タイトル:とある軍人の苦悩マスター:藤城 とーま

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/02/28 22:15

●オープニング本文


「‥‥中尉。どうしてアイルランドには、妖精が出るって看板が立ってるんですか」
「本当に出るからだ」
 いとも簡単に返事をする上官‥‥シアン・マクニール中尉に、ユキタケ伍長は彼の癖を真似たわけではないにしろ眉を寄せた。
 それを見たシアンも『日本だってザシキワラシだとかツチノコとかいるだろう』と普通に言ってくる。
「非現実的です。そんなもの、特番でやってましたが一度だって撮影に成功! ていうの見た事ありませんよ」
 だいたい中尉は見たことがあるんですか? と、もっともなご意見を突き付けてくる。
「ない。自分で経験した事が無いものは信じるな、と言うのなら‥‥いろいろなものを否定することになるぞ」
 そういえば伍長は信仰というものもさほど重要視されない国の人だったか。そう考えたシアンに、伍長は『理解できない事‥‥』と小さく言った。
「そうですね‥‥僕は中尉達のようにエミタの能力はありませんから、そういった点でも理解や共有の範疇に相違があるなと思います」
「――伍長、それは‥‥」
 どういう意味だ。そう睨みつけようとしたシアンは、思わずその言葉を飲み込んだ。
 伍長の表情は辛そうだったからだ。同時に、どうにもできないという苛立ちが含まれている。
「力が無いと‥‥僕らは‥‥、手も足も出ずに歯がゆい時もあります。足止めにもなれない場合が多いですから」
 故郷がバグアに襲われても、逃げるだけしかできなかった。
 兵器で攻撃をしても、キメラたちのフォースフィールドによって阻まれる。
 大きな争いは、こうしている間にも世界各国で起こっているのだ。
 能力者の適性が無かった伍長には、無力だと自分を責めてしまったり、強く思う事が多いのだろう。
 色々な感情がない交ぜになって、シアンも伍長も何を言っていいか分からない。
「俺達の力は、君にとってどう映る」
 ようやく重い唇を開いたシアン。ユキタケは何も言わず、視線を逸らす。
「能力者を、き――」
 嫌いか。そう聞こうとした矢先。シアンの卓上の電話が鳴った。
「‥‥マクニールだ」
 いつもは煩わしく感じる電話も、今回ばかりは何だか有難いような気持ちで受話器を取る。
 電話の内容は、アイルランド某所にてキメラらしきものが現れた、とのことだ。
 すぐに準備して向かうと言い、電話を切ったシアンは席を立つ。

「伍長。どう思われても俺たちだって『君らと同じ』人間だ。覚醒状態とて大まかに言えば‥‥普段眠っている力が、エミタによって引き出されるようなものに過ぎん」
 ジャケットを羽織り、愛用の銃をホルスターにねじ込んで、シアンは伍長の側をすり抜けてドアを開けた。
「――ただ、能力(ちから)を望んで、喜んで手にした者ばかりだと思わないでくれ‥‥それこそ、侮辱だ。俺にとっても、共に駆けてくれる『彼ら』にとっても。‥‥いいか、二度と口にするな。次は殴り倒す」

 やや乱暴にドアを閉め、シアンは去っていく。
 廊下に響く靴音を聞きながら、ユキタケは拳を握る。

――僕だって、能力者に憧れているから、頼りにしているから‥‥力になりたいと思っている。

 その半面、羨望や妬みのような感情は確かに混じり合っているのも解っている。
(「僕は、まだ未熟だから割り切れずそう感じるんだろうか」)

 まだ年若い軍人は、悲しそうな表情を浮かべた後――いつもにように、自分の持ち場に戻ったのだった。 


●能力者は大変だよ

(「‥‥これを?」)
 依頼書に目を通したシアンは、思わず嫌悪に顔をしかめる。
 内容はキメラの退治とあるが、種類が不快だ。
「殺虫剤でも散布してくれ、こんなもの‥‥!」
 悪態をつきながら、ブリーフィングルームの卓上に資料を投げた。
(「こんな嫌な仕事も、能力者には回ってくるんだぞ、伍長‥‥」)
 低次元だが。と、重い溜息をついて。彼は集まった能力者達に言った。
「‥‥今回の依頼は、説明を省く。各自資料に目を通して、理解を頼む」

●参加者一覧

篠崎 美影(ga2512
23歳・♀・ER
リゼット・ランドルフ(ga5171
19歳・♀・FT
秘色(ga8202
28歳・♀・AA
神撫(gb0167
27歳・♂・AA
桂木菜摘(gb5985
10歳・♀・FC
天城・アリス(gb6830
10歳・♀・DF
レベッカ・リード(gb9530
13歳・♀・SF
美沙・レイン(gb9833
23歳・♀・SN

●リプレイ本文

●意外と分かりやすい。

「サイエンティストの篠崎美影です。宜しくお願いしますね」
 篠崎 美影(ga2512)の挨拶から各々自己紹介を簡単に行い、班ごとに分かれる。
「虫退治ねぇ‥‥まぁキメラだから俺たちにお鉢が回るのも判るが‥‥軍人の仕事か、これ?」
 横に並んだ神撫(gb0167)が、どうおもう中尉? と問うような眼差しを向けてくる。
「キメラが出たら連絡をくれ、と軍に言っているせいだろう。それに様々な脅威から国を‥‥いや、世界を護るという点では、これも同じ『仕事』だ」
 今回、相手が虫だっただけだ。そう口にしながら、シアンはその場に居る能力者達を見つめた。
「ああ‥‥本当に、『蟲』なんて口に出すのもおぞましいわ!」
「ふ‥‥娘御なぞはこの手のものが苦手なのじゃろうな。しかし、わしは全く平気じゃがの!」
 美沙・レイン(gb9833)が嫌悪をむき出しにする一方、秘色(ga8202)はあっけらかんとした様子で笑い飛ばす。
「じゃあ、虫さんの罠を作るですよー」
 桂木菜摘(gb5985)がにこりと微笑み、神撫と共に大きな段ボールを手にしている。
 蟲キメラを誘きよせ、閉じ込めるため段ボールを切ったり貼ったりしている天城・アリス(gb6830)。トリモチまで調達してきたらしい。
 駆除という気持ちの良くない依頼にもかかわらず、こうして下準備をしている間は皆の表情も柔らかい。
 そのどこか微笑ましささえある姿を見ながら、シアンはつい先ほど行っていた兵舎でのやり取りをぼんやりと思い出す。
 伍長は適性が無いから役に立てないと言う。だが、そんな事は絶対にない。適性があっても、身体能力以外の個人能力があがるというわけではないのに。
「‥‥ねぇ中尉、仕事でなにかあった?」
 レベッカ・リード(gb9530)の声に、しばし物思いに沈んでいた意識を引き戻す。
 すぐ目の前には、じっと自分を見上げているレベッカがいる。
「‥‥いや? 大丈夫だ。なぜそう思う?」
「なんだかいつもより溜息が重い気がするけど」
 知らないうちに出ていたのだろうか。もっと気を引き締めろと自分を叱咤し、『虫相手だから気も重くなるだろう?』と適当な事を言ってレベッカの横をすり抜ける。
「‥‥事情は知らないけど、あんまり思いつめない方がいいよ?」
 レベッカの言葉に、シアンは驚きのあまり一瞬立ち止まった。簡単にウソまで見透かされている。これが女性の勘というものだろうか、などと考えてシアンは苦笑いした。
「――ありがとう。善処する」
 もう任務先だ。自分個人の感情は後で幾らでも浸ればいい。
 きゅっと顔を引き締め、先ほどよりも冷たさを宿した表情で彼は罠が出来るまで、時折倉庫の様子を窺いながら武器の手入れをしていた。

●倉庫内作業

 出来上がった巨大罠へ、仕上げとしてエサや熱源のカイロ、湯たんぽなどを設置する。
 レインがバレンタインチョコレートの余りを入れた時、神撫の視線が釘付けになっていた。
「‥‥そういえば中尉はバレンタインどうだったの? 結構もらえたんじゃない?」
 急に話を振ってくるので、シアンは言葉に詰まったが‥‥
「貰えなかったわけではない、とだけ答えよう」
 と言った。君こそどうだったんだ、と聞きたいところだったが、女性ばかりのこの中で聞くのはどうかと思い直して口を噤んだ。
「念の為に言って置きますけれど、私は既婚者ですからね」
 美影がそう言えば、
「そうか。LHには既婚者も当然多かったな」
 とシアンも神撫も思い出したように言った。
 そういえば、珍しい事にこの依頼に応じてくれた能力者の男性は神撫のみ。女性の方が嫌がると思いきや、まさかの結果である。
「虫さん、うまく入ってくれるといいですねっ♪」
 菜摘の笑顔が、皆の心に温かさを与えてくれる。笑顔で各自それに応えると、武器を手にしたシアンがそっと倉庫のドアに手をかける。
「‥‥脚があるなら、大丈夫、だいじょーぶ‥‥問題なし‥‥」
 と、ランタンを握りしめながらブツブツ呪文のように唱えているリゼット・ランドルフ(ga5171)。
 それを尻目に、神撫がシアンにそっと耳打ちした。
「――悪いが中尉には子供たちの支援してもらってもいいかな? いくら傭兵してるとはいえ、子供には怪我させたくないし」
「承知。俺もそう思っていた」
 彼女たちも自らの意思で参加しているにせよ、か弱きものを守るのは男の役目と快諾するシアンに、神撫は小さく顔を綻ばせて、前を向く。
「各自態勢は整えたな? ‥‥開けるぞ!」
 扉を勢い良く開けて、シアンと神撫が突入する。

 がらんどうの倉庫内、物音に驚いて蠢く巨大な物体が前方にある。
 苦手な方はお気を付け下さい、と言っている暇などない。
 巨大な物体以外にもカササ、と、なんとも形容しがたい‥‥高速で床を叩くあの音が能力者達の耳にも幾重にも届いていた。
「うわ‥‥なんでこんなキメラ‥‥」
 心底嫌そうに顔を歪めるレベッカ。報告官もその疑問と嫌悪は今ひしと感じている。
「まぁ精々気張ろうではないか、ん?」
 腰に懐中電灯をさし、こうものんびり構えている秘色。
 良く見れば、アリスもランタンを掲げながら『いろんなキメラがいるのですね』と平然と言っていた。
「‥‥一刻も早く全滅させるわよ。この世で最も生きる価値の無いキメラなのだから‥‥」
 新品のアサルトライフルを強く握りしめ、レインはすぐに覚醒した。まさか初使用がこんな虫キメラだなどと思わなかっただろう。
「菜摘ちゃん、罠の設置前に虫が押し寄せてきたら下がるんだよ?」
「はいですっ! 少しずつなら頑張るのです」
 神撫が菜摘にそう告げると、笑顔でそれに応じる菜摘。
 リゼットがざっと内部を見て、安全と端の方や見えづらい位置を確認するとそこへランタンを持っていく。設置後、すぐ仲間と合流しコメツキムシ(以下コメ)に向かって銃を構えた。
 電波増幅をかけた後、近づいてくるコメをPBで攻撃するレベッカ。
「これで上手い具合に誘い出されてくれると良いんですけれど‥‥」
 銃声とコンクリートの床を叩く虫の足音が響く中。罠を配置するため、段ボールを中央部まで持っていく罠班と共に美影は嘆息する。
「流石に1mともなれば、結構デカいのう」
 体をゆらゆらと動かしながら、這い寄ってくるコメをまじまじと見つめて感想を漏らした秘色。
 コメの腿節部分を狙い、蛍火で流し斬りを繰り出す。硬い外骨格ではあったが、蛍火を振り切るようにして斬り離す。
 キメラも痛いらしく暴れたが、入口近くに位置するレインから追い打ちに射撃を受けた。
 銃弾に身を曝しながらも回避しようとしたのか高く飛び上がって――秘色を狙う。
「ほう‥‥こやつめ!」
 両断剣を使用し、刹那の爪を取り付けた靴を履いている彼女はやや下がって迎撃の準備を――するかと思いきや、十分に引きつけてから地を蹴った。
「せいやぁ!! 黙って当たられると思うたら、大間違いじゃ!」
 SAMよろしく空中のコメに向かって飛び蹴りをかます秘色。空中で蹴られ、当てた秘色も衝撃だけはどうにもならずに体勢を崩すが、着地はしっかりと行って立ち上がる。
 不幸にも蹴りを喰らって再び仰向けに着地してしまった1匹のコメは、起き上がれずにそのままウゴウゴと足を中空に動かし続けていたが、秘色の連続ヤクザキックにより倒れた。
 近くまでやってきた別コメはリゼットの流し斬りで床に倒され、罠を設置している途中のアリスから『警戒するように』と進言を受けたシアンは追撃に出ようとした菜摘を押しとどめた。
 不思議そうな顔をする菜摘。その途端、コメからバチンと大きな音がした。
 奴らは頭で地面を叩き、その反動で起き上がるのだ!
――通常ならば。
 飛び上がったまでは良かったが、そのままドスリと大きな音を立てて地面に落ちたコメは‥‥まだ仰向けのままだった。
「でかすぎて‥‥起き上がれないのか?」
「‥‥起き上がらないようね。それならそれで、いいけれど」
 でもやっぱり嫌な事には変わらない。レインが仰向けのコメを狙い撃つ。
 黄色っぽい体液を散らしながら、コメは起き上がろうともがき続ける。
 ようやく攻撃できた菜摘のイアリスとシアンの突きを喰らい活動を停止する。
 リゼットも体当たりをソニックブームで退けつつ、反撃の手を休めない。硬いには硬いがやはり蟲。不快なだけで予想通りさほど強くは無かった。
 ゲジが降ってこないかを天井を見て確認し、すぐに視線を罠を設置している仲間の手元と、自ら設置した罠に戻したアリス。
 彼女の視線を受けて、手伝っていた美影はこくりと頷いて立ち上がる。
「設置、終わりました!」
 言い終わるや、仲間に合流するべくすぐにその場を離れていく罠班。
 合流までの移動は正面を美影に任せ、中心にアリスと菜摘、そして殿を神撫が護る。
 皆が合流できたのはいいが、他にもまだ敵はいる。
 銀の髪を揺らしながら、超機械γで美影は寄ってくるコメを撃っていく
 皆がコメの対処をしているその間、アリスと神撫は端からゲジを罠に向かって追い立てるという作業を行っていた。
 ウニウニと長い触角を動かし、無数の脚をせわしなく動かして移動するゲジ。
 時折攻撃しようとするのか、くるりと反転してこちらへ向かってくる。
 しかし、アリスは普段と何も変わらず守鶴で平然とゲジを攻撃し、追いたてていた。
 カサカサ、ウニウニ。追い立てられていた8匹のゲジたちはゆっくり熱源反応のある罠へと歩み寄って、箱のフチを器用に上っていく。
 4匹が内部に入ったところで、もう2匹のゲジが段ボール罠のフチに脚をかけ‥‥注意深く触角を蠢かせつつ中に入る。
 触角や脚で段ボールを叩くように窺い、のそのそと登る様はハウスに帰っていくペットのようにも見える。まあこんなペット、いらないけれど。
 傷つけられ、追い立てられて行く間に『これは敵わない』と思ったのだろうか。素早くゲジが1匹天井へ登っていく。俺は自由になるんだ! ゲジにそんな気概が‥‥あるかは、わからないが。
「あっ、ゲジゲジっぽいキメラさんっ‥‥!」
「頭上警戒! 天井にゲジ発見!」
 菜摘と神撫の緊張が混じった声が響き、皆の背筋に冷たい物が流れた。
 射撃して落とそうかと一瞬でも思った皆の気も知らず、天井を爆走するゲジ。
「スナイパーである夫なら、こういったのは得意なんですけれど‥‥」
 若干不安そうな声で呟いた美影だったが、レインが問題ないわよ、と鋭覚狙撃を使用して憎きゲジを狙い‥‥アサルトライフルを発砲した。
 見事にその体を貫通し、力尽きたゲジは最後の抵抗とばかりに数歩進んだところで、地球の重力に全てを任せた。
 ポトリと落下したゲジ。それに大きく驚いたのは目の前に落ちてこられたレベッカである。
「ちょーッ!! こっち来るなぁ!!」
 逃げ腰で放つPB。オーバーキルされているゲジには既に聞こえていない。

「んー、さて。俺は援護に回ろうかな?」
 神撫は年若い少女たちの戦いと敵戦力を見て大丈夫だと感じたのだろう。支援に回ると言って下がり、床を這うゲジに薙刀を振るう。
 さくりとゲジの脚を切り裂き、慌てて逃げようとするゲジをアリスが捉えた。
「‥‥大方の虫は、罠に吸い込まれていったようですね。そろそろ仕留めてしまいましょうか」
 コメを全て倒しきったところで、美影が床を這う数匹のゲジを見つめながら提案。それに応じた仲間たちは武器を持ち変えた。
「ふふ、ふふふ‥‥消えなさい。跡形も無く、ね」
 レインが冷たい笑い声と共にトリガーを引く。途中でライフルは弾切れを起こしたがS−01に持ち替えて再び射撃。
 SMGが容赦なく弾丸をばら撒き、箱は穴だらけになっていく。
 箱の中のゲジにも当然銃弾は当たっている。箱と共に己の体が蜂の巣状態にされるしか彼らには術がない。
 あらかた撃ち尽くし、ようやく銃声の喝采が終わった頃には放っておいても死ぬであろう状態のゲジが3、4匹ばかり箱からゆっくり這い出してきた。
 それをさっくりと皆で打ち倒すと‥‥もう一度念入りに倉庫内を見てくれと能力者達に言い、キメラの死骸数を確認するシアン。
 箱の中のゲジに原形を留めていないものも幾つかあったが、倉庫内に他に生存しているキメラが居ない事と、依頼にあった数が一致していたため、殲滅任務完了、とした。

「皆、お疲れ様ね‥‥ええ、もうホントに疲れたわよ」
 死骸からはへんな緑だか黄色だかの体液が染み出しているのが気色悪く、なるべく箱のほうを見ないようにしてレインが声をかけた。
 とりあえず帰宅後に、部屋の掃除を念入りにしてお風呂に入ろうと決めたようだ。
「最低なキメラだったね‥‥早いとこ忘れよう‥‥」
 同じくレベッカもそちらを見ないようにとしつつ、記憶から忘却したいと重い溜息を言葉と共に示した。
「うむ、御苦労じゃったの。されど誰かがせねばならぬなら、進んでやる方が気も楽じゃろ?」
 微笑みを浮かべて秘色はそう言い、菜摘がそうですねと明るい笑顔を向ける。
「なっちゃんも頑張ったな」
「えへへ。ありがとうですよ!」
 神撫が菜摘の頭を撫でて労い、撫でられた菜摘も嬉しそうに微笑んだ。
 特に皆が怪我をする事もなかったのが僥倖であるとしたシアンだったが――秘色の『では片付けじゃ!』という声に驚いた。
「この有様を片づけるのなら、此方で清掃班を呼ぶのだが」
「掃除する者を待つ間、ぼーっとしているのかえ? 死骸を片づけるわけでもなし。この程度、人を待っている間に全て片づけられよう?」
 確かにそうだなと思った彼の返事を待つ前に、秘色とアリスはすぐに片付け始める。
 ゴミ袋片手に、迎えと清掃班を寄越してくれとシアンは告げ、電話を切った。
「そういえば、天城さんや秘色さんは虫が平気なんですか?」
 平然と戦っていましたね、と美影が言えば、秘色はカラカラと笑い、アリスは小首を傾げつつ
「私は山奥育ちでしたので、ああいうのは見慣れています」
 と言う。

 その数十分後。
 伍長と清掃班が事後処理にやってきて、作業を開始する。
 某ジェラシーな団体に所属している神撫から『クリスマスやバレンタインなどで暴れるのはほどほどにしておけ』と、全く説得力の無い忠告を貰った彼は苦笑いする。
 そうして皆が高速艇に乗り込んで帰ろうとしていた途中。伍長はシアンを呼び止め、『先程は失礼致しました』と言った。
「気にするな。慣れてる」
 それよりも後は頼む、と言ったシアンに、まだ伍長は何か言いたそうだったが‥‥敬礼し、作業に戻って行った。
 やはり感情が顔に出やすいらしい。高速艇の前でリゼットが、じっと彼を見ているのに気がついた。
「どうした?」
「いえ‥‥何かあったのかと」
「‥‥気にしなくていい。君らの耳に入れたくない事だ」
 そう言って高速艇に向かうシアンの背中を数秒見つめた後。リゼットも皆の後に続いたのだった。