タイトル:【流星】メテオールの空マスター:藤山なないろ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/03/19 00:24

●オープニング本文


●When you wish upon a star

「あ、流れ星だ」
 血のように赤い惑星が燦然と輝く空。
 見上げて指差した少年は、どこか誇らしげに落ち行く“別の赤”を目で追った。
「ねぇねぇ、ほかにもいっぱい落ちてくるよ!」
 その隣で少女が続く“たくさんの赤”に歓喜の声をあげる。
「知ってる? 流れ星が消えるまでに、お願い事を3回唱えると、願いが叶うんだって!」
「ほんと!? 今お願いしたら、お願い事叶いそうだね」
「僕は、家族がほしいな。お父さんと、お母さんがほしい」
「じゃあねぇ、私はねぇ‥‥」

 少年たちは、その“赤星”がこの星を惨憺たらしめる異形の存在であったと、気づくことは無かった。


●世界に注ぐ赤き星

 マルスラン=ギマールは、所謂日陰者のバグアだ。
 どこで間違えたのか彼の現在のヨリシロは平凡に過ぎた。ビデオゲームを趣味とするだけの、地球人であるという事だけが特徴のヨリシロ。自然、前線に出して貰える事はなく、補給艦を駆っては上位のバグアの奴隷のように働くだけの日々を送っていた。
 マトモなヨリシロを得る機会もなく、無為に生きるだけ。
 闘争とも、進化とも無縁の現状を斟酌する者は身近には居ない。彼自身も、ただ焦りだけを抱いていたに過ぎない。
 そんな彼が、身に余る野望を抱いたとして誰が責める事が出来るだろうか。

 ――貴方達には目に見える痛みと絶望がまず、必要なんですね、人間。

 マルスランはエアマーニェのその言葉を聞いた時、戦慄を覚えた。
「‥‥俺なら、出来る」
 ヨリシロの知識が囁いていた。

 鬱屈した現状から開放される為に彼は――バグアにとっては禁じ手に近しい方法に手を伸ばした。

    ○

 長い年月を経てなお在る赤い月は、今も見る者の心を冷えさせる。
 ならば、夜天を貫くように落ちる赤い星々は、どうだろうか。
 同色の光輝を曳きながら降る星々は。

 多くの者はその光景の美しさに胸を打たれただろう。
 だが。哨戒していたKVが撃ち落としたそれが、キメラプラントだと判った時。
 そのうちの幾らかの動静が捕捉出来なかった事が明らかになった時。
 その現実が、牙を剥いた時。

 対峙した者は、何を思うだろうか?


●メテオールの空

 “それ”は何より赤く、輝いて、美しかった。
 大気圏を突き破ってこの星に侵入を果たしてもまだ、貪欲に地球を求めていた。
 青き惑星を懇願し、遮るものなく着地を果たそうとしているそれは、まるで“蕾”のよう。
 球形だったそれは、軟着陸させるためか頂点から裂け、五芒星の形に“開花”した。
 花弁が風を受け速度は次第に減少。そのまま“花”は大地にずりしと埋まると、乾いた喉を必死に潤す子供のように、飽くことなく地下へと根ざしてゆく。
 開いた“花”の中央には、見慣れた黒色ドーム。
 なるほど、キメラプラントである。
 まさか‥‥それが数えきれぬほど大量に、同時に降り注ぐとは。

    ○

 これが先のエアマーニェの会談の末の出来事。こうなることを、一体誰が予測できただろう。
 空を覆う赤い流星群が、次々大地に降り注ぎ、それらは個々にキメラプラントとして地球上での活動を開始した。
 地図の紅白など関係ない。
 バグア支配地域はもちろん、人類勢力圏に置かれていた平和な国にも問答無用で赤星は落ちて行った。
 KVによって撃ち落とされた“それ”がキメラプラントであったと確認したULTは、直ちに対応を開始。
 だが、あくまで先攻はバグアだ。結果として後手になるこちらが無傷でことを終えるなど、不可能にも近い。
「先の映像から流星の数を計測できる? 個々の落下予測地点を割り出して直ちに衛星から現地の映像と照合しましょう」
 本部は既に徒ならぬ事態に張り詰めた空気が漂い、情報と対策指示の応酬に誰もが緊張した面持ちで居た。
 中でも、ULTオペレーターのバニラ・シルヴェスターは自身の担当している欧州地域に絞って被害状況の確認を進めていたのだが‥‥
「また新しく確認が取れたポイント、追加で数点ここに資料おいとくわよ。現場はどうなってるの?」
「俺が行く。他班と1点ずつ分ければいいんだろ?」
「シグマ‥‥!」
 バニラは今受付で資料を受け取った青年の顔を見た途端、「拙い」という表情をした。
 現状を考えれば何より優先すべきは速度。本部がボトルネックになることだけはあってはならないからだ。
 1件1件を処理する速度を考えれば、それ単体に思いを馳せている暇など無いのだが‥‥
 “そういえば、彼の故郷はどこだっただろうか”と。苦い想いがじわりと胸の奥底に沁みてゆく。
「‥‥そういうことかよ」
 資料を受け取った青年は、オペレーターの様子に気づいて真っ先に資料に目を通した。
 なるほど、そういうことか。
 青年は憤りを超越してしまったのか、普段の彼ならば激昂したであろう状況にもかかわらず、それきり口を閉ざしてしまった。
 ───アイルランドの、とある海の見える丘。その丘の上にある霊園に、流星が‥‥プラントが落ちたのだ。
 ただそれだけのこと。別にここに何かがあって狙われたわけでもないだろうし、ほかにも世界の至る所に落ちているわけで、“特別”なことじゃない。むしろ、人々が生活している町のど真ん中に落ちなかっただけ、僥倖にめぐり合ったようなものだ。
 けれど、そこにあった墓は? その丘の麓にあった教会は? 町は?
 そんな情報はどこにも記載されていなかった。
「バニラ‥‥どうして突然“こんなことになった”?」
 オペレーターは、答えることができなかった。
 重苦しい沈黙の中、唇を噛む少女から視線をはずすと、青年は受付の机に拳を叩きつけると、大きく深呼吸する。
「‥‥悪い。もう大丈夫だ。このプラントは、必ず潰す」
「うん‥‥」
 
    ○

 喪失の痛み。
 その言葉の向こうには無数の意味や背景がある。
 例えば、家族や大切な人を喪った痛み。
 体の一部を失った痛み。自身の目標や意義を見失った痛み。挙げていけば人の数だけ痛みがある。
 ただ、思うことは。
 もし、この星が侵略されていなかったら? 或いは“連中”を全て追い払うことができたのなら?
 こんな痛みを抱える人は、減るだろうか。

 ───Twinkle,twinkle,little star.How I wonder what you are.

 モノは試しに、流れ星に願い事を唱えてみた。
 きっと1つくらいは変わりものの星が居て。
 何からも見放されていくこんな俺の願いでも、ひょっとしたら叶えてくれるんじゃないかって思ったんだ。
 だから、ガラにも無く願ってみたりして。
 でも、途端に余りの馬鹿馬鹿しさに笑えてきた。願ってるだけじゃ、何もならない。
 もうこれ以上、誰も何も、なくなりませんように。
 願うなら、想うなら、動かなきゃ、ダメなんだ。
「‥‥絶対許さねぇ。この星に落ちてきたことを、心の底から後悔させてやる」

●参加者一覧

時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD
杜若 トガ(gc4987
21歳・♂・HD

●リプレイ本文

●堕星
 目の前のそれは、言ってしまえば『見慣れた光景』だった。
 更に幸いな事に、本件の被害者は未だゼロ。落下地点を考えると、尚のこと『大層運がいい』。
「‥‥人間のいる街に落ちるよかぁマシだな」
 仕事前、最後の一服にと咥えていた煙草を口から離して杜若 トガ(gc4987)が言う。
 それは、余りに正確に現状を言い現わした。
 皆、心のどこかでそう思っているし、それを理解しているからこそ時枝・悠(ga8810)は苦々しい思いで僅かに眉を寄せた。
 元よりこれは戦争だ。
 長年続く侵略者と地球人類との殺し合いであり、命を奪いあう手段に綺麗も汚いも無い。
 そんなことは、これまでの戦いでうんざりするほど少女の身に沁みている。
 ‥‥ただ、少し。
 ほんの少しだけ、これを『僥倖』と思えない理由があるのだとしたら、それは自分に半端な感傷と憤りが生まれているからなのだろう。
(何を考えてる。自分に縁のある土地でもない。口にするなら当事者がすべきだ)
 少女の心の奥底で密やかな問答が繰り返される。
 体の底に生まれた“これ”の居所は非常に悪く、内側で持て余すには正直鬱陶しい。
 だが、だからと言って余計な感情を垂れ流すのは避けるべきだと理解していた。
 それは単純に、自身が“それ”に流されて思考が鈍る性質だからで。
(‥‥これは後で壁にでも吐き出すとして、今はいつも通り力で応えよう)
 握り直す紅炎の柄は、皮肉なほど少女の手に馴染み過ぎる。
 漏らした小さな嘆息だけが、この世と少女の心とを繋いでいた。

「感傷に浸ってる暇があるならとっとと潰しにいかねーかぁ?」
 特定の誰かに言うでもなく、髪を掻きながらそんな言葉を投げかけるトガ。
 傭兵達は皆、其々の胸中に其々の想いを抱いており、思い当たる節に気付いて各々顔をあげてゆく。
 それは偏に、トガの言葉が機能美の象徴のように、無駄がなく現実的だからだった。しかし。
「片付けた後、そこに立てる墓の数増やしたくねーだろ」
 彼はこの施設を爆砕した後、此処にまた墓をたてようと言うのだろうか。
 リアリズムに極少量入り混じる、トガと言う青年の人間味を感じながらラナ・ヴェクサー(gc1748)は呟いた。
「それは兎も角。まさか仕事で‥‥ご一緒するとはね」
 驚きとも嘆きともつかない表情でちらりと目を呉れるも、当のトガ本人は何を言うでもなく人の悪そうな笑みで女の視線を受け止めている。
 諦めたように息を吐き、ラナはシグマに振り返った。
「血気に逸り過ぎぬようにと‥‥心配しましたが、思いの外大丈夫そう、ですね」
「そういうのは受付の机に叩きつけてきたし、な」
 儚げに笑むラナだが、その心はシグマに焦点を合わせている訳ではない。
 記憶の彼方。そこに在る女の顔が過る度、少し苦くなる。
 彼女にいい思い出はないし、それ故に自分がシグマと同じ境遇になったとしても憤りを抱ける気がしない。
 ‥‥だからこそ。
(少し、羨ましい‥‥かな)
 そんな感傷に、胸を浸した。

 丘の頂を目指して駆ける傭兵達。
 近づけば近づくほど、光景はより鮮明に彼らの網膜に焼き付いてゆく。
(‥‥‥‥っ!!)
 秦本 新(gc3832)にとって、“それ”を肉眼で捉えることと、心で捉えることとはまるで別物のような感覚がしていた。
 肉眼が捕捉している避け得ない現実と、記憶に残る在りし日の霊園は似ても似つかない。
 生臭い匂いと、横たわる屍、そして聳える黒い塊が全てを上書きしてしまった。
 言葉さえも出ない。こんなにもあの日の記憶は色鮮やかに在り続けているのに‥‥
(目の前には、その何もかもが、無い)

 既に戦いを繰り広げている傭兵達の積み上げたキメラの死骸。その山を踏み越え、徐々に満ち始めた死臭を通り過ぎ、杠葉 凛生(gb6638)が走り抜けざまに銃を抜いた。
「‥‥もう暫く、耐えられるな」
 届けられた凛生の言葉、その向こうに漸く見えた終着点。傭兵達の士気が回復してゆくのが感じられる。
「はい。そちらは頼みます」
 突入口は明確。たった一つ開いた正面の扉だ。
 現在進行形で湧き続けるキメラも、零れた分は彼らが拾ってくれるだろう。

 “彼”や人々が眠る場所。そして‥‥それを悼み、弔いに花を、言葉を手向けた全ての人々の想い。
 それを、いとも容易く踏み躙られたのなら、黙っている腹など持ち合わせている訳も無く。
 だがその時、新は自分以上に“彼”の事が気にかかった。
 青年は後方からガトリングガンを手にキメラを牽制しており、先頭を行くラナが、その掃射後の凪へと滑るように入り込み、次々敵を掻き切ってゆく。
「‥‥フォローは、こちらでする」
 ぽつりと。新は、珍しく振り返りもせずに言葉だけを後に残した。
 気付いたシグマが彼の背を見やると、何より心強い後押しが続き‥‥
「思うように、戦って下さい」
 そして青年は凛と長槍を構えた。
「おう。‥‥お前も“思うように”やれよ。連中相手に、手加減なんか必要ねえ」
 青年達は、互いにそれ以上の言葉を必要としなかった。
「勝手に暴れっから喰い残しは頼むぜぇっ!」
 合図のようにしてトガから発せされた咆哮。それにより、後方へと他のキメラを巻き込みながら倒れて圧縮してゆく肉の塊をものともせず、悠が切り伏せて作り出した道を傭兵達は一気に駆け抜ける。
「シグマ」
 プラントの扉を潜る時。小さな少女が前方から降りてきた。
「この地を取り戻すぞ。必ず‥‥!」
 確かめるような少女の宣言。それはまるで、昂り過ぎる胸の内を共有するようだった。
「勿論。‥‥怪我、すんなよ」
 シクル・ハーツ(gc1986)はそれを心にしっかり留めると、青年の隣から離れるように速度を上げる。
 瞬間、感じたのは彼と同化した煙草の香り。それだけは、あの頃から何ら変わってはいなかった。

●Side:B
「邪魔だ! 纏めて消えろ!」
 シクルの双眸は鮮烈な赤光を放っていた。
 高速機動による素早い身のこなしから、瞳の赤が移動距離の分だけ長い長い尾を引く。
 残光が消えるまでの間、シクルは何度となく現れた障害を刻みつける。
 躊躇など無いし、いつもより刀が冴えるのは憤りのせいじゃないと気付いていた。
 少女の死角をカバーするようにシグマが敵を牽制しては、火力の不足を補うように新の繰り出す鬼火の穂先が獣の身体を貫く。
 襲い来る獣達が余さず眠りについた頃、新が双眼鏡で内部を確認した。
「‥‥恐らく、最奥の壁面に沿う“あれ”が主要施設でしょう」
 最奥の壁面に巨大な黒い繭のようなものが張り付いているのが見える。
「ならば、目指すはあの繭だ」
 シクルが今し方片付けたキメラの培養設備へと爆弾をセットすると、3人で最奥を目指し歩き出した。

 最終的に両班が目指したものは最深部‥‥中でもそこに張り付いた黒い繭。
 ルートは違えど、ゴールは同じ。人数が多い分、処理速度の速い悠達の班は一足先に黒い繭の麓に辿りついた。
「随分‥‥デカい邪魔がいるな」
 凛生が、最初に“それ”を発見し、皆に顎で指し示す。
 明らかに巨大な図体。知性を感じさせる金色の瞳と、対照的なまでに貪欲な牙の覗く口。
 傭兵達に緊張感が上増しされる。拓けた空間に居たのは、紛れもないドラゴンだった。
 犬のように尾ごとくるりと丸まっていた体も、傭兵達の接近を察知したのか身を起こして翼を広げ、まるでこちらを威嚇しているようにも見える。
「まぁ、装置の類を壊さないように、適当にやらせてもらうさ」
 悠が刀を抜くと同時に、凛生の拳銃が開戦の合図を告げた。

 凛生の銃撃は確かに眉間を狙ったのだが、放たれた弾丸は直前で炎のブレスにのまれて消えた。
 しかし、それによって『炎が放たれる直前に龍は深く息を吸う』予備動作の発生を確認。
 今の一撃で距離は掴んだ。射程はおよそ30m。それを見きった上でラナが、悠が、トガが飛び出した。
 高速機動するラナが最も早く巨体に接近。その側面、腹の辺りに潜り込むと緋色の爪を突き立てる。しかし‥‥
(‥‥これは)
 思いの外『刻めた』という感触が得られず、それは同行していたトガも同様だった。
 鱗らしき部分は避けたつもりだが、なんと分厚い皮を、頑健な筋肉を纏っているのだろう。
 しかしその時、連撃とばかりに悠が真正面から無遠慮に切りつけた。
「なるほど‥‥案外、何とかなりそうだ」
 圧倒的な火力を以って繰り出す一撃。少女はその手ごたえに確信を得た。
 大きく切り裂かれた腹の痛みに激昂しているのか、龍の咆哮が轟く。
 その隙をついて凛生の弾丸が捲し立て、追いつめてゆく様は実に容赦がない。
 目や口などの顔周りを狙う鉛弾は、時に喉を破り、或いは回避に専念せざるを得なくなった龍が攻撃を繰り出す機会を次々と潰してゆく。
 避けるのに集中れば、攻撃がおろそかになるのは必定。
 暴れるように振りまわされた当てずっぽうな尾を、持ち前の身のこなしを生かして跳躍。難なく回避したと同時にラナは回転舞の勢いで流れるように蹴りを見舞う。
 間断なく同一個所へとトガがクルセイドを叩き込めば、遂に巨体がぐらりと傾いた。
 ‥‥刹那。赤龍へと異様な精密さを誇る二発の弾丸が奔る。
 一発は正面から龍の目を貫き。もう一発が後頭部に炸裂すると鼓膜を破らんばかりの絶叫があがる。
 そのまま龍は狂ったように長い首の先、頭部だけを後方へ向けて炎を射出。
 悠達の逆サイドから現れた“増援”の内、炎の理屈を見抜いた一機のAU−KVが悠然とそれを潜り抜ける。
「“これ”が最後のようですね」
 龍の後ろ足へ滑り込んだ新から輝く赤龍の紋章。
 装甲を纏って尚放たれる圧倒的な気迫が、槍の一閃と共に巨体を串刺した。
 これは戦争だ。どんな状況にあっても勝ち続けなければならないし、そして‥‥負けたら全てが終わってしまう。
 新と挟撃のような形で龍の懐に入り込んだ悠が、小さく息を吸う。
 全身に力を巡らせ。心から容赦を取り除いて。少女の金色の虹彩が強大な赤を捉える。
(迷いなど無い。例えこいつを‥‥)
 冴える剣劇は余りに苛烈な4つの剣閃に変わる。
 前足を切り落とし、腹を切り裂き、首を一撃で半分刃を通したのち、最後の一刀、絶対的な力で龍を斬獲した。
 悠自身の残像が、紅炎の深い赤の軌跡と共に陽炎のように揺らめく。
 少女は刀の血払いをしながら、どさりと落ちて動かなくなった肉片を見降ろす。
(‥‥こいつを倒したからといって、何が戻る訳でなくても)
 ただ、炎のような熱さだけが、悠の心にしばらく居座り続けた。

●赤星
 GOサインは、指一本。
 こんなにも簡単に破壊は起こり、こんなにも呆気なく“星”が強大な炎に包まれていった。
 麓まで退避した傭兵達の中、懐から煙草を取り出すとトガは慣れた手つきで唇にそれを挟む。
 爆炎の先に立ち昇り続ける黒煙を見上げながら、肺の奥まで煙を満たすと静かにそれを吐き出した。
「騒がせて悪かったな。静かにしてやったから化けて出るんじゃねーぞ」
 空いた手をひらひらと振り、際限なく天に昇り続ける煙を眺める。
 トガの隣には、自らの身体を眺めおろしては嘆息するラナ。
 数え切れないキメラを切り伏せて浴びた連中の体液。挙句、最後の施設爆破の影響で煙や匂いが彼女の身体を包みこんでしまっている。
「早く、シャワー浴びたいかな‥‥」
 ぽつりと漏らされた嘆きに耳聡く反応する青年は、あざとくも「今思いついた」かのように、ニィと口角をあげる。
「‥‥そりゃ丁度いい。実はまだ食い足りなくてなぁ」
 突然掛けられた言葉。その意図を理解したのか、ラナは一瞬面食らった顔をするが「いつもの事か」と思い直せば諦めた風に眉を寄せて笑い。
「これからどうだい?」
 彼女から明確な答えはなかったが、沈黙を是と受け取ったトガは次の煙草に火を点けながら背を向ける。
 街の方角へ歩き去る青年よりほんの少し後ろ、付き添うようにしてラナは音も無く歩いて行った。

 轟々と燃え盛る炎の中に、シクルは思い出を見ていた。
 つんと鼻を突くこの感じは、多分涙をこらえる時のそれに似ていて、少女は思わず瞳を伏せる。
「昔、知り合いが言ってた。‥‥死んだ人に祈るのは、祈る人自身が自分を慰める為にしているんだって」
 隣に佇む青年からの返答はなく、傍にある体温だけが少女を肯定しているように感じられた。
「‥‥残された人間の心の整理をつける為のモン、だよな」
「うん。でも、だからってこのままじゃ‥‥亡くなった人達は、眠る事も許されないの?」
 青年を、そしてここに眠っていた人々を想いながら、様々な感情が溢れそうになって、シクルは思わず唇を噛む。
「今頃皆はここじゃなくて、空の上に居るんじゃね? 親父もいびきかいて爆睡してそうだろ」
 瞼をあげた少女を迎えたのは、銃を握るのに適応してしまった青年の歪な掌。
 髪を撫でるそれに甘え、今は、青年の戯言のような慰めに心を委ねようと少女は思った。

 そんなシグマの背を眺めながら、凛生は硬い表情で懐に手を伸ばした。
 咥えた煙草に着火し、肺の底でゆっくり煙を巡らした後、ため息交じりに吐き捨てる。
(荒らされた地を前に、彼は何を思うのだろう)
 男の目を縁取るフレームに切り取られた景色。色のついたグラスの向こうに惨劇の舞台を眺める。
 墓とは、凛生にとっては死者を思い返し、心に死者が生きていることを確認する場。
 弔いも、感情を整理し、心の中に区切りを付ける為の儀式のようなものだろう。
 だからこそ‥‥青年の心中は、察するに余りあった。
 それは偏に、自らの境遇に重なる部分が見えたからでもあり、こうしていると今でも鮮烈に焼き付いている光景が男の感情を覆い尽くしてゆく。
 崩れ落ちたビル。歌舞伎町の象徴だった俗っぽいネオンは、二度と輝けない状態で地に転がっていた。
 刻まれた傷跡は、まるで自分の身体に刻まれたもののようで、余りに痛く、苦しい光景。
 だが‥‥救いが無い訳ではないと、そんな事を思うようになった。
 芽吹いた緑に。そして、あの時青年が口にした言葉に救われたのだ。それでも光は訪れる、と。
「此の地も、いつか‥‥」
 炎の丘に背を向ける。風は丘の麓を滑り、凛生の口元から零れる紫煙を運んでいった。

「一度護ったものすら、また容易く奪われるのなら‥‥」
 全てが、広がる炎と塵に塗り潰された。
 侵されては護り、取り戻した頃にまた壊される。終わりの見えない循環に、新は苛立ちより嘆きを覚えていた。
 どうすればいい?
 こんな事態を招く為にあの時必死に戦い抜いた訳じゃない。
 護っても護っても、どうしてこんなに呆気なく想いは踏み躙られるのか。
 奥歯を噛み締める。強い感情をやり過ごす様にして‥‥行きつく先を、空を睨んだ。
「‥‥元凶を断つしか、ないのか」
 空には喪われた人々の血を凝縮したかのように赤々と輝く巨大な星。
 今もなお、我々の頭上に支配星は在り続けている───。