タイトル:悲哀は茨の鳥籠へマスター:藤城 とーま

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/09/21 23:52

●オープニング本文


●骨董屋「エリュシオン」

‥‥あら、いらっしゃいませ。ようこそ。
 今日は天気もいいですわね。こんな日は外出も悪くありませんけど、生憎お店を離れるわけにもいきませんの。
 どうぞ、ご自由に御覧くだ――‥‥うふふ、その鳥籠、お気に召しまして?
 珍しいでしょう。鉄の荊棘(いばら)で編んだ鳥籠。有刺鉄線とは少々違いますのよ。
 中にいる銀色の鳥。鋳造ですけれど、この瞳は悲しそう。
 小さい出入り口が開いているのに‥‥鋭い荊棘に羽根が‥‥躰が引き裂かれてしまうのが怖いのか。それとも、外の世界を知るのが怖いのかしら。

 傷つくことを恐れて飛び立てない‥‥人間(ひと)の心も同じですわね。
 わたくしが聞いた――飛び立とうとする傭兵さんの話。
――フフ、興味がおありのようですね‥‥さあ、お掛けになって。銀の乙女のお話、少し長くなりますわ。

■■■■

●ドイツ某所

 簡単な荷物検査があった後、銀の髪をふわりとなびかせつつ厳重に管理された建物に足を踏み入れる女性。
 些細な物音でも見逃さないためか、音が良く響く作りになっている廊下を抜け、幾重にも錠がかけられている扉を通ってさらに先へと向かう。
「あの人、よく来るよな」
 やや遠くの通路から、衛兵に案内されている女性を見つめながら会話している男の衛兵。
 もう一人の男が、もう小さくなった銀髪女性の後ろ姿を視界に収めながら、呟く。

「家族の面会だってさ。ほら、あの親バグア派とかいってた――」



●監獄内:面会室

 私が面会室に通されてどれくらい経っていたのか覚えてない。
 物を所持しての面会は、囚人と面会者の間で暗黙の暗号や何らかの糸口があっては困るからと許されていなかったので、時計などもしていなかったからだ。
 分厚いアクリル板越しに姿を見せたのは――相変わらずやせぎすの面がある顔。
 面会が私だと‥‥いえ、私しか面会に来ないばかりか、頻繁に訪れているのだから、呼ばれた瞬間からこの男には誰が会いに来ているかなど分かっていたのだろう。
「――やあ、ユーディット」
 それでも彼‥‥テオドア・ウォルターは冷たい笑みを浮かべて対面するように置かれた椅子に腰かける。その際に、じゃらり、と両手を拘束している手錠の鎖がアクリル板にぶつかり、重い音を立てた。
「何か用かな、この哀れな男に」
「貴方がここに拘束されているかどうかを見に来ているだけ。話す事も本当は何もない」
 私がそう答えると、テオドア『兄さん』は肩を揺らして笑い始めた。
 何かおかしなことを言っただろうかと思っていると、テオが『相変わらずだな』と言った。

「ユーディット、お前は愚かな子だ。どうしてこのテオに会いに来ているか。それすらも解らんか」
「‥‥?」
 私がテオに会いに来る理由なんて、今言ったとおりでしかない。
「自分で気づかないか? ‥‥仕方がない。お前は自分で考える事をしてこなかった。いつも父のいいなりになっていたからな」
 その口ぶりが、気に障った。
「父さんと貴方が、どう関係すると――‥‥」
 言いかけて、思い当った私は思わず言葉を失った。それを見て満足そうにニイと笑うテオ。

「そうだ、ユーディット。このテオの顔は父親に似ているだろう? それを求めて、お前はやってくるのではないかな?」
 いつも叱られ、愛されなかった可哀想なユーディット――

 そう嘲りの声が聞こえた所で、私は反射的に拳でアクリル板を殴っていた。


●ユーディーの家

 家に戻ると、猫が小さく鳴きながら出迎えてくれた。
 それを抱きかかえようとして、右手に痛みが走る。
 数時間前、アクリル板を殴った時のものだ。覚醒しないのは当たり前だったが、覚醒していたらあのアクリルは割れたのだろうか。
 いや、恐らくあれにもSES技術が入っているだろう。そう簡単に割れてしまったら、能力者は収容できない。
 ジンジンと脈動する痛み。それは先程までの事が現実だと教える。
 猫を抱きかかえて、私は暫し過去を想う。


――私は、自分が特別だと思った事は無かった。かといって、誰かを特別だと思ってもいなかった。
 母は多分、私に愛情を持って接してくれていた。父はとても厳しかったから、好かれていると思った事なんて――ない。
 事実、父は母さえいればそれで良かったのだと思う。母を見る眼差しは温かかったけれど、私や兄を見る目は冷たかった。
『ユーディット。お前は何故これくらい一人で出来ない!!』
 そう言って、いつも私を叱りつけていた。褒められた記憶なんて存在しない。
 怒られても悲しくはなかった。それが失望なのか嘲りなのかも、わからなかったから。
 私が覚えている母は、いつも悲しそうな顔をしていた。
 その顔を見ているのが嫌で。とある年、一ヵ月ほどフランスへ行っている間――テオドア兄さんは親バグア派として暗躍して。
 事実を知ってから急いで村に戻った時、もう私の家も、村も無かった。どうしてこの村が戦禍に巻き込まれなくてはいけなかったのだろう?

 そう。何もない村で、何もない私は、途方に暮れた。だから、仇打ちという名目でテオを殺そうと思っていたのに。
 ただ家族の面影のある、そして唯一の生き残りであるテオに、私は縋ろうとしていたのだろうか。


 それを思っていると、大人しくしていたメアが喉を鳴らして腕に頭を預けてくる。
 その温かさに、悲しいような、嬉しいような気分になって、私はそっとメアを床に置いた。
 テオは私を可哀想だと言った。多分、あの時そう言われて悔しかった気がする。
 受け入れたくない事実だったとしても、もう時間は戻らない。
 だったら、私は前を見て行こう。新しい事を、たくさんしよう。
 私は武器をとって、LHの本部に向かうため再び外に出る。
「メアが良い子にしてるならお土産、買ってくる」
 そう言って、私は家のドアを閉めた。

●LH:ULT本部

 傭兵たちが今日も今日とて仕事を探している。ユーディーもまた真剣な顔でモニタを眺めていた。
 真剣といっても、彼女の表情は滅多に変わらないので見分けがつくまい。
「何かお探しですか?」
 本部のオペレーター嬢が問いかけると、ユーディーは口を開く。

「キメラに、思い切り八つ当たりが出来るモノがいい」

「‥‥はい?」
 一瞬 聞き間違いかしら、と思ったオペレーター嬢であったが、目の前の傭兵がもう一度同じ事を言ったので、本当に探しているんだと理解する。
 検索をかけてから、モニタをユーディーへと向け、これはどうですかと尋ねる。
「植物キメラが多数発生‥‥?」
「はい。農場に植物型のキメラが出た模様です。形状は木です」
「どうしてそんなところにいるのか謎ね‥‥。でも、いいわ。沢山居るなら」
 ユーディーの眼はマジである。
 この人、ストレス溜まってるんだなあ。と思いながら、オペレーターは参加申請を促した。

●参加者一覧

西島 百白(ga2123
18歳・♂・PN
辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
ラルス・フェルセン(ga5133
30歳・♂・PN
リュウナ・セルフィン(gb4746
12歳・♀・SN
東青 龍牙(gb5019
16歳・♀・EP
長谷川京一(gb5804
25歳・♂・JG
ザインフラウ(gb9550
17歳・♀・HG
ソウマ(gc0505
14歳・♂・DG
カーディナル(gc1569
28歳・♂・EL
南 十星(gc1722
15歳・♂・JG

●リプレイ本文

●誤字に非ず。

 畑までは用意してもらった車で行くのだが、道中は何もない平地。目的地が近付くにつれ、畑の全容も明らかになってきた。
「おうおう、こりゃまたウジャウジャいるねぇ」
 ぷかぁ、と煙草のけむりを吐き出すと、長谷川京一(gb5804)は目を細めて畑の上にいるキメラ(以下 木メラ)を車窓から見つめた。
「50体ともーなりますとー、畑一面、キメラというー感じ、ですね〜」
 ラルス・フェルセン(ga5133)の言うとおり、一角にひしめき合っているのは、違和感を覚えるほどだ。
 射撃マニュアルを読んでいた西島 百白(ga2123)は、テキストから顔を上げて畑を見た。
「‥‥多いな‥‥」
 スイカの仇。そして木メラ。手を抜いてやる必要もない。
 東青 龍牙(gb5019)はリュウナ・セルフィン(gb4746)の『キャンプファイアがしたい』を叶えるため、先んじて農家の方々に、可能な場所はあるかと聞いている。

 それとは別に、一体、ユーディーはどうしたのだろう。
 彼女がいつもと違う事を、数人が感じ取っていた。
「いらついてるようだが、何かあったか?」
 隣に座っていたザインフラウ(gb9550)も、訊ねる。しかし、ユーディーは一旦開きかけた唇を閉じてかぶりを振った。
 そうか、と呟いてから、ザインフラウは先程よりも幾分親しみがこもる口調で切り出す。
「心の整理がついてからで構わない。何か悩み事があったなら、私でよければ相談に乗ろう‥‥私たちはパートナーだしな」
「な〜にカリカリしてんだ。あんま怒ってっと、肌に悪いぜ?」
 カーディナル(gc1569)もユーディーが普段と違うと見抜いたようだ。砕けた口調で聞いてみれば、彼女は『‥‥私も、怒りたくない』と返しつつ武器を握りしめた。
 そんな中――ようやく、件の畑に到着したのだ。

●連続殺西瓜事件 

 被害に遭ったスイカ畑では、瓜独特の青臭さと、果物の放つ甘酢っぱい臭いが充満していた。

 割れたスイカなどを足蹴‥‥いや、木なので根‥‥ともかくスイカをムギュリと踏んづけ、養分までついでにいただいてしまっている不届きな木メラたち。
「なんだ、遂にバグア共も兵糧攻めする気にでもなったか?」
 カーディナルが冗談口調で言うのだが、つい勿体ないな、とも零しそうになる。
「いや〜‥‥凄い数ですね、倒しがいがありそうです」
 苦笑しつつ、どう立ちまわるかを考えている南十星(gc1722)。木メラの不届きな所業を許すわけにいかない。
 畑の肥料にしてやる気概で、銃を構えた。
「‥‥有象無象ですね」
 ソウマ(gc0505)が若干嫌そうな顔で呟いた。取るに足らないとはいえ、数が多い。
 しかし、ソウマも口で言っているほどイヤというわけではなく、転職後の能力把握になるだろう、と、むしろ楽しみにしている節がある。
 小銃を手にし、妙にやる気が見えるユーディー。
「さて、ペース配分に気をつけて頑張りましょうか。『ベオウルフ』の活躍できる依頼も見つかりましたしね」 
 辰巳 空(ga4698)が手にした大斧を見つめ、昔父と山籠りした事を思い出す‥‥もっとも、内容より『空気が美味しかった』という印象が強く残っているのだが。

 それじゃ、やりますか。と言って覚醒した京一。夜雀を引き、狙いを木メラへと定める。叫ぶリュウナの声も合図となり、仲間も次々と覚醒した。
 射撃マニュアルを読んでいた百白も、練習がてら一番近くの木メラを撃つ。表皮を削る乾いた音と共に、ぱっと散り落ちる葉。
 銃弾を受けた木メラは幹を震わせたが、再び器用に根を動かし進んでくる。
「見せてもらおうか、イェーガーの性能とやらを‥‥なんてな」
 京一が軽く矢を放つ。まるで吸い込まれるように矢は木メラの幹に突き刺さり、楔のように食いこんでいる。
 ヒュゥと口笛を吹き、大したもんだねと自分の手を見つめながら、微かな笑みを浮かべた。

 少しでもダメージを蓄積させようと、ラルスは正面に立って木メラに対しムラなく全面的な射撃を行っている。
 ユーディーの狙いは――正確なような、そうでないような。
 打ち切ってはリロードを繰り返し、目の前の敵に一発でも多く撃ち込むようにしているらしい。
 ユーディーがそうして撃っていられるのも、攻撃を受けぬようにと十星が背中を護ってくれているから。
 クルメタルP‐56で、彼女がうちづらいであろう位置にいる木メラを狙撃していく。
 撃ち放題状態の木メラへの射撃を継続するラルスは、ユーディーの様子を窺った。
(‥‥ユーディー君、何か鬼気迫っているような‥‥)
 髪が乱れるのも厭わず、射撃マシーン状態の彼女。若干の恐ろしさを感じつつ、仲間に当てぬよう気を配りながら木メラの幹を狙う。
「よくもまあこんなに生えたものだな‥‥」
 イアリスで斬りかかりながら、ザインフラウは呆れたように呟いた。豪力発現も使用し、堅い木を力で押し斬る。
 次から次へと現れているのではないかと錯覚しそうなほど、50匹という『数』では中々に脅威であった。

 ある程度数を減らしたところで、そろそろ頃合いかと見計らい、百白は武器を持ち変え、走る。
 そして、空も斧を握り直した。
「これでどうです!」
 跳躍し、空中で胴を捻って体勢を整えると、思い切り――全ての重さを込めて木メラへと真っすぐにうち下ろす!
 木メラの幹をバキバキと縦真っ二つに切り裂く空の斧。流石に、木メラでも大斧での一撃は耐えられなかったらしい。
「黒龍神の御加護の元、狙い撃ちます!」
 幹の太いところを狙い、リュウナも矢を射って、龍牙もガトリングシールドで遠距離から近距離戦の仲間の援護を続けている。
 途中、狙っていた木メラが防御したせいで、スイカをさらにいくつか傷ものにしてしまったのを――木メラのせいにしておこうと思ったリュウナだった。
「‥‥狩らせて‥‥もらうぞ‥‥」
 百白は手に握っていた大剣‥‥グラファイトソードを一瞥し、すぐに木メラの枝を断ち切った。
「やっぱり俺は‥‥コイツの方が‥‥手に馴染む‥‥」
 慣れない射撃よりも、慣れたものがいい。安堵のような感覚を覚えながら百白は次々に木メラを切りつけていく。
 周囲には葉が舞い散り、ばさりと斬られた枝や割られた木メラが横たわる。
 木メラもただやられているばかりではない。‥‥たたでやられている木メラのほうが多いのだが、バサバサと音を立てながらやや太めの枝を振り、能力者の身体を叩く。
 撃ちっぱなしも飽きたのだろう。武器を持ち変えて枝を切っていたカーディナルにも当たった。
「そう急かすなって。仕方ない奴だな‥‥ハッ!」
 しかし、木メラの動きは遅く、攻撃自体も大した威力はない。振り向きながら斜め上に斧を振り上げて攻撃してきた枝を飛ばし、幹にも思い切り斧を食いこませる。
 転職後、初めての戦闘をするものも数人いたようだが、ラルスもその中の一人。Eガンと蛍火を持って木メラへと突っ込む。
 視界を覆おうとする枝葉を疾風脚で避け、ファングバックルを使用し刀でそれを打ち払う。
「ふむ‥‥体が軽いですね」
 転職してみると、こうも違うものか。その恩恵にラルスも喜悦の表情を浮かべた。
 後方より『援護する』と声が上がり、京一が矢を番えていた。
「さぁ、とっておきだ‥‥!」
 取っときな! と、木メラへと充填射を撃つ。鏃を輝かせながら、飛んだ矢は木メラの胴を深々と抉り、砕く。
 割れた所を狙って空が斧を振り、まるで薪のように細かく割られる木メラ。
「だいぶ減りましたか‥‥。しかし、中には手ごわい木もあるようです、ね!?」
 手ごわそうな木メラにはスキルを織り交ぜながらスマッシュで砕きつつ、空が離れた場所にいる幹の太い木メラへ真音獣斬を当て、次の相手とする。
 ソウマは瞬天速を利用し、斬りつけては瞬天速で離れ、そのタイミングで声を上げながら仲間の銃撃と連携を取っている。
 脳裏に宿敵の姿を思い浮かべながら、ソウマはトドメとして急所突きを使い、粉砕し――ようとして、小石につんのめる。
 しまったと思った時には、その身体は威力を殺しきれず、体当たりするような格好で木メラにぶち当たった。
 結果的に急所突きを使っていた事が功を奏したのだろう、一撃で木メラを倒すことに成功した!
(‥‥攻撃力を上げれば、ここぞというときの切り札になるか‥‥?)
 その残骸を見て、これは防御力が高い敵にも有効そうだ、と冷静に判断しつつも満足そうな顔をしていた。


「よし、もう残ってねぇな?」
 皆で注意深く畑と木メラの残骸と、戦い終わって勝利の雄叫びをあげている百白を確認した京一が息と共に安全だろう、という気持ちを乗せた言葉を漏らした。
「依頼主の恨みも晴らせたし、これで任務完了ですね」
 殆ど原形のままを留めているモノがないような‥‥木メラの屍、というか木々の山。
 そこへ、龍牙が皆に声をかけた。
「キャンプファイアがしたいとリュウナ様が申していますので、皆さんにもお付き合い願えませんでしょうか?」
 先程場所も確認しましたし、と落ちている木メラの残骸――薪にしようとしているものを拾い上げていく。
「それは構いませんが、延焼しては大変ですからね‥‥」
 安全への注意も重要だと、空が水を入れたバケツを持って、キャンプファイアの場所へと移動する。
「若木だけでは燃えにくそうですし、他に燃えそうなものは‥‥」
 十星も農家の方々に燃えやすいものがあれば欲しいと希望していたのだが、思ったよりも集まらず、木メラ以外に燃えやすい物が落ちていないか拾い集めていた。
「ニャハハハー! スイカ♪ キャンプファイアなのらー」
 当のリュウナは、ザインフラウが切り分けたスイカを一つ貰い、これから始まるキャンプファイアに喜びを隠しきれない様子である。
 スイカは、農家の方々が『傷ついたスイカなんて恩人に譲れません』と慌てていたのだが、彼らの頼みを断り切れず、無償でいくらでも持っていってくれと言ったものだ。

●つかの間の休息

 ぽっ、と枯れ草や布切れに点火された火は、すぐにその身を大きくして木メラであったものを焼いていく。
 この灰をあの畑に撒けば、それを養分として来年も美味しいスイカが出来るだろう、と十星が嬉しそうに言った。
「イグニッション! ファイヤー!」
「近づきすぎては危ないですよ!」
 火を見て喜んでいるリュウナに、龍牙が注意しているいつもの光景。
 注意しながら、(ある意味)火遊びをしているリュウナがおねしょをしないかと不安になっている龍牙だが、胸中にだけ留めておいた。
「キャンプファイヤと言えばマイムマイムだが、あれは水源を見つけた際の喜びの歌でな。つまりは『ヒャッハー! 水だぁ!!』と歌ってんだよ」
 マイムは水! と語る京一の側で、空は延焼させないためにと注意深く火を見つめている。時折相槌を打っては、ヒャッハー! を隣で聞いていた。

「‥‥近くに、いかないの?」
 炎を遠くから眺めている百白に歩み寄り、ユーディーは声をかける。
 彼女を一瞥した百白は、再び前を向いてぼそりと、
「勢い良く燃えてるのは‥‥苦手‥‥なんだ」
 それに対して『そう』とだけ呟いたユーディーは、キャンプファイアのほうを見つめ村が燃えた事と兄の事を僅かに想う。
「復讐が終わったら‥‥何が残るんだろうな?」
 俺にはこれしか残っていないから――‥‥これ、と揶揄するのは復讐の事なのだろう。百白が独り言のように呟く。
「‥‥その応えは、私にも疑問だわ」
 同じ思いを宿していた彼女にも言葉は見当たらない。
「でも貴方にも私にも‥‥仲間が――友達がいるから。それだけって事は‥‥ないわ」
 ぎこちなく、彼女なりに励ましたかったらしい。それを察したのか、百白は小さく肩をすくめた。
「だったら‥‥一人で何でも‥‥抱え込むなよ?」
 そう言われて、訊き返そうとしたところ。ユーディー君、と呼びかけられた。
 振り向いた先には、ラルスとザインフラウの姿があった。ザインフラウの手にはスイカが乗っていて、そのうちの一つを差し出される。
「皆で食べようと思っていたから」
 形はいびつだが、うまいぞ、と、日本酒を片手に京一が此方を振り返りながら応えた。スイカを酒の肴にしているのだろうか?
 それはそうと、とラルスが隣に座っていつもと違う気がしたが、と切り出した。
「私で宜しければー、お話くらい聞きますよ〜? 『友達』に遠慮はー、いりません〜」
 私も相棒だ、と、反対側に座ったザインフラウもスイカにかじりつきながら応えた。
 そうね、と応えたユーディーは、話をかいつまんで『こういう事があった』といえば、ザインフラウはしばし黙る。
「ふむ、それはやはり家族だから、ではないかな?」
「家族? どうして‥‥」
 訊き返されて若干言葉が小さくなるザインフラウだったが、自分の考えを述べようと再び黙考する。
「ま、人間なんて感情に流される生き物だ。ムカつく時は怒ればいいし、悲しい時は泣けばいい」
 いつの間に側に来て話を聞いていたのか、カーディナルも話に加わり、ザインフラウが口を開く。
「‥‥私に肉親は居なかったから、詳しく言えない部分もあるが、絆があるから、深いところも臆することなく言える‥‥そういうものだと思う」
 そうだとしても――やっぱり、嫌いだ。そう不貞腐れたように言ったユーディーに、カーディナルは少しはすっきりしたみたいだな、と幾分優しい表情で微笑む。
「帰ったら猫‥‥メアによろしくな」
 俺の事を覚えているかどうかは分からんが、という横から、目を輝かせて十星がにゅっと現れる。
「メアさんというのが猫さんですか? もしよかったら今度メアさんと遊んでみたいです!」
 どうやら十星は猫が気になるようだ。
「ええ、大人しい子だから、抱きやすいと思う」
「ありがとうございます!!」
 それを遠くから見ていたソウマは、もう大丈夫そうだな、と猫の話題で盛り上がる彼らを見つめて、スイカの種を頬につけたまま微笑していた。



■■■■

――‥‥という、なんだか可愛らしいお話しがあったそうですの。
 不思議ですわね、感情(こころ)というものは‥‥些細なきっかけで、陰にも陽にも移り変わる。
 たとえそれが、憎んでいた相手でも――いいえ、『憎んでいる』という強い感情があればこそ、また強く揺り動かされるのでしょうね。
 そして、仲間の支えがあってこそ前を向いて一歩踏み出せる。力強く羽ばたく翼は、勇気で出来ているのかしら?

 この鳥籠を? ごめんなさいね、これはもう売約済なのです。ただ、いつ取りにいらっしゃるか判りませんの。
 その方が取りにいらっしゃるまで、飾らせていただいていますから。その間でしたら、いつでもいらっしゃってください。
‥‥その受取人は、お話の中の彼女か? フフ‥‥私から肯定も否定も致しません。ご想像にお任せ致しますわ。

 それでは、またの機会に。ごきげんよう。