●リプレイ本文
●アルバニア国境検問所
UPCの兵士が多く居る検問所内、ロビン大尉率いる赤枝小隊と共にやってきた能力者達。
「新しい情報は?」
「は、はい! ギリシャ側住民より『男がキメラを連れて歩いている』といったおかしな情報が多数寄せられています」
オペレーターがたどたどしく書類の内容を読み上げるが、大尉が横から手を出して読み上げている書類を奪った。
キメラはハーピーと思われるもの。男は‥‥異形ではなく、普通の人間と同じ造形をしているようだ、というもの。
「ハーピーくらいなんざよォ、俺たちだけでも集中的にやりゃ出来るンだろ? しかしこの野郎はなんだ? 『ハーメルンの笛吹き』でもあるまいし、こんなもん連れて歩いてるってのは‥‥」
「バグアかもしれん。ほぼ間違いなく、俺たちの敵として認識しておくべきだろう」
大尉とシアン中尉がオペレーター達にギリシャ周辺情報の提供と収集の続行を命じる中、秘色(
ga8202)と桂木穣治(
gb5595)が苦笑する。
「シアンも転属早々忙しいものよの」
「だな。依頼を成功させて、美味しい酒を飲みつついい歓迎会ができるように頑張るしかねえよな」
それはいいですねと首肯し綾野 断真(
ga6621)が仲間達へと注意を促した。
「しかしキメラに‥‥バグアらしき人物ですか。情報が乏しいのは不安ですね、油断せずに臨みましょう」
大規模作戦前という大事な時期。『不穏な情報』のせいで皆の顔や雰囲気に緊張が走っている。
「不穏な情報‥‥って何だろう。イヤな予感が‥‥する」
夢姫(
gb5094)が伏せ眼がちに呟き、同じように感じていたソウマ(
gc0505)もそんな彼女を見つめた。
「そうですね‥‥面倒事は遠慮したいのですけど」
シィル=リンク(
gc0972)が応えた所で、シアンが能力者のところへ戻ってきた。
「キメラを連れている怪しい人物についての情報を入手した。ここから10kmほど行ったあたりを、此方へ向かって歩いているようだ。最大の特徴は複数のハーピーだが、男の服装は白いコート、黒い上下。銀髪。此方にやってくる理由は定かではないが、我々としてもむざむざ通してやるわけにいかん。抵抗するようなら撃退させるほかないが‥‥実に危険を伴う仕事になる」
一旦言葉を切って眉間に皺を寄せるシアン。
「まずはその謎の人物ですね。『バグアらしき』という情報を信じるなら敵なんでしょうけど‥‥まだはっきりとはしてませんからね」
断真が苦笑を浮かべつつ言う。そして自分の上司らが下した決断に対して、不承不承という様子のシアン。
「そこで‥‥キメラの討伐と、謎の男がどういう存在なのかを判断するため‥‥君らに向かってもらいたい。俺も同行したいところだが、欧州軍としても今が大事なところでな。すまない」
「初めての実戦で緊張していますが‥‥不安だけど、絶対に成功させてみせます!」
水守 桜(
gc2804)が堅い面持ちで言えば、シアンはもう一度済まないと口にした。
「無茶な事はするなよ。必ず戻ってこい」
シアンはそう言って全員を見渡した後。リゼット・ランドルフ(
ga5171)にも『約束だ』と言ってから国境警備班を呼ぶ。
彼らの中からこの周辺の地理に明るい者を運転手として付けてくれるらしい。
「それでは諸君。Good Luck」
作戦室を出ていく皆に敬礼を送り、シアンは再び作戦卓に戻っていった。
●未知との遭遇
乗り込んだ車内で、最後の情報確認をしていく能力者達。
しかし整理するほど有力な情報はなく、班分けや確認事項もすぐに終わってしまった。
ギリシャとの国境を抜け、車を数キロ走らせたところで窓の外を眺めていた秘色は口を開く。
「警備の者はおらぬようじゃし‥‥いやに静かじゃのう」
不穏な情報というのにも関わらず、軍人の姿が見えない。そればかりか、鳥の声すら聞こえない。
(「動物すら警戒しておるわ。やはり、敵となる存在がおるのじゃろうて」)
「ん〜、景色は素敵なんだけどねぇ〜」
楽(
gb8064)はのんびりと言いつつ軍用双眼鏡を覗き、あたりを注意深く窺う。
(「キメラを連れた人型バグア‥‥。強化人間か、ヨリシロかな。現地の人たち、無事に逃げられたかな?」)
夢姫が住民たちの事を思っているようだったが、答えは出ない。
ソウマも探査の眼を発動させ周囲を窺う。距離を進むにつれ、ちりちりと肌を焦がすような緊張が車内に満ちていく。
(「自分で決めた道‥‥迷いは、ない」)
桜が不安と僅かな恐怖を払拭するように自分の胸に誓いを立てた時。
「‥‥!」
双眼鏡を覗いていた楽と、ソウマが同時に反応した。
「発見しましたか?」
断真が側に立てかけていたライフルを握り、両人に問う。
「ハーピーを連れた白いコートの男‥‥だったよねー? あれが運命の人‥‥だったりするかもねぃ」
現状把握が第一と言う楽だったが、茶化していながらも素早くシートベルトを外してドアを開く。
続けて秘色、シィルと飛び出し、そちらの方へと向かって走る。
車を降りる直前、夢姫は運転手に安全な場所まで避難をと告げたが『運転の他、記録も兼ねておりますので』と聞き入れない。
軍には軍の方針もあるのだろうが、比較的安全な場所に隠れているということで合意した。
「あの‥‥無理はしないでくださいね」
桜が心配そうに声をかけ、軍人は軽く帽子を脱いでそれに応えた。
●who are you?
白い男に向かって駆けていく傭兵たち。
男は近づく彼らに気づいたらしく、ハーピーを制して立ち止まる。
ようやくはっきりと顔が分かる距離に近づいたところで、改めて白い男を眺めた。
見た目は人間と同じ。しかし、この男からはどこか威圧的な雰囲気を感じる。
「お前さんが親玉か? 物騒な鳥連れてきて何の用事だ」
穣治はハーピーを睨み鋭く訊いたが、男は『一人で歩くと危険なんだろ?』と曖昧に返す。
「おぬし、斯様な場所で何をしておる? ――率直に訊こう。敵かえ?」
秘色がそう尋ねれば、銀髪の男はフッと笑った。
返答を貰うまでの僅かな間は、数倍にも引き伸ばされたように長く感じる。
「敵じゃないぜ」
思わぬ返答に、数人が怪訝そうな顔をした。同時にソウマの勘が『危険だ』と激しく警鐘を鳴らす。
「『敵』ってのは脅威となる存在に対してだろ? ‥‥俺にとってのお前らはそうじゃない」
面倒くさそうに答える銀髪の男相手にシィルが反論した。
「私達だってこんなこと聞くの面倒なんです。ただ、一応聞いておかないと、間違って斬ったら怒られるので」
「‥‥さっきの奴らもそうだけどよ、お前らは自分の力量が判らないのか?」
スッと片手を上げてハーピーを戦闘態勢に入らせた男。
「殺されたくなけりゃ、さっきよりは楽しませてくれよ!」
言い終わるや否や、ハーピーが皆へと襲いかかろうと飛び立つ。
●空と陸と
ギャアギャアと騒ぎたてながら頭上より襲いかかろうと機を狙っているハーピー。
キメラとの分断を試みようとした秘色だったが、その手段は必要なく男は動かない。
(「何を考えてるのかはしらないけども、キメラとの同時対応になるよりはマシさね」)
目の前の男がいつ襲い掛かってくるかもわからないため、楽は視線を逸らさずにいたのだが、シィルは先手を取らんと剣を抜く。
「動かないのなら、こちらが!」
それに応じる秘色。手を出さないのなら時間稼ぎが出来るだろうと想定していた楽もまた、そちらへの対処の為銃を抜くのだった。
「とりあえず、目に映る敵は全て落としていきますよ」
断真が狙撃眼で、夢姫もハーピーの翼を狙って射撃。リゼットがソニックブームを飛ばし、ソウマは長弓で羽根を穿つ。
バランスを崩し、高度を下げた敵を見つめ御影・朔夜(
ga0240)は超機械で煙草に火をつけて紫煙を吐きだした。
「‥‥燃え墜ちろ、鬱陶しい」
キメラの羽根や身体を、瞬時に紅蓮の炎が包む。毛の焼ける臭いが周囲に広がった。
「ハーピーも空を舞う翼をもがれては、もうお終いだね」
ソウマが次の矢を番え、弓を引く。地に這いつくばる飛べない鳥へ容赦ない斬撃を叩きこむリゼット。
瞬時に数匹が殲滅されたことに対して銀髪の男はヒュウと口笛を吹き、残ったハーピーはやや高度を上げた。
「‥‥届かない、か」
――だが、逃がすものかよ。
短くなってきた煙草をプッと吐いて踏み消した朔夜は、超機械から真デヴァステイターに持ち替えた。
「――折角、銃を抜いたんだ。不様な姿は晒すなよ」
ニヒルな笑みを見せて銃を構えた。
「射程が長くて困ることはありません‥‥私の場合は」
スナイパーである朔夜と断真の射撃から、鳥が逃げ切ることなどできるはずもない。
また二羽、羽根を射抜かれ足掻きながらも落ちていく。せめて一撃でも、と夢姫を狙うハーピー。
夢姫はすぐに察知し疾風で避けつつ、銀髪の男を見る。
(「あの人、『さっきよりは』って言ってた。もう誰かを殺してしまっているんだ‥‥」)
人間と異星人の倫理や道徳観は異なっているとしても。
顔色も変えず、必死に生きようとしている命を一方的に奪う。そんな悪意無き蹂躙を許すわけにはいかない。
「人間はバグアの玩具なんかじゃない‥‥! わたしは‥‥守るために、戦う!!」
黒く輝くベルセルクを手に、落ちてきたハーピーへ決意と共に振り下ろした。
「客人は遇せよ。それ位の礼儀は知ってるかと思ったが、地球人は失礼な奴らだぜ!」
軽口を叩きつつ、剣を交える銀髪の男。
「‥‥本気で戦う気のない相手に、誰が本気など出すか」
興醒め顔で一瞥をくれてやりながらリロードする朔夜。
穣治が前衛のメンバーへ練成強化を飛ばしたりと支援をする中、
(「命懸けの攻撃なら余裕でしょう、けれど――」)
僅かな油断が命取りになる。
軽んじている、今が絶好の機会と考えたシィルは護剣グリムワルドを携えて全力で駆ける。
(「命を捨てた攻撃ならどうですか?!」)
「っ!?」
シィルが銀髪の男へ向かって行くのを見て、小さく息を飲んだ楽。すぐに小銃で援護した。
銀髪の男は舌打ちをしつつ素早く移動し、シィルではなく楽に斬りかかる。幸い盾に持ち替え防ぐ事が出来たが、盾越しに感じる重い一撃に小さく呻いた。
「させぬ!」
秘色が急いで照明銃に持ち替え、敵の眼を狙いトリガーを引く。ややタイミングを遅らせて桜が迅雷と円閃を使い、シィルより先に攻撃を繰り出した。
「‥‥通るとでも思ったのか!?」
弾道を察知して避け、桜の攻撃を軽々と剣で受けて弾く。
「皆信じているのさ!」
足さえ止めれば、仲間が何とかしてくれると――!
ソウマはそう叫びながら、駄目押しにと影撃ちで弾頭矢を番え、狙う。
突っ込んできたシィルと共に、左から救援に入ったリゼット。剣一本ではどちらか一方しか止められまい。
銀髪の男はリゼットの攻撃を剣で受け止め、左手でコートの下からもう一本剣を引き抜くとリゼットを斬り払う。
(「遊んでいるというのに、こんな剣速‥‥!?」)
食らった一撃は幸い深手ではなかったのだが、リゼットの背を冷たい汗が伝う。
肩越しにシィルを見やった銀髪の男は『ウザったいな』と冷たく響く声で言う。
「‥‥そんなに要らない命なら、貰っていってやるよ」
ギラリと輝く双剣でシィルの決死の攻撃をも受けようと構えた。
そこへソウマの放った弾頭矢が足に突き刺さる。爆ぜる矢が与える痛みに、ぐっと堪えた事が結果傭兵たちには幸いし――シィルの攻撃を殺しきれず、男は左腕を刺し貫かれた。
「‥‥クッ!」
シィルの胴を蹴りつけて引き離し、後方に飛び退いて自身の腕から滴り落ちる血を舐めると、上空を見上げた。
「お前ら程度‥‥小手調べと思って油断しすぎた。自分でもムカつくが、少しは出来そうだってのは認めてやるよ」
そう言って剣を収めた銀髪の男。上空には数機のHWが姿を見せていた。
「俺はゼオン・ジハイドの15‥‥シルヴァリオ。またな、地球人‥‥次はこう易々といかないぜ?」
ゼオン・ジハイドの名に気を取られた彼らを残し、シルヴァリオはパチンと指を鳴らして残った数羽のハーピーを能力者達へ向かわせる。
「――墜ちろ」
その台詞はHWか、ハーピーか。朔夜が二連射と強弾撃を使ってハーピーを全て撃ち落とし、再装填を行った。
傷の痛みを気合で抑え込み、リゼットは落ちてきたハーピーの翼を断ち切る。
シルヴァリオが去っていった方角を見上げた楽と桜。やってきたHWに乗り込んで、何処かへと向かって行ったようだ。
(「遊ばれてた‥‥」)
自分の方をほとんど見ずに、あの攻撃は止められた。悔しさが桜の胸を満たし、眉を顰める。
「やれやれ、次から次へと新しい奴らがでてくるな。オッサン覚え切れないぜ」
仲間に練成治療をかけつつ、穣治は肩をすくめていた。
●結果良ければ
キメラも全て駆除し、帰還した能力者達が再び作戦室へ顔を出した時に、大尉はすぐに気付いたようで視線を彼らに向けた。
「おう。ご苦労さん。すまねェな、危険な仕事を押しつけちまって」
すぐに次の依頼や作戦があるから休め――そう言って、再び机上に広げた地図に向き直って数人と議論し始める。
「‥‥報告は既に同行していた者より聞いた。再び助けられたな。ありがとう」
そう彼らを労うシアンの表情は明るくない。何かに葛藤があるようにも見えた。
「中尉‥‥?」
リゼットがどうしたのかと暗に訊ねれば、シアンの表情は感情を堪えるために歪められた。
しかし我慢は出来なかったようだ。シィルに視線を投げかけ、出来る限り大声を出さぬよう努める。
「命を賭して戦う事は大事だが‥‥いくら賞賛すべき戦果を収めたとしても。俺は君の行動に敬意を払う事は出来ない。一歩間違えば皆を窮地へ陥らせてしまう事もある。仲間が間に合ったから良いが、君はどうなっていたか‥‥!」
「まぁシアンさん、落ちついてくれよ。彼女も本当に頑張ってくれてたんだ」
穣治が間に入ってくれたのだが、シアンは視線を外す。彼の拳は強く握られ、怒りの為小刻みに震えていた。
「‥‥全員生存出来た事、本当に喜ばしい。二度と命を投げ出すような戦いはするな。以上だ」
押し殺した声でそう言うと背を向け、小隊の面々と同じくギリシャや本部の情報を収集し始めるシアン。
邪魔になりそうだったので作戦室を出た彼ら。ミネルヴァ曹長が手配してくれた高速艇もじきに来るだろう。
けだるく重い体をベンチに預け、迎えが来るのを待つ。
暮れはじめた空を窓から眺め、ソウマは予感する。
次にあの男と顔を合わせるのは、きっとすぐなのだろう、と――