タイトル:とある軍人と演劇マスター:藤城 とーま
シナリオ形態: イベント |
難易度: 普通 |
参加人数: 10 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2010/01/27 14:24 |
●オープニング本文
●結構深刻
とある日の午後。シアン中尉はいつものように眉間に皺を寄せているが、いつもと違う事は――顔の前で指を組みつつ机上の資料と、訪ねてきた男を交互に眺める。
「‥‥今回は断る」
ようやく言ったことがこれであったが、シアンの目の前にいる男は引かなかった。
「断ってもらったら困るんだよ、シアン。オレも心当たりを探してはいるけどね。一番いいのが依頼で出してもらうことなんだ」
「だったら、俺を通すな! いつもいつもお前の思いつき依頼で俺がどれほど迷惑被るのか考えて見た事があるか!?」
立ち上がりながら机に掌を叩きつけ激昂するシアン。金髪の男性、キーツは微笑をたたえて椅子に深く座ったまま彼の表情を眺めていた。
「‥‥シアン、いいかい? この間のクリスマス。多方面へ支払った諸経費知ってるかい?」
キーツの穏やかな声にびくり、とシアンの体が震えた。
離れた場所で資料整理をしていたユキタケ伍長もまた、明らかに動揺している。
「大変だったよ。ここにも頭を下げに来たし、酒類はしばらくお詫びとして利益度外視で提供させていただくし、親父はカンカンだし、新聞社にも――」
「すまん、悪かった‥‥金額は言わないでくれ。もう次は無いと思う。いや、させぬ‥‥!」
と言いながら、伍長にガンを飛ばすシアン。伍長も視線を受けて泣きそうな顔である。
しかしキーツは大丈夫だよと笑い飛ばした。
「そう言っても支払った諸経費はさほどじゃないんだ。シアンの口座から引いたからこっちの腹は痛くないしね。そりゃそうだよ、マクニール社主催じゃないから会社のお金は使えません」
そこはいいとして、と本題に移ったキーツ。先程の資料を手にとって、シアンに言った。
「演劇に出演するメンバーを集めてくれないかな。これの諸経費はマクニール社で出してあげるから」
内容を聞くと、劇団の皆が倒れた。困っているのはキーツの幼馴染である団長らしい。
その女性の事はシアンも知っているが、いつもオロオロして頼りないのである。
脚本家も頼りになる副団長も、団長本人も軒並み食あたりで寝込んでいるらしい。どうやら団長の作った料理(3日くらい暖かい部屋に置き去りだった)が原因のようだ。
それなら公演をキャンセルすればいいと思うのだが、その日は劇団の創立記念日だからどうしてもやりたいのだそうだ。
だがもはやメンバーが誰もいないのに創立記念とか言っている場合ではない気がする。
「しかし、この肝心な部分が何もない台本でどうしろと。彼らは芸人じゃない。アドリブでこなすわけにもいかん」
「創作劇でいいじゃないか。彼らにも考えてもらって、一つのものを作り上げるんだ」
結構ノリノリでやってくれるかもよ。と言って、キーツは紅茶を飲み干すと立ち上がった。
「じゃ、後はよろしくね。当日見に行くから」
と、手を振って出て行くキーツを、シアンは困り顔のまま見送った。
●さて本題
どうしようかと思いつつ、シアンは台本をぱらりと開いた。
台本の冒頭部分は要約すると【王女様が魔王にさらわれてしまいました。勇者よ、助けに行ってください】である。
「王女や勇者の数も、敵兵力も未知数だな。場所はどこだ」
突っ込みどころはそこではないのだが、シアンはぺらりとページをめくる‥‥が、もう次は白紙だった。
パラパラとめくっていると、中間地点に1行記されている。
【色々な敵や試練に立ち向かう勇者】
敵などについての詳細はない。
そして白紙が続き、最後のページには【王女様を救出。王の顔にも笑顔が戻りました。めでたしめでたし】
どうも投げやりな台本だ。演劇に明るくないシアンですら酷いなと思うほどだ。
「伍長。この演劇は酷いな」
「はぁ。カスタムしようとすればいくらでもできますが」
眼鏡をくいっと上げながら伍長は台本を読む。
「この流れを変えずに内容をつけるんですよね。自由度が高いと思います。例えば」
【王女は悪女だったので、魔王が是非嫁にと攫って行った。
内心王様は大喜びだけど形程度に勇者にお願いした。が、目論見は外れて勇者は中々強くて本当に救出してしまいそうだ。そこで王様はこっそりと魔王の手先と称して邪魔をさせる。
のんびり生活をしたかった魔王に、突如侵略者(勇者)が。わけも解らず魔王はコテンパンにされ、見事勇者は王の前に王女を連れて行った。半泣きで迎える王。因果応報めでたしめでたし】
「‥‥まぁ、辻褄が合っていると言えばそうだが」
「要するに、細かい事はいいんです。柱さえ変えなければなんとかなりますよ!」
‥‥今日もアイルランドは平和である。
●リプレイ本文
●演劇「ラスホプ・サーガ」第一幕「そなたこそLH一の‥‥」
幕が開くと、上手側。
城の背景(劇団に用意してあったものを借りた)と、王女様のトロが現れ、いきなりバルコニーで何かがつがつと食べていた。
『ここは不思議な不思議な国。王女様は、今日も王様の目を盗んで良く判らないものを見つけては食べておりました』
ナレーションの伍長。『良く判らないもの』というところで不安な雰囲気が客席に流れる。
と、突如稲光と雷鳴が轟く。もくもくとドライアイスのスモークが焚かれ(人手が足りないので水を入れて一気に起こしてから)魔王軍が現れた!!
「いい食べっぷりだな、王女! 魔界にも響く大食無双よ!!」
黒レオタードにゴスロリ風パニエと網タイツ。片手に鞭(ハリボテ)を持った零音がサディスティックな笑みを見せて言い放つ。しかし大食無双なんて呼ばれたくない。
「いやまあ、こんな手に引っ掛かるとは思わなかったよ、本当に‥‥」
しかしこの仕事にも慣れたものだと小悪魔のレベッカも呆れたように言い、隣の知世が云々と頷いた。
「ともかく、一緒に来てもらいますね?」
と、王女の手を掴んだ知世。が、王女は食べ物が横取りされると思い、暴れて抵抗する。
「お前ひゃ(た)ち、何アルか?! ひょれふぁ、らめアフぅぅ!(これはだめアル!)」
「わぁっ、汚いっ! 口に物が入ってるのに喋るのはやめてくださぁい!」
「お前ら静かにするのじゃ‥‥」
永き時を生きる和服の魔女‥‥いや、魔王秘色が知世とトロの間に肩からズイッと割って入った。演技のため身振り手振りが大仰である。
「王女よ。わしと来い。世界の半分‥‥わしもないのでやるわけにはいかんが、食糧はたんまり渡そう」
「たんまり‥‥! きゃー、今日のおやつはブリオッシュだったのにー!? でも魔王にさらわれちゃうならしょうがないわ〜!」
王女の台詞は棒読みだったが、『あーれー』など言いながら自ら魔王の腕に収まったところで、下手より伍長扮する兵士が登場する。
「ああっ、大変だ、王女が魔王に!」
一見で魔王と判るのは劇の進行上、致し方ない部分なので気にしないでいただきたい。
「姫様は貰っていくよ。せいぜいまともな奴を揃えてくるんだね」
レベッカが冷ややかに言い放つと兵士は大げさにたじろぎ、『王様に知らせなければ!』と再び下手に戻っていく。このため出てきたにすぎないのだ。
「返して欲しくば、我が城まで取り戻しに参れ!」
ばざぁ、と和服の袖を翻しつつ、裏返った声で高笑いする魔王だったが。
「あ、魔王様。兵士帰っちゃったから、誰も聞いてないんだけど‥‥」
レベッカが兵士の消え去った下手を眺めながら言うと、魔王は『なんと!? 人の話は最後まで聞けと言うに!!』と言おうとして、咽せた。
「ああ、姉上‥‥お労しや。早く城に戻りましょう」
零音は魔王の背中をさすりつつ、腕の中にいる王女を睨みつけ、一同は上手より舞台袖に戻って行った。
『魔王が現れて王女は可哀想に連れ去られてしまいました。兵士より事情を聞いた王様は、直ちに一人の若者を呼び寄せたのです』
一旦照明が落ちて、セットが交換される間、伍長のナレーションが入る。
●第二幕:場内
「おお勇者よ、よくぞ参った」
城内には、穣治扮する王様、兵士の側に勇者シアン。初期装備が服のみという軽装なのはRPGの掟である‥‥演劇であっても。
「余の可愛い王女が魔王に連れ去られてしまった。勇者よ、是非魔王を倒して王女を連れ戻してほしい!」
言っている最中も顎髭を撫でたり、ソワソワと落ち着かない王様。勇者も解りましたと了承し、立ち上がって拳を握る。
「王女奪還のため、この勇者シアン、王の力に――‥‥ッ?!」
客席の方を向いて台詞を喋るのだが、客席にいる兄キーツを見つけてしまった。
それならまだしも、演劇をビデオカメラで撮影しているではないか!!
(「な、何してるんだお前‥‥! それをどうしようっていうんだ!?」)
急に恥ずかしくなって台詞を言い淀んだシアンだったが、台詞を忘れたのかと思った王はフォローの意味で彼の手を握り、予定通り感謝の言葉を口にする。
「どこぞの王様と違って装備もそれなりの物を用意しよう。兵士、勇者に装備を‥‥」「そう言うと思って、もう持ってきております! 寒くないよう懐で温めておきました!」
気は利いているが温める必要は全くない。
兵士は子供の最強素材『段ボール』で出来た鎧を服の下から取り出した。切り出しとつけたし部分はガムテープで補強してある。
「‥‥革鎧とかないのか、王」
「軽くて丈夫な素材で出来ておる、道中身を守ってくれるであろう」
嫌そうな顔をする勇者に、生温かい鎧を押しつける兵士と王。そこで、客席でパチンと指を鳴らすキーツ。
「シアン、こんな時のために用意しておいた、これを授けよう!」
キーツが言うや否や黒服の男たちがやってきて、舞台の上に美しく輝く鎧を置いて行くではないか!
ちなみにシナリオには全く関係ない行動である。
「え、とー‥‥そ、そなたはどなたですか?」
兵士がそう尋ねると、キーツはニヤリと笑った。
「私か? 私は‥‥醸造会社の社長というのは仮の姿‥‥現代の、錬金術師さ!!」
ビッ、と格好いいポーズを決めた後で、何事もなかったように鑑賞の態勢に戻った。
穴があったら入りたい心境で、勇者は兵士に手伝ってもらいながら舞台袖でそれを着用する。
「‥‥中尉、これ、作りが本物ですけどどうやって着せるんですか?」
「知らん。俺は騎士じゃない。しかし重いな」
つい素に戻って話す二人。
「‥‥おおそうじゃ! 特別に余もついて行くぞ! そうと決まれば、出発じゃっ!」
舞台上の王様は、間が持たなくてちょっと困っていた。ので、台詞も端折って舞台袖にやってくる。
「引っ込むの早くないですか!?」
「そうは言ってもさ、誰もいないから会話が成立しないじゃないか〜」
穣治が苦笑いする横で、素早く機械を弄って照明を落とし、軽快な音楽に変更する伍長。
『かくして、勇者と王は王女を奪還すべく、魔王の城を目指したのです‥‥』
そこで、思い出したようにシアンが穣治に言った。
「魔王の城ってどこにあるんだ?」
「あ、どこだったっけか」
という会話も、マイクを切る前に混入してしまったので、残念ながら客席にも筒抜け。くすくすと客席より笑い声が聞こえた。
●第三幕:仲間
ぱっとライトがついて、舞台上手より勇者と王様がやってくる。
「おお、これが外の世界か! なんとも物珍しい‥‥!」
鳥の鳴き声が小さく聞こえ、森の中のセットを進む、比較的ありがちな話から始まった。
王様は城に居る時とほぼ同じ装いで、豪華な外套と王冠、立派な王杖を持ったまま、あちこちに視線を走らせ、楽しそうに周りを見渡した。
「王様、楽しそうですね‥‥」
「ち、違うぞ! 余は、王女が心配で心配で! こうして探しまわっておる‥‥おっ!? 勇者よ! あれは何だ!?」
勇者の視線が痛かったのか、王様は大げさに手を振って誤魔化すと、先頭を歩く勇者の先を行ってはあちらこちら指をさす。
危ないからと押しとどめても、王様は言う事を聞きやがらない。
「王。言う事を聞かないと置いて行き‥‥?」
気の短い勇者の怒りに触れそうになった時、王様はぺたりと座り込んだ。
「もう歩くのは嫌じゃ」
「‥‥は?」
足をさすりながら、王は当たり前の顔で勇者に言い放つ。
物珍しさに忘れていたようだが、本来高貴な出のお方は自分でたくさん歩く事などするはずがないのだ。というより、ただワガママなだけ。
「勇者よ! 余を乗せて、あれを引っ張れ!!」
と、王様がビッと指す先(下手)にはいつの間にか一台のリヤカーが置かれていた。そう、お豆腐屋さんやらが愛用する、パイプと木材でできた荷車である。
「それはそれとして‥‥なぜこんなところに荷車が?」
リヤカーを見つめながら首を傾げた勇者と王様。王様はとりあえずリヤカーへ乗りこんでから考えた。
そこへ、高い声が響いた。
「それは僕のにゃー!」
舞台下手より、きらっ★という擬音語でも出せそうなメイドが現れたではないか! ついでにクルリと回ってみる。
「さっき、王様が勝手に話を進めたから出番が消えたにゃー。だから勝手に作らせてもらったにゃー」
と、メイドこと白虎が腰に手をあてたまま答えた。
「おお、そうじゃった。すまぬな。コホン、勇者よ。こやつも連れて参れ」
誰だよコレ。という顔をする勇者の事はさておき、白虎は客席に向かって自己紹介した。
「ボクは『しっと団』というテロ組織の総帥なんだにゃ‥‥クリスマスに「カップル撲滅」を掲げた反乱を起こすも鎮圧され、禁固10億年の刑に処されていたんだにゃー」
説明の中盤までは微妙に報告官にも思い当たるフシのある話だ。
「魔王を倒せば恩赦で無罪放免になるって言ってたし、勇者も仲間は欲しいでしょ。このしっと団総帥が力を貸してやるにゃー! てわけで一緒に行くぞ」
王女奪還に若造(と言えるほど若くもない)勇者一人で不安だった王様が、この危険な咎人を連れて行くようにする手はずだったのである。たぶんね。
やや上から言いつけて、白虎もひょいとリヤカーに乗った。王と二人でリヤカー引け引けコールである。
ただでさえ重い鎧を着こんでいるので(シアンも正直嫌だった)渋々引こうとするが、恐ろしいほど重い。
荷台を見ると、何か大きな鉄の箱が置いてあったが、白虎がすぐに隠してしまった。
「はい勇者がんばー!」
「勇者、次のレベルは‥‥そうじゃ、冒険の本に記載するか?」
「それどころじゃ‥‥ないぃ〜〜〜!!」
メイドと王はリヤカーの上から言いたい放題。常にピンチなCMによくある気合の声を上げそうになりながら、一歩一歩舞台上手へと進んでいく勇者。
ゆっくり舞台上がフェードアウトする中。
「折角出てきたのに、もう引っ込むのかにゃー」
「あ、やべえ、冒険の本がどっか行った!」
白虎のつまらなそうな声と、穣治の慌てた声が響いた。
●さすらいの料理人
舞台に再び明かりがついて(セットは同じ)またリヤカーを引いて出てくる勇者。
どうやらライトの色がオレンジがかった色なので、先程出発してからの経過があったらしい。
「勇者歩くの遅いにゃー。もっとキビキビ平和のため、馬車馬のように働くといいにゃ」
実際は皆で歩いたほうが速いが、そんな事は知った事ではない。
欠伸をしながら遅いとか言ってくれるメイドの傍らには、お腹が空いたと喚く王様。
「勇者、そういえばご飯どうするの?」
「‥‥王が食糧も用意していると思ったが、それらしき荷物は無いな」
まさか、と王を凝視する勇者。
「荷物なんて持ってくるわけないじゃろ! 余は王ぞ! どこぞの王とて食糧だけは渡さんしな!」
王様は晴れやかな笑顔と共にサムズアップする。
そうだった。期待することが間違いなのだ。と勇者は膝をついて天を仰ぎ、嘆く。彼の心境を現したものか、BGMも悲愴なものになっていた。
「仕方がない、現地調達で凌ごう。森の中なら適当に獲物も獲れ――」「そんな質素な食事嫌じゃ!」「そうだそうだ! 食事の楽しみは必要にゃー!!」
言っても聞きやしない二人に手を焼いていると、下手側よりやたらでかい鞄を背負ってヨロヨロと現れた拓人演じるコック。だが、その手には赤い液体が滴り落ちる包丁を握りしめているではないか!
「フ、ふふ‥‥人、見つけたぁ‥‥!」
ゆっくりとした足取りと、笑顔で勇者一行に近づくコック。どこか緊迫した雰囲気に、客席より怖がる子供の声がする。
「何者だ! 魔王の手先か!?」
リヤカーから勢いよく手を離し、剣の柄に手をかけた勇者。ガタンと荷台が後ろに下がった拍子にメイドと王様は荷台から転げ落ちた。
「自分は胃袋の守護者、コックさん。お腹が空いたと嘆く声を聞いて助けに来たよ」
「喜んで歓迎するぞよ、コック!」
「口からビーム吐いて、食材の海で泳ぎながら解説できるほどの味イメージを期待するにゃー!」
王様とメイドには、空腹補正もあってか勇者より余程頼りになる存在に見えた事だろう。眩しい笑みを浮かべるコックにデレデレである。
「それはともかく、お前の包丁についてる物は何だ! 場合によっては――」「トマトだけど」
勇者の鋭い口調に、あっさりとした返答のコック。良く見ればトマトのタネがついている。
「コックなら食材に決まってるのにゃー、勇者頭悪いにゃ」
「毎日戦いに明け暮れてるからのう、赤を見れば血。食材という概念が無かったんじゃ。責めてやるな」
きょとんとする勇者を見つつ、小馬鹿にしながらメイドと王様はひそひそと話していた。演劇とはいえ微妙に本気臭い言い方だ。
このまま森に捨てて先に行こうかと小さく舞台端で勇者は呟き、再び皆の所に戻ってくるとコックに調理をしてくれないかと聞いてみた。
「それは構わないけど、食材を出してね。自分は調理器具と調味料以外持ってないから」
笑みを崩さずさらりと答えるコック。一瞬沈黙が訪れたが、空腹の二人は勇者に狩猟を命じる。
「さっきやろうかと言っただろう!!」
「コックがいるから話は別にゃー!!」
そもそもどんな状況か解ってるのか、と言えば食事が無いならレーション食べればいいじゃない、いいやそんなのイヤだと口論を舞台上で繰り広げる勇者一行。
王とメイドには空腹のため苛立ちが、勇者には介護疲れが見て取れる。そんな大声で話していたものだから、当然見つけてくださいと言っているようなもの。
「ええい、この森でぎゃあぎゃあと煩いやつらめ!」
野太い声と共にドンドコと太鼓を打ち鳴らすようなBGMが聞こえ、とっさに身構える勇者とメイド。コックと王様はサッと二人の後ろに下がった。
下手のほうにスモークが焚かれており、そこからスッと姿を現したのは――!!
アフロでふぁっさふぁさの髪。雷神の面で顔を隠し、マッスルスーツで筋肉をアピールしている小柄の‥‥うん、まあそういうやつ。
小太鼓を打ち鳴らし、あまりの出落ちぶりに呆然とする勇者たちの前へ意気揚揚とやってきた。
ウェイケルが出落ちキャラとして満を持してやってくれたものだ。変声機が手元になかったので、仕方なくヘリウムガスで声を変えてあるゆえ、ドスが効くよりは甲高すぎてますます滑稽に見えるのである。
「フフハハハハァー! 貴様等が魔王様に仇なさんとす勇者とその仲間だな? このRAIJIN Saummer(雷神様ぁー)と出会ってしまった以上、残念ながら貴様等の旅はここでおし「台詞が長いのでとりあえず倒す!!」mぶふぅ!?」
口上中に攻撃を加えてはいけないという日本の掟を知らぬ勇者は、問答無用に斬りかかった。勿論演出上斬るフリである。良い子の演劇なので、服が破けるような嬉しい事故はあったりしない。
その場に倒れる雷神様。ノリで出てきたのでこれ以上台詞も出番もない即死判定である。
「あ、応援する暇なかったね。ともかく、ちょっと待ってて」
戦いが終わったと見るや、コックが雷神様を引きずって舞台端に消える。効果音でズシャッ、だとかドシュ、という生々しい音と赤いフラッシュが舞台に舞った。
旨そうな肉を手にしてコックが矢鱈晴れ晴れとした表情で戻ってきた。
「コックさん惨状! じゃなくて、参上! うん、食材は新鮮な方がいいからね。ありがとう勇者様。それじゃ、料理に取り掛かるとしましょう!」
何の肉かはあえて聞かない。出来上がった料理は旨そうなのだから。
それどころか、舞台上にいつの間にか出来上がった料理が置かれていた。しかも本物。途端にがふがふと食べまくる仲間。
「私のアル!」
「これは余が目をつけてたんだ! 別のを食え!」
コックの料理を奪い合う王といつの間にかいる王女。しかし自然すぎて舞台上の誰一人気がつかないばかりか、食事に勇者が入り込むスキはない。
『こうして、勇者は心強い仲間を手に入れたのです!』
食事シーンに時間をダラダラ取るわけにはいかない。ナレーションが無理やり入ってフェードアウトしていく舞台。
「ちょっと、食べてる途中アルー!!」
という王女の嘆きは却下された。
●幕間:魔王城
再びライトが照らされた舞台。舞台中央付近に魔王の手下、知世。その近く、上手側の王女は背中を向け、へたり込んでいた。
『その頃の魔王城では、心細――‥‥』がつがつ。
咀嚼音が聞こえたので、一瞬止むナレーション。ゆっくり振り向いた王女は、まだなんか食っている。
逆に困り顔をしている知世は、おどおどと王女を見つめている。
『‥‥心細そうにしている魔王の手下。はたして、どうなっているのでしょう?』
「あ、そこの魔物さーん、『焼きネギと生ネギのサラダ、長ネギを添えて』が食べたいアル」
ナレーションが終わった後、王女は空いた皿を見せつつ知世に料理の催促をする。ちなみに今食べていたのは先程のコックの料理じゃないのか、というツッコミはナシで。
「え、ネギ‥‥? ね、ネギ、ですか‥‥?」
ネギサラダって何? 茹でネギはいらないの? 知世の動揺は客席へと伝染しそうだ。
「知世っ! お前はまた何をグズグズしているのだ!!」
そこへツカツカやってきた零音。
ネギネギ煩い王女と、(零音に対して)すっかりビビっている知世を見比べ、再び怒鳴り声を上げて指示を出す。
「まったく‥‥はやく王女に食事を運べっ!!」
「うぁ、ごめんなさい‥‥!」
そのままバタバタと下手に消えて行く。
「相変わらずよう食うのぅ」
入れ違いに魔王が現れ、零音はすぐに魔王の横へと駆け寄った。
「わしがおぬしくらいの時ですら、そんなに食わんかったが」
「あの頃から姉上は美しかったですよ‥‥」
若干かみ合わない会話をする魔王姉妹。そして王女は小首を傾げた。
「てか魔王様いったい何歳アルね? 僕16歳じゃないから結婚できないヨ‥‥!?」
そこでハッと気付いた王女。バッと自分の体を抱くようにする。
「まさか僕の‥‥ないすばでぃ目当てアルか?」
「阿呆。わしは永遠のせぶんてぃーんゆえ、おぬしなぞに興味は無いわい」
では一体何が‥‥? という顔をした王女に、魔王は小さく笑ってから着物の襟に手を触れ、視線をついと外した。
「それにしても此れ迄の勇者は不甲斐無い。王ももう少しマシな者をよこさぬか。話にならぬわ」
そして、魔王は冷たく言い放つ。
「此度の勇者は如何なものか‥‥楽しみじゃの」
●もげるとか爆ぜるとか
此度の勇者は、といえば。
「なぜ、全員‥‥乗ってるんだ!」
相変わらずリヤカーを引いて旅を続けていた。リアカーもそろそろ重量的にヤバい。
「提案だが‥‥馬車、とか、買わないか?」
「いいかも。馬なら非常食になるからね」
無邪気なコックの邪悪な言葉に、勇者はすぐに考え直して案を却下した。
そうこうして森に入ったところで、下手側より姿を現したリゼット。
「ここまで来たか、だがこれ以上は行かせぬ!」
片翼の悪魔羽根を背へ生やし、西洋人形のような凛々しくも可愛らしい外見。しかしその細い手に握られているのは――デッキブラシ(以下ブラシ)。
可哀想なので脳内で死神が持つような鎌と思っていただきたい。
「‥‥何者にゃ? 家政婦?」
「リヤカーはもう定員オーバーだよ?」
コックとメイドはそう言ったが、そもそも人を乗せて移動するものではないから定員があるものでもない。
「私は、麗しき魔王様の僕‥‥」
「あの紹介は自分が麗しいのか、魔王が麗しいのか迷うのぅ」
と、王様が難しい顔をして呟いた。
「無論魔王様に決まっている!」
だん、と舞台をブラシの柄で叩いてから。で、とリゼットは勇者一行を睨め付ける。
「どれが勇者だ?」
一斉に仲間から示されるシアン。リゼットも険しい顔をしながら彼を見て、ビシッとブラシで指した。のは王様だったが。
「我が主様に会う資格が貴様にあるか、私が計ってくれる!」
「勇者はこっちじゃっ! 余は王ぞ!」
「おお、そうか‥‥では! 死のブラシから逃れられると思うなよ?!」
と、手加減せずに勇者へ打ちこんできたではないか!
「ッ、ちょっと、待て‥‥!」
鎧は重いし動きづらい、なおかつ中央にあるリヤカーが邪魔。苛烈に打ちこまれるブラシを剣で捌くのが精一杯である。
しかもこのままでは、いつ演劇用の剣が折れぬとも限らない。顔に出さないまでも焦りが心に浮かぶ。
「頑張れにゃー!」
「勇者様ファイトー!」
応援だけはしてくれる仲間たち。口は出すけど手は出さない。
バキンとついに剣が折れた。慌てて後ろに下がった勇者。絶体絶命のピンチには客席の良い子が応援してくれるかと思いきや、ボーっと見ている。なんとも正義泣かせの現代っ子だ。
「勇者様、これを!!」
と、コックが何かを投げてよこした。それを受け取って構えると――アルティメットおたまである。料理人が渡すのだから当然調理器具であるが、それを見てリゼットは憤った。
「貴様。さっきからふざけているのか?! それとも、それが実力か?」
怒りのまま再び強く打ちこんでから、
「進行上、気になさらず打ってきてください。大丈夫ですから」
「わかっている。見た目は悪いだろうが大振りにするから見計らってくれ」
いくらおたまとはいえ打ちこんで来ないとリゼットも困る。客席に聞こえないよう小声でシアンと話し合う、そのほんの僅かな間だったと言うのに、
「女の子と至近距離で見つめあいやがって!」「あいつこの間のリア充じゃねーか!?」
‥‥どうやら客席の一部、嫉妬に燃える者もいるらしい。客席の一部が過敏に反応した。
も・げ・ろ! というコールが巻き起こった。
「なん‥‥?」
「ねえ、知ってる勇者様? 今巷では『リア充は爆発しろ』って言うのが流行ってるらしいよ‥‥自分も試していいかな?」
困惑顔のシアンに、コックがにこにこと笑みを浮かべる。言っている事が悪だ。
というか、舞台の上にまた王女が居て観客と同じようにコールしているのだが、それには誰も気がつかない。
「同志の怨嗟はしっとの力。恨みつらみを力に変えて、フラグも桃色も好感度イベント発生も全て爆破にゃー!」
ズパァッとリヤカーに積んでいた鉄の箱――ロケットランチャーを勇者とリゼットに構えた白虎。流石にシアンもリゼットも冷汗を流す。
「おい、その武器は反則だと――」
「Eat This! にゃー!」
どかーん。と、景気良く爆破‥‥出来るかと思いきや、とりあえず舞台の上なので火気厳禁。スモークが下手側から足元にそっと投げられ、爆発に関する効果は伍長がやってくれた。
大きく吹き飛ぶ勇者と敵に、何故か観客から大喝采。
「な、何だこの力は‥‥っ!」
よろよろと立ちあがり、白虎を見つめながら『なかなかやるな、勇者』と呟いたリゼット。どうやら人の顔は覚えられない役柄らしい。
ちなみに勇者の側には王が珍しくやってきて『おお勇者よ。死んでしまうとはなさけない』と落胆を露わにして『生きてるから!』と起き上がった勇者に突っ込まれていた。
「くっ‥‥ここまでのようだな。魔王様に、御報告しなければ‥‥!」
リゼットが足を引きずるように下手側に戻っていく。ちなみにランチャーの実害はないので、安心してほしい。
勇者が戻ってきたとき、仲間の笑顔が妙に怖かったらしいが――きっと気のせいだろう。
●試練の森
「試練の森ってのがあるんで、そこに行ってみようにゃー」
思い立った駅でぶらりと降りるような気軽さを乗せて、メイドは勇者を促す。
「ふむ。余も伝説の武器が封印されていると聞いたことがあるぞ。だが、厳しい試練があるだとか」
流石におたまではこの先戦えないし、コックも料理が出来ない。
もう十二分に苦行は受けている気がするのだが、伝説の武器というなれば是非にでも。勇者も頷いて森を目指した。
森の奥深くに入り込んだ一行。(背景は変わらないが、ライトでそれとなく調整している)
一匹の光蝶が、ひらりと下手側の舞台袖より上手側にやってくる。その後からひらりひらりと同じように蝶が多数集まりだした!
演出としてカッ、と目も眩まんばかりのライトが客席に向かって照らされ、小さい悲鳴が起こる。その強い光が収まると――舞台上の蝶は全て消えうせ、代わりに一人の少女が勇者たちの前に立っていた。
ゆっくり瞳を開き、優雅に一礼すると微笑んだ。
「良くぞ参られました、勇者達よ」
試練の森の妖精さんは先程の雷神様の人である。普段とも違う物腰で、すっかりこの役になりきっていた。
「俺は――」「聞かずともわかります。魔王に立ち向かう為、新たな武器を望んだのでしょう?」
「それはそうだが、仲間にも試練があるんだろう? 厳しい物を頼「勇者よ。封印を解くため、試練を課します。それは勇者であるあなたにしかできません」‥‥わかった」
勇者も物騒な事を言ったが、妖精さんのターンは続くのである。森のゴミ掃除をしろとか、害虫駆除をしろだとかあれやこれやと指示を出す。
勇者適性とは、人の良さ、騙されやすさ、面の皮の厚さが人一倍必要である。
下手の端からようやく戻ってきてみれば、妖精さん方は食事中。しかも仲間たちと楽しそうである。
「あ、勇者帰りましたか。それでは、これを。きっとあなたの役に立つでしょう」
大いに喜んだ勇者へ渡されたのは先代勇者の使った剣と鎧。最強装備っぽいモノだが、どう見ても今の装備よりボロいし、手入れをしていなかったのでカビも発生し錆びついている。
このやりとりの間も客席とまた舞台に居る王女(やっぱり舞台上のメンバーには気付かれない)からは『リア充もげろ』『爆破しろ』とか言われているのだが。
磨けば何とかなるかと言った勇者に、カッ!と目を見開いて白虎が勇者の手より装備をふんだくった。
「こんな中古の剣で魔王が倒せるかぁああ!!」
剣を床に叩きつけ、拳を握る。
「人類の技術は、日々進歩しているのだ!! 今更カビの生えた骨董品など要らん!!」
と、勇者が止める間もなく鋳潰してしまうという行動の速さ。そこから弾を作成し始めている。
会場としっとに応えて出来上がったオリハルコン(仮定)製の特殊弾頭で、勇者に向かってランチャーをぶちかます白虎。
当然覚醒して現実死亡フラグを回避するシアン。だが、リアルに舞台袖まで吹き飛ばされた。
「金属のモトはいいから、弾も良質にゃー♪」
(「ヤツらはッ‥‥本気‥‥ッ!」)
ざわ‥‥とするシアンはさておき、天使のような微笑みを浮かべて喜ぶ白虎と見事だと褒める王様。
「だったら剣くらい残しておけ!! 妖精、何か武器はないのか!? これではどうにもならんぞ!」
キレる勇者に仕方がありませんねと渋々出したのは伝説の‥‥フライパン。しかも普段使いしていた様子が見て取れる。
「さあ勇者よ、逝きなさい。そして世界に、平穏を―――」
おおあなた酷い人。俺に死ねと言いますか。そう勇者が言ったかはさておき。妖精さんは出てきたときと同じように蝶を大量に散らして消えて行った。
「このフライパン、自分のと同じだ」
自分のアルティメットフライパンと見比べるコック。寸分違わぬデザインである。
「武器を‥‥何かくれ‥‥」
舞台の上で四つん這いになって嘆く満身創痍の勇者。回復役はいないので傷の手当てもしてもらえない。
「しょうがないにゃー。それじゃ、この『聖なるRPGロケットランチャー』を!」
「いつも持ち運んでいたランチャーだろう!」
「剣と魔法なだけに『RPG』にしてみました、てへ☆」
「てへ、で済むか。‥‥どこ製だ、これは」
もう既に観客のついてこれない会話を始める勇者と白虎。
「某製薬会「分かった、もういい!」陰謀で大量発生したゾン「言うな!」で、どれだけ撃とうと自然に弾が装填されている謎仕様にゃー」
さっき装填したのはそういう事も出来るんだと気にしないでいただきたい。
いろいろ危険な匂い(報告官の身的にも)がする伝説の火器を手に入れたが。やはり勇者は肩を落とした。
「‥‥ショルダーが邪魔で装備できない」
「あー」
●第四幕:最初よりクライマックス的な。
ようやく最初の城と使い回しの背景、魔王城に乗り込んできた勇者達。
王様とコックは危ないので城の外で食事でもしながら待っていてもらうことにした。
メイドは『爆破が役目だから』と恐ろしい事を平然と言ってのけるので平然とついてくる。
「あれは勇者アルか!? 勇者ー! 私はここアルー!」
セットの窓より身を乗り出して、肉まんを頬張りながら手を振っている王女。
「来る時食べ物も持ってきて欲しいアルよ!」
囚われの身ながら自由すぎる。が、数々の難関を乗り切った勇者に驚きはない。
「良く食べるな、王女は」
「あれもう人間じゃないですよねー、ただの底なしですよね」
と、いつの間にか勇者の隣で王女を一緒に見上げている知世がいた。零音に勇者迎撃の命令をされて渋々やってきたようだ。ついでに王女へ料理も持って来たらしい。
「‥‥わっ、勇者!? いたんですかっ!? 気付かなかった! こほん。‥‥ここから先は通しません。死んでもらいますからねっ!」
驚きつつも料理皿をぽいと放り投げ、リア充爆破コールの中張り切って呪文を唱えたのだが――
「すーぱー、こっくさんターイム!!」
勇者の真横を包丁が掠めて、知世の足元に刺さった。と同時、上手から覚醒したコックが。
「食べ物を粗末にするとは、ただじゃあおきまセンッ!!」
石鹸でぶん殴ってきそうであるが、勇者からおたまを取り上げて知世に向かってくる。
「なっ‥‥あっ!! 呪文間違えたっ!!」
怒れるコックのお陰で完成間近の呪文を間違えてしまった知世。武器なしだった勇者の手には槍と小銃が握られている!
「馴染みの武器が! これで勝てる!」
「チッ。勇者を強くしてしまったか。余計な事を‥‥」
ぼそりと呟く白虎。
「お百姓さんに百回謝れっ!」
「ひっひぃっ!! ごめんなさいいぃぃっ!! うぅ‥‥また怒られるよぉ‥‥」
拓人からパカパカとおたまで叩かれ涙目の知世。微笑ましいのだが、とりあえず女子と絡むとリア充とみなされアウト。会場の熱い思いに応えるべく、メイドもランチャーの装備は忘れない。
傍観している勇者もろとも舞台袖まで吹き飛ばす!
「‥‥またつまらぬものを爆破してしまったにゃー」
フーと清々しい顔の白虎。知世はそのまま退場したようだが、コックをおぶさって勇者が戻ってくる。
「有難いけど勇者様の鎧、ちくちくして痛い」
「そうか。万が一はこれを利用して体当たりでいいのか」
と頷いた勇者に、二人とナレーションは揃って『女の子に触ったら爆破だけどね』と言う。
ようやく魔王いる広間の前へとたどり着いた勇者達。扉の前でレベッカが待ち受けていた。
「まぁ頑張ったようだけど‥‥魔王様に相応しいかどうか、確かめてあげるよ!」
キッと睨みつけて、レベッカは武器‥‥魔王印の釘バットを構えた。
無言で顔を見合わせた一行。コックは包丁を、勇者とメイドは銃を構えて迎え撃つ準備をした。
「‥‥勇者、卑怯なっ。うぅ、世知辛くなったよ‥‥」
武器を見比べ、これ無理。と早々に悟ったレベッカ。すぐにバットを落として両手を上げた。
「これも時代。剣ばかりを振り回しては、傭兵も軍人も務まらないわけですよ」
コックが悟りを開いた賢者のような眼でレベッカを見つめ、先を促して扉を開けさせた。
ライトが一度消灯され、暗い舞台上のセットを素早く変えて去っていくリゼットとウェイケル。
再びライトがついた時には背景は大広間の中。赤い絨毯が敷かれた壇上には玉座が描かれている。
上手側には魔王姉妹が仁王立ちしていた。その後ろに王女がおり、やはりなんか食っているので緊迫感が無い。
「ようやって来たな、勇者共よ‥‥」
そうして冷笑していた秘色だが、勇者の顔を見た途端、顔に怒気を孕んだ。
「姉上。ここは私にお任せを」
魔王を制し、ムチを手にした零音が進み出る。
「ふん、勇者ごときが‥‥力の差を、思い知れっ!!」
ひゅんと鞭が唸りを上げて勇者の身体を撃つ。が、勇者は鎧装備なので痛くない。
「魔王軍の目的は何だ?!」
「ハッ! お前のような浅はかなものに、我が姉上の考えは測り知れまいっ!!」
毎度のリア充爆破コールが流れる中、零音と勇者は会話と攻撃を交わす。
槍を突き出す勇者の技を宙へ飛んで華麗に避ける零音。レオタード姿での空中一回転は、スタイルの良さと格好良さから主に男性の観客から視線と歓声を集めた。
すぐに勇者を追い詰めるのだが、コールがより多く聞こえ、お決まりのしっとランチャーであえなくやぶれた。‥‥勝敗の事であってレオタードの事ではないので誤解しないでいただきたい。
「数が少ない者に対して銃器‥‥貴様ら、それでも勇者かっ!!」
「しっと団総帥に、善も悪も勇者も関係ないのにゃー★」
「食材ある限り、コックにも関係がありません!」
零音の罵倒にもあっさりとした返答をする二人。勇者はランチャーのアレで魔王の足元まで吹き飛ばされた。
「わしの目的が聞きたいのかえ?」
どしっ、と魔王から足蹴にされる勇者。その手の人々にとってはご褒美なのだが、勇者には残念ながらそうではなさそうだ。王女と客席からはノリノリで爆ぜろコールである。
「ふっ‥‥王女を餌に、助けに参った勇者げっと作戦は、まこと良策よの‥‥――がっ! 此度もハズレ、守備範囲外じゃ!」
ビシィ! と人差し指を突き付け、逆切れする魔王。
「男は三十路からというのが何故分からぬ!?」
何を言っているのか解らない、という顔で勇者は魔王を見上げる。要するに王女に用は特になく、勇者は魔王の好みではなかったのである。
「‥‥かくなる上は、此れ迄の勇者と同じ運命じゃ」
勇者を鼻で笑い、手元に垂れていた紐をくいっと引っ張る魔王。とたんに勇者めがけてワイヤーが走った。
「しまった!」
慌てて避けたが、落とし穴にハマったところでワイヤーに引っ掛かり、降ってきたピコハンを食らう勇者。仲間はもう助けてくれない。
「情けない、それでよく勇者できるアルね」
王女が呆れ果てたとばかりに肩をすくめたが、魔王が紐を間違えて、王女の上へ金ダライが降ってきた。
ガコーンとおなじみの音がして、なんと金ダライが真っ二つに割れる。王女の頭は胃袋並みに頑丈すぎたようだ。
いろいろとありえない光景に半笑いの一行。屈辱を味わった王女は、勇者なんか嫌いアルと号泣し、既に開いているトラップに引っかかりつつ退場していった。
「魔王の癖に魔法攻撃とかはないのか!?」
「そんなものはない! この拳で十分ぞ!」
芝居といえども魔王は覚醒してまで鉄パイプを振り回し勇者を仕留めに入る。仲間に援護を求めたが『つかれたから嫌』と拒否られる。
勇者の体力は(主に仲間の攻撃を食らいすぎて)もう無いに等しい。万事休す、と思っていたところに上手より王様がやってきた。
「勇者〜、心細くなったんで追いかけてきちゃっ‥‥」
可愛く言ってもオッサンである。が、魔王の動きと王様の動きが止まった。なんだかロマンティックな曲まで流れる。
「何て好みな‥‥はっ!? はしたない姿を!」
「姉上、お気を確かに!」
どうやら王がドストライクのようでポッと頬を染めつつ、鉄パイプを後ろ手で隠してモジモジする魔王。シスコンゆえショックを受ける零音。
そこへ王が進み出てきて、魔王の手を取った。
「かように美しい女性は見たことがない‥‥余と結婚してくれないか?」
「はい‥‥! 共に世界を平和に導こうぞ‥‥!」
キリリとキメている王と、見つめ合う魔王。
しかし、手下の三人は大いに喜んでいる。
「魔王様おめでとうございます! ‥‥これでもう王女の拉致とか面倒な仕事しなくて済むよー」
後半は小声で呟き、知世は赤べこのように何度も何度も頷いた。
「うんうん。あの王女、2度と連れてこないでくださいねー。早く帰れこの悪食ー‥‥あ、ごめんなさいすいませんすいません!」
調子に乗って毒を吐いていた知世に齧りつく王女。それを諫めるリゼット。このハッピーエンド展開にすっかり勇者は忘れ去られていた。
「くそぉっ!! 王なんぞに姉上をとられるとはーっ!!」
幸せそうな王と魔王に悔し涙を流すほど嫉妬に駆られる零音。
それに敏感に反応した白虎。ポンと零音の肩に手を置いて、頷いた。
「しっとの制裁を食らえ、リア充めがー!」
ランチャーが炸裂して、王と魔王は素早く勇者を盾にして防ぐ。舞台上では第二の争いが始まろうとしていた‥‥!
ボロ雑巾のように捨てられた勇者を、コックが舞台袖に運んで行った。
『――かくして、世界にはリア充と嫉妬に狂った者とがあふれるようになったのです。めでたし、めでたし』
と、舞台の幕がするすると下りていく。その中では剣戟と銃声が響いていたが、強制的に終了のようだ。
客席からはまばらに拍手が聞こえていたが、それが舞台まで届いていたかは謎である。
後に秘色は語る。
『創立記念の公演が、此れで良いのか疑問じゃが‥‥わしらは楽しいゆえ良し! 未完の脚本と、わしらに頼んだ事が間違いなのじゃよ』と。