タイトル:【7】予期せぬ殺意マスター:藤山なないろ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/07/27 22:03

●オープニング本文


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●Side:Chariot
「あの人、まだ帰ってないのか?」
 すっかり完治したマルスが、Chariotの面々が生活するマンションのエントランスで、隊長の帰りを待ち続けているトールを見つけた。
「‥‥」
 その表情も、声色も、全てが重々しい。
「もうすぐ大規模作戦も始まるってのに‥‥クソッ」
「俺ら‥‥どうなるんスか。もうChariotは‥‥」
 言いかけたトールの肩を強く掴んで揺さぶると、マルスは硬い表情で首を左右に振った。

●Side:Joel
 焼き付いて離れない友の姿。
 最期の瞬間に見えたシャバトは、昔と何一つ変わらない、控えめな笑顔をしていた。
 あいつに何があったのか、何も分からないまま、結果的にシャバトは俺達を守るように敵に刃を突き立てて、そして‥‥。
 ああすれば、自分が爆破される事も知っていたのに、それでも、あいつはその運命を選んだ。
 目の前で友の身体は爆ぜ拡がり、地に撒き散った。
 その光景を受け入れるには‥‥少しだけ、俺は“人”の感覚に戻りすぎていた。
 昔の俺ならば、どうだっただろう。
 あの後、もはや人の原形をとどめないシャバトの組織を、かき集めた。自らの両手を彼の血に染めながら。
 誰も何も言わなかったし、俺もきっと酷い顔をしていたのだろう。
 後の記憶は少し曖昧になっている。現実を拒否したかった気持ちも、無いとは言い切れない。
 もはや、気持ちが耐えきれなかった。
 俺は上着でそれを包んでLHへと持ち帰り、密やかに埋葬した。

 あの時から、俺の右目に浮かんだ朱色の傷が、消えなくなった。
 覚醒と非覚醒の状態は曖昧になり、常に重い疲労感が付き纏う。
 人に、近づきすぎたのか。
 心を、開きすぎたのか。
 身体は何処にも傷が無いのに、ずっと痛みに苛まれている。辛くて、苦しくて、情けない。
 感情に乏しい俺ですらコレなんだ。あいつらは、もっと苦しんでいるのだろう。
 こうなる以前の様に、誰かと慣れ合う事もなくずっと一人で居たのなら‥‥
 彼らを、こんな苦境に巻き込まなかったはずだ。

 一人でシャバトの足跡を追って情報を集めるも、これと言ったものは掴めていない。
 それもそうだ。あの時、信頼のおける傭兵たちの助力を請うて探しても、掴めなかったものなのに。
 その傭兵の数名が指摘していた「認識のズレ」について、自分の来歴を調べるも、具体的な切欠に結びつけるには難い。
 生活拠点を離れ、ドイツに来てから丁度一ヶ月が経った、ある日のことだった。
「‥‥ジョエル・S・ハーゲンだな」
 滞在していたホテルに突然訪れた男に、俺は強い嫌悪感を示すと同時に、これが最後の手掛かりだと縋った。
「この間の強化人間、だな」
「お前の求める真実は、余りに危うい」
 間違いない。最初に、ヴェルナスの身体を狙った男はこいつだ。
 思わず、腰元の鬼蛍に手が伸びるが、男はそれを笑って制止する。
「俺がお前と戦ったとして、俺の勝算はゼロ。そんな馬鹿な事をしに来たわけじゃないし、どうせなら自爆するぜ。民間のホテルでな。お前は、それをさせたいか?」
 くつくつと笑う男の真意が解らない。
 しばらくの間、感情を見失っていたジョエルには、もはや気持ちを表に出す事が出来なくなっていたものの
 この事態には、さすがに困惑していた。
「俺の言いたい事は一つだ。これ以上、本件に近づくな」
「‥‥どういうことだ?」
「今すぐラストホープへ帰還し、二度とこの地に足を踏み入れるな」

●Side:???
「どんな星にもあるもんねぇ」
 女はソファに身体を横たえ、恐るべき速度で書物を読みあさっていた。
 次々に読み終わったそれが山を成し、新しい書物を運び入れるものと、読破したそれを運び出すものと、2名。
 メイドの様な姿をした女たちが表情もなく、ただそれを繰り返していた。
「ムッター、それは、どんな本‥‥?」
 メイドの一人が、女の呟きに反応を見せる。
「ある貧乏人が、最初に持っていたワラを元手に物々交換を経て、最終的に大金持ちになったって話よ」
「ふぅん‥‥? 物々交換、なのに、ワラで、大金?」
 メイドは理解に及ばないらしく、首を傾げる。
「といっても、この星の近代以前が舞台設定になった話だからね。
 当時、一物一価が成立しなかった時代において、この人間の取引行為はいずれも高価なものを入手する動機に結び着かないわ。
 つまり、需要と供給の均衡の上‥‥」
「その辺にしといてやりましょうや、ムッター。そいつの脳じゃ限界っすわ。そも、その話は童話っすよ」
「あらそう? 等価交換の結果、なぜ富の上昇がもたらされたのかという点について、興味は無い?」
「元がこれっすからね、俺には解らんのですわ。一先ず、どうするんすか? こないだの‥‥」
「餌が、ないのよね‥‥」
 女はぼんやりと先程の書物を手にページをぱらぱらと意味もなくめくる。
「私も、している事は似たようなもの。あの男が対価となるに値するものは‥‥」
「シャバトのクソも、死にやがりましたからね」
「そうね。可愛い子だったのに、惜しい事をしたわ」
「ムッターは、なぜあれを仕入れたんすか。少なくとも、あんなに精神の脆い奴は洗脳をすべきだった」
「あれはね、人間という生き物の弱さを知るに、丁度いい素体だった。人間はどこまで人間を信用できるのか? そして裏切られた時、どういう反応を見せるのか‥‥」
「またそれ、すか。結果は見ての通り、コロッと騙されてあのザマだったじゃないすか」
「そうね。あれは、あの子が素直だったからよ。元は大人しく、抑圧された中で生きてきた子だったのでしょう。あの子の残した最後の一撃は、期待を裏切らなかったわ」
 少し複雑な会話の流れには、付いて来る気もなかった様子のメイドが、落ち着いた頃愛を見計らって二人の会話に入り込んでくる。
「ムッター。アンネたち、出来る。狩り、行ける」
 おぼつかない言葉で自らを指差して、メイドは女にぎこちない笑みを贈る。
「あら、偉いわ。気をつけて行ってらっしゃいな」

●At:ベルリン
 男が去った後、ジョエルは部屋で一人、考えあぐねていた。
 去れと言われて去る気はないが、敵である男が自らに刃も向けず警告に来たその真意を測りかねたのだ。
 そこへ、遠くから何かが聞こえてくる。
 その音は、少しずつ近づき、それが強烈な破壊音だと言う事に気付いた。
 続く悲鳴に、咄嗟に刀を握り締めて表へ出たジョエルの眼には最悪の光景が映し出されていた。
「‥‥な‥‥!!」
 大斧を振りかざすメイド姿の女が一人。
 全く同じ姿をしながら、小銃2丁を構える女が一人。
 周辺の民間人を手当たり次第に虐殺していたのだ。
 赤く染まる町。平和など、淡い幻想の様に思える。
「‥‥アンネ、強いの、来た」
「あれ、もう、当たり? なんで? おかしい」
 アンネと呼ばれた斧持ちの女は、ジョエルを見て不思議そうに首を傾げた。
「でも、都合、いい。ジョエル・S・ハーゲン、お前を、狩る」

●参加者一覧

宗太郎=シルエイト(ga4261
22歳・♂・AA
夢姫(gb5094
19歳・♀・PN
エスター・ウルフスタン(gc3050
18歳・♀・HD
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD
空言 凛(gc4106
20歳・♀・AA
アイ・ジルフォールド(gc7245
17歳・♀・SN

●リプレイ本文

●ドイツへ
 高速艇の中、窓際に座ったアイ・ジルフォールド(gc7245)は艇内の様子を見渡した後、嘆息して窓の外を見た。
 眼下に広がる雲。どこまでも続く空。それに比べて‥‥
(‥‥重苦しい空気)
 アイは、ここに来るまでに本件へ関与すると推測される過去の報告書に目を通していた。
 必然、この空気の理由にも気がつく。これまで彼らが追ってきた青年と、その命の行方。心に落ちた、暗い影に。
(この重さの理由は、今回の事も、過去の事もあると思う。でも‥‥)
 アイが察するもう一つの理由。それは、『小隊に必ず居る筈の人がいない』事だった。
「今、どこにいるんだろう」
 ‥‥兄の信じた、あの人は。

 そんな中、張り詰めた空気を破るように艇内がざわついた。
 思わずアイが席を立って見やると、そこには宗太郎=シルエイト(ga4261)の姿があった。
「‥‥皆さんの絆を、私は甘く見ている節がありました。この場で謝らせてください」
 真摯に頭を下げる宗太郎に、Chariotの面々が一様に驚き、戸惑った。
「待って下さい、宗太郎さん‥‥!」
 慌ててトールが宗太郎の身体を起こそうとするも、その意思は固く。
 俯いた宗太郎から聞こえてくるのは、真っ直ぐな声だった。
「身勝手ですが、私なりのケジメです」
 言葉が、途絶える。
 訪れる沈黙の中、副長のマルスが宗太郎の腕に手を添えた。
「宗太郎さんが謝る事なんて、何もないっす。ただ‥‥俺とこいつらから、礼だけ言わせて下さい」
 シャバトの気持ちを救ってくれたこと。
 そして、俺達の友‥‥ジョエルを、助けてくれたことを。

●力を欲す者
「まさか、あれは‥‥!?」
 秦本 新(gc3832)が目指す先、交戦地点に想定外の人物──ジョエル・S・ハーゲンの姿を認識したのだ。
 ジョエルは、一目で分かるほど満身創痍だった。
 別働隊の夢姫(gb5094)も、その姿を認めると、苦しげに眉を寄せる。
 けれど、現場に訪れてすぐに気付いたのは、街中での乱戦にも関わらず、周囲に人影が無い事。
(弱っていても、一般人を守るため、その身を犠牲にする真っ直ぐさは変わらないんだ)
 その事実に、また少し苦しくなる。夢姫は思わず、傍らのトールの腕を引いた。
「お願いがあるんです‥‥!」

 陽動班が、ホテルの東側から現場へ到達。
 孤立するジョエルへ瞬天速で駆け寄ると、斧使いを潰すべく空言 凛(gc4106)が殴りかかった。
「よっ、ジョーさん。面白そうなことに巻き込まれてんな」
 最初こそ、凛達の姿に驚いた様子のジョエルだった。
 だが、不意をつかれた斧使いが、叩き込まれた凛の一撃に勢いよく吹き飛んだのを確認し、漸く現実を受け入れる。
「どーせ、シャバトの事を探してたんだろ?」
 見透かされている。けれど、凛はそれを決して責めはしなかった。
 再び女が襲いかかってくる前にジョエルを助け起こすと、今までと何ら変わらない笑顔で迎えてくれる。
 しかし、斧使いが体勢を立て直したのが見えると、凛はまたジョエルに背を向けた。
「‥‥でもよ、一人で行っちまうなんて水臭ぇじゃねぇか」
 再び幕を開ける激闘。
 凛とマルスが斧使いを相手どり、新とルナが小銃使いをマークする。
 それでも連携を維持しようとするメイド達だが、しかし、空から注ぐ矢の雨がその連携を突き崩した。
「絶対思い通りにはさせないんだから!」
 アイが盤面を見降ろすように、西側の建物屋上から的確に矢を放っている。
 瞬発力と命中精度を、立ち位置の工夫で補ったアイの策は功を奏した。
 連携はテンポを崩され、メイド達は分断される。
 そこへ、畳み掛けるように現れたのは宗太郎や夢姫達、奇襲班の面々。
 移動スキルを持つ2人はジョエルの横をすり抜けてゆき、続くオーディがジョエルを確保。
 そして夢姫の願い通りに、トールは治療を開始した。

「それにしても、ジョーさんを殺す為だけにしては行動がハデだな」
 疑るような凛の呟きに、メイドは2人揃って首を傾げる。
「違う。狩りは、獲物、住処に、持ち帰るまでが、仕事」
 それはつまり、ジョエルを連れ帰ろうとしているということだ。
「なぜジョエルさんを狙うの‥‥目的は何?」
 気付いた夢姫がベルセルクを振り抜くと、斬影が黒い軌跡を幾筋も残す。
 噴き出す血飛沫にも無表情のまま、女は瞬時に後退。そして、小さく唇を動かした。
「‥‥特別な、強さ、あれば、誰でも」
 想定内だとしても、改めて聞かされた言葉に夢姫は唇を引き結ぶ。

 その戦いの裏。ジョエルが滞在していたホテルから、突如、何かが飛び出していた。

●予期せぬ殺意
「面倒な所に居合わせたと思ったら‥‥逆に好機か」
 ジョエルへ迅雷の如く駆ける男が一人。
 殺気に気付いたオーディが咄嗟に立ち塞がるも、明らかに相手の速度の方が上だ。
 二撃、三撃、受けきったオーディがいよいよ体勢を崩したその時。
 ───!!
 激しい金属音が、瞬間的に耳を麻痺させた。それは、武器が衝撃し合う音。
「ってぇー‥‥」
 一瞬の出来事に、ジョエルもオーディも目を見開く。そこには、右の拳を突き出した凛の姿があった。
 敵の一閃をど真ん中に捉え、真直ぐ突きだした凛の拳が刃と正面衝突。
「やっぱ出てきやがったな」
 一撃を受け止めたアリエルのローズクオーツは刃の侵入を許したが、SESの排気音は凛の感情と共に上昇してゆく。
「テメーらが堂々と出てくるなんて思っちゃいねぇよ!」

 一方、新は現れた男の姿を確認し、思考が収束してゆく感覚を覚えた。
 男が前回までの事件に絡んでいた強化人間であるということは、つまり、眼前の女達も類する者ではないのか、と。
 ビアンカが小銃をリロードする1行動で一気に距離を詰めた新は、女へ鬼火を躊躇なく繰り出す。
 銃身でそれを受け止めたビアンカへと、新は至近距離で問うた。
「『ムッター』は元気ですか?」
 前回敵勢の誰かが呼んだ“その存在”の名を、敢えて口にして。
 途端、ビアンカの無表情が、壊れる。
 眉を寄せリロードを直ちに完了させると、小銃2丁を新にロックオンし、弾を全力ではじき出す。
「ムッターは、お前の、ムッターじゃ、ない」
 ムッターとはつまり、ドイツ語でいうところの『母』を現わす言葉であると、新は知っていた。
 銃撃に合わせて後退した新に、芽生える確信。
「やはり、お前達組織には“母”と敬う存在がいる‥‥」
 恐らくそれは、『あの時笑っていた女』のことだろうと。
 少しずつ手中に落ちてくる情報を繋ぎ合せて得た確信は、やがて明確な憤りへと帰結する。
「‥‥許しは、しない」

 一方。
 奇襲に現れた男は、凛の一撃をかわして後退すると、忌々しげな表情に更に深い殺意を宿した。
「警告したはずだ、ジョエル。本件に、関わるなと‥‥そうでなければ、この場で死んでもらう」
 ──瞬間、メイド2名が弾かれたように振り返った。
「殺す‥‥?」
「違う‥‥!」
 エスター・ウルフスタン(gc3050)が感じる動揺。
「仲間割れ? あいつ、ジョエルを殺したいの?」
 しかし、考える間もなく、突如交戦中のメイド達がエスターへと背を向けたのだ。
 まるで、奇襲に現れた男を標的にしたかのように、目の前の自分を置いて走り出すメイド達に、エスターが眉を吊り上げる。
「何よこの駄メイド! あっぱかぷーな顔してるくせに!」
 敵の行動には理解を示せないが、今が好機である事に変わりは無い。
「後悔しても遅いんだから。LEADY FOR DETONATION‥‥」
 猛火の赤龍。
 長大なエクスプロードが赤い輝きに揺らめくと、布斬逆刃で更に射程を延ばした真空の刃を一気に繰り出す。
「GAE BOLG!!」
 突きだした槍の突端から、爆炎と共に高熱を帯びた鋭い一撃が真直ぐ射出された。
 エスターの渾身の一閃は直撃。アンネは肩を貫かれ、勢いよく倒れ込む。
 そこへ、瞬天速で接近した宗太郎が、倒れ込んだ背を大地へ縫いつけるように一気に刺し貫いた。
 舞い散る鮮血の下、大地に標本のように刺し止められたアンネは、それでも無表情のまま。
 まだ少し自由になる両手足に全体力をこめ、アンネはランスごと体を持ち上げようとする。
「頑丈だな‥‥こいつは気が抜けねぇ!」
 穂先が刺さったまま、それを引きぬことはせず。
 ほの赤い剣の紋章が宗太郎から現れてはエクスプロードへと吸い込まれる。両断剣・絶の、合図。
 宗太郎の全霊を賭けた寸勁三段突きが繰り出されると同時に、深々とねじ込まれた穂先が凶悪に発火。
「奥義! 『穿光・極式』!!」
 女の体内からくぐもった音が聞こえたかと思うと、それは二発目に腹ごと爆ぜ、強化人間は肉片と散った。
「‥‥アン、ネ?」
 双子の死に、僅かに手を止めた隙を逃すことは無く、アイの矢が女の胸を刺し貫く。
 そこへ、竜の翼で間合いに捉えた新が、迅雷で懐に入り込んだマルスが、文字通り挟撃でビアンカを倒す。
「残るはてめぇだけだぜ」
 凛の言葉に男は顔をしかめる。
 この数の傭兵を相手に目的が果たせない事を悟ったか、凛が拳を叩きつける瞬間、閃光手榴弾を放る。
 間近の凛が行動不能に陥った隙、他の傭兵が駆け付ける前に男は逃走した。
 それは、最初にヴェルナスの病室に現れた時と、全く同じ手段だった。

●おかえりと、手を差し伸べて
 戦いの後、呼吸が落ち着いてくるのを確認しながら、傭兵達は一人、また一人と覚醒から解き放たれてゆく。
 重い空気を払いのけるように、膝をついたままのジョエルへとエスターが近寄る。
 気付いて見上げたジョエルの視線がエスターのそれとぶつかると、少女は堰を切ったように感情を溢れさせた。
「この、ド馬鹿っ!!」
 思いのほか、気持ちの良い音がした。
 頭の天辺を勢いよくグーで殴られたジョエルは、事態を飲み込めず殴られるままに頭を垂れた。
「事件を調べるにしたってこんな体調不良でフラフラのくせに出歩く奴があるかぁーーーっ!!」
 殴った後、首根っこを掴んでゆさゆさと揺するエスターは、どこか安堵したような表情も浮かべていて。
 彼女たちの感じていた心の痛み。与えてしまった不安。今感じる痛みは全てを擁した痛みなのだと感じる。
 馬鹿! 阿呆! と繰り返すエスターの横でアイが口を開く。
「‥‥後悔ばっかりしてる」
 ぽつり、呟く視線の先で、眼帯の男がハッとしたようにアイを見つめる。
「居なかった私が言える事じゃないと思う。けど、迷い悩んで先も周りも見えてないよね」
 少女の視線は真直ぐだった。
 それ故に、自分の稚拙な行動や逃げの姿勢に入りかけた心理までもを見透かされたようで、
 ジョエルはその瞳を受け止めることができずにいる。
 苦しげに傾いた眉が、無口な男の感情を唯一現わしていた。
「でも、一つだけ。私は兄さんが信じたジョエルを信じる」
 彼女の言う『兄』の言葉に、漸くジョエルはアイの目を見返した。
「一人では無理でも、皆と一緒なら前に進めるって」
 ここにいる傭兵だけでなく、これまで自分が関わってきた数え切れない人々の顔が過る。
 その想いを、自分は無にしているのだろうか。そう考えると、酷く恐ろしい気持ちになる。
 そんな中、膝をついていたジョエルに、新がその手を差し伸べた。
「‥‥酷い顔です」
「だろうな」
 思わず苦笑いを浮かべるも、ジョエルは新の手をとり、体を起こす。
 新は、ジョエルがここにいる理由を察していた。全てを背負い込んでいることも、何もかも。
「彼らは貴方と共に歩んできたことを、きっと誇りこそすれ、悔いてなどいない」
 新の言葉に、ジョエルは思わず周りを見た。
 そこには、自分に沢山の言葉をくれる傭兵達と‥‥自分を心配し続けて一月余りを過ごしたChariotの面々がいた。
「どんな時だって、貴方は一人じゃない。信じてあげて下さい、彼らを」
 ───「共に背負う者」として。
 背負うことは、一挙手一投足が問われ、時に自分を酷く責めたりもする。
 そんな責という錘を、大切な人達に背負わせてよいのかと‥‥くだらない大人の葛藤を、たった一言が払いのける。
「‥‥仲間なんだから。もう少し、うちらにも背負わせてよ」
 馬鹿。
 染み入る言葉に、男はただ一度だけ、小さく首を縦に振った。

 しかし、ジョエルの覚醒は未だに解けなかった。
「前回のこと‥‥まだ、責任を感じていますか」
 一人の少女がジョエルの元へ歩み寄る。
 夢姫の複雑な表情が視界に広がって、同時に柔らかな香りが胸の中におちてゆく。
「シャバトさんが自らを賭してまで皆さんを守ったのは、ジョエルさんを苦しめたかったわけじゃない」
 長く共にあった自分が理解できなかったものを、目の前の少女は理解し、受け入れている。
 自分を情けなく感じると共に、それを諭して背を押してくれる華奢な手へ、安堵と甘えを覚える心にも気付いていた。
「一緒にいた時間がかけがえのないものだったから‥‥だからシャバトさんは、最後に絆を信じることができたんだと思います」
 共に過ごしたあの時が何より大事だったから、離れても、例え敵対しても、最後まで信じることを諦めなかった。
 それは、ジョエルたちも同じだった。
「自分が居なければ‥‥なんて言ったら、本気で怒るぞ?」
 それまで静かに聞いていた宗太郎は、ジョエルと同じように、未だ覚醒したまま。
 腹に据えた感情を全てぶちまけるように、宗太郎はジョエルの胸倉を掴む。
「どう足掻こうが過去は変わらねぇ! 消したい悲劇も、暖けぇ想い出も、紡いだ絆も、何一つだ!」
 不器用な宗太郎なりの、気持ちのぶつけ方。
 それは、似たもの同士、思いの外心に響いたように見え、夢姫も次第に表情が和らいでゆく。
「大切な仲間と過ごした思い出は本物だから、後悔も否定もしないで」
 たくさんの想いに触れ、時にそれをぶつけ合い、苦痛も喜びも涙さえも共有してきた。
 その事実に、「人」であることを強く感じる。
 それは、とても幸福なことであると同時に、繋がりを失う痛みや恐怖をも内包する、愛すべき矛盾。
「1人で抱え込まないで。苦しみも悲しみも、分けあえるから」
 ふと、右目の闇の向こうに、シャバトの笑顔が浮かんだ気がした──。

 覆い隠された眼帯の奥、赤い右眼からたった一筋の雫が伝う。
 長い事、覚醒と非覚醒のはざまを揺れていた男は、ようやく解き放たれたように、そこでぷつりと意識を手放した。
 突然倒れこむジョエルの手を夢姫が掴み、宗太郎が慌てて背を支えて倒れ込むのを防ぐと、エスターが意識を確かめようと頬を張った。
 それでも目覚めぬ男について、新が息をしていることを確認した後、アイがトールを引きずって診断させると、凛がジョエルの姿を見てからからと安堵したように笑う。
 暖かな人の体温を感じながら、途絶えた意識の底で、男は久方ぶりの眠りに落ちてゆく。
(シャバト‥‥苦しめて、済まなかった)
 眼帯の奥、いつまでも消えずにいた右目を両断する赤は、覚醒の終わりと共に淡く消え失せていた。