●リプレイ本文
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白いコートの裾を風に揺らしながら、シルヴァリオは傭兵たちへと徐々に歩み寄ってくる。
「‥‥限界突破。命を賭して戦士としての誇りに殉じるか‥‥シルヴァリオ」
煉条トヲイ(
ga0236) は苦悩するかのように眉根を寄せ、俯いた。
「誇り、か‥‥だが、俺達も負けられない。お前が誇りのために戦うなら、俺も誇りの為に戦おう」
追儺(
gc5241) が力強く応答するのとは逆に、神撫(
gb0167)は苦笑まじりに肩をすくめた。
「『誇り高き』なんて他のバグアからは聞いた事ないしなぁ‥‥」
大分人間じみてきたようだな、と言いながらも『1つだけ聞いておきたいことがある』と呟いた。
「こちら側に来る気はないか、シルヴァリオ?」
その言葉に、トヲイは神撫の横顔をチラと見た後、すぐに顎を上げて前を向く。
シルヴァリオは『言うのがちとばかり遅いんじゃねぇか』と返す。
「下ったところで半日と保たねぇよ。こうならなかったところで、爺さんを裏切る気もないしな」
「ふふ‥‥雪辱を雪ぐー、やなんて、えらい人間らしい思考やね?」
エレノア・ハーベスト(
ga8856)が唇に手を当て、真意の読めぬ表情を浮かべる。
そんな会話に耳を傾けていた赤月 腕(
gc2839)は、話して理解し合える相手じゃないだろ、と何か食べながらも悪態を吐いていた。
シルヴァリオと馴染みのある数人は、なんとも言えぬ表情を浮かべている。そんな空気もどこ吹く風。ジェーン・ジェリア(
gc6575) はニパッと微笑みながら大きな声で応えた。
「あたしはみんなと違って特に、シル‥‥シルヴィ‥‥ッキオ‥‥? いいや、白い人で‥‥白い人に思うことはないんだよっ? ‥‥だってこの前会ったばっかりだし!」
ついでに言えば名前もまだうまく言えない。というより、覚える必要もないからだろう。
「だから、あたしにやられて何も残さずに倒れると良いんだよ!」
「――‥‥教育、お前の担当なんだろ?」
「俺は教育者じゃないぞ」
指さしながら言えば、さされた白い人は物言いたげな目で神撫を睨む。睨まれてもどうにもならぬことなのだが。
「‥‥因縁の無い俺が訊くのも妙な話だが、訊いてもいいだろうか」
本当に微妙な空気の中、黒羽 拓海(
gc7335) がシルヴァリオを見つめながら口を開く。
「疑問は解決したか?」
言葉に対し、小首を傾げ何のことかと尋ねるシルヴァリオ。人間の感情のことだと拓海が付け加えれば、合点のいったらしい表情をする。
「それを‥‥ずっと考えてきたんだろう?」
「ああ。知ったところで――違うものが見えただけだ。オレの疑問は形を変えて答えを出した感じだろうな」
そうか、と拓海は微かに頷き、
「お前が侵略者でなければ‥‥奪う者でなければ、分かり合う道もあったかもしれんな‥‥」
至極残念そうに応えた。シルヴァリオは、珍しく困ったような顔をする。
「なんだよ、お前らと話すと調子狂うな‥‥だが、相互理解は多分進まないだろうよ。仮に侵略という方法じゃなかったとしても。結局お前らとオレたちは闘うことになるさ」
理解しようとして歩み寄り、譲歩しても摩擦や軋轢を生み、戦が起こる。人間の歴史を見ても明らかである。
何故か穏やかな空気の中、シルヴァリオを観察していたケイ・リヒャルト(
ga0598)は誰にも気づかれぬくらい小さな溜息をつく。
(今日の貴方はあの瞳、じゃないのね‥‥)
ゾクゾクするような、あの射るような眼つきではない。しかし、彼の全身から放たれる闘気は、離れていても、この身を切り裂きそうなほど鋭い。
「――いい加減始めよう。ついでに死んでもらうぜ、リヒャルト」
その翠の瞳がケイへと向けられ、彼女は彼がしたのと同じように冷たく微笑む。
「遊びじゃないのね? いいわ、相手になってあげる‥‥ただし、死ぬのは貴方だけよ!」
ケイが長弓を構え、番えた矢をシルヴァリオへと向ける。
それを合図に、素早く散開し編成しなおす傭兵たち。シルヴァリオも低く腰を落としたところに、サキエル・ヴァンハイム(
gc1082)の銃弾の雨と神撫とトヲイの第一陣が疾走する。
シルヴァリオは狙撃班の位置を素早く確認し、大剣に持ち替えるとそれを盾に降り注ぐ死点射を受け、トヲイの剣と神撫の斧もやり過ごす。
短く息を吐きながら、剣を振るため一歩踏み込んだところにもう一度ケイの死点射と叢雲(
ga2494) の弾幕が襲いかかる。
攻撃するタイミングを挫かれ、舌打ちしたシルヴァリオに、トヲイらと入れ替わりでユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)達が攻撃に転じる。
もう一度ちらりと周囲を確認したシルヴァリオはユーリの機械剣を弾き、零距離射撃にも動じずに『――成程、波状か』と言いながら脚爪を振り上げる。
ユーリも回し蹴りで対応したが、相手のほうが速さも筋力も強い。
「そこ――‥‥ビンゴッ!」
追撃を予測して後方へ跳んだが、当のシルヴァリオはサキエルより放たれたペイント弾のせいで汚れる爪やコートを見ながら嫌そうな顔をした。
双剣に持ち替える瞬間を狙い、サキエルが強弾撃を撃ち込むと同時、死角から襲いかかるweiβ Hexe(
gc7498)のダガー。
取り落とさずに双剣を握り直すとダガーを受け流し、拓海の斬撃を半歩ずらして回避。頬をかすめる銃弾に『邪魔だな』と呟いた。
前衛が交代するタイミングに合わせて、叢雲が後方より頭部を狙う。シルヴァリオが瞬時に屈んでweiβ Hexeに足払いをかけて転倒させると手首を踏みつけ、剣を振りかぶる。
そこへエレノアがソニックブームを放つ。左からはシルヴァリオの前に迅雷で駆け寄り、目で追えぬ速度の剣を僅かに見えたペイントカラーと勘を頼りに狙う、赤月。
「間に合えっ!!」
後方に下がった拓海もヘリオドールで腕を狙う。シルヴァリオのFFはいつにも増して強固だ。どれも行動を揺るがせるほどのダメージを与えている様子はない。
だが、シルヴァリオが彼女を狙ったのは―― 一点に、数人集める為である。
「やはり仲間が――お前らの弱点だよな」
「――!?」
振り上げた剣はフェイント。傭兵の取るであろう行動を予測していたのだ。シルヴァリオは自らの周りに、衝撃波を放つ。至近距離に居た数名が数メートル弾き飛ばされた。
咄嗟に防御したにもかかわらず、衝撃波の威力はweiβ Hexeと赤月の体力を容赦なく奪う。二人はフラつく身体に活を入れ、よろよろと立ち、武器を構える。
追撃をしてこないのは、ケイがシルヴァリオの足を狙って移動を制限させているから――というだけではない。
「最初から全力でいかせてもらう!」
鳳覚羅(
gb3095)が立ちふさがるように斧を振り、追儺の細やかな突きや凪でその手を止めさせているからだ。
「お前が否定しようとする『感情』‥‥俺達にとってそれは『力』だ!」
脚を薙ぐために繰り出された追儺の剣は空を切り、彼の視界に飛び込んできたのはシルヴァリオの脚だった。
感情は力を生む。だが。
「結局お前ら地球人は‥‥『一人』ではその力を生み出せない。他者の存在を得、糧とする。そうだというのに自分たちの『力』だと言い切るお前らにイラつくんだよ!!」
追儺の胸を蹴り、着地した彼を覚羅の斧が待ち受ける。
「そうは言っても、君は気づいているんだろう? 人の心が生み出す力と言うものを‥‥認めたくはないかもしれないけどね‥‥?」
「フン、余裕の発言だな。悔しくても認めているからこそ――」
斧の重さも今の彼にはそう感じない。剣で受け止め、もう一方で素早く斬りつける。
白刃一閃。鎧を着ていたお陰で軽減できたが、そうでなければ覚羅の腕は深く切り裂かれ、血が噴出していただろう。
「――わざわざこんな限界突破なんて醜態晒してまで地球人の相手なんかするかよ。
仲間と協力なんて考えはオレたちにはない。如何な手段だろうとも、力は力でねじ伏せる。今までそれができたから、オレたちは生きてきたんだぜ」
「褒めて貰ってるみたいだけど‥‥生憎、俺の本気の攻撃を軽く捌くような相手に余力を残すなんて考えは無いよ‥‥」
猛撃を載せた斧を薙いでシルヴァリオの追撃を弾き、武器を替えようとした敵の手首を叢雲とケイが狙う。狙いは外れたが、相手の対処は僅かに遅れた。
隙を突いて追儺が体勢を立て直して駆け、仲間と同じく腕を狙ってソルジェンテを水平に振り切る。
振り切った刻、肉を断つ独特の感触はなく。刀身から上るのは硬質の違和感。
見れば、シルヴァリオの破れた袖からは銃が覗いている。今刃が当たったのは、これの表面――!!
「‥‥クッ!」
即座に身を翻し、急所への一撃だけは免れる追儺。しかし、腕には激痛が走る。
左の刀も仕舞ってポケットからもう一丁、銃を取り出すシルヴァリオは遊撃班――叢雲とケイの手元に同じように返してやり、
妨害を狙うジェーンとユーリの前後からの挟撃にもくるりと半回転して両銃を肩の位置と水平にし、素早くトリガーを引いて迎撃。
シルヴァリオはサキエルを涼しげな目と片方の銃で捉えたまま、ひらひらともう一丁の銃を手の中で動かす。どうやら、挑発しているのだろうか。
「なんだ、持ってきてないのか? お前こういうの好きだっただろ?」
「ッ、しゃらくせえ‥‥!」
ギリッ、と歯を食いしばったサキエルに、シルヴァリオは悪戯を思いついた子供のような笑みを見せた。
「ふ、持ち場が離れられないか。ま、いい。こっちも時間が無いんでな! 特別だぜ?」
たん、と地を蹴り、跳躍しながらシルヴァリオは己の体の調子を確かめた。
力は身体の奥から湧くが、逆さにした砂時計の中身が止まらないのと同じ。活動時間は少ない。
身体が崩れる前に、多くの傭兵を狩る必要がある。
「シルヴァリオ‥‥!」
「煉条。お前は後だ!」
着地を狙うトヲイと神撫を射撃で怯ませ、後方から攻撃の機会を窺うジェーンにも足止めに発砲。叢雲の射撃は、予想より敵の移動が速く通過した後に石畳を穿つ。
「ヴァンハイム、だったか。お前は――」
後方に回ってからばら蒔かれるケイのガトリング弾を避けながらも、サキエルに向かってくるシルヴァリオ。サキエルは言葉に詰まり、なんとも言えぬ顔をした。
(――‥‥良く考えりゃ、あれからもう一年、かァ)
矢を打ちながら、初回から今日までのことを思い起こすサキエル。
その間もケイや叢雲達は近づけないようにとシルヴァリオを狙撃しているが、彼は両手の銃で数度反撃しただけ。
近接の間合いに来ると、肘でサキエルの肩を強打する。衝撃と痛みに数歩下がった彼女だったが、次いで振られた裏拳を、両腕で防ぐ。
ぎちりと皮のグローブが擦れる音が低く聞こえた。
「‥‥あんたを越える事で『何か』が視えそうな気がしてンだ‥‥! この先、立ち向かわなきゃいけねェ敵が居るなら。俺が守るべき人の為にっ!」
今まであしらわれてばかりだったが、強くなること――その目に留まる事を目指して戦ってきた。
果たして強くなったのか? それは、彼女自身にも分からないことだった。
「‥‥でもさァ、こんな出会い方じゃなけりゃ‥‥なんてな。思っちまうこともあるンだよ」
絡みあう視線を振り切るかのように、サキエルは拳を握ってシルヴァリオの胸を狙う。
「正直、オレも何度か思ったぜ。だが、味方だという出会い方だったとしたら。オレはお前らに興味を示さなかっただろうしな」
易々と受け止められ、グローブ越しに感じた彼は、僅かに暖かかった。
「ヴァンハイム。お前は――守るもののために強くならんとするのか?」
「だったら、何だよッ!」
距離をとろうとサキエルが腕に力を入れたが、動けない。
彼女の拳はそのまま捉えられ、シルヴァリオはサキエルと触れ合いそうなほどに顔を寄せ、見透かすように嗤う。
「‥‥ではお前はオレに勝てない。守るなら、振り払う火の粉だけを払えばいい。お前は欲しいんだろう、在処が」
シルヴァリオは囁くように言い、サキエルは一瞬思考を止め、目を見開く。と同時、サキエルの鳩尾に蹴りが埋められた。脚爪が腹部に深々と食い込み、引き抜くと同時に紅い血液は白い石畳を濡らしていく。
「オレを越えるつもりなら、次は地獄で試験だぜ?」
倒れるサキエルの手を放ると『そんな所があるんならな』と軽口を叩き、エレノアの放ったソニックブームをひらりと避ける。
ぜいぜいと荒い息を零し、霞む白い背中を見つめながらサキエルは力なく拳を握る。傷は深いようだが、早急な処置が間に合えば命を失うほどではない。
(ダメ、かぁ‥‥やり遂げたって感じはすっけどさァ‥‥何か、こう‥‥胸に穴が開いたみてェで‥‥)
地獄で試験。それは、自分の行く場所か、彼の往く場所か。
(どのみち――あたしの片思いも、これでお仕舞い‥‥かァ)
ふ、と、サキエルは意識を失った。
遊撃部隊を片付ける為か、シルヴァリオはケイを狙う。自分が狙われているのだと感知したケイは、ガトリングで移動を牽制しながら仲間の連携が取りやすいように位置取る。
銃を素早く仕舞い、神撫の重攻撃を右に避け、右後方、トヲイから繰り出される突きはFFを強化して軽減。その間囮となって攻める赤月の大振りな剣を仰け反って避け――脚足で がら空きの胴を突き刺す。
激痛が襲うはずなのだが、それを感じない赤月は歯を食いしばり、急所突きでシルヴァリオの腕を狙って機械剣を振り下ろす。白いコートの一部は裂けたようだが、相手の皮膚には血の滲みすら見受けられない。
「まだまだだが、捕らえられても諦めない意思を良しとするか‥‥取り敢えず寝てなッ!」
恐るべき膂力で赤月を捉えたまま片足を高く上げ、一気に地面へ叩きつける。
目の前の景色は赤く彩られ、全身の至る処から骨が軋み、砕けるような音。爪が乱暴に剥がされ、傷口は大きく裂けているのだが赤月は痛みを感じないまま喀血。死への扉を間近に感じたが、開けたわけではないようだ。
(なんだ‥‥また、死ねなかった‥‥か)
死にたいのに死ねない。では、ジハイドといえど死神ではない――悪運の強さをも疎ましく思いながら意識を手放す赤月。
「邪魔はよく入ったが‥‥黒の姫様よ、そろそろ死んでくれ」
「ごめんなさいね。貴方のためには死ねないわ」
漸くケイへと疾走したシルヴァリオ。彼女が接近戦をも厭わぬ狙撃手だということは理解している。
であれば、傭兵たちの戦略を真似た訳ではないが近づけさせなければいい。
双剣で素早く斬りつけ、懐に潜り込もうと動けば脚爪で蹴りつけて間合いを離す。
その間にも拓海達の狙撃や叢雲の強襲もあったのだが、決してケイとの距離は詰めさせない。
「前に言ったわね‥‥シルヴァリオ。貴方にも『大切なモノ』があるって。それは何だったの‥‥?」
今のシルヴァリオの速さは目で追うのがやっと。剣は最早太刀筋と彼女の経験、勘に頼って動くのみである。
身をじわじわ斬られながらも、ずっと持っていた疑問を投げかけるケイ。
シルヴァリオは改めて問われると不思議そうな顔をする。
「ブリュンヒルデは結局あの一度きりで他に機会もなかったしな。もうどうでもいいし‥‥」
「誤魔化さないでよ。貴方の大切なモノ‥‥それを知りたいの」
――大切なモノ。それは何。
純粋な疑問は、彼の表情をすこしばかり暗くした。
「オレも色々考えたけどな、言葉にするのは難しい。『爺さんのため』以外にお前らが納得するような確固たる答えはないと思うぜ」
そう答えたにも関わらずケイの表情は何も変化しない。不満だっただろうか。
追儺と覚羅が左右より同時に攻め、両の剣を封じる。
そこで、ケイは走った。仕掛けてくると理解したシルヴァリオは脚爪を繰り出しケイの腕を切り裂いたが、
彼女は懸命に手を伸ばしてシルヴァリオのコートを掴み、胸に飛び込むように密着すると ぐっ、とアラスカをシルヴァリオの胸に押し当てて何度も何度もトリガーを引く。
一度引くごとに、シルヴァリオのFFがダメージを軽減しようと激しく光る。だが、無効のはずは――ないのだ。
「シルヴァリオ。聞いて頂戴。あたしの予想が違うなら、違うと言っていいわ――虐殺を繰り返してきた貴方。トヲイに『お互い戦うのが好き』だと言ってみせたあの台詞‥‥それは、本心からのモノなの?!」
「当たり前だ! お前も解かるだろう。高揚感と期待、それらを味わう悦楽が!」
いつまでも離さぬケイに我慢ならないのか、考察など聞きたくないからか。
縋り付く腕を切断しようと剣を振り上げる――が、剣は覚羅によって阻まれる。
「お前も地に堕ちろ。死は平等だ」
「君は強い‥‥でも、LHの‥‥『最後の希望』である傭兵は‥‥いや、鳳凰に死などありはしない」
如何にバグアの力が強大だろうとも、人類はそれを退けることができるということを証明し続けなければいけない。
(そのために‥‥俺はこんな所で逝く訳にはいかないからね)
覚羅は、追撃を感知し後方に飛び退く。紙一重で剣先を躱し、剣圧が彼の銀髪を数本空中に散らす。すぐに間合いを詰め両断剣・絶での斧の一撃を繰り出した。
手数で押し勝ったシルヴァリオは覚羅を切り払う。しかし、追撃は阻まれた。
ケイは降りかかる仲間や自身の血に塗れて顔を歪めながらもアラスカを撃ち続け、彼を捉えたまま放さないのだ。
流石にFFといえども万能ではないらしく十数発も加えられれば傷も出来よう。シルヴァリオの身体からは血液が噴き出すが、刹那、空気に触れてさらりと消える。
血液すら塵と消えるほど――死が、消滅が間近なのだろうか。
「戦いが好きなだけで、貴方はそんなふうになってまで戦うの!?」
憤怒の形相でケイのか細い肩を割らんばかりに肘で強打するシルヴァリオだが、彼らと良く似た、軋轢に苦しむような‥‥痛みを見せる。
「戦う、それ以外にオレ達が――」「戦い!? 嘘よ!!『大切なモノ』がある貴方はあたし達と同じじゃないの?! あたし達にとってはそれが『仲間』‥‥貴方は――」
「黙れ!! 大切な事だと!? 聞きたいか。お前らを殺してやることだ!」
吠えるようにそう吐き捨て、ユーリと覚羅を衝撃波で弾き飛ばす。飛ばされぬよう必死に縋りつき、自分の真意を知ろうとするケイの腕を剣で突き刺す。堪らずに悲鳴を上げたケイ。
力を込めながら思い切り蹴りつける。たった今まで繋ぎとめられていた剣との間に血が尾のように引いて流れ、ケイは蹴られた衝撃で地面を滑りながら後方に飛ばされた。
(リヒャルト。確かにオレは仲間を他の奴等より大事に思うようになっただろう。‥‥だが、それを認められない。お前らと同調しちまうワケには、いかねぇんだよ‥‥)
口には出せなかったが、ケイの言葉は否定できないようだ。
動かぬケイをしばし視界に捉えているとサポートに回っていた緋沼 京夜(ga6138)がすぐさま救出のため駆けつけ、ケイを抱きかかえて安全圏まで離脱を図る。
それを見届けたシルヴァリオは背を向けた。
崩れかけた外壁の後ろに運び込み、セシリア・D・篠畑(ga0475)が、練成治療で傷を癒す。
その傍らの担架には、気絶したままのサキエルらの姿もある。処置も間に合ったようだ。
拓海の攻撃は避けられ、叢雲は射撃で敵と応戦しながら、打ち砕かれる外壁の音を間近に聞きながら、砕け散る欠片が目に入らぬようにと瞑った一瞬。
シルヴァリオが大剣を握り、間合いを詰めていたのだ。
「そうはいくか!!」
駆け寄り、叢雲の前に立つ神撫とトヲイ。
「吹き飛べ!!」
「白い人も、吹き飛べーっ!」
大振りにした瞬間、神撫の鎧をも削り、ガードの上からトヲイを衝撃で後退させる。が、機を待っていたジェーンが地に胸が付きそうなほど身を低くして飛び込み、
体を水平に回転させつつ遠心力と体のバネで一気に起き上がると強刃を載せた突きを繰り出した。体当たりに近いような形だが、シルヴァリオの脇から背面に黒刀を突き刺す。
そのまま着地‥‥することはできず、すれ違いざまに素早くシルヴァリオがジェーンの襟を握って拘束し、少女の胴を思い切り蹴飛ばした。
反動を利用し、後方に宙返りしたシルヴァリオは刺さった剣を引きぬいて投げ捨て、そこに覚羅が斧を掲げて待ち受けており、振るう。
「鳳か。相変わらず、馬鹿力、だなッ‥‥!」
「‥‥今の君には及ばないよ」
猛撃で攻撃手数を増やし、エレノアらに目配せすると一気に能力を使う。
しかし、シルヴァリオはソニックブームを甘んじて受け、猛撃をFFで受けつつ大剣を振りかぶり――覚羅の斧を受け止めると脚を跳ね上げて脚爪で喉を掻っ切ろうと狙う。
首の皮を切り裂かれて離れる覚羅へ大剣を突き入れる。硬い鎧を貫き、二度体を震わせる覚羅。
「――やられちゃったけど、仲間に繋がったみたいだ」
聞き返そうとした瞬間、覚羅の肩ごし、叢雲の放った矢がシルヴァリオの顔面目掛けて射られていた。
「うッ‥‥?」
反射的に首を曲げる。矢は刺さらなかったが眉間から左頬の皮膚を抉り、着地してよろめいたシルヴァリオの顔に血が流れたが、その血液はすぐに塵と消えた。
どしゃりと倒れる覚羅。頭を打ち、昏倒して起き上がれないジェーンを見つめたまま、weiβ Hexeが記憶の欠片を思い起こし、震えて顔を覆う。
「い、いやぁ! また私は何も出来ないの‥‥!?」
赤く染まる教会の床。女の子が二人と二人の男性が倒れている風景。
「嫌、そんなの嫌だわ‥‥!!」
嫌々と頭を振った彼女の動きが止まり、ゆるゆると顔を上げたweiβ Hexe。その瞳は、赤い。
「‥‥まったく持って悪い目覚めねぇ?」
でも、これからが本気よ、とナイフで肩ぐらいまでの長さに髪を切る。
ユーリ、エレノアの攻撃と共にフェイントを組み合わせて仕掛けに行ったが、剣の軌道を数撃見てから一歩後退したシルヴァリオが間合いを読み、大剣で頭を狙う。
「出すぎだっ‥‥!」
攻撃の瞬間、追儺がweiβ Hexeの身を引いて攻撃の当たりを弱くしていなければ、彼女の頭は重みで叩き割られ、柘榴のように弾けてその中身を覗かせていただろう。
だが、それでも彼女は今までの攻撃で体力も限界だったようだ。追儺はぐったりとした身体を石畳に寝かせ、救護に委ねた。
ユーリと拓海の攻撃を交互に避け、側面からの射撃を飛んで躱すと――トヲイが、神撫が待ち受けている。
「神撫に――煉条か。いいだろう。来い」
だが、トヲイは動かずに口を開く。
「戦いの中でしか生きられぬ修羅なればこそ。己の死に場所を決めるのは、天上天下己のみ‥‥――お前もそうだろう? シルヴァリオ‥‥」
それに対し、シルヴァリオはニヤリと笑った。
「‥‥ならば。俺も1人の戦士として、お前との約束を今こそ果たそう。
――煉条トヲイ、推して参る‥‥!」
(さぁ、最後の勝負と行こうか。アンサー‥‥力を貸してくれ!!)
トヲイが疾走し、神撫は試作型アンサーシステムにそっと触れて、同じく駆ける。
右からトヲイが、左から神撫が。シルヴァリオも大剣から双剣に持ち替え、二人を誘ってその間合いを詰めた。
僅かに時間差で放たれる攻撃をステップを踏むかのように軸をずらし最小限の力で巧みに左右の剣で受けるシルヴァリオ。
「‥‥束の間、夢を見た。そして、祈った。お前に哀しみが理解出来るのならば、人類とバグアも闘争以外の道を選択出来るのでは無いか、と‥‥」
アフリカの祈念所での事、だろう。シルヴァリオも天衝小隊が居るのだからトヲイが何処かに居ると思ったのだが、手を合わせることはなかったのだ。
そんな事を祈っていたのか、と鼻で笑うシルヴァリオ。
「そう、俺は愚かな男だ‥‥こうなる事は最初から分かっていた筈。俺もお前の立場なら――恐らく同じ道を選択するだろう」
トヲイも自嘲するかのような小さい笑みを返し、シルヴァリオと剣を交え。
「‥‥お前からは、同じ匂いがした」
「ではオレとお前は陰と陽か‥‥皮肉なものだ。しかし煉条。オレとお前は――多分、違う」
それは、と聞き返すトヲイは盾で剣を弾き、もう片方の剣は神撫の胸を狙って突きを繰り出されるが、神撫はそれを斧で受け止める。
「お前には――確固たる意志を感じる。例え人間の生が刹那のものであろうとも、オレと同じ立場だったとしても。お前は死を選ばない。そこが違う気がする」
お前のことは気に入っている。だが、ヨリシロには、したくない――そう言いながら限界突破しておいて良かったと寂しく笑うシルヴァリオ。
「煉条、いや――トヲイ。お前とは敵で‥‥思う存分、殺しあう間柄で良かった」
叢雲の狙撃をやり過ごし、とん、と神撫の側に降り立つシルヴァリオ。咄嗟に振られた斧刃を双剣を交差させ受け止めたが‥‥剣の酷使による耐久損傷もあるだろうが耐え切れなかったようだ。
片方の剣に一本亀裂が走り、三合目で破損したが片方のみでも――‥‥
シルヴァリオの剣を握った右腕が、動かない。そして――
ざらりと崩れ落ちる。
右腕が落ちたが、まだこの身が朽ちるまでは僅かに時間がある。空中の剣を左手で咄嗟に持ち替え、神撫の顔面目掛けて投擲。
剣を投げた瞬間の体重移動に伴い力を入れた軸足を狙い、トヲイのティルフィングが唸る。
もうFFも薄れているのだろうか? 抵抗があると思われた力はなく、さっくりとシルヴァリオの右腿を捕らえ、切断した。
斬られた脚はすぐに灰と化し、風に乗って慰霊碑へと進むように巻き上げられた。
「長かったな‥‥いつもいつも死にそうになるまでやりあって、一年近くか。もうやりあえることもなくなると考えると不謹慎だが少し寂しいものだな、シルヴァリオ」
神撫も少々感慨深いような口調で投擲された剣を斧で受け、すべての力をインフェルノへ、注ぐ。
「――‥‥まだだ! 片足片手持って行かれようと、お前らを殺せる腕も身体もまだ残っている!!」
片足で屈んだまま大剣を握るシルヴァリオもまた、次の一撃に賭けているようだ。
「――征こうか。‥‥お前と最後まで‥‥ッ!!」
トヲイと神撫が同時に疾走してくる。これは彼らもシルヴァリオも、最後の一撃になろう。
「うおぉおーーッ!!」
失われた脚の代わりとなった大剣は石畳を削る。その膂力と残された脚で体重を保ち、彼らに肉薄、交差する瞬間――大剣は石粒を巻き上げながら水平に大きく振り切られた。
その力で振り切られた蒼い大剣は二人の鎧を粉砕し、胸から噴き出すほどの血飛沫を蒼穹のもとに散らす。
如何に硬い鎧とて、死を恐れぬ相手からの一撃を防ぐことは出来なかった。
防御も次の行動もなりふり構わず放ったシルヴァリオも、当然無事で済んだはずはない。
神撫の一撃は重く、振り切った瞬間に最後に残された腕は断ち切られた。
トヲイもまた、腹部を深々と斬りつけられて尚、シルヴァリオの懐深く入り込んで剣撃で急所を何度も斬りつけたのだ。
三人はもつれるように倒れこみ、空を仰ぐ。
「――フ、結局、殺しきれなかったか‥‥」
「そう簡単に死んで堪るかって言いたいが、結構、俺もキツイんだよ‥‥今回死ぬかも」
「地球人の手相知ってるか。生命線ってやつ。お前は図太そうだから、大丈夫だ」
なんだそれと口を尖らせ、体が冷えていく感覚を、神撫は正直に答えるとシルヴァリオは乾いた笑いを漏らした。
シルヴァリオはさらさらと崩れる身体を見つめ、そのまま目を閉じる。
「目標は達成できなかったが、後は仲間が頑張ってくれるだろ。オレは有意義に過ごしたしな」
と、顔の前に暗い影が落ちる。覗き込んでいるようだ。もう瞼は開かないから確かめようもないのだが‥‥シルヴァリオには判った。
「そんな顔するなよ。どうせオレもお前も往く先は同じだ。じゃあな。一足先に待ってるぜ‥‥」
唇が動いて名を呼んだようなのだが、誰にも聞きとることは出来なかった。
出血と内臓への損傷が懸念され急いで治療をという救護の手を押すと、トヲイはそっと手を伸ばして、白いコートを手繰り寄せた。
「‥‥さらばだ。――強敵(とも)よ」
ざらりと流れ落ちていく砂塵を抱き、トヲイは目を閉じた。
その頬には涙が一筋流れ、白いコートに落ちる。
ユーリに煙草を咥えさせてもらいながら、隣で神撫も空を仰いだまま、目を閉じた。
(じゃぁな、一番人に近きバグア、シルヴァリオ‥‥)
空は高く、澄み切った蒼は――この戦いの終に、相応しい気さえした。