タイトル:【BV】熱い想いを貴方へマスター:藤城 とーま

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 9 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/02/22 04:59

●オープニング本文


●ユキタケ、覚醒。

 2月14日。
 ついにこの日が来てしまった。
 この日に伍長が暴走するのを防止するため、シアン・マクニール(gz0296)中尉はそれとなく眼を光らせていたのだが――うっかりと昼食時にやらかしてしまったのだ。
 食堂で、カレーを注文したところ。食堂のおばさんが食事を食べに来た皆へチロルチョコを配っていたのだ。
「中尉さんはチョコを一杯貰えるだろうから、おばちゃん妬いちゃうねェ」
「なにを言ってるんだ。チョコよりも今は、レディが心をこめて作ったそのカレーが食いたい」
 と、いつものようにおばさんと軽い会話をしていた所で、すぐ後ろから雄叫びが聞こえた。
「『チョコよりも、カレーが食いたい(キリッ)』だってさ! ヘッ! 僕ァカレーよりも女の子が頬を染めながら渡してくれるあまーいチョコが喉から手が出る程欲しいですけど、そんな心配しないでいいですなァ中尉は! 甘い物が嫌いとか言うやつは、どうせチョコ貰いすぎたトラウマだけなんでショ!?」
「言っている意味がおかしいぞ、伍長‥‥チョコが嫌いというわけじゃない。チョコでは昼飯にならんだろう」
 シアンが溜息混じりにカレーを受け取ると、それをひったくる伍長。
「リア充なんか! 僕らの気持ち、わからないんだァァ!!」
 奪い取ったカレーに、醤油とソースをかけてかき混ぜる伍長。出来上がったそれをシアンのトレーに入れると、駆けだしていった。
「伍長!! カレーにもだが、変な事をするのは止めろ!」
 作ってくれた人の前で味を変えるとは食の冒涜である。とりあえず一口食べて顔をしかめる。が、それを掻きこんで水で流しこむと、口を拭って伍長の後を追って駆け出すシアン。
 が、伍長の姿を見つけることは出来なかった。
 そこで、事態を重く見たシアンは再びULTに友軍を要請したのである。


●TE再び

 LH某所。マンションの部屋前で談笑している二人の男。
 その前に立った伍長を怪訝そうに見つめた男は、口を開いた。
「‥‥単位は取れたか?」
「追試(2・1・4)」
 伍長の答えを聞いた男は、扉を開けて中へ促す。
 その室内には――どす黒い気に満ちていた。
「来ると思っていたぜ、兄弟」
 伍長の姿を見つめてニヤリと笑うチームエンヴィーの面々。
「クリスマスに邪魔は入ったが、今回そうはいきません。チョコレートで愛を確かめ合う、などという子供騙しなイベントに踊らされる者の根性を叩きのめしてやらなくちゃ」
 踊らされているのは彼らも同じなのだが、今回は気合も一層違うようだ。
 何しろ女の子がチョコをくれる。重要かつ、一年で一番カップルが量産される(かもしれない)イベントなのだ。
「前回はボッコボコにされたからな。同じ轍は二度踏まない学習をしてみた」
 チームリーダーである男が、クローゼットを開けると‥‥猫の着ぐるみが出てきた。
「リサーチによるとLHの住人は猫が好き。この間は人間の姿だったからすぐバレた。これを着て暴れれば、万が一バレても『なんだネコか。じゃあしょうがない』で済む!」
 どこのリサーチだか知らないが、これを本気で考えているのならお馬鹿さんである。
「しかも、援軍として『幸福バスターズ』も呼んである。奴らの漢チョップはハートチョコを粉砕するほど強烈だから、今回は成功するに違いない!」
 とてもいい笑顔を見せるTE。いそいそと猫の着ぐるみを装着し、端末から依頼を送信する。
「それじゃ、カップル撲滅‥‥じゃない、修正に、いってみよー!」
『おーー!!』

 軽いノリと裏腹に、猫の着ぐるみ集団は、その胸にふつふつと嫉妬を煮え立たせていた。

 文面はこうだ。

『バレンタインデーに踊らされる人は、お仕置きよ! チームエンヴィー』


●そりゃ困惑する。

「‥‥あれ? これ、いいのかな」
 依頼の情報に目を通した受付担当は、首を傾げた。
 普段ならばULTの依頼掲示板に来る前にはねられるレベルの妙な依頼に思えたのだ。しかも、これが唯一と言う訳ではない。
 そして、問題になるかどうかのライン引きは慎重に行われている気配があった。明らかに作為を感じる動きだ。
「どうしたんだろう。何か上で起きて‥‥あ、こんにちは。申し込みはこの任務ですね?」
 職員は内心で首を傾げつつ、今日も笑顔で職務を遂行するのであった。


※ これらの依頼は、依頼主の依頼を文字通りに成功しない方がULTの評価が高まる場合があります。

●参加者一覧

/ クラーク・エアハルト(ga4961) / リゼット・ランドルフ(ga5171) / 秋月 祐介(ga6378) / 百地・悠季(ga8270) / 守原有希(ga8582) / 白虎(ga9191) / 最上 憐 (gb0002) / 佐渡川 歩(gb4026) / 飲兵衛(gb8895

●リプレイ本文

 LH某所。
 マンションの一室では、出発寸前のチームエンヴィー(以下TE)がいた。
 猫の着ぐるみに身を包んだその姿を鏡で確認している。どことなく楽しんでいる雰囲気さえ伺える。
 こんな集団は、かえって目立つのではないだろうか?
 猫槍エノコロを手にし、街へ出かけようと扉を開けた一行。
「全然駄目です!! クリスマスに僕が行った完璧な変装すら見破られた以上、そんなコスプレに引っ掛かるわけがないでしょう!」
 突如、TEに年若そうな男の声で駄目出しの声が上がった。
「だっ、誰だ!?」
 TEに動揺が走った。周囲をきょろきょろと見渡すと‥‥マンションの廊下端。進路を阻む様にして現れた、メガネの少年‥‥佐渡川 歩(gb4026)だ。
 歩曰く『完璧な変装』は、残念な事に演技が壊滅的に下手だったせいでカップルに相手にされていなかった、と報告官の記録には残っている。
 ここがどうしてわかったのか、という質問すら忘れ、TEの面々は歩を見つめていた。
「何より、猫耳&尻尾コスが許されるのは美少女だけと決まっているんですっ!!」
 バアアーン! ‥‥という迫力音が聞こえてきそうな程、強く言い切る歩。これが若さというものか。
 いや俺はツンデレが。いいやメイドだろとざわめくTEのメンバーらへ、歩はずり下がってきた眼鏡の位置を直しながら応えた。
「大丈夫、僕に秘策あり! です」
 逆光に怪しく輝く瓶底眼鏡。その作戦が、彼の口より発せられた――

●悲劇のヒーロー?

 そして此方もまたLH某所にある公園。
 子供の頃誰もが憧れた秘密基地‥‥丈夫なんだか丈夫じゃないんだか判らないが、段ボール製の巨大な要塞が建っていた。
 その頂上にしっと団総帥である白虎(ga9191)が、猫耳メイド服姿で仁王立ちしている。
「バレンタインデーとは‥‥古代ローマ帝国にて司祭がリア充の巻き添えで処刑された日だ! こんな日を桃色イベントに設定したリア充どもは不謹慎ではないだろうか!」
 まったくもってその通りである。と納得させられるほど、白虎の演説はいつになく熱い。
 メイド服姿での演説なのは、彼の趣味かつ本気の度合いを測るバロメーターのようなもの‥‥ということにしておこう。
 歩の言う『猫耳尻尾は美少女のみ』ならば白虎もアウトになってしまう気がするのだが、彼はもともと女の子に見えるので『それはそれでアリ』という判定に覆ることだろう。
「今こそ我らの手で司祭の無念をはらすのだ!」
『ウヲオオーーー!』
 拳を高く突き出す白虎と嫉妬に燃える面々。
「リア充爆発しろー!!」
『爆発ーーー!』
 と、一人の嫉妬に燃える男が白虎の手元を凝視した。
 そう、彼の手に、忌むべきチョコレート‥‥よりによって、ハート型が握られているのだ!!!
(「総帥、まさか、お前‥‥!!」)
 一瞬高まる嫉妬の熱。が、イラッとする前に良く良く見ていただこう。いや、読んでいただきたい。
 彼の持っているチョコレート。良く見ればうっすらと真中に亀裂が入っている。そう、破損の跡が確認できる。
 理由を言えば、彼も気になる女の子からチョコレートを送られてきた、その名も『ぶっち義理チョコ』だ。
 決して幸福バスターズの面々が叩き割ったわけではない。
――つまり、どこぞの女の子はわざわざ叩き割ってまで白虎に送りつけてきたのだ。その気があってもなくても過激な行動である。
 好きな子から、割れたハートチョコを貰った。
 こんなチョコを貰ったら、男は全てを許してしまうか、全てを憎むしかないのである。
 流石しっとのプロフェッショナル。我々の期待を一身に担う白虎は、前者であるはずはなかった!!

「ちゃんとしたのが貰える人は良いよねぇ‥‥」
 一言一句、全てに悲しみと憎しみが感じられる。そう、これが彼を突き動かす力の源である。
 しかし『もらえないよりはマシだろ』と言ってしまった者が数分後、大木に褌一丁で逆さ吊りにされていた。
 技名、しっとハングドマン。と、勝手に名をつけさせていただいた。
 段ボールの要塞‥‥解る人には懐かしいフレーズを滲ませた『風雲しっと城』で、白虎はにやりと笑う。
「リア充どもめ、今日こそ思い知るがいい!」

●リア充の歴史がまた1ページ。

「またか‥‥懲りない奴らだ」
 他人に迷惑を掛ける行為を見逃すわけにはいかない、と参加したクラーク・エアハルト(ga4961)はショットガンに暴徒鎮圧用のゴム弾を装填する。
 やれやれ、と呆れつつもトレンチコートの内側へ木製の警棒と共に隠した。
「ふー‥‥ほんと懲りないわよねえ。気持ちは全然解らないけど」
 依頼書を熟読し、顔を上げた新婚ほやほやの百地・悠季(ga8270)が頬に手を当てて言う。
「なら今回も加担する勢力全てを薙ぎ払って、無に返してあげようかしら」
 TE。彼らが反省していないと言う事は良くわかった。うら若き人妻は『散々絞った挙句に大佐に引き渡して訓練所送りが良いかしらね』とさらりととんでもない事を言ってのける。
 それを聞いていたシアン。その状況を想像したのか眉根を寄せつつ重い溜息を吐くと、目の前で憤慨している男の様子を確認する。
「中尉、徹底的に潰しましょう! この時の為のスレイプニルです」
 人間誰しも記念日は大事にしたいものだ。2月14日が告白記念日の守原有希(ga8582)はそれを踏みにじられそうになっているのである。
 スレイプニルとは彼の屋台の名称。が、普通の屋台と侮る勿れというシロモノだ。
 武術の心得がある有希から『重ね当てを使ってやる』とまで言っているので、恐らく伍長といえど無事では済まされないだろう。
 一般人には発勁くらいで十分じゃないのか、とも思ったが、たまには伍長も痛い目に会うべきであると考えなおして口に出すのだけは控えた。
 その有希は商工会・警察・屋台各所に連絡を取って対TEへの情報網を巡らせている。
 しかしこちらは敵の詳細‥‥どこに出現するか、敵の総数、装備等何も解らないのである。
 クラークが先に動き、情報を入手した後に有希と共に敵を叩くため動く、という流れになったようだが‥‥
(「人の幸福を壊してまで、一体伍長は、TEは何を望むというのか」)
 シアンもまた革製のグローブをはめ直しつつ、事態の収拾にもあたらねばならないと強く感じていた。
 また多額の請求書がやって来なければいいのだが。とややズレた方向に思いを馳せていると。
「シアン中尉、また眉間に皺が寄っていますよ」
 リゼット・ランドルフ(ga5171)が、自分の眉間を指して苦笑いした。
 思わずシアンも額に手をやり、ぐいと上に押しながら口を開く。
「部下が問題を起こしてしまったらよりも――‥‥!?」
 突如、リゼットが彼の口に何かを放りこんだ! 何事かと口を押さえるシアンに、リゼットは後ずさりながら答える。
「ただのチョコです。日本だと今日は好きな人にチョコをあげる日なのでしょう?」
 まくし立てるように言った後、リゼットはTEをおびき出す為に頑張ってくると言い残して、脱兎の如き勢いで走り去って行った。
 走り去っていく背中を呆然と見送るシアン。暫し言われた台詞を反芻する。
 そのとき、いつまでボーっとしてんの、とばかりに悠季がシアンの背中を軽く叩き、気合とやる気を示す。
 次々に仲間たちはシアンの背中を冷やかしがてら叩き、戦地に赴く。 
「さあー、カップルの平和を守る為に頑張るわよ!」 
 目指すはTEと伍長の身柄確保である。
 口の中でほのかに甘いチョコを味わいながら、シアンも街に繰り出したのだった。

●しっと心の俳句No.2『嫉妬とは 与えるものだ 受け取るな』 詠み人しらず

 LHの様々な場所では、初々しいカップル、夫婦のような雰囲気さえ持っているカップル‥‥幸せそうな男女が目につく。
 やがて女の子が、チョコとおぼしきプレゼントを男の子に手渡したところで――
「今日は何の日かご存知ですか?」
 何故か真っ黒の服を着て、幸せに水をさすつもりで現れる歩。
「はァ? 何なのアンタ――」「そう! 今日は聖バレンタイン! 古代ローマで結婚を禁じられた兵士を密かに恋人と結婚させ、その為に処刑された聖ウァレンティヌスの日なのです!」
 額に手を乗せて上半身を大きく逸らし、なんと不憫な司祭! と大仰な落胆を見せる歩。すぐに彼らの手を取ると、まっすぐに見つめる。
「さあ、貴方達も恋人達の守護者聖ウァレンティヌスを悼み、喪に伏しましょう!」
 クリスマスの時よりも演技力があがっている気がしなくもない。
 しかし、いきなり現れた少年にこう言われても、はいそうですねと納得するわけがない。
「冗談じゃねーっつの。邪魔すん‥‥」「あなたたちがそうして手を取り合って堂々と歩けるのも、聖ウァレンティヌスの功績があったからこそです! 感謝の意を込めましょう!」
 歩も負けじと反論するが、カップルは従いそうにない。『ぎぶみー血世古例斗』と書いてある募金箱を見せても、面倒くさいような顔で睨まれるだけ。
「そうですか‥‥聖ウァレンティヌスの愛を理解しないカップルには、お仕置きが必要ですね」
 ニタリ顔でパチンと指を鳴らし、声高らかに歩が叫んだ。
「出番ですよ、幸福バスターズの皆さーん!」
 すると、歩の後方から同じような格好をした集団が飛びかかるように現れた!
 カップルの男を羽交い絞めにすると、女の子の持っていたチョコレートを奪う。
 ビリビリと包装紙を破ると、やはり出てきたのはチョコレートだった。
「俺たちの勘は正しかったぜ‥‥こんな危険なモンを持ち歩くんじゃネェっ! 悪・即・割!!」
 本人たちの目の前で、チョコを真っ二つに分断するという行動に出た極悪非道の幸福バスターズ。
 女の子はその場に泣き崩れ、男は怒り狂ったが――
「おっと待ちな。何を怒ってるんだ? これは天罰なんだよ! 聖ウァレンティヌスへ感謝をしない、驕り高ぶるカップルに対してな!」
 どうせ感謝をしていたとしても、TEや幸福バスターズ(以下KB)の取った行動は同じだと予想できるのだが、カップルはがくりとうな垂れる。
 それを遠巻きに見ていた他のカップル達。彼らと目を合わさないように急ぎ足で立ち去ろうとしている。
 勿論、そんな逃げ腰の敵を見逃すわけがない。歩が号令をかけ、バッと散っていくTEとKB。
 あちこちで悲鳴や怒号が聞こえる。
「もてない男を敵に回すと、怖いんですよ‥‥!」
 胸にチクリと痛みが走ったとしても、それに気づいてしまってはいけない。歩は邪笑しつつ、同じように活動している同志を思う。

 チョコを庇って逃げたらしいカップルの一人。路地裏に入って、追手が来ていないかときょろきょろ周囲を窺ったうえで――女性が男に羞じらいつつ差し出した。
 受け取ろうとしたその時である。
 べちゃ。
 手元で聞こえる水っぽい音。見れば、プレゼントの包装紙に赤い塗料が付着していた。
「ひぃぃっ、血だァっ!?」
 悲鳴を上げながらそれを投げ捨て、女を置き去りに男が逃げ出す。
 残された女は残されたチョコと、駆けだしていった男を交互に見ては、どうしていいか分からないといった表情で立ちすくんでいる。
 側にある3階建てビルの屋上からは、飲兵衛(gb8895)が感情の籠らない瞳をその女へ向けていた。
「まずは一つ、だな‥‥」
 彼が放ったのはペイント弾。赤い色は十分に効果があったようだ。
 次の獲物を探す為、飲兵衛は立ちあがると隠密潜行を使用して次の場所を目指し、目立たぬよう裏路地を歩きはじめる。
 と、そこに仲良く手をつないで歩く家族連れの姿があった。
 ツインテールの女の子が、年若い父親にハイ、と包み紙を手渡す。
「おとーさん、あげる〜。ママとえらんだんだよ!」
「はは、嬉しいな。ありがとう!」
「待てェ貴様ら! 何微笑ましく堂々と――」
 途端、TEの一人が現れて家族連れのチョコまで奪おうとするのを視界に捉えた。
「さすがにそれはタブーだぜ!」
 飲兵衛は素早く銃を構え、ペイント弾をTEの男にお見舞いする。
 吸い込まれるように顔面にヒットし、TEの男は『眼がぁ!』といいながら壁に手をつきながらふらふらと何処かに去っていく。
 その背中を見つめながら、心で詫びる飲兵衛。
(「俺はバカップルに対して嫌がらせをしたいだけだ。家族の団欒とか、そういうのは壊しちゃいけないものなんだよ」)
「――あ、ありがとう、ございました‥‥!」
「ありがとー、おにいちゃん!」
 何度も礼を言いながら立ち去る親子。無言のまま軽く手を振ってそれに応じ、飲兵衛も歩き出す。
 家族連れに対しては味方。バカップルに対しては敵。彼の中の『ルール』に従って行動したまでだったが、子供の笑顔は温かな気持ちをくれたようだった。

「‥‥ん。チョコが。私を。呼んでいる」
 最上 憐 (gb0002)が赤いケープを揺らしながらLHの繁華街を歩く。
 LH一のカレー好きである彼女は、カレーに酷い事をしたという風の噂を聞いて、その人物へ仕置きに来たのだが‥‥チョコを見ているうちに食べたくなってきたので、止むなく作戦を変更した。
 チョコの匂いが風に乗ってやってくるような錯覚すら呼び起こす。いや、彼女には匂いをかぎわけることが出来るのかもしれない。
 一般人と書いてモブ、とでもいうような顔でチョコを持っているカップルに近づく。
「‥‥ん。油断大敵。チョコは。頂いて。行く」
 目標射程圏内へ到達すると覚醒し、瞬天速で一気に接近、チョコを奪う。恐るべき手口だ。
 気付いた時には既に遅し。チョコの大半はすぐに開封され、憐の胃の中である。中には奪われた事さえ気づいていないカップルも多かった。
「‥‥ん。あっちから。チョコの。気配」
 おかわりを求め、幾度も繰り返していく。
「‥‥ん。チョコを。奪いに。来た。食べ放題」
 既に彼女にとってはチョコレートパラダイスと化した世界である。瞬天速を使用しながら、チョコレートをうまうまとパクついていた。

●命と食べ物は大事に

 当然あちらこちらでこの活動。にわかに騒がしくなったLH繁華街。
 不幸にも餌食となったカップルが落として行ったであろうひび割れチョコが硬い石畳に落ちていた。
 それを無言で拾い上げるクラーク。割れた破片同士をくっつけると『love you!』とホワイトチョコで書かれた文字も復元される。チョコを見つめるその眼に、抑えきれぬ怒りが満ちていた。
 唇を強く噛み、踵を返すとカップルが多く居そうな場所を重点的に探す。
「ヒャッハー! 殴られたくなかったら、そのチョコを寄越せやぁー!」
 すると、そこには謎の着ぐるみ猫(以下 T猫)がカップル(のチョコ)を襲っていた。もはや追剥である。
 どう見ても鎮圧すべき対象に違いない。クラークは隠密潜行を使用し彼らの死角に回り込むと、ショットガンを取り出しながら駆けた。
 足音に気付いたT猫が振り返ると、怒りの形相で自分を見据え、ショットガンのトリガーを引くクラークがいた。
 至近距離で放たれたゴム弾を何の準備もないまままともに食らい、数歩よろけて尻もちをついた。
「なんだあっ、テメエは!」
 尻もちをついたままT猫は激怒し両手をばたつかせるが、その手が不意に止まった。
「‥‥あ、あ‥‥テメエ、確かこの間の――!?」
 どうやら前回も参加していたらしいT猫。かえって好都合だ。怒気を滲ませクラークはゆっくりと近寄る。
「人の思いを踏みにじる様な行為も当然許せんが、チョコレートを粉々にすると言う行為自体が許せん‥‥!」
 すぐさま拘束し、尋問タイムとなった。クラークの忠告も聞かず、頑なに『ダチは裏切れねえ!』と言っていたT猫だが、
 いざ警告通りに『人目にはつかないけど、カップルの甘ったるい光景が嫌でも目に付く所』へ放置されると‥‥胸中を己の嫉妬で焦がさんばかりに色々なものを味わったのだろう。泣きながら白状し始めた。
 うおおーん、と野太い声で泣きだすT猫を見つめながら、クラークは携帯電話で有希に連絡を取った。
 
●遠い陽光

「この場所は‥‥ふむ、考慮しよう」
 TEや鎮圧側の行動などお構いなしに、ついでに仕事もそっちのけでデートスポットを下見中の秋月 祐介(ga6378)。
 もともと充実していた気がしなくもないが、晴れて彼もリア充の一員なのだ。しかしである。しっとの道から抜け出した彼がこの時期にブラついて、無事に帰還できるはずはなかった。
「秋月 祐介――とお見受けする」
 不意に後方からかかった声に、肩越しに振り向く祐介。そこには喪服姿の男たちと、猫の着ぐるみがいた。
「我々を裏切った罪。そして白昼堂々とデートの下見とは増々以て許しがたい。我々の怒りを受けるがいい!」
 エノコロを装備するTEら。祐介の冷ややかな感情を宿した眼が、眼鏡の下でスゥと細められた。
「それはひょっとして、ギャグでやってるのか?」
 ようやくかけられた言葉がそれである。TEはぴたりと動きを止めた。
 憐みを含む声色と視線。祐介はそのままなおも続ける。
「何というか‥‥その‥‥頭大丈夫? 姿勢が見えないんだが‥‥」
「うるさい! しっとに姿勢も何もあるか! 敵の目を欺くための装備に文句つけるな!」
 逆切れするTE。
――なんて、陳腐。
 つい鼻で笑った祐介。バトルブックをぱらりと開く。そこには書かれていない項目を読みあげた。
「欺く‥‥『巧みに相手を騙す』と、ある。つまり、君らには正面から撃ち破らんとする気概はないわけか。ではその装備も頷ける」
「なんだと!?」
「確実な殲滅戦に入るのでなければ、敵の意志を折る、そういうものだろう? なのに、それすら中途半端にやってどうなる?」
 君らにはその姿勢が無いのだよ。そう言った祐介に、反論できず低く呻くだけのTE。
「ボコされたくない? 甘い考えが通用すると思うな! 『何者かを打ち倒しに来た者は、何者かに打ち倒されなければならぬ』‥‥そうだろう?」
 ぱたん、とバトルブックを閉じて、祐介は彼らの表情を伺う。着ぐるみに隠されているので定かではないが、喪服姿からは躊躇がありありと見て取れた。
「君等から見えないんだよ。狂的なまでの『何か』が」
 それが無いのでは話にならない。と、デートの下見を再開するべく、その場を立ち去ろうとした祐介の背中へ、良く通る声がかけられた。
「――打ち倒されるべきものは常に存在する! 倒すものがあるからこそ、討ち取らんとするものが現れるんだ!」
 TE達の間から歩が姿を現し、白日の下にある祐介の姿を睨む。
「また君か。良く会うものだ‥‥」
 振り向かぬまま祐介は応え、ぎりり、と奥歯を噛みしめながら歩が羨望とも憎しみともつかぬ言葉を口にする。
「同じ眼鏡キャラのサイエンティストな癖にっ‥‥! 僕の目の前でリア充になり下がったあなたを! 許しはしない!」
「君に許してもらわずとも結構だよ。満ち足りた生活を送っている」
「人々を混沌に叩き込んでいた己の姿を忘れたんですか?! こうして活動している僕らをあざ笑うことなど出来やしない‥‥過去は消え去らない!」
 ビシッとメガネの少年は祐介を指し、力強く告げた。
「中途半端な気持ち? 断じて否! バレンタインに男が一人街を歩くなどという行動はできない。 形はどうあれ僕らは己の意思を貫いている! リア充に転向したあなたとは‥‥違うんだ!!」
 まあ、大きな相違は彼女が居るか居ないかという点だが。今見せ場らしいので黙っておこう。
 くるりと振り向いた祐介。その眼には喜びに似た光が宿っている。
「それだ!! それが見たかった!! 『あなたとわたしは違う』それが闘争の本質だ!」
 熱っぽい口調でそう語り、歩に向かってくいくいと掌を上に向けた手招きをする。
「だから謝罪もしない、許しも請わない。敬意を払って、倒すべき存在として、全力を以て打ち倒そう‥‥!!」
 その言葉を開戦と取った歩とTEは祐介に向かって雄叫びをあげつつ疾走する。
 TEを軽くあしらい、歩が到達するのを胸躍るように待ったが――

「んー。やっぱり、君じゃリーチ的に無理なんだよねー。ほら自分の方が脚も長いし」
 つい、と祐介が攻撃を避けて足払いをかけると、どしゃりと転ぶ歩。
「悪いが、君らに時間を費やす必然は最早ない。それじゃ、下見があるんで、また」
 遠くなっていく祐介の姿に、歩は地に伏せたまま『牛乳に相談だ!』と拳を握って石畳を叩いていた。

●いろいろ想定外

 先程から囮チョコをわざと見やすいように持って、大通りを歩くリゼット。
 それらしい人物はまだ見つからないが、無線でクラークが猫の着ぐるみ姿に扮したTEを発見したと言っていた。
(「猫の着ぐるみ‥‥」)
 ちょっと好奇心で胸が疼いた彼女の前に、まさにそんな格好の奴が居た。
 チョコは無ぇか! と、着ぐるみの奥に隠されたダークアイで探しまわっているのだろう。着ぐるみも暑いし、一人では危ないのに良くやるものだ。
 間近で着ぐるみを見たリゼットは意を決す。
「うう、かわいいです‥‥!」
 そっと近づき、モフモフモフモフ。我慢できずに猫をモフりだした。
「うわー!?」
 くぐもった悲鳴が聞こえ、わたわたするT猫。バッとリゼットの手を振り払って彼女の姿を見ると、動きが止まる。
「‥‥あ、っと‥‥」
 かわいい娘にモフられちゃった。何これ運命?
 数秒間見つめあった末、T猫は両手を広げる。
「そうかわかったウェールカム。さああ。もっと、モフモフしていいのだぜ‥‥!」
「えっ!?」
 T猫は両手を広げて、じりじりとリゼットに迫ってくる。手に持っているチョコに狙いは付けられていない。
 しかも、どこから嗅ぎつけてきたのかもう一匹猫が増えた。
「モフモフしてもらえると聞いて」
 さらにもう一匹。
「モフモフ、やらないか?」
 彼女は今、チョコを奪われるより危険な目に遭っていた。
「い、いえ、もう結構です‥‥!」
『そう言わずに!』
 これは危険だ。踵を返し、チョコを放り投げて逃げ出す。もはや囮どころではない。
「待てー! モフモフプリーズ!」
 なおも女の子に撫でられたいという欲求に目覚め、ただの変態になり下がってしまったT猫は追ってくる。
 早く避難場所に向かわなければ、囲まれてしまう!
 リゼットは時折後ろを振り返りながら、懸命にあの場所まで走って行った。
 T猫がリゼットを追いかけるのをビルの上からスコープ越しに眺めていた飲兵衛は、どうしたものかと考えあぐねていた。
 多分鎮圧に回っている子だろう。しかし、チョコを持っていない彼女を撃ってしまったら、モフモフ連中に囲まれてしまう。
 しかしモフモフ連中は、一応カップル撲滅に動いている。
 詳細な会話を聞いていない彼には、そういう解釈しかなかった。
 手を出そうか考えた挙句に――そっと銃を降ろして冷たいコンクリートの壁に背をつける。
(「なるようになるだろう。モフがしつこいようだったら、セクハラだから迎撃しようかね」)
 と、少しだけ休息を取ったのだった。


「ありがとうございましたー!」
 悠季は販売補助、有希が作成と販売を手掛けている屋台『スレイプニル』より、ドリンクを手渡し、客を送り出す。
「美味しいケーキと、温かい飲み物はいかがですか〜?」
 客の入りも上々。意外と平和で、本来の目的もちょっと忘れかけてきた頃。
「あ、ごめんなさい。百地さん、お願いします〜」
 有希の携帯電話が震え、悠季にお客さんの対応を任せると通話ボタンを押す。
『守原さん、情報を手に入れましたよ?』
 クラークからの連絡だった。柔和な表情がきゅっと引き締まり、いくさ人の顔になってくる有希。
「はい‥‥場所は‥‥ええ、わかりました。撃ち滅ぼす為に向かいます。では現場で」
 電話を切った後すぐに屋台へ戻る。悠季に向き直り、目標を確認したため出発する、と伝えると、悠季は『留守は任せて』と笑顔で応えた。
 あらかじめ屋台管制ユニット『フリージンガメン』の使い方は教えられた。何かあっても問題は無いだろう。
「‥‥? 何か聞こえませんか?」
 有希が出かけようとした足を止め、耳を澄ます。悠季も同じように耳を済ませたところ――女性の声が聞こえた。
「守原さん! 助けてください! 猫に‥‥」
 そう言えば、リゼットが誘導してくると言っていた気がするのだが‥‥屋台の方向へ、確かにリゼットは必死に駆けてくる――3匹の猫つきで。
「お客様、此方へ退避を! 百地さん、フリージンガメンで顧客・商品保護機能起動! タスラム展開! 消火放水モード、ディスチャージ!」
 悠季も身構えたが、有希が商品とお客の保護を自分に頼んだので、その通りにする。
 リゼットと客の退避を終え、周辺に人が居ない事を確認し屋台用散水ユニット『タスラム』での放水射撃をT猫に向かって開始する。
 T猫のふかふかな毛並みにたっぷりと水分が含まれ、動きが鈍ったところで、にっこりと笑顔を浮かべた有希。化け猫どもの首根っこを掴んで物陰へ引きずっていく。
 しばらくして涼やかな顔で姿を見せる有希。簀巻きにして猿ぐつわを噛ませて放置してきました、と事もなげに言いながら屋台の保護機能を解除している。
「それじゃあ、後は頼みます」
 今度こそ有希は、屋台を悠季へ任せ、駆けだしたのだった。
 それからしばらくしての事。屋台での販売をこなしている悠季とリゼットは、目の前をやさぐれた顔で横切る伍長の姿を発見した。
「あ‥‥」
 二人は顔を見合わせ、伍長を呼ぶ。声に気づいて振り向いた彼は、見知った顔があるのでぺこりと頭を下げた。
 前回待ち伏せされて捕まったはずなのに、この屋台の事は気づいていない様子である。
 ひそひそとシアンの無線に連絡を取る悠季の行動にも気がつかない。
「また御乱心なんですね。どれだけ皆に心配かければ気が済むんですか‥‥!」
 リゼットの説教に、シュンとした伍長。だが、すぐに開き直って『この世界は独身に優しくない!』とまで豪語した。
「彼女が欲しいなら、TEに入るより自分を磨く方がいいと思うんですけどね。私で良ければ、恋愛相談にも乗りますよ?」
「本当ですか?! 大歓迎です!」
「え?」
 異様な食いつきを見せる伍長。どうやら前後を省いて『彼女が欲しいなら私でもいい?』と勘違いしているらしい。
「リゼットさんなら、僕は幸せになれそうです!」
「伍長さん‥‥? 何か、思い違いを」
「大丈夫よリゼットさん」
 慌てるリゼットを諭すように、悠季が柔らかく言った。
 鼻息荒い伍長の肩に、後方からポンと手が置かれる。
「‥‥伍長。訓練所送りか、拷問に等しい守原君の投げの相手か、俺の蹴りを食らうか‥‥君が選べ」
 いつもよりずっと低い、聞き慣れた声を耳にして伍長の肝が、いや全身が冷えた。
 ゆっくり振り返ると、冷たい目をした上官‥‥シアンがそこにいる。
「中尉には、注意、してたんですけど」
「くだらんシャレが返事とはな。もういい、温情を示そうと思ったが、そんな余力があるのなら平気だな。全て受けておくか」
 嫌がる伍長を捕縛すると、近くの樹にくくりつけて一息ついた。
「ねえ中尉。ここから先の公園に、変な段ボール要塞があって、猫耳メイドが籠城してるらしいんだけど。それってもしかしたら‥‥」
 悠季がインカムを手に、今手に入れたばかりの情報をシアンに教える。
「そうだとしても、エアハルト君が気付かないはずはない。守原君もいることだし、危険はないだろう。因縁の関係に手を出すほど無粋ではないし、他の事もしなければならん。要請が無い限りは彼らに任せるよ」
 彼はリゼットから温かい飲み物を受け取って、相槌を打って口に運ぼうとした‥‥のだが、出来立てのココアが手の中に無い。
 すぐそばに、見知った顔の少女が居て。彼女の手にはシアンが受け取ったはずの紙コップが握られていた。少女――憐はシアンを見ると小さく声を上げる。
「‥‥ん。凄く。巧妙な。罠だった。全然。気が付かなかった」
「罠を仕掛けたつもりはないが、加担していたのなら説教だな」
 と、シアンが意地悪い口調で言えば。憐はその表情を変えることなく、伍長を指さす。
「‥‥ん。あそこの人に。協力しないと。カレーに。酷い事をすると。脅された」
「ええっ!? 僕、そんな事言ってません!」
「伍長! 食べ物を粗末するとはけしからんだろう! さっきも醤油とソースを入れるとは何事だ!」
 ぶんぶん首を振る伍長を尻目に、憐は平然とココアを飲んで、シアンの説教を聞いていた。

●風雲! しっと城

「よくぞ来た! 我が精鋭たちよ! ‥‥って言うとこまでは俺、輝いてたと思うんだ‥‥」
 TEのリーダーが、ボロ雑巾のようになって地面に転がっている。特攻作戦は見事に失敗した。
 有希が想像以上に手ごわく、おじけ付いた連中がもたもたしていたせいで、しびれを切らした白虎が散水で蹴散らしたのだ。
 彼の視線の先には、次々と有希に沈められていく仲間が居た。しかし、打ちのめされた全身が痛くて立ち上がる事が出来ない。
「やめて! 過剰防衛禁止!」
「やかましか! 大人しくしとったら、こがんこつ(こんな事)にならんけんね! てやああァツ!」
 長崎弁がつい出てきた有希。ポイポイTEとKBを投げまくる。
 大方片付いたところで仕置きタイムに移行する有希を狙って、どこかのビルからペイント弾が放たれる。
 間一髪後方に飛び退いて避け、射撃されたであろう方角を探る。
 しかし、隠密潜行をしているのか、もう姿を消したか気配は感じない。
 その間に逃げようとするTEらに気づき、有希の仕置きタイムは幕を開けたのだった。

「チョコ争奪戦では禁止されているが、ここなら使い放題だにゃー♪」
 消火栓がある場所をわざわざ選んで、通りすがりのカップルめがけ放水し続ける白虎。
 彼の言うとおりチョコ争奪戦では禁止だ。頭脳と体力で頑張ってほしい。
「寒空の下で身も心も凍えるがいいー♪」
 明るい笑い声と共に放水をしていた白虎だが、勢い良く出ていた水は徐々にその勢いを失い、ついには出なくなってしまった。
「‥‥にゃ? 渇水?」
「やあ、白虎さん。やっぱりいると思いましたよ」
「その声は!」
 消火栓から手を離すクラーク。どうやら彼が消火栓を閉めた、というのは明白だった。
「毎回毎回、懲りずにやってくるもんだにゃー」
「それはお互いさまでしょう‥‥さて、始めましょうか? 私達の戦いを」
 徒手空拳で構え、白虎を呼ぶクラーク。
 それに笑顔で応え、風雲しっと城から降りて同じく構える白虎。
「邪魔もないし、今度こそ叩きのめすにゃー」
「ええ。誰にも邪魔はさせませんよ。これは私たちだけの‥‥戦いですからね!」
 白虎とクラークはお互い疾走して間合いを詰めた。白虎が振り下ろした拳を掌で受け止め、空いている手で鳩尾を狙う。
 クラークの胴へ蹴りを見舞いながら、拳の一撃を喰らってよろめく白虎。同じくクラークも胴を押さえて最大の好敵手を見据えていた。
 肌に伝わるチリチリとした感覚。
 クラークの蹴りを躱しつつ、屈んで足払いをかける白虎。
 バランスを崩したところを踏みつけようとするが、クラークは掌で地を打ち、バネを生かして後方へと飛び退く。
「逃がさないにゃーっ!」
「逃げるつもりはありません!」
 言いながら一歩踏み込んだクラークがショートジャブを繰り出せば、白虎も小さい体躯を生かして左右に躱し、クラークの懐に入り込む。
 見つめるお互いの顔ににやりとした笑みが浮かび、同時に拳を握る。
 ごっ。という鈍い音が白虎とクラーク、両方から聞こえた。
 白虎の放った強烈なストレートがクラークの鳩尾を強く打ち、クラークが振り下ろした重い拳が白虎の頬を捉える。
 ふらりとよろけ、距離をとって見つめ合う好敵手達。
「ふ、ふふ‥‥やりますね、さすが私の、宿敵。ただでは仕留められないという事ですか‥‥」
「このしっと団総帥を甘く見てもらっちゃ困るにゃ。そして喜ばしいぞ、倒しがいのある‥‥ライバル‥‥」
 そこまで言って、白虎はしっと城がにわかに騒がしいので振り返る。
 
 何という事だろう。UPC軍が出動して、しっと城が解体されているではないか!!
「にゃっ!? まさか中尉の仕業か!?」
「これ君の? 困るよ。こんなものを許可なく建てちゃって‥‥通行の妨げと、火災でもあったら大変だからね」
 ぶつくさ文句を言われながら、しっと城は見る間に解体されトラックに積まれていく。
 間接的に水をさしてしまったのは予期せぬところだったかもしれないが、シアンが報告したのは言うまでもない。
「ふむ。作業の邪魔になるといけません。残念ですが、こうなっては戦いどころではありませんね。白虎さん、決着はまたの機会にしましょう」
「ん。せいぜい首を洗って待っているがいいにゃ」
 お互い様ですよ、と言いながらもクラークは微笑み、白虎に手を差し出した。
「ですが、嫉妬し過ぎで迷惑をかけないように」
「人目に付くところでいちゃつくカップルに迷惑をかけられているのはこっちだけどね」
 差し出された手を握り返し、固い握手をする。
「それでは、またどこかの戦場で」

 こうして、結局TEとKBは有希にコテンパンにされ、伍長はシアンの手でグレイトフルボッコにされた揚句訓練所に連行され、 LHにつかの間の平和が訪れたのだった。