、勇の一撃は、少年の皮膚に傷をつける事ができなかった。
その間、敵に銃撃が効かないと見た和哉も翼で接近するよう行動をシフトしたのだが、間に合わず。
攻撃後の隙を突いて、少年の銃口が間近い勇の腹にぴたりと当てられた。
興味の失せた目。まるで飽いた玩具を捨てる子供の残忍さを彷彿とさせながら、華奢な指が躊躇無く引鉄を引く。
「バイバイ」
焼け焦げる“何か”の臭いが鼻を突く。そして、勇の体が限界に悲鳴を上げ、その場に倒れ伏した。
●怒り
開幕と同時に放った銃撃を難なくかわされながらも、秦本 新(
gc3832)は想定内と動ぜず、そのまま目標へ向かって竜の翼で一気に距離を詰めた。
「また、サイボーグ‥‥ですか」
新の目と鼻の先に在る表情の窺えない顔は、虚ろな瞳のまま二振りの小太刀を握りしめていた。
敵の懐へと狙って突き出した槍も、相手の身のこなしの前では上手くかわされてしまう。
(‥‥やはり正攻法では分が悪い)
新の想定通り、対する強化人間は素早さに特化したタイプ。まともに取り合っては攻撃を当てること自体難しいだろう。
だが、こちらは一人ではない。
「なるほど、誘導には応じないようだな」
後方の杠葉 凛生(
gb6638)より、銃声と共に確かめるような呟きが漏れると、強化人間の足に銃弾がぶつかり、強烈な金属音を発して鼓膜を震わせる。その一瞬の隙を突いて、新が再び槍を繰り出した。
「‥‥i、ah‥‥」
今度こそ感じた手応え。同時に怨嗟の響きを纏う声が耳元に届き、新の表情が険しさを増す。
重なるのは、先の事件の強化人間達。彼らも意志の欠けた顔のまま、ただの戦闘機械と化していた。
(ジークさんと同じ、と思っていたが、これは‥‥)
明らかに違う。彼らは心すらも奪われている。故郷や家族を蹂躙されるに留まらず、だ。
再び突き出した鬼火の穂先が刃で軌道を逸らされると、新のがら空きの胴部へと高速の二連撃が見舞われる。
一瞬、電撃のような痺れを感じた新。しかし、痛みはない。敵は青年の装甲に傷の一つもつけられなかった。
素早さを重視し、軽量化された体では新の護りを破る事は出来ない。
だが、それでも敵はがむしゃらに刀を振りかざす。
人の形をしているにも関わらず、彼らは命令を受けた機械と違わなかった。
思考することを、そして人としての尊厳をも奪われ、踏み躙られた姿に憤りを覚える。
「‥‥惨い真似を」
奥歯をぎりと強く噛み締め、“理不尽”への怒りを押し殺す。
ならばと、再び槍を構え直した新の瞳からは、相手への躊躇も憐憫も消えていた。
残った覚悟だけが強く彼の背を押し、凛生の銃撃をかわした直後の強化人間の生身の胴を強烈な一閃が貫く。
「もうこれ以上、奴らに奪わせはしない」
誰へともなく捧げる誓い。それは、この地での反撃を、止まらせないために。
●愉悦
「シグマ!」
シクル・ハーツ(
gc1986)の声に応じて弾丸が奔り、鉛の雨が強化人間を飲み込む。
同時に掃射後の凪へ滑り込むと、少女は懐から渾身の力で斬り上げた。
手応えはある。だが、相手は痛みを感じた様子がない。
それどころか逆に攻撃後のシクルを狙って、巨大な鉄塊の如き刃が途方もない力で振り下ろされた。
想像を超えんばかりの素早い一撃は、少女のいる空間を両断し、荒野に叩きつけられる。
地に走る巨大な亀裂と、舞い上がる砂塵‥‥しかし、そこに少女の身体は無い。
シクルは刃の軌道を見極めると、無駄のない動作で身をかわしていた。
「まずはお前から片付ける!」
放たれるシグマの銃撃を受けきった機械の両腕。そこに“痛み”はなくとも“傷み”は蓄積するだろう。
動きの鈍りを逃さず、シクルは再度踏み込んだ。
少女の瞳が一際青く輝くと、視認する暇すら与えず二度の剣撃が閃く。
ずぶりと沈む刃の生々しい感触は、人を斬るそれに相違なかった。
倒れゆく男の身体を苦い面持ちで見守る少女。その意識を現実に引き戻す様に、銃の乾いた音が響く。
「シクル、次が来る!」
だが、悼んでいる間もなく、次の敵が迫っている。余りの有り様に、シクルは堪え切れずに叫びをあげた。
「お前の作った腕や足は偽物だ!」
和哉を相手取っていた少年が何事かとシクルを見やれば、二人の視線がぶつかり合う。
「所詮‥‥シグマの腕のような心の通った本物には成り得ない」
少女は、彼の腕に触れた時、確かに命を感じたのだろう。
ちらとシグマへ目をやった後、要塞から湧き出す新たな敵へ向かって柄を強く握りしめる。
少年はその時、初めてシグマという青年を視認した。
「その手‥‥機械なの? へぇ、全然気付かなかった」
「‥‥!」
残忍な瞳のまま悪魔のように口元を歪めて笑う少年に、シグマが構える。
だが、ヤツは和哉に任せてある。
シクルに相対する敵を押さえるべくシグマは銃撃を繰り出すが、少年は和哉を押さえながらも、シグマの一挙手一投足を食い入るように見つめている。舐めるような視線に悪寒すら感じた。
「本当だ! よく出来てるよ、それ。どうなって‥‥」
しかし、会話を遮るように和哉の剣が少年の顔面目がけて叩き込まれた。
●僕のお気に入り
和哉に対して10度以上引き金を引いた頃から、回数を数えるのも馬鹿馬鹿しくなった。
もう何度目かも知れない銃撃の後、少年は唐突に溜息をつく。
バハムートの装甲にはレーザーの痕があちこちに刻まれ、和哉の傷は決して浅くは無いはずなのだが、彼は今もなお剣を手に立ち向かってくる。
少年には、和哉の存在が理解できなかった。ここまで自身の銃撃を持ちこたえた人間を見た事が無かったのだ。しかし、内心この事態に嬉々としている面があるのも事実。
一方の和哉も攻撃の応酬の最中、新たに解った事があった。
少年の器をしてはいるが“中身”はかなり年季の入ったバケモノであろうこと。
竜の尾は効いていない。加えて銃撃のみ少年には当たらない。咆哮で吹き飛ばして距離をあけようものなら、こちらは攻撃手段を失い、接近までの被弾が増えるだけである。ならば‥‥斬り続けるしかない。
ただ、これまで和哉の剣撃は少年に傷らしい傷を刻むことができずにいる。
そんな中、それは余りに唐突だった。
「‥‥ノエル」
少年の呟きを気にも留めず、和哉は超速度の刃を繰り出す。しかし、その刃を少年は事も無げに鷲掴みにして、和哉の動きを止めた。
「僕の名前だよ。君は何て言うの?」
「‥‥は?」
AU−KVの中、和哉は呆気にとられた事だろう。
だが現実に刃は握られたままであるし、相手に傷の一つも負わせられずに居る現状。
まるで猫に弄ばれる鼠にでもなったような気分‥‥瞬間、和哉は激昂した。
握りしめられた光刃は和哉の咄嗟の判断で消失。
失せた刃に驚く少年の隙をついて、柄の部分、ブレードの出力口を少年の腹に向かって突きつけ‥‥
「‥‥霧島、和哉」
瞬間、十字型の発光が少年の身を包む。高出力のレーザーが再び刃の形を為し、ヨリシロの腹を穿った。
「出力‥‥上がった?」
体内に感じた熱。少年は、穿たれた部位から溢れる血に気付いた。
サザンクロスは所有者が心からの「願い」を持った時、その思いに応えるようにさらなる力を発揮するという剣。
和哉に生じた純然かつ苛烈な願い、それは‥‥「目の前のヨリシロを殺す事」に他ならない。
「知らないし‥‥どうでもいい」
渾身の一撃が、漸くヨリシロに傷をつける。だが、和哉はカウンターを免れなかった。
少年から放たれたレーザーが、和哉の胸を撃ち抜く。
その一撃が特別強烈な訳ではなかった。ただ‥‥少年は、途中仲間の援護もあったとはいえ“光線銃を撃ち続ける知覚特化のヨリシロをたった一人で抑え込んでいた”のだ。
朦朧とする意識の中、それでも倒れたくはないと和哉は剣を大地に突き立てるが、刃は意識の薄れと共に消失。乾いた大地に倒れ込んだ。
「ふふ‥‥あはははははっ!!」
腹から垂れる血をまるで気にもせず、興奮冷めやらぬ様子でノエルは腹の底から笑い声をあげる。
そして少年の手が今まさに和哉の身体に伸びようとした時、それ以上を許さないとばかりにムーグが動いた。
たった一人、圧倒的な速度で2体の強化人間を屠り、今まさに3体目の強化人間を相手どっていた青年は、猛撃で眼前の男を打ち倒すと瞬天足。少年へ照準を合わせるが、やはり弾丸は当たらない。それでもムーグは躊躇なく銃を構える。
「‥‥ココデ、果て、ナサイ」
対する少年もムーグへと引き金を引き続けた。
光線銃の一撃は、ムーグの装甲をもってしても彼の身体を穿った。その火力の高さには内心辟易していたのだが‥‥
直後、無線を通じて耳に入ったのは要塞制圧の報せ。
無線をジャックしていたのか、時を同じくして少年の表情にも陰りが見えた。
───だが、その瞬間。少年は“空へ舞い上がった”。
「報告書にあった少年は、まさか‥‥!」
2体目の強化人間を相手にしていた新が目撃したそれは、いつかの光景を彷彿とさせた。
少年の背には翼が生えていた。
片翼は、白亜紀の翼龍を彷彿とさせる形状。‥‥もう片翼は、金属質で光をはじく機械の翼。
逃走の兆候に気付き、凛生がその場で超長距離狙撃を放つが、“案の定”銃弾は少年に当たらない。無論、凛生はそれを想定していたようにして走り出す。
凛生は、以前の要塞防衛の際、“少年への銃撃を強力な何かが阻んでいた”ことを思い返していたのだ。
「重力に、歪みが生じているのか‥‥?」
攻撃の瞬間をよく見れば、弾が少年の身体に近づくと、ある瞬間、ぐぐっと歪みにのまれるように銃撃の軌道が大きく逸らされている。
強化人間を新に任せ、ヨリシロへ接近する凛生。そんな彼に気付いたのか、少年はふわりと微笑みを浮かべる。
「残念でしたー! 僕にそんな玩具効かないよ」
「‥‥かく言うお前の『玩具』も随分脆いようだな、坊主。ヤワな『玩具』を作るしか能が無いのか?」
「えー、だってまさか、Aランク相当が2体も来るなんて思ってないし」
少年は不貞腐れた表情でムーグと和哉に目をくれると、押し黙っていたムーグがいよいよ銃撃に見切りをつけ、瞬天足で要塞の壁へと駆けた。青年は、そのまま壁面を驚異的な脚力で駆けあがり、そこから滞空するヨリシロへ向かって飛びあがる。
‥‥が、あと一歩届かない。少年のすぐ下を巨体が掠める。銃撃が効かないとなれば、もはや逃走を阻む術もない。
「お兄さん、“この島”の人? スペック高いねぇ。こいつらみたいに弄ってあげよっか?」
余りの放言だった。だが、断じてそれを許す気など無いとばかりに、ムーグは銃を撃ち続ける。
「オトナは短気でダメだね。‥‥ま、次は僕も“それなりの準備”をしてくるよ」
ひらひらと手を振りながら、少年は南方へと飛び去っていった。
その後、残る強化人間は傭兵達の手で迅速に処理され、州都サウリモは漸く人類の手に戻ることを赦された。
「シグマ、あの少年は‥‥」
「‥‥どうだろうな」
シクルの声に耳を傾けながら、シグマはぼんやりと彼方の空を眺めていた。
「あれが何であっても‥‥シグマは独りじゃない。それを忘れないで」
覚醒を解いた少女は、刀を鞘に納めるとシグマの目を見てそう告げた。
時刻は夕暮れ。燃えるような陽に感懐を抱く間もなく、ムーグはホルスターへと銃を仕舞いこむ。
見渡す限りの荒野。それを蹂躙する闇。目の前には‥‥同じ地に生まれたアフリカの民が、穢され、無残に散った姿がある。
彼等の無念と恐怖を思うと、体の内から引き裂かれそうになる。
けれど、過大な怒りに支配されぬよう、青年はただ祈りを捧げた。
「‥‥セメテ、カツテノ、魂デ、還レル、ヨウ‥‥」
青年の長躯を照らす赤く大きな光が大地に長い長い影をつくる。
まるでムーグをこの地に縛り付けているかのように、彼の足もとから伸びる濃い暗影を眺め、凛生は殺す様にして息を吐き出した。
この地に訪れるたびにムーグへと這い寄る、捨てた故郷への罪悪感。それも勿論だが‥‥何より、先程まで同胞をその手にかけていたことを思えば、心中は察して余りある。
自責の念に駆られてはいないだろうかと、そんなことに心を砕く。“それ”は、責め苦のように己を駆り立てるもので、そして捉われ始めると出口が見えなくなる事を凛生自身がよく理解していたから。
(その痛みを、代われるものなら‥‥)
‥‥また少し、ムーグの足元から続く暗影が伸びた。
瞳を閉じ、祈りを捧げていた青年の瞼が上がる。だが、鳶色の瞳は闇に曇ってなどいなかった。
そんな事に気付いたのは、彼の瞳が凛生に向けられていたからで。
ムーグは何も言わず口の端をあげ、不器用な微笑みを浮かべて歩んでくる。
今辛いのは彼だろうに、渦中にあってまだ凛生を思いやるその姿が尚のこと苦しい。
掛ける言葉も見つからない。ただ、何もできないと知りながら傍に居ることはできるだろうと思う。
いや、願っている、のかもしれない。彼と共に在る事を。
「夜明け、マデ、マダ‥‥」
長そうですね、と。そう呟いて、青年は男の隣で沈む夕陽を眺め続けた。