タイトル:狼と嘘マスター:藤城 とーま

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 12 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/03/10 01:15

●オープニング本文


●何を信じる?

 くいくい、と自分の服の裾を掴まれた感があったので、シアン・マクニール(gz0296)は振り返る。
 年は12、3だろう。一人の男の子が笑みを浮かべながら、彼を見上げていた。
「お兄ちゃん、UPCの人?」
「ああ」
「そうしたら、僕の村に来る何かをやっつけて。皆信じてくれないんだ」
 唐突に言われたものに思わず唖然とするシアン。次の言葉が出るのに少しの間があった。
「何か‥‥? それは、一体どんなものだ?」
 少年の顔は悲しげな色を浮かべた。シアンは『何か』と聞いて、真っ先にキメラを思い浮かべたので、少年に確認を促す。
「わかんない。でもね、ほんとにいるんだ‥‥信じてくれる?」
 少年はそう言って、シアンを見つめた。
「それだけではわからん。君の住んでいるところはどこだ? 我々が相手にする何かと、君の言う何かは違う気がする。詳しく聞かねば人は動かせない」
 教えてくれないか、と訊ねるシアン。しかし少年は『わかんない』と気まずそうな表情を浮かべて走り去っていく。
 呼びとめても止まる気配は無く、少年の姿は小さくなっていった。

「――ああ。その少年だったら有名ですよ。狼クン」
 食堂で昼食時にそれを話すと、伍長のほか既に何人かがあの少年を知っているようだった。
「狼?」
 おうむ返しに聞くと、近くに居たロビン大尉が『あのボウズを知らねェのか』と横槍を入れてくる。
「何かってなんだ、って聞いても良く分からないとか言ってはぐらかすボウズさ。端末で調べてもよ、この地域でバケモンが出てるって報告がないわけじゃねえ。
 だが、それらはすぐに住民からULTなりUPCなりに通報が行って、迅速・安心・丁寧に殲滅完了してんだ。ボウズはここ1ヵ月くらい毎日のようにきやがる。ウソたぁ言わないが、毎日同じことの繰り返しだよ」
 煙草を取り出しながら『だから、狼少年って言われてんだ』と、シアンと同期であった大尉は零す。
「僕らも一度叱ったんですけど、それでも来るんです」
「‥‥いたずらのレベルなら、一度叱ればもう来ないだろうに」
 虚言癖でもあるのだろうか。それとも、生活環境に何か問題があるのか。
 シアンがそう思ったところで何の解決にもならないが、大尉の煙草から立ち上る紫煙を見つめながら、どうにも引っかかるものが何なのかと考えていた。

●嘘の中の本当

「お兄ちゃん、何かを倒して?」
 雨の日でも、あの少年はやってきた。毎日欠かさずやってくるこの少年の話を、もう誰も真面目に受け止める者はいない。
 シアンもその中の一人だったが、溜息をついて足を止め少年をまっすぐ見つめる。少年もまっすぐ彼を見つめて、お願いと口にした。
「‥‥では君に答えてもらいたい。何かの正体はなんだ? どこの村へ行けばその何かに会える?」
 そう静かに問えば、少年は微かに微笑んだ。
「‥‥ほんとに、僕も何かが何なのかわかんないんだ。ただ、夜になると怖いうなり声がする。隣のおじさんの牛が殺されて食べられちゃったり、居なくなった人もいるんだ。
 居なくなった人は、山の中に行ったみたいだから遭難したんじゃないか、とか言われてた。でも、昨日も村はずれの人が居なくなったって」
 そう聞いて、シアンは判断に困る。人が消えると言う話も重要だが家畜が食われるその手の話は――通常の動物被害と似たようなものだ。
「動物被害‥‥と言う事も考えられるが判断に困るな。せめて動物かそうでないかが分かれば俺も幾分動けるんだが‥‥」
 シアンの言葉に、少年は何かを決断したらしい。
「じゃあ、解ればいいんだね?! それなら、今日何かの姿を確かめてくる。そしたら‥‥何かなら来てくれるよね?」
 約束だよと少年は言い、笑顔でシアンに手紙を渡す。
「明日僕が来なかったら、手紙開けてね」
 そう言い残し、笑顔で走り去っていった。

 翌日。少年の言葉を心から信じたわけではなかったが、シアンは時折窓の外を眺める。
 少年は一向に現れない。
 やはり嘘だったか、という結論はあっさり腹の中に落ちた。
 今度来た場合には『いい加減にしろ』と叱らなくてはいけないだろう。

 やれやれと頭を掻いたその時、卓上の電話が鳴った。
「マクニールだ‥‥ん? キメラが、出た‥‥? ふむ、場所は‥‥ここから近いな」
 電話の内容をメモに走り書きで記すうちに、シアンの手が止まる。
「被害者は少‥‥年?」
 嫌な予感が胸をよぎる。
『明日来なかったら、手紙開けてね』
 まだあの少年と決まったわけではない。だが、何かと言うのがキメラだったなら。
 電話を切り、シアンは机の引き出しを開けてペーパーナイフと昨日少年から受け取った白い封筒を取り出すと、封を切って中を取り出した。
 出てきたのは小銭と、お世辞にもきれいとは言えない文字で書かれた手紙。
【こわいので、ばけものをたいじしてください。ぐんの人にたのんだら、きてくれるときいたので、えらい人にてがみをわたしてください、おねがいします】
 最後に【おかねはしゅっせばらいで】とある。
 読み終えたシアンは眉根を寄せ、その手紙を睨むように見据えたまま数十cを握りしめ、立ち上がる。
 自分たちのほうが、どれほど愚鈍なのか。思い返すだけでも頭にくる。
(「この子は、嘘つきなどではなかった。目に見える確実な被害が無かっただけだったのだ‥‥!」)
「あ、中尉? 演習はまだ――」
「キメラとの戦闘に行く。動ける傭兵が居れば、出動を要請してくれ」
 お茶を持ってきた伍長にそう伝え、自分のロッカーから荷物を引っ張り出し、上官に出撃許可をとりつけると執務室を飛び出していった。

●参加者一覧

金城 エンタ(ga4154
14歳・♂・FC
リゼット・ランドルフ(ga5171
19歳・♀・FT
梶原 暁彦(ga5332
34歳・♂・AA
秘色(ga8202
28歳・♀・AA
優(ga8480
23歳・♀・DF
シン・ブラウ・シュッツ(gb2155
23歳・♂・ER
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
桂木穣治(gb5595
37歳・♂・ER
ウェイケル・クスペリア(gb9006
12歳・♀・FT
鹿内 靖(gb9110
33歳・♂・SN
黒瀬 レオ(gb9668
20歳・♂・AA
ムーグ・リード(gc0402
21歳・♂・AA

●リプレイ本文

●怒りと使命と

「今回の依頼主は少年です。命を懸けて中尉へ伝えてくれました。
 中尉は、少年との約束を守れなかった事。信じてあげられなかった事に対して強い悔恨の情を持ったと思います」
 嘘つきと言われた少年の真実。それは現場に向かうまでの間に、ユキタケ伍長から伝えられた。
「責めるつもりはありません‥‥ただただ、悔やまれるだけです」
 シン・ブラウ・シュッツ(gb2155)が物悲しい表情を見せ、手紙に視線を落とした。
 幼かった頃、彼の弟もキメラによって傷つけられた。今回の事件は彼の心に響くものがあったのだろう。シンは唇を噛みしめる。
 伍長から渡された一通の手紙‥‥少年が最初で最後に宛てた手紙だった。シアンの机の上から持ってきたらしい。
 シアンは既に先発隊と共に現地へ行っているのだが被害状況を含め、まだ詳しい情報が来ない。
 優(ga8480)は今現在ある情報をもとに、到着後すぐに行動できるよう入念な準備を行っていた。
 黒瀬 レオ(gb9668)は手紙を読み終え、少年の生死を気にかける。
 しかし、レオが気にかけているのはそれだけではない。ちらとムーグ・リード(gc0402)のほうを伺うと、ムーグもそれに気づいて頷いた。
――先程から黙って座っているアレックス(gb3735)の事。
 静かにしているが彼の心はとうに穏やかではなく、激しい怒りが渦巻いていた。
 キメラによって故郷の村と家族を失った彼。少年と自分の過去を重ねているのだろうか?
 今でこそ新しい『家族』とも呼べる仲間たちと暮らしているが――
(「そォだよな‥‥赦せる訳ねェよなァ‥‥」)
 顔の前で組んだ指。指先が白くなる位に力が込められているというのに微動だにせず、アレックスは決意を固めて、前を見据えていた。

●非情なる現実

「状況は!?」
 村の中ではシアンが険しい顔をし、無線を片手に指示を飛ばしていた。
 無線から聞こえてくる、部下の報告。今現在村には大きな被害が及んでいない事、しかし住居から避難をしていない者もいる事、そして‥‥
『被害に遭った少年。我々の兵舎の近くに出没していたあの少年です!』
 信じたくなかった報告。傷の具合を聞くよりも前に、迅速に被害者の状況も報告される。
 少年の右腕は肘から下を失い、脇腹から大腿部は大きく縦に切り裂かれ、止血はしたが既に大量の血液が小さな身体から失われていて――最早助からぬ傷だという。
 既に意識はなく傷はそれほど酷いのに、彼の身体はまだ生きようとしている。
「どうにもならんか」
『‥‥村の医師も、処置を懸命に施しています』
――だめなのか。俺は、約束を違えたばかりか彼を救う事もできなかったのか。
 報告に沈痛な表情をしかけて、ぐっと堪えるシアン。
 ここでは自分の指示を待つ部下がいる。それに、少年の願いを裏切らないために。応えるために、自分だけは絶対に諦めてはいけないのだ。
「引き続き出来る限りの処置続行。その他の者は、救護とキメラの牽制。村と住民への被害は最低限に抑えろ!」
 頼んだぞ、と心で呟いてから無線を切り、村の奥へ向かって走った‥‥が、進行方向にはキメラが立ちふさがっている。
 槍を構え、低く姿勢を取って覚醒するシアン。
 丁度後方から、能力者達がやってきたのだった。

●悲しみと希望

「中尉!」
 村に到着し、キメラを睨みつけているシアンへ呼びかけるリゼット・ランドルフ(ga5171)。
 声は聞こえているがそちらには視線を投げず、キメラを見つめたまま『君たちはキメラの殲滅を最優先に頼む』と言ったシアン。
「大変な場所に、現れたものですね‥‥」
 金城 エンタ(ga4154)が状況を一瞥して眉を顰めつつ覚醒。仲間も次々に覚醒し、すぐに戦闘態勢に入った。
「相手がどうあれ、約束は守らないとな。嘘つきにならないように全力で当たらせてもらうよ」
 桂木穣治(gb5595)の言葉に、仲間もシアンも頷いた。
「レオ‥‥さん、アレックス、ニ、注意、デス」
 大きな体を屈め、改めて思いをレオに耳打ちしたムーグ。
「‥‥依頼、ニ、向かウ、アレックス、ノ、様子、ガ、オカシ、カッタ、ノデ」
 聞き取れるのだが喋るのは苦手で片言のムーグ。様子がおかしかったので心配だという。
 レオはムーグの腕を軽く叩きながら大丈夫だよと告げる。
 彼らの前方には赤とオレンジの炎模様が描かれているAU‐KVパイドロスをバイクモードにし、アレックスがそれに跨っている。
「ムーグさんも僕もそこに気付いているなら、絶対大丈夫。アレックスは何があっても護るよ」
「ハイ」
 アレックスへと駆けて行くレオに小さな笑みで返すムーグ。
 アクセルを吹かし、赤と黒の炎帝は悪しきものを焼きつくすかのように飛び出した。
「‥‥と、っわ! 飛ばし過ぎ注意ー!」
 そう言いながらも、炎舞を握って敵を見据える深紅の瞳には揺らぎも迷いもない。
 時を同じくして、梶原 暁彦(ga5332)はシアンへと行動を伝え、軍人は了解と返す。
 パイドロスが飛び出していき、それを確認した暁彦はバロックを引き抜いて低く呟いた。
「作戦を開始する」
 サングラス越しで暁彦の眼が赤く光り、キメラへ向かって射撃。
 それを開始の撃とし、鹿内 靖(gb9110)とムーグがキメラの注意を引き付けるため援護をする。
「‥‥牧羊犬、ミタイ、ナ、仕事、デス、ネ」
 プローンポジションで射撃能力を上げて、ガトリングガンを撃ちつつムーグが呟く。
 彼が言うように外敵から守る、という点では牧羊犬の仕事も似たようなものだろう。
 ムーグ達と離れた位置から、シンが敵の動きを抑えるように制圧射撃を見舞う。彼の射撃の合間を見計らって駆けて行く仲間たち。
「‥‥レオ、バイク、良い、ナ‥‥」
 発動していたプローンポジションを解除した後で。ムーグはバイクで遠ざかる二人を、羨ましそうに見つめていた。

「傭兵たちがキメラを誘導するため挟撃に入る。アルファ1、ブラヴォー3は助攻撃! その他はキメラが離れ次第住民の救出と避難を迅速に!」
 シアンが声を張り上げ、無線へ怒鳴るように告げる。
 了解の返事と共に、軍人数名が暁彦らの手助けをするべく同じように射撃。
 集中砲火によって狼キメラ(以下狼)たちは弾丸に身を曝し、暫しその場に足止めを余儀なくされた。
「く、装填時間が惜しい。もっと早くしなければ‥‥」
 仲間の射撃と被る事が無いよう気をつけながら再装填を行い、靖は重く呟く。
 しかし、ケルベロスキメラ(以下ケル)は狼を盾に、弾丸の被害もあまり受けず殺意の籠る瞳を自分に向かってくる者へと向けていた。
「‥‥しっかり掴まってろよ、レオ。一気に行く!」
 パイドロスの後部に乗ったレオへ、アレックスは声をかける。
 無言の肯定の後。レオの刀は狼キメラを斬りつけ、陰陽の炎帝より立ち上る炎は、箒星のように光跡を残しながらキメラのすぐ横を離脱。
 衝撃に腕が痺れたが、歯を食いしばってレオは炎舞を離すまいとしっかり握っていた。
 その後エンタが瞬天速を使用しながらケル達の側を移動。
 すれ違う前に狼たちの合間を縫ってケルへと発砲し、自分へと気を向けた後、瞬天速で瞬時に奥へと回り込んだ。
「犬ども! ホラ、こっちだ!」
 エンタが駆け抜けて行った後にはウェイケル・クスペリア(gb9006)がわざと囮になる事で自分へと敵の気を向ける。
 味方の支援射撃が足止めに功を奏し、その間にリゼット、優、最後に秘色(ga8202)がキメラの側を突破していき、回り込んだところで挟撃への移行は完了。
 レオが後部から降りると同時にアレックスはバイク形態を解除して装着し、エクスプロードを構えた。
 狼どもの状態は――無数の弾丸を浴びたせいか呼吸も荒く、体毛に血の斑模様を浮かせているが、まだ著しく弱っているといったふうではない。
 それどころか、怒りをその眼に滲ませて包囲網を睨んでいる。
 キメラを自分たちの方へ誘きよせるため、暁彦達がバロックを撃ちながら徐々に後退。穣治が練成弱体をキメラ達へとかけていく。
「さっすが、ムーグさん。いい銃捌き!」
 北側‥‥村の奥へと回り込んだレオがムーグに賞賛を送り、送られた彼もまた微かな笑みを向けた。
「なかなかに素早いが‥‥手数で押すぞえ!」
 秘色と同じく北側からエンタ達がキメラをじわじわと追う。注意を軍や住民へ向かせないようにと配慮し、ムーグも下がりつつ番天印に持ち替えた。
「オニい、サン、コチラ、デス‥‥」
 一文字違うだけで何故か可愛らしく聞こえるのだが、キメラにはそう感じないだろう。追い立てられ、徐々に村の手前側へと移動していくキメラ。
 それを見ていたUPC軍は住民を救助するため未避難区域だった場所へと走っていくと、救出した住民を村の奥へと誘導していく。
 狼やケルがそれを目ざとく見つけ、手に掛けようと狼が奥へと進路を動かしたところで‥‥
「誰がこっちに行って良いつったンだ? あァ!?」
 アレックスのランスが放った竜の咆哮が襲いかかり、ケルの奥へと押し戻された。
「そうだ。おまえらが来るのはこちらだ、よ」
 キメラを狙う靖の射撃。射線の邪魔にならぬようウェイケルは身を屈め、その頭上を行ったシンの制圧射撃がキメラ達を捉える。
 射撃が止むと少しずつウェイケルは南下していく。靖は先程までのような弾幕を張るための射撃ではなく、当てることを重視したやり方へと切り替えて狙いをつけ、撃つ。
「まだ、全ての人の避難が完了していないようなので、此方に注意を引き付けないといけませんね」
 優は後方をちらりと振りかえって、軍に誘導されて避難していく人々を見やると再び正面に向いた。
 前後からチクチクと攻撃をされているばかりではない。狼も牙を剥いて秘色へ疾走する。
 自分が狙われていると知った秘色は、刀で受けるため体当たりを食らう瞬間――自ら地を蹴って後方へ跳び、狼の身体を受け止めて威力を出来る限り殺す。
 既に仲間たちの標的となっている狼は着地と同時にリゼットから胴を斬りこまれて悲鳴を上げ、秘色は短く息を吐きつつ自分へ向かってきた狼へ、タン、と力強く踏み込みつつ、両断剣を利用して横薙ぎに斬り払う。
 威力の乗った攻撃を受け、狼は立ち上がれずに悲しげな声を出す。止めとばかりにエンタのバラキエルで撃ち抜かれ、狼は事切れた。
 キメラにも仲間意識があるのかは不明だが、その瞬間ケルの右頭部が大きく口を開けた。
 ケルの口中が微かに揺らめき、ちろりと赤い‥‥炎が見えるではないか!
「炎‥‥!? やつはまさか‥‥それを!?」
 シアンの声には動揺が伺える。そう、このままではケルの顔があるその先――炎が家屋に当たってしまう!
「不味い! そっちへ顔を向けるな!」
 靖が咄嗟に狙撃眼を使用してケルの顔を狙って狙撃。
「ギ‥‥!」
 長い鼻に当たって、ケルは防御反応から思わず口を閉じて顔を引いた。
「あの炎、厄介になる前に炎を吐けない状態にしてしまわなくては‥‥」
「当然だ。あんなモン吐こうとしやがって。ブッ倒してやる‥‥!」
 リゼットの言葉に、アレックスがやや語気も荒く同意してケルの喉元を狙ってランスを突き出す。
 しかし槍先がケルへ届く前に、狼が素早く駆けてくるとわが身を呈してケルを庇った。
 槍に貫かれながらも爪でアレックスを掻き切らんとばかりに前肢を伸ばし、眼を大きく見開く狼はガリガリと槍を爪で引っ掻く。
 アレックスには届かないが、狼の必死な形相もまた彼の気に障ったようだ。勢い良く地に狼を叩きつけ、アレックスの黄金の瞳は憎悪を滾らせる。
 やはり彼の様子がいつもと違う――そう感じつつも静かに見つめるレオとムーグ。
 それを見つめていたシアンにも危機を回避できたことに対しての安堵があったのもつかの間、無線には救護班からの連絡があった。
『傭兵の陽動のお陰で住民を次々に救出、避難をさせています。しかし被害者の少年、これ以上は――』
「生きているなら! 処置をしている者が諦めるな!! 継続しろ!」
 急に大声を出したシアンに、何事かとそちらを振り向いたリゼットと穣治。
 苦悩を伺わせる表情。詳しい内容は判らないが‥‥きっと被害者の少年ではないかと朧げに感じた。
 処置の継続をと告げたシアンでさえ、これが自分のエゴか当然の処置なのかすら判断がつかず、様々な感情が入り混じってしまう。
 道を塞ぐこのキメラさえ駆除できれば大きな病院に搬送できる。間近に迫った死は転じて生の奇跡へと繋がるかもしれないのだ。
「気を引き締めよ。キメラでさえ自らの命を捨ててまで護るものがあるように――わしらにも護るものがあるゆえの」
 血に塗れた狼を見つめ、秘色はぽつりと言ったが‥‥それはまさに彼らの心情を代弁するものであった。
「そう。ここからが本番だ」
 シンがシエルクラインを『Seele』と彫られたEガンに持ち替え、その瞳は獣たちを捉える。
「村へ被害が及ぶ前に‥‥一刻も早く倒してしまおうじゃないか」
 穣治もログジエルの盾を握り直して誓いのように呟いた。
 槍に突かれた狼はよろよろと起き上がったが、もう先程のような機敏さは感じられない。
 レオとアレックスが連携して攻め、シンが弾丸の嵐を見舞い、ウェイケルは追ってくる狼の牙をひらりと躱し。
 誘きよせられた狼めがけてムーグと暁彦の射撃が遅いかかってくる。狼たちはなす術もなく打ちのめされていた。
 じりじりと後退させられ、自身を守る最後の狼が倒れた所で――ケルの頭部全てが大きく口を開く。
「この‥‥!!」
 正面に走り込んだ優が二連撃とソニックブームを併用して頭部を狙って攻撃を仕掛けるが、怒りか意地なのか、奴はまだ止めなかった。
 家屋めがけてケルの口から灼熱の炎が飛び出す。リゼットとウェイケルがソニックブームを撃ったが、まだ一つ残っていた。
「させるかッ‥‥!!」
 目標となっている建物の前に疾走したアレックスは、両腕を広げて己の身体で迫った火球を受け止めた。
「アレックス!!」
 同じ小隊の仲間‥‥家族の声が聞こえたが、歯を食いしばっている彼は言葉を返さない。
 身体を駆け抜ける痛みと熱さを感じると同時に視界が一瞬赤く染まる。だが彼は悲鳴一つあげず、膝をつかず耐えていた。
 絶対に、護る。自分の故郷と同じにはさせない、という心にある強い感情が、痛みなどに屈さず彼を奮い立たせているのだ。
「どうした、その程度の炎かよ‥‥!」
 すぐに穣治の練成治療が飛び、アレックスは軽く手を上げて治療に対して礼をすると後方を確認。建物は無事。
「‥‥何、余所見してやがる。手前ェらの相手は俺達だろうが」
 憎悪と共に吐き捨てると、ランスを握り直してケルベロスに向かっていく。
 村の手前にも十分に引き寄せたため、住民の避難は完了。その報告を聞くとシアンは短く了承の返事と本当に逃げ遅れたものがいないかもう一度確認させる。
 少年はまだ大丈夫なのだろうか。そう思っていたシアンへ、エンタが声をかけてきた。
「力みすぎではありませんか‥‥? もし何かあるのでしたら‥‥持ち場、代わりましょうか‥‥?」
 肩に余分な力が入っていそうだ、と先程から見ていた彼は、そう進言してくれた。
 シアンは無用だと言って、きっぱりと拒否した。
「申し出は非常に有難いが、己の仕事を放り出していくわけにはいかない‥‥だから、早く終わらせるために加勢する」
 もうケルを護るものはいない。エンタも軍人の言葉に分かりましたと告げて、三つ首の黒獣へと共に駆けた。
 リゼットは機動力を削ぐ為、肢を中心に狙う。
 もう誘導をしなくても構わなくなった暁彦はシュナイザーに持ち替えてケルへ近づいてスキルを使用し、流し斬りの遠心力をたっぷり乗せた攻撃を見舞う。短く息を吐き出し、苦しげに揺れた頭を狙う秘色。
 両断剣を使用し、一つ一つ確実に斬り落とす為集中的に攻撃をしていた。
 優の流し斬りが幾度も叩き込まれる中、ケルもただやられるだけではない。爪や体当たり、鋭い牙で能力者達に襲いかかる。
 傷ついた仲間を激励し、自らも傷つきながら治療を飛ばす穣治。
 レオは極力ケルが逃げたり回避できぬように立ちまわって動線を封じ、シンは二丁でケルの頭部へと二連射を連続で撃ちこみ、吸い込まれるようにケルへと当たる。
「グォルルルッ!」
 怒りを込めた雄叫びをあげているケルの頭部。その一つをリゼットがスキルを込め、渾身の力で斬り落とした。
「キメラは弱ってきているようですから、あと少しです!」
 優はケルの様子を見逃さず、月詠と凄皇を振るっていく。
 痛みにのたうつケルを、ムーグが番天印で連続して射撃する。煩瑣に感情を刺激されたケルが牙を向けると、胴をレオとエンタが斬りつけてくる。
 唸りながら爪を横薙ぎに振るうが、エンタもレオも軽々と避けた。
「残念、僕はハズレの方」
 大振りになり、ガラ空き状態のケル。にやりと意地悪くレオが笑う。その視線は――キメラの真横近くの人物に注がれていた。
「‥‥アレックス!」
 彼の感情を示すかのように身体から金色のオーラが大きく揺らめき、レオの合図を受けたアレックスは、刮目し瞬時に攻撃を加える。

「肉片も残さねェ! 極炎の七連撃(セブンス・フレイム・ストライク)ッ!」
 アレックスは流星のように速く、燃え盛る炎のように荒々しく――持てる力の全てをそこに叩き込む大技を繰り出した。
 ケルは斬り裂かれ、インパクトの衝撃に身を震わせながら肢を折り、巨躯や口腔から大量の血を吐き散らし、能力者達を睨みつけた後に‥‥絶命。
 それを確認した穣治も小さく安堵の息を洩らし、キメラとはいえ動物に対しての罪悪感から悲しげな表情をするムーグ。
 現れたキメラ全ての死を確認し、彼らの任務はこれで完了。
 その場で大きく息をついていたアレックスは、ドサリと倒れ込んだ。
 大の字になっている彼を慌てて抱き起こすレオ。
「‥‥もう動けねぇ」
 『護る』事を達成した赤髪の炎帝は、苦笑いの中にも満足したような表情を見せていた。

●ありがとう

 キメラが片付くとUPCは事後処理と被害状況を確認するため動き、優と穣治はその手伝いに回っている。
 能力者達に早急な対処ができたと礼を述べたシアンの前に暁彦が進み出て、『依頼主である少年の見舞いに行くといい』と提案した。リゼットもそれには同意する。
「中尉、急いで。まだ間に合います」
「そういえば無線で言ってたのって‥‥依頼主の少年の事ですか?」
 エンタが遠慮がちに訊ねると、シアンはしばしの沈黙の後頷いた。
「‥‥まだ辛うじて生きているが、かなり危ない状況だ。早く搬送しなければならない」
 ぐっと拳を握ったシアンの無線に、また報告が入った。
『中尉! 少年が、かすかに意識を! 朦朧としておりますので此方の声は聞こえていないようですが、手紙がどうとか――』
 それを聞いたシアンはすぐに少年がいるであろうほうへと疾走し、能力者たちもその後を追う。
 小さい家のドアを勢い良く開いて中に入る。室内には血の匂いが立ちこめ、処々血が付着したベッドの上には‥‥あの少年が真っ白な顔で横たわっていた。本当に微かながら、小さな胸が上下している。
 これは自分たちが義務を怠った結果が、罪もない少年へ振りかかった事なのだと――彼が負った傷の凄惨さに顔を歪めたシアン。
 靖も苦しそうな表情で少年を見つめていた。
「お兄‥‥ちゃ‥‥ん、てが、み‥‥」
 蚊の鳴くような声で、少年は途切れ途切れに言葉を発する。すぐに駆け付けたシアンの顔も見えないようだ。
「みん、な‥‥を、たすけて‥‥?」
 自分と同じくらいの少年を見つめながら、『なあ、中尉』とウェイケルは感情を抑えて告げた。
「当たり前の反省は言うまでもねーだろうから、あたしはしらねぇ。‥‥そんな事より、嘘でも体裁でも下手な芝居でも、何でもいい。だから、報告してやれよ。依頼にあった通り、ばけものはたいじした、ってさ」
 純粋な感情を大人の嘲笑で踏みにじられた少年。助けも大人に委ねるしかなかったのだ‥‥結果自分を犠牲にしてでも。
 下手でもいい。この子のために、信じたと言ってほしい――‥‥そうウェイケルは吐露するのだが、シアンにはそれはできなかった。
 彼は全てを賭して自分たちに伝えた。信じたというならば、もっと早くに動けたのだ。
 だから、信じた、なんて。言ってほしいと望まれていても、災いを担った自分たち軍が使ってはいけない。
『任務は完了し、皆も大丈夫だ』と苦しげに言ったシアンの声は既に届いていないらしい。少年は助けてと擦れた声で告げている。
 そこへ、レオの手が少年へと伸びた。
「よく、がんばったね」
 伸ばされた手は少年の冷たい額へ添えられ、優しく撫でる。そっと額に添えられた掌を感じたからか、少年は小さく安堵の息を漏らす。
 やるせない気持ちのまま少年の傍らで膝をつき、うな垂れるシアン。
「‥‥すまなかった‥‥きみは、嘘つきなんかではない。真に村を守ったのは、きみなんだ‥‥」

 もう、彼には聞こえないと言うのに。

 それでも。聞こえていたかのように少年は微かに笑った。

「よか‥‥た。僕、うそ‥‥ツき、じゃ‥‥な、った‥‥」
 思わず顔を上げて少年の表情を見つめるシアン。少年は微笑んだまま、唇を開いて何かを言う。それは二度と言葉にはならず、されど彼らの心に長く残るであろう行動。
 そのまま小さな英雄は、永遠の眠りについた。

 遺体を静かに運んでいく兵士を見送りながら、リゼットはそっと目元を拭う。
 ここに居る誰しも人が亡くなったのを見たのはこれが初めてではないだろう。
 それでも――やはり、いつになっても慣れるものではなく、痛みは、悲しみはやってくる。
「悔いる時間も大切だが、次の被害者を出さない為に。どんな通報内容でも一応は捜査した方が良い」
 そう告げると暁彦はサングラスごしに担架を見送る。
「人が足りないならば、傭兵に頼んでしまったらどうか‥‥?」
 そのために自分たちが居るのだから。
 シアンからは何も返事が無い。無視しているわけでも、感傷にふけっているわけでもないようなので、暁彦は無言の肯定と解釈し、それ以上何もいわなかった。
「‥‥のう、シアンよ」
 秘色が進み出て、シアンの横へと並ぶ。彼は担架を見つめたまま微動だにしない。
「経緯はよく知らぬがの‥‥何ぞ思いつめておるなれば、やり直せる事じゃったらやり直せ。侘びて同じ事を繰り返さぬよう。やり直せぬなら‥‥」
 コツンとシアンの心臓位置に拳をあて、彼女の黒瞳はまっすぐにシアンを映した。
「――此処に忘れぬよう刻み、背負うがよい」 
 シアンの眼も自分の胸元へ動き、略綬ごしに当てられた拳を見つめる。
「‥‥君は、強いな」
 ありがとう――シアンはその拳を上からそっと握って、離す。
「当然じゃ。女こそこういう場合は強いわい」
 な? と、ウェイケルとリゼットと優に笑いかけた秘色。
 三人とも、それぞれ切なそうな表情を浮かべていたが‥‥小さく、頷いた。

●新たに誓う。

 少年の家の前へ、そっと花を置くリゼット。
 数日もすれば少年の墓標も出来るだろうが、すぐにでも少年へと手向けて祈りを捧げたい。
「彼に対する誠意として。自分自身の心に誓う。もう二度とこのような被害がないようにと」
 祈りを捧げていたシアンはそう呟き、くるりと踵を返したところでエンタに呼び止められる。
 彼が差し出したのは――小切手。
「これ‥‥一部お返しします。ですから‥‥彼が渡した小銭を一枚、僕にください」
 先程渡した報酬分の一部を返却してきた。何故かと理由を問うと、彼はその眼に真摯さを乗せてはっきりと答える。
「僕も、もう一度誓いなおしたいんです‥‥『守りたい人々の為に、戦う』という、昔の‥‥誓いを」
 その誓いを風化させてしまう事が無いように。あの少年の勇気に敬意を持って。
 頷いたシアンはポケットショルダーから、少年から預かった依頼料の一枚をエンタの掌へ置いて、小切手も受け取らずに握らせる。
「これは俺が払う依頼料だ。この先あの世で彼に会う事があって、彼が出世していたら考えるよ」
「泣いてもいいんだぞ?」
 そんなシアンの肩を軽く叩いて、穣治が今日じゃなくてもいいからそのうち飲みにでも行こうと告げると、シアンは頷く。
「酔った時にそうなったら後は頼む」
 どうせ酔わないだろ、と言った穣治のほうが。子を持つ身の上からか切なげな顔をしていた。

 そんなやりとりをやや離れた場所から見守りながら、レオはアレックスと、側に立っているムーグに言った。
「あの少年は誰にも信用されないわけじゃなかった‥‥最後にシアンさんが信じたんだ。だから僕たちが此処にいるんだよね。うそつきなんかじゃないって、皆知ってるから」
「言葉、デモ、感情デモ‥‥解消、出来ナイ事は、アリ。マス」
 故郷を失ったアレックスの事。少年を護れなかったと悔いているであろうシアンの事。ここにいるそれぞれが、それぞれの理由を持って。感情を持って佇んでいる。
 ムーグは、それきり黙祷して。暫し祈りを少年に捧げた。