タイトル:フューネラル マーチマスター:藤山なないろ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/05 00:17

●オープニング本文


 ───スクエアの一角が欠けた。
 それは、現在人間どもが進行中のOperation of Africa Conquest(アフリカ奪還作戦)、その第一段階でのことだった。
 ピエトロ・バリウス要塞になだれ込んできた矮小な塊は、しかし、蟻のように群れて獲物を確実に落として行ったのだ。
 白虎・ゲルトの喪失。なれば、もはやこれは『スクエア』ではない。
 『あの方を四方より護る強固な壁』
 プロトスクエアのなりたちを、遠く振り返るように空を仰いだ。
 あの時の彼の判断は、正しかったと思う。もし自分が逆の立場でも、そうしていただろうと感じるから。
 そこへバリウス様が提言された、先の停戦協定。彼が論じるのなら、あたしにはそれが世界の全て。
 なんなりと受け入れ、どこまでもお傍へ。
 これが、常だった。
 けれど‥‥。
「‥‥僕には、こんなの要らないのに」
 じくじくと疼く何か。
 その正体など解るはずもないが、感傷的なものではないと信じている。いや、信じたい。
 もしそうだとしたら、この星の人間どもと大差ないほど、小さな存在に堕ちてしまったように感じるから。
 完治したこの身体。背からのびやかに羽ばたく翼。
 全てが元通りになったはずだったのに、心だけが時を止めたようだった。
 親指の爪を噛む‥‥否。気付けば、噛んでいた。
 この癖は、『だれ』のものだっただろう‥‥もう、思い出せない。永い永い時を、『ヨリシロ』という体を乗り継いで来たから。
 得た知識や力は次々と蓄えられ、時にそれは異能として、自らの力になってきた。
 奪って、奪って、奪い続けた。それも全てはバリウス様のお傍に在り続ける為、だった気がする。
 どうだったかな‥‥切欠など、どこかの星に置いてきた。

 けれど、ゲルトの死から少しの時間が流れた今。感じる“これ”は何だろう。
 この星で憑依したヨリシロの身体が、記憶が、心がそうさせるのかは解らない。
 あたしが奪ったラファエルという人間の男。
 幼い頃から変わり者で、チェスと本だけが友達のようなつまらない男。
 頭の回転の速さと、蓄えられたこの星の膨大な知識が魅力でとりついたものの‥‥案外、人間らしい面があると解ったのはその身体を蝕んでからだった。
 こんな男にも父がいて、母がいて、そして‥‥たった一人、友と呼べる存在が居た。
 あたしはそんなの興味ないし、どうでもいいと思うのに、「僕」は彼らを殺す事が出来なかったのだ。
 そんな事態はあたしにとってイレギュラーだったから、多分これはラファエルという男の最期の意地なのだろうと感じた。
 不思議な事に、今、それに似た感情が、『あたし』の腹の奥底で蠢いている気がする。
 恐らく、これは「怒り」という名の感情で、同時に「憎しみ」でもあるらしい。‥‥とても、奇妙な心地だった。
 スクエアを想う。ゲルトの死も、それなりに受け止めたはずだった。それなのに。
「‥‥ルト」
 永きに渡る戦を経て人が人でなくなり始めたのと反比例するように、自分が人に近づき始めていたことに気付いて寒気がした。
 弱くなりたくない。
 弱くなることが、恐ろしい。
 弱くなるとは、つまり、あの方の傍に居られなくなる事と同義だからだ。
 既に、スクエアは崩壊した。これまで通りにはならない。自分に、今以上大きな力が必要であると感じる。
 ‥‥新しい体が、欲しい。
 力が欲しい。それも、今すぐにだ。

 在りし日の構図を思い描く。
 あの場に在りながら自分が生き残ったことは確か。そして弔うための遺体はない。
 ‥‥それならば、どうする?

「出撃の準備を」

 あたしは、そう告げていた。
 奏でるのはレクイエムなどでは無い。
 まだ、穏やかになんて、歌えない。


●葬送行進曲【funeral march】


「前方に敵影! その数‥‥30を超えます!」
 UPC欧州軍の駐屯地の一つ。
 そこで、彼らが迎え撃ったのは完全武装したバグアの集団だった。
 いずれも人型をしており、強化人間かヨリシロであることが推察されるが、その脅威たるや。
「‥‥つい先程、以東の駐屯地が半刻足らずで陥落したという報告が入っています!」
「解っている。このまま接近を許せば、1時間ともたないだろう」
「では、どうすれば‥‥!」
 口髭を蓄えた男性は、周囲の視線を身に受け、しばし瞑目したのちに冷静に指示を出し始めた。
「放送を繋げ。駐屯地全てに、だ」
 伝えられた言葉は、こうだった。
「本拠点は、本時刻を以て対プロトスクエア朱雀迎撃作戦を実行する。当作戦には、撤退も棄権もない。命の惜しい者、家族のある者、悔いのある者は、今すぐここより以西の駐屯地へ移動開始せよ。‥‥以上だ」
 ここに残って戦うと言う事は、すなわち死を意味する。
 死を恐怖する心を、誰も笑ったりはしない。臆病が人を生かし、そして好機を掴むチャンスを得るのだ。
 同時に、UPC欧州軍本部へと情報を伝達した。
 敵戦力と、この駐屯地に訪れた最悪の脅威。そして、自らが下した決定を。
「この基地で、敵の情報と目的を暴く。後は‥‥頼む」
 それが、最後の通信だった。
 結果的にその駐屯地に残った軍人は、数えきれなかった。
 積み上げられた屍の数が、散っていった者たちの強い覚悟と悲嘆を強く反映しながら。
 男の首を掴みあげた金の髪をしたバグアは、血走る赤い瞳で呪わしい言葉を吐く。
「貴方がこの駐屯地のトップですか」
 男はもはや口を開けるだけで、そこから呼吸をさせてもらう事も出来ず、少しずつ顔面が蒼白になってゆく。
「ちゃんと本部に連絡は入れた? 強い人間を用意させられる? この一つ隣の駐屯地はかなり大きかったはず‥‥ッ!?」
 首を掴みあげるバグアを睨みつけながら、男は隠していた短刀を、ここで散った全ての人間の無念と怒りを込めて深々と男の左手へ突き立てる。
 しかし、それを最後に、男は手足を力なく垂らした。
「お前みたいな小者に構ってる暇なんて、どこにもないんだよ‥‥!!」
 金の髪をしたバグア‥‥朱雀は、怒りに任せて男の首を切り落とした。
 自らに突き立てられた短刀を、以って。
 撥ねられたそれは、肉の潰れる鈍い音を立てて大地に墜ちる。
 それを見届けた朱雀は、ぽつりとつぶやいた。
「‥‥弱く、なりたく、ない。力が‥‥欲しい‥‥」
 あの方と共にあり続ける為の、純然たる力が。

 むせ返るほどの鉄の匂いが満たした戦場で。
 返り血で赤く染まりきった男の瞳は、体と同じ様に赤く、暗い闇を宿していた。

●参加者一覧

杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
ムーグ・リード(gc0402
21歳・♂・AA
神棟星嵐(gc1022
22歳・♂・HD
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD
藤宮 エリシェ(gc4004
16歳・♀・FC
空言 凛(gc4106
20歳・♀・AA
ティナ・アブソリュート(gc4189
20歳・♀・PN
リズィー・ヴェクサー(gc6599
14歳・♀・ER

●リプレイ本文

●翼の行方
 乾いた大地の匂いはあの日と何ら変わらず、肌を撫でる風の力強さが記憶を呼び起こす。
 藤宮 エリシェ(gc4004)は、自身に言い聞かせるようにそっと胸元へ触れる。
 初めて朱雀がその脅威を示した日から、半年以上もの時が経った。
 あの時、自分の前で朱雀に切り刻まれた青年の事を想い浮かべるエリシェは、
 自分の中に渦巻く暗く苦い感情に気付き、思わず首を左右に振る。
 エリシェや傭兵達の眼前、広がる平らな大地に集結したのはバグア勢約30、傭兵40、計70もの戦力。
 その数の戦力が衝突を開始した戦場を前に、まじないでも唱えるかのように深く息を吸い込んだ。
(‥‥大丈夫)
 思い描く人物の言葉を心の内で何度も反芻しながら、少女は足を踏み出した。
(あの人の言葉があるから、私は私のままでいられる)

「朱雀どこ? ボク、翼が生えてるって聞いてたのに〜」
 リズィー・ヴェクサー(gc6599)が小首を傾げて辺りを見渡す。
 高低差の無いフィールド。眼前に広がる70もの戦力から、たった一人を見つけ出さねばならない。
 異質な翼があれば、それを目星にはできただろうが、事前報告では「いずれも人型をしている」とのことだった。
 ヨリシロは、顔や背丈などの情報が一致し、朱雀であると言う事が断定出来たのだろう。
「情報ニ、ヨレバ、後方ニ、朱雀ガ、イル、ノハ、確実‥‥ソレニ、顔ヲ、見れば、判る、デショウ」
 事前に見張り台から周囲の警戒を依頼していた軍人から、ムーグ・リード(gc0402)に貸し与えられた無線機へ適宜通信は入っている。
 ムーグ達の真っ直ぐ正面、強化人間と傭兵の戦いの向こうにヨリシロが居る、と。
「指揮官が休戦を持ちかけている中、プロトスクエアが命令を無視するとは‥‥」
 神棟星嵐(gc1022)がアスタロトに身を包み、スピエガンドを構えた。
「朱雀をこちらへ誘き出しましょう。ゲルトと同等のヨリシロなら確実に命を絶たねば」

●フューネラルマーチ
 傭兵達は、事前の作戦通り、他の能力者達と協力しながら周辺の強化人間の排除に取り掛かることとした。
 朱雀討伐部隊の面々から放たれる銃撃は周辺の傭兵達の戦いの手助けとなり、着実にその数を減らしてゆく。
 そんな中、事前に傭兵達が危惧していた「強化人間の自爆」は、確かに起こった。
 だが、これも周囲の傭兵達に注意喚起を促していた事が功を奏し、ここまでは甚大な被害を出さずに済んでいる。
 この事態に違和感を覚えた朱雀は顎に指を絡めて思案。
「僕のやり口を知っているような対応だ」
 朱雀にとっては駐屯地へ近づく事なんて容易い。ただ、目的がそれでは無いだけで。
 混戦の中、するすると強化人間らの間を潜り抜け、飛びかかる傭兵を一突きで制圧して、進む。進む。
 そこで漸く気がついたのだ。
 繰り広げられている戦いの奥、見慣れた顔があることに。‥‥恐らく、この手際の良さは彼らの入れ知恵。
 探る様に彼らを見つめていると、ある男と目が合った。誘うように動く唇に、思わず声をあげて笑う。
「‥‥っははは! そっか、よかった」
 この身体に、別れを告げる時が来た。

 突然の出来事だった。
 一人の強化人間が、いきなり傭兵達の元へ放り投げられたかと思うと、敵味方の区別なく巻きこんで爆ぜてゆく。
 爆炎は1度のみならず、間髪開けずに2度目が襲う。
「これは‥‥!」
 ティナ・アブソリュート(gc4189)の手前で巻き起る爆発。
 巻き散る血は大地に広がり、赤い爆炎の中、男が音もなく歩いて来るのが見える。
「気をつけて下さい、朱雀です!」
 くすくすと楽しげに笑う男は両手を垂らし、その先に超高濃度の圧縮レーザー爪が確認できた。
「あ! てめぇ、あん時の!」
 空言 凛(gc4106)はその姿を視認した途端に殺気立ち、かたや朱雀は整った笑顔を張りつけた。
「また会えたね」
 男はあの時と同じ顔をしているのに、血走る眼が瞳を赤く見せている。
 その瞳の余りの迫力に、どこか怖気に似た感情が湧きあがるも、怯む事は無く。
 男を前にして凛は拳を構え、隣に控えていたエリシェも静かにブルーエルフィンを引き抜いた。
 漸く、時は巡ってきたのだ。
「ったく、探したぜぇ!」
 待ちくたびれたと言わんばかりに、凛は自らの拳をぶつけ合い、好戦的に笑う。
「‥‥あ、敵討ちじゃねぇよ。ま、そういう事にした方が燃えるかもしれねぇけどな!」
「どっちでもいいよ。ねぇ、キミは強いの?」
 朱雀が、垂らした両腕を上げる。同時に凛とエリシェは駆けだしていた。
 星嵐、新がそれに続き、ムーグは凛生とリズィーを護る様にして中衛的なポジションから射撃を開始。
「さぁ、遊ぼうぜ!」
 フューネラルマーチ最終楽章が、今、始まる。

●最後の戯言
 バリウスの停戦協定に背き、強化人間を引き連れての強襲。
 杠葉 凛生(gb6638)の知り得る「朱雀」にしては、あまりに短慮で‥‥そしてどこか、切羽詰まった様子が伺えた。
 前方で凛とエリシェの同時攻撃をかわした先、更なる新の追撃を喰らって体勢を崩した所へ、容赦なく銃弾を叩き込みながら凛生は言う。
「アメン=ラーに鞍替えしたか‥‥それとも俺に会いたくなったか?」
 戦場の匂いのせいか、流れる血の暖かさのせいか、自らの手で絶え行く命のせいかは分からない。
 ただ果てなく昇り続ける高揚感が朱雀を饒舌にさせていたのは確かで。
「へぇ、おじさんも冗談を言うんだね。それとも、あいつに鞍替えし得るような魅力でも感じたってこと?」
 翼が無くとも瞬天速ほどの速さを以て一気に前衛を抜き去る。
 そうして音もなく凛生の足元に滑り込んだ朱雀は、彼の瞳から目を逸らさぬまま深く屈んで力を溜め始めた。
「‥‥逆、でしょう? 貴方が僕に会いに来たんだ」
「そうがっつくなよ‥‥らしくないぜ」
「‥‥そうかもしれない」
 屈んだ足に全身の力を乗せて伸びあがり、その勢いと同時に腕を振り上げる朱雀。
 けれどその一撃は、彼の手を意中の人物の血で汚させてはくれなかった。
「バリウスノ、指示、デスカ?」
 朱雀の苛烈な攻撃にも一歩も引かず、凛生やリズィーを庇うように立ちはだかるムーグ。
 青年の血は、生まれたこの大地へと循環する様に静かに流れ落ちていく。
「どう思う?」
 ムーグは口を開くことなく、代わりに彼のケルベロスが吠えたてた。
 確実に朱雀の身は銃弾に抉られ、舌打ちと共に後退を余儀なくされる朱雀をティナの斬撃と星嵐の銃弾が追う。
「バリウスノ、意志デナイ、ナラ‥‥相応ノ、成果ハ、必要ソウ、デスネ」
 淡々とした呟きに、朱雀の眉がきつい山を描いた。
 ムーグの目の前のバグアは、普段は忠実であるにも関わらず、主の意思に背いてまでこのような行動に出た。
 それは相当な覚悟の裏返し。余りに必死な様は、何かを背負っているようにも見える。
「‥‥やっぱり、僕はお前が嫌いだよ」
 思わず朱雀の口をついたのは、以前からムーグへ抱いていたつまらない感情。
 そんな“男”を前に、ムーグはただ何を言うでもなく、ほんの僅かに口角を上げてくすりと笑んだ。

「動きは速ぇけど、バレバレだぜ!」
 凛は、朱雀の目を見て、その狙いや攻撃タイミングを予測し行動に反映させようとしていた。
 しかし、凛自身の素早さもさることながら、彼女より朱雀の素早さの方が上。解っていても追いつけなかった。
 『こいつは、強敵だ』──自身と同じ近接格闘を主軸に戦う朱雀に、凛は思わず口元に笑みを浮かべる。
「エリリン、行っくぜ!」
「はい!」
 繰返し波打つ怒りの衝動に我を忘れぬよう時折胸元を握り締めるエリシェは、再び凛との同時攻撃にかかる。
 朱雀がムーグを相手にしている間に後方へ回り込むと、凛とエリシェは互いに異なる足を狙って接近。
 凛の猫のような瞳が、一際強く輝く。
「落ちな!!」
 何せ、星嵐の銃弾を避けた先への攻撃だ。その攻撃は、確実に入っていたはずだった。
 けれど肉を突く感触の代わりにエリシェの眼前に広がったそれは、禍々しいというより美しいとすら感じる鮮烈な赤。
「‥‥赤い、翼‥‥!」
 それは一度だけ羽ばたくと、すぐさま主の身体を大地へ帰し、気付けば凛とエリシェの後方に位置していた。
「残念、ちょっと遅い」
 朱雀の右手はエリシェの背へ、左手は凛のわき腹へと突き立った。
「連携は、自分と同等の素早さを持つ人物とやるといいよ」
「‥‥っ!」
 膝をつくエリシェの口から、血が溢れる。朱雀の笑みに、エリシェは狂気を見た気がした。
 けれど、その危地に追撃を懸念した秦本 新(gc3832)が竜の翼ですぐさま割り込む。
「直にリズィーさんが来ます、もう少し耐えて下さい」
 庇うように立ち槍を構える新の後ろでエリシェは咽返りながらも何とか立ち上がると、後方からリズィーが練成治療を発動させた。
「痛いの痛いの飛んでけ〜!」
 危険すぎる前線での戦いに、リズィーは小さな手を休めることなくただひたすら能力を酷使し続けていた。
 限りある自身の体力を削り取ってでも相手に分け与えるように。
 必死に、一意に、祈る様に少女の身体は何度も何度も淡く光を発する。
(お願い、お願いだから‥‥っ)
 もう誰も死なせない、死なせたくない。ただその一心で。
 まるで何か大きな恐怖から逃れるかのように、リズィーは瞳を閉じて手を重ね合わせていた。

 一方、体勢を立て直した凛も負けじと朱雀の爪を引き抜き、そのまま相手の腕を掴んだ。
「はっ、漸く、根っこ掴んだぜ‥‥」
 あいた拳から、アリエルが更なる一撃を繰り出すと、それは朱雀の鳩尾に叩き込まれる。
 その衝撃を呑み込むべく、翼を打ち体勢を整えようとすると、その瞬間を狙ってムーグや凛生の追撃が迫る。
「‥‥上手いこと考えたもんだね」
 傭兵達の連携に舌打ちをして、散る羽を厭う事もなく朱雀は再び爪を構えた。
 そこへ、リズィーの全行動力を注ぎ込んで行われた治療により、エリシェが再び立ち上がる。
 まだ、元通りの体力とは言い難いが、それでも少女は剣を握った。
「私に‥‥強いとは何なのかって、聞いたのを覚えてる?」
「どうだったかな」
 薄ら笑いを浮かべ吐き捨てるように言う朱雀へと、向ける切っ先は鋭く。
 エリシェは、体勢を立て直した凛と並び、再び二人で攻撃態勢に移行する。
「強さとはここに‥‥大事な人が居る事。その人の為に生きようって思える事よ」
 胸元を握り締め、揺らがない心のままにエリシェは走り出した。直ぐ後に、凛が追いついて来ると信じていたから。
「‥‥大事な人、ね」
「ラファエル‥‥あなたに『人』の強さを教えてあげるわ!」
 眠り続ける青年。彼を案ずる人達の想いを乗せ、渾身の円閃を繰り出すエリシェ。
 そして僅差で追いついた凛が、今度はエリシェの攻撃を待つことなく同時に連撃を放った。
 ただその時、朱雀が力を溜めていることに、気付いてしまう。
「その理論でいけば、“私”は強いよ。きっと」
 振り抜かれた剣は朱雀の足を斬りつけ、そして凛の拳は確実に朱雀の胴部へ入ったはずだった。
 けれど手応えを実感する直前、朱雀の周りに多量の赤が散り、二人の少女が崩れ落ちた。
「ほらね?」
 “私”。
 先程と様子が違うことは、僅かな口調の変化に感じられた。
 それこそが、“彼女”の本性であり、恐らく本番の始まりなのだと気付く。

 あの地で戦友を踏みにじられた怒りは、未だ胸の内から消えることは無く。
 そして今また、エリシェと凛が目の前で倒れた。
 震える程の強い怒り。だが、それにも冷静さを欠く事なく、新は朱雀の本質を暴こうとしていた。
「停戦中、襲撃に戦略的な価値は無い。それに、あれだけの戦力で襲撃をすれば討伐に能力者が集まるのは必然」
 徐々に迫る確信を掴み損なわないように、慎重に確かめるように。
「お前は、何を狙う?」
 新の思考はもはや“ある結論”に達していたのかもしれない。
 あとは、朱雀の反応一つ。そこで真面目に答えがかえるとは思ってもいなかったが。
「見当ついててそう訊いてるんでしょ」
「‥‥!」
 振るわれた槍を寸での所でかわすと、それを3本爪で抑え込む朱雀。
 そのまま流れるようにもう片方の爪で新の左肩から袈裟切りを仕掛けると、新の返り血を浴びて笑う。
「キミも悪くないんだよね。万能型で対応力があり、頭の出来も良さそう。身体‥‥くれるならもらうんだけど」
「誰が‥‥ッ!」
 ここで漸く傭兵たち全員の認識が一致した。朱雀襲撃の本来の狙いが、次の身体であることだと。

●膠着から
 乱れぬ朱雀の攻勢を突き崩す何かを得る為に、星嵐が行動に出る。
「貴公はあの時、戦わずして逃げた。例えそれが傷を負っていて戦えない状態だったとしてもゲルトが死ぬと知っていながら見殺しにした!」
 挑発に対し、朱雀が僅かに反応を示す。
 顔を動かす事は無かったけれど、視線だけ、僅かに星嵐へと向けたかと思うと、その身体は恐るべき速度で星嵐へと向かう。
 冗談半分でしか会話をしなかった朱雀に対し、この挑発は非常に効果的だった。
 加速する相手に、武器を持ち替えインファイトで挑む星嵐の手には凄皇弐式。
「いい加減、大人しくして欲しいですね!」
 朱雀までの射程は、ゼロ。間近に控えたその男から、想像も出来ないほど強い気勢が感じられる。
 星嵐は迎撃とばかりに上半身を狙い、刃を振るう。
 けれど超濃縮のレーザーブレードは、朱雀の手甲より伸びる3本爪の間に完全に受け止められ、同時に朱雀のもう片腕の爪が星嵐の腹部へと繰り出された。
 星嵐はその攻撃を弾くことが適わないと見て、咄嗟に受けの判断をするが、しかし‥‥、
「その口を閉じて」
「‥‥ッ!」
 朱雀の爪は星嵐の受けた左腕を貫いた。強烈な爪のレーザーに肉の焼ける匂いすらも感じる。
 それでも星嵐は刀を強く握りしめたまま、青紫色の刃を残る腕で再び振り被った。
 だが‥‥イニシアチブは、完全に朱雀が上。
「お前らが私の事を何と言おうと、どうでもいいよ。けど‥‥その口で、ゲルトを語るな。彼の決断を侮辱するものは、何であっても許さない」
 朱雀は一度手を引き抜くと、今し方貫通させた腕を払いのけて、胸部目掛けてレーザー爪を突き立てた。
 短いうめき声の後、星嵐の握っていた刀から刀身は消えさり、刀の柄が土の上へと落下。
 そして星嵐自身も、そのまま柄と同様に大地に崩れ落ちた。
 しかし。
「‥‥させ、るか‥‥」
 星嵐は、途絶えそうな意識の中、それでも朱雀の足を掴んだ。
 まだ息があった事に辟易しながら、朱雀は掴まれた足を振り抜いて後方へ星嵐を蹴り飛ばすと、そのまま星嵐へ走り込む。
 その狙いは星嵐の命。
「一撃で殺せなくて、悪かったね」
 起き上がることが出来ず空を仰ぐ星嵐の心臓へと、まるでギロチンの様に断罪の一撃が振り下ろされる。
 多くの者が朱雀に対し挑発を仕掛けていたこの作戦。
 釣り出しに成功した際、その挑発によって朱雀から集中狙いされるものを護ることに意識を向けたものは少なく。
 反応出来た2名の内、このタイミングではたった1名だけが、その危機に駆けつけることが出来た。
「‥‥もう、ボクの‥‥前で‥‥人が、失われるのは‥‥嫌、なの」
 倒れた星嵐に畳み掛けられる追撃に反応して、走り込んだリズィー。
 少女の色素の薄い整った唇から、一筋の血が伝う。
 盾がまるで紙の様に貫かれ、腹部に感じた痛みと熱は身体中を駆け巡ってリズィーの思考を奪ってゆく。
 けれど、少女は懸命に立ちはだかった。命の重みを噛み締めて、護るべき命を生かす為に。
「‥‥皆、生きなきゃ‥‥いけな‥‥」
 必死に睨みつける少女の目の強さは、倒れる直前のそれとは思えない程の気魄で朱雀の気持ちを押す。
 だが、やはり力尽きて朱雀の腕へ倒れかかると、リズィーはそこで意識を手放した。
 少女の小さな手から、握りしめていた超機械「ビスクドール」がするりと落ちて地面に横たわる。
「馬鹿な子」
 朱雀は、自身の腕の中に倒れた少女を見下ろすと、とどめを刺すでもなく大地に放り出す。
 気付けば、星嵐への激情は、リズィーのその行動に免じるようにして沈まっていた。
 むしろ、その少女の姿に驚きと戸惑いとある種の痛みを感じた事は確かで、
 思いがけずに感情がかき乱される。気持ちが溢れかえり、言わずには居られなかった。
「‥‥たった一人を守る為になんて‥‥馬鹿げてる。こんな、弱いくせに」
 まるで自分に言い聞かせるような言葉を吐き捨てて、朱雀は瞬時に後退し体勢を整える。
 ふと、目にしたリズィーの顔。閉ざされた瞼の縁に、涙の痕が伺えた。
 少女の気持ちに、何かが酷く揺さぶられる。
「でも‥‥」
 あんたの気持ち、解らなくもない。
 倒れた少女へそう告げようとした口を、強く唇をかみしめることで意識ごと律した。

●揺るがぬ覚悟
 前衛を狙った攻撃へリズィーが飛び出したことは、他の前衛達にとって想定外だった。
 「リズィーが狙われたら護るように立つ」と考えていた傭兵達も、彼女が狙われていない攻撃に対してはノーマーク。
 想定の範疇を越えており、咄嗟に動くことが出来なかったのだ。
 結果、小さな癒し手は自らを犠牲にして倒れた。
 その存在を欠く事は傭兵全員から命綱を奪う事と同義で、傭兵達に一層の緊張感が走る。

 ティナは仕掛けた一撃がかわされた瞬間、妙な感覚に気付く。
(返り血と手甲で気付かなかったけど、刺し傷によって負傷している?)
 他者の攻撃には見られないが、ティナの攻撃にのみ僅かに左の反応が鈍るのが感じられた。
 刀剣による攻撃に、心理的影響が? などと、考えている暇なんて無かった。
 気付いたらすぐ行動に移さねば、此方はもう後がない。仲間の連携で朱雀が体勢を崩した先へティナが走り込んだ。
 ティナが思うのは、先に散って行った多くの命。
 先の駐屯地で我が身を犠牲にしながらも、未来への希望を託して命を賭した者たちの事だった。
 彼らは自分達の死が決して無駄ではないと信じていた。
 次へ繋ぐ為に払われた犠牲は、決して無駄になんてしない。
 元軍属だった者として、彼らの覚悟に報いる為、ティナは決して振り返らず、迷うことなくランドグリーズを振り被る。
「こちらの名を名乗る事は普段無いのですが‥‥」
 これを覚悟の証として、この名を背負い戦い抜くと、彼女は誓った。
「ファティナ・フォン・アイゼンブルク、参ります!」
 躊躇のない踏み込みで振り抜かれる一閃は、思いの外強烈に叩き込まれた。
 狙われた左腕をなんとか庇うようにして受け止めようとした朱雀の右腕が、ティナの初撃で上に弾かれる。
「‥‥綺麗な名だね、ファティナ」
 けれど、それすらも楽しむようにして朱雀はされるがままにティナの次の一撃を“待って”いた。
 弾き上げた右腕、手甲の裏を晒した所を、二連撃による後続の一撃が突く。
 ハミングバードの啄みが、鮮烈な赤が散らした。
 けれど朱雀の右手は血を流す事すら厭わず、バードの刃を握りしめて固定すると、ティナの腹部を蹴りつける。
「“私”も‥‥普段は名乗らないけど」
 想像に難いほどの行動力で更にもう一撃、もう一撃と足技が叩き込まれて足元がふらついた所へ、朱雀がティナの耳元へ唇を寄せる。
「貴女には本当の名を教えてあげる」
「‥‥離れなさい‥‥!」
 ランドグリーズの刃を返す一撃は、回避して飛び下がる朱雀を前に空を斬ったけれど。
 ティナが聴かされた朱雀の名は、この星の言葉では表す事が出来ない美しい音色をしていた。

(朱雀の勢いが衰えた? 強化人間も、確実に減っている)
 それを朱雀も把握しているのか、徐々に焦りの色が浮かび始めていた。
 焦燥感に気付いた新は、今しかないとばかりに踏み込み、鬼火を繰り出す。
 だが、それをすり抜けた朱雀は、体力に後が無いと見た新の身体へと3本爪を突き刺した。
「キミは、ここでチェックメイトかな」
 笑う朱雀。だが、槍を捨てその腕を掴んだのは他でもない新だった。
 この機を逃すまいと必死に食らいつく新は、朱雀の退避を許さぬまま、竜の咆哮を発動。
「此処が‥‥お前の、終わりだ‥‥」
 放たれる衝撃は、直撃を免れなかった。
「報いを受けろ‥‥朱雀ッ!!」
 絶え絶えの息とは裏腹に、新の瞳には固い意志と強い願いが見えた。
(どうか‥‥)
 猛火の竜騎兵の意識はそこで途絶えた。けれど、ここからが最後の攻撃の始まり。
 倒れ行く男の咆哮が轟く先に、既に走り込んでいた影。
 褐色の肌に流れる自らの血も顧みず、ただこの地を想い続け苦汁を呑んできた男と、その傍に在り続けたもう一人の男の姿があった。
 背後の男の気配を察し、体勢を立て直す朱雀。だが、その1行動が極限の戦いにおいて命運をわけた。
 その隙を、許さずに畳み掛けられる攻撃。ムーグが振りおろした銃把による天地撃で地にめり込む朱雀。
「これ以上の犠牲は許しません。散りなさい‥‥!」
 そこへ駆け込んだティナが剣を振るい朱雀の腕を切り裂くと、次いで凛生が朱雀へ掃射。
 数えきれない銃声が鼓膜を振るわせ、耳も心も何もかも麻痺していくようだった。
「限界突破は、しないのか」
 怒涛の攻勢の後、余りに静かな朱雀を見下ろして凛生が問う。
 刺し違え覚悟の限界突破を警戒していた凛生だが、朱雀はそれに声をあげて笑った。
「‥‥っは‥‥一緒に、しないで‥‥」
 笑い声は咽返る瞬間に途切れ、苦しげな声に変わる。全身から止め処なく流れる血は両翼の色より暗く濃かった。
「お前達に嘲笑われようと、この足掻きを無様と罵られようと‥‥」
 “女”は、襤褸切れの様な身体を引きずって、立ちあがる。
「私は、愛する人の為に諦めない。傍に在る為に必要なものを、守り抜く術を得ることを‥‥手放さない」
 その瞳から、強い光だけは消えぬまま、死の匂いだけを漂わせて。
「死ぬぞ、お前」
「‥‥私は‥‥」
 逡巡。
 躊躇いの息が零れ、けれど腹を括ったように最後の力で朱雀は凛生に接近。
「‥‥私は、私の尊厳を、捨てずに生を全うする!」
「そうか」
 凛生が放つ弾丸が、大地に木霊した。

●願いごと、ひとつ
「最後ノ、一言ヲ、聴こう‥‥」
 突きつけられる拳銃の照り返す、冷たい光が見える。
 元より何も言う気はなかったし、そもそも人間どもに理解出来るとは思えなかった。
 けれど、再三私の前に立ちはだかった厚く巨大な壁は、私を見下ろしてそう言うのだ。
「セメテ、縁ノ、人物ニ、伝え、ラレル、ヨウ」
「‥‥何、を‥‥」
 男の鳶色の瞳が見えた。
 そこに伺える混沌とした色に、私は死を想起した。もはやこの翼は、私を空へ還す力もなかったし。
 死ぬとは何もなくなること。いざ目前に控えた所で、死が恐ろしい事に違いなかった。
 プロトスクエアの同胞を残して逝くことも、そして‥‥
(あの人の事を、これから誰が守るのだろう)
 停戦協定に忠実な勢力と相反するように、戦いを推し進める勢力は存在している。
 もはや敵は人類だけではないのだ。
 あの人をあらゆるものから守るには、私がもっと、強くならなければいけなかったのに。
 けれど、それよりも‥‥もう二度と、あの人に会うことができなくなると思うと、なぜだか涙が溢れた。
 天を仰ぐように倒れる私の瞳の縁から、乾いた大地へとめどなく雫が滑り落ちる。
「‥‥様‥‥‥‥私‥‥は‥‥」
 声はもはや、絶えず口から吐き出される短い呼吸に遮られ、言葉にはならなかったけれど。

 ───いつまでも、貴方のお傍に。

 渇望するように伸ばした腕は宙を空虚に掠め、一発の銃声と共に力無く落ちてゆく。
 赤き翼は、もう二度と大空を舞う事は無かった。

●人とバグアの境界線
 いつしか、燃えるような夕陽がその身を沈める頃になっていた。
 死亡した傭兵の遺体が丁重に扱われる中、強化人間達の遺体は纏めてゴミの様に処理されていた。
 バグアに奪われたとはいえ、「元」は同じ地球の人間であるにも関わらず、だ。
 違う星の異生物。
 背から羽を伸ばしたラファエルは、死後もその遺体を弄ばれていた。
 気味悪がるだけならば、まだいい。
 その赤い翼へと興味本位で触れるにとどまらず、背中を向けさせて衣服を剥ぎ取り翼の生え際を撮影するものや、
 羽を引き抜いて弄ぶものなど、ごく一部の軍人による愚行は尽きない。
 大地を舐めるようにうつ伏せにされた遺体は、尊厳を守って死んだ者に対し、あまりに見るに堪えない扱いだった。
 恐ろしいのは、異星からの侵略者であるのか?
 極限状態に置かれ、永きに渡る血生臭い殺し合いで、すり減ってきた人間であるのか?
 人とバグアの境界。生前、朱雀が苦悩したものはそこに在ったのかもしれないが、それは誰にもわからないまま。
「いい加減に‥‥しろ‥‥ッ!」
 羽を毟る軍人を殴りつけたのは、凛だった。
「お前、そんな身体にされておいて、こいつを庇うのか!?」
 殴られた軍人はわめき、そして周囲の者たちは凛の動向を固唾をのんで見守る。
「この傷も‥‥それに、コイツに戦友をやられたこともあった。けどなぁ!」
 負わされた傷は余りに深く、凛自身も立つことすらやっとの状態だった。
 けれど軍人の胸倉を掴みかかり、凛は訴える。
「つまんねぇことすんな! 死んでったヤツらに恥ずかしいと思わねぇのかよ!」
 凛のすぐ傍にいたエリシェは、ラファエルの遺体に近寄ってゆく。
「‥‥もう‥‥やめて、ください」
 おぼつかない足だが、しかしその気迫は周囲の軍人たちを後ずさりさせるに十分で。
「朱雀にも‥‥命を懸けても傍に居たい大事な人がいて‥‥『心』があったの‥‥」
 奪い続けた異星の怪物に畏怖を感じていた力を持たぬ者たちの気持ちも、決して解らなくはない。だが‥‥。
「例えどんなに人の命を奪ったとして、死した今辱めることに何の意味がありますか? それでは、バグアと同じです」
 朱雀の想いに触れたエリシェの目には、彼女を討った喜びとは違う、涙が溢れていた。
「‥‥馬鹿にするなよ、ガキ共」
 唇に挟んだ煙草へ火を灯す凛生の瞳は、彼らを見てはいなかったけれど。
「確かにそいつはヨリシロで、人類を脅威に晒した何より憎むべき存在。まるで同情にも値しないが‥‥」
 深く吸い込み肺を満たす煙は、いつもより僅かに苦い味がした。
「今のお前達より、余程人間らしかった」
 凛生は、これまでの事、そして真新しい記憶では新宿での事件を通して実感したことがあった。
 彼の中に生まれたその感情の形を何と表現するのが正しいのか、それは非常に難しい事だったが、
 絶望や憎悪に呑まれず、再生を信じることができたのは彼の存在があったればこそ。
 この“生”を実感する為に、凛生は先程駐屯地の方へ呼ばれた青年の元へ向かった。

『いや、実に素晴らしい戦いぶりだった。特にあの薄気味悪いヨリシロへ放った咆哮からの天地撃は美しかったな。後ほど、小星章を‥‥』
 ‥‥そんなものが欲しくて命を奪い合った訳じゃない。
 言葉少なに部屋を辞したムーグは、後ろ手で扉を閉めると感情を押し殺したような息をつく。
 妖鳥がなぜ狂ったかは、解らないままだった。
 ふと視線をやる廊下の窓、その向こうに見えた赤い空は、あの翼を‥‥彼女を想起させる。
(ただ、彼女の願いと私の願いは平行線だった)
 それだけのこと。そう言い包めるには、あまりにも沢山の命が奪われ過ぎていた。
 この手でその命を奪った事に少なからず縁を感じながら、屠った“女”の言葉を深く胸に刻み込んだ。
「‥‥ムーグ」
 振り返れば、そこにあったのは凛生の姿。
「死なずに済んだな」
 不敵に笑う凛生に、ムーグは俄に口角を上げた。
 戦いが終わればこんなにも穏やかな青年だが、彼は未だ苦しげな顔をしている。
 彼の故郷であるアフリカの大地が、人類の元へ還るにはまだ少しの時間が必要だからかもしれない。
 凛生は何も言わず、ムーグの腕をそっと叩いた。ある実感を、噛み締めながら。
(‥‥お前が俺の居場所だ)
 そうして、二人は足を踏み出す。また次の戦場へと、その歩みを止めることなく。

「ええ‥‥秦本新は、私ですが」
 駐屯地で手当てを受けていた新の元に届いたのはある報せ。
「此度の戦いぶりを称し、朱雀対応部隊から2名、貴方とリード氏に小星章を授与することが決まりました」
 新は、まるで歓迎しないと言った雰囲気のまま、硬い表情で通達を聞いていた。
(‥‥彼らの目には、そう見えるのか)
 朱雀や今まで関わってきたバグアのこと。そして、人間たちの現実。
 様々なものを見てきた中で、新は未だ己の在り方について手探りの日々を送っていた。
 悩みそれでも生きる、多くの葛藤と折衝を経て辿りついた今という時間。
 手放しで喜べる心境ではなかったけれど、続く言葉に耳を傾ける。
「また先刻、貴方と藤宮氏、空言氏宛てに言伝を預かりました」
「何方からですか」
「ジョエル・S・ハーゲン傭兵大尉より『先程、眠り姫が目覚めた』とのこと」
 部屋を去る軍人の背を見送りながら、新は思わず口を覆った。
 ゆっくりと瞼を閉じ、戦友らの姿を想い浮かべながら、深く吐き出す呼吸。
「‥‥長かった」
 抱えていた暗い感情を丁重に腕から降ろす様に、けれど呟かれた言葉は短く。
 表情を隠すようにして、青年はそのまま白いベッドに傷だらけの身体を横たえた。

 遠く、地平線に沈んでゆく太陽が炎の様に赤々として、世界の全てをその色に染めてゆく。
 逆光に黒々と映える木々や大地はまるで切り絵のようで、酷く幻想的な光景を見せるアフリカの大地。
 やがて消えゆく太陽の手をとり、闇が静かに満ちてゆく。
 愛すべきこの星がいつか我々の手に還るまで、
 人は奪われたものを力で奪い返そうと足掻き、そして新たな犠牲を払い続ける。
 何を背負ってでも訪れるべき未来の為に。
 そして我々の子孫の為に、まだ、その手を休める事は許されないまま───。