タイトル:アンチ・ヴァーテックスマスター:藤山なないろ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 2 人
リプレイ完成日時:
2012/01/31 05:12

●オープニング本文


 ヴァーテックス【Vertex】
 頂点や頂上などを指し示す言葉。占星術的には「宿命的に定められた点」のことを指し示すのだという。
 自己の自由意思で変えることの出来ない点。
 ‥‥神様が決めたマイルストーン? 本当に、そんな点などあるのだろうか。

●ジル・ソーヤ/リ・スタート
 ここに一人の少女が居る。
 バグアに母を殺され、そのショックか元々病弱だった弟は倒れ、挙句言葉を失った。
 そして‥‥気付けば彼女は父までもを失っていたのだ。
 だが、なんてことは無い。今この時代によくある話。決して幸福ではないが、特別不幸だとも思わない。
 そんな少女の心身を癒したのは、流れゆく時と、日々明け暮れる苛烈な戦いだった。
 キメラと戦っているとそのことだけに没頭出来たし、何より自分が生きている実感を得られた気がした。
 刃を差し入れる瞬間の肉の感触は生々しくもリアルで、戦いの最中に我を失う事も少なくはなかったけれど。
 それでも、バグアと戦う事は弟の面倒をみながら自分も生き抜く唯一の術。
 侵略者を屠って得た対価で得る最愛の弟の微笑みに、少女はより一層の生を感じていたのだ。
 ‥‥そんなある日、少女はなくしたはずの「父」に似た面影を見つけた。
 奇妙なことに、どこか気にかかるその男が、オーストリアの片田舎に在る弟の病院に姿を現わしたという情報も手に入れている。
 ひょっとしたら。もしかして。あるいは。しかし。
 この数年の生活で少女の身体にしみついたもの。
 それは、「期待は膨らんだ分だけ辛い想いをする」という悲観的な習慣だった。
 可能性として、男の遺体を自分の目で確かめていない以上、生きている可能性がゼロとは言わないけれど。
 そも、“生きていたとしたら”なぜあの男は娘と息子を置き去りにして何年も行方を眩ましているのだろう? 正気の沙汰ではない。
 ただ“もしも”‥‥否、考えても答えは無い。
 不安ばかりが支配する胸中、少女はその思考から目をそらし耳を閉ざすこととした。期待して裏切られるのは、ご免だから。
 だがそんな少女の心中など察する気配も無く、男はこれまでの接触の中で少女や傭兵達に向けてメッセージを残した。
 男の残した情報を調査した結果‥‥示されたのは、ある洋館。
 それは、戦いへの誘いなのか、或いは‥‥。

 ───貴方にお誘いです。
 ある少女が辿ろうとしている最悪の運命を、その手でぶち壊してみませんか?

●アンチ・ヴァーテックス
 強い信頼。結ばれた絆。彼の残した剣が歌う。
 自分を信じて、足掻き抜け。
 真実はその目で確かめろ。
 死ぬなよ、這ってでも生きるんだ。
 ───ジル、リアン、心から愛しているよ

「‥‥夢」
 真っ白なシーツの中、目覚めた少女は意味なく宙に伸びた自分の手に気付いて目を覚ました。
 生ぬるい涙が頬を伝い落ち、シーツへと沁みてゆく。
 鼓動だけが早鐘のように鳴り響き、反するように部屋は冷たく静かだった。
 呼吸を整えながら、虚しく伸びた手を胸元へ戻し、自分で自分を慰めるように抱きしめながら少女は寝返りを打つ。
 涙は‥‥しばらく、止まることはなかった。


「棚に飾って置いとく分にゃ問題は無かったんだが、持たせりゃお前は“これ”で戦うだろう。だからこそ、一度折れちまったあの刃は俺個人としてお前に使わせられねぇ。
 代わりに別のリベルタリアの刀身を移植した。柄と鞘だけ元通り、ってとこだ。‥‥力になれなくて悪いな」
 ───未来科学研究所。
 馴染の職員からジルへと手渡されたのは、一振りの剣。
 それは、父の形見で、傭兵となったその日からずっと共に歩んできた相棒のようなもの。
 昨年ある戦いの際に壊れてしまったその剣を、少女は研究所の知人に修復を依頼していたのだが‥‥結果はこの通り。
「ううん、ありがとう。十分だよ」
 大切な宝物のようにそっと触れ、馴染んだ柄の感触を味わう。
「あと、もう一つ。此間の“2枚の布”だが‥‥確かにあれは元は1枚で繋がってたもんだな」
 剣から顔を上げ職員の言葉をじっと待つ少女は、知人にもう1つだけ頼みごとをしていた。
 昨年末、オーストリアで発生した双頭の大鷲型キメラを討伐する事件の内、その幾つかで感じた不可解なリンク。
 ある男が残した布。そこに描かれた数字と記号について、ジルは職員に調査の協力を要請していたのだ。
「この数字が表しているもの、解ったぜ」
 そういって、青年が見せたのはモニタに表示された世界地図だった。


「キメラプラントよ。間違いないわ」
 調査結果を冷静に告げるオペレーターのバニラ・シルヴェスターはジルを前に幾つかの資料を並べた。
「まず‥‥該当座標について、私たちは直接調査で訪れていない事を伝えておくわね。
 その理由は‥‥オーストリア国民議会議員のユリウス・ロートリンゲンという男を知ってる?
 ここは、ロートリンゲン家が代々継いでいる敷地で、現在の所有者は彼なのだけど、具体的な事件が無ければ私有地に勝手に入り込むことは出来ないでしょう。
 かといって、何の根拠も無く「布の情報が〜」なんて理由から調査したいだなんてお偉いさん相手に言える訳も無いでしょ?
 だから、事前に無人探査機で上空から確認してみたのだけれど‥‥該当座標地点には、古びた洋館が有ったの。
 どうやら今は誰にも使われていないようで、ロートリンゲン家のものとはいえ彼らも放置状態、手つかずの様子だったけれど。
 ‥‥これ、大当たりよ。無人探査機の映像が興味深いものを捉えたわ」
 そう言ってオペレーターが見せたのは、ある動画。
 深夜帯、真っ暗闇の中で洋館から出てきたのは、双頭の大鷲‥‥それも、1体だけではない。
「‥‥キメラプラント」
「確実にこの洋館から排出されてるわ。オーストリア国内でキメラが飛んできた、あるいは飛んでいく方角の情報とも一致したの」
 管理者から放置され捨てられているも同然、かつ安易に他の人間が侵入できない場所。
 プラントにそこを選んだのは、なるほど頷ける。バグアもそれなりに考えたようだが、しかし‥‥
「ユリウス氏に通報しましょう。彼も彼の敷地が利用されてこんな事態になっているなんて、思ってもみないでしょうし、大変不名誉だと思うから‥‥」
「待って!」
 バニラの手を掴む少女。その勢いに気押されたオペレーターは、少女の言葉を待つ。
「連絡しなきゃいけないのは解るよ。ただ、少しだけ待って‥‥! 必ずプラントを壊すから。敷地でそれ以外妙な事はしないから。だから、今回に限っては“所有者へ事後報告”という形に‥‥」
 足掻く。泥臭く。無様に。例えそこに確証が無くとも、何一つ捨てられはしないから。
「‥‥事情があるのね。偉い人相手だから、正直怖いけど‥‥非常に緊急性が高かったとでも言っておくわ」
 ただ、この誤魔化しは‥‥通用しない、きっと。
 硬い表情のバニラに、ジルは覚悟を決めた様子で頷いた。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
霧島 和哉(gb1893
14歳・♂・HD
狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD
黒羽 風香(gc7712
17歳・♀・JG

●リプレイ本文

●冀うもの
「よう、ジル。隣いいか?」
 ぼんやり窓の外を見ていた少女は、声の主に気付いて振り返る。
 僅かに間をおいた後、こくりと頷いたのを確認してアレックス(gb3735)は空いていたシートへ腰を下ろした。
「今までのオーストリア関連の報告書、読んでくれてたんだよね。ありがと、今回はよろしく」
 差し出された少女の手を取り、握手を交わす。思いのほか小さな手に僅かな心許無さを感じながらも、少年は「あぁ」と答えた。
(‥‥この奇妙な親近感はどこから来るんだろうな?)
 先の会話か、少女の性質か、或いは触れた手が伝えてくる感触か。
 正直、出自が似ているワケでもないのに‥‥何かが心に引っかかりを作り、どうしても気にかかってしまう。
 そんな少年の心境など露知らず、「オーストリアは、あたしの故郷でね」と、差しさわりのない事を話し始めるジル。
 だが、少女のどこか硬い表情に気付き、アレックスは心の内で苦笑した。
 きっと彼女はバカ正直なんだろう。だからこそ、伝えまいとしている緊張も不安も全てわかってしまった。
 少年自身も、自分に正直すぎる性質故、かもしれない。
 ただ懸命な少女の様子に、ふと感じた思いを素直に心の内で言葉にしてみる。
 ───ジルの笑顔は、護りたいと思う。
 ふと、傭兵達が座す客席部の扉が開いた。姿を現した青年は会釈の後に手頃なシートを選んで座る。
 無意識にそちらへ視線を流したジルの表情を見て、アレックスは思わずくつりと笑いを零す。
「まぁ、ナイト様もいるようだし」
 屈託のない笑みを浮かべるアレックスに対し、ジルはきょとんとした顔で首を傾げた。

 オーストリア到着の15分程前。ジルの隣席に秦本 新(gc3832)が腰を掛けた。
「直って良かったですね、それ」
 少女の腰元に戻った剣を指して、新は少し口角を上げて見せる。
 首肯したジルは、口元を緩めて剣に視線を落とし、鞘にそっと触れた。
「これね‥‥傭兵になった時、お父さんが譲ってくれた剣、なの」
 先程と比べ幾分柔らかい表情になった少女の様子に小さく安堵すると同時に、彼女の心中を推し量ると苦しくもあって。
 新は少々躊躇い、ややあって口を開く。
「今、何を考えてたんですか」
 戸惑いを見せる少女の表情に、少量の申し訳なさを認めながら、それでも聞かずにはいられなかった。
「‥‥ジルさんが何を思っているのか、知りたい」
 ジルの表情に、また少し苦みが混じる。けれど、一度深呼吸した後に、彼女は新に向かって微笑んだ。
「新は、さ。例えば‥‥このプラントを壊したら、この国に平穏が戻ると思う?」
「それは‥‥」
 新は言い淀み、ジルは「そうだよね」と自嘲気味に笑う。
「なんで、“あの人”がここを教えたんだろうって、考えてたの」
「確かに、今回の件が罠で無かった場合‥‥意図がどうあれ、例の男性は私達に協力した形になる」
 新の脳裏に過ぎるのは、先の仮面舞踏会での一幕。“何者かの思惑とそぐわない、情報の提供”。
(‥‥まさか、以前通報したのも?)
 可能性はゼロではない、と言うよりむしろそう考える方が“繋がる”。
 新が思案気に口元に手を当てれば、ジルが不安げに「どうかしたの?」と尋ねるので、青年は敢えて首を横に振った。
 オーストリアの治安がここまで不安定になる以前から、この国での戦いに身を投じてきた新。
 ただ、それでも事件は収束しなかった。何者かの思惑通りに事が運んでしまっているようにすら感じる。
「もっと上手くやれていれば、この国の被害も‥‥」
 ふと青年の口をついた言葉。それを遮るように、少女の手が青年のそれに触れる。 
 その手のあまりに華奢な様に、図らずも苦い思いが胸を満たした。
「あのね、頑張ってついてくから‥‥置いていかないで」
 伝わってくる細かな震えに、眉を寄せる。
(もう、私にとっても無関係の事件では無い。そして、何より‥‥)
 彼女の悲しむ顔を、これ以上見たくない。そう、思った。



「で、調査と破壊どっちが本命なのかしら?」
 洋館裏口に控えた調査班の面々の中、狐月 銀子(gb2552)は腕組みをしながら、ジルにこんな問いを投げかけた。
 少女はばつの悪そうな顔で振り返ると、銀子の目を真直ぐに見つめた。
「正直に言うと‥‥“どっちも本命”」
 その答えに満足しない様子の銀子は、組んだ腕はそのままに首を傾げて黙ったまま続きを促す。
「オーストリアの民として‥‥こんな施設の存在、あたしは許せない。両方やってのけてこそ、意味のあることだと‥‥思うから」
「‥‥何か事情があるのよね?」
 銀子は小さく頷く少女の肩にそっと触れ、言い分を受け止めると小さく息を吐いた。
「人が必死になるにはその理由がある。頼んでくれりゃ断る理由も無いわ」
 すい、と視線を施設に流した。おぼろげに浮かび上がるのは、怨嗟の声すら聞こえてきそうな廃れた洋館。
 その姿を詳細に捉えようと目を眇める銀子の耳に、自身の名を呼ぶ声が聞こえる。
「銀子」
 改めてジルの瞳に視線を合わせると、躊躇いがちな声が静寂に響く。
「この国は今、病気なの」
 少女は逡巡した後、思いつめたような表情で傭兵達の前に進み出る。
 そして、調査班の面々を見渡した後‥‥ぶつかり合う視線から避ける事も引くことも無く、こう言った。
「‥‥お願い。この国を助けて‥‥」
 どんなに想っても願っても苦しんでも、あたし一人じゃ、何もできない。
 消え入るような声は普段の少女の面影も薄く。悔しそうに唇を噛んで、震える拳もそのままに少女は頭を下げた。

 少女が頭を下げた裏には、凡そ複雑な事情があるのだろう。
 少年──霧島 和哉(gb1893)は、さほど表情を変えずに、目の前の少女の言葉に聞き入った。
 正直、“真実”だとかいうものが何なのかは分からないし、そんなものが現実に存在する類のものなのかも見えやしない。
 正しい事も、答えも、あらゆる事象が数学的に真っ直ぐ一つの終末に辿り着く訳ではないのだから、自分が言えることなど無いのかもしれないと思う。それでも。
 ───そこに絶望の影が見えるなら。
 少年は、意を決したように少女の名を呼んだ。
「‥‥今の自分に、出来る事を‥‥精一杯に‥‥。僕も‥‥」
 頑張るから、などとは言えなかった。ただ、少年は「意図するところは伝わっただろう」とも感じていた。
 それは、亜麻色の髪の少女がとても気持ちの良い笑みを浮かべていたからで。
 ───積み重ねた塵芥が意味を持つと言うのなら。きっと、彼女の力にも、なれるはずだから。
「和哉、ありがと。あたしも頑張る」

●AntiVertex
 入口正面、重厚な扉は開く気配も無く。それを確認すると同時に、一機のパイドロスが腰を落とし、構えた。
 AU−KV両腕の黒い籠手は次第に熱を帯び、赤々と輝きを放ち始める。その腕はまるで炎だった。闇に燦然と輝くそれは、悪を焼くアポロンの炎のよう。悠然とした態度のまま、アレックスはその扉へ右腕を叩きこんだ。
 響く、強烈な破壊音。それはこの施設に在る全ての存在に対する宣戦布告でもあり、大小様々な破片を散らして扉は崩れ去った。
「下らない運命なんか、ぶち壊しちまえ‥‥ってな」
 堰は破壊され、勢いよく流れ出す運命。
 無理やりこじ開けたそこから、アレックス、須佐 武流(ga1461)を始めとする6名の傭兵達は洋館へ突入していった。

 洋館の中は暗く、目視での調査は困難を極める‥‥かと思われたが。
 突如点いた照明。同時に現れたのは天井部分まで吹き抜けた巨大なエントランスホールと、ホール中央にぽっかり開いた床から飛び上がってきた巨大な双頭の大鷲。
 アレックスは不意に天井を仰ぐと、視線の先に可動式の隔壁を見た。
 地下から外へ大鷲を排出していた仕組みは存外安易な構造で、思わず笑いがこみ上げる。
 下にプラントがあることは間違いない。
 そして、鷲が出てきた穴を人間が利用することができないとなれば、洋館のどこかに別途地下へと続く道があるはず。
 一方、現れた敵を確認した須佐は、落胆を隠さずに盛大な溜息を吐いた。
「できれば管理しているバグアを倒しておきたいが‥‥どこまでできるやら」
 初手から派手に攻めて後発班の動きを隠す心算でいたアレックスの作戦と、須佐の行動は端から不一致だった。
 最初は見つからないようにと考えていた須佐は、入り口での出来事からレルネでの射撃を断念し、通常の兵装に切り替える。
 背中で沈黙した弓はそのままに、スコルによる接近戦を決め込んだ須佐は、もう一方の班にいる少女を思い出し、小さく独り言ちた。
「ジルも‥‥無理しなければいいが」



「‥‥始まったようです」
 洋館の中から聞こえてくる激しい戦闘音に攻防の様子を推し量り、調査班の面々は息を呑む。
「本当に思わぬ所に繋がりましたね、あの布」
 この洋館が何であるか? 眼前にして確信を得たのか黒羽 風香(gc7712)が呟いた。
 隣で頷くジルの気配を感じながら、風香はその手に強く弓を握る。
「是が非でも、掴みましょう。求めるものが、そこに在るのなら‥‥」
 どれくらい時間が経ったのか体内時計で判断するには難しいほどの高い緊張感が支配する中、新の手元の懐中時計だけが唯一確かに時を進めてゆく。
「音が‥‥止んだ」
 ややあって発せられた和哉の呟きに応じて、ジルが振動感知を発動。範囲内全ての音を拾い集めると、皆に告げる。
「アレックス達が動いた。今の戦いは終わったみたい」
「了解。それじゃ‥‥あたし達も行くわよ」

 裏口に素早く接近すると、鍵のかかった扉を手先の器用な風香が確認する。
 少女は持ち込んでいた多目的ツールの中からピンセットを取り出すと鍵穴に上手く滑り込ませた。
 がちゃりと鈍い金属の音が聞こえたのは、それから1分と経たない頃。風香は立ちあがると、控え目に「行きましょう」と告げる。
「‥‥あんまり、埃っぽくないわね」
 銀子らが踏み込んだそこは、存外放置された様子もなく、日常的に使用されている気配すら感じられた。
 照明の灯された館内。床に視線を落とした和哉は目当てのものを確認すると、調査班を先導。
(埃の積もり方をみると‥‥ここを出入りに使用していたのは‥‥間違いないみたい、だけど)
 3機のパイドロスがガードするように布陣し、傭兵達は慎重に奥へと進む。
 角に立つ毎にジルが振動感知を発動したが、特に1階には音を感じられず、続く風香が隠密潜行で哨戒に出た。
 通路脇に光る機械を発見すれば、風香のウィスタリアが音も無く矢を放ち、確実に潰してゆく。
「カメラがある場所とない場所‥‥随分、解りやすいですね」
 つまり、警戒する必要がある場所に近づいていると言う事だろう。
 だが地下突入前に、傭兵達は洋館部分を調査することを決め、1階、2階と順を追って隈なく調査を続けたが‥‥
「特に情報はなさそうね」
 書面等が無いかと気にしていた傭兵も多かったものの、この調査では求めていたものは見つからなかった。
 だが逆に、相手は“それほどまでに解りやすい証拠を残すような相手ではない”ということの裏付けになったかもしれない。
 洋館地上部を調査し終えた後、手掛かりが無い事を確認すると、先行する制圧班の面々が通って行った目印を辿って調査班は地下へ進入した。



「アレクさん‥‥随分、派手に暴れたみたい‥‥だね」
 AU−KVの奥で、小さく苦笑いしているであろう少年の顔が浮かぶ。
 地下へ降りた途端、奥の方から激しい交戦音が止むことなく鳴り続き、調査班の周囲には盛大に変形した壁やら、崩れ落ちて動かない強化人間の姿が残骸のように落ち、制圧班の痕跡をありありと感じさせた。
 下手なエースアサルトより余程火力の高いアレックスにかかれば、こうもなるだろう。
 手加減の一つでもしてやらねば難しかったのかもしれないが、これはこれで後ほど彼らを回収すればよいのかもしれないと思い直すと、和哉達は先を急いだ。

 調査班が行き着いた場所は、巨大な培養管が無数に並ぶ部屋だった。
 管は奇妙な液体で満たされ、時折酸素が送られるようにこぽこぽと気泡が通り抜けてゆく。
 そしてその中に見える最大の異物は‥‥
「双頭の大鷲で‥‥間違いないですね」
 新は部屋の様子をカメラに収めた後、固い表情で改めて周囲を見渡した。
 まだ種のような段階のものから、体長が幾分小さいものばかりが管の中に並んでおり、成長しきった大鷲の姿は無い。
 恐らく完成体は制圧班めがけて放たれ、既に討伐されたか、現在進行形で交戦中なのだろうと思われる。
 注意深く探っていた傭兵達の後方で、突如、振動感知を終えたジルが叫んだ。
「今、誰かが外を走ってった! アレックス達じゃなくて‥‥っ」
 直後、皆まで聞かずに和哉が、新が飛び出した。
 龍の翼をもってすれば、それに追いつくなど造作も無い事で、角を曲がってすぐ傭兵達は何者かの背を捉える事に成功する。
 だが、それを追う2人は、気付いたことがあった。強化人間と比べるべくもない鈍重さ。否、これは‥‥
「‥‥逃がさない、よ」
 間もなく、和哉が組み付き押さえこんだのは一人の女。
「あの、さ‥‥あなた、ヨリシロでも強化人間でもない‥‥よね」
 少年の指摘に、女は項垂れたまま絶望の色を浮かべて涙を流した。

●AnotherSide
 依頼完了報告を受けた黒木 敬介(gc5024)は、屋敷の調査許可を得るべくオペレーター経由で所有者陣営に食らいついていた。
 元々私有地を出入り禁止とするなら管理責任が発生しようものだが、最初から相手は「出入り禁止」等とは明言しておらず。
『なるほど、そんなことが。迅速なご対応に感謝申し上げます』
 ユリウス陣営‥‥彼の秘書から届いたのはそんな返答だった。
「事態の再発を防ぐ為、地元の公的機関に今後の警備の協議と連絡しておいてもらえないか」
『無論、そのように致しましょう』
 物分かりのよすぎる対応。だが、敬介がこれを行っておいて良かったことは間違いないだろう。
 事後報告によるこちらの責任について一切の御咎めはナシだったのだ。滲む苛立ちを隠し、敬介は本部を後にした。



「‥‥バグアから身を守る方法?」
 オーストリアの首都ウィーンで開かれていたある料理教室。
 体験入学として潜り込んだ夢姫(gb5094)は周囲のオーストリア人女性達に何気ない様子で話を聞き出していた。
 元より男性に比べ噂やゴシップを好むのは女性。その女性が圧倒的シェアを占める稽古事に目をつけた夢姫は非常に賢い選択をしたと言えよう。
「噂なんだけどー“日曜日の25時にスラム街へ行くとその方法を教えてもらえる”らしいよ?」
「なにそれ都市伝説じゃん」
「でもー友達の友達がそれ試すって言ってから行方不明なんだって」
「怖っ! 絶対そんなとこ近づかないし!」
 夢姫の中に蓄積してゆく噂と情報。出来たての料理を前に喜び合う女性陣の中、少女は一人教室を後にした。