●リプレイ本文
●3年は矢の如し
「沢山、美味しいものを作ってあげよう‥‥そういえば、何が好きなのか聞いていなかったかも‥‥」
うーん、と頬に手を当てたリゼット・ランドルフ(
ga5171)――もうランドルフではなくマクニールなのだが――はキッチンに立って、大量の食材を前に言葉通り、どう料理してやろうかと悩んでいた。
彼女は傭兵を辞めてシアンと結婚し、ダブリンで一緒に暮らしている。
リゼットが傭兵の時から良く共に行動していた鳳覚羅(
gb3095)が遊びに来るというので、
普段からちゃんとした食事をあまり摂っていないだろうと予想したリゼットが、腕を振るっている最中である。
電話でシアンに覚羅が遊びに来ることは伝えたのだが、それ以外に伝えておきたいことは‥‥あったのに言えずじまいだった。
その日シアンはいつもより少し早めに帰宅し、久しぶりに見る友人を歓迎した。
リゼットの作ってくれた食事を楽しみ、互いの近況などを軽く語りつつ、久方ぶりの再会は非常に朗らかで良好なものだった。
そこで、しばし黙っていたリゼットが顔を上げ『あの』とシアンに声をかける。
「‥‥シアン、さん。私‥‥エミタ、除去する事にしました」
「それは良い事だ。結構渋っていたのに、漸く考え直してくれたのか」
シアンは喜んでいるようだが、言いだしたリゼットの反応はあまり芳しくない。そういえば、ここ数日リゼットの様子がおかしいことにもシアンはここで気づいた。
「‥‥」
ちらと覚羅に視線を向けると、友人は小さく首を傾げた。特に思い当たる話は聞いていないようだ。
しかしリゼットがこういう態度をする時は、何か言おうとして、相手の迷惑になるからと抱え込んでいるときだ。流石に何年も一緒に居たため、シアンにもわかるようになったらしい。
「どうしたんだ‥‥何か、あったのか?」
シアンが真面目に切り出すと、覚羅が席外そうか、と立とうとする。
しかしリゼットは『一緒に聞いて』と押しとどめ、実は、と切り出した。
「‥‥その‥‥赤ちゃんが、できた、です」
息を呑むシアンと、良かったじゃないかと微笑みを送る覚羅。
「ここ数日、体調が良くなくて‥‥お医者様に見て頂いたら、おめでとうと‥‥」
うんうんと嬉しそうに頷く覚羅は、おめでとうと二人を祝福した。
そうして覚羅が帰った後、片づけをしながらリゼットは不安そうな顔をしたまま、横で手伝ってくれているシアンを見上げる。
「あの‥‥本当は、その‥‥嫌じゃないですか?」
だが、シアンは『馬鹿な事を言うな』と一蹴する。
「こういう時は、嫌じゃないかではなく嬉しいですか、と聞くものだ。とても嬉しい」
リゼットの額にキスをして、ありがとうと伝えるシアンに、リゼットの表情も綻んだ。
「幸せというのは、いいものだな」
「はい。私も、毎日が幸せです。でも、もっと幸せになりましょうね?」
幸せそうな妻の肩を抱き、シアンも頷く。
幸せは、きっとたくさん生まれる。
二人なら――いや、三人で、たくさん思い出も幸せも増やしていこう。
きっと、自分の選んだ人も同じ思いを抱いているに違いないから。
『ティリスちゃん、お元気かしら?
お姉ちゃん――樹・籐子――は今も元気にしてるわよー。
色々有ったのだけれど、今はねー、お姉ちゃん、スイス方面で妹と一緒に住んでるのよねー♪』
ティリスの元には、樹・籐子(
gc0214)から手紙が届いていた。
今日何度も開いて、その内容を読み返しているティリス。
心配していた妹と一緒に暮らしているというのなら、仲良くやっているようで微笑ましい。
(トーコさんの子供も、愛想よく育ちそー‥‥)
どうやらLHからパリに渡った処で、ちょっと軍の男の子とアレソレあって、結果身ごもったらしい。
しかも最終的に一人で出産したらしい。人懐っこくて明るい『みんなのお姉ちゃん』は、シングルマザーとして暮らしているようだ。
玉の様な可愛い男の子よー、と記載してあり、きっと籐子はいつもの優しい笑顔で子をあやしながら、この手紙を書き進めてくれているのだろう。
色々大変なこともあるのだろうが、子育て邁進中の彼女は、苦難とも思わずその過程も楽しみながら暮らしているに違いない。
籐子の生活‥‥金銭的な意味で母子家庭は大丈夫なのかとも心配したが、小隊の契約満了による支払いもあり、問題なさそうである。
手紙の最後には、
『彼氏とも仲良くやっていると思うけど、お互いの状況を見せ合いたい処だし、顔を合わせる機会が来るのを楽しみにしているわよ。
ティリスちゃんも、病気に気を付けて、身体を大事にしてね。
こっちに来る用事があったらいつでも言ってね。お姉ちゃん、すぐに駆けつけるわよ』
瞼を閉じれば、優しくも強かった『籐子お姉さん』の顔が浮かぶ。
そして、便箋からは微かに、籐子のものであろう香水の香りがした。
手紙を丁寧にたたみ、封筒に戻してティリスは柔らかく微笑む。
(トーコさん。あのね、いつか絶対に会いに行くよ。
私‥‥トーコさんのこと、最初はおせっかいだなって思ったけど、ずっと私にも優しくしてくれて、凄く嬉しかったよ。今は大好きなんだよ)
今日の検診の帰りにベビー用品を選んで、送るときに同封するよう手紙でも書こう。
「――ティリス、そろそろ検診の順番が回ってきそうだ」
宵藍(
gb4961)は電光掲示板の番号を確認し、声をかけた。
時折、宵藍さんですか、と見知らぬ人から声がかかり、サインをお願いされたりもする。
サインが終わると、ティリスは頬を膨らませていた。
「宵藍さん私にサインくれない」
「や、別に旦那のサインなんか要らないだろ?」
そう、二人は半年ほど前に結婚し、現在新婚生活真っ只中である。
結婚を機にImpalpsを卒業し、同事務所所属の俳優へ転向したのだ。
歌って踊れる俳優でもあるため、時折音楽番組に呼ばれたりすることも‥‥ある。
「ティリス、何回も言うけど。エミタ、俺としては摘出してほしいな」
「宵藍さんと一緒にならいいですよ」
このやり取りも、結婚する前から数えきれないほど行っている。
宵藍が頑固だなあと苦笑したところで、検診の順番がやってきた。
エミタに神経を集中させたり、特殊な光の照射などを行っていると――
「ふぇえ!?」
検診中、カーテンの向こうでティリスの素っ頓狂な声が聞こえてきた。
随分驚いた声で本当ですか、など言っているし‥‥何かあったのだろうか。
検診を終えてから訊ねてみよう。そう思い、再び精神の集中を続け‥‥ることは出来なかった。
「ティリス‥‥大丈夫なのか?」
検診途中だというのに、宵藍はカーテンを開いてティリスに声をかける。
まさか、エミタに問題があったのか。疑問を口にすると、ティリスはまだ問題ないと伝えた。
「じゃぁどこか悪い所でも‥‥?」
不安そうな顔をして近づいた宵藍に、そっと耳を寄せるように言ったティリスは、照れたような顔のまま。
「‥‥私と、宵藍さんの赤ちゃんがいるんですって」
と、自身の腹部に手を置いた。
驚いた顔のままティリスを見つめる宵藍だったが、しばらくフリーズした後、突如ティリスを抱えあげて笑い始めた。
「本当かティリス! こんなにうれしい事なのに、なんで変な顔をしてるんだよ!」
ティリス本人よりもはしゃぎ始めてしまった。
奇声を上げんばかりに喜び始めたため、看護師たちに椅子に座ることを進められると我に返る。
「――うん。尚更、エミタを摘出しような。
で、俺と一緒じゃないとって言うなら、俺も摘出するから‥‥子供の為にも良い母親と父親になろう」
また、新しい門出の為。共に歩んでいこう。
「ユーディット、迎えに来ましたよ」
ラルス・フェルセン(
ga5133)は、ユーディーが働いている孤児院に足を運ぶ。
「‥‥ラルス? 急にどうしたの‥‥?」
特別な日ですからとラルスは笑顔を向けた。話し方もいつものゆっくりしたものではなくなっている。
ユーディーが不思議に思っていると、ラルスは後ろ手に隠していたベールをユーディーへ被せる。
「迎えに来たのは、こういう意味ですよ‥‥ユーディット。私の花嫁になってくれますね?」
その瞬間、目を見開いて驚いた顔をするユーディーだったが、意味が分かるとじわじわ顔を赤くして頷いた。
「‥‥はい」
ユーディーとラルスの様子に、子供たちは興味深く見つめながら側へ寄ってくる。
「ねーちゃん結婚するんだって!」
「ほんと!?」
「はい‥‥そうです」
ラルスが肯定すると、子供たちから不服そうな声が上がる。中には、泣きそうになっている子までいた。
「ごめんなさい。皆さんからユーディットを奪い去ってしまうことになってしまいますね。
ですので、綺麗なユーディットを見せてあげたいと思い、此処で式を挙げようかと思っているんですよ。
実は先に孤児院の先生方には話を通しておいたのです。衣装も準備してきましたよ」
私の妹が作ったドレスなんですよ〜、と、これまた嬉しそうに語りながら、ドレスの入った袋を渡すと、さぁ着替えてくださいと送りだす。
「改めて故郷でも挙式を行う予定ですが、子供達の前で、ユーディットを幸せにすると誓いたいのです」
「わかりました‥‥ちょっと、待っていて」
頷いたユーディーは、大事そうに衣装の入った袋を抱きしめて、別室に向かっていった。
数十分後再び扉が開き、その場にいた皆の視線が一斉に向けられる。
「‥‥良く似合っていますよ、ユーディット」
真っ白なドレスに着替え、緊張の面持ちなユーディーを待っていたのは、白いフロックコートに着替えたラルス。
「ラルスのほうこそ、とても‥‥素敵」
そう言ったユーディーはとても緊張しているらしく、それに気づいたラルスが震える手を優しくとって大丈夫ですよと穏やかに告げた。
「貴女はこれまでも、そしてこれからも私の大切な家族です」
「‥‥本当にありがとう。わたしを選んでくれて」
孤児院の先生が呼んでくれていたらしい神父の前で、幸せそうに微笑むユーディーとラルス。
ペリドットの指輪を彼女の指にはめ、指輪の交換後誓いのキスを終えた二人に、孤児院の皆からおめでとうと祝福の歓声が上がる。
「ユーディット。これからの未来、共に歩んでいきましょう。必ず幸せにします。
それと‥‥エミタも摘出して欲しいです。新しい命を育むには邪魔だと思いますから」
「‥‥ラルスは?」
「私は、有事の際に必要かと思いまして、残しておこうと考えています」
「‥‥それは、だめ」
予想済みではあったが、いかにも不服そうなユーディーの表情。
彼女を説得するのには、もう少し時間が必要そうだ。
そして、彼女の兄の事も同じく。
だが、もう一人で抱えさせはしない。これからも一緒に、より親身に考えて行けるのだから。
「んー、かわいいですね〜」
女性に一喜一憂しつつも、動物には甘い顔をするユキタケ。
「ゆっきーは相変わらずのようだね‥‥まぁ俺も似たようなものだけど」
店に足を運んだ覚羅は、ぎこちない笑みを浮かべた。
『僕はリア獣なんで』と、よく分からない自慢をしてくるユキタケ。
「見てください、一応アニマルパワーで繁盛しているようですが、お客さんは女性が多いんですよ」
「変なことを言ってドン引きされないようにね」
その後、久々に会った友達にひどいですとか文句を言ってくるユキタケを宥め、どこかさびしげな微笑を湛える覚羅。
「ユキタケさん、遊びに来たよー♪」
そんな中、明るい表情で店内に入ってきた弓亜 石榴(
ga0468)は、奥のユキタケに手を振って、柵の中にいた猫を抱き寄せた。
「んー、可愛いね〜?」
「ああ、石榴ちゃんじゃないですか。どうしたんですか?」
「えへへ。お腹空いちゃって」
「‥‥うち、炊き出しはやっていませんって何度‥‥」
「苦学生だから、お金が厳しいの‥‥」
ウルウル上目づかいでの懇願。暫しの間があって溜息をついたユキタケ。
「‥‥次からはバイト手伝ったらあげる形にしますからね」
「わーい♪ 私サンドイッチと牛乳〜♪」
大喜びで近くのテーブルに座った石榴。材料を取り出して、作り始めるユキタケの近況を尋ねた。
「今でもやっぱり非モテなの? リア充を目の敵にしてるのかなー?」
「‥‥ええ、まぁ。チームは解散して、心の友と愚痴をこぼし合うくらいです。にゃんこなでなでしながら」
目の前に置かれた牛乳を受け取り、ふぅん、と相槌を打った石榴。
「‥‥ねぇ、ユキタケさん。実は私、ずっと前からユキタケさんの事‥‥」
ぽっ、と顔を赤らめた石榴だが、ユキタケは『デート商法‥‥!?』と驚愕している。
「どきっとしたけど、ひっかからないんだからね! というか、石榴さんはどうなんですか、近況」
「私は大学に進学できたよ! 絵本作家になりたいっていう夢もあるから、国文科で学んでる。
そ・れ・に‥‥国文科なら、編集とかに知り合いが出来るかも知れないのでっす」
「わぁ、コネ目当て。あ、軍から出版業界に転職した人いたような気がする」
紹介してくれてもいいのよ、という期待の眼差しに、ユキタケはこの国にいないから、と返す。
「だったら、海外旅行がてら紹介して! 一緒に海外旅行してくれる人を探してたんだけど、ユキタケさんなら財布‥‥じゃない、安心だから!」
「今財布って絶対言ったよね」
ぷくと頬を膨らませるユキタケだったが、傭兵時代から屈託ない笑顔を見せる石榴には、親しみもあった。
「ちゃんと代わりに魂の願いを、一つだけ叶えてあげるから♪」
「もう騙されませんし。僕期待しませんし」
皿を拭きながら、石榴のお誘いを軽くあしらうユキタケ。
それでも、やっぱり考えてくれているらしい。
石榴は猫を膝の上に置くとテーブルに頬杖をついて、楽しみだなぁと笑った。
(‥‥今度は、ホントだよ♪)
和やかな雰囲気の中、覚羅はそっと席を立つ。
「‥‥じゃあ、そろそろ帰るよ」
「え? 今日くらいうちに泊まっていけばいいじゃないですか」
「気持ちは頂いておく。じゃあ、ね、ゆっきー」
また来てくださいね、と手を振るユキタケに、笑みだけを返す覚羅。
店を出て目を伏せ、旧知の友人たちに詫びた。
「‥‥結局、誰にも言わずじまいで次の任地に行くことになったか‥‥まぁいいか」
最後に皆の幸せそうな顔が見られてよかった。
微笑みながら胸の上に手を置き、その付近に埋め込まれているエミタに触れた。
彼のエミタは、ごく微細ながら破損している。覚醒の効果を徐々に低下させているのだ。
破損したエミタは取り替えることが出来ない。
摘出してその力を取り去るしかないのだが、少しでもバグアの残滓の脅威を取り除こうとしているため、摘出は考えていない。
エミタの不調は彼自身が一番自覚しているが、行けるところまでは進もうと思っている。
知り合いの幸福を祈りながら、彼は新たな戦地へ旅立っていった。