●リプレイ本文
●Galway PM 13:25 第三防衛線付近
防衛線周囲にはすぐさま攻撃を開始できるよう既にUPC軍が待機し、レーダーと偵察部隊の応答を待っている。
「それでは、指示や情報がありましたらそれに従いながらということで‥‥」
レオーネ・スキュータム(
gc3244)が最終確認を行い、僅かに遅れたユキタケの『こちらこそ頼りにしています』という返答に視線を一旦無線へ向けて、すぐに外す。
(皆何かしら思う所はあるでしょうが‥‥)
続きそうになる思考を押しとどめ、レオーネは愛機のシートに深く背を沈めた。
無線を持ったまま、ユキタケは前方に展開している傭兵たちの機体を見つめる。
(駄目だなぁ、僕は)
彼らの言葉に素直に頷いてあげられない理由は、わかっている。
自分は能力者を尊敬しているが、その半面で劣等感のようなものを抱いている部分が――その恥かしい羨望があるせいだ、と。
それを振り払い、再び無線を入れる。
『‥‥敵は二体ですが、十分に注意してください。危なくなったらすぐに撤退を。砲撃でその時間は稼ぎます』
無線から聞こえたユキタケの声に、了解と返す傭兵たち。
(伍長、なんか張り切ってるね?)
レベッカ・リード(
gb9530) は何かあったのだろうかと僅かに首を傾げ思案してみたが、伍長がらみで真面目な依頼は初めてなのだから、参考になるものは特に見当たらなかった。
「それじゃあ、いこうか‥‥ネメシス」
いつもの癖としてGooDLuckをおまじないのように使用し、愛機に手をかけた。
一般人である伍長は、能力者の邪魔になるということで後方より砲火支援に回っている。そちらの方を向いて、レベッカは心の中で呟いた。
(ユキタケ伍長‥‥がんばろーね。頼りにしてるから、さ)
●先手必勝
『此方デルタ1――敵影、発見!!』
偵察機より敵ワーム発見の報告が伝えられた。瞬時に戦場へと目に見えぬ緊張が高まり、皆の顔が引き締まる。
KVでの戦闘に、経験の少なさからやや不安を抱く常 雲雁(
gb3000)だったが、ここまできた以上は引き下がるわけにはいかない。
涼やかな目元に決意を込めてメインモニタを睨みつけている。
「今後の為にも‥‥慣れておかないとな」
数えるほどにしか触れた事のないKV、そしてそれを使用した依頼ということで些か緊張の面持ちの火神楽 恭也(
gc3561)。操縦桿を握っている掌は僅かに汗ばむ。
だが、共に闘う仲間もいる。自分にできる事をまず考え、少しでも脅威を減らす。それを第一にと考えた。
――そんな中、その状況を楽しむことが出来る者も数人いた。
長く艶やかな髪を後方へ払いのけ、敵を待つ間のハーモニー(
gc3384)は『強くなりたい』と考える。
KV乗りとしての技量も向上し、強くなれば‥‥もっと戦いを愉しめる事だろう。KVを使用した依頼でも、生身であろうと。
(‥‥楽しみです)
心に浮かぶその言葉を噛みしめ、ハーモニーはわずかに唇の端を上げた。
「実戦ではどこまでいけるかな?」
ソウマ(
gc0505)は操縦桿を握って不敵に笑う。闘技場と実戦は違うという事は分かっているが、不思議と緊張は感じなかった。
ヨハン・クルーゲ(
gc3635)も同様、自分の力量を測る意味でもこの戦いに興味を示して参加した。
「さーて。街に着く前に、敵にはご退場願いますかね?」
琥珀色の瞳には冷静さを宿しているが、敵影が射程に入るのを楽しみにしているようにも見える。
「シッ。静か、に‥‥。‥‥来た」
今まで何にも興味を示さず、黙って待機していた火柴(
gc1000) がレーザーガトリングを構えて鋭い声を発した。
姿を見せた青銅色のゴーレムとタロス。地を揺るがし、街の方向へと歩いてくる‥‥!
「では、始めましょう‥‥かァ?! スクラップにしてやるぜっ!」
ホキュウ・カーン(
gc1547) もそれを確認し、覚醒。途端に乱暴な口調になる。
『攻撃対象、タロス、ゴーレム! KVの射程に入るまで砲火‥‥射撃!』
無線から軍の声が聞こえたと同時。無数の砲撃が開始された。始まりの合図として駆けていくそれぞれのKV。
攻撃射程に到達すると、恭也はパニュッシュメント・フォースを使用後突ガドを手に、雲雁は嵐で弾幕を形成。
火柴も狂気の笑い声を上げ、弾幕を張りつつ注意深く敵の挙動を窺う。
雨のように降り注ぐ銃弾や砲撃を受けつつも、敵は僅かばかり怯んだだけで沈黙したわけではない。
二体はすぐに体勢を立て直し、少しでも被弾を防ごうとでも考えたのだろうか。自己回復が速いタロスを前に歩かせて進んでくる。
良策のつもりだったのだろうが――生憎と、傭兵たちにとっては『絶好のチャンス』以外には成り得なかった。
「フフッ‥‥今なら、やれる!!」
火柴の言葉と共に弾幕中に展開するレオーネ、雲雁、レベッカの――ペインブラッド。
「スキル2種、並列起動準備‥‥」
KVに関与するトラウマとも闘いつつ、額に脂汗を浮かせ音声認識モードで命令するレベッカ。
「玄兎の‥‥初陣でもあるし、気合いれていかないとな‥‥」
ちらと雲雁はコクピット内の装置に視線を落とし、猫のような眼を小さく細めると、次にするべき行動に入る。
各ペイン機はブラックハーツで攻撃用出力を増幅させており、排熱の風力で砂も舞う。
「全機、死にたくなければ下がって!」
「――ユキタケ伍長!」
火柴の掛け声に重なるように『今です』と叫びながらペインブラッドらの後方より射撃で支援するソウマ。ヨハンが瞬時に後方へ下がり。
伍長の返事があった後、UPC軍より放たれし数多の砲撃が、幾筋もの閃光が敵目がけて襲う。
『威力が無くとも足止めさえできるのなら、それでいい!! 隊列が乱れる前に!』
爆音で聞こえづらいが、微かに無線から聞こえた伍長の声。
彼がこの依頼においてどこまでの権限を所持しているのかを傭兵達も知るところではないのだが、結果として大いに役立てているようだ。
――逃がさない。
幼い顔立ちに似合わぬ残忍な嗤いを浮かべ、火柴は叫ぶ!
「ペイン機、一斉にフォトニック発動ッ! フフ、キャハハハッ‥‥!!」
火柴より笑い声と高出力光線の第一砲が放たれたのを皮切りに、次々とペインブラッドからフォトニック・クラスターがタロス・ゴーレム両機に浴びせかけられる。
「さあって。みんなが派手にやってくれるフォトニック・クラスター一斉射撃。どれだけ削れるか。こいつは大博打だぜ!」
僚機のクラスター発射位置は問題無く、しっかりと二機捉える位置取りで撃たれている。高出力の光線が敵機の装甲を、行動を、全てを奪って行く――興奮の高ぶりを乗せて、ホキュウが目を輝かせた。
「再び機会が巡るとも限りません。ここで使い切ります。もしも使う機会があったとしても。手持ちの札で勝負です」
無いものは無いのだから。たとえ札はブタでも存外にどうとでもなるもの。そうレオーネがつい漏らした言葉は、無線を通じてユキタケの胸に刺さる。
●party attack!
「すっごいな、こりゃぁ‥‥」
ホキュウと同じく恭也もこの状況に感嘆の息を漏らす。それはそうだろう。ペインブラッドが数機で、可能な限りの掃射を行っている。
光の洪水と形容しても良いであろうその光景は、長いようでつかの間であった。
収束していく光帯。それらが消え、敵の姿が露わになった。タロスの後方にいたゴーレムの装甲は大きく剥ぎ取られ、破損した右腕部からは断線したケーブルが火花を散らしている。
回復機能や耐久力もあるタロスの被害はゴーレムほどでもなかったが、手痛い攻撃であったようだ。刀を持っていた左腕は焼き切られ、補修しようと蠢いていた。
「最高っ! 待ちきれないんで突っ込ませてもらうぜ! ‥‥これでも喰らいな!」
大型ミサイルを発射しつつ、棒立ちのゴーレムへと向かうホキュウ。弾かれるように恭也も向かう。
「そろそろ行くんで、援護よろしく!」
「了解! アイギス、行きますよ! 恭也さんが動きやすいように頑張りましょう!」
タイミングを見計らい、高梨 未来(
gc3837)がイクシード・コーティングで自機を強化。ゴーレムへと駆ける。
が、ダメージの割に早く動いたタロスは片腕でプロトン砲をゆっくり構えて迎撃の姿勢を取る。
「‥‥! 回避!」
瞬時に火柴は自機の右手を上げて回避合図を示したが、長距離からハーモニーが邪魔なタロスの手元へ向けて射撃を行っていた。
僅かに手元を狂わされ、弾丸は未来には当たらず、敵の二機は接近も許してしまう。
「おらあ!! その隙、貰うぜぇ!」
SAMURAIランスでゴーレムを激しく突き続けるホキュウ。それを防ごうと動くゴーレムの背を、ヨハンの攻撃はしたたかに撃つ。
「他に気をとられてると穴だらけになりますよ!」
こんな風に、とヨハンが咄嗟の回避を意識しつつD‐02を撃ち続ける。
「チッ。少々キツいか‥‥」
手応えはあるが、まだ威力が乗りきれない。思わず舌打ちしたホキュウ。
「それには及びません! 連携した私たちは手強いですよ!」
武器を持ち変え、弾幕を形成して加勢するヨハン。
「そうだ、押しきれるさ!」
「はい! 皆で協力すれば‥‥個人の力量差は埋められますっ!」
ブーストで駆けてくる恭也と、スパイラルバンカーを放つ未来。
胸部にバンカーがめり込み、ゴーレムの頭部を恭也のSAMURAIランスが貫いた。弾けるゴーレムのパーツが宙を舞う。
恭也が瞬時に離れ、ホキュウが接近戦を再び試みた。残弾は――ある。
「土産に残弾、全部持っていけェ! こちとら貴重なミサイルだぜ!」
至近距離からミサイルを全弾発射。爆風でホキュウも後方に吹き飛ばされたが、直前の回避行動によりダメージは多少抑える事が出来た。
黒煙を燻らせ、その場に崩れ落ちるゴーレム。横目で一瞥し、一同はタロスのほうへと目を向けた。
「このゲテモノ、一度踏んでみたいと思っていたんです」
レオーネが普通に言ったものだから、解するまで仲間達には時間が必要だった。兎も角、彼女はタロスの殲滅に意欲的だ。多分。
ソウマと雲雁が射撃で牽制し、同じくレベッカも射撃を行いつつ、機鎌での接近戦に持ち込もうと狙っているようだ。そこへ上手に火柴が滑り込み、ソウマの近くに立って連携を誘っている。
さりげなく女性に気を配りつつ、火柴の振りを見て直線状になるよう動くソウマ。
『撃!』という火柴の合図と共に彼女がサイドへステップを踏み、避ける。
「攻撃はフェイクだよ‥‥バーカッ!!」
彼女の嘲笑と共に。その背後より姿を見せたソウマはトリガーを押す。
「撃ち貫けッ!!」
まるで運命づけられていたかのように――タロスへ射撃を当てていく。
「すごい‥‥」
思わず唸るレベッカ。
「はい。僕にとって、運は立派な実力なんですよ」
満足そうなソウマは不敵に笑う――その微笑は残念ながら誰にも見えはしなかった、が。
(回復が速いな‥‥)
タロスの自己修復速度に眉を潜め、雲雁は練剣に持ち変え斬りつける。
接近戦を挑む雲雁とレベッカ。タロスは瞬時に後退し、プロトン砲で牽制射撃をしてくる。
「このッ‥‥!」
咄嗟に回避行動をしつつも僅かに装甲を削られた。それでも努めて冷静に機を進めるレベッカ。
タロスに追撃を行わせないよう、ハーモニーは腕や頭を狙って、トリガーを引き続けた。
「味方の傷ついた姿は楽しくありません」
忌々しさをも感じたのだろう。タロスがよろりと移動する。
「アーッハハハ! 刻まれろっ!」
火柴は素早く接近するとタロスの脚、腕、振り下ろしての連撃を叩き込む。
味方の陣形を判断し、ブーストで包囲する位置へ回り込んでから波状攻撃を試みるレオーネ。
「一気に攻め立てましょう!!」
ゴーレムを殲滅し終えた仲間を誘い、もう一度UPCからの援護を要請。
集中砲火の後。右側からレオーネ、左側より雲雁、正面の火柴、と多方向からの串刺しを受け、大きな風穴を穿かれたタロスの活動は停止した。
●お疲れ様
「皆さん、ご協力ありがとうございました。市街地にも影響はありません」
戦闘が終わり、姿を見せた伍長は感謝の意を伝える。
「――それと、皆さんの言葉は。僕に色々と考えさせてくれました。それも、重ねてお礼を」
「お礼‥‥されるような事、何かしましたでしょうか?」
怪訝そうな顔で訊ねるハーモニー。自嘲気味の伍長は、軽く理由を告げた。
「つまるところ、隣の芝生が青く見える類のアレですよね」
やや呆れ声のレオーネ。ユキタケには(言葉の意味で)直球である。少ししょんぼりと肩を落とした。
そんな彼に、未来がおずおずと口を開いた。
「あの‥‥私が言うと嫌味でしかないかもしれませんが‥‥エミタだけが力ではないと思います」
伍長には能力者とは別の、皆を――『誰か』を護る力が備わっているんだ、と曇りない眼差しを彼に向け、未来は拳を握って伝える。
「ご支援、とても心強かったです。ありがとうございました!」
そう言って深々頭を垂れる未来。それをまぶしそうに伍長は眺めていた。
それを見つめながら、覚醒の反動で空腹状態の火柴は黙々とレーションを食している。
「そーだよ。伍長は‥‥強いね。私なんて能力者なのに、機体乗るとガクガクになるんだもん」
何回乗ってもきっとこうだよ、とどこかか弱げな笑みを見せるレベッカ。ちょっと不憫に感じたのか憂いを見せる伍長。
「‥‥レベッカちゃん‥‥」
「えーと。伍長。心配してもらってて言うのもゴメン。ちょっと‥‥急に呼ばれると気持ち悪いかな‥‥」
感動も台無しである。
「えー‥‥皆さんも言っておられますが、国を――何かを護ろうとするお気持ちに、能力など関係ありません。自分にできることを精一杯やる事に貴賎などないのではありませんか?」
優しく、包むようにヨハンは伍長に考えを述べる。その後ろで、恭也がサングラス越しに微笑んでいた。
ちょっと涙目になるユキタケ。ありがとう、と微笑んで。僅かにだが、わだかまりがトロリと解けるような感を味わう。
「力は、人を不幸、に、する‥‥よ」
側にいた彼にだけ聞こえるよう呟いた火柴の声。思わずハッとして振り返り、幼き少女の表情を見つめた。
だが、彼女はそれ以上何も答えず、空になったレーションを片づけて帰り支度を始めている。
「では、敵も撃破出来た事ですし――最早ここにとどまる理由は皆無。帰還しましょう」
元の口調に戻ったホキュウと、終わったから腹ごなしに食事に行こうかとも話をしながら応える仲間達。
(仲間は‥‥尊い。そして何よりも貴いのは意思、かぁ‥‥自分で持ってるモノって、気付きにくいのかな‥‥)
ユキタケは高速艇に乗り込む彼らの背を見送ってから任務の完了を上司に告げるため、無線を手に取った。