タイトル:6月の憂鬱と娯楽喫茶マスター:藤城 とーま

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 16 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/06/30 01:34

●オープニング本文


●ぼくのかんがえたあみゅーずきっさ。

 UPCアイルランド支部内、特殊部隊『赤枝』内‥‥長いので、次回から特殊部隊『赤枝』としようと思う。
 ともかくその赤枝内。ようやく北アフリカから帰還したシアン・マクニール‥‥の机上で電話が鳴った。
「マクニールだ」
『や、シアン。ちょっと頼みがある』
 やや軽い口調だが、先日聞いたばかりの兄キーツの声だった。しかも、こういう時のキーツの電話は――決まって『嫌な予感がする』依頼だ。
「無理だ。今手が離せない」
『今じゃないよ。今度の土曜日。シアン半休だろう』
――なんで知ってるんだ?
 そう聞きたいのをグッと堪えたかわりに、堪え切れずに『うう』と小さく呻いた。
『それでね、新しくうちでも慰安というような形でやろうかって思って‥‥シアン達も、大変な事になったようだしね』
「‥‥」
 彼らUPC欧州軍もピエトロ中将を失い、あまつさえ敵としてその中将が自分達を迎え撃つという状況になるだろう事を痛感していた所だった。
「慰安、か。正直此方としても欲しいところだが、そうも言っていられ――」『軍人。傭兵。一般。皆の為の慰安だよ』
 電話越しで優しく言うキーツ。きっと彼は『お兄さん』の顔をして話しているのだろう。
「そこで、提案を持ちかけた。聞いてくれるかな、シアン?」
 敵わんな、と苦笑しながらシアンは兄の提案を伺う。が、メモにカリカリとペンを走らせている手が止まり、シアンの表情から優しさが抜け落ちた。

「‥‥聞こえんな」
『怒らないで。というか、もう会場は押さえているから。LHの一室を借りて――』
「俺は参加しない」
 電話越しで軽快な笑いが聞こえるが、シアンのイラッとゲージはたまる一方だ。
「何が『神父喫茶』だ!! 俺や傭兵たちに神父の恰好をしろだと!? 冗談も大概にしろ!!」
 つい大声を出してしまった。それが聞こえたのだろう。隣の部屋から大尉の大きな笑い声が聞こえたが、もう気にしていられない。
『アミューズメント喫茶だから。役目をこなせって言っているわけじゃないよ』
 ついでに牧師さんもOKね、なんて軽く言ってくれるが。そんなことで文句を言っているわけではないのだ。
「お前がやれ」
『残念だけど、接待ゴルフがあるんだよ』
 何が残念だけど、だ。そう毒づいてやりたいところだが、こうなっては断りきれないシアンの性格を熟知しての事だろう。
「‥‥責任はすべてそっちで取ってくれ」
『ありがとう。じゃ、よろしく頼むよ』
 と、通話を終えると‥‥戸口にはミネルヴァ曹長とレイジ・リヒター少尉が立っていた。
「中尉、神父ですか‥‥今度は」
 曹長はにこやかな笑顔なのだが、少尉に至っては『練習した方が良いんじゃないですかね』とニヤニヤうすら笑いを浮かべている。
「結構だ。厨房にでも入らせてもらう」
「‥‥お茶、とかお菓子‥‥お作りになられましたっけ」
 残念ながら、彼の淹れる茶は上手ではない。お菓子作りなどもした事はない。

「とりあえず‥‥会場となる場所でも見てくる」
 丁度FAXから流れてきた、キーツからの依頼書を取って。
 シアンはどうするかと頭を悩ませながら、LHに向かうことになったのだった。

●参加者一覧

/ 新条 拓那(ga1294) / 西島 百白(ga2123) / 篠崎 美影(ga2512) / UNKNOWN(ga4276) / リゼット・ランドルフ(ga5171) / 秘色(ga8202) / 白虎(ga9191) / 最上 憐 (gb0002) / 神撫(gb0167) / 周太郎(gb5584) / 桂木菜摘(gb5985) / ゼロ・ゴースト(gb8265) / ファリス(gb9339) / ソウマ(gc0505) / セリム=リンドブルグ(gc1371) / ノイズ・ウィスパー(gc2640

●リプレイ本文

●悩める子羊

 神父喫茶。イメージの湧きにくさゆえ思わず首を傾げる者も多いだろう。


「しかし――神父喫茶って‥‥需要あんのか?」
 神撫(gb0167)がてきぱきとした動作でオーブンの戸を少し開けてマドレーヌの焼き色を確認し、それが終わるとパウンドケーキの生地を型に流していく間に呟いた。
 その疑問も致し方無い。乗客の中にお医者様がいらっしゃるのが幸運な状況もあるのだし、喫茶店に神父が居無くては困る事‥‥も、もしかしたらあるかもしれない。いや、ない。

 つまるところ今回の依頼者であるマクニール社長、キーツの面白半分企画なのである。

 その為に厨房では神撫とリゼット・ランドルフ(ga5171)が接客用の菓子を作成しているようで、チョコレートの香りや、各種エッセンスのなんとも甘い香りがいっぱいに立ち込めていた。
 付け合わせのソースも生クリームからフルーツまで様々な種類を作成している手際の良さ。
「‥‥神撫君に、こんな特技があるとはすごく意外だ」
 様子を見に来たシアンは素直な感想を口にし、尊敬を込めて神撫を見つめた。
 そういう事も言われ慣れているのか、彼は口元に穏やかな笑みを見せて作業を黙々と続けている。
「しっ闘神‥‥神撫さんのパウンドケーキ、私も楽しみなんですよ」
 修道女姿のリゼットが笑みを浮かべてシアンに言ったのだが、途端に神撫の鋭い視線がリゼットへ向けられた。
「『しっ闘神』とか変な枕詞を付けるな! ‥‥これはお仕置き用」
 と、からし入りの焼き菓子も用意し始めたではないか。これには驚いたリゼット。慌てて弁解したが、もう聞き入れては貰えないようだ。
 しょんぼりと肩を落としたが、店の準備も始めなくてはいけない。
「シアンさんは厨房のお手伝いに来てくださったんですか? でしたら、お持ち帰り用クッキーの型抜きなどをお願いしたいです」
「俺は神撫君のように、菓子作りの技能があるわけではないし――邪魔にはならないか?」
 少々不安そうな顔をしたシアンに、初心者さんでも大丈夫ですよと微笑むリゼット。
「個人的には、シアンさんがお菓子作りとか出来なくてもいいんですけどね。私は食べて貰える方が嬉しいので‥‥あ、後で味見もお願いできますか?」
 分かった、と返事をしようとした時の事だ。
「怪しいのにゃー、怪しいのにゃー! 桃色レーダーが作動したのにゃー!」
 ニャーニャー言いながらもカニ走りで変なシスターが乱入してきた。
 良く見ればシスター服を着ている白虎(ga9191)である。じろじろとシアンを見て、怪しいと呟いていた。
「聖職者たるものが桃色にうつつを抜かすとは何事にゃー! ユキタケ君のためにも、ここはシッカリ見張っておくにゃー!」
「‥‥どうして伍長が関係あるんだ?」
 桃色してる、してないの問答を繰り返すうちに、今まで黙って菓子を作っていた神撫が静かに怒った。
「ええい、厨房内で埃を立てるな! そういう悪い奴にはこの焼き菓子を食わせる!」
 先程のからし入り焼き菓子を素早く二人の口の中へ投げ込み――事態の鎮静化に成功した。悶絶する軍人と男の娘。
「ぎにゃぁぁ‥‥! 辛いっ、辛いにゃー! くっ、この場は取り合えず退いてやるにゃー!」
 涙目になって口元を押さえながら、脱兎のごとく白虎は厨房を駆けだしていく。
「‥‥白虎さん、水はこっちにあるのにどこまで行ってしまうんでしょう?」
 むせるシアンに水を差し出してやりながら、リゼットは首を傾げた。

●主よ、憐れみたまえ
 
 酷い目に遭った。なんだか色々被害を受けているシアン。それでも黒いローブを羽織り、ロザリオを首から下げている所までは頑張ったようだ。
「ああ、おったか。前回の喫茶企画は報告書でしか知らぬが‥‥苦労したようじゃの、シアン」
 修道女姿の秘色(ga8202)がそっとシアンの肩に手を置いて、以前の労をねぎらう。シアンもその時の話をしようと口を開いたが、
「ああ‥‥その時はだな――」「じゃが‥‥此度もガッツリ苦労するがよいぞえ?」
 遮るようににっこりと彼へ極上の笑みを見せつけると、愕然としたシアンの表情に堪え切れず呵呵大笑する。
「安心せい。わしも接客はしてやろうぞ? ‥‥仏教徒ゆえに異教の事はよく分からぬが、まぁアレじゃ。最後に『アーメン』と申しておけば、形になるじゃろ」
 相変わらずザックリとしたものだが、その分かりやすさくらいでいい。シアンもそれで頼むぞと頷いた。

(面白い趣向とは思うが‥‥これ結構やってる事なんだろうか?)
 周太郎(gb5584)の疑問に答えるとするならば、『結構やっている』に入ると思う。
 何よりも大切な事というのが――『従業員が(より一層)楽しむ事』であり、
 形式は身内に還元された機会‥‥といいつつ、ぶっちゃけてしまえば『コスプレで楽しもう』だけですべてが終わってしまいそうなのが悲しいところだ。
 疑問は捨て置いて、白い神父服を借りた周太郎。ともかく、それなりに楽しめるのも良いことであるし、なりきるというのも嫌いじゃない。
「あ、周太郎さんです! こんにちはっ!」
 丁度そこへ、桂木菜摘(gb5985)が笑顔で挨拶にやってくる。
「神父喫茶、楽しそうですねっ! シスター服着てみたかったので一石二鳥なのです♪」
 菜摘の修道服も丁度良い丈があったのは幸いである。
「成程ね。なっちゃんがいるなら‥‥」
 ちらと周囲に視線を走らせた周太郎。しかし『ととさまは来ませんよ』と菜摘は笑顔で応えた。
「シスター姿の私を意地でも撮る! むしろ引き伸ばして‥‥と張り切ってたですけど、ピコハンで説得後、静かにお留守番してもらいました」
 そう無邪気に語る彼女。要するに邪魔になりそうなので気絶させてきたようだ。
「それは‥‥大変だね」
 目覚めた時の事を想像すると気の毒になったため、菜摘の父と友人である彼は不憫に思う。


「‥‥一度くらいは‥‥良いだろ‥‥な」
 西島 百白(ga2123)は良く見なければ分からぬほど微かに頬を紅潮させ、ぼそぼそと独言しつつも着替えるためにロッカーへ向かっていた。
 一度くらいは、というのは‥‥神父服を着るという事だろう。
(白か黒‥‥だと‥‥?)
 しかもその服、白と黒があるのを知った百白は傍目に判らぬ顔で驚いていた。無表情というのは常に看破しづらい悲しさと利点がある。
 黒だと思っていたばっかりにいい意味で期待を裏切られた彼は、どちらの色を着るのかで煩悶する。
 かなり長い時間悩みぬいた揚句、彼が手にしたのは――白い神父服。袖を通し、整える百白。
「やはり‥‥この色‥‥だな‥‥」
 その表情にはどこか、さっぱりとしたものがあった。

 そしてファリス(gb9339)もうきうきとした様子で鏡の前でポーズを決めてみたりする。
(‥‥姉様とお揃いなの。ファリス、一度着てみたかったの。楽しみなの。お仕事も頑張るの♪)
 LHで知り合った大好きなシスターと、同じ恰好が出来る――尊敬する者と同じような装いをするだけでも、少女の心は喜びに溢れていた。
「あら、可愛いシスターさんですね」
 普段の装いのポニーテールではなく、その長い髪を下ろしてヴェールをかぶっている篠崎 美影(ga2512) はファリスの姿を認めると柔らかく微笑む。
 その修道女にしか見えぬ装いにどきどきと胸を高鳴らせつつ、ファリスは両手を広げて自身の服装をアピールした。
「‥‥ファリス、似合っているかな?」
 返事がやってくる間に微かな不安が胸をよぎったが、
「ええ。とても似合っています。立派なシスターですね」
 美影の優しい瞳。大好きなシスターの眼差しにも似ていて――まるで姉様が言ってくれたようだ。ファリスの胸はぽかぽかと温かく潤う。
「今日は一緒に頑張りましょう。そして、楽しみましょう」
「うん。任せて。ファリス、きちんと頑張るの!」


「神父役は今までやったことがありませんね‥‥」
 自分の服装を窓に映して確認しつつ、存外に満足げなソウマ(gc0505)が機嫌も良さそうに店内へやってきた。
 もう始まるというのにまだ恥ずかしがっているのか、難色を見せているシアンに見かねて声をかける。
「もし良ければ、役になりきる方法をお教えしましょうか?」
「‥‥その申し出は有難いが、俺に出来るだろうか?」
 笑って『出来ますよ』等とは言わない。
「やるしかないんじゃないでしょうか‥‥どうやら中尉には必須みたいですし」
 ちょっと素直になれないところが彼らしいといえばそうなのだが、ツイと視線を逸らし『教えますからやってください』と言った。
 そこで、簡単な自己暗示法を教えてやった。
「――どうでしょう?」
「‥‥恥かしくは無くなってきた気もする」
 返事を聞くと、ソウマも微かに笑みを受かべて『ご加護のあらん事を』と言って去っていった。
 シアンにばかり構っていられない。店の小物やメニューのほうもチェックしなければならないためだ。
 百白は、こっそりと接客用のマニュアルに目を通して心の中で呟いている。
(‥‥こんな事‥‥言うのか‥‥?)
 いろいろとあるものだなと変な意味で感心しつつページを読み進める。

「それじゃ、そろそろ店開けようかー?」
 新条 拓那(ga1294) が店内の皆に向かって声をかける。
 黒髪に黒い神父服。少し開けて着崩し、その胸元にはロザリオがわりにニッコリスマイルのペンダントが揺れていて、彼らしい愛嬌が覗いていた。
 ウェルカムボードを立て、笑顔で道行く人に微笑みかけるその姿は――うん、洋服さえ見なければ変じゃないのにな。

 神父喫茶、という謎の喫茶店。物珍しさが先に出て、数組の客がやってきた。

「‥‥?」
 その中の一人、ノイズ・ウィスパー(gc2640)は、通りがかった道でふと足を止めた。
 店が新しくできたようだが、ウェルカムボードに『半日限り 神父喫茶』と、ひねりも無いまま残念に記されている。
 そっと窓越しに中を覗いて、ノイズは思わず息を飲んだ。
 金・銀などに繊細なカットが施されたゴシック調の室内や装飾。透明感のあるステンドグラス。
 そうかと思えば、ランプの種類にはアールデコもいくつか入っていた。
「‥‥お店、の中‥‥きれー‥‥」
 ノイズの口から感嘆の吐息が洩れ、興味に彩られた赤い眼は、その夢のような光景を堪能しようと大きく開かれている。
 一体何の店なんだろう? 興味を覚えてますます窓に顔を押し付ける。店内には白い服や黒い服の聖職者らが――客らしきものたちの前で聖書を読んでいたり、なぜか給仕もしているという謎の光景。
「迷えるお方よ。そのような所からではなく、戸を叩き中へお入りなさい。
 ここに錠はなく、いつでも開かれているのです‥‥なーんて、ね。ま、一応今日は神父サマ、ですから。悩み相談から懺悔まで、何でもどうぞ♪ だーいじょうぶ。何とかなるなる、ケセラセラ?」
 今日だけだけどね、と心で付け加えながら――拓那はいきなり窓を開けて、人懐こい笑みを向けるとノイズへ扉の方向を教える。自分で開けてあげればいいのに、なかなか物臭である。
「ようこそ、迷える子羊よ」
 おずおずと入ったノイズは、普段より控え目に微笑んでいる秘色の先導で席へと案内された。
 表紙に十字架の箔押しをあしらった黒革製のメニューブックを手渡し、一旦席を離れる秘色。
 本日の紅茶や菓子の一覧を見ていると、側を見知った人物が通って行った‥‥。
「シュウタロウ?」
 思わず名前を口に出すと、その神父‥‥周太郎が振り返り、紫の瞳をわずかに大きく見開いた。
「ノイ? お前も来てたのか。注文はもう決まったのか?」
 こういうの好きそうだもんな、と近づくと、ノイズはやや頬を赤らめつつ修道服を指して『白いの着たい』と言う。
 つまりは従業員として手伝う。ということか。いや、そうなる。
 しかし、告げられたほうである周太郎は頭を掻きながら眉を顰めた。
「いろいろ突然だな‥‥まあ、ちょっと待っててくれ。とりあえず聞いてみる」
 踵を返してシアンのところに聞きに行った周太郎。快諾であったため、ノイズにその旨を伝えて給仕に戻る。
「索敵内に‥‥反応なし‥‥」
 そのころ百白はそわそわと店内を見つめ、見知った顔が無いことに安堵していたのだった。

●食べて遊んで

「‥‥ん。神父喫茶を。食べに。私。参上」
 ウサ耳を揺らしつつ最上 憐 (gb0002)が店内に入って、周囲をきょろきょろと見渡した。
「ようこそ、迷える子羊たちよ」
 一生懸命に頑張っているファリスが定番の台詞を口にしたが、憐はふるふると首を振る。
「ん。私。子羊じゃない。ウサギ」
「‥‥えっ?」
「‥‥ん。とりあえず。飲み物。カレー頂戴‥‥無いなら。シチューとか。スープ的な。物でも。良い」
 うちは洋食屋じゃねえよ、などとは可憐なファリスは考えもしなかったが、とりあえず席まで案内するとメニューを見せる。
「‥‥ん。注文する。メニューに。あるもの。全部頂戴。大盛りで」
 大もり? 一瞬きょとんとするファリスだが、了承の返事をしてその場を去ろうとしたところで憐に呼び止められた。
「‥‥ん。お代は。こっそり。内緒で。シアンに。付けておいて」
「食べっぷりがコッソリでもないくせに、内緒も無いだろう」
 いつの間にか呆れた顔をしたシアンが憐の後方に立っていた。固い事を言うなと誤魔化しながら、料理が運ばれるまでに‥‥ウサ耳がウサウサ大きく揺らされていた。
「‥‥ん。ウサ。ウサ。ウサ。ウサ耳は。良い物だよ。凄く。良い物だよ。至高の一品」
「‥‥ん。丁度。ここに。ウサ耳。カタログがある。見るだけ。見てみる?」
 何故かウサ耳を矢鱈とアピールしてくる憐。
「ん。シアンも。ウサ耳。付けてみる? 新しい。世界が。見えるかも」
「結構だ。俺に見えた所で、待っているのは深淵だ」
 ファリスが憐の希望通り大盛りのお菓子を危なっかしい足取りで持ってこようと奮闘している。
 慌てて手を貸そうとしたシアンに、ファリスはダメだと手助けを拒否する。
「これもお仕事なの。だから、ファリスがきちんとしなくてはいけないと思うの」
 でも、ありがとうなの、と笑顔で礼を言ったファリスを見届けたシアン。
 給仕を無事に終えた彼女の頭を、労いと共に優しく撫でた。
「‥‥ん。シアン。次は。ウサ耳メイド喫茶とか。どう? 楽しいと思うよ」
「その次は魔女っ子でもするのか? 止めどころが無い状態だな」
 とはいえ、キーツの思惑次第でこの喫茶、いかなる可能性もある。迂闊な態度をとれぬシアンは、その後も暫く憐の『ウサウサ攻撃』に耐えることになる。

(菜摘さんに誘われてきたけど‥‥どんな所なのかな?)
 未知なる存在。あらゆる想像を巡らせてゼロ・ゴースト(gb8265)は目的地『神父喫茶』へと向かう。
 どんな雰囲気の店なんだろう? 神父、というからにはやはり――教会みたいな感じなんだろうか。
(‥‥雰囲気負けしない、かな)
 何か見えない不安のようなものに駆られたゼロはぴたりと足を止めて、この先向かうかどうかを躊躇した。
 しかし――折角菜摘が誘ってくれたし、ここまで来ていかないのも遅い。
 それらしき店の看板(むしろその通りだが)を発見し、一歩店内に踏み込んだ。
「ようこそ‥‥神のお膝元へ、歓迎します」
 黒の神父服に身を包んだセリム=リンドブルグ(gc1371)が丁寧にゼロを迎え入れる。
 席に通されてから、ようやく何を注文しようかとメニューを睨みながら考えていたところで――菜摘が水を運んできた。
「ゼロさん、ようこそなのですよ。きてくれて嬉しいです♪」
 それに頷き返すと、ゼロは菜摘へ『酒以外の飲み物と簡単な食べ物が欲しい』と告げる。
「じゃあ、このセットとかどうでしょう〜? 手作りですし、どれも美味しいんですよっ♪」
「菜摘さんのおすすめで‥‥」
 はいです、と元気良く頷いてから注文票を持っていく菜摘。
 セットを待っている間、周りの空間や装飾をぼんやりと見つめるゼロ。
 不思議な世界だなあ。と思っている所で、運ばれてくる飲み物とケーキ。
 それらを口に運び、ふんわりと優しい味のするケーキは素直に『美味しい』と思えた。

「ようこそ、神の御家へ」
 人を安心させるような笑みをたたえ、柔らかな仕草で女性客を案内するソウマ。
「今日は貴女方の為に、神より与えられた言葉の朗読を――」
 一通り給仕としてこなしながら、おもむろに聖書を開く。
 張りのある声で朗々と読み上げ、客の表情にも楽しさが伺えるのを見てとる。
 あくまでお客を楽しませるために行っていることだが、人が喜んでいる姿というのは――自分のほうも何故か嬉しくなるものだ。
 崇高かつ純粋な気持ちで読みあげていると‥‥幸か不幸か。ソウマの意識が一瞬途絶えた。
 彼は覚えていないのだが、その女性客曰く『予言』をしたそうである。
 事実ソウマが下したらしい予言は些細な事柄ながら的中し、賞賛と拍手をいただいたのだが、本人には何が起こったのか良く分かっていないので、その喜びも半減であった。

 そして、この喫茶店内、ただ茶を出すだけだと思ったら間違いだ。何気にカオスである。
 教会と言えば、記録を残す場所というゲーム知識にちなんで『冒険の書物』といういろいろスレスレネーミングの記念撮影コーナーがある。
 毒やマヒ用といった名前の毒々しい色の野菜ジュースを飲んでから、ぐったりした姿で撮影も可能! という無茶苦茶なものだ。
「はーい。いい笑顔で撮れましたよ。顔青いけどね」
 拓那がとった写真を記念にどうぞとすぐプリントアウトして、客に渡す。このサービスの評判は上々であった。
 そして複数ある告解室。自らの罪を神父に話すもの――そこには先程から、UNKNOWN(ga4276)と白虎がいた。
『実際、牧師もやるのだよ。たまに、ね』とUNKNOWNは言ったが、一体彼が最も得意とするものは何なのであろう。そこもまた問うたところで謎なのであろう。
 そして何気に告解室を利用する人が多いもので、様々な人が罪状や相談を連ねていく。
 それらへ静かに耳を傾け、人生の先輩として、あるいは謎かけのようにも、一つ一つ導きや助言を与える。
「好きな子がいるんです‥‥」
 ほぅ、とピンク色の吐息を洩らす男性客。そんな話をしようものなら、このしっと団総帥が許すはずはない。
「どうやら桃色という名の呪いにかかった様だな!! この聖なるピコハンで今解呪してやるにゃー!」
 グワッとピコハンを振りかざし、制裁をやっておきたいところだったが――残念、二人を隔てる板が邪魔でピコハンによる制裁は行えない。
「うぐぐ‥‥こんなトラップがあったとは、おのれリア充めー!」
 何故か告解室で喚く白虎。先程まで独断ライブでエレキと三味線を間違え、なおかつ掻きならすという羞恥プレイを行い、
『みんなに迷惑を掛けては駄目なの』とファリスに叱られた白虎こそ懺悔すればいいと思うのだが。いろいろと男性客の相談を聞き終え、お悩みは良く分かりました、と大きく頷くと。なぜかマイクを持ちだす!!
「一人で抱えずみんなで相談! てわけで皆にも聞いてもらうにゃー! 皆聞いてくださーい! この男性は数か月前から――」
 ワルい顔をして暴露タイムに流れるはずだったところ――急に、マイクの電源が切れた。
「‥‥にゃ?」
 怪訝に思うのと、傭兵の勘が同室にいる何かの気配に気づく!
 振り返った白虎が見たものは‥‥UNKNOWNの黒く、冷たく光る瞳だった。
「いけないよ、やりすぎては。人の心が傷ついてしまう‥‥人の心の憂いを知るために‥‥少しお仕置きが必要、かな?」
 その後、白虎はUNKNOWNの告解室で、十字架に磔にされていたとかいないとか。
 
 客の入りもそこそこ、店内も活気が出てきたところで――そろそろアレをやらないかと打診があった。
「聖歌‥‥ですか? 上手く出来るか分かりませんが‥‥構いませんよ」
 面白くなりそうですし、とセリムが大きな緑の瞳を瞬かせ、軽く微笑み返す。
「聖歌隊、面白そうなのです! 私、やるです!」
「それはいいんだが――なぜ俺の手を引っ張るんだ、なっちゃん?」
「一緒にやった方が楽しいのです!」
 菜摘は心底楽しそうに、かつ向日葵のような笑顔をシアンに向けた。
――これは断れない。
 そんな事をしようものなら『なっちゃんのどこがダメだっていうんだコンチクショウ』と幻聴すら聞こえそうである。
「いいぞ菜摘。シアンも男なら腹を決めい」
 歌は聞いているほうが好きなんだが、と漏らしつつ、葉っぱをかけてくる秘色にも諦めの溜息を吐くシアン。
「そう嫌な顔をするでない。歌はいいぞえ? わしが後でバリバリの演歌を歌ってやるから」
「演歌は良く知らないからそれはそれで興味があるな」
 希望者で集まった後に軽く練習を行うが、いざ人前に立つとなるとやはり勝手が違って緊張する。
「えー、まずは、賛美歌からアレンジも加えたりしてゴスペルを歌わせていただきたいと思います。もしもご参加希望の方がおりましたら、是非どうぞ」
 ソウマが全体的な進行を任され、皆をぐいぐいと引っ張っていく。
 最初は硬かった皆の表情も、歌うにつれて、場の雰囲気に和み、笑顔が見られる。
(あいつら、いい顔して歌ってるじゃないか)
 身体をリズムで揺らし、ゴスペルを楽しそうに歌っているノイズとセリムばかりでなく、見ている自分も微笑ましい表情をしていると気づかぬ周太郎。
 客の中からも希望者があったりと、全体的に良い雰囲気で余興は進行していった。

 歌い終わり、自分の方へ手招きする周太郎に合流するセリムとノイズ。
 二人を席に座らせると、周太郎はおもむろに立ち上がってふんわりとした笑みと共に『ようこそ、神の御前へ』と紅茶を淹れはじめた。
 思わぬご褒美に二人の頬が緩む。
「お疲れさん。観てて楽しかった」
 クッキーと紅茶を出しながら感想を述べれば、セリムは紅茶を口に運んで、一呼吸おいてからそうですねと言った。
「思ったより楽しめてるかな‥‥? こういうのも悪くない‥‥ですよね?」
 清涼感を含んだ表情のセリムとは逆に、
「‥‥歌うの、すき‥‥だから、‥‥その‥‥」
 さっき賛美歌を歌っていた姿とは違い、照れてしまったのか背を丸め、モゴモゴと言葉を濁すノイズだった。

●終わった後で

 外はもう夜。喫茶も無事閉店となった。

 皆の持ち帰り用に『お告げつきケーキ』を作った神撫。
 罰ゲーム用として指示を書き、作ったものもいくつかあったのだが、これは完売した。
(店内で『しすた〜もえ〜と言え』だとか『神父の良さを10語れ』『謎のシスターガイに変装しろ』だとか実行されていた)
「懺悔室で悩みとか聞いてる方が良かったかもな‥‥」
 だが、これはこれで作りがいがあった。充足感を覚えつつ、神撫は小さい子たちにお菓子を上げ、頭を撫でて褒めている。
 頭を撫でられた菜摘は嬉しそうに笑った。
「お疲れ様。君たちのお陰で助かった」
 シアンがリゼットや神撫に声をかけると、神撫はシアンのためにとっておいたケーキをぽいと投げてよこした。
「今回の締めに丁度良いだろ?」
 そこに書かれたことを理解して、シアンは何とも言えぬ表情を作る。
「これは必要になったら自分で言うさ」
 シアンの隣にいたリゼットは状況が分からず首を傾げるばかり。

「‥‥大丈夫か? ずっと動きっぱなしだっただろう。疲れているのでは?」
「少しだけ。でも楽しかったですし、心地いい疲れ‥‥と言うんでしょうか」
 そうして優しい微笑みを向けるリゼット。その視線を暫しまっすぐ受け止めてから、シアンはキャンドルの炎がゆらりと揺れる手近な席を見つめる。
 リゼットもその隣で、揺れる炎を黙って見つめていた。

「‥‥リゼット」

 不意にシアンがそう呟いた。
「はい?」
 呼ばれたことで反応したが、彼は『ようやく、名前を呼べた』とぽつりと呟いた。
「君の名前を、きちんと呼んだことが無かったから」
 やや早口でそう言った後、シアンは驚いたままのリゼットに帰ろう、と手を差し伸べた。
「何故か‥‥言えなくてな。緊張するんだ、そういうの」
 差し伸べられた手を握りながら、ぐっとリゼットは言葉を噛みしめた。
(これからいっぱい呼んでくれたら、いいです)

 気のせいか、遠くで『リア充はー、爆発しろにゃー!!』という声が聞こえたような気がしたが。

 沢山の神父と修道女と、迷える子羊の土曜日は更けていくのであった。