●リプレイ本文
●帰還
(新宿‥‥嘗て事務所を構え、半生を過ごした街。そして‥‥)
総てを、喪った街。
杠葉 凛生(
gb6638)の奥深くへと烙印の如くに刻まれる侵略の記憶。
記憶は消去することもできず、凛生はただただそれを抱えたまま時を過ごしてきた。
バグアに対峙していれば、その間は目の前の事にだけ集中できた。考えなくて、済んだ。
けれど、結局は瘡蓋を剥ぐように蘇る阿鼻叫喚の映像がいつまでも頭の中に映し出され続ける。
‥‥何も、変わることはなかったのだ。
けれど今、こうして再び新宿に、東京に立っている。
凛生は銃を握る手に力を込めた。抱えたきりの底知れぬ強い心情を、たった一言に詰め込むように。
「‥‥この地を取り戻す」
多くは語らなかった。
それで、十分だった。
●潜入
爆砕した扉を潜って研究所へ一歩足を踏み入れると、先程まで漂っていた熱気が嘘のように薄らいでいった。
「施設中枢を目指して、先へ進みましょう」
その冷気に怯むことなく、新居・やすかず(
ga1891)は先を促した。
敵の重要拠点に乗り込むというその意味を、強く、認識しながら。
「今は少しでも情報が欲しいから、捜索を中心に班を分けていこっ」
研究所に、齢14の少女の声がミスマッチに響く。
そのリズィー・ヴェクサー(
gc6599)が周囲の大人たちに指示を出している横で、エスター・ウルフスタン(
gc3050)がバイブレーションセンサーを発動させていた。
「うーたん、何か反応あったかにゃ?」
リズィーはサファイア色の双眸でエスターの様子を窺い、小首を傾げる。
「流石は研究所ね。至る所で装置の駆動音や人の歩く音が確認できたわ」
エスターは、所内にいる自分たち以外の存在について、その動作と数から大物小物の分類を推測する。
「わわ。すごいのよ、うーたん。だとすれば、今の所、近くに大物はいなさそうだにょ」
「警戒するに越したことはないですけどね。気をつけていきましょう?」
春夏秋冬 立花(
gc3009)は、敵地に在ってもなお、穏やかな面持ちで微笑んだ。
A班はエスター、リズィー、凛生、須佐 武流(
ga1461)、FT、CA、FC、SNの8名で編成され、残る傭兵がB班として行動を開始。
途中までは良かったのだが、ここでいくつかの問題点が浮上する。
A班側は、監視装置の死角を意識しながら、極力目立たないような道を選んで探索を進めていったのに対し、
B班側は、極力身を隠しながら進んだものの、迎撃装置含む罠や監視装置を破壊しながら探索を行っていったのだ。
侵入者の存在を認知していたバグアは、その居場所を割り出そうと尽力し、そして特定ルート上の監視装置が破壊されている点に気付く。
班を分けながらも、つかず離れず進軍した為、結果的に両班共に敵から捕捉され、多数の敵から強襲を受けることとなった。
「敵です。急いで合流地点に‥‥」
やすかずが無線を手に連絡すると、すぐさまリズィーから応答。
『ちょっと待ってぇっ! こっちにも、敵がいっぱいなのよー!』
「‥‥了解。遅滞戦術をとる等、極力合流地点に向かって下さい。僕らも、急ぎます」
苦い表情で無線を腰に戻したやすかずに、立花がフォローを入れる。
「見つかってしまったら、仕方がありませんよ」
機械刀「凄皇弐式」を構え、敵の出方を窺う立花。
やるべきことは目の前にある。受け取ったバトンは、手放さないと、決めた。
「さぁ、みんなの頑張りを無駄にしないために頑張りますか」
応えるように頷く御鑑 藍(
gc1485)。
思ったより上手く進まない事態に、藍は悔しそうに唇を噛んだ。
「後は、この東京を解放するだけなのに‥‥」
懐かしい日本の地を踏みしめながら、藍は揺らぐ瞳に気付かぬふりをした。
●邂逅
光を失った日から、『それ』は壱日たりとも消えたことが無かった。
怨嗟の声。左の暗闇が見る、亡霊達のもの。
踏み越えてきた命。救えなかった魂。振り返る自分の軌跡に、積み上がる多くの亡骸。
(こいつらの無念を晴らす‥‥)
その先に求める者達の為に、自らの全てを業という紅に染めても。
緋沼 京夜(
ga6138)は構えた銃で、淡々と冷酷に銃撃を開始。強化人間の接近を拒むように、鉛の雨を降らせた。
しかし、徐々に苛烈化する戦闘。立花や藍も少しずつ息が上がってきている。
そこへ、突如後方から聞こえた6発の銃声。弾け飛ぶように血液が噴き出し、SNは倒れこんだ。
「お前は‥‥!」
警戒を怠らずにいた京夜は、現れた強烈な殺気に即応。その視線の先には、静岡の地で打ち破ったはずのバグア、荒浪の姿があった。
(あの身体で基地や包囲網から逃走? 恐らくこれは‥‥)
瞬間移動。
そうであれば、京夜達の後方に突然現れた事態にも説明がつく。
「極力戦闘は避けたかったのですが‥‥前後を取られては、どうにもなりませんね」
立花は眉を顰め、小さな溜息を洩らした。
「市長。静岡は、解放されました」
間近で刀を振るう藍の言葉に、荒浪が鬱陶しげに視線をやる。
藍は極僅かな希望を託して荒浪に訴えかける。けれど男は表情を変えることなく、藍を光線銃で撃ち抜いた。
「‥‥ッ。最後まで、人として‥‥バグアに、負けないで‥‥!」
手負いと言えどもヨリシロだ。
流れは荒浪にあったが、刹那、避けることも受けきることもできない強烈な一撃が繰り出された。
──京夜の、クリティカルだ。
咄嗟に庇おうと動いた荒浪の腕が、漆黒の魔剣に撥ねられ両断される。まるで、悪魔に腕を持って行かれたように。
低い唸りと同時に床に転がった腕を見て、立花は、相手が敵であるにも関わらず、憐憫の面持ちで呟いた。
「一方的な戦いなんて、したくありませんよ‥‥」
手負いの荒浪は、もはや限界のように見える。
その時、荒浪の目が、鼻が、口が、突如顔の表面を滑るように傾れ、歪んだ。
皮膚表面でぐつぐつと滾るような血肉の隆起が発生し、まるで全身の組織が溶け出すように形状を崩壊させてゆく。
これが、限界を突破すると言う事なのかもしれない。
事態を予め警戒していた藍や京夜は想定通り対応策をとり、やすかずは後方で難を逃れたが。
「‥‥っ!」
最も接近しており、かつ敵の能力や攻撃法に無警戒だった立花が、ヨリシロから放出された強圧の衝撃波に直撃。
勢いよく弾き飛ばされ、滞空中に更に追撃を喰らうと、勢いよく壁に叩きつけられ、ずるりと床に倒れ込んだ。
荒浪の最後の賭けの始まりは、傭兵達に痛みを刻む。
肉塊が流動して再度両腕の形状を成すと、またも荒浪は衝撃波を放った。
京夜がそれを凌ぎきると、迅雷で間合いを取った藍が荒浪に円閃を仕掛ける。
「もう、十分です! だから、お願い‥‥」
藍は両腕らしき肉塊を蹴りあげて隙を生じさせると、休む間もなくやすかずが眉間めがけて弾頭矢を放つ。
「貴方の戦い方には、持ち込ませませんよ」
やすかずの攻撃で視界を遮断されたそこへ、京夜の“手”が荒浪の身体を抉るように突き立った。
血の通わない腕が、鈍く光を反射する。
「地獄へは独りで逝け‥‥」
京夜と荒浪の距離、ゼロ。
「――亡者共が待ってるぞ」
『クク‥‥大した器だ』
回避不能距離に居る京夜へ反撃に出た荒浪の猛攻。
しかしSTのワタルが追い縋るように治療を行ってなんとか耐えきった先、傭兵達の目に勝機が見えた。
「みんな、待たせてごめんなのよ〜」
冷たく薄暗い研究所に射す希望。
間近で聞こえたのは、リズィーの声だった。とうとう他班が合流し、荒浪を捉えたのだ。
「往生しな。これ以上は、許さねえ」
武流から放たれた雷槍「ターミガン」が鋭利な速度で空を裂き、そして目標へと突き刺さる。
突然の攻撃に大きく傾いだそれ目がけて武流は地を蹴ると、刺さった槍の柄へ飛び蹴りを浴びせた。
しかし着地した武流はそれだけに止まらず、尚も真燕貫突で傷口へと二連撃を叩きこむ。
俊敏な武流にこそできる、圧倒的なまでの連続攻撃。
「‥‥The Endだぜ」
同時刻、京夜の右手に、剣の紋章が吸い込まれるように消えていた。
両断剣・絶を纏う義手が遂にヨリシロの身体を穿ち抜くと、多量の体液が噴射する。
その生温かさに、京夜は思わず顔を顰めた。
『地獄で‥‥待つ‥‥血に‥‥復讐者‥‥よ』
崩れ落ちていく肉塊は、床に垂れ流れるように組織をぐずぐずと撒き散らす。
纏わる血液を振り払う事もせず、京夜は煙草に火を灯した。
「最期まで、よくしゃべる奴だ」
●母親
「時間かかったねー。そんなのんびりしてて大丈夫?」
広い部屋の奥、少女が扉の前に立ちはだかるようにして壁面のモニターを見ていた。
「あれは‥‥都庁」
藍が、そこに映る新宿都庁舎の姿に息をのんだ。
映像は桜色のユダを捉えており、近づくKVを粉砕する驚異的な攻撃力と、異常なまでの身体能力を見せつける。
新宿決戦は、ユダ対応の遅延も影響し劣勢。
ユダの手によってボロ雑巾のように散ってゆく友の姿を目にする傭兵もいた。
それでも凛生は表情一つ変えず、静かな深い怒りを弾丸へと込める。
「お前には、死んでもらう」
傭兵達と少女の距離、約100m。
武流が、真っ先に高速機動を発動し駆け抜ける一方、別の目的を持って動く者達がいた。
「此処は任せて、頼むのよっ」
リズィーが可愛らしく笑って目配せすると、それを受けたワタルやB班の面々は意図を悟って飛び出した。
脇をすり抜けていく彼らの背を見送るように、リズィーはきつくメリッサを抱きしめる。
しかし、そのワタル達の行動は、ヘイトを急激に上昇させた。
「アタシは、あんた達と戦いたいんじゃなくて、あの子を守りたいの。優先順位、分かってる?」
少女の足止めを担当する傭兵や、その攻撃には一切目もくれず、少女は動力破壊を優先した者達を執拗に狙う。
光線銃から次々と高熱が放たれ、それは武流と藍が少女に接近し攻撃を物理的に遮るまで容赦なく続いた。
結果、その間集中攻撃を受けたワタルとGPの2名は重体。
憎むべきヨリシロを前に、この地の記憶が、凛生を一層駆り立てる。
凛生のケルベロスから放たれる咆哮が次々少女を撃ち抜き、赤い飛沫を舞わせる。
「化け物、まだ息はあるか?」
「うるさい、死ねば!」
少女の銃から射出されたレーザーは長く伸び、少女はそのまま銃口を右へ振り抜く。
すると光線が後を追うように薙ぎ払われ、周辺を一瞬で焼き尽くした。
これには射線を確保しながら戦っていた後衛も見事に被弾。
自身も浅くない傷を負いながら、それでもリズィーはその小さな手を必死に伸ばし損傷の激しい藍へ治療を施す。
「‥‥痛いの痛いの、飛んでけー‥‥なのよー」
「ありがとう‥‥私は、大丈夫」
力なく笑むリズィーの、願いにも似た思い。
それを受け止めた藍は、感謝を述べるように笑うとまた前線へ復帰していく。
「やるじゃねぇか。だが‥‥」
それでも、武流は下がる事を選ばなかった。
俊敏さゆえ、最も自分にとって厄介な武流へ、少女の攻撃対象はあっさり遷移。
無機質に繰り出される銃撃を、高速機動とスコルのブースターによって回避し、武流は素早い動きで翻弄していく。
「こっちも退くに退けねぇ理由ってのがあんだよ」
けれど、如何に身体能力の高い武流であっても、行動力の差は覆せなかった。
武流は幾筋もの光線をその身に刻まれ、明らかに動きが鈍っていった。
しかし、その間他の傭兵達も手を休めていたわけではない。
傭兵達の攻撃は着実に少女の体力を削り落してゆき、ヨリシロも次第に余裕のない表情を見せ始める。
エスターは、そんな少女を射程に捉えるとエクスプロードを更に強く握りしめた。
「今までずぅーっと、よくも人の土地を踏み荒らしてくれたわね」
「より高度な文明へ導いてあげたんじゃん。むしろお礼は?」
「ふざけんじゃないわよっ! 報いを受けなさい、バグア!」
激しい憎悪と、怒りをこめて繰り出すエスターの一撃。それは強烈な速度を纏って風をも焦がす。
「LEADY FOR DETONATION‥‥」
ランスは少女に接触した瞬間爆炎をあげ、小さな肉体を激しい衝撃が貫いた。
「GAE BOLG!!」
エスターの声が部屋に反響し、直後奇妙な静けさが支配する。
「まずいです、もしかすると‥‥!」
異様な雰囲気にやすかずが気付くも、エスターの離脱はもはや間に合わなかった。
槍を掴まれて退避を阻害されたエスターは、少女の手刀によってその腹部を何度も何度も執拗に貫かれた。
まるで自らが受けた傷に対する猟奇的なオウム返しのように、少女は血に塗れながらも貫く手を止めず、やがてエスターは言葉もなく崩れ落ちた。
エスターが敵の能力を警戒していたら、攻撃後の立ち回りが変化し、状況は違ったかもしれない。
「こいつは俺が抑える‥‥テメェらは隙を見て横からブン殴りな」
すぐさま武流が少女に躍りかかるも、限界を超越したヨリシロ相手に単独で囮になるには、余りに厳しすぎた。
人間を遥か上回る速度と行動力を以って、少女は武流を着実に切り刻んでいく。
‥‥もはや武流が瞳を閉じ、立つことすらできなくなっても。
だが、それは同時に好機でもある。
「確実に解放します。貴女を‥‥そして、この東京を」
迅雷で死角をついた藍が、腕目がけて居合切り。振り抜いた刀を返す手で、また肩口を切りつけ後方離脱。
『サ、ク‥‥ヤ』
もはや執念だけで動いていると言ってもいいヨリシロに対し、やすかずは感情を飲み込んで再び弓を構えた。
「今なら、狙える」
身を呈した武流に攻撃が集中している今なら。そして、藍達が攻撃を加えた其処になら。
慎重に狙いをつけ、やすかずは渾身の一撃を放つ。
「行け‥‥!!」
やすかずの放った弾頭矢が描く軌跡は一切の迷いもなく、少女の腕の傷口に深々と突き立ち、爆発を起こした。
肘から先が弾け飛び、その衝撃に体勢を崩した少女へ、凛生がぴたりと銃口を定める。
「失ったものは還らん。だがな、それでもやらなきゃならん事がある。やらなきゃ進めない事がある」
胸の奥底に蠢く憎悪が、喉元まで込み上げて、吐き出してしまいそうだった。
だが、凛生はそれを押し留め、代わりに三つ首の番犬が牙を剥く。
「‥‥それが、人間だ」
3発×全行動力。凛生の思いの丈は見事に全弾外れることなく確実に注がれ、ヨリシロは地に伏した。
「新宿、返してもらうのよー。だから‥‥」
永遠に、バイバイ。
迸る稲妻。青光りが白い部屋を満たした。
●崩壊
異常事態を認識した研究所が、アラートを鳴らし、そしてスパーク音を響かせながら最後の保身に走った。
『最下層にテ、Sランクのエラーが発生。回避、駆除、不能。直ちニ、退避ヲ開始してクダさい。繰り返しマす。直ちニ‥‥』
重体者が多く、半数以上が倒れた仲間を担ぎながら、傭兵達は崩壊の道を辿る研究所を後にする。
KVに回収され、同乗したコクピットの中。傭兵達は様々な想いで、東京を見降ろした。