●リプレイ本文
●suspicion
『ユーディーはバグア派であると思われる』
テオの言葉は、彼らに衝撃と疑惑を与えるものだった。
「その方と面識もございませんが、行き成りその様に申されましても‥‥」
上条・瑠姫(
gb4798)はテオを注意深く見据えつつ口を開いた。
「欧州軍から〜、本当にー依頼されたのか〜、証拠の提示とー、ユーディー君を〜、疑う根拠についてー‥‥確認したいのですがー‥‥」
ラルス・フェルセン(
ga5133)の顔は穏やかだが、その視線は鋭い。テオを信用していない事は明らかである。
「提示すれば依頼を受けていただける――と思って構いませんか?」
「極秘、という言葉は何をしても良い免罪符ではありません。きちんと説明して頂きます」
義に背く事を易々とするわけには参りません、と瑠姫も断固たる態度で言い放つ。
「わかりました。見せてもあなた方を納得させる力は低いでしょうが‥‥疑われるよりはいい」
無論テオ自身も想定内だったらしく――『機密保持の為と言うことでご理解を』と、懐から四つ折りにしていた書類を開いて見せた。
『――■■■■■ に我々は危機を抱くと共に■■■■■■■■■ であり、■■■■■■ という事を考慮しバグア派という見解を持っている――‥‥』
名前や任務に関する肝心な部分はマジックで黒く塗りつぶされていて分からない。最後に『UPC欧州軍』と書いてあったが、書類には調印もされておらず、契約者の名前も塗りつぶされていた。
肝心な部分が隠れてしまっているのでは如何様にも細工が施せるだろう。
「‥‥名前の部分がこれでは一体誰の事か分からないね。既に彼女がバグア派かもしれないと言っているのに我々にも隠す必要が?」
雨霧 零(
ga4508)が黒塗りの部分を指でなぞり、訊ねた。
紙面をわずかでも傾けることで、どこからか文字がうっすら読めるかもしれないと思ったが、残念ながら浮かんではこない。
「人目に触れる状態で持ち歩くのは大変危険なのですよ」
それに気づいたか、テオは紙を畳み懐にしまう。
口調は丁寧だが、彼らの真意を探るような鋭い眼差しは変わることがない。一呼吸置いて、テオは話し始めた。
「数年前‥‥ある村で同じような容疑の為連行された男がいるのですよ。その村は既に戦火で焼失しまして、廃墟となった教会くらいしか村を偲ばせるものはありませんが」
教会。
そういえば、彼女と初めて会った時――『昔この近くに住んでいた』と。教会は大事な思い出がある、ともユーディーが語っていた事をラルスと鉄 迅(
ga6843)は思い出す。
「しかもその人物とは彼女の兄。しかし、その後兄は牢獄から忽然と姿を消した。その後の足取りも不明。分かる事は村に二度と戻ってこなかったという事だけ――」
軍の考えとしては、兄の所在や情報を得るため傭兵となって、バグア派の連中にも近づいているのではないか。ということだ。
(「俺は‥‥ユーディーさんを信じたい‥‥!」)
迅が否定するように首を振ったが、動機としては否定しきれる事では無い。
今のところ――ユーディーもテオも灰色というゾーンだろうか。
(「だとしても軍の極秘依頼をこうも見ず知らずの傭兵に与え、協力を要請するのは解せんな‥‥何か裏でもあるのか?」)
ザインフラウ(
gb9550) が考えるところは尤もであり、警戒感が否応なしに高まってくる。
「任務内容は‥‥『監視』‥‥だな?」
高まる緊張の中、西島 百白(
ga2123)が確認すると、テオははっきり肯定する。
「バグア派か、そうでないのか。それさえ分かれば」
頑なだった瑠姫も『了解しました』と、彼女なりに納得のいくあたりで折り合いをつけた。
「それでは、我々はその依頼お受けしましょう〜‥‥ですが〜」
ラルスが緑色の瞳をまっすぐテオに向けて、告げる。
「彼女の潔白をー、証明する為です〜」
そうして、彼らはテオの視線を背に受けながら行動を開始するのであった。
●believe
テオから離れた所で、既に行動を開始する能力者達。
「にゃ! 目的はユーディーっちの疑いを晴らすなり! こねこを拾う人に悪い人はいないなり!」
「私も、リュウナ様の考えと同じです。仲間を疑いたく有りません!」
リュウナ・セルフィン(
gb4746)が頬を膨らませながら憤慨している横で、東青 龍牙(
gb5019)も静かに頷く。
ザインフラウと零だけは『テオドール・ワルターの依頼の真偽を確かめる』という事でLHのUPC本部へ向かった。
依頼人自体が罠だったら‥‥という事も考慮し、彼に感づかれないよう十分に気を付けた上で、皆と別れて行動している。
ユーディーの家へ押しかける作戦を発動させるべく、事前に鍋用の食材を購入中の彼ら。
「とりあえず‥‥」
食材をカゴに放り、百白は『こんなものでいいか』と龍牙に目で問いかける。
彼女は、目を輝かせるリュウナを見て『余計な物は買いませんよ?』と諫めつつも百白の問いには頷いて答えた。
「こうやって買い物してると、メアちゃんとのことを思い出しますね」
迅が柔らかく微笑みつつ、リュウナの持ってきた猫用玩具をかごに入れる。『メア』とはリュウナが名付け、ユーディーが飼っている猫である。
「いきなり御伺いするのでユーディーさんを驚かせてしまうかもしれませんが、まずはお話をしてお互いを知りませんと」
瑠姫がさらりと前に流れた黒髪を耳にかけつつ言えば、ラルスが大丈夫ですよと返した。
「彼女がどのような方か〜、きっとすぐー、分かると思うのですよ〜?」
そうして、荷物は男性陣に持ってもらいつつ。ユーディーの家へと向かうのだった。
●一方その頃
LHの本部で、それとなく調査を開始しているザインフラウと零。
ザインフラウは欧州の事、傭兵に関する項目を調べ、ULTでもユーディーが関係した依頼等も調べる。
(「一時期は一人で依頼をこなしていたらしいが‥‥場所や動機として全て繋がっていそうなものは無い、か」)
テオの事もそれとなく調べてみたが、得られそうなものは無いし、零もやっている事であろう。
更に情報を求めLHの情報屋を回るザインフラウ。数件目の情報屋へ行こうとした彼女の前に――
「足しげく情報屋を回ってお探しのようですが‥‥彼女の何を調べているのです?」
渦中のテオが現れた。
尋ねる彼の口調と眼光は厳しい。
「ああ、一回共闘したとき息が合ってな、コンビを組みたいと思ったのだが‥‥彼女について何も知らないのでな、せめて少しだけでも知っておこうと」
普段感情が顔に出にくい事に感謝しつつ、ザインフラウは平然と用意していた答えを述べた。
テオは彼女の顔を暫し見つめた後、『くれぐれも、変な気を起こすのだけは止めてください』と言い残して去って行った。
小さくため息をつき、ザインフラウは再び目的地へと向かう。
その頃、本部でテオの事を調べている零は軍関係者とおぼしき女性を呼び止め、テオから貰った名刺を見せつつ『この名前に覚えは?』と聞いてみる。
何も得られなければまた次と聞き、条件を変えて訊ねること数回。ようやくわずかな情報を得ることが出来た。
手帳に自分だけが分かるように情報を書き、零は再び違う者へ声をかけたのだった。
●ユーディーの家にて
「にゃー! 遊びに来たなり!」
玄関のドアが開いた途端、リュウナはユーディーへ笑顔を向けた。
リュウナの他にも迅やラルス、見知らぬ女性も一緒に居る。
ユーディーの視線を感じた瑠姫は簡単に自己紹介をし、頭を深々と下げた。
「お邪魔します〜。メアの様子をー見にとー、あと一緒に食事でもとー、思って参りました〜」
ラルスが『いつも一緒に食事をとった事が無いので』と付け加え食材の入った袋を見せる。
後から『猫好き』の友達がやってくるという事も付け加えた上で、一緒に良いだろうかと迅はユーディーへ許可を求めた。
ユーディーは特に何も言わず、玄関を開けたまま居間に向かって歩いていく。
どうやら自宅に入るのを許可した‥‥らしい。
「それじゃあ、はい、コレを。手ぶらじゃ失礼かと思いまして♪」
ユーディーに土産として買ってきたお菓子を見せ、部屋の中をきょろきょろと見る龍牙。
「あ、クッキー入れるお皿お借り出来ますか? ユーディーさんは、ゆっくりしてて下さいね♪」
相変わらず何もしない家主を気にする事もなく、一度勝手知ったるこの家。龍牙は自ら進んでクッキーをとりわけ、ラルスが紅茶を淹れてくれる。
「メア〜元気にしてたなりか? メアの為に新しいにゃんこアイテム持ってきたなりよ♪」
と、ふわふわボールを手にしてメアの前へと見せる。興味深そうにボールを見つめる猫。
座ったまま彼らを見ているユーディーの顔や部屋の様子をじっと観察していた百白。
見逃してしまいそうな所に――小さな丸い物が張り付いているのを見つけた。
(「‥‥あの探偵が‥‥仕掛けたものか?」)
ユーディーを調査していると言った。その不自然な場所と形状。察するところは――バグ(盗聴器)の類だろう。
なんとか皆に伝えなくてはいけない。ちらちら見回す百白。
「‥‥何?」
ユーディーが怪訝そうに口を開く。
「すまない‥‥異性の部屋は‥‥慣れて‥‥ないんだ」
適当な嘘を言いながら百白はメモを手に取る。
料理のレシピを書き、余白にもペンを走らせてから、キッチンにいる仲間のもとへ歩み寄る。
「今日の‥‥飯の詳細だが‥‥」
その紙には『部屋に盗聴器の設置あり。まだ複数あるかも』と先程見つけた場所も記してある。
メモを見た面々は一瞬顔から表情を無くし、すぐに『西島さんも料理するんですね』と茶化すように取り繕う。
ユーディーは露知らず、猫と遊んでいるリュウナに視線を送っている。特に行動を怪しんではいないようだ。
しかし、迂闊な事は口に出せない。何かある場合は筆談にしようと能力者達は考えて、居間へと戻る。
「皆で依頼にあたる際ー、何か知りたい事はー、無いですか〜?」
最近は複数人とこなしている彼女。幾つか彼らに質問し、それを瑠姫や迅が丁寧に返す。
百白はあまり興味の無いそぶりを見せ、茶を飲むふりをしながら彼女と部屋を観察する。
「さあ、メア! 遊ぶなり! 必殺! ニャンコボール!」
ふわふわボールを先程の盗聴器のあった場所、またはありそうな場所へと投げるリュウナ。
「‥‥元気そうだな」
ボール相手に遊ぶ猫の姿を見つめる百白の呟きに、迅も目を細める。
「好き嫌いなどは、何かありますか〜?」
「トウモロコシ‥‥。歯に皮が挟まるから、好んで食べない」
そうユーディーが言えば、
「焼きトウモロコシ美味しいのに」
などと談笑しつつ皆で茶を飲みながら、他愛ない話をしつつ時間を過ごす。
「‥‥さて、私は〜、鍋料理のー、準備をしましょうか〜」
大勢いるならば皆で頂ける鍋のほうが楽しいから。ラルスはそう言って席を立つ。
「‥‥手伝おう」
「私もお手伝いさせてください」
と、百白と瑠姫も同じく席を立った。
お願いしますとラルスが微笑み、キッチンからは三人の声が時折聞こえる。
鍋の出汁をとったり、野菜を食べやすく切っている所で――ラルスの電話に零からの着信があった。
「――ユーディーさん。先ほどお話した方々が近くまで来られたようですので、迎えに行ってきます」
そうラルスはユーディーに一声かけると、二人を迎えに出ていった。
●猫の色は?
家へ着く前に、ラルスは二人がやっと聞き取れる程度の小声でユーディーの様子に不審な所が無いこと・家には盗聴器が仕掛けてある事などを要約して伝え、零とザインフラウの二人も承知したと頷く。
室内に入ってユーディーと顔を合わせ、座ったところで‥‥仲間たちが零を見ている事に気がつき、零は苦笑する。
――ついに、その刻がやってきた。
零はザインフラウと示し合せ、口を開く。
「来る途中で、黒猫を見たよ」
――黒猫。即ち、テオが嘘をついているという符丁だ。
その刹那より、場の空気が一変したのをザインフラウは見た気がした。
「そうですか‥‥」
瑠姫はそっと目を伏せる。
そんな気はしていたが‥‥解ったところで感情は思ったほど動かなかった。
「ところで、何やらいい香りがするのだがね」
零が部屋に漂う匂いを嗅ぎつけた。食事も摂らず歩きまわっていたので、落ち着いた途端急激な空腹を自覚したのである。
「では皆さん揃いましたので鍋に致しましょうか♪」
「にゃー! お腹空いたなり!」
龍牙が提案すれば、リュウナが諸手を挙げて賛同する。
積もる話は、食事でも摂りながらすればいい。
迅がユーディーに、先程百白より回ってきた紙を見せて顔の前に人差し指を立てた。
内容を解した途端、ユーディーの表情が戦闘時のように引き締まる。
「‥‥メアは食事の時、どうしたらいい?」
会話で誤魔化しながら、彼女も筆談に応じる。
『どういうこと?』
「危ないので、鍋に近づかせないようにしよう‥‥相伴させるにしても猫舌だしね」
言いながら零がさらさらと紙に書いてユーディーに見せた。迅や瑠姫も覗きこむ。
『私立探偵があなたを見張っている。あいつは欧州軍に雇われていると言ったが、それは嘘だ』
『人相や探偵だとかという特徴を伝えれば、確かにそういった人へ簡単な調査を数回依頼した事があったようだけど‥‥』
彼らの前に鍋が運ばれてきて、気をつけてくださいね。というラルスののんびりした声も降ってくる。
「そうだ、ユーディーさん。折り入って頼みがあるのだが、私とコンビを組まないか? 返事は即答でなくていい、私の連絡先を紙に書いて渡すから考えがまとまったら連絡をくれ」
とザインフラウが言いつつ見せたメモ。
『テオドール・ワルター、などという男。一度も記録されていない』
という、衝撃的な文章が記されてあった。
「‥‥冷めないうちに、皆でいただきましょう」
一つの鍋の前で彼らは口で他愛ない話をしながら、筆談という手段を用い重苦しい話をしていた。
そしてラルスが最後にユーディーへ示したメモには。
『私達は貴女を信じていますから』と書いてあった。
●break down
テオは耳に当てていたヘッドホンを外して、暗くなった空を見つめて息を吐いた。
こうしてどれくらい経ったのであろうか。
情報が出なさすぎる。そして、至る場所に付けていたバグの感度が良好ではない。
幾度か猫が引っ掻いたらしい雑音も入ったし、食器が発しない音が会話の合間に入る事もあった。何かしら秘密裏で行われていると察した故に、最早欲しい情報は得られないと理解した。
彼らは彼女の潔白を証明すると言った――いわば、ハナから彼女へ疑いを持っていない。
――だがユーディット。お前には、彼らを。他人を心から信じることが出来るか?
にやり、と唇が弧を描く。
それは今宵の空に浮かぶ細い細い三日月と同じように――ただただ、危うい雰囲気を見せていた。