タイトル:始動。響け、魂のうた。マスター:藤山なないろ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/02/19 00:40

●オープニング本文


●過去最悪の被検体
「‥‥シミュレーションも、実務実験も全工程が終了したな」
 白衣を纏う男が分厚い資料の束に几帳面に目を通す。
 時折、目にかけたモノクルを寸分の狂いなく指定位置に戻す以外、ただ静かに紙をめくり続ける。
「だが‥‥」
 やや嘆きにも似た言葉が、隣にいる栗色の髪の少女の頭上に落ちていく。
「これは求めているデータではないと、何度言ったら解かるんだ」
 ただ黙々と、テーブルの上に並べられた大量の食事に手をつけながら、椅子から立ち上がる事もせず少女は男を見上げる。
「この実験が何のためのものか、本当に、理解していたのか?」
 男の持っている分厚い紙の束の一部は、報告書だった。
 そこには、少女の参加した「実務実験」とやらの結果が記載されている。
「‥‥んぐ。‥‥それなりには‥‥」
 少女は、積極的ではないにしろ、食事の合間にぽつぽつと口を開く。
「ハーモナーと他クラスの連携を図る為の実戦、だったはずだろう。なのにどうして前に出て、その腰にぶら下げた剣で敵を切り裂いたんだ‥‥? 前にも、同じ事をしただろう」
 今までの経験則から言って、怒った所で聞く相手ではないと理解していた。
 それでも、聞かずにはいられなかった彼女の行動の理由。歳の割りに幼くみえる彼女の表情を、静かに見つめる。
「‥‥そこに、『敵』がいたから」

 新たな可能性として、ULTはある研究を進めていた。
 ヘヴィガンナー、キャバルリーと続き、多様な上級職の実装。
 そこに留まらず、いつか来るべき日の為、エミタの可能性を追求し、そして生まれたのがハーモナーだ。
 ハーモナーとは、その歌声で味方をを癒し、敵をまどわせ、戦場の傭兵達の支援を得意とする。
 ようやくその力が独自のクラスとして確立され、解禁となった新たなクラスだ。

「‥‥お前、よく周りに迷惑かけてるだろう」
 男はかけていたモノクルを外すと、白衣のポケットへとしまい、呆れた様な表情で溜息を一つ零す。
「他の被検体のデータから、既にハーモナーは公開段階まで来た。今日から傭兵として‥‥ハーモナーとして、ここを巣立ってもらうぞ」
 俄にこぼれたのは苦笑いだった。今まで散々迷惑を掛けられてきたが、バカな子ほどなんとやらという言葉もある。
 男は報告書の束で、少女の頭を二、三度軽く叩いた。
 拗ねたように口を尖らせた少女は、しばし視線を落とした後に、か細い声でぽつりと漏らした。
「センセ‥‥ごめん、ね」
 少女が視線を落とした理由には、察しがつく。
 被検体に彼女を選んだ時、過去の経歴も全て調べあげた。それでも‥‥男は、この少女に「新たな可能性」を託したかった。
 自分の娘が生きていたとしたら‥‥。男は、一寸想いを馳せる様に目を細める。
「お前は‥‥ジル・ソーヤという傭兵は、今までで一番、『ダメ』な被検体だったな」
 素質はあるのに、実験になりゃしない。
 からかうようにその背を叩けば、その気遣いに感謝するように、ジルと呼ばれた少女は今にも泣きだしそうな顔で笑った。
「分かってますよーだ」
 でもね、センセイ。‥‥理由が無いわけじゃ、ない‥‥から。
 心のうちで奏でられる声音は、少女の体内だけに反響した。

「‥‥やはり、あの状態で彼女を手放すのは怖い」
 ジル・ソーヤという少女は、適性を見出された為にハーモナーの被検体となったが、それ以前は前衛として剣を振るうファイターだった。
 その時の感覚を引きずっているのか、実戦に出撃した彼女は、いずれのパターンにおいても剣を手に敵に立ち向かっていく。
「歌ってる暇があったら攻撃するよ、的なあの発想はなんとかならんのだろうか‥‥」
 恐らく、原因は彼女の過去にあるのだろう。
 だが、あのまま放っておけば真っ先に命を落としかねない。今の彼女は「ハーモナー」であり、「ファイター」ではないのだから。
 身につけられる装備の重量も、もちうる能力も、経験を積んだ際の成長度にも差が出てくる。
 今は良くても、きっと、いつかそこで壁にぶち当たる。
 クラスに固執して「役目」を縛る訳ではない。クラス間の転職が可能になった今、クラスと言うのは現在就いているものを表すだけであり、そこには無限の可能性があり、手段がある。
 ただ、物事には向き不向きがあり、彼女についてはあの状態で前線に立たせてはいけない。そう思わせる危うげな面が感じられた。
「支援をしなければならない状況‥‥。あの子にとって、歌うことの意味を、見出してもらうには‥‥」
 立ち上げたままになっていたパソコンで、ある場所へアクセスする。
 幾つかの情報を確認した後、男はある場所に1本の電話を入れた。

●始動
「ジル! センセイから聞いてるわよ。気をつけてね」
 ジル・ソーヤは本部の受付で奇妙な顔をした。
「‥‥なにに気をつけるって?」
 言葉の意味が理解できずにいるジルを置いて、オペレーターのバニラは彼女へ書類を差し出す。
 出されてつい受け取った依頼書に記載されていた内容は、強化人間、並びに複数のキメラを討伐せよ、というものだった。
 一度、編成された傭兵部隊が討伐に向かったものの、満足に依頼を成功する事が出来ずに退却してきたそうだ。
 この依頼は、その再討伐にあたるらしい。
「え、何これ? そんな相手に、7人でいくの? 12人とか、もっと大人数でいけばいいじゃん‥‥」
 慌てふためくジルをよそに、オペレーターはにっこりと笑顔を浮かべる。
「ばっちり頼むわよ! ハーモナーも遂に始動なのねー」
 この様子だと何を言っても無駄かな‥‥とジルは苦笑いを浮かべた後、小さく文句を垂れる。
「‥‥センセイ、何考えてるの‥‥?」

●某国、某神殿跡地
「あははっ。ニンゲンどもも、ぜーんぜん大したことないじゃん」
 くすくすと笑う少年は、崩れた石柱の上に座って足を組む。
「どんなに強くたって、動けなきゃ唯の的じゃん? 僕の射撃練習にぴったりだよねー」
 石柱の下、くぅんと鼻を鳴らす1頭の犬の姿。
 少年は、それを愛おしそうに見つめると、柱の上から飛び降り、地に足をつける。
「よしよし、良い子だ。もう少し、僕が上手になるまで『練習』につきあってくれる?」
 少年が撫でるべき頭は‥‥3つ、あった。
 少年の両手は別々の頭へと伸び、2つの頭は目を細めてうっとりと少年に首を預けるも、最後の頭は牙をむき出してねっとりした涎を口から垂らしている。
「あーぁ、僕に手が3本あったら同時に撫でてあげられるのにね。今度、新しくつけてもらおっか? かっこいー腕をさ! 腕力のありそうな人間のがいいね」
 少年の言葉に、3つの頭は同時に低いうなりを発する。
「カロン様‥‥どうやら、また人間が接近しているようです」
 石柱の影から、声がする。声の主が姿を現す事は無かったが、カロンと呼ばれた少年はしばし思案した後に楽しそうに笑った。
「本当? 楽しみだね、皆も呼んでこよう。一緒に、遊ぶんだ」

●参加者一覧

ベールクト(ga0040
20歳・♂・GP
柳凪 蓮夢(gb8883
21歳・♂・EP
過月 夕菜(gc1671
16歳・♀・SN
ヨダカ(gc2990
12歳・♀・ER
イレイズ・バークライド(gc4038
24歳・♂・GD
サーシャ・クライン(gc6636
20歳・♀・HA

●リプレイ本文

●da capo 〜曲頭に戻る〜
 戦いの終わりは、次の戦いの始まり。繰り返す、命の旋律。

 高速艇の中、依頼内容の再確認を終えたサーシャ・クライン(gc6636)が軽く伸びをする。
「さて、と。初依頼だし無理はしないようにだけど、しっかりやらないとね。ジル、同じハーモナー同士、仲良くしようね♪」
 同じハーモナーのジルへと笑いかけると、人懐っこい笑みがサーシャにかえってきた。
「もちろん。仲良くしてね、サーシャ!」
 二人の周りにも、今回同行する傭兵達が揃っている。
「にゃーん! 今回はよろしくね〜♪」
 過月 夕菜(gc1671)が、猫の手帳をぱたりと閉じると可愛らしい声で改めて挨拶を交す。
 だが、夕菜は作戦会議から引っかかりを覚える所があった。
「そういえば妙に人数が少ない気がするんだけど‥‥気のせい?」
 前回敗退してきた傭兵達の話を聞くところによれば、相手は少々面倒な能力を持っている。
 可能であればもっと多い人数で当たるべき依頼なのではないかと考えていたのだ。
「ふむ‥‥確かに、人数的に少々厳しいな」
 夕菜の指摘を受け、柳凪 蓮夢(gb8883)が小さく溜息を零す。
 蓮夢自身もその点を気にかけていたが、だからと言って目的地まで後わずかだ。
「生き残る為にはチームプレイが重要だ。各々の役割分担を実行すれば、強敵だろうが倒せるだろう」
 ベールクト(ga0040)が、改めて今回の作戦について触れる。
 一番大切なのは、同行者全員が生きて、そして作戦を遂行して帰還する事。
「だが、スタンドプレイは連携を崩壊させ自分のみ為らず、パーティをも全滅させる事もある。それだけは覚えておいてくれ」
 気にしていたのは特定の人物だが、あくまで全員に言い聞かせるように。
 ベールクトの言葉に、その場の傭兵皆が静かに頷き合う。が、頷いたままジルは視線を床に落として顔を上げる気配がない。
「これだと演奏から攻撃の切り替えに持ち替えなくてすむのですよ」
 そんな彼女の様子を見かねたヨダカ(gc2990)は、あるものをジルに手渡そうとする。
「信じて、支えて欲しいのです。前衛の皆を」
 ジルよりもずっと小さいヨダカの手が、きゅっと握りしめた超機械を差し出す。
「‥‥信じる。ありがとう。でも‥‥」
 ジルは、ヨダカの手をそっと上から包み込む。
「あたしのも、超機械だから大丈夫。ちょっと、特注品だけどね」
 ヨダカの気遣いを嬉しそうに笑いながら、超機械をそっと返した。
「これが噂の特攻娘か‥‥」
 一連のやり取りを黙って見ていたイレイズ・バークライド(gc4038)は、しばしジルを『観察』した後に思い立ったようにポケットに手を突っ込んだ。
「噂通りなら餌付けも出来る筈だが‥‥」
 ぴくりと、少女の耳が動いたように見えた。ジルはイレイズの顔をじーっと見つめている。無言の(期待の)眼差し。
「チョコいるか?」
「ほしい!」
 ジルは嬉しそうに両手を差し出した。
「ありがとう、イレイズ! 1枚は終わった後のお楽しみにとっとくね」
 そういって、早速1枚の板チョコの銀紙をはがすと、女性陣に割り砕いて渡す。
「‥‥2枚じゃ、足りなかったようだな」
 困った様に笑うイレイズは、ジルの腰元に下げられた剣を複雑な表情で見ていた。
(剣を取り上げておく、というのも手だが‥‥)
 しばし考えた後、イレイズは静かに首を振る。ジルを信じる、という意味も含め剣はそのままにしておくことにした。

●alzando 〜奮い立たせて〜
 そこに立つ者は皆、等しく。時に互いを信じ、諌め、奮い立つ。

「‥‥見つけたよ。数はそこそこいるようだけど、大丈夫だよね」
 神殿入口に居たサーシャの瞳が、緑色に輝き、両手甲に翼の紋様が浮かぶ。
 最初にバイブレーションセンサーにかかったのは、自分達以外の3つの生体反応。
 得た情報を伝えると、蓮夢はサーシャに穏やかに微笑む。
「ありがとう。皆、狙うべき者の優先順位と、其々の役目はわかっているね」
 まるで、念を押すように、けれど、決して咎める様でない柔らかな声音。
 周囲の探索をしてきたイレイズも、首肯して呟く。
「神殿の外周は、何もいなさそうだ。お前は、何かみつけたか?」
 イレイズに問われたジルは、ヨダカに頼まれてサーシャから離れた位置でスキルを発動してきた所だった。
「ん、あたしもサーシャと同じ。ただ‥‥空を飛んでるものや、動いてないものの数はこれに含まない、から」
 ジルは皆に警戒を促すも、ベールクトは至って冷静だ。
「少なくとも3体以上はいる、ということだ。大きさと事前情報から、どこに何がいるのかは予測が付いた」
 その時、巨大な3つ首の犬が神殿の入口へと歩いてくる姿が確認出来た。
 周囲を警戒するように3つ首がそれぞれの方角を確認している。まさに、番犬といった風情。
 目標を捕捉。
「いくぞ」
 ベールクトの言葉を合図に作戦は開始された。

 極力遮蔽物を利用し、気配を悟られないよう接近した一同だったが、番犬の鼻に人間の臭いを察知されたらしい。
 傭兵達に気付き、3つの首が同時に鳴き声を上げる。
「‥‥今ので、奥から番犬がもう1匹来たね」
 1人隠密潜行で接近していた蓮夢だったが、他の傭兵達が気取られた事に気付く。
 しかし、まだ奇襲のチャンスはある。蓮夢は柱の影から気配を断ったまま移動を再開する。
「さぁ来い、三つ首の駄犬。貴様の相手は俺だ」
 前衛を務めるベールクトが番犬を真正面に捉えて挑発すると、番犬は迷いなくベールクトへと牙を向いた。
「可能な限りどんどん落としていくよ!」
 濡羽色の美しい弓身がしなり、夕菜から放たれる真っ直ぐな矢が風を裂き、番犬の中央首の眉間へと突き刺さる。
 ダメージに強烈な悲鳴を上げながらも、残り2つの頭が走る4つの足を止めさせない。
 更に奥からはもう1匹の番犬の姿が見える。
「奥のは俺が注意を引いておく。こっちは任せるぞ」
 イレイズはそう言い残すと、石柱の影から影へと時間を稼ぐようにジグザグに走り、射撃武器を持つ者の一方的な的にならないよう距離を詰めていく。
 自らの方へ来た番犬の姿を確認すると、ベールクトは一時柱の影へと避難し、持って来た道具を握りしめた。
「投げるぞ!」
 放たれた閃光手榴弾。この瞬間に発動していたら敵は閃光に目を焼かれていただろう。しかし。
 閃光手榴弾は発動までに僅かな時間を要する。
 番犬の全力疾走は、その発動を待たずにベールクトへと襲いかかり、夥しい数の牙が腹へと食い込み、鮮血が舞い散る。
「ベールクト!」
 それを見たジルは思わず叫んだ。
「大丈夫です。ヨダカが治療にいきます!」
 ヨダカも治療に向かうべく駆けだす、その一瞬の出来事。
「‥‥それ以上は、させないよ」
 隠密潜行で気配を消しながら接近していた蓮夢が飛びこんできたのだ。
 美しい飾り布を持つ天槍が、驚異的な速度で番犬の胴部を穿つ。
 繰り出された強烈な突きはそのまま胴部から引き抜かれると、続くもう一突きが番犬の頭頂から顎へと貫通した。
「俺に牙を剥いた事、後悔させてやる」
 炎を纏う様な刀身を引き抜き、ベールクトはゼフォンで残る最後の頭へと渾身の一撃を叩き込む。
 振るわれた剣の軌跡を辿る様に熱気が犬の首ごと大地におち、そして番犬は足元から崩れ落ちた。
「今治療するですよ」
 傷口は見る間にヨダカの練成治療が塞いだものの、ベールクトの腹には紫色の斑点が浮かんでいる。
「‥‥傷は塞がったようだね。でも、これは」
 蓮夢はベールクトの無事を確認した後、前線へ戻ろうとしていたが‥‥その際、気になるものが見えた。
「ちっ‥‥毒だな」
 忌々しげに吐き捨てながらも、ベールクトは立ち上がる。
「待って下さい、それなら‥‥ジル、さん?」
 ヨダカが振り返った時。覚醒しても変化の無かったジルの瞳が、赤く輝いている。
 そして、彼女の手に剣が握りしめられているのが見えた。

 イレイズは犬の噛みつきを盾で受けると、そのまま渾身の力で弾き飛ばし、体勢を崩した番犬へと稲妻型の穂先を叩き込む。
 起き上がり、牙を向く番犬に対し、サーシャの利発そうな瞳が、一際強く輝く。そのすぐ後、凛とした強さを纏う歌声が奏でられた。
「呪いを纏いし亡者の歌よ、黒き風に乗って彼の者を縛れ‥‥!」
 サーシャの放つ呪歌が鼓膜を通して全身に伝う。そして番犬は、次の瞬間動きを止めた。
「これが‥‥ハーモナーの力、か」
 イレイズは感心したように漏らすも、この隙を逃す事は無く。
 紫電を纏った青い和槍が、一度大きく旋回する。その勢いのまま、急所突きで中央の頭を刺し砕き、更に連続して薙ぎ払うように胴部を斬り払い、そして最後の一撃にと全身のバネを使い、砕く勢いで足払いをかける。
 2つの頭から、唸り声が聞こえる。もうじき麻痺の効果もきれるだろうが、そこへ飛んできたのは夕菜の声。
「番犬さん、このまま眠って〜!」
 夕菜がダメ押しの1発を引き絞り、放つ。
 弓の軌道は躊躇なく。まるで死の出迎えに来た天使の放つ矢のようでもあり、2頭目の番犬はそのまま2度と目覚める事は無かった。

「‥‥案外、上手く殺るもんだね」
 2体目の番犬を屠った時。イレイズ達のすぐそばの石柱の影から少年の声がした。
「例の強化人間? そこにいるの〜?」
 夕菜は声の方角を向くと、弓を構えた。同時にイレイズは夕菜とサーシャを背に庇うように盾と槍を構える。
 刹那。
「待って! そこ、2人いる!」
 数について、事前の情報では他にも人型が居た。
 サーシャがそれを気にしてバイブレーションセンサーを発動した時。すぐ近くの柱の影、少年がいるであろう場所に2体の音源を確認したのだ。
「!?」
 柱の左から飛び出した影は、無数の蛇を頭部に纏った、血の気の無い死人のような女だった。
 右からは、1人の少年。
「強化人間が出たの〜! 皆、早く来て!」
 夕菜の叫びが、神殿に響く。

 一方。
「強化、人間‥‥」
 赤い瞳をしたジルは、夕菜の声に反応し飛び出そうとした。けれど、瞬間その手を掴んだのは蓮夢だった。
 振り向いたジルの目を覗き込んだ蓮夢は、小さく息を吐く。
 頬を張る、乾いた音が響いた。
「‥‥あれは、私が追う。あまり、1人で無茶をするんじゃない」
 ジルは、蓮夢に叩かれた頬に手をあてると、しばし呆然としたのち「ごめんなさい」と零した。
 瞳が茶色に戻っているのを確認した蓮夢は静かに笑むと、迅雷ですぐさまその場を後にする。
「どうしても前に出たいと言うのなら、俺達フォワードが全滅した時にしろ」
 ジルはその言葉に顔を上げる。ベールクトが無愛想にそう言うと、自らの毒をおして立ち上がった。
「ここで支えてるから皆が頑張れるのですよ」
 ヨダカは、ジルの顔を見上げ、力強く微笑んだ。
「ジルさんにしか、出来ないことがあるです」
 しばらく黙って聞いていたベールクトは、頬を1度掻くと、視線を外したまま告げる。
「前に出て剣で皆を守るのも、後から音色で皆を護るのも、同じ事だと思わないか?」
 言い終わった途端、腹を抱えて蹲るベールクトを支えたのはジルの肩。
 彼女はベールクトの腹部にそっと触れると、接触した部分から赤い輝きが放たれる。
「よかった‥‥斑点が、消えましたです」
 ヨダカはそれを確認すると、また愛らしい笑顔で笑んだ。
「残ってる連中を、片付けるぞ」

「‥‥相当強力な石化能力みたいだな」
 振りかざす杖の様なものから放たれる特殊な光。それが、イレイズと夕菜の身体に当ったのだ。
 イレイズは何とか抵抗に成功したものの、夕菜の身体は石化している。
「夕菜!」
 サーシャは急いで回復しようと夕菜に接近するが、笑い声と共に発せられる銃撃がサーシャを撃ち抜いた。
「邪魔しないで‥‥」
 怒りの表情を浮かべるサーシャ。
 しかし、気付けば蛇女も再び杖を構え直している。次に石化の抵抗に失敗すれば、数的に圧倒的不利になってしまう。
 その時。放たれる強烈な火炎弾。
 真紅の銃身から炎が射出され、それらは強化人間の手足を撃ち抜いてゆく。
「動けない相手を撃つしか能がないのか。銃が泣くよ」
 蓮夢のカルブンクルスが、火を噴いた。
「うるさい」
 少年はすっかり煽られたのか、動けない夕菜を無視して蓮夢へと標的を移した。
「僕だって、やれば出来るんだ!」
「じゃあ、やってごらん」
 蓮夢は迅雷で少年を翻弄し、接近。その隙にイレイズは槍を振りかざし、蛇女へと駆ける。
「伝承とは少し違うようだが‥‥手加減はしない」
 蛇女はイレイズの一撃を受けただけで大きくよろめく。
 その間、瞬天速で駆け付けたベールクトが強化人間の対応に加わり、敵の注意が完全に逸れたタイミングでサーシャが夕菜に触れる。
「癒しの風よ、彼の者を縛る災いを吹きはらえ‥‥」
 変色した夕菜の身体が、サーシャから放たれる赤い光を受けて徐々に本来の姿を取り戻してゆく。
「念のため、回復もしておくですよ」
 ヨダカが夕菜をいたわる様に治療すれば、夕菜は深く息をつく。
「‥‥私にしか、出来ない事。私だから、出来る事」
 6人の見事な連携の前に、ジルは1人胸に手をあてた。
 突然、後方から響いて来る歌声。酷く透明で、真っ直ぐすぎるが故に不器用そうなソプラノ。
「な‥‥んで‥‥!?」
 突如、引き金を引こうとした強化人間の指が止まり、その隙にベールクトが駆けよる。
「これで、終わりだ」

●coda 〜曲の終わり〜
 1つの終局。終わらないのは、縁と鼓動。

 帰還する高速艇の中。今回の依頼の一部始終を聞いた傭兵達に、ジルが頭を下げた。
「今は、理由は聞かない。話したくなった時に話してくれればいい」
 静かな空気を破ったのは蓮夢。その奥には大きな思いやりを感じる。
「あの、さ。ただ前に出るだけが戦いじゃないよ」
 ぽつりと、サーシャが漏らす。その目は、ジルから1ミリもぶれる事は無い。
「あたし達にはあたし達の、やるべき事があるんじゃないかな」
 真っ直ぐな視線に、ジルはただ、頷く。
「それに、だ。今後も俺達みたいに気にかけてくれるのがいるとは限らない」
 離れた所で腕を組んで聞いていたイレイズも、口を開く。「うん」と、重い返事でジルは神妙な面持ちをしていた。
 が、続く言葉に目を見開いた。
「だが、俺達にはいくら迷惑を掛けても構わない」
「‥‥え?」
 思わず、イレイズの顔を見上げる。
「だからと言ってはなんだが。代わりに必ず、歌う意味を見つけて欲しい‥‥」
 それは、イレイズだけでなく、参加者全員の総意でもあっただろう。
 皆の顔を見渡して、ジルは思わず言葉を詰まらせて俯いた。まるで、涙をこらえる様に。
「待つのも女の甲斐性だってお婆様も言ってたですよ」
 ジルの手をきゅっと握って、ヨダカは笑う。
「じゃあ、今のソーヤは甲斐性がないってことだな」
 ベールクトのさらっとした一言に、ジルが頬を膨らませたが、小さく小さく、ソプラノが響いた。

 ‥‥ありがとう。