タイトル:妖女とお宝マスター:藤城 とーま

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/08/30 04:28

●オープニング本文


 それは、唐突な出来事だった。

 輸送車を目的地までの護衛する、という任務を終えた能力者たち。
 倉庫へ入っていく警備員たちを見送り任務完了の報告をし、帰路に就こうとしたその時だった。

 建物の中で何かが破裂する音がし、騒々しくなる。

「な、なんだ!?」
 まさか、よからぬものが建物の中に潜んでいたのか!?
 だとすれば警備員たちやお宝が危機にさらされている。急いでそちらへ駆け寄り、扉を勢い良く開いて中に押し入る能力者たち。
 広々としていて、丈夫なトタン製の倉庫内部では‥‥もうもうと煙が立ち込め、煙の切れ間より警備員らの姿が見えた。
 いくつかスモークグレネードが転がっていることから、これは火災などではなく視界を塞いで動きを遅延させるために使用されたらしい。
 警備員たちは咳き込みながらも、「宝を守れ!」と言っていたが――

「お宝はいただいたよ!!」
 と、女性の高圧的な声が室内に響いた。

「誰だ!!」
 声のしたほうへ武器を構えながら振り向くと、少しずつ薄れていく煙の中から、ボンテージ姿で仁王立ちをしている妙齢の女性が現れた。
「お前たちが、このアシュ・リィ様の邪魔をするULTの傭兵とかいう気に食わない奴らだね?」
 金色の髪を黒い長手袋をはめた手で後ろへ梳き流し、彼らを挑戦的な目つきで眺めている。 
「な、何者‥‥?」
 いきなり現れた場違いの女性に、能力者たちにも別の意味で緊張が走る。
 アシュ・リィはフンと鼻で笑うと、真っ赤なルビーのネックレスをしゃらりと見せびらかす。
「ああっ!? それは‥‥!」
 煙幕を張ったときにとられたに相違ないが、担当の警備員の手には、ぱっくりとだらしなく口を開けたアタッシュケースが握られていた。
 そして、彼女の手に握られているのは彼らが輸送してきた装飾品の一つだった。
「それを返せ!!」
「ハン、おバカさんだねぇ。誰が返すもんか――!」
 と、身を翻し、そこからやってきたのだろう、開け放たれている大きな窓へ飛び込むと、外へ出て行った。
 逃がすまいと追いかける能力者たち。ちらと後方を振り返って、アシュ・リィは舌打ちした。
「チッ‥‥しつこい奴らだね!」
 忌々しい、という表情で周囲に視線を走らせると、そこに偶然キメラが昼寝をしているではないか!!
「ちょいと、お前たち! 何をボサボサやってんだい! 早くあいつらを始末おし!」
 いきなりキメラに食ってかかり、指さして命令するアシュ・リィ。
「ワ、ワウッ!?」
 四足の犬型キメラは、突然のことに驚き立ち上がった。アシュ・リィに向かって低く唸るが、
「アタシじゃないよ! 奴らだって言ってんじゃないか、ったくオバカだねえ!」
 逆に叱りつけて、もう一度能力者たちを指をさした。
 4匹の犬キメラは(なんだかよくわからないまま)冒険者たちを敵と認め、臨戦態勢に入った。

「いくよお前たち! さあ、やっておしまい!!」

●参加者一覧

鳳 湊(ga0109
20歳・♀・SN
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
ミンティア・タブレット(ga6672
18歳・♀・ER
番 朝(ga7743
14歳・♀・AA
六堂源治(ga8154
30歳・♂・AA
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
北条・港(gb3624
22歳・♀・PN
ソルナ.B.R(gb4449
22歳・♀・AA
鹿島 綾(gb4549
22歳・♀・AA
流叶・デュノフガリオ(gb6275
17歳・♀・PN

●リプレイ本文

●やーっておしまい!
 彼らの前に突如現れた女性、アシュ・リィ、そして大型犬程度のキメラ。
 アシュ・リィを護るように能力者の前へ立ちはだかる。キメラの妙な行動、未だ緩慢な動きは寝起きのせいだが、真実は誰の知るところでもなかった。
「ふ‥‥ネックレスを盗むとは、洒落たバグアもいたもんだ」
 鹿島 綾(gb4549)がアシュ・リィの手に握られているきらきらと輝くお宝を見ているが、バグア、と言われたアシュ・リィは怪訝そうな顔をする。
 唯一良かったと言えることは、
「怪我人は皆無‥‥か」
 夜十字・信人(ga8235)に妙な違和感が残った。様々な事を冷静に考えつつも、大胆な切れ込みの入ったボンテージ姿のアシュ・リィを見やったところで、停止。
 大きく開いた胸元。そして手に持った革製の長い鞭。
 新条 拓那(ga1294)も心なしか落ち着かなそうである。
 これはもしや、男の煩悩を刺激する『あの御方』では?
「いやらしいわ、『女王様』型キメラか何かかしら」
 信人の思考を読んだわけではないだろうが、ミンティア・タブレット(ga6672)が嫌悪を乗せた口調で呟けば、
「安易‥‥否、安直! 今時流行んないんだよ、そんなもん」
 ざしゃっ、と草履で砂を踏みしめながら自身の浴衣姿を見せつける綾。
「敢えて言おう。美が無いと!」
「‥‥ほぅ? 見せてもらおうか、美とやらを」
 ふ、とアシュ・リィは挑発的に微笑む。
 ――張り合わなくていい。
 皇 流叶(gb6275)は、喉元まで出かかったそれを留めて武器を手に取った。 
「とにかく、あいつをなんとかしてお宝も取り戻さないと!」
 北条・港(gb3624)がアシュ・リィを指し示せば、
 彼女も同じように黒い手袋に覆われた指先を向け、左手に持った鞭を打ち鳴らすと同時に疾駆する4匹のキメラ。
「凄いな」
 番 朝(ga7743)の唇から素直な感想が漏れ、彼らも迎撃態勢に入る。
「‥‥彼女の相手は、俺がやる」
「む。それでは、私はきみの補佐をしよう」
 任せてくれと信人は言うが彼を一人にはできない。闘気と何か違うものを感じ取った流叶。
 流叶と同じ感覚に、後ずさろうとしたアシュ・リィの耳元と金の髪の間を、一発の弾丸が通過する。

「その場から一歩でも動けば、次は確実に撃ち抜きます!」

 撃ったそのままの姿勢で鋭く告げた鳳 湊(ga0109)だったが、その声は犬キメラの吠え声でかき消されてしまった。
 湊に狙いをつけたキメラを拓那が、剣を振るって打ち払う。
「弱い犬ほど良く吠える‥‥ってね。おらぁ、悔しかったら黙ってかかってこいってんだ!」
 手招きの挑発までくれてやると、キメラは言葉通り拓那に向かっていく。

●あら、ほら。
「先ずは相手に印だな」
 流叶が様子見でアシュ・リィにペイント弾を連射する。
 避けられるか、防御されると思った代物は、水っぽい音を立てて直撃した。
「何するんだい! お宝にかかっちまったらどうすんのさ!」
 蛍光色のペイントを浴び、近づいてきた信人へ鞭を振るいながらアシュ・リィは喚く。
「FFが無い‥‥? それに動きも鈍いな」
 まさか一般人か? 浮かび上がった疑惑を向ける流叶。
「確かにキメラ使いのバグア‥‥にしては滑稽さね」
 キメラの一匹を撃ち、標的を自分へ変えさせながらソルナ.B.R(gb4449)は横目で盗み見る。
 打たれていた信人も、鞭の威力には首を傾げていた。
「そんなら‥‥これはどうっスかね?!」
 キメラを避けつつ放った六堂源治(ga8154)のソニックブームが、アシュ・リィの足元を狙う。
 砂と衝撃波がぶつかりあい、音とともに砂塵が舞った。
「ッ!? あっ、危ないじゃないか! こちとら当たったら病院行きなんだよ!」
 塗料でべたべたのアシュ・リィは源治を睨みながらやはり怒鳴る。
「大変だ! あの女の人はバグアとかじゃない、一般人だ!!」
 拓那が声を張り上げ皆に伝達をすれば、緊張が場に広がり、
「あ〜あ‥‥折角護衛してきたってのに、面倒な事になってきたッスねぇ〜」
 源治の漏らした一言に大きく同意する綾。
「こうなったら班分けしてあたろう!」
 港が提案した通り――キメラ一匹に二人、と瞬時に決め、
「ほんじゃ‥‥俺が動き止めるから、遠慮なく突っ込んでくれ」
 源治が技を出しながら港に言うと、よろしくと返事があった。
「やるしか、ない‥‥」
 先ほどから番 朝の表情や声の抑揚が消えている。
 武器を振るうタイミングで、ミンティアの練成超強化が彼女へとかけられた。
「番 朝さん、あの女の様子を見たいんで、さっさと片付けましょう!」
 速攻戦術を希望する彼女へこくりと頷く。
 キメラへ向かって駆けると、小柄な彼女は大剣を思い切り振るう。
 それはまるで剣に振られているかのようだが、撃ち下ろされる重い衝撃と、畳みかけるようなミンティアの援護射撃にキメラもなす術がない。 
 頸をもたげたところで、番 朝の大剣がそこへ叩き込まれた。

「じゃ、こっちもダメ犬の躾を始めるとしようか」
 言いながら綾はじっとキメラを観察する。
(「キメラに一般人が命令したのか‥‥」) 
 余程気の弱いキメラなのでは?
「一般人の彼女がキメラを使えるなら、俺たちにだって‥‥お座りっ!」
 同じことを考えたらしい拓那も、キメラに命令を出していた。
 が、キメラは座るどころか牙を剥いて彼の喉笛を割こうと肢を振り上げる。
「‥‥やっぱダメっすかぁ〜!?」
「もうっ、何をしてらっしゃるんですか!」
 瞬時に身を低くしてキメラの攻撃をやり過ごしたところで、銃声とともに湊の叱咤が飛んできた。
 銃弾を受けバランスを失ったキメラは小さい悲鳴をあげてから後ろに数度転がり、起き上がって敵意をのせたまま眼前の人物を睨みつける。
「あ、悪い! そっち行ったー!」
「あいよ」
 拓那が声を張り上げた先は、ソルナと綾班。
 そこでばっちり綾と目があったキメラ。
「‥‥あ゛? 何見てんだ?」
 筆舌に尽くしがたい綾の表情。
 が、やはりキメラは唸るだけだった。
 ダメだったかと残念そうに呟き、
「これはどうだ、ホラ、『お座り』」
 綾が足でキメラの肢を払ってやると、ソルナが間髪入れず追い打ちをかける。
 地に腹をつけたキメラを見下ろしながら、綾はすっと足をあげ――渾身の力を込めて思い切り踏みつけた。
「『伏せ』‥‥ソルナが良しというまで起きるんじゃないよ」
 もう聞こえちゃいないだろうけど、と足を退ける。
「はん、言うわけがないさね」
 そう答えるソルナも残りの一匹に止めをさしているところだった。
「戦いも、さまになってきただろう‥‥? 体の一部とは言わないけど、しっくり来る様にはなってきたさね」
 妖刀を引き抜きながら、そう呟いた。

「いやー、鹿島、いい表情(かお)してたッスねー!」
 源治が嬉しそうに綾へ声をかけ、港が『六堂さんもやってみたら?』などと言いながら犬の脳天めがけてネリチャギと、胴への回し蹴りを叩き込んだ。
「はは、しなくてもビビられることがあるから、やんなくていいっス‥‥オラァッ!」
 そう軽い口調で言いながらも、砂錐の爪でヤクザキックをかまし、刀を取り出すとキメラの胸へ深々と突き立てた。
「っと、これでキメラ退治は終わったみたいだけど‥‥あっちはどうなったかな?」
 港がふぅ、と息を吐きながら視線を向けた先。

●ああっ、女王様っ!
 覚醒しているとはいえ鞭に打たれて続けているというのに、信人の態度は妙だ。
「アンタは何がしたいんだい!」
 苛立ったアシュ・リィは再び鞭を唸らせる。
「そんな事は言わなくとも分かるだろう?」
「いや、私も分からないな」
 半眼で二人のやり取りを見つめている流叶が、溜息混じりに答える。
「ふざけてるんじゃないよっ!」
 再び鞭が振られ、したたかに信人を打った。
 きゅっと痛みに目を閉じた彼だが、何だか少し楽しそうにも見えないことも、ない。
「おい、そんなに叩くことないだろ!? 能力者だって痛――」
「お黙りっ!!」
 堪らず口を挟み近づいてきた拓那を睨みつけ、アシュ・リィの振るった鞭は彼の頬に飛んだ。
「はぁぅっ!?」
 拓那の口から妙な悲鳴が上がる。
「だ、大丈夫‥‥ですか?」
 恐る恐る湊が様子を窺うと、拓那はややとろんとした目をし頬を押さえていた。
「アレがいわゆる女王様ってヤツか‥‥。なるほど、確かに気持ちがい‥‥」
 固まる湊と、バッと口を押さえ青ざめる拓那。
「い、いやいや、何言った? 今俺何を言った!?」
 仲間にそう問えば、『へー気持ちいいんだ、やらしー』と女性陣の目が告げていた。
「違うって! 俺はそんな趣味は、」
 必死に否定を続ける拓那の背へアシュ・リィがもう一発打ちつけると、艶っぽい声がはっきりと響いた。
「しかし一般人のあなたがキメラを操り、私らの邪魔をする‥‥一体何故だい‥‥?」
 ソルナがアシュ・リィに尋ねる。拓那の件は完璧にスルーだ。
「能力者‥‥志願したことがあった。けど‥‥決定的なものがアタシにはなかった」
「それはエミタの適性、か?」
 流叶の遠慮がちな声に返事をせず、アシュ・リィは唇を噛む。赤い瞳に暗い怒りを滲ませた。
「‥‥力を持てなかったが故の悲劇、か」
 信人が慈しみをのせた表情をしつつ、ラフなジャケットのどこにそれだけあったのか、苦無10本やら銃やら無数の武器を取り出しては放る。
「わかった。君の苦しみ、怒り、悲しみ全てを‥‥能力者であるこの俺にぶつけるんだ!」
 彼はあろうことか上着に手をかけ、それすら脱ぎ捨てた。
「脱ぐなっ!」
 ハリセンを絶妙の角度でスパーン! と信人の後頭部へ当てる流叶。
 それにもめげず、アシュ・リィへ向かって両手を広げる彼。
「心の傷が癒えるのならこの身、捧げようじゃないか!」
『要るかっ!』
 アシュ・リィの鞭と流叶のハエタタキでのツッコミが同時に信人へ炸裂する。
「もっと強く! 君の痛みはこの程度か!? 俺の心に全然響いてこないぞ!」
 そう言いながらも、こっそりと活性化を使用していたりするのだが。
「なんだい、もう! 変な奴だね!!」
 アシュ・リィが言えたことではないが、容赦なく鞭を振り回す。
 それがどれほど続いたことだろう。体力を消耗し、彼女の動きが鈍る頃。
「隙有り!」
 その機を逃さず流叶はハエタタキから杖を瞬時に持ち替え、アシュ・リィから鞭を叩き落とすと顎に掌底を喰らわせる。
「くっ‥‥!?」
 強い目まいとともにその場へ座り込んだアシュ・リィ。持っていたネックレスも手から離れてしまったが、
 拓那が慌てて拾い上げる。破損がないことに安堵の息をつき、それを持って警備員たちに歩み寄っていった。
「これでしばらく動けない。さて、観念してもらおう」
 流叶をキッと睨んだ汗だくのアシュ・リィだったが、すぐにうな垂れる。
「ああ、もう‥‥疲れた。好きにしなよ」
「なら‥‥」
「怖いから指導ォーッ!!」
 ずい、とアシュ・リィの前へ予想違わず来た信人に流叶がピコハンを落とす。
「お姉さんは守りたいものとか、倒したいものとかがあったの?」
 番 朝が静かに問えば、アシュ・リィは首を弱々しく振る。
「でも、なりたかった物に絶対になれない、って分かった時は‥‥凄く辛いことだよね」
 港が沈痛な表情で呟くが、
「能力者でないとはいえ、このような盗賊行為は当然犯罪ですので見逃せません」
 湊が言ったように誰であれこんなことをして良いことはない。
「ですけど、この女が騒ぎを起こさなければ、私たちは帰ってしまっていたでしょう。結果論ですが本当に良かったですね」
 大事そうにネックレスをしまう警備員たちをぼんやりと眺めつつミンティアが言うが、
「ぶっちゃけなんッスけど‥‥」
 源治は能力者側からの現実をアシュ・リィへ話す。
「逆恨みされても『知ったこっちゃねー』ってのが、俺の意見ッスよ」
 アシュ・リィは拳を握りしめた。逆恨み。そう、まさにそれなのだ。
「能力者は、多分そんなに良いもんでもないッスよ? エミタのメンテっつー『首輪』で軍に飼われた猟犬みたいなもんッスからね。キツイ戦いや、神経すり減らす様な依頼もあるし、正直マトモな神経ではやってらんないッス」
「――私は力が欲しくてコレに頼ったが」
 がしゃり、とアシュ・リィの前、地に妖刀を突き立てるソルナ。
「幸か不幸か、私は望んで能力者になれた口だけど――あなたが手に入れたかった物ってのは、人を捨ててまで欲しい物かい?」
「能力者じゃなくてもお姉さんの言葉の力に救われる人、沢山いそうなのにな」
 番 朝が言えば、いまさら、と虚しい笑いを浮かべたアシュ・リィに、信人は優しく微笑むと肩に手を置く。
「悔い改める必要はない。辛くなったら、俺のような男をまた鞭打ちに来ると良い」
「って、彼女が懺悔するんじゃなくてキミが打たれるのかっ!」
 つい裏手ツッコミまでしてしまった流叶だった。
「‥‥あなたは自分じゃない物の力が無けりゃ、何もできない愚図に見えないと思うさね」
 本当の願いは『人の力』で成し得る物だとソルナは伝え、離れる。
「だね。これからの身の振り方をよーく考えてみなよ、としかあたしも言えないかな‥‥」
「ま、そんな中で良くも悪くも、戦う理由と意味を見つけた奴等が能力者続けてる訳で」
 港や源治がそう言い終わると、アシュ・リィの前へ人影が二つ。
 微笑ましい顔で巨大注射器を携える湊と、仁王立ちした綾であった。

●お仕置き。
「うん。まあ、私情と任務は別なんだよね」
 思わず怯んだアシュ・リィの肩を掴んだまま、信人がすかさず彼女を捕縛した。
「おイタが過ぎる子供には、やはり注射が一番のようですしね‥‥」
 湊の声や顔は穏やかだが、わざとチラつかせる注射器が恐ろしい。
「そんな大きいのなんて‥‥」
「大丈夫、優しくします」
 きらーん、と目を輝かせる湊。
 アシュ・リィは顔面蒼白のまま、それを見ないようにして耐える。
「あっ?!」
 湊の慌てた声が聞こえた途端、首元にぷすっと刺さる。
「‥‥玩具ですが効果てき面でしたね。これに懲りて、更生してください」
 お仕事は探せばありますからと話しながら、湊が掌で針の部分を押せば容易に曲がる。
「あはは、でも根性あるじゃないですか。案外、こういう人が今後偉業を成し遂げるかもしれませんよ」
 面白そうに見物するミンティアだが、
「ミンティアさんも偉業祈願します? 針変えますけど」
 と、湊に注射器を向けられた。
「‥‥すいません、それっぽいことを言ってみたかっただけです」
 サッと視線を逸らし、綾のほうを見れば彼女はアシュ・リィを正座させていた。
「たまたま、俺達の方に向かって来たからいいものの‥‥刺激されたキメラがアンタに襲いかかっていたらどうするつもりだったんだ? そもそも――」
 足の痺れを我慢しながらいつ終わるとも知れぬ綾の説教を受けていた。
「凄いな」
 それを見ながら番 朝が本日幾度目かの感嘆を洩らしていた。