タイトル:【CO】罪と罰マスター:藤山なないろ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/12/28 23:39

●オープニング本文


 2011年12月11日0600時。
 その日、“停戦”と言う名の仮初の刻は脆くも崩れ去った───。


『A mali estremi estremi rimedi.大変な病巣には思いきった処置が必要であると言う通り、我々は之を以て停戦を破棄、諸君に宣戦を布告するものとする』
 その放送が突如として無線に流れたのは、12月11日0600時の事だった。
 前線では不寝番の者達が緊張感を漂わせて周囲を警戒し、寝惚け眼だった兵も無線を耳に当てる。要塞では左官級以上の者達が1人残らず副官に叩き起こされ、有無を言わさず無線を渡された。
 アフリカで戦う多くの人類が、固唾を呑んで無線に聴き入る。
 そんな中、嗄れた――かつての忠臣が聞けばすぐにそれと判る声色で、現在のバグア・アフリカ軍総司令ピエトロ・バリウスの布告は続く。
『そも先日来、緩慢に守られてきた停戦なるものは一時的なものに過ぎず、我々の行うあらゆる活動は宇宙の摂理に基づく絶対不変のものである。然るに諸君は今以て我々を受け入れぬばかりか、あまつさえ寛容なる我々に一矢報いた事をしたり顔で誇る始末。故に我々は現時点を以て人類生誕の地を再び奪還し、むずがる子らに灸を据えてやることとしたのである』
 淡々と紡がれる言葉はともすれば右から左へ抜けそうになる。
 が、前線で聴いていた者達にはこの宣戦布告が厳然たる事実であるという証拠を早くも突きつけられる事になった。というのも、
『――諸君の健闘と、従順なる成長を祈る』
 無線が切れるより早く、南の彼方から、黒い波濤が押し寄せてきたのである‥‥。

●罪
 先日、あるアフリカの村から人が忽然と姿を消した。
 その原因はサンドワームであろうと推測され、傭兵達がそれを駆逐したとの報告やその他状況とも相まって、間違いないだろう事が分かった。
 そこまでは、よくある事件かもしれない。だが、シグマ・ヴァルツァー(gz0379)には気にかかっていた事がある。
(この村から一番近いワームプラントは、俺達が始末したプラントだ)
 シグマは先日同行する傭兵らと共に、アフリカ停戦ライン以北のあるワームプラントの破壊依頼を請け負った。
 プラントは迅速に破壊し、一見成功したかのように思われたが‥‥その先に発生した前述の事件。
 報告書を読み進めるほどに、シグマの表情は陰りを増していった。
「まさか、あの時の件が原因、なのか?」
 そんなはずは‥‥いや。無いとは言い切れない。
 プラントの全てを確認してまわったわけではないし、サンドワームが居たかもわからない。
 いなかったと断言できなければ、それが外に逃げていないと否定もできない。
 ぐるぐると渦巻く焦燥感にも似た黒い靄が、少しずつ心を支配していくのが分かる。
 だが、ここで足を止める訳にはいかない。
 あれが原因であったか否かを確かめる術も現状見当たらないし、立ち止まれば立ち止まっただけ遅れが生じる。
 救えたはずの存在も手遅れになるかもしれない。間に合う者が間に合わなくなり、被害も後悔もどんどん大きくなる。
(くそ‥‥それでも‥‥)
 手が震えた。足が硬直した。歩み出すことが、怖いと感じられる。身も心も引き裂かれそうな恐怖に支配されそうになる。

 もしも自分の行いの結果、多くの人の命が失われたとしたら?

 考えたくない最悪の結末。ただ、それでも行かなければならなかった。
 あの村の顛末が先のプラント破壊の結末の果ての事だとしても。
 それを悔いている間に新たな被害を出すことを、誰も歓迎しないから。
 悩み蹲ったとしても、そこには何一つ「救い」などないのだから。
 そして‥‥エミタの適性を得た人間にしかできないことがあるから。
 今この瞬間も命は奪われ続けている。その事実が変わらない限り、能力者にはやらねばならないことがあった。

●ファントムペイン
「‥‥停戦破棄、だと!?」
 訪れた本部の徒ならぬ様子に、シグマは身近なオペレーターを掴まえた。
 彼女から伝えられた内容に、全身が強張るのを感じる。
 意味が、解らない。
「てめぇで持ちかけといて、思い通りにならないからやっぱやめた‥‥? ふざけんな!」
 受付に拳を叩きつけると、周りの傭兵やオペレーター達が一斉に青年に視線をやる。
「シグマ、落ち着いて」
「落ち着いてられるかよ‥‥っ! アフリカは‥‥地球はガキの玩具じゃねえんだ!!」
「‥‥“人類にとっては”、ね」
 オペレーターのバニラの落胆したような声に、思わずハッと顔をあげた。
「それを彼らに解らせることができるのは、貴方達しかいないのよ」
 細く白い指がコンソールを器用に繰ると、見ていたモニターの向きを回転させて青年へ突きつける。
「ピエトロ・バリウス要塞に向けて、信じられないくらいの軍勢が押し寄せてるわ。ジークルーネを中心に防衛戦を展開する想定で、現在可能な限り動ける戦力を招集し、迎撃の為の準備を急ピッチで進めてるの。恐らく、激突するのは明日12日、よ」
 手の震えは、収まらない。けれど、心が訴える。
 自らの罪を。そして‥‥
(これは‥‥罰、なのか)
 少々の震えが何だと言うのだろう。強く強く、掌に食い込むほど深く拳を握り込めば、震え等抑えつけられる。
 今やるべきことは、明確だ。
 行かねばならない。だからと言って清算できる過去でもないけれど、この足を止めることだけはしてならない。
「そっから先は抜かせねえ。解らせてやる。俺たちのカウンターアタックは、まだ始まってもいねえんだ‥‥!」
 険しい表情をした青年は、そのまま身を翻した。‥‥その時。
 これは“予感”にも似た何かだったのかもしれない。
 突然、久々の感覚にどくりと心臓が鳴る。思わず青年は残っている生身の腕で“それ”を押さえた。
 ‥‥シグマの左腕が、軋んだ。
 機械の腕など痛むはずが無いと言うのに。
「‥‥なんで‥‥今になって、また‥‥」
 自らの頬を叩いて気持ちを入れ替えたのか、毅然とした様子で青年は足を踏み出した。

●罰
「大将も漸く重い腰をあげてくれたね」
 押し寄せるのは、全てを破壊し、喰らいつくす黒い波。
 そのキメラの大群の中、紛れるようにして進む“人”の姿があった。
「歳とると節々も痛むとか言うし? 爺さんなりに頑張ってくれたんだろうけど、さ」
 喋り続ける“少年”。それを取り囲むように佇む黒人3名は、先ほどから一言も言葉を発しないまま。
「ボクとしてはもっと遊び場は多くて派手な方がいいんだけどね。試験にイチイチ気を遣ってなんていられないもの。ね?」
 視線をやった先、その黒人の何かが光を反射して思わず少年は目を瞑る。
 相変わらず、答えは一度たりともかえらない。
 腕組みしたまま片手の人差し指でとんとんと腕を叩くと、苛立たしげに溜息をついた。
「まぁ、試してみよう。ほら、見えただろ? あれが、新しい玩具だ‥‥!」

●参加者一覧

霧島 和哉(gb1893
14歳・♂・HD
狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
湊 獅子鷹(gc0233
17歳・♂・AA
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
リズィー・ヴェクサー(gc6599
14歳・♀・ER

●リプレイ本文

●The Day Before
(ボクの選択が‥‥人を、殺した‥‥?)
 一人震える手で報告書を読み続ける少女。出力された書類にぱたりと落ちる雫。
 リズィー・ヴェクサー(gc6599)の小さな手は、落ちる涙も拭えずに硬直していた。
 焦燥、恐怖、後悔、その他幾つもの負の感情がせめぎ合い、リズィーは思わず懺悔を洩らす。
「ごめん‥‥な、さ‥‥」
 そこに降ってきたのは、無骨な手。けれど、存外暖かく柔らかいそれに顔を上げる。
「“お前のせい”じゃない。言うなれば、“俺達の罪”だろ」
 そこにあったのは、件の依頼に同行したシグマの苦い表情だった。
 自ら頬を張り、少女は目に光を取り戻すと涙を拭って先を見た。
「絶対成功させるのよ。ボク、償いをしたいから‥‥」

●浸食
 2011年12月某日。再びアフリカの地でバグアと人類は衝突を始めた。
『第1次防衛ライン、突破されました! 敵軍、依然北上中!!』
『KV部隊はどうなっている』
『陸、海、空、全域に防衛戦を展開。しかし‥‥』
『敵軍、第2次防衛ライン到達! 交戦を開始!』
 背後にピエトロ・バリウス要塞を控え、最終防衛ラインに立つ傭兵達の耳にも、ここより以南に敷かれたラインの戦況は確実に届いていた。
『第2次防衛ライン、一部突破され始めました! ‥‥ダメです、これ以上もちません!』
 やまぬ無線の応酬に耳を傾け、表情を強張らせる。しかし、彼らに“今出来ること”は限られていた。
 傭兵達は、リズィーらの提案により、彼らが布陣する交戦予定地点より少し南の地点に罠を設置。
 戦いが始まったとはいえ、このラインに敵軍が到達するまで、まだ幾許か時間がある。
 その間常に覚醒をしていることもないのだが、だからと言って彼らはただ待っているだけなんて出来なかったのだろう。

●激突
『突破されました! 最終防衛ライン到達まで‥‥凡そ半刻!』
『中央への爆撃により佐官や将官クラスにまで死傷者が出ています! また、先のプロトン砲直撃により要塞外壁に損傷。一部通信に不具合も発生‥‥!』
 鼓膜を激しく叩いたそれは、最終防衛ラインに並ぶ全ての傭兵達に高い緊張感を齎した。
 彼らの周辺も、先程から空など至る所で展開されているKV戦の余波に包まれ、後方の要塞には被害が出始めた。
 だが、それでも傭兵達は自身の命題に忠実であるように各々の持ち場へと並ぶ。
 やるべきことは明確だ。そして、求められる結末は一つしかない。
『前方にキメラを確認! 敵、来ます!』
 無線に耳を傾けながら、オルタナティブMを構える霧島 和哉(gb1893)は息を吐いた。
 涙にも似た紫光が頬を流れると、淡白色化した右の瞳が押し寄せる黒い波を捉える。
 あまりに凶暴で邪悪な波動。まるで、そこから“あの”嗄れた声が聞こえてくるようだった。
「‥‥ああ、もう」
 溜息と共に、小さな苛立ちを投げ捨てる。
 目の前で奪われたあの男のことも含め、この地に立つまでの間に余計なトラウマなど置いてきた心算だったのに。
 けれど改めてここへ来て実感したのは「結局心は此処から動けていなかった」という詰まらない現実。
 自分で見えていなかった弱い部分など今更知りたくもなかったけれど、そんなことを言っている場合ではない。
 とどのつまり、今ここは引く場でもなければ‥‥もちろんその必要もないからだ。
「何時かこうなるとは思っていたが、ずいぶんと早かったな」
 和哉の耳に入ったのは、歳近い少女──シクル・ハーツ(gc1986)の声。
 自分とは別種の苛立ちを含みながら、少女は凛として、そしてとても美しい所作で弓を引いていた。
 真昼の月のように、青空に白く輝きを発するように。
「‥‥全く、身勝手な言い分だ」
「そう、だね」
 ‥‥子供の駄々じゃあるまいし。
 言葉は、たったいま鳴り響き始めた開戦の象徴たる激しい銃撃音に、かき消されていった。


 前衛右翼にシクル、左翼に和哉。
 中衛として前衛の後ろに控えるのは、エネルギーキャノンを背負い次々砲弾を飛ばし続ける狐月 銀子(gb2552)と、刀を握り締める湊 獅子鷹(gc0233)。
 前衛が接触する前に皆で極力キメラを叩くという傭兵達の作戦は至極堅実な案だった。
 だが、接近戦のみを担当する獅子鷹は射撃武器を所持していない。敵が前衛を突破してくるまで、獅子鷹はその場で待機。
 和哉側のキメラは、続く後衛2名の射撃で当初何とか抑えこんではいたが‥‥徐々に、弾幕を掻い潜る敵が現れ始めた。

 咥えた煙草の灰がアフリカの風に巻き取られるようにして、はらりと地へ落ちてゆく。
 それを気に留める暇も無く、杠葉 凛生(gb6638)は空を覆う黒影を睨み、引鉄を引き続けた。
 男の心を支配するのは、変わらず抱き続ける願いにも似た強い想い。
 此度の宣言により、停戦はとうとう終止符を打った。
 これはつまり、未だ支配され続けているアフリカの大地を奪還するための道が拓けたという事と同義でもある。
 だが、“それ”は無傷で手に入るものではない。多くの犠牲を伴うだろうことくらい、嫌と言うほど理解している。
 これまでの戦いでそうだったように。新宿での戦いも、そうであったように。
 それでも‥‥
(解放を待ち侘び、焦がれてきた‥‥“あいつ”の思いを知るからこそ)
 今この場には居ない青年の姿を思い浮かべる。風の匂いに、存在を感じた。
 ──この機を無駄にはしない。
 ケルベロスの咆哮が轟き、獰猛な顎が猛る竜の首を噛み千切る。番犬は、尚も続く鷲へと牙を剥き、吠えた。
「ここから先に一歩でも進めると思うな!」
 シクルの雷上動から次々と放たれる矢がキメラの首に、関節に、急所と思しきあらゆる個所に突き立ち。
 動きの鈍ったそこへ、大味ながらも高火力を誇る銀子のエネルギーキャノンが追い討ちをかける。
 エネルギー弾は、先頭を行くキメラの身体を焼き切ると、その身体を食い破るようにして後方に控えるキメラまでも巻き込んで、跡形も無く肉を消し去ってゆく。
 次々迫る黒波は傭兵達によって打ち消され、徐々に荒野を取り戻してゆくかのようにも見えた。
 ‥‥しかし。
 和哉と凛生の2名で対応していた左翼が、キメラの勢いに押され始めた。和哉の射程、凛生の火力をもってしても、あと少し手数が足りなかった。
「抜けてくるわよん。出番だ、やっちまいな!」
「ああ、やっぱ破られたか」
 戦況をいち早く察知した銀子の声に応え、獅子鷹が飛び出す。
 前衛を突破したキメラへ向かってジグザグ移動を繰り返しながら、捉えた瞬間に切り込む。
 和哉の銃撃によって既に手負いの状態だったそれは呆気なく力尽きるも、続くキメラが獅子鷹に牙を剥いた。
 下準備として黒い塗料で刀と顔を黒く塗っていた獅子鷹だが、獣型キメラ達の「鼻」と「耳」を前に、それは全く障害たりえない。
 それでも獅子鷹は流し切りで敵の四肢を切り裂き一体一体確実に屠っていくものの、唯一接近戦を主体とし、返り血を浴びてより血生臭さを増す獅子鷹にキメラが引き寄せられるのも無理はなかったのかもしれない。
 他傭兵達と少し行動が異なっていた獅子鷹は、同じ個所にとどまらないよう多対一の形を求めて移動を開始。
 その行動が、自らの攻撃行動を減らしてしまったことに気づくのは、後ほど。
「囲まれた‥‥みたいだね」
 その声に表情を強張らせる獅子鷹は、和哉の隣で息切れを起こし、彼を盾にした状態で息を荒げていた。
 それに気付いた和哉は銃撃を止めてサザンクロスを握ると、襲い来るキメラを切り刻む。
(やっぱり‥‥火力、足りてないや)
 迫るキメラの攻撃など、和哉には遠くに望む星の瞬きのようなものでしかない。
 自らに傷の一つも負わせられない弱小なキメラ達を相手どったこの状況で和哉が頭を抱えたのは、「敵に囲まれたこと」ではなく「この数の敵をどう処理するか」である。
 一向に倒れる気配が無い‥‥もとい、かすり傷たりともダメージを与えられない和哉に対し、知能の低いキメラといえど「これ以上少年に攻撃を加えても無駄である」ということくらい理解する。
 そうとなった時、狙われるのは。
「ったく‥‥笑えねえ‥‥な‥‥」
 リズィーの懸命の回復も負う傷に及ばず、獅子鷹が倒れた。

●地獄
 累々と積み上がる死骸の山。
 これだけの数を屠れば、死臭も濃くなり、辺りは地獄と化してゆく。
 血の池地獄の中、第1波を退け、態勢を整えるべく順次休憩を取っていた傭兵達のもとに届いたのは、第2波の報せ。
 獅子鷹の身体を要塞の内部へ匿うと、6人の傭兵達は再び武器を構えた。
 張り詰める空気。そんな中、凛生は自らと逆位置に向かうシグマの肩を軽く叩いた。
 男は、触れた先にある強張った肩に思わず口角をあげる。
「頼りにしてるぜ‥‥?」
 それ以上の言葉は不要だった。傷だらけの掌から想いが伝わる。
 戦いの最中で少し乱れた髪も厭う事なく、煙草の煙を吐き捨てる年上の銃撃手。
 憧れにも似た感情が湧く。彼の想いに、応えたいと思った。

 獣型キメラばかりの中、傭兵達が“それ”に気付くのに、然程労は無かった。
 迫りくる“それ”、秒単位で増す緊張感。遠距離から放つ銃撃も、距離がある間は当たらない。
「来るぞ‥‥!」
 最前衛のシクルの声に呼応するように、“それ”───黒人3名の後ろにいた“少年”は、微笑んだ。
「最後の壁ってくらいだし、骨はあるんだよね」
 黒人は大斧、槍、大剣といった大振りの武器を持ち、いずれも武器の先から赤々とした血液が滴っているのがわかる。
 紛れも無い同胞の血。そうとわかれば、躊躇などない。少年の問いかけに、一発の銃声が応えた。
「繋いだ手を離したからには、ぶん殴られる覚悟もあるのよね?」
 不敵に笑む銀子から放たれたエネルギー弾が、少年の頬を掠めてゆく。
 圧倒的な熱量と速度に、幼い顔から鮮烈な赤がとめどなく流れ落ちた。
「確かに“手は繋いだ”かな。そいつらとか‥‥“新しい腕”に繋ぎ変えてみたりした訳だし」
 少年の笑顔に、銀子は眉を顰めた。
 “冷たい”。温度を感じない。人でないことは十も承知‥‥だが、“あれ”はまるで悪夢だ。
 自らも血を流しながら、血を流す人間たちを見て、体液塗れのキメラの死骸を踏みつける少年。
 思わず、唇を噛み締めた。鈍い鉛の味を知覚しながら、銀子は低く落ち着いた声を捻り出す。
「戦いが必要な事もある。ただ、そこに己が正義も無く、必然性を盾にするのなら‥‥」
 深く強烈な、怒りに似た感情。
 大振りな銃身がコンマ数秒の間に照準を定めると、アスタロトに覆われた指が力の限り引鉄を引く。
「それをあたしは暴力と言う!」
 射出されたエネルギー弾をひらりとかわす少年。その隙に2人の黒人が少年の前に立ちはだかり、残る1人が銀子へ接近。
 だが同時に、近隣のバハムートがその脚部から激しいスパークを散らした。
 黒人と銀子の間へ強制的に割り込んだ淡白色の霧‥‥和哉だ。
 少年に向かって斧使いが横薙ぎに強烈な一閃を見舞う。
 戦線維持の要である中衛の銀子に攻撃が及ばぬよう、大斧を振るう黒人の一撃を和哉がその身体を持って阻んだ。
 驚異的にも和哉本人に然程ダメージは無かったのだが、その強い衝撃には流石の少年もAU−KVごと大きく後方に吹き飛ばされてしまう。
 その一撃の隙。
「前衛はもう一人居るんだ。忘れてもらっては、困る」
 迅雷で滑り込んだシクルが斧使いの足を狙い二連撃を仕掛ける。
 大振りの武器による攻撃は、何より足元と腹が肝要。それを突かれて斧使いは攻撃方向を標的としていた銀子より僅かに左手に逸らされた。
 尚も連撃を叩き込もうと体勢を整え斧を再び振り上げようとした男へ、凛生がその腕目掛けて正確無比に弾丸を叩き込んだ。
 鳴り止まない銃声の中、凛生の漆黒の瞳は暗い闇を宿してゆく。
「停戦中に戦力を蓄えてたってわけか?」
 少年は、投げかけられた問いに目を丸くした。
「こんな玩具が戦力? 君たち人間は相当に脆弱なんだね」
「‥‥玩具、か。随分趣味の悪いガキだ」
 もう一撃、さらに一撃と痛む心を押さえつけながら、凛生の放つ弾丸が黒人の身体を貫通してゆく。
 だがある時、装甲を纏っていたと思われた黒人の腕が、銃撃を受けて弾き飛び‥‥同時に“スパークを起こした”。
「機械の‥‥腕?」
 千切れた箇所からコードが垂れ落ち、それを見たシグマは勿論‥‥リズィーの顔色が、わかりやすく曇った。
「村の人たちの安らかな眠り壊したのは‥‥キミなの?」
 少年は、少女の様子に心底愉快そうな顔で「“どの村”かわかんないけど、そうかもね」と答えてみせる。
 リズィーの大きく輝く瞳が、翳って揺れた。
 けれど、涙などしない。その怒りを力に変えて、リズィーはひたすら堪えて堪えて治療に努めた。
 そうあることが少女の最大の戦いであり、勝利する為の手段でもあったからだ。
「今回の戦いで死んだ全ての人たちに、祈って、戦いに勝ったことを報告するんだから‥‥っ!」
 瞬間。
 少年の前方、体勢を回復した和哉が龍の翼で斧使いに食らいつき、斬撃を見舞った隙にシクルの雷上動から彗星の如き矢が放たれ残る腕を弾き飛ばした。
 しかし尚も駆動する男の足の関節を凛生の銃弾が撃ち砕き、大地へ倒れこんだ身体へと銀子の高火力エネルギー弾が炸裂。
 遂にサイボーグ一体を撃破。しかし‥‥
「シクルーーーッ!!」
 別地点から数発の銃声が木霊した。短い呻き声を、血飛沫が彩る。
 後方から聞こえてきた慟哭にも似た叫び声と同時に、少女がその場に崩れ落ちた。
 1人が倒れたのとほぼ同時に槍使いが動き出したのだ。
 前衛に居たシクルは槍の鋭い一撃を何とか回避したものの、その先で想定外の出来事は起こった。
 突如、黒人の左手がパージされ、中から現れら銃口から数発の弾丸が射出。黒人の身体に仕込まれていたショットガンが、超至近距離から少女の白い腹を食い破ったのだ。

「あー、もうダメかな。テストにもなんないかも」
 激しい交戦の最中、少年がこんな言葉を漏らした。すると、瞬時に黒人たちは攻撃の手を止め少年の後方まで後退する。
「ボク、帰るから」
 停戦協定破棄にもにた、一方的かつ身勝手な言葉。それを残して少年は踵を返す。
「‥‥っざけんじゃないわよ!」
 余りの行為に銀子が、凛生が、シグマが銃撃を続けるが“強力な何かが、銃撃を阻んでいる”。
 それは、彼が紛れも無くヨリシロクラスの戦闘能力を保有しているバグアであると言う証。
 今この戦況では消耗が激しく、奴を相手にするには余りに危険だと皆が感じていた。
「優先すべきは、要塞の防衛‥‥この先に興味が無いヤツを、わざわざ引き留めて戦う義理なんか、これっぽっちも、ないけど‥‥」
 ヨリシロの後方。再び大地覆い始めたキメラの黒影を、和哉の瞳は捉えていた。
「‥‥次は無いよ」
 そうして少年は悠々と戦場を後にした。耳障りなまでに高らかな笑い声を残して。