●リプレイ本文
●キメラ終了のお知らせ
それは、雨上がりの午後だった。
「‥‥あ、キメラ」
御鑑 藍(
gc1485)が、西から飛んでくるそれを発見した。
「始祖鳥型かな? 数はあんまり多くなさそうだよ」
手にしていた双眼鏡をおろすと、パステルナーク(
gc7549)は無線に問いかける。
『皆、準備は大丈夫?』
「片付けるか、新」
秦本 新(
gc3832)の隣で、シグマ・ヴァルツァーが拳銃2丁を手に迎撃準備を開始。
「ええ。不安な時期だからこそ‥‥こういうお祭りは、しっかりと守りましょうか」
超長距離狙撃が次々始祖鳥を捉え、パステルナークと新の追撃でそれは確実に大地へ墜ちて行く。
落下地点へ滑り込んだ藍が、素早く敵を切り刻むと、寺島 楓理(
gc6635)が美しい横笛を奏でた。
「ま、これも仕事だ。さっさと終わらせて楽しもうぜ!」
「西から此方へ鳥型キメラが飛んで行ったと報せがあったのですが、これで安心できます」
Festivalの主催者が傭兵達に仕事の終わりを告げる。
「お部屋は用意してございます。さ、後は我が州最大の祭りを、お楽しみ下さい!」
●それぞれの再会
「お久しぶり‥‥ですね」
改めて藍が笑いかけた青年は、気のいい笑顔を浮かべて片手を上げた。
「藍は元気してたか?」
「ふふ、そうですね‥‥それなり、かもしれません」
「なんだよ、気のねぇ返事だな」
シグマの大げさなリアクションにくすりと笑いながら少女は、建物の外に広がる雨上がりの空を見る。
「あれから‥‥シグマさんの力に、助けになれて、安心した‥‥と言いますか‥‥」
あの時のシグマの言葉で、少し自信が持てたと、藍は控えめに語る。
伝えたい言葉をストレートに出せず、それでも謝意を述べようとする藍をシグマは保護者にでもなったような気分で微笑ましく見守った。
「そうか。でも、もっと自信持ってもいいと思うがなぁ」
腕組みしながらそう告げるも、少女は小さく否定する。
「‥‥いいえ、まだ不安ですから」
謙虚な少女は、謙虚で在りすぎるが故に、不安や孤独を感じているのかもしれない。
そう思うとシグマは少し辛い気持になるが、他者が思うよりずっと、藍は強いのかもしれないと思わされた。
「でも、誰かの役に、助けになる‥‥そう思って頑張って行こうと思います」
前髪に隠れ気味な瞳が、とても強い光を放っているから。控え目な笑顔が、ゆるぎないから。
「私の手が届く範囲で‥‥ですけれど。その範囲が、少しでも広がるように‥‥」
こくりと頷く藍の頭を、シグマは2、3度、ぽんぽんと叩くように撫ぜた。
「できるさ。お前は、いつも一所懸命だからな」
「くれるの?」
ジル・ソーヤの問いに、板チョコを手渡すイレイズ・バークライド(
gc4038)は小さく首肯する。
「女友達と遊ぶんだろう? ‥‥もっと良い物を後でやる」
「うん、ありがと! いってくるね!」
嬉しそうに礼を述べ、楓理やパステルナーク、藍たちと離れてゆく少女の姿。
それを見送る青年の背に、後ろから声がかかる。
「イレイズ、久しぶりだな」
声の主は、ジョエル・S・ハーゲンだった。
そして久々の再会を喜ぶChariotの面々を見渡し、イレイズはまだ心底から喜べない様子を滲ませた。
「変わらず一人欠けたまま‥‥か」
約7ヶ月。
決して短くない時間が経った。それでも、ある青年は未だ眠り続けたまま。
「まったく‥‥眠り姫じゃないんだぞ」
そこへ、ジョエルの後方から夢姫(
gb5094)がやって来るのが見える。
「さて、そろそろ行くが‥‥その前に、俺からお前達戦友に贈る言葉が一つ」
固く契るように交わす言葉。
「死ぬな、そして必ず全てを終わらせて帰ってこい、以上だ」
ジョエルが腕に軽く触れる小さな手に気付いて振り返ると、そこに夢姫が居た。
先の話に暗い考えを過らせようとした意識を、少女はシャットアウトさせる。
「痛みは消えなくても、前に進まないといけないから‥‥」
そして夢姫は、立ち止まった男の強張る手を引き、雨上がりの街へ連れ出した。
「それにしても、久々の再会がこういった形だとは‥‥ちょっと、意外ですね」
「新鮮っつーか、なんかいいよな」
傭兵である以上、血生臭い光景を見る事が多い。しかし、そんな中での、この依頼。
特に隣の青年とは、人の心の暗部や、死という恐怖との直面など、傭兵の「闇」の部分を共に潜り抜けてきた仲。
新もシグマも、こんな時間を過ごせる日がくるとは、想像していなかったのだ。
「折角の機会です。のんびりしましょうか」
そこには、依頼では中々見せない、互いの穏やかな笑顔があった。
「イレイズさんがさっき、そちらに歩いて行ったので声かけません?」
新が指差す先には、共に戦いぬいた、もう一人の青年の存在。
「お、いいねー。追いかけてみるか」
「ええ。ところで、何かお薦めの画家とか知りません?」
「画家? 俺、ゲージュツはさっぱりわかんね」
からからと笑い声が聞こえる。「ん?」と思った新が、恐る恐る尋ねたのは、“そもそも論”というやつだ。
「‥‥シグマさんは、以前この芸術祭に来た事が?」
「はは! 俺には縁遠いって」
「‥‥まぁ、なんとなく予想しないでもなかったんですけど」
「そういうなって!」
自分の背をばしばしと叩くシグマに、思わず嘆息しながら。
笑いに包まれた、賑やかな会話。これが日常であったら、どんなに良いことだろうかと新は思う。
しかし、エミタの適性を得て戦う事となった、選ばれた‥‥人によっては「選ばれてしまった」存在である能力者達。
戦いの前、パステルナークが言っていた事をふと思い出す。
『ボク達はちょっと力があるだけの普通の人間だと思うんだ』
だから皆と笑いあえる楽しい時間を過ごしたいな‥‥と。
(本当に、その通り‥‥ですね)
新は、祭りの様子をしっかりとその目に焼き付ける。
戦友の笑顔を、穏やかなこの時間を‥‥これから戦い抜く糧へと、変えるために。
●虹の彼方に
「皆、楽しんでたね。やっぱりお祭の雰囲気って良いなー」
街角のワッフル屋の匂いに誘われ、それを皆で食べながらパステルナークは幸せそうに微笑む。
そんな夕暮れ。今日のプログラムも直に終了しようかと言う頃。人々が、空を見上げて笑い合う光景が目に付いた。
藍がそれに気付き、見上げた広い青空。そこには鮮やかな虹が輝いていたのだ。
「雨が上がって‥‥虹が出ていますね」
「なんかこういう情景ってのも久しぶりだな」
腕組みしながら、楓理が遠い光を眺める。
うんうんと頷きながら、パステルナークは女性陣にこんな提案をしていた。
「そうだ。皆で、近くまで見に行こうよっ。とっても綺麗だよ!」
虹が現れる場所は固定では無く、その時々で良く見られる場所が変わる為、特定の絶景スポットは解らなかったが
それでも、虹がもっとよく見える場所へ行きたいと、パステルナークはジルの手を引いた。
「うん、あたしももっと近くでみたい‥‥!」
「しょうがない、タクシー拾うぞ」
「ええ‥‥皆で、行きましょうか」
「ん、これは‥‥」
空に描かれた七色の光に気付いた新がゆっくりと息を吐いた。
「良いものが見れましたね」
「なんだ、虹か」
「虹か、って‥‥そうか。アイルランドは虹の国」
ありがたみのない青年の言葉に、思わず笑い出す。
「‥‥でも、こうして新たちと過ごせるこの時間をさ、大事にするぜ」
祭りの喧騒の中、戦友の声を聞きながら新はぐっと伸びをした。
「ええ‥‥まだ、もう少し頑張れそうです」
「縁起?」
ジョエルは不思議そうに首を傾げる。
「ご存じないです? ほら、『虹の橋の向こうには理想郷がある』とか‥‥」
『好きな人と一緒に虹を見ると、両思いになれる』とか、『虹に願いをかけると願いが叶う』とか。
「そう、なのか」
「‥‥最後のは、今、わたしが作った捏造なんですけど」
男があまりに真面目に話を聞くので、少女もつい本音を漏らす。
「でも、本当にしちゃえばいいと思います」
「ね?」と小首を傾げる夢姫に、ジョエルはほんの僅かに笑んだ。
それは酷く不慣れで、ぎこちなかったが‥‥紛れもない笑み。
夢姫は、敢えて気付かぬふりで言葉を繋げた。
「ジョエルさんは、何を願いますか?」
夢姫が隣で穏やかに待っていてくれたので、しばしの後、男は小さく呟いた。
「‥‥俺と関わってくれる全ての人が、辛い想いを、しなければいいと‥‥」
一呼吸の後、視線を少女へ移すと穏やかに問う。
「夢姫は、何を願うんだ」
「Chariotの絆が、虹のように美しく輝いていると思うから‥‥その想いが永久に続くように」
夢姫は目を閉じ、祈る様に手を重ね合わせた。
●そうして、夜は更けてゆく
扉を軽快にノックする音が聞こえてくる。楓理が開けると、そこにはパステルナークと藍の姿があった。
「僕らも一緒にいいかなあ?」
にこっと笑って差し入れを出すパステルナークからそれを受けとり、楓理は中へと案内する。
酒を飲んで騒げるような店は、この祭りの期間中どこも予約でいっぱいだったらしい。
とはいえ、女子会がこんなことで中断されてはならない。
マーケットで楓理とジルが買い込んだ飲食物を元に、ホテルの部屋で宴の準備をしていたのだ。
「お邪魔します、ね」
藍がいつも通り律儀に挨拶をすると、楓理が明るく笑う。
「堅苦しい挨拶は無し。折角なんだ、楽しもうぜ」
皆各々ドリンク(といっても、楓理以外はみなジュースの類ではあったが)を手に笑い合う。
「これからのあたしらの前途を祝して乾杯」
「「「かんぱーい!!」」」
華やかな女子会の始まりだ。
「思ってたんだけど、ジルさん、薄着仲間?」
小柄でも均整の取れた体つきのパステルナークが、涼しげなサイダーを片手にジルをしげしげ眺める。
薄着仲間とはつまり、春とか夏とかあまり関係ない人々の事なのかもしれない。
「仲間仲間! その服かわいーねっ。LHのお店で買ったの?」
きゃっきゃとジルがはしゃぎだし、パステルナークも楽しげに笑い合う。
「なんか、親近感っ。ねぇねぇ、仲良くしよ!」
「うん! 今度一緒に買い物とか行けるといいな」
「あ、それと‥‥平和になったら、またここに来たいね」
パステルナークとジルは2人、小さく約束し合う。いつかの平和を、揺るぎなく信じて。
そんな少女達の隣で、楓理がビール瓶片手に一息ついたところ。
「やっぱ、仕事のあとのビールは格別だなー」
「ふーん、お酒って美味しいんだ?」
「そのうち、解る」
ジルは首を傾げながら、オレンジジュースに口をつける。それを見ながら楓理は笑い、一息つくと話を始めた。
「‥‥女子で売れたラッパーなんてあんまり居ないんだ。現実問題」
どこか遠い目をしながら、自らの過去を顧みるように、言葉を選びながら紡がれる話。
ビール瓶を握りしめながら語る楓理の様子を、少女達はただ見守っていた。
「古くさい世界にさ、戻るのが嫌だからってのもあんだ」
ただ、この性格と声量が身についたってのは、親に感謝すべきなんだけどな。
そういって、楓理は笑った。どこか、いつもより少し儚げな雰囲気を纏いながら。
「しみったれた話、しちまったな」
苦笑いを浮かべ、また一口と酒を呷る楓理に、ジルが首を横に振る。
「んーん、全然‥‥あ」
あまり煽ってはいけないだろうと、ジルが楓理に他の飲み物を勧めようとした時。
「飲み物、無くなってます‥‥ね」
「それなら、僕が買ってこようか?」
藍が冷蔵庫を覗くも在庫はなく、パステルナークが立とうとするのを軽く制して、ジルが笑う。
「大丈夫! あたし買ってくるよ」
近くの店へ向かおうとジルがロビーへ降りると、丁度ホテルへ戻ってきたイレイズと出くわした。
「おかえりー!」
手を振って迎えるジルの姿に、イレイズの表情が俄に和らぐ。
「こんな時間に、どこかへ行くのか?」
「うん、女子会の飲食物調達?」
「一人じゃ大変だろう、行くぞ」
祭りの喧噪も嘘のように、静かな街路を歩く二人。所々立つ街灯が、時折、頼りなげに互いの姿を照らしだした。
「そう言えば『良い物』ってなに?」
思わずくすりと笑うイレイズに、「え! なんで?」とむくれた様子のジル。
「後で渡そう。忘れていないから大丈夫だ」
「もー、絶対だよ?」
念を押す様に青年を見上げて人差し指を立てるジル。ふと、その首元にかかるペンダントが、街灯の光を弾いた。
それを見たイレイズが、俄に視線を逸らして低く唸りだす。
「あー‥‥実は前回、言いそびれた事があってな」
3月に、依頼で共にオーストリアへ赴いた時の事だ。それに勘違いをしたのか‥‥
「あの時は‥‥ごめんなさい」
青年が口を開くより先に、ジルは謝罪の言葉を述べた。
慰霊碑を守ろうと、敵の中に飛び出して行った事を怒られるのだろうと察したのだ。
「そうじゃない。まったく‥‥」
もしイレイズが両手に買い物袋を持っていなかったら、ここで一度小突いていただろう。
「一度しか言えないから、そのつもりで」
ぶっきらぼうな言葉の後、青年が小さく呼吸をしたのに気付きながら、少女は耳を傾けた。
「‥‥そのペンダント、凄く似合ってる‥‥ぞ」
嘘は、言わん。
小さく添えられた言葉まで、しっかり聞き取って。
こそばゆい気持ちを持て余しながら、少女は照れくさそうに微笑んだ。
「遊びに来ちゃいましたー!」
夢姫がやってきたのは、Chariotやシグマ、新が賑やかに宴を繰り広げていた部屋だった。
「夢姫! こっちで一緒に飲もうぜ!」
「シグマさん。彼女はまだ、酒が飲める年齢じゃないですから」
上機嫌に笑うシグマを、新が小さく嗜める。
「新は真面目だなー。お前もほら、もっと飲めよ!」
苦笑いを浮かべながら、しょうがないと言った表情で新がシグマの相手をしていると、入口の夢姫をトールらが手招きする。
「お邪魔しま‥‥」
その時、夢姫は何かにぶつかった。目の前には、少し酒の入ったジョエルの姿。
突然、男は無言のまま夢姫の手を引き、彼女を部屋の外へと連れ出したのだ。
少し離れた廊下。
柔らかなカーペットに、足音だけでなく互いの心音までかき消されてしまったように、そこは静かだった。
「皆さんと一緒にお話したかっただけなんですけど、だめ‥‥ですか?」
しゅんとした様子の夢姫に、慌てたように説明する男はどこか情けなく。
「そうではない‥‥あんな、男ばかりの部屋に‥‥年頃の女子が、だな。それにあいつらも‥‥」
そこでふと、我に返ってジョエルは髪をかき乱す。
「いや、何でもない」
「何でもないなら、皆と騒ぎたいです」
「それはだめだ」
「どうしてですかー‥‥」
じっと見上げられ、小さく嘆息したジョエルはまた黙って夢姫の手をとる。
そのまま小さな左手のひらに華奢なネックレスを乗せると、ぽつりと呟いた。
「俺では話し相手に不足するが‥‥カフェでも、行くか」
更けゆく夜。傭兵達に訪れた、限りある穏やかな時間が、そこに在った。