●リプレイ本文
●似て非なるもの
街の近くまで一人でやって来たらしいルエラ。傭兵たちを見ると弓を構えた。
報告書と違う外見にノビル・ラグ(
ga3704)が表情を曇らせる。
「シルヴァリオと何時も一緒に居る女だよな? アイツ‥‥。こんな所で何を企んでやがるんだ?」
青であるはずの髪は銀色。それは、ここに居ない誰かの面影と重なる。
「しかし、こんなところにお一人で‥‥」
傷も癒えていない、いわば手負いの状態を不審に思ったのはロジー・ビィ(
ga1031)だ。
だが、彼女がどんなに手強かろうとも街に被害を出すわけにはいかない。
憂いを込めた表情で、ロジーはルエラに問うように呟いた。
「お帰り願う事は‥‥出来ないのでしょうね‥‥」
「すぐ帰る‥‥私の邪魔さえしないのなら」
言いながらルエラは矢を二本取り出し、能力者の足元を狙って一気に射る。
左右に分かれて避けた彼らも、致し方なしと戦闘態勢に入った。
ロジーはエネガンを手に取りながら、ルエラの所持品・或いは不審なものが近くにあるかを気にかける。
すると、公園のベンチの下――白い荷物袋を発見した。その口の部分には矢軸が見えており、大量に収められていることが解った。
(あれはもしや弾頭矢では‥‥!)
そちらを始末するのが先だと判断したロジー。仲間の援護状態を気にしつつも、荷物への射撃を開始。
ルエラとてロジーをそのまま放っておけない。腰のポーチからナイフを取り出し、投擲の姿勢を取る。
「‥‥おっと! 物騒なモンは捨てて貰えねーかな?!」
隠密潜行していたノビルが公園の柱より踊りでて貫通弾を撃ったが、彼女は痛みを推してナイフを構わず投げる。
「っつ‥‥、こんなもので街に手出しはさせませんわ!」
ロジーの腕を切り裂いたが、彼女とて狙いは外せない。構うこと無く荷物を爆破させた。
ベンチは木端微塵に吹き飛び、公園を赤く染める中――鳳覚羅(
gb3095)がルエラに龍斬斧を向けた。
「君と遭遇するのは何回目かな‥‥」
今回、君の主は居ないのだねと尋ねれば、ルエラは剣に持ち替えて『たまにはひとりになりたいのよ』と揶揄した。
杠葉 凛生(
gb6638)が撃ったペイント弾が剣に付着したのを見て、猫のように背を曲げて移動するような姿勢をとるルエラ。
「させん」
ベーオウルフ(
ga3640)が死角から槍で彼女を狙う。それを軽く弾き、振られた覚羅の斧を素早く避けると横へ回る。
「――逃がさん」
凛生が制圧射撃で移動しそうだったルエラの足元を狙い撃ち、音無 音夢(
gc0637)が超機械で機動力を奪おうと撃つ。
その間にロジーは前衛と合流するため駆け、セシリア・D・篠畑(
ga0475)は練成超強化で支援する。
「捕捉‥‥‥‥‥クラリア・レスタント、推して参ります」
クラリア・レスタント(
gb4258)がシェルクラインで同じく足を狙うが、ルエラも度重なる戦闘で慣れたものだった。
身を低くしてベーオウルフの槍を躱したルエラの身体が強く光る。
――まさか、自爆する気――?
音夢が声を上ずらせるが、覚羅は否定して武器を構え直す。
この技は一度見た。青く光る、これは――
「超速移動だ!!」
その声と同時に、ルエラは影すら残さずその場より消える。
「どこに‥‥!」
セシリアが周囲を確認しながら微かな殺気を感知して振り返ると――。
「はぁああっ!!」
ペイントに塗れた剣を構えて突き出すルエラの姿があった。
「させません!!」
セシリアの直線上からクラリアが瞬時に銃の照準を合わせ、半ば反射的にセシリアは身を捩って屈む。
凶刃は彼女の肩から脇腹を裂き、痛みに呻くセシリア。ルエラにも激しい疲労感が襲うが、まだ終わるわけにはいかなかった。
彼女をそこへ放置し、駆けるルエラ。元いた場所に銃弾の雨が降る。
「死んで頂戴‥‥」
迅雷で距離を瞬時に詰めた音夢。刹那を使用しルエラに斬りかかる。
体を捻って避けると、その力を利用した流し斬りのようなモーションで音夢に一撃を与え、蹴り倒す。
やや後退してきたノビルが、ルエラの攻撃と足を止めるべく射撃。
そこから撃ちこまれたのはノビルの弾丸だけではない。凛生もその隙を逃さず、ルエラの胸部を貫こうと狙いを定める。
何発か撃ち込んだ後、自分へ向かってくる強化人間。
以前ルエラが吐いた叫びを思い出し、人間に対する憎しみを抱えた姿を、覚めた瞳で凛生は見つめていた。
――仲間の裏切り。
凛生が生きてきた社会では当然のように行われていたものだった。利害関係が一致すれば、昨日の敵は今日の同士、明日の駆除対象になる。
だが、こうして『信頼』を常とする世界に居た彼女には耐え難い苦しみだったのだろう。
破壊衝動に駆られる彼女の姿は、嘗ての自身に似たところもあった。
しかし――それは同情するに値しない。凛生は急所を狙ってトリガーを引く。
ベーオウルフがクローを装備しながらルエラと凛生の間に入るように来る。
「お前の理由はどうでもいい。死にたければ一人で死ね」
がち、と金属の擦りあう音。着地してすぐ繰り出されるルエラの膝を腕でガードし、
「疾雷!」
瞬即撃を乗せてベーオウルフも繰り出す。ルエラは負傷していても常と変わらぬような体捌きで避け、弾く。
至近距離で斬り合い、穿つ二人の間には幾度も血が舞う。
切れ味が鈍るのを嫌い、まだ撃たれるペイント弾より剣を庇う。喉元に迫ったロジーの剣を仰け反って避け、伸ばされた腕を爪先で蹴り上げると反動を活かして宙返りの後着地。
そこを狙う音夢とノビルの攻撃は、ルエラの腕の傷を抉る。
ペイントの塗料と流れる血が混じり、透明だった刀身は振るわれる度に汚れていく。
「しかし、強化人間ってのは、外見まで親分に似てくるモンなのか?」
兄妹みたいだとノビルが指摘する通り、ふとした表情はシルヴァリオに似ている。それはベーオウルフも思っていたことだった。
そう云われた彼女も一瞬悲しげな様子を見せたが、瞬きの間にそれは消える。
「シルヴァリオ様とは似ているだけ‥‥」
そう言いながらも事実、バグアに身を置いたばかりの頃は彼女も もしや、と思ったのだ。
だが彼が兄ならヨリシロだとしてもその記憶はあるだろうし、縦しんば兄と仮定したとして――
兄の眼の色は青だったし、よく覚えていないが左利きだったような気がする。
「どのみち、生きていないならもう『兄』じゃないわ」
死んで中身が違うものを、兄と呼べるはずもない。外見が似ていただけだ。
「どちらにしても‥‥危害を加えるなら阻止するだけっ! 行きます!」
まだ機動力が奪われたわけではない。クラリアは四肢への攻撃を続行する。
「掻っ斬れ! オセ!」
脚爪での攻撃が皮一枚を切り裂き、頬を掠めていく。
「そうです‥‥絶対に、逃がしはしません」
傷を治療し、セシリアも電波増幅を使い能力を強化。超機械を強く握る。
包囲を敷こうと動きまわる傭兵たちの行動を注意深く観察し、ルエラもまた攻撃対象を前衛や後衛と切り替えながら、完全に包囲されるのをよく防いでいる。
だが、いくら動き回ろうと執拗に迫る関節を狙った銃撃に止めどなく血は溢れ、腕は上がらなくなってくる。
「攻撃に精細さがない‥‥その傷のせいかい? それとも‥‥いや、敵同士詮なき事だったね」
斧を振るいながら覚羅が指摘する。攻撃の手はそれなりにあるようだが、鋭く攻める一撃はない。
しかし、彼女はこれほど傷ついているのに撤退する気はないのだろう。無論、あったとしても逃すはずもないのだが。
ルエラの攻撃がロジーを狙うものの、受け流した彼女の髪数本を散らす。
そこを狙い、ロジーは流し斬りで踏み込んだ。
「っ‥‥!」
手甲で受け止めたルエラ。だが、その強度も十分なものではない。肉に喰い込み、血が勢い良く噴き出す。
攻撃の手を休めそうにないロジーに向け、腕を勢い良く振り血を飛ばした。
僅かに目を細めたロジー。振るわれた剣を後方に跳んで避け、やり過ごす。
「なぁ‥‥! お前は何の為に戦ってるんだ? どうして、こんな戦い方をする? ‥‥これじゃ、まるで――」
――死地を求めて彷徨ってるだけだ。
息も荒く、動きが鈍るルエラにノビルは訊ねる。
だが、ルエラは答えず昏い瞳だけを彼に向けた。
まさかそのために、戦っているのか――‥‥言葉を重ねようとしたノビルを遮り、ルエラの殺気が突如増したことにクラリアは声を荒らげた。
あの強化人間は何か、しようとしている‥‥!
「好機! 勝負は今!」
やられる前にやる――持てるスキルをつぎ込み、仲間と攻撃のタイミングを合わせて攻め立てるクラリア。
攻撃を受け止め、地に投げ出されたルエラは、激しく咳き込んで身を震わせる。
もう既に、彼女の体力も限界を越えている。だが、指は武器を離さない。しっかりと握られたままだ。
そこへ、覚羅が前に進み出た。
「もう幕引きにしようか‥‥見せてあげるよ、この鳳覚羅の‥‥鳳凰の本気をね」
無言の沈黙が二人の間に流れ、ルエラは荒い息をつきながら立ち上がる。
「‥‥本当に、何なのかしらね。目ざわりで仕方が無いのよ‥‥」
血液も大半が失われている。霞んだ目は、モノをはっきりとは映してくれない。身体能力も鈍ったままでこれ以上戦えるとは思えなかった。
だが、彼女にも意地があるのだろうと覚羅は思う。
白銀の焔がゆらめき、一段と輝きを増したと同時‥‥ルエラの身体も赤く光る。
「てやぁぁぁ!!」
互いがぶつかり合い、斧と剣が幾度も交わされた。
スキル強化で剣劇を使用しているとはいえ、隠されていたルエラの能力だろうか‥‥5を数える頃まで彼女は剣を振るって耐えたが、突如その腕は止まった。
一対一であれば彼女もまだ上手に戦えたかもしれない。だが、仲間と共に闘う傭兵たちに、敵うはずはなかった。
ロジーの鳩尾を狙った柄での攻撃に加え、凛生の射撃がルエラの胸部を射ぬき、連剣舞を使用したベーオウルフの剣が彼女の首筋に食らいついていたからだ。
ごぼりとルエラの唇から鮮血が溢れ、胴を薙ぐ一撃をくらって倒れたルエラはもう虫の息だ。
溢れ出る血が喉に張り付いて呼吸も出来ないのだろう、苦しそうに呻く度に血が搾り出される。
もうルエラは動けないし、何も出来ないだろう。
「‥‥終わり、です‥‥貴女と、貴女の世界も」
セシリアが脇腹を押さえつつ静かな声で、倒れているルエラへ云う。
薄れいく意識の中‥‥最期にルエラは思う。
(世界はちっとも――ワタシに優しくなかった。
でも、何もかもを恨んでいたんだから‥‥死が、漸くワタシの安息を運んできたのだから、別にもう、いいんだ)
こうして傭兵に囲まれて死ぬのは些か不本意な死に様だが、どのみち数多の命を奪った自分にいい死に方はできるはずはない。
だけど。
兄に似たあの人は、『仲間』が死んだ時のように、少しは悲しそうな顔をしてくれるだろうか。
それだけが、気になるかな――‥‥
そんな事を気にかけながら、ルエラは息を引き取った。
ざぁ、と風が流れる。
空を仰ぎ見ても、周囲を伺ってみても――気配はない。
(こないのか、シルヴァリオ‥‥)
このまま待ったところで、やって来るのはUPCの軍だろう。
彼女の遺体はそこで回収されるはずだ。
――結局シルヴァリオにとって、ルエラはただの手駒だっただけなのだろうか。
どんな間柄だとて興味もないが、彼女は生きるも死ぬも独りきり。
「‥‥ルエラにとって、この土地にはどんな意味があったんだろう‥‥?」
セシリアが仲間の傷を治療している間。地に転がる骸を見やったまま、ノビルは疑問を口にする。
だが、その問に答えられるものは誰一人とてこの中にはいない。
しかし、街へと帰還した際、ルエラはここに住んでいたという詳細を聞くことが出来た。
「痛みも苦しみも、忘れたくても消えることはない‥‥」
ましてや懐かしく尊い記憶は、消したくはないだろう。
「家族か‥‥仲間か‥‥主の元へ‥‥か」
覚羅は思う。せめて、その死後が心安らかであればと――‥‥
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●骨董屋「エリュシオン」
‥‥読み終えまして?
ついこの間の出来事だそうですが、こうして書物にしてしまうと――ずっと昔のようですわね。
彼女は一体、何を求めて故郷に戻ってきたのか‥‥わたくしたちには知る術もないでしょう。
ですが、人に想いある限り、彼女のような人もまた出てきてしまうのでしょうか。
記憶は止まった時間。良くも悪くも色あせぬ不変。
この写真は、彼女にとって幸福の象徴だったのかもしせませんわね。
あら、お帰りですの? ‥‥そう、あなたにも大事な方が。ふふ、会いたくなったと。
そうですわね、それが宜しかろうと思いますわ。
――現在という時の流れ。並行し刹那に生まれる過去を、大事になさってくださいませ。
いずれあなたの、記憶の一部となるのですから。