●リプレイ本文
●XmasEve
背中を叩く手の感触に思わずジルが振り返ると、そこに居たのは赤い髪の少女。
「初めましてーっ! 確か遭遇した時はこれを納めるんだよね!」
アイ・ジルフォールド(
gc7245)が矢継ぎ早に繰り出す言葉と物の押収に、珍しく押されるジル。
「チョコと、これ‥‥?」
「機体交換券だよ」
「‥‥っええええ!!」
思わず指先から落ちた券をアイがしっかりキャッチして、もう一度ジルに手渡す。
「欲しいとか呟いてるの聞いたので!」
「ほ、本当に?」
とか言いつつ、少女の瞳の中には赤白カラーのピュアホワイトの妄想が浮かんで見えた。
自分より年上のジルの様子にくすくす笑いながら「気に入ってもらえたら」とアイは言う。
しかし、ふと思い出したようにアイは再び鞄の中に手を突っ込み始めた。
「流石にもうこれ以上は‥‥」
手をぶんぶん振るジルを制して、アイは包装された小さな箱を取り出した。
「ん? これは私じゃないよ。これはね、兄から」
「兄‥‥?」
思わずアイの顔を覗き込むジル。しばし凝視されてはいたが、その視線が可笑しくなってアイは思わずヒントを出した。
「ヒントは‥‥私元々金髪赤眼です!」
「‥‥!」
察した様子で、ジルは漸くその小箱を受け取った。
「あ、あと。何かすまないってー」
「すまない‥‥? でも、ありがとね。小箱のお礼は‥‥今度会ったら、直接言うよ」
「ん、そうしてやって!」
2人の少女は笑い合い、互いに明日会場となる予定の部屋へと向かった。
「もう、皆やってるよ」
部屋に到着したジルを迎えたのは、両手に長いイルミネーションのケーブルを巻き付けた時枝・悠(
ga8810)。
「悠っ! あたしも一緒にやるー」
久々の再会に目を輝かせながら、嬉しそうに悠のもとへ走るジル。
内心「犬か?」と思いながらも、表情を緩めて悠はケーブルの端を手渡した。
「皆が持参してきた飾りだから、丁寧に扱うように」
「はぁーい」
●TheDay
当日。
車両一杯に荷を運んできたジョエルは、会場に着くなり隊員達のテンションが一気に上がったのを肌で感じた。
「やっぱりサンタでしょー☆」
くるくると男の前で回って見せるアイ。
「出来れば衣装は統一したほうが‥‥ああ、此処だとプレゼントはキリストの贈り物だっけか?」
首を傾げながらもちゃんと衣装を纏う悠。
ミニスカサンタ姿の女性陣を前にはしゃぐ隊員の頭に拳骨を落とし、ジョエルは思わず頭を抱えた。
「そうだ、この付け鼻はジョエルにあげよう。秦本と揃いにするといい」
追い打ちとばかりに男に赤鼻を手渡すと、悠はニッと笑ってこう補足する。
「ちなみに、暗闇で光るらしい」
「‥‥そうか」
◆
「Merry Xmas!」
可愛らしいサンタと赤鼻のトナカイ達の華やかな出迎えでパーティは始まった。
「わぁ‥‥サンタさん!」
子供達は、諦めていたXmasの到来に傭兵達が想像した以上に喜び、笑顔に溢れていた。
そんな中、一番最後にやってきた少年は、どこかぎこちない面持ちでいた。
「リアン君、今日は宜しくな」
それに気付いた秦本 新(
gc3832)は、少年に声をかける。恐らく、この“空気”に不慣れなのだろう。
「‥‥今日は、誰にとっても特別な日だ」
見回せば、ターキーに齧り付く少年や、頬に一杯クリームをつけて幸せそうにケーキを堪能する少女。
普段見たことも無いほど楽しそうな仲間の姿がそこにあって。
「来年の“今日”も楽しみにして貰えるような‥‥そんな楽しいパーティにしよう」
笑い声の響く会場。TVには華やかな街や暖かなXmasの映像が流れているのに、羨ましくなんてなかった。
『ありがとう』
胸の辺りが暖かい。音にはならなくても、伝わる想いはあるはずだから。
少年は、自分の“口”から言いたかったのだろう。
新に、そしてこの場を作り上げてくれた全ての傭兵達に‥‥心からの感謝を。
「巨大ケーキ、到着したぜ!」
藤宮 エリシェ(
gc4004)と空言 凛(
gc4106)が作り上げた特製のケーキに、歓声を上げる子供達。
凛は子供達と一緒にデコレーションをしようとマジパンのサンタや苺を用意していく。
だが、なぜかヴェルナス達は不安げにそれを見守っていた。
「んな警戒すんなよ。“今回”は何も入れてねぇぜ?」
「‥‥でも凛ちゃんならやりかねn」
「子供相手に、んなことするか!」
「皆の好きな物を準備してきたんだが‥‥リアン君には、これを」
新が取り出したそれに、リアンの瞳が輝く。黄金色に照り返すパイ生地から、シナモンと林檎の甘い香りが広がった。
「ジルさんも、リアン君と一緒に」
青年の声に気付いて顔を上げると、普段見慣れない幸せそうな姉の姿があった。
「リアンの為に、ありがと。新も一緒に食べようよ」
「私は他を見てきますよ。たまには姉弟で‥‥」
青年は自分達姉弟の為に、気を遣って時間を作ってくれようとしている。
だが、少年の目には青年が姉に楽しんでほしいと願うように‥‥姉も青年に笑ってほしいと願っているように思える。
言い淀むジルと青年の間に割って入ると、少年は紙に描いた文字を新にこっそり見せる。
『新さん、姉の“弟離れ”、手伝ってもらえませんか』
思わず新から笑い声が上がり、弟は悪戯っぽい笑みでその紙を隠したのだった。
会場が盛り上がる中、司会のトナカイ──半ばやけを起こしたChariotの副長マルスがマイクで皆に呼び掛けた。
「時間だ! 音楽隊は、こっちに集合ー!」
その声に「きゃーっ!」と子供達がトナカイの方へ群がってゆく。
夢姫(
gb5094)はChariotの面々が奥からひっぱってきたオルガンへ向かい、凛はアコギを引っ張り出して最終確認の調弦を開始。
ケースからヴァイス・フレーテを取り出した悠が2、3度マウスピースに唇を当ててから声を上げた。
「オーストリア発祥のもあるし、クリスマスキャロルから入ろう」
悠の隣で、バイオリンの弓に松脂をあてるエリシェ。そして‥‥
「楽しくやろうねっ。それじゃ、始めるよ!」
リアンの隣でハンドベルを握るアイが皆に笑いかける。
「‥‥せーのっ!」
心地の良いハンドベルの音色が前奏を歌い始める。
子供達は懸命に‥‥どこか「人と関わること」への楽しさや温かさを感じながらベルを鳴らした。
静かな院内。会場に来られない患者達にも、この音楽は心地よく響いていっただろう。
白銀に口付け、美しい音色を奏でていた悠は、この場の全ての人々の笑顔をその目に焼き付けていた。
正直、悠はこの手のイベントにさほど興味などなかったし、自分と無縁な祭りだと思っていた訳で。
(‥‥それでも、誰かの為に何かをしようという想いを好ましいとは感じるし)
ちらりと視線をやった先、笑ってしまいそうなほど幸せな顔で歌う少女が居た。
Xmasの合唱会だと言うのに、「空気読め」と突っ込みたくなるほど少女は良く通るソプラノを響かせている。
ふと、悠の視線に気づいたジルが笑みを浮かべた。
ありがとう、と。そんな気持ちがストレートに伝わるように、馬鹿正直な笑顔で。
(まぁ、暇をこういう手伝いに使えるのは有意義な事だろう)
思わず口角が上がる。
(少なくとも面倒じゃない。知った顔だもの、な)
◆無限の雪に包まれて
エリシェはバイオリンをケースにしまいながら、オルガンを運ぶジョエルの姿をその瞳に映した。
───少女には、気付いてしまったことがあった。
彼を想うが故に、彼の視線の先にあるものに。
片付け終わったケースを握りしめる指が震える。そんな時‥‥
「よう、エリリン! バイオリン良かったじゃねえか」
ふと掛けられた声に顔を上げた。
自分は今、涙ぐんでいなかっただろうか‥‥?
エリシェはふとそんな事に気を取られたけれど、隠す様にして凛に笑いかける。
「‥‥そうだ、ちっと手伝ってもらいたい事があってさ」
凛は一瞬だけ、エリシェの視線の先へ目をやったが、何でもないふりをして笑う。
「楽器運ぶの手伝ってくれよ。私はこれ運んどくからよ」
「はい、もちろん。すぐ行きますね」
今夜は特別な夜。サンタさんが1つだけ、我儘を聞いてくれる日だから。
「え‥‥? 凛、は?」
舞い落ちる雪の中。ツリーと病室の窓明かりに照らされた真っ白な駐車場で、エリシェは驚いたように立ち竦んだ。
楽器搬入用の荷台から顔を出したのは、先程オルガンを運んでいたジョエルだったのだ。
「楽器を置いて先に会場へ戻った。なぜかついでに一発殴られたが」
穏やかな笑みを浮かべ、男はエリシェの肩や髪に積もる雪をそっと払い落した。
だが、“それ”に気付いて引き下がったその手に、エリシェは締め付けられる胸の内を隠して首を横に振る。
‥‥もう甘えないだなんて、ただの強がりだった。
本当は頭を撫でて欲しい。でも、同居する複雑な想いは「好きだから、困らせたくない」と願っている。
せめぎ合う想い。積もったばかりの雪に、ぱたりと雫が落ちて滲む。
「‥‥泣かないでくれ。お前に泣かれるのは、何より辛い」
男の手が少女の頬に触れ、伝う涙を拭う。思わず顔を上げた少女が見たのは、心底心配そうな想い人の顔。
頬に触れた手に無意識に自らの手を重ね、エリシェは男の赤い瞳を見つめた。
男の瞳に映り込む自分の顔が見える。今だけは‥‥彼を、独り占めできた気がして。
(この腕に、この胸に抱かれたらどんなに幸せだろう)
小さく首を振るエリシェ。少女が願うのは男の心配そうな表情ではない。だから‥‥
(私の願い事は‥‥)
欲しいのは、あなたの笑顔。言葉は心の底に丁寧に仕舞いこんで。
「ジョエルが甘えられるようになりたいです。あなたに甘えさせてもらって、すごく心が満たされたから‥‥」
雪の中、とびきりの笑顔を浮かべたエリシェに、男は「そうか」と呟いて、もう一度少女の涙を指で拭う。
そのまま言葉も無く、少女が落ち着くまで男は美しいプラチナの髪を梳いていた。
───このまま時が止まればいいのに。
それが無理なら私の心臓が止まればいいのに。
声なき告白を真っ白な世界に残して、少女は瞳を閉じた。
(ジョエル‥‥あなたが好きです)
◆
「おう。ジョーさん、こんな時に一人か?」
カラッと明るい声に、ちょっとだけ悪戯っぽい色を含んで凛がジョエルの背を叩く。
「なんてな。‥‥不器用な男がなんて答えたんだ? って質問はさすがに野暮か」
「‥‥いや」
にっと意地悪そうに笑う凛に応えるように、小さく笑ってジョエルは口を開いた。
「凛らしい、というか。お前は‥‥本当に、友達思いだな」
突然ジョエルが言い出したことに驚いたのか、居心地が悪そうに凛が眉を顰める。
「なんか悪いモンでも食ったか?」
「凛達の作ったケーキは食べたが」
「良く言うぜ」
会場には、凛達以外からも沢山の楽しそうな話声や笑い声が響いている。
温かで、光に満ちて、幸せな時間がそこにあった。
ぎこちなくも慣れてきた男の笑顔を見て、凛もグラスを呷った後で感慨深げに呟く。
「あんなことの後だし‥‥ちっと気になってたけど、元気そうで良かったわ」
「‥‥心配かけたな」
凛がぐっと握り拳を突きだすと、それに気づいたようにジョエルも同じように拳を作り、それを軽くぶつけ合う。
「ま、いつだか言ってたジョーさんの笑顔も見れたしな」
晴れ渡る青空のような、すっきりとした凛の笑顔が心地よく男の胸に落ちていった。
「皆さん! 最後に写真、撮りませんか」
会場に響く新の声に、そこかしこから笑顔が溢れだす。
カメラマンに収まってしまいそうだった新の腕を、ジルが楽しげに引いた。
「新も写ろ!」
つられて微笑み返し、手元のカメラのセルフタイマーをオンにする。
三脚にそれを固定すると、手を引かれるままに新は皆の待つツリーのもとへ急ぐ。
「おい! 皆、“いい笑顔”の準備は出来てんだよな?」
「ほらほら、もう時間ないよ! リアン君も一緒に、いっくよー」
「「2‥‥1‥‥っ!」」
───Merry Christmas!
●今日も明日も、その先も。
病院の外。
荷の搬入をしていたジョエルの隣には、真っ赤なリボンのついた包を差し出す夢姫がいた。
「Xmasプレゼント、です。この前、本を読んでいたから‥‥読書が好きなのかなって」
よもや自分がプレゼントを受け取る立場になるとは想像もしていなかったジョエルは、驚いた様子でそれを受け取る。
包から出てきたのは、読書に丁度いいコンパクトなLEDライトと、もう一つ‥‥ジョエルも良く知る英国名窯のティーセットだった。
男には望外の贈り物だったが、ふと気付く。
なぜ少女はこんなにも自分の趣味嗜好を理解してくれているのだろう。自分は、まだ彼女について知らないことばかりだと言うのに。
‥‥恐らく、これまでの付き合いの中で起こったこと、自分の些細な行為や言葉をきちんと胸の中にしまってくれていたのだろうと思う。
なのに。
「ジョエルさんのこと、まだ知らないことばかり。何が好きで、何が苦手か‥‥もっと、知りたい」
夢姫は、そう言って微笑んだ。いつものように。自分の知り得る、彼女のままに。
「俺は‥‥」
言葉が宙を舞う。
今こそ約束を果たす時だと言うのに、結局今日も背中を押されてしまう。
少女の笑みは、緩やかに過ぎる時間と共に在って、決して急かさず、自分の心に平穏をくれる。
深呼吸の後、男は意を決したように言葉を紡いだ。
「俺は、脆い人間だ。誇れるものなど何もないし、戦争が続く限り前線に立ち、敵を殺して、今日を生きている。いつ死ぬかも知れない、今日を」
いつの間にか苦しげな顔をしていたらしい男の手を、白く小さな手が握り締める。
夢姫の手は、華奢ながらも刀を握り戦う傭兵のそれをしていた。だからこそ‥‥男は、その手を握り返す覚悟が出来た。
「なのに、必死で隠そうとしても、夢姫にはいつも暴かれてしまう。俺の弱い所も、足りない所も。それでも‥‥お前はいつも背を押してくれた。大丈夫だと笑って、共に戦ってくれた。俺の両手に溢れたものを、一緒に抱えてくれたんだ」
男の腕が、ゆっくりと少女の背に回される。恐々と、力の加減を誤らないように。まるで新雪を抱きしめるように。
探るように慎重に紡がれていた男の言葉を「大丈夫だよ」と肯定するように、夢姫の両手が男の背に触れた。
「明日をも知れない時代だけど。‥‥未来に希望を持てるよう、命があることを喜べるよう。そして、心から笑える時間を作りたいから‥‥」
背に回った腕に、力が込められた気がした。敵わないとばかりに、男は小さく笑いを零す。
「今日も明日も‥‥その先も。俺は、お前の傍にいる」
ジョエルはその無骨な指で少女の手を取ると、今まで片時も離さずもっていた黒い眼帯をその手に託した。
まるで、約束を交わすように。自分の存在を、少女に刻むように。
この夜を過ごす全ての人々へのプレゼントのように、空から無限に舞い降る雪が大地を優しく包んでいった。