タイトル:【AS】レッドイクリプスマスター:藤山なないろ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/24 00:26

●オープニング本文


 ───1990年。
 空に、赤い星が輝いた。
 最初にあれを見たとき、人は何を想っただろう。
 興味か、はたまた畏怖だったのか‥‥?
 あの日から、この星の運命は変わってしまった。

●レッドイクリプス
 人類は、バグアという宇宙からの侵略者によって母星を侵され、住まう土地を奪われ、家族を失い、明日というごく近い未来すら闇の中。手探りでそれを手繰り寄せてゆくほかなかった。
 侵略当初、人類側は成す術もなく大敗北を喫した。だが、それでも人は強くあり続け、この星を守る為の努力をいとわなかったのだ。
 「エミタ」と呼ばれる希少金属の発見。
 「スチムソンエネルギーシステム(SES)」の開発。
 入手したバグアの兵器を分析し、カウンタースペルとすべく日々研究を続けた結果は、敵であるバグアの技術を利用した新技術となって次々実を結んでいった。
 しかし、その成果も確実にバグアの侵略を阻むには至らなかったのだ。
 2006年、国連の本拠地であったメトロポリタンXが陥落し、いよいよ窮地に陥った人類がバグアに対するためにSESを『人体に埋め込む』技術を見出すまでは───。

 2011年末、アメリカ合衆国の首都ワシントン。
 というより、“首都であった”と表現するのが相応しいだろうか。そこは既に人の住まう土地ではなくなっていた。
 だが、北米は今まさに大規模作戦が進行しており、戦火の炎がごうごうと燃え上がっている。
 そもそも、北米大陸に展開しているUPC軍は旧米軍を母体とした精鋭。
 地球上でも装備・兵力ともに高い水準にあったにも関わらず、侵略当初はそれを上回る敵勢力の前に劣勢を強いられていたのだ。
 あれから数年。数度に及ぶ大規模作戦。軍のみならず傭兵たちの度重なる攻防の果て、今、北米は最終局面を迎えようとしていた。
 この広大な大陸を、再び人の手に取り戻すことができるか否かは、全てこの戦いにかかっていると言えよう。
 【AS】──【America Strikes back(アメリカ解放作戦)】。
 本作戦は、アメリカ解放にかける全ての人々の悲願であり、夢でもあった。

●America Strikes back(アメリカ解放作戦)
 ワシントン周辺には幾つもの街があったが、やはりそのいずれも首都同様人の住まう土地ではなくなっていた。
 迫りくる侵略者からの脅威を逃れた人々は良かった。だが、そうでないものももちろんある。
 攻撃に崩落するビル。その際に生じた火災。そして‥‥バグアの手にかかり次々落命してゆく人々。
 崩れ落ちたビルの残骸は巨大な墓石となり、人々は無残な骸を晒したまま死に絶えていった。
 瞬く間に“棺”へと成り変った、冷たい街の中で。

「アメリカが最後の追い込みに入って、どうしても人出が足りないの‥‥」
 同僚のオペレーターに頼み込まれ、UPCオペレーターのバニラ・シルヴェスターはある依頼書を手渡される。
「この依頼‥‥?」
「うん。ワシントンで展開中の作戦に向かう途中、目撃した傭兵が居るって聞いたんだけど、別件で手が埋まってて‥‥調査と、場合によってはその処理までお願いできるかしら?」
 バニラは、話半分に頷くと、広げた依頼書に改めて目を通し始めた。
 ワシントンから程無い場所にある廃墟へ複数のキメラが移動している旨の報告があったらしい。
 UPCとしては、その街に特別な何かがある訳ではないと認識しており、周辺の他廃墟と大きく異なる点も見当たらない。
 だが、知能が獣並みでしかないキメラ達がそこに何かに吸い寄せられるように集っているのだと。
「‥‥どうして、だろう」
 考えられる可能性はいくつもあった。
 キメラに知能が期待できない以上、何らか知能を持った存在がそこでキメラを集めている可能性だとか。
 あるいはキメラが吸い寄せられるような何かが突如としてその街に現れたとか。
「その件なんだけど‥‥まだ確かではないみたいだけど、どうやら“人”の姿を目撃した傭兵もいるみたいなの。注意して当たってもらえるかしら?」
「はい。伝えておきます」
 こくりと頷いて、バニラは本部に依頼を掲示した。

●棺の女王
 北米作戦にて指揮官を失ったキメラやワームが、結果として放置され、それが“野良”としてワシントン周辺で暴走を繰り返す被害が相次いでいた。
 それは、“強化人間”においても同様。
 そんな中、ある廃墟に一人の強化人間がその身を寄せていた。
 北米の戦線へ復帰すべく、周辺戦力を回収し戦力を固めた上で大陸を北上しようと考えたのだろう。
 回収したキメラをひとまず逗留させる場所に選んだのが、この棺の街。
 ただ、それだけのはずだった。
「‥‥どこかで、見たことが‥‥」
 棺の街に君臨する女王は、墓標の如きコンクリートのビルを眺め、変色し今にも崩れ落ちそうな民家に眉を顰める。
 刹那、頭部に走る激痛。
 考えてはならない。探ろうとしてはならない。思い出してはならない。
「‥‥痛い‥‥なぜ‥‥」
 蹲る女王におもねるは、腐敗臭漂う獣の兵。
 腐り蕩けた人の顔の横にはもうひとつの獣の顔。人語すら解さぬ知能のそれに視線をやって、女王は小さく息をつく。
 その悪夢のような姿を認めると、自分の目的がクリアになる。やるべきことが、明確になる。
「合流を、果たさねば。戦線に返り咲き、一人でも多くの人類を葬る‥‥それが‥‥」
 彼女の、責務だった。


 ───静謐なり。静謐なり。
 そこは死者の眠りを妨げることのない、闇という静謐なり。
 眠る骸は忠実な僕。女王は棺を抱き、嗤う。
 見上げる空には満天の星。冷たい夜に冴える光。
 巨大な赤が、今、この星を食そうとしている───。

●参加者一覧

エスター(ga0149
25歳・♀・JG
高嶋・瑞希(ga0259
18歳・♀・SN
ノビル・ラグ(ga3704
18歳・♂・JG
アリオノーラ・天野(ga5128
17歳・♀・EL
ファティマ・クルスーム(gb8622
21歳・♀・SN
レオーネ・スキュータム(gc3244
21歳・♀・GD
ベル・ベリー(gc6379
20歳・♀・SF
弓削 火乃香(gc8129
12歳・♀・HG

●リプレイ本文

●The precaution march
「この辺は住宅街‥‥みたいッスね」
 高嶋・瑞希(ga0259)と共に息を潜めながら廃墟の街を探るエスター(ga0149)は、深い紫の瞳で周囲を注意深く探っていた。その隻眼は機械の如く、僅かな異変すらも見逃さない精密さを誇ったが、レンズに写るものは寂れた生気のない建物ばかり。
 本当にこの街にキメラが蔓延りだしたのか?
 そう疑問に思えるほどの嫌な静けさが、剥き出しのエスターの肌を刺す。
「ま、時間までもう少しあるッスからね。気合入れてくッス!!」
 これまでの経験故か当初は不安げな瑞希だったが、エスターに励まされたように強張っていた肩の力を抜く。
「ええ。私も、全力で頑張りますので」
 こくりと控えめに首肯すると、エスターが逃してしまいがちな反応を暗視スコープを以って探り始める。
 空のように澄んだ水色をした瑞希の双眸が夕暮れの廃墟を優しく撫でるように丁寧に確認してゆくが、そこには主無き家々が虚しく残されているだけ。
「‥‥道にキメラの姿が見えないとして。もし建物の中に居るのだとしたら、民家程度の大きさでは多数のキメラを擁するには厳しい、ですよね。ひょっとしたら、住宅街には居ないのかもしれませんよ」
 ふと気付いた瑞希の指摘に唸るエスター。
 家族の帰りを待ち続ける民家の朽ちかけた様子と、時折崩れて墓石のように見えるそれらに苦い感情を抱きながらも、2人は時間ギリギリまで偵察を続けた。
 何処がどの様にどういう具合になっていて、何が有り何が居たのか。
 エスターは決してそれらを忘れぬよう、記憶に一つ一つ丁寧に刻みながら廃墟の町を往く。

 一方。
 アリオノーラ・天野(ga5128)からの提案もあり、風下から密やかに街へ潜入していたノビル・ラグ(ga3704)、ファティマ・クルスーム(gb8622)の両名は住宅街とは別の場所を偵察していた。
 そこは、ファストフード店などがひしめくショッピングストリート。
「‥‥キメラを指揮するヤツが必ず居る筈。ソイツの居所さえ判れば、後は一網打尽なんだケド」
 建物の影や瓦礫に身を隠しながら偵察を行っていたノビルが、誰にともなくぽつりと漏らす。
 確信めいた青年の推察は、未だ確証を得られぬまま廃墟の街へ呑まれてゆく。
 同様に、ファティマもノビルの死角をカバーするよう別方向の警戒や索敵を慎重に続けていた。
「“指揮するヤツ”、か」
 隣り合う青年から発せられた呟きに応えるというでもなく、小さく嘆息するファティマ。
 彼女の胸に去来する思いは、何であっただろう。
(例え敵が人の形をしていても‥‥私には今更の事だ)
 蓄積してきた過去と、自らの足元に溜まってゆく経験。
 越えてきた数知れない“敵”の姿が過れど、表情一つ崩さずにファティマは再び双眼鏡の向こうを求めた。
 そんな中、双眼鏡で何者かの姿を捉えたノビルが、小声でそれを周知する。
「目標確認」
 そこは丁度、地図では大型のスーパーマーケットを表す場所。
 ファティマも同様に双眼鏡を向けると、その駐車場に闊歩する数体のキメラが確認された。
「‥‥見つけた。だが、例の人の姿はないな」
「とりあえず、一旦ズラかろうぜ」

 指定時刻に偵察を切り上げた4名は、廃墟の外で待機していた残る傭兵達と合流を果たした。
 偵察で得られた情報は、街の北にある大きなスーパーマーケットの入口から駐車場辺りに数体のキメラを発見したこと。
 そこ以外で動く者の存在は確認できなかったこと。また、事前情報があった“人”の存在は現段階では確認できなかったこと。
「恐らく、キメラが蔓延ってたスーパーの内部に何かあるんじゃないでしょうか」
 瑞希が得た情報を共有しながら自らの見解を伝えると、そこへレオーネ・スキュータム(gc3244)もぽつりと言葉を添える。
「それに‥‥“例の人”が人間でなければ、それもそこに居るでしょうね」
 アリオノーラは偵察隊の報告を得た後、白い指先で唇をなぞりながら思案する。
 LHや戦場から離れ、彼女自身の目で、耳で、その他彼女の持つ全てで、世界各地の現実に触れてきた。
 想定外に平穏で治安の保たれた場所もあったけれど、結局未だこの大地は赤き星の浸食を受け続けている。
 少女は、この廃墟を前にして、それに改めて気付かされたのだ。
「しばらく世界を回っていましたけど、まだまだバグアの影響は大きいですわね」
 複雑な色を混じらせた吐息は、冷え込む廃墟を支配し始める闇に溶け出していった。

●Destruction
 事前の偵察により、実際の地図とは異なって通行できない場所や、身を隠すのに都合のよい個所などを把握していた為、大きなアクシデントもなくキメラが目撃された場所まで傭兵達は慎重に歩を進められた。
「ちっとばかり、目と耳の準備を頼むッスよ」
 そういって口角を上げたエスターの手には、既にカウントダウンを開始した手榴弾が握られており。
 弾ける瞬間を今かと待ちわびたそれが機を見て放り投げられると、キメラ達の闊歩する駐車場のアスファルト間近で一気に炸裂した。
 強烈な閃光と音が、夕暮れの静謐なる廃墟を支配してゆく。
 強制的に上げられた舞台の幕にその場のキメラたちも完全に混乱した様子で唸り始めていたが、手榴弾の閃光によって目や耳の機能を一時奪われたのは間違いなく、あらぬ方向を向いて右往左往している。
 つまり‥‥
「徐如林、不動如山、疾如風、そして侵掠如火――ま、ちと順番は違うがの、つまりは此処が攻め時ということじゃ!」
 ──今が、最大のチャンス。
 弓削 火乃香(gc8129)が、身の丈ほどもある巨大な重火器を担いでバトルフィールドへ飛び出す。
「さぁ行くぞ有象無象ども! その不細工な面を鉛弾でズタズタにして、さらに見れない顔にしてやるわえ!」
 派手な銃撃を切欠に、戦いが今まさに始まった。
 抱えたM−121ガトリング砲は、その狂暴な口を開けると、火乃香という主の命に従って一挙に弾丸を射出し始める。
 嵐のように打ち出される高速の弾は、まるで獣の咆哮のようにすさまじい音を立てて掃射され、動きの鈍っていたキメラ達へと更なる追い打ちをかけた。
 火乃香の制圧射撃が獣の足を縫いつけ、反撃の余地も与えぬ間に他の傭兵達も次々と攻めの手へ転じてゆく。
 だが、初手の手榴弾により発せられた音と光、そして重火器を使う傭兵達が多く、その戦闘音を聞きつけたのか建物の奥から別のキメラ達が次々と姿を現した。
「仕方がない‥‥」
 味方の銃撃により牽制が効いている今、レオーネは自らも攻撃に転じると、手始めに獅子へとその牙を剥いた。
 人と獣。二つの頭が連なる奇怪な獣へ銃口は寸分の狂いなく向けられ、躊躇なく放たれた弾丸が獣の四肢を次々撃ち抜いてゆく。
 レオーネに飛び掛ろうとしていた百獣の王の名を冠するそれも、敢え無く崩れ落ち、目から生気を失う。
「こういうのも共食いと呼ぶのですかね」
 硝煙の臭いが濃くなる戦場で、レオーネはただ目の前の標的へと銃撃を繰り出し続けた。
 表情一つ変えず、端正な面持ちのままで───。
 銃手の多い本作戦では、如何に接近する前に数を減らすかが第一。
 豹型も獅子型も接近前にあえなく沈み、あっという間に全滅。
 やや体表が固く飛行能力のある龍型は他に比べて骨があったが、瑞希の強弾撃によりそれらも呆気なく大地に叩き落された。
 彼女のアサルトライフルが正確無比に翼を打ち抜き、或いは獣の頭を穿ち、鱗すらも貫通してゆく。
 ただ一つ、問題があったとすれば‥‥。
「誰か、居ますわ」
 盾を片手に前衛を努めていたアリオノーラが、バイブレーションセンサーで捉えた『何者か』の反応だった。
 気付かれた事を察したのか、少女が見つめる先に見知らぬ美しい女が姿を現す。
 刹那、ファティマの眼光が鋭さを増した。
「キメラでは無いが‥‥」
 女が傭兵達へと光線銃を突き付けた瞬間、一同は全てを悟ったのだ。
「‥‥人でも、無いな」

●Rest in Peace
 降り注ぐ銃撃にも怯まず、それを回避しながら強靭な脚力で一気に傭兵達へ距離をつめる女。
 バグア固有の光線銃に加え、この身体能力だ。女が何らか強化を施された存在であることは明白。
「お前達のような敵がいる限り、私の家族は安心して眠れない」
 ファティマの握る回転式拳銃が一際大きく発砲音を立てる。
 女の握る鞭のしなやかな動きは、Gloriaから放たれた弾を叩き落すとそのまま前衛へ向かって振るわれた。
 しかし、それは思いがけないものによって阻まれる。
「盾座などと名乗っておいて、そう簡単に破られる訳にもいかないでしょう」
 ───レオーネだ。
 たて座を司る五角盾が女の強烈な一撃を見事に防ぎ、弾かれた鞭の先は宙を舞った。
 攻撃が弾かれた一瞬の隙を突いて、今度はベル・ベリー(gc6379)が龍の翼で接近。
 スパークする脚部から光と音が弾け、一瞬の内に少女は女の懐に入り込む。
「この怪物共は貴方の家族? 貴方の故郷は宇宙の向こう?」
 無言を貫く女の表情を目の前にして、ベルは彼女の何かに触れたのかもしれない。
 思いがけず少女から漏れた言葉は、哀れみにも似た響きを伴っていた。
「まさか、覚えていないとは言わないでしょう? そうだとしたら、情けないわ」
 そのまま、流れるように龍の咆哮で体勢を崩そうと試みたベル。
 だが、イニシアチブを取ったのは女だった。
「‥‥私は、その答えを持っていないわ」
 行動力も俊敏も相手が上。敵の眼前に一人突出した形になったベルは、まさに格好の的。
 女のしなる鞭がベルの首を捉えて巻きつくと、そのまま大地に叩きつけるように少女の体を引き倒す。
 そこへ残る手に構えられた光線銃が照準を合わせると、ベルのAU−KVに次々と風穴をあけた。
 AU−KVの装甲をも溶かし、さらに奥へと到達する銃撃。その強烈な痛みに、ベルは意識を飛ばした。
 しかし、ベルを相手にしている隙を見過ごすはずも無く。
「――おっと。余所見は命取りだぜ? 女王様‥‥!」
 ノビルのSMGからばら撒かれた弾丸が、圧倒的な力で女の体中に叩き込まれる。
 飛び散る血液の向こう、ノビルが見た女の表情は酷く“人間”らしくあり。
 それは“人間”である傭兵達にとって理解に足る部分があったのだろう。
「この街は‥‥お前の故郷、なのか?」
 思わず口を衝いて出た言葉。
 それでも射出する鉛の雨を止ませることはなく、青年の形の良い指は引鉄を引き続ける。
「もう、解らないの‥‥何もかも」
 鈍色の雨の向こう、ノビルが照準に捉えた女の頬には、一筋の雫が伝っていた。
 言葉とは裏腹に、その一粒の涙が“彼女”の底に眠る真実が何かを訴えかけているようにも思え。
「‥‥もう、十分だ」
 強化人間となってしまった彼女を解放する為の手段は決して多くは無い。
 例えばもし、彼女の故郷がこの町であったとしたら、尚のこと。
 弱り膝を突く女に向かい、エスターが最後の一撃を繰り出そうとしていた。
「Rest in Peace!」
 隻眼の銃士が躊躇無く指を引く。
 数発の銃声が廃墟に響き渡り、女の身体を穿った弾は廃墟の闇の中へ消える。
 丁度夜空には、エスターの持つ小銃の名のように冴え冴えとした冬の月が輝き始めていた。

●Red Eclipse
 救急セットを所持していた瑞希が、ベルのAU−KVを脱がせて迅速に処置を施す。
 どうやら衝撃から意識を失っていただけのようで、安堵したように瑞希はベルの身体をゆっくり起こした。
「具合は、どうですか」
 ベルの目に映っていたのは、夜の闇に身を浸した生気のない街の姿。
(彼女も、あのキメラ共も、この廃墟も‥‥きっと全部、礎ね)
 この廃墟は、ここに再び立つ自由の国の礎。いつの時代も、国は瓦礫と屍の上に立つのだということをベルはよく理解していた。
 瑞希に礼を述べると、ベルはゆっくり立ち上がり痛む傷を抑えながらも敢えて笑みを浮かべた。
「‥‥有意義な日でしたよ、ええ」

「少し、周辺を見てきます。尤も、本件の核らしき強化人間を倒した以上、これ以上ここにキメラが留まる理由もないのでしょうけれど」
 そう言い残して、レオーネは街の最終確認へとこの場を離れてゆく。
 一方、覚醒をといたファティマは右手の甲から消えた紋章を確認して小さく息をついた。
(‥‥敵が人の形をしていても、私には今更の事だ)
 事切れた女の遺体を見下ろして、ファティマは誰に言うでもなくそう心の中で呟く。
 幼少よりバグアはもちろん、人間を相手にしなければならない戦場で育ってきた彼女にとって、敵が何であるかなど些細なことだった。
 ただ、彼女の面倒見の良さが、周囲の様子を鑑みてそれを口にすることを避けただけで。
「‥‥彼女はただ、家に帰りたかっただけなのかも、な」
 涙の痕を伺わせる女の顔は、苦しみや恐怖などの類ではなく、死を得たことによる解放感のようなものを感じさせた。
 ノビルは女の遺体に近づいて跪くと、先ほどまで銃を握っていた形の良い手でそっと女の目蓋を下ろす。
 ノビルはその場から立ち上がると、横たわる彼女を見下ろして祈るように瞳を閉じた。
 そこへ真っ暗な闇を裂くように明々としたライトが彼方此方を照らし始める。
「迎えの高速艇が来たみたいッスね! 忘れ物には気をつけるッスよ」
 廃墟内を最終確認していたエスターが、その光に導かれるようにして皆の下へと帰還する。
 今度こそ、棺の町に本当の安息が訪れる時が来たのだ。
「さて、これでばば様に良い報告ができるの」
 自身の身の丈とさほど変わらぬ巨大ガトリング砲を下ろして背伸びをする火乃香は、どこか満足げな表情を浮かべている。
 彼女にとっての初陣である本作戦は、無事勝利を治めることとなった。
 表には豪快に見える火乃香も12歳の少女である。
 敬愛する祖母へ、なんと言って報告をしようか。それを考え、にわかに頬を緩めると高速艇へと乗り込んでいった。
 1人ずつ高速艇へ姿を消してゆく中、アリオノーラは最後にもう一度だけ廃墟の街を振り返った。
 闇の中、少女の赤い瞳が見つめたものは何だっただろう?
 空には、アリオノーラの瞳と同じように明々とした星が輝いている。
「いずれ戦争が終わったらゆっくり地中海にでも行きたいですわ」
 身を翻してなびいた少女の金の髪が僅かな月光を受けては返し、漆黒に身を潜める街へ柔らかい光を後に残した。

 この戦いが終わるまで、あとどれくらいの犠牲が必要になるのだろう?
 どれほどの血が流れ、命が失われるか‥‥およそ検討もつかない。
 ただ一つ確かなのは、バグアを完全に退けない限りこれから先もっと壮絶な戦いが待ち受けているだろうこと。
 能力者がこれまで戦ってきた理由も、そして彼らのように再び戦線に復帰した理由も、其々だろう。
 戦わなければ人類の未来は無い‥‥その事実を胸に秘めて。
 巨大な赤き星は、今もなお人類を見下ろすようにして煌々と闇夜に輝き続けている。