●リプレイ本文
●ミコノスは、ギリシャの宝石箱やー!
まだ陽も登りきらぬ白藍色の空の下。
やや強く吹いている風から帽子を攫われぬように手を添えつつ、UNKNOWN(
ga4276)は海や真っ白な街並みに、その瞳を細めていた。
「美しいところじゃないか‥‥『エーゲ海の宝石』というのは、この島全てを宝箱と見立てているのかもしれないな」
観光気分にも見えるが‥‥何一つ普段と変わらぬ風貌ながらも彼は能力を解放し、神経を研ぎ澄ませている。
「‥‥さて、まずはマノスさんを探す所からですわね?」
顔にかかる髪を優しく払い、アリオノーラ・天野(
ga5128)が長く続く桟橋を視界に留めながら言う。
ミコノス島の自警団は桟橋近く、教会の1つを好意で借りているという。まずはそこに行ってみるべきだろう。
自警団へと向かうアリオノーラ達へ、グロウランス(
gb6145)は後で行くと答え、一人違う方向へ歩もうとしたのを雪待月(
gb5235)が咄嗟に引き止めた。
「お待ちください。あの、別行動は危険かと」
「問題ない‥‥そちらはそちらで頑張って貰おうか」
面倒そうにグロウランスは答えると、今度こそ住宅密集地のほうへと歩いていった。
不安げな表情でその後姿を見つめる雪待月に、クレア・アディ(
gb6122)がそっと近づき、声をかける。
「彼もああ言っている。大丈夫、先に行こう」
渋々といった表情で雪待月は頷き、止む無く別行動を取ることとなった彼ら。
グロウランスは言葉が素っ気無くとも任務を軽んじ、任務を怠っているわけではない。
地図を見て、気になった事等を記入したり、似た路地の多い場所で目印となるようなものをカメラに収めている。
この地理把握は後に大きな差となって現れるだろう。が、使用することがなかったならそれでも構わない。
とある家の階段へ何の気無しに眼を向ければ、一匹の子猫が玄関の隙間から顔を出した姿で気持ちよさそうに寛いでいた。
「‥‥‥‥」
しばし黙考した後、彼は猫へとカメラを向けるのだった。
●自警団にて
「えぇーッ!? マノス、今居ないのか?」
リュウセイ(
ga8181)は上半身を軽く仰け反らせ、その驚きを表していた。
自警団には、食事や休息をしていた団員が数人。依頼主であるマノスはもう少しで戻ってくるだろうと伝えた。
「警戒に出ているなら、彼の担当場所を教えていただけませんこと?」
アリオノーラの言葉に、団員たちは人懐っこい笑みを浮かべた。
「島の皆は家族。それを守るのが俺らの仕事だ、担当ってちまちましたのは決めてないさね」
言っている事は格好いいが、いささかそれではアバウトすぎはしないだろうか。
月城 紗夜(
gb6417)は壁に貼られた出航予定表を睨みつけながら団員の言葉を聞いていた。
(「そんなもの‥‥正直、嫌いだ」)
胸の内に黒いものがもやりと湧いたが、すぐに気を落ち着けるために長く息を吐いた。
(「いや。違うな。嫌いだとか、私情など関係ない。我は忠実に任務を遂行するのみ」)
そのためには、マノスが帰ってこなければ事は進まないのだが‥‥
「ま、もうちょっとで来るなら待たせてもらおうぜ?」
無闇に歩くよりそのほうがいい。リュウセイの提案にも、誰も異論がないようだった。
「その間、勇敢なる自警団での対処や連携など、少々お聞きしたいな」
UNKNOWNは優しく微笑むと団員らの前へやってきて、空いている椅子のひとつを音を立てぬよう引いて座る。
どうやらキメラが現れた場合、武力がないなら数で勝負だという作戦ともいえぬような戦いぶり。追い返すのが精一杯のところらしい。
それらを聞き、UNKNOWNはその他こういうやり方もどうか、等詳しく地形を生かした戦術の提案をする。
武器棚を指差し、種類毎の特性・短所。それに適した戦い方の説明。
彼の話術やそのムダの無い提案。最初は警戒していた団員らも、徐々に警戒を解いて質問を交えながら真剣に聞き入り始めた。
すっかり村の人々と親しく打ち解けた彼は、その姿勢と熱意に、感心しつつも快く沢山のことを教えるのだった。
●託されたもの
大いに盛り上がってきたところで、自警団へ細身の男が入ってきた。彼は団員たちに軽く手を上げて、戻ったと答える。
「失礼、あなたがマノスさんですか?」
雪待月が細身の男に声をかけると、男はそうだと頷いた。
その後すぐにやってきたグロウランスが無事な姿を見せたことにも、メンバーはかすかな安心を覚える。
「では‥‥我々はULTからやってきた、そう言えばいいか?」
紗夜の言葉にマノスは目を見開くと、よく来てくれたと彼らを労い、私物入れとして使用している机から白い封筒を取り出した。
グロウランスはその場面をカメラに再び収める。
「依頼内容は既に知っていますよね。アテネにいる俺の妹トゥーラへ、この手紙と同封のペンダントを届けてください」
その真剣な表情に込められた思いを感じ取った面々。
「一応、受けた依頼の範疇からは外れますけど‥‥、他に確かめたい方法がありますのよ」
アリオノーラが試すような口ぶりで言い、それに呼応するかのようにゆっくりと進み出るUNKNOWN。
「思いを直に伝えるためアテネへ行かないか? そして、君の代わりに私がここへ残ろう」
考えてもいなかった提案だったのだろう、言葉をしばし失い‥‥ようやく落ち着きを取り戻したマノスは、『ありがとう』と小さく笑う。
「そんなことまで考慮してくださっていたあなた方の気持ち、深く心に染みました。しかし‥‥自分で決めた事ですから」
もう一度礼を述べて深く頭を下げたマノス。やれやれとUNKNOWNとアリオノーラは顔を見合わせ肩をすくめた。
「損な性分ですわね‥‥でも」
続く言葉と共に、アリオノーラの表情は至極優しいものだった。
「そう言う人は嫌いではありませんわ?」
言われたマノスの顔が若干赤くなったので、『かっ、勘違いなさらないでっ! 意味が違いますのよ!』と髪の毛を指に巻きつけながら視線をそらすアリオノーラ。
それじゃ、とリュウセイがマノスから白い封筒を受け取り、両手で額の高さにまで上げてから大事にしまう。
「確かに受け取ったぜ、封筒はなくしたりしないし、思いと共に絶対に届けるぜ!」
ドン、と自分の胸を任せろと叩きながら、マノスから視線を離さぬまま頷くリュウセイ。
お願いしますというマノスの横では、
「私から結婚祝いの贈り物という意味もあったのだが、残念だな」
と、『マノス』と書かれたネームプレートをつまみながら言うUNKNOWN。
(「‥‥一体いつ作成したの?」)
不思議そうにプレートを眺めているクレアとは逆に、
(「‥‥情で飯が食えるならめでたい事だが、俺は傭兵だ。給金以上に働く義務も義理も無い」)
口には出さなかったが、そこまでする必要はないと思うグロウランス。
紗夜はちらりと時計と時刻表を見比べる。この分だと次のアテネ行きには余裕を持って乗り込む事ができそうだ。
「では、我々は出発するとしよう」
そう言ったものの思い出したようにマノスの方へ振り返り、じっと見つめた後。
「‥‥‥‥」
結局何も言わず、きゅっと唇を結んだまま――すぐに踵を返した。
●Beachside special mission
先頭をUNKNOWNに任せ、坂道からぞろぞろと降りてくる傭兵たち。
「封筒渡すまでが依頼だって言うよな〜」
リュウセイがきりりとした顔で言うそばから、
「いや、初めて聞いた」
それを言うなら『帰るまでが任務』ではないだろうかと思うクレア。
会話を交えつつも、クレアやリュウセイも辺りを警戒したままだ。
徐々に漣の音がはっきりと聞こえ始め、目の前に白い砂浜と青い海が広がる。
島に降り立ったときと同じように気を配っていたUNKNOWNは‥‥ぴたりと立ち止まる。
「どうし‥‥?」
不思議そうに尋ねるリュウセイ。しかしすぐに理解して戦闘の構えを取った。
「襲撃があれば、立場上戦わねばなるまいからな」
グロウランスが言い終わらないうちに。路地から黒いものがバッと飛び出し、彼らの行く手を遮るように着地した。
体長約2メートル近い黒豹キメラだ。品定めするかのように尻尾を揺らし、こちらの様子を窺っている。
すかさず雪待月と紗夜が前へ出て武器を構えると、それを待っていたかのように黒豹は砂を蹴り、同じく前に出ていたグロウランスへと飛び掛かる。
彼を引き裂くために繰り出された鋭い爪。咄嗟にグロウランスは横へ飛び退いたが、タイミングがもう少し遅れていたら危なかった。
大きく振るわれた前足が空を切って地を抉り、砂を散らす。
次の攻撃に移ろうとしたキメラの目に映ったのは‥‥覚醒したクレアの姿と、銃口。
「‥‥バグアめ‥‥手紙に込められた幸せな人生の願いをも壊すというなら‥‥容赦はしない!」
そのがら空きの胴に向かってクレアが急所を狙い、SMGの引き金を弾く。
キメラの胸元へ突き刺さる無数の弾丸。ギャウッと悲鳴を上げ、その場に倒れこんだ。
「やったか?」
警戒したままリュウセイが誰ともなしに尋ねれば、まだだと言うなり雪待月のほうへ走り出すUNKNOWN。
彼女の10メートルほど先の側面から、もう一匹。キメラが全速力で走り寄ってきた。
それより僅かに早く間に合ったUNKNOWNが雪待月を庇うように抱きかかえ、砂地に伏せる。
倒れこむとき二の腕を爪が掠めたが、大したダメージには至らない。
「あんのん兄様! お怪我を!?」
自分のせいでと表情を曇らせる彼女に、大丈夫だと答えながら起き上がる。
突如現れた2体目のキメラに、グロウランスはため息をつく。
「楽が出来ると思ったのだがな‥‥面倒な」
「問題ない、素早く片付ける。援護を頼むぞ!!」
間髪入れず応えた紗夜の瞳は赤く染まっていた。身に纏うAUKV頭部より火花が生じ、竜の翼も使用して瞬時に距離を詰めると、無防備なキメラへ斬りかかった。
すぐに雪待月も間髪入れず蛍火でなぎ払い、その軌跡に燐光が舞う。
「天野さん! 今です!」
「心得ましたわよ!」
絶好のタイミングに頷いたアリオノーラがエネルギーガンを構え、撃つ。
前衛の間を縫い、真っ直ぐキメラの胴を撃ち抜いた。激しい痛みに悶絶するキメラ。
グロウランスも本へ持ち替え、短く息を吐いて殴りかかった。
これらの連携がかなり効いたのだろう、キメラは息も絶え絶えといった状態で立ち上がれぬまま、彼らを睨むのがやっとのようだ。
「なら‥‥これは、どうだっ!」
スパークマシンを握り締め、赤く炎のオーラをたぎらせたリュウセイが吼える。
「いくぜっ! 痺れろっ!」
振りかぶり、力の限り投げつける。
キメラに触れた途端にバチバチと放電し、キメラは声を出す間もなく絶命した。
「やったぜっ! 決まった!」
ガッツポーズを取るリュウセイに、手紙は無事なのかと尋ねるクレア。
手紙が無事なのを確かめ、ひとまずお疲れ様と微笑んだ。
●それぞれの思い
アテネ行きの船で、彼らはひとまずの休息を取った。
ミコノスを離れて暫くすると、気分が悪いと言いつつ不機嫌そうなアリオノーラ。リュウセイが心配して薬が必要かと聞いたが‥‥
どうやら憤慨しているのは酔っ払いにしつこく言い寄られたからだそうだ。
「しつこいのでキックで撃退しましたけれど」
覚醒しなかったかが心配なのだが、むくれる姿が可愛らしいので、それをわざわざ崩す内容を聞くのをやめた。
そして、少々気になるのはクレアの事だ。姿を探せば、銃の手入れをしていた手を止め、案の定寂しそうな表情をしている。
彼女と話をするため、そちらに向かって歩いていった。
(「‥‥結婚か‥‥あんなことさえなければ私も今頃‥‥私にはもう消え去った夢だが‥‥だからこそ必ず届けてやらねばな‥‥」)
長く細い銀の睫毛が震える。
「よう、気分は大丈夫か?」
その気持ちを吹き飛ばさんばかりに、リュウセイの元気な声がかけられる。
はっと顔を上げたクレアは、自分を気遣うリュウセイに心の中で感謝しつつ、他愛ない会話をし始めた。
●兄に代わって、お届けよ!
昼前に出たというのにアテネについた頃は既に夕方。地図と地元の人々の話を頼りに、雑多な路地や軒を通り抜けトゥーラの家を目指す。
歩き回ってようやくそれらしい住所の家に着き、遠慮がちに扉をノックした。
「はい‥‥? どちら様ですか?」
そっとドアを開いて出迎えた女性に、トゥーラかと尋ねれば、彼女はおずおずと頷いた。
「我らの依頼主、マノスからの届け物だ」
紗夜の言ったことに、驚きの顔をしたトゥーラ。
「私達ではとてもマノスさんの代わりにはなれませんけれど、お祝いを言わせて下さい。ご結婚、おめでとうございます! どうか、末永くお幸せに‥‥」
「結婚おめでとう! 幸せになってくれよ!」
リュウセイがクレアのほうを気にしつつも、マノスから預かった手紙をトゥーラへ差し出す。
手にとって兄の字だと判断するやすぐに破願し、幸福な届け物をしてくれた彼らを室内に通す。
兄の近況を聞き、表情を曇らせるトゥーラ。
「‥‥我ならアテネで仕事を見つけて肉親を守るが」
紗夜がぽつりと漏らすと、トゥーラはかぶりを振り、兄はミコノスの皆さんを同じくらい大事にしてるんですねと言った。
夜は感謝の気持ちを込めて、彼らへ腕によりをかけた料理を振舞った。
●後日談
今日も警護に明け暮れるマノスの元に、数通の手紙が届いた。
グロウランスと紗夜から届いたものには任務完了の報告と、ペンダントを手に幸せそうな妹夫婦の写真が同封されている。
『互いに、コレが生前最期の一枚にならんといいが。それ位なら祈ってやる』というツンデレ風味の一文。
全くだと苦笑しながらトゥーラからも届いた手紙に目を通せば、彼らと自分に対する感謝の気持ちが記されており、最後にこう書かれていた。
『クレアさんは末永く幸せにと祝辞をくれたけれど、深い痛みを抱えているような彼らにこそ、幸せになってほしいと思います。
お仕事は辛くないのですか、と皆さんに聞いたら、アリオノーラさんは別れ際に笑顔でこう仰ったんです。
「こういう仕事、嫌いではありませんわ。人として、人とのつながりを実感できますもの」と。本当に素敵な方々でした』
手紙はそこで終わっていたが、マノスはアテネの方角を見つめる。
再び彼らと会うことがあれば。
――アテネへ渡るとき、護衛の依頼をしてみよう。
送られてきた手紙を大事そうに机へしまい、UNKNOWNが置いて行ったネームプレートをつけ、今日の見回りへ向かったのだった。