タイトル:ワールドウェイクマスター:藤山なないろ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/08/08 22:54

●オープニング本文


●Glissando ─再録─

 オーストリアの首都であり、そして音楽の都と呼ばれる街、ウィーン。
 多数の音楽学校を始め、世界きっての名門オーケストラや国立歌劇場を擁するこの街は、音楽と切っても切り離せない関係にあった。
 音楽のみならず、全ての芸術家を国を挙げて支援するその国柄や姿勢は、まさに芸術家たちのユートピアでもある。
 その街に、ある年、一人のソプラノ歌手が生まれた。
 奏でられるリリック・ソプラノの抒情的な様。
 軽やかで心地の良い高音が、聴く者の耳も心も掴んで離さない。
 熱狂的なオペラファンによる支持もつき、現役時代はフルートにすら匹敵する最高音域までも奏で、様々な役を歌いこなした。
 素晴らしい、歌い手だった。
 だが、その人物も今では───。

 4月某日。
 ジル・ソーヤはザルツブルグのとある音楽学校跡地に足を運んでいた。
 そこは、元々音楽学校があった場所。
 今ではその名残りもなく、生々しい戦火の痕がコンクリートで蓋をされたようにも見えていた。
 音楽の道を志した前途ある若者たち。そして彼らを指導する熱心な教育者たち。
 ここで亡くなった人々の命をいつまでも弔い続けるように、敷地の中央には慰霊碑が建ち、静かにその地を見守り続けているように思えた。
 そこへ勃発したキメラの襲撃。
 それは、新たなバグアの襲撃を示しているのか、或いは、以前この地が滅ぼされた際の敵勢力が残存している事の証なのか‥‥真実は、解らないまま。

 あれから約3カ月が経った今。
 ジル・ソーヤは、再びこの地を訪れていた。両手に、抱えきれない程大きな花束を携えて。
「‥‥皆、今年も夏休みが来たよ」
 少女は、慰霊碑を前に泣き笑いの様な表情を浮かべる。
 懸命に笑おうとして、明るくあろうとして、けれど自分の心情を抑えきれないように目の縁に涙の雫が溜まって行く。
「9月になったら、何年生かな? ううん。皆、卒業してたはずだよね‥‥」
 ぱたり。
 陽光に乾くコンクリートの大地。重力に従って落ちた涙は、またたく間に気化していった。

●ジル・ソーヤ

 思えば、人生とはジェットコースターの様なものだった。
 幸せに進む緩やかな道。そこには、父がいて、母がいて、弟がいた。
 先に続くレールがどんなものかわからないけれど、この絆があれば何事も乗り越えられると思っていた。
 けれど、レールの先にはただ緩慢な幸せがあるだけで無い事を知ったのは、いつのことだろう。
 母の死。相次いで訪れた弟の事件。
 ぐらぐらと不安定だったあたしを置いていくように、父も世界から消えて行った。
 急転直下。
 漫然とした人生なんて、ない。
 みんな、そんな人生を乗り越えて、今を生きているんだと、知った。
 仕方がないよ。
 ‥‥だって、戦争中なんだから。

 周囲の人達は、皆同情するような視線を浮かべていた。
 このご時世、そんなに珍しい事じゃないのに。
 そんな風に何度も自分に言い聞かせて、あたしはそれでも前に進んだ。
 自分だけ辛いんじゃないし、辛い顔してても良い事は無かった。なら、笑ってた方がよほど良い。
 それに、幸運にも、あたしには能力者としての力があった。
 エミタの適性は、あたしが自分の足で生きていく為に神様が与えてくれた贈り物なのだと思う。
(本当はちょっとだけ、父があたしに譲ってくれた力なのかもと、心のどこかで思っていたりもする)
 だから、この仕事についていれば一人でも困らない。
 ──10代半ばでこの世界に放り出されたとしても、何も、困ることはない。何も‥‥。

 けれど、人生はそんなにしんどいだけの物でも無くて。
 捨てる神あれば拾う神あり、なんてことわざもあるように、良い出会いもあった。
 人との縁には存外恵まれていて、特に、あたしをハーモナーとして被検体に選出した研究者の「センセイ」との出会いは、あたしを大きく変えてくれた。
 そのハーモナーの研究も終わり、今年の頭、再びあたしは傭兵として戦場に立つことになる。
 ファイターではなく、ハーモナーとして───。

●そして、世界は目覚めを迎え。

「親バグア派の組織‥‥?」
 4月の依頼の後。
 キメラの討伐を終えて本部へ報告に訪れたジルは、オペレーターのバニラ・シルヴェスターからある噂を聞いた。
「確証は無いのだけど‥‥どうやら最近、オーストリア国内でキメラの被害が相次いでいるみたいで」
「それを手引きしているのが、その組織、っていうこと?」
 ジルのたどたどしい問いに、バニラも言いにくそうに苦笑いを浮かべる。
「さっきも言ったけど‥‥まだ、噂の状態よ。ただ、そういう情報が一部届いていると言う事だけ、ジルちゃんに伝えておくわ」
 あの国は、貴方の大切な故郷でしょう。
 バニラはそう言って、ジルの手をとった。
「うん。ありがと」

 故郷について不穏な情報を耳にしたジルは、当初こそ動きが鈍かったものの、少しずつその情報を集め始めることにした。
 判明したのは、オーストリア国内で最近キメラの活動が活発化していた事。
 更に、調べを進める内に『ある事実』に気付いたジルは、首を傾げる。
「‥‥どうして、あたしの知ってる場所ばっかりなんだろう‥‥?」
 オーストリアも決して狭い国では無い。同じ国内とはいえ、いくつもの州があるのだ。
 それに、ジル・ソーヤは傭兵である事を除けば、19歳のごく普通の少女。
 生まれた州の事だけでなく、国内のすべての地域について縁も知識も深いという訳ではない。
 なのに、ここ最近で同種のキメラが確認された場所は、全て『ジルが見知っている場所』だったのだ。
 否、知っているどころか‥‥。
(‥‥お父さんやお母さんたちと一緒に行った場所ばっかり)
 思い出すのは、幸せだったころの記憶。今は亡き両親の姿と、離れた地に暮らす一般人の弟を想う。
 あの頃は、家族4人が共に居た。不安なんか1ミリもなくて、ただただ先の輝かしい未来を描いて、笑い合っていた。
 思わず喉奥からこみ上げる熱くて痛い何かを堪えるように、ぐっと息をのむ。
 今は、泣かない。泣く時じゃない。
 そう言い聞かせながら、普段使わない頭でジルは必死に考える。考える。考えて‥‥考えた。
「どうして‥‥? お父さん‥‥お母さ‥‥」
 様々な想い出と疑問が湧き出して、溢れて、あっという間に感情が押し流されてゆく。
 強い波の中、思わず耐えきれなくなった瞬間。
 そんなジルを叱咤するように、バニラの一通のメールが飛んできた。
「え‥‥?」
 その内容に動揺したジルは、慌てて彼女に電話をかけ直す。
『ジルちゃん! オーストリアで、また、キメラが‥‥!
 場所は、ウィーンの国立歌劇場付近よ。ごめんなさい、貴方にとって酷なのは解ってるわ。だけど‥‥』


 やはり、そこは少女がよく知る場所だった。

●参加者一覧

ベールクト(ga0040
20歳・♂・GP
夢姫(gb5094
19歳・♀・PN
ユーリー・カワカミ(gb8612
24歳・♂・EL
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD
サーシャ・クライン(gc6636
20歳・♀・HA
黒羽 風香(gc7712
17歳・♀・JG

●リプレイ本文

●再会
「ジルお久〜♪ 今回は一緒に頑張ろーね」
 久々の再会に屈託のない笑顔を浮かべ、サーシャ・クライン(gc6636)がジル・ソーヤに手を振る。
「あ、サーシャ! 一緒できて嬉しい、がんばろー」
 少女に釣られて自分まで笑顔になりながら、ジルは同様に手を振り返す。
「‥‥でも、無理はしないように! あたし支度してくるから、また後でね」
「ん、いってらっしゃい」
 サーシャと別れて艇内からぼんやり考え事でもする様に窓の外を眺めていると、ふいに声を掛けられた。
「久しぶりだな、ソーヤ」
 ジルが振り返った先、そこにはベールクト(ga0040)の姿があった。
 以前依頼で世話になった彼に、前回の礼も兼ねてジルは律儀に頭を下げる。
(思ったより、精神的に落ち着いているな)
 ベールクトやその他面々が想定しているより、ジルは落ち着いた様子で。
 不安や焦燥感ではなく、先程窓を眺めていた時の様に、時折真剣に物思いに耽るような表情を見せるのだ。
 だが、少女が相変わらず腰に下げたままの剣を見て、念の為にとベールクトはジルに釘を刺す。
「以前にも言ったが、その腰の剣を振るうのは、俺達フォワードが倒れた時だからな」
「ん‥‥大丈夫。もう、最近剣は振ってないよ」
 どことなくばつの悪そうな顔で苦笑いする少女は、大切な物に触れるようにして腰元の剣に手を添えた。
「ならばいいが‥‥待つのも女の甲斐性、と言われただろ? 大丈夫だから、後ろは頼んだぞ」
 そう言い残して去ってゆくベールクトに、小さく「ありがとう」とジルは呟いた。

「考え事?」
 もうじきオーストリアに到着しようかと言う時、考え事をしていたジルの隣へ夢姫(gb5094)がそっと腰を下ろした。
「え‥‥」
 思わず、ジルは夢姫の顔をまじまじと見つめた。
「さっきから、深く悩んでいるみたいだったから」
 少女の穏やかな笑みは、ふわりと自分の周囲を柔らかく包んでいくようだった。
 何かを強要もせず、かといって過剰な心配を寄せるでもなく、この距離感がジルにはとても心地よく感じられる。
「あのね、あたし‥‥オーストリアで、生まれたの」
「うん」
「それで‥‥今から行く場所もね、昔からよく知ってるところなんだ」
「‥‥そっか」
 夢姫は、ただじっとジルの目を見て、彼女の吐き出す言葉に、一つ一つ丁寧に相槌を打つ。
 ジルの故郷がオーストリアであった事を知り、夢姫は心情を察するように眉を寄せた。
「ジルさん、この場所は必ず‥‥一緒に守るから安心して?」
 華奢な白い手が、ジルの手をきゅっと握りしめる。
 久々に感じる人の体温に遠い日の記憶を重ねながら、ジルは夢姫の優しい笑みを受け入れていた。

 到着のアナウンスが艇内に響くと、傭兵達は出撃の最終準備に取り掛かる。
「先ほどより、顔色が良くなったように見えますね」
 そこへ、秦本 新(gc3832)が様子を見にジルの元へ顔を出した。
「そっかな。でも、心配してくれてありがと、新」
 その笑顔を確認すると、新は小さく息をついてジルの肩を叩いた。
「いざという時は、遠慮なく仲間を頼って下さい。困った時はお互い様、ですからね」
 明るい少女には全く不似合いな、酷く申し訳なさげな表情で「結構頼りにしちゃうから」と、頬をかくジル。
「‥‥貴女の歌、楽しみにしてますよ」

 新は、過去に起こった様々な出来事を回想していた。
 気付けば、いつの間にかきつく拳を握りしめていたようで、手のひらには爪の痕が刻まれている。
(いつも、バグアは誰かの大切な場所を容易く踏みにじる‥‥)
 乗り越えてきた涙を、叫びを、嘆きを思い返すと、いくらでも強い想いは込み上げてくる。
 この星は、いつになったら人々が穏やかに過ごせるようになる?
「思い通りに、させるものか」
 惨劇の輪廻は、断たねばならない。

●錯綜
「‥‥キメラが、いない?」
 現場に到着したユーリー・カワカミ(gb8612)が周囲を見渡すも、キメラの存在は確認されない。
「どういうことだ? 本当にこの街で合っているんだろうか」
 ユーリーが顎に手を当てながら思案気に言うも、「合ってるはずだよ」と応えるジル。
「敵は一体、何を考えているのだ‥‥?」
 ユーリーの呟きに応えるように、夢姫は本件の状況を振り返ってみる。
「そう言えば今回、犠牲者も出ていないようですし‥‥それに、広場の上空を飛んでいただけ、ですよね?」
 ぽつりぽつりとなぞる、事件の姿。 
「それに、一般人の方が発見したそうだけど、誰も襲われてないっていうお話でしたし」
 もしかしたら、それは襲う人を選んでいるとかそう言った可能性もあるかもしれない。
 キメラにそんな知能はない以上、この状態が“意図的なもの”であるとしたら、何者か別に指示を出す存在が懸念されるのだ。
 思案する夢姫を気遣うように、サーシャは空気を変えようと新しい提案を試みる。
「逃げ遅れた人とかいるかもしれないし、音で探してみるよ」
 息を顰めているような、動きのない人は見つけられないけど。
 そう付け加えてバイブレーションセンサーを発動させたサーシャだが、肩を竦めると、首を横に振った。
「ダメ。人の姿もなければ、キメラの音も地上では掴めなかったよ。皆、もうキメラから逃げた後なのかも‥‥」
 あるいは、それに怯え、どこかで息を潜めているのかもしれない。
 もしそうであれば、バイブレーションセンサーでは存在を認識できない。
「一応、逃げ遅れた人がいないか、探しに行ってみる?」
「そう、ですね」
 サーシャの提案に小さく頷くも、懸念を捨てきれない夢姫の視線に留まったものがあった。
「目撃情報は、噴水に‥‥映った、影」
 先の懸念。「どこからか監視しているとしたら?」
 その可能性の1つとして監視カメラの存在を描いたが、それは想像以上に多くあった。
 決して治安が良い訳では無い今、防犯カメラの存在はごく当たり前の自衛。
 だが、ヒントは案外近くにあった。この周囲には噴水以外何もないのだ。
 つまり、最低限噴水は調べるべきではないかと、夢姫はそれに着目。
 噴水へと近づき、濡れる事も厭わず足をつけ、手探りで確かめる。
 すると、石造りの噴水にそぐわぬ金属物が手に当たった。
「‥‥!」
 2段構えの噴水の上部、水の中やモチーフの影に発見した物は、数台のカメラだった。
 が、その時。
 目視で索敵を続けていたユーリーが、遠方の空に幾つかの黒点を確認する。
「まさか、あれが『双頭の大鷲』‥‥か?」
 それは、徐々に距離を近づけ、目視でもその姿を認識できるほどまでになった。
「どうやら、間違いないようです」
 軍用双眼鏡でその姿を確認した新の言葉に、誰もが確信し、武器を構える。
 しかし、同時に新には奇妙な違和感が沸きあがっていた。
 何かがおかしい。あの鷲達は、こちらに気付いていないようだし、それに‥‥?
 その淡い懸念が明確な言葉として発せられるより前に、きりきりと弦を引き絞る音が聞こえてくる。
「“開幕の一発”、行きますよ‥‥!」
 黒羽 風香(gc7712)が、こちらに意識を向けさせようと、遥か上空を『飛んでゆく』キメラの群れへと矢を射出。
「お兄ちゃんと過ごす時間が減ったじゃないですか‥‥赦しません‥‥」
 少し病んだような不敵な色を宿す風香の瞳が、それを捉える。
 飛んでゆく矢の軌跡は、迷いや懸念など一切含んではいない。
「待って下さい、あれは‥‥!」
 新の声を遮る様に、最も低空を飛んでいた大鷲に風香の一撃が突き刺さると、奇妙な鳴き声が上がった。

 不審を感じ、キメラの狙いに着目していた新。
 双眼鏡を用いて詳細に大鷲の様子を探った果てに、彼が得た違和感は、遂に焦点を合わせる。
「あれは‥‥ここでは無く、別の場所を目指して飛行していたのでは‥‥っ」
「え?」
 ジルが聞き返そうとする間もなく、上空で隊列を成して飛んでいたキメラ達が、編隊を組み直すように空で不穏な行動を開始。
 そして、一気に傭兵達へと襲いかかってきた。
「来るか‥‥全員戦闘態勢を整えろ! ヤツらを迎撃するぞ!!」
 警鐘の如きベールクトの言葉に、一人離れて噴水を探っていた夢姫も態勢を整え急行。
 此処までに幾つかの違和感は感ずれど、傭兵達は、いよいよ獰猛な双頭の大鷲を迎え撃つ。

●誤算
 上空から襲い来る敵に、「前衛」「後衛」の差は、ほぼ無い。
 敵がわざわざ前衛の前に降り、そこから後衛へと手順を踏んで挑んでくれるとは考え難いのだ。
 高さの概念から見れば、地上にいる傭兵達全てがフラットである以上、前か後ろかという点は敵にとってほぼ実を成さなかった。
 ピンポイントで後衛のいる地点へ目がけて落下してくる敵に対し、ベールクトは即座に作戦を変更して後衛たちの元へ走り込み、接敵の瞬間を待つ。
 そんな中、真っ先にサーシャが動いた。
「‥‥疾走れ雷、轟け雷光、仇為す者へ豪雷の裁きを‥‥」
 ヘスペリデスの先端をかざすと、黄金の宝玉より放たれる雷が大鷲へと迸るように走った。
 その強力な電磁波を受け、1体が失速。
「使うのが風だけだと思ったら大間違いだよ。まだまだ、これでも食らえー!」
 攻勢は止まる事を知らず、サーシャは再び杖を構えて電磁波を射出。
 それでも残る6体は“ただ1点”を目がけて急降下をかけてくる。
「戦時下でなければ、兄さんと観光に来たかったのに‥‥」
 再び次の矢を番え、風香が別の大鷲へと一閃を放つ。
 見事な射線は、狙い通り大鷲の翼へヒット。しかし巨大な翼はそれにも動ぜず、只管降下を続ける。
「バグア、許すまじです‥‥!」
 風香も諦めず、そして心に兄を思い描いては、また影撃ちを乗せた渾身の矢を繰り出した。
 けれど、キメラの体力が風香の攻撃力を大きく上回るようで、中々敵の勢いは殺がれない。
 どんどん接近してくる敵に、次第に慌て始める風香をフォローするように、轟いた一発の銃声。
 そのたった1撃で、大鷲は突然意識を失ったように大きく首をのけぞらせ、1体が大地へと力なく墜落した。
「次はその右を狙いますよ!」
 最も火力の高い新が、手負いのキメラへ狙いを定め、弾数よりも精度を優先し着実に敵を駆逐する。
「はい‥‥っ!」
 風香と共に、新は次の鷲へと狙いを定めた。残り、4体。
「抜けて来ればどうにかなると思ったか?」
 ジルを背に守るようにして立つユーリーが、宙空の敵へとクルメタルP−38を構え、照準を合わせる。
 そして次の1体を、確かに捉えた。
「‥‥私にとっては此方が本命だよ!」
 ユーリーの指が引き金をひき、そして放たれた鉛は大鷲を次々打ち抜いてゆく。
 弾丸は確実に鷲の翼へ風穴を開けてゆくが、それでも鷲は降下を続ける。
 接敵まで、あと僅か。そこへ‥‥
「二つの頭を持つ大鷲よ」
 刀身は夏の熱気に揺らめき、ゼフォンの赤が空を裂く。
 接近戦を得意とするベールクトは、上手く敵を引き付けられなかったものの、気迫では一歩も譲らなかった。
 ユーリーの放った弾に降下軌道をそらされた大鷲へ接近すると、ベールクトが渾身の一閃を振り抜く。
「この翼を持たぬ犬鷲が、無様に地面へ這い蹲らせてやる」
 強烈な熱が肉を焼き切るように、大鷲の首は両断される。
 ごとりと大地に鷲の頭が転がると、バランスを崩した胴部もベールクトの前に地を這いずった。
 しかし、残る大鷲が後衛のいる地点へと目前に迫っていた。
「あと2体‥‥動ける奴はいないのか!」
 そこへ、迅雷で戦線復帰した夢姫が滑り込み、貪欲な嘴を大きく開いた大鷲の頭を真一文字に切り裂く。
 怯んだ大鷲のもう1つの頭へ、迷うことなく剣を切り上げると、留めに胴部へと強烈な突きを見舞った。
 噴き出す血液にも怯まず、あっという間に1体を葬り去った夢姫の連撃と時を同じくして
 1体の大鷲が突然混乱した様子で大空へ舞い戻っていくのが見えた。
「ソーヤ殿の‥‥ほしくずの唄か」
 間近にいたユーリーの耳に入ってきたのは、護衛対象から放たれた、軽やかで、どこまでも自由な歌声。
 しかし、残る最後の大鷲を、後衛の手前までに防ぎきることができなかった。
 目前の1頭。その嘴が、爪が、鋭さを増した。
「ソーヤ殿!」
 ジルの護衛についていたユーリーは、残る大鷲に備えて間に立つようにしてジルを庇うが、しかし。
「ユーリー!」
 首を振るジルにも振り返らず、ユーリーは言葉を繋げる。
「落ち着け! 君が不要な傷を増やす事を彼らが望むというのか?」
「違うの、あたしじゃないの!」
「まさか、狙いは‥‥!?」
 ジル以外の中〜後衛はあと2名。サーシャと、そして‥‥最初に矢を放ち、敵の意識を自らへ集中させた風香。
 キメラ達の狙いは、風香だった。
「っ‥‥」
 持ち替えた小太刀がなんとか死の影を振り払ったが、襲いかかる大鷲の右の獰猛な嘴が風香の胸部へ突き立ち、左の貪欲な嘴が首筋を抉る様に咬み付いた。
 大量の血飛沫が舞う。3倍近くの体格差、その余りの威力に風香は言葉もなく崩れ落ちる。
 だが次の瞬間には、大鷲を倒しきり、龍の翼を発動していた新が風香と敵の間に割り込んでいた。
 大鷲を引き剥がすと、そのまま強烈な怒りを込めて喉元に鬼火を突き立てる。
 肉の潰れる感触を呑みこみ、脱力して動かなくなった巨鳥から槍を引き抜くと、新は早々に声を上げた。
「誰か治療を!」
「あたしがやる! ‥‥陽光よ、優しき風に乗りて我らを癒やせ‥‥」
 祈るような歌声が、広場に響き渡った。

●信頼
 全ての大鷲に対処し終えた一同は、周囲の安全を確認するとすぐさま本部へ連絡。
 ここでは満足な治療が出来ないと判断し、皆で風香を高速艇へと連れ帰った。

 船の中、ジルは風香の隣を決して離れなかった。
 負った怪我が原因で発熱し、眠ることもできず、荒い息をついてベッドに横たわる風香の手を強く握りしめる。
 その様子を見かねたサーシャが、ジルの隣へ腰掛けた。
「ジル、向こうで医療スタッフが風香の為に待機してくれてるって」
 サーシャや、周囲で見守っている他の傭兵達の存在にも気付いていながら、ジルは視線を上げられずに沈黙したままだった。
 彼女は、同行した傭兵達が自分の動きを逐一気にしていたことに気付いていた。
 しかし「気にかける」「何かあったら駆けつける」という警戒への1行動は、「安心して戦闘に専念出来ない状況」を生み出した。
 つまり、風香が倒れてしまったのは、自分が皆から信頼されていないことが原因であったのだと、ジルは認識したのだ。
 同じ1傭兵として戦力にカウントされるどころか、対等に戦う立場にもなく、信頼されていない事を痛感した少女。
 まるで、「自分が足手まといである」と言う烙印を押されたかのようで、自分の不甲斐なさと、無力さを心の底から呪った。
「‥‥ごめん、なさい‥‥」
 とめどなく流れる涙は、頬を伝い落ち、風香の眠るベッドシーツへ冷たい染みを作る。
 重い空気に支配されたまま、高速艇は静かにLHへ帰還した。