●リプレイ本文
●愛とは!
尊いもの。そして、育むもの。
今日の大会こそ、その様々な形の愛の名のもとにあるのだ。
奥さん運びとはいえ既婚者だけが対象ではない。友人同士だったり、家族だったり様々な参加者がいる。
バグア達との殺伐とした世の中に、少しでも多く楽しい笑いと温かい愛情を皆で共有しよう。そんな思いから始まった大会だった。
「みなさん、スオミ(フィンランド)へようこそー! 今日も愛し合ってるかー!?」
スキンヘッドにサングラス、もさもさのカストロひげという胡散臭さ丸出しの男がマイクを片手に参加者へ陽気に語りかけた。
どうやらこれが司会であるらしい。
参加者から『勿論だ』という大きな肯定の返事が沸き起こった。
「そうかい! 羨ましい限りだァね。せいぜいアンタらの愛で、暑苦しい大会にしてくれよッ!!」
全く関係ないが司会の彼、先月奥さんと離婚ホヤホヤでこの大会の進行は少々辛い。
それでも明るく振舞うため、手を大きく振り上げた。
「えー、これより、『奥さん運び大会』開催としまーす!」
●愛などいら‥‥いる!!
ぴったりとフィットした黒のキャットスーツに革のグローブといった、RPGの盗賊風スタイルのままコースの下見をする御山・アキラ(
ga0532)。
(「あいつを絶対に落としたりはしないが‥‥」)
レース途中に相方を地に着ければ失格となってしまうため、靴ひもの長さ緩みや靴底も入念に調べる。
しかし、彼女の目的は完走などではない。
「あっ! アキラさん、いたいた〜!」
自分の後方より、陽気に弾む聞き覚えのある声がした。
無意識のうちに口元へ微かな笑みを乗せたまま振り返ると‥‥
目に入ったのは象牙色のドレスだった。
同色のヴェールもつけて、恥ずかしそうに微笑んでいるのは――金城 エンタ(
ga4154)。
「アキラさん‥‥見てください‥‥どうですか‥‥?」
ベルラインドレスの裾をつまみ上げ、ドレス姿を見せるためその場でゆっくりと一回転し、アキラにニコリと笑って一礼した。
そんなエンタを目を見開いて見つめていたアキラだが、その顔がよく見れば少々赤い。
近づき、そっとエンタの肩に手を置くとがばっと抱きしめた。
「すごく、綺麗だ‥‥!」
愛おしくてたまらない。頬擦りもしてくるアキラに、エンタはくすぐったそうに目を細めた。
「嬉しいです。アキラさんの格好も似合ってますよ!」
盗賊の恰好が似合っても、と苦笑したアキラ。
(「アキラさんは、どんな恰好をしていても僕には一番綺麗だから」)
そう喉元まで出かかったが、強く抱きしめられてアキラの胸に埋まってしまい、それを言う事ができなかった。
●「!!」
成行といえばそうだ。
「あら、楽しそうなレースですね〜1人では参加できないのが残念ですけど」
ニュクス(
gb6067)が、この大会に興味があるようだったので、
「よろしければ、大会に参加してみませんか? 自分が運び役になりますので」
とユーリ・クルック(
gb0255)は声をかけた。
申し出に暫し迷った様子のニュクスであったが、
「ほんとうによろしいんですか? それならお言葉に甘えて‥‥」
と、会場へやってきたのだが。参加者たちは個性的であるものの、男女問わず動き易い服装である。
「あら‥‥」
ニュクスは少々困惑顔で周りを見渡す。
自分に向けられる周囲の眼差しが気になる。
ニュクスが可愛らしいからだけではなく、ゴスロリファッション自体が珍しいのか。とても眼を引いていた。
ユーリに声をかけ、自分の服を指差す。
「この服では少し恥ずかしいので着替えてきますね。少し待っていてもらえますか?」
――それは、走る直前までの隠れ蓑のつもりだったのに。
ニュクスが着替えに行っている間、ユーリはどういう足運びをしていこうか、などと作戦を綿密に組み立てている。
(「やるからには優勝ですね‥‥」)
勝負に来ているわけではなかったにしろ、優勝すれば、ニュクスもより思い出深いものになるだろう。そう思っていた。
この時までは。
「お待たせしました。ユーリさん、改めてよろしくお願いしますね」
思ったより早かったな、と思いつつ声のした方に向き直りながら、
「こちらこそよろしくお願‥‥」
ユーリの言葉と時間が止まる。それは雷に打たれたかのように衝撃的なものだった。
彼にとってそれほど素晴らしいものだったのかもしれないし、絶望を味わったのかもしれない。本人しか判らぬ事ではあるが――なんとニュクスは、AUKVを纏った姿だったのだ。
「レース頑張りましょうね!」
呆然と言った様子のユーリに、明るい声をかけたニュクス。
「‥‥俺は‥‥」
彼女は楽しむことよりも勝負を見据えたユーリの目を覚まそうと、AUKVまで身にまとって教えてくれたのだろうか。
眼から鱗が落ちた。もう優勝という栄光は捨てた。というか、ある種の決意がユーリの中に灯る。
「全力で、頑張らせていただきます!!」
腹を括ったユーリに、もはや迷うべき事は何もなかった。
「絶対に完走します!!」
●愛しのハニーさん
色々な担ぎ方や走り方でゴールを目指す参加者たち。
完走できたものもできなかったものも、本当に楽しそうな表情を浮かべていた。
『rakkaus(愛)』と書かれたTシャツの係員が、ULT代表であるアキラとエンタの名を呼んだ。
「アキラさん、僕たちの番が来ましたよ!」
いよいよ出走だ。250メートル先のゴールまでは、様々な難関が待っている。
呼吸を整え、担ぎ役のアキラがエンタを抱き上げようとしたときだった。
「アキラさん‥‥その‥‥僕を、あそこまで‥‥攫っていってくださいっ!」
と、ぎゅうとアキラへしがみつく‥‥ように抱きしめた。
「嫌だといっても、放してあげない‥‥」
アキラはそれを耳元で言ってやりながら、壊れ物を扱うかのように慎重に、そしてしっかりと抱きかかえた。
彼女の恰好は盗賊なのだが、さしずめ騎士と姫君といったところだろう。男女の役割が逆としても。
『それでは、アキラ&エンタペア、スタートぅ!』
競技用のピストルが鳴らされ、エンタが辛くないように加減しながら髪を風になびかせ駆け出すアキラ。
60cmに設定されたハードルの近くに差し掛かった所で、先に謝罪をする。
「加減できないから‥‥痛くしたらごめん」
が、エンタは大丈夫ですと安心させるために笑みを作る。
「落ちないように‥‥ぎゅ、って‥‥してください‥‥」
アキラが頷き、しっかりと互いを密着させて抱きしめあう。
観客にも、その甘い色をした雰囲気が見えたことだろう。
「このままでもすごく幸せです‥‥」
ハードルを越えて、ドレスが汚れぬよう水溜りの中を静かに進んでいくアキラの横顔を見つめながら、エンタはとろけそうな気分を味わっていた。
「私もだ」
トリモチへ入る前に、足を軽く振って水を払いつつはっきりと答えたアキラ。もう外野は目に入らない二人の世界だ。
胸が甘く痺れるような感覚を受けながらも、再びエンタはおねだりをする。
「そ、その‥‥アキラさんの腕のしびれさえ差し支えなければ‥‥ゆっくり歩いてくださった方が‥‥お姫様気分を長く味わえて素敵‥‥なんです、けど‥‥?」
上目遣いに自分を見つめる可愛らしいエンタ。もはや競技は二の次になりつつある。
「エンタ、体重軽いから、コレくらいなら平気だよ」
と、ゆっくり一歩一歩踏みしめるように歩くアキラ。
エンタの幸せそうな笑顔を見ていればトリモチの粘つきも気にならない‥‥ことはないが、煩わしく思う気持ちは軽いままだ。
「なんなら立ち話もする?」
くすくすと笑いながら、わざとゆっくり歩いていたトリモチ地帯付近を抜け、いよいよパンがぶら下がる最終エリアへと入った。
『いやー、アッツアツなお二人さんに恒例の質問ターイム! あなたにとって旦那の魅力はドコですか!?』
アキラがパンと格闘している間、エンタに司会者のマイクが向けられた。
どうみても花嫁なエンタ。御丁寧に胸までふっくらと作ってある。司会者も事前情報がなければ騙されていた事だろう。
「アキラさんは普段の見たままの凛々しさもですが‥‥」
そんなアキラは今、鼻先にパンが乗っかったので『フガッ』と言った。
「‥‥僕と一緒のときは、凄く優しくて‥‥可愛らしいんです。そこが魅力ですっ!」
そんなアキラは今、なかなか捕まらないパンに毒づいて舌打ちしていた。
エンタがそっと手を伸ばし、パンを吊るしている紐を押さえたままアキラの口元へと運んだ。
眼で感謝を伝えつつ、ぱくんと咥えて紐から引き離すと、目の前のゴールに向かっていく二人。
ゴールテープを身体で受け止めるように切ると、人々の拍手を受けながらその場で回って、ゆっくりとエンタを下ろしてやった。
そのとき、腕が軽く痺れているのに気付いて、パンを咥えたまま自分の手のひらを見つめているアキラ。
「アキラさん、ありがとうございました。僕、一緒に出場できて嬉しかったです!」
と、アキラに少々屈むように最後のお願いをする。
「‥‥これからも、一緒に‥‥いましょうね?」
言われたとおりに膝を軽く曲げたアキラが咥えているパンを、反対側から咥えたエンタ。
数瞬の間があった後、アキラは柔らかく微笑むとパンをそっとつまんで離す。
「当たり前だよ」
と、二人を隔てていたパン一個分の空間を、どちらともなく埋めた。
●No Mercy!
同じくULTの代表、ユーリ・ニュクスペア。
「では、そろそろですね。行きましょう」
そうニュクスに告げるユーリ。覚悟が出来た男の、エエ表情をしている。
が、気合が入りまくりのユーリとは逆に、ニュクスはバイザーの下で、困惑の色を強く浮かべていた。
AUKVは冗談のつもりだった。ちょっと驚かせようとしただけだったのに。
(「このまま運ぶ気で‥‥いる?」)
スタンバイしてくれと係員が促すまま、コース上へ先に入っていくユーリ。ニュクスは結局冗談だとも言えず、着替える事も出来ないまま後をついていった。
深呼吸を何度も繰り返し、覚醒したユーリ。流石に生身でAUKVは運べない。
「さあ、ニュクスさん! どうぞその身をこの背中へ預けてください!」
と、屈んでニュクスへと背を見せる。
「ぇと‥‥ほんとに大丈夫ですか?」
恥ずかしさもあるのだが、不安そうに声をかけてくるニュクスを安心させるよう、ユーリは大きく頷いた。
「男に二言はありません!」
なんとも逞しい言葉に、ニュクスもわかりましたと返事をする。
「でも、ご無理はなさらないでくださいね? お怪我をさせるわけにもいきませんし‥‥」
と、そっとユーリの肩に手を置き、身を預けた。
硬くて冷たい感触が背に伝わり、おんぶをした状態で立ち上がろうとし‥‥
(「これはッ‥‥! 予想以上‥‥ッ!」)
ざわざわとしたものを感じながら、ユーリは息を吐きながら立ち上がる。
スタートの合図とともに気持ち早足で進む。平地だからと走っては、転倒の危険が高まってしまう。
(「ジャンプしたら‥‥足が折れる‥‥」)
ハードルをそろりそろりと跨いで確実に越えるユーリの面持ちに、ニュクスもつい息を潜める。
「女性を濡らすわけにはまいりませんね‥‥っと!」
額に汗して、水溜りに踏み入れるユーリ。ニュクスに水跳ねしないよう注意を払っている。
(「こんなときまで私の心配をなさって‥‥」)
彼の額に浮かぶ汗を拭おうと少々動いたところ‥‥バランスが崩れてしまったらしい。
がくりとユーリの体が傾いた。
「きゃっ」
次にやってくる衝撃を予想し、ニュクスは思わず眼を瞑ったのだが、いつまで経ってもそれは訪れない。
そろりと眼を開けると、担ぎ手のユーリは咄嗟に片手を地へ着け、もう片方でニュクスを抱えたまま動きを止めていた。
「ユーリ、さん‥‥どこも痛く‥‥ない?」
「はい。ニュクスさんに怪我はさせません‥‥!」
失格の旗は振られていない。呻きつつほぼ気力で立ち上がったユーリ。バランスを確認するとレースを続行する。
トリモチに足と時間をとられながらも、靴底に付着したモチを取るためずりながら歩く。
――あと少し。
腕は痺れていて感覚が良くわからない。
「ユーリさん、もうすぐです! パンで最後ですよ!」
ええ、と頷いたユーリの顎先から、汗が滴り落ちた。
「こんな所で‥‥力尽きるわけには‥‥」
あと十数メートルなのだが近くて遠い距離にあるゴールテープ。
ようやく最後のアトラクションにやってくると、ユーリはバランスに十分に気をやりながら、ぶらぶらと揺れ動くパンに四苦八苦している。
「くっ‥‥後少しなのに‥‥はぐっ」
ようやくパンを咥えたころ、司会者が心配そうにしながらもマイクを差し出してきた。
「コレは驚いた、AUKVを担いで参加とはすごーいガッツだー! 愛の成せる業ってヤツかな!? それはそれとして、あなたにとって旦那の魅力はドコですか!?」
ニュクスはレースが始まる前のことを思い出し、今ゴールを見据えたパートナーを温かい気持ちで見つめる。
「そうですね‥‥魅力というと冗談も冗談と思わないような、まっすぐな所でしょうか」
感謝の気持ちを噛みしめながら、ニュクスはユーリに行きましょうと促し、目前に迫ったゴールを指差した。
ゴールへ近づくにつれ、ユーリの足が限界を訴える。
あと2m。足が前に動かない。目も虚ろになってきた。
「ユーリさん‥‥!」
ニュクスの祈るような声は、ユーリの心に響いた!
「まだ‥‥まだです‥‥! バイク担ぎ魂を見せてやる!!」
担いでいるのはバイク形態ではないが、ユーリは刮目した!
雄叫びを上げ、最後の力を振り絞ってゴールテープを切る。
「やっと‥‥ゴー、ル‥‥」
やり遂げた事に安堵し、気が抜けたのだろう。膝からがくりと倒れた。
「ユーリさん!!」
慌てるニュクスだったが、ユーリはそんなときにも彼女を地へと着けてはいなかった。
そろりそろりと自分から降りたニュクスは、ユーリの表情を窺いつつ彼をゆっくりと起こす。
「本当にありがとうございました。とても楽しかったです」
外からは見えないが、自分で頬が赤らんでいくのがわかる。
そして頑張ってくれたユーリは疲れを極力引っ込め、その労いを笑みで返す。
「きょうはお疲れ様でした。さすがにAUKVを運ぶことになるとは思いませんでしたが」
私も着たまま運ばれるとは思わなかったです、と心の中で呟いてから。
「次も戦いのないところでお会いしたいですね」
ニュクスの言葉に肯定するよう力強く頷いてから、
「次お会いするときは、AUKVを担ぐ必要のない場所がいいですね」
そう顔を見合わせて笑う彼らの表情はとても爽やかで、穏やかなものであった。