●リプレイ本文
●身体は子供、中身は大人
概要の説明を終え、シアンは気まずそうな顔で集まってくれた能力者の表情を見やる。
リゼット・ランドルフ(
ga5171)は言葉もなく自分を見つめて固まってしまったし、平野 等(
gb4090)はなんだかニヤニヤしている。
「ハハハ、そんな訳ないわ? 冗談にしては面白すぎるわよ」
あり得ない話に抱腹絶倒する風間 千草(
gc0114)に、シアンは現にこうなったんだと言っているが、それもほとんど効果がないようだ。
信じてあげると千草は言うが、笑いが止まらぬらしい。
何がそんなにおかしいんだ、と毒づくシアンに、夕景 憧(
gc0113)は『ご愁傷様です』と一言だけ告げた。
「おー。ちっこくて可愛い姿になったもんだなあ」
桂木穣治(
gb5595)が微笑ましい顔でシアンを見つめている。普段よりもお父さんの顔をしているように見えるのは、シアンが子供になったせいだろうか。
「この姿で中尉って呼ぶのもなんだし、シアンくんって呼ぼう。うん」
レベッカ・リード(
gb9530)も好奇の視線を向けてくるし、呼び方まで変えてくる親切設定だ。
悔しいのでベッキーと呼んでやろうかと思っていると、シアンの頭が不意に撫でられる。
「シアン君とは初めましてさんだね。ボクは花だよ。よろしくね♪」
月森 花(
ga0053)が笑顔でシアンの頭を撫でていた。
言葉も出ないシアンに、彼女は嬉しそうな顔をして『ボクのことはお姉ちゃんって呼んでいいよ?』とまで言うのだ。
「それはいいかも‥‥パパって呼んでもいいんだぞ?」
穣治までそんな事を言ってくるものだから、シアンはキッと睨みつけて『誰が言うか!』と激昂する。
心が荒んだシアンは、学生帽を深く被ると貝のように口を閉ざしてしまった。
「ともかく、虎退治‥‥頑張りましょうか」
その場を取り繕うように、ようやく我に返ったリゼットが口にした。
●シアン少年の事件簿
森のしっとりとした空気の中、シアンの道案内で進んでいく一行。
「つまり、その虎は結構な強敵みたいですね」
最初から真面目に話を聞いてくれる辰巳 空(
ga4698)を心底有難いと思いつつ、シアンは頷く。
「干支のキメラとは縁起が良いではないか。戦い甲斐のあるようなキメラであるし、シアン殿の為にも斬って捨ててくれる」
同じく真面目に問答してくれていた鳳凰 天子(
gb8131)が頼りがいのある事を言ってくれるので、思わずシアン少年もふわりと微笑む。
「有難う。非常に助かる。日本の言葉で確か‥‥『カタジケナイ』と言うんだったか?」
かたじけない、のところは片言の日本語の発音だったが、日本だって今時時代劇しか言わないのである。
「なんか、こう、ハーフの子供というのか‥‥片言で喋るのも可愛いな」
「此れは此れで癒しじゃのう‥‥ほれ、ちみっ子よ、菓子食うかえ?」
が、天子と秘色(
ga8202)の二人には、それなりに効果があったらしい。
「なっ、俺は君らを喜ばせようとはしていない! し、しかし‥‥心配そうな顔をされるよりは‥‥いい」
と、素直に頭を撫でられ菓子を受け取るシアン。どうも対処に困っているらしい。
「あの通り、ショタツンデレはお姉さん達にモテモテらしいぞ?」
「なんで僕に振るんですか?!」
穣治が憧へ、シアンのほうを指しながら言うと。当然憧は不機嫌な声で反論するのだった。
「――まあ本人は嫌だろうし、少年の姿じゃあこっちも飲みに誘えもしねえ。とっととキメラ倒して元の姿に戻る方法を考えてみようぜ」
「んー、キメラ倒しても変異した細胞は元に戻らないと思うんだよねー」
穣治の提案を、それとなく否定するレベッカ。
普段と違う立場というものもたまにはいいかもしれない。笑いが出そうになるのを堪え、レベッカは不安そうなシアンを見つめる。
身長も縮んで、顔つきも幼さがある。不思議なものだ。
「それに元に戻らなくてもまたおいし‥‥っと、なんでもない」
「普段も美形じゃろうとは思うが、元に戻すのも惜しいわい」
レベッカも秘色も二人して『こっちでもいい派』である。
「シアンさん‥‥虎退治終わったらビール貰えるんですよね?」
『容姿はどうでもいい派』っぽさそうな等が言ってくるのだが、シアンは思わず頭上に疑問符を浮かべていた。
「そう言った覚えはないが‥‥? しかしそれくらいでいいなら、元に戻ったらいくらでも奢る」
「ッしゃぁ! ビール! 男同士の約束ですよッ!」
すでにやる気モードへ突入した等。『虎出てこい』と勇ましいことこの上ない。
時折シアンを振り返ってはニヤニヤしながら見下ろしてくる。普段見上げていた男が小さくなっているのだから、余計に楽しいのだろう。
「しかし、厄介な特殊攻撃だね。尻尾が再生してきたら危ないじゃない」
千草が虎の尻尾のことを危惧するが、出会わない事には始まらない。
「まあ、とにかく下手な策を打ったらそれこそ本当に危険なので、慎重かつ臨機応変に行きましょう」
そう応えた空も周囲を注意深く探りつつ、花もまだ明るい森の中、スコープも使えず霧で視界がクリアでない事に頬を膨らませる。
「どこから来ても、お姉ちゃんが護ってあげるからね!」
「自分の身は自分で護る。君は自分の身を優先に――」
「お姉ちゃんって呼びなさいって言ったでしょ?」
花が『めっ』と叱ると、穣治が物言いたそうにシアンを見つめているので『パパとも言わないぞ』とぴしゃりと言い放つ。
断られた穣治は捨て犬のような眼をして憧を見るのだが、『僕も言いませんけど』とこれまた断られていた。
そんな折、小さく草が揺れてガサガサと音を立てる。瞬時にそちらの方向へ視線を走らせ、シアンを庇うように護りを固める。
「おいでなすったようですね」
空が些細な動きにでも反応できるようにと神経を集中し、呟く。
しかしキメラは姿を現さない。此方から動こうかと思った瞬間のことだった。
「――彼奴は後方ぞッ!」
天子が短く叫ぶと同時。大きく口を開いた虎が、レベッカめがけて茂みより躍り出る。
「させません!!」
空が瞬速縮地でレベッカの前まで駆け抜けると、シールドで初撃を受け止めた。
獣の体重が乗った衝撃に加え、シールドに獣の牙が擦れ合う音をごく近くで感じつつ、肩から盾にぶつかって獣を突き放す。
それを見逃さず、天子が間を置かずに疾走した。
レベッカが拡張練成強化をかけ、
「援護します‥‥」
続いて花がすぐさま援護射撃で補佐し、天子は虎へ二連撃を喰らわせる。
「これで身を守ってくれや。怪我しないようにな? よーし、パパ頑張っちゃうぞ!」
シアンへログジエルの盾を渡し、練成弱体を虎へとかけてグッと拳を握った穣治。
「私も援護する。当るんじゃないよっ?」
千草も援護射撃でサポートする。
「今年の干支じゃと空気を読めるは、褒めてやるがの」
秘色が風に消え入りそうな声で呟き、流し斬りで右側面から攻め立てる。
「ビールの為‥‥じゃなくて平和のため、覚悟ぉっ!」
左側面より等の瞬即撃が虎の足を穿つ。三方向より攻め入られ、一寸戸惑いを見せた虎。しかし、靭やかな身体のバネを使って跳躍。前衛の頭上を飛び越し、後方を狙うつもりのようだ。
リゼットが即座に放ったソニックブームは虎の顔面に当たり、ギャウッ、という呻きが洩れる。
「真っ赤な薔薇を‥‥咲かせてあげるよ。キミの血でね‥‥」
花がシアンを庇うように立ちながら、拳銃で喉元を狙って撃つ。僅かに逸れたが、宙に咲くブラッディ・ローズ。
攻撃を食らいながらも着地した虎。能力者たちを睨みつけながら炎を吐こうと口を大きく開く。
幸い空と憧が移動から円閃を叩き込んだおかげで、間一髪炎は出ずに彼らへ当たる事もなかったが、苦戦を強いられている能力者達。
爪での鋭い攻撃を後方に飛び退りながら剣で受け止め、威力を軽減させる秘色。流石にまともには食らえない。
「危ない。後ろに‥‥」
武器を構え、飛び出そうとしたシアンの肩を、花が横から掴んで引き留める。
(「こんな姿になったばかりか、俺には仲間の手助けすらできんとは‥‥!」)
悔しさに歯噛みするシアンの頭を、等がポコッと軽く小突いてから撫でた。
「自分のせいで‥‥悪いなって思ってるなら、それ、お門違いです。俺らは依頼を受けて仕事で来てるんですから、気兼ねなく頼っちゃってくださいよ」
ジ・オーガを握りしめつつ、笑顔のままで等がシアンに言って聞かせる。
「困ったときはお互い様、って言うっしょ?」
「シアンさんには、元に戻ったらその分頑張ってもらうよ。だから――」
いつものヤツ、お願いしますね。と、場違いなまでに穣治と等は満面の笑みを向けた後攻撃を再開した。
ビール、と連呼し笑みさえ浮かべて攻撃を繰り出す二人には、言い知れぬ恐ろしさをも感じる。
空が胸部へ斬り付け、そこに間髪入れぬリゼット渾身の一撃が加わって虎は大きく仰けぞる。
「脇がガラ飽き‥‥。このチャンス、いただくよ‥‥」
冷徹にさえ聞こえる花の声と銃声が響き、千草が一気にカタをつけようと強弾撃を使い、仲間にそろそろ終いにすると告げた。
「承知した! いざ!」
爪による攻撃を回避して繰り出した天子の二連撃がカウンターでヒットする。
「これで‥‥!!」
かなりの痛手を負ったのだろう、吐血した獣へ憧と穣治が同時に攻撃し――とうとう虎は地へと横たわり、息絶えたのだった。
●Sの悲劇
「ねんがんの、もとのすがたを――うん? ‥‥なぜだ? なぜ変わらない?」
待っても一向に姿は変わらない。小さいままの体を見て、シアンは疑問を口に出す。
「‥‥お気の毒様です」
憧があまりお気の毒だと思っていなそうな口調で応える。
「おかしい。誰かを犠牲にしなければならないのだろうか?」
と、いきなり虎の尻尾を取り出し、ブスリと憧を突き刺す。
「ぎゃああーーっ!? ちょっと絶対なんかオチありそうって思ったら僕ですか!?」
「む。俺の変化もないな。君の変化もないが」
ちっともお互いの体格に変化がないので、ぽいと尻尾を放り投げて消滅させるシアン。(夢なので)置いてきたはずの尻尾の出現も消失もご都合主義なのである。
「ええっ!? それって刺され損じゃないですか僕!」
「ぶっちゃけ、元に戻らずとも此の侭で良いのじゃがのう」
愛いぞと言われつつ写メまで撮られまくるシアン。是非フリルシャツに半ズボン、ニーソで。という要望は即座に却下した。
「うん、ここはもう第二の人生を歩むべきだと思うんだよね‥‥って事でシアンくん、カンパネラに通ってみれば?」
「どうして再び学校に通わねばならない!!」
レベッカの優しいアドバイスにも最早耳を貸さない。こうなれば完全に見た目通りの子供である。
「あっはっは、もう笑うしかないじゃない? もう、ダメ‥‥ぷっ、ご愁傷さま」
相変わらず千草に笑われっぱなしで悲しみとショックが入り乱れ、やさぐれ全開のシアン。
「君たちはっ‥‥! 笑うのもいい加減に――!」
怒りに身を震わせるシアンを、後方からぎゅぅっと抱きしめた者が居た。
「でもシアンさん、可愛いです‥‥!」
突然のことで、彼自身何が起きたかが判らなかった。
肩越しに振り向くと‥‥リゼットが嬉しそうに自分を抱きしめているではないか。
なんだか柔らかいようないい匂いのような気がする‥‥が、混乱によるものと(夢なので)良くわからない。
じりじりと遠くで警告のような音が鳴り続いているが、それを気にする余裕もない。
顔にかかる髪がふわふわとくすぐったい(気もする)ので、それに触れようと指を伸ばしたシアン‥‥と眼があったリゼットは我に返る。
「‥‥ごめんなさい、中尉!」
頬にさあっと赤みが増して、震える唇が謝罪の言葉を発し――
恥ずかしかったのか、はたまた嫌だったのか。思い切り、彼は突き飛ばされた。
「痛ッ」
ガン、という鈍い音と痛みのお陰でシアンは瞬時に眼を覚ます。
じりじりとずっと響いていた音は目覚ましのアラームだったようだ。昨夜オフにするのを忘れたらしい。しかも頭に落ちた。
カチリとスイッチをオフにし、自分の手をまじまじと見つめたシアン。部屋の内部を見て、結局――夢だったことに安堵する。
(「ひどい夢だ」)
寝癖のついた髪に触れながら、夢の内容に辟易した。
嫌な夢は忘れるに限る。それに、何故か酒でも奢ってやらなければいけない気がするのだ。
シアンは穣治と等に呑まないかと連絡を入れるため携帯電話を取った。
二人の返事は是が非でもということですぐに決まったのだが、酒の肴は不思議な夢の話で大層盛り上がるのだろう。
等が『身体大丈夫ですか?』だとか、穣治が『どっちが良かった?』と聞いてくるのが気にはなったが、すぐにわかることだ。
丁度その頃、眠たそうに眼を擦りながら、レベッカは不思議そうに首を傾げた。
「変な夢‥‥。何で初夢に中尉が‥‥?」
彼女が見た夢なども結局は仕事の夢で可哀想である。
「‥‥誰だろ、あの子」
クマのぬいぐるみを抱えて、花は今しがた見た夢の人物を脳内で検索する。
思い当たる人物が居ないので、首を傾げていた。
「愛い奴じゃったのに、夢とは無念だの」
秘色は夢で見た少年の容姿を思い浮かべて、おかしなものを見たものだ、と笑った。
少年の本来の姿が眉間に皺を寄せてばかりいる軍人だとは思うまい。
初夢はどう解釈すればいいのだろうか。
干支の夢は良さそうではあるのに任務に出かけたという点では日常が染み着いてしまっている。
「休んだような気がしませんね‥‥」
空は苦笑しつつ、実にリアルな夢だった。という感想を持ったようだ。
天子は天子で、布団から上半身を起こし、朝の空気を吸い込みながら
「若い頃はさぞ年上の女性殺しだったろう、あれは」
と、矢鱈頭を撫でられていた学ラン姿の少年や共にいた女性仲間を思っていた。
(「夢だけど‥‥どうしよう‥‥!」)
次に会う時はこの夢の内容もすっぱり忘れていればいいのにと思いながら、
リゼットはしばらく枕に顔を突っ伏したまま、動けなかった。
微妙に面白い夢だった気がする。
実際にありはしないとは解っていつつも、親しく思えた軍人が子供の姿になって。
いろいろ仲間とも協力しあったからいい夢と言えばそうなのだけど――千草は首を傾げた。
「皆の名前、なんだって言ったっけ?」
憧がゆるゆると目をあけると‥‥そこは見慣れた部屋。
変な少年も、力を合わせた仲間もいない。虎もいない。
ああ、あれは夢だったんだ。何の不思議すらない結論なのだが、やはり彼も自分の体を見る。
身体は縮んだりしていないようだ。それにほぅっと安堵の息を洩らしつつ、テレビのリモコンを手に取ってつけた。
テレビから流れる軽快な挨拶。
「――では、今年もよろしくお願いします!!」
また、今年も、今日も。
彼らにとって新しい一日が始まる。