●リプレイ本文
●幸か不幸か
彼らが受け取った依頼書、特記事項には『不確定? ‥‥幻覚を見せる恐れあり』と記入されていた。
(「中尉、今度は実家に戻ってまで‥‥」)
思わず苦笑いを浮かべるレベッカ・リード(
gb9530)だったが、
逆にシアンがいなければ彼の兄が犠牲になったかもしれない。結果だけを見ればこれで良かったかと思いなおす。
「幻覚を見せるキメラ、ですか。数も多いし厄介な相手ですけど、犠牲者が出ている以上、放置出来ませんね‥‥」
「ええ‥‥バグアっていうのはホントに何でもアリみたいね」
依頼書を見ながらリゼット・ランドルフ(
ga5171)は唇をきゅっと結び、アングラ セツ子(
gb9966)は左頬に手を添えたまま溜息混じりに応えた。
「蝙蝠は超音波を発すると言いますから、おそらくはその類。人間の可聴域ではないなら増々厄介ですわね」
キャンベル・公星(
ga8943)が幻覚対策をどう取るか皆に相談を持ちかけるが、これといって対策が見つからない。
キメラの能力がどの程度なのかも不明なため、班分けをして兵力を分散する事にした。
「ま、やれるだけやってみますかね。蝙蝠の習性があるなら使えそうなモノ持ってきてたことだし」
姫堂 麻由希(
ga3227)がカバンを見つめつつ言って、カララク(
gb1394)はふと思う。
(「‥‥幻覚、か。俺なら何を見るだろうな」)
●マクニール邸
「こんばんは。思っていたより速かったね‥‥助かるよ、本当に」
キメラの出現場所であるマクニール邸を訪ねるとシアンの兄、キーツが至極冷静に出迎える。
「見た通り庭が広いから戦闘には問題ないと思うけど、念のため渡しておくよ。任務が終わったら破棄を忘れずにね?」
と、周辺地図を蒼河 拓人(
gb2873)へと笑って手渡した。
「オレが知る範囲での経緯を説明するね。シアンはどうやら蝙蝠キメラの幻覚攻撃にやられたんだと思う‥‥急にシアンの様子が変わった。何もおかしな感じはなかったってことは超音波での攻撃だから、普通の蝙蝠とは違うだろうから気をつけてね」
(「‥‥む、やっぱりその辺も普通とは違ってる? じゃあ、あれを駆使するのは無理だなぁ」)
キーツの説明を聞きながら、麻由希は残念そうに持ってきた周波数測定器の入ったカバンにそっと手を添えた。
「キメラは庭先にいるから君たちも十分に気をつけて。多分幻覚見せられても殴れば正気に戻ると思うけど」
終わったら報告よろしく、と告げて彼は家の中へと戻っていく。
家の玄関から左側、ぐるりと壁伝いに行ったところ――確かに広大な庭と、ほのかなガーデンライトの光を受けて、ちらりちらりと飛び回る黒いモノ。
無数の赤い瞳が、暗闇に浮いていた。
「蝙蝠‥‥!! でも、このままじゃ薄暗くて‥‥良く見えません」
覚醒しつつ天城・アリス(
gb6830)が薄暗い電灯を眺めるが、突如ライトの光量が飛躍的に上がった。
驚いたのは能力者達だけではない。キィキィと蝙蝠たちも騒がしく鳴いている。
庭に面した部屋からは、キーツが軽く手を振る。どうやら、彼がライトの設定をいじったらしい。
「これなら発見しやすいですわね。ご助力に感謝を」
キャンベルが覚醒しつつ、刀をすらりと抜いた。
「では‥‥宜しくお願いします」
ミルキィ・ウェイ(
gb9346)が始まりの挨拶をし、注意深く蝙蝠を見据えながら構える。
「そう簡単に分断できるわけも無し‥‥。うん、まずは突っ込まず、ダメージを与えることからが先決だと思う」
麻由希はそう言いながら群れの中でも分断しやすい場所を狙い、超機械での攻撃を喰らわせる。
「しかし近所迷惑よねぇ、これ」
夜更けに銃を乱射している一人、セツ子がガトリングを使用しながら呟いた。
それに合わせてリゼットが確実に落とせそうなキメラを打ち抜く。能力者の先制攻撃によってダメージを与えた後、
「まとまりすぎはおいしくないわね」
そこから蝙蝠を大きく3つの群れに分かれさせ、彼らも班ごとに散開した。
「敵を確認。数と位置――‥‥ッ!?」
カララクが後方からタクティカルゴーグルで同班のメンバーに伝えた、その時。
(「しまった‥‥!」)
ひしめきあっていた蝙蝠と眼があったカララク。気付いた時には蝙蝠たちから視線を逸らせず、視界がぐにゃりと揺れた。
彼の視線の先にいたのは、黒髪の少年。
虚ろな顔をして、彼に手を差し延べる。
薄く開かれた唇。何も発さないのだが、カララクには『自分を呼んでいる』のだと――
「オイ、しっかりしろよっ! 呆けてんじゃねぇ!」
ウェイケル・クスペリア(
gb9006)と拓人に軽く叩かれ、ハッと我に帰るカララク。
言葉は乱暴だったが、心配そうな目が真っ直ぐ彼を捉えていた。
「――済まない」
「気にすんな‥‥やられたらやり返すまでだ」
「やられる前にやるものなんだけどね」
拓人とウェイケルに力強く頷いて報告が途中だったことを思い返す。
「‥‥他班との距離、問題なし」
「了解」
報告が完了するとウェイケルが鉄扇を手にして前へと向かっていく。
「二人共、フォローは任せたぜ。あたしは全力で‥‥大暴れだ!」
「うん。怪我はさせないよ」
カララクと拓人の二人でウェイケルに当たらぬよう射撃を行う。数は多いがスナイパーの援護射撃により複数への攻撃を行い、ダメージを与えて近距離で確実に倒していくという作戦。
「予想通りに、脆いようだな。存分に叩き落してくれ」
蝙蝠たちは、耳障りな声を発しつつ飛び回る。
「少々効率が悪いかもしれませんが、刀で一体ずつ確実に狩っていきましょう」
キャンベルの指示により、アリスもまた近距離戦に持ち込んで蝙蝠の攻撃を避けつつ斬り落としていく。
「こんな大量の蝙蝠見たこと無いからちょっと不気味。というか気持ち悪い」
本当に嫌そうな顔をしたままのレベッカは、PBに電波増幅をかけ知覚攻撃を繰り返す。
「やぁぁっ!」
ミルキィはヴァルディッシュを振るって攻撃しつつ、様子を注意深く窺う。
灯りがあるにせよ、素早く動き回る蝙蝠は彼女の死角を衝いて体当たりを仕掛けようとしてくるからだ。
「ぅぐ‥‥、このっ!」
威力は大したこともないのだが、攻撃を受けることには変わりがない。
もう一度体当たりをしてきた蝙蝠を避けて斬り倒すミルキィ。数匹仲間が落ちると蝙蝠たちは声を発さずに密集する。
「幻覚は使わせません!」
それを兆候と取ったアリスが素早く踏み込み、流し斬りを群れへと繰り出したが一寸遅かった。
赤く光った眼をちらりと見たからだ。しかし、アリスが幻覚にかかったわけではないらしい。
「あっ‥‥?! レベッカさん、ミルキィさん、キャンベルさん‥‥!?」
アリスが心配そうに仲間の名を呼ぶと、ミルキィは幻覚に備えて身を固くしていたようだが、
「こっちは‥‥大丈夫、みたい」
眼に映る光景に変化はないとミルキィは安堵する。
「私も平気、かな。やっぱ幸運だった‥‥?」
GooDLuckかけといて良かったなと心ひそかに思うレベッカだったが‥‥
「お‥‥」
やや離れた場所で、腕に爪を立てているキャンベルの姿があった。
(「お父、様‥‥」)
母親でもなく、義母達でもなく――自分の知らぬ女性と肩を並べている、父の姿。
(「私で終わりという約束が、違いましてよ? 101人目の公星家の兄妹など許しませんわ‥‥!」)
術中にハマってギリッと歯をかみしめるキャンベルの胸元へと、ペイント弾が飛んできた。
「あー、すまないな。起こすにはコレしか手がなかったんだ」
アリスの要請により、番天印をキャンベルへ向けていた拓人が済まなそうな表情で謝罪する。
「遠慮はいりませんわ。むしろ感謝致します」
微笑みで返すキャンベルはすぐさま先ほどと違う冷たい目で蝙蝠を見据え、ふんと鼻で笑う。
「こんなものを見せられたなら、確かに行かなければなりませんもの」
攻撃を当てるには小さくて素早いキメラたち。遠い位置の蝙蝠にはソニックブームを放ち、体当たりしようとしてくるものを斬り払うリゼット。
他の班と同じく、蝙蝠が密集してくるところに気付いた麻由希が指示しながら妨害し、セツ子も駆除のため蝙蝠たちに制圧射撃を撃ち込む。
「その幻覚攻撃は本当に止めてもらいたいわね」
それによって若い子を虐めるような構図や、自分が混乱している構図も‥‥どっちもごめんだ。
大方の数を減らした事により、このキメラ最大の能力『幻覚』を喰らうという不安も解消されつつある。分断されていた蝙蝠たちも連携を取ろうとしているのだろうか。
羽音を響かせながら、残った蝙蝠たちを集めて群れようとしていた。
「どうやら‥‥一網打尽にした方がこの際いいかもしれない‥‥さあ、舞踏会の始まりだ。暫し付き合って貰うぞ?」
拓人が呟き、蝙蝠たちを追いこむように全員に伝え、同班のメンバーへは準備をよろしくと声をかけた。
「終わらせる‥‥!」
頷いたカララクが強弾撃を、拓人が蝙蝠たちの散開を防ぐように制圧射撃をほぼ同時に打ち込む。
「今だ! やれッ!」
彼らに呼応し、ウェイケルが横合いより蝙蝠の軍勢へ向けて大きく腕を振るう。
「纏めて‥‥吹っ飛びやがれ!!」
赤く光る鉄扇から渾身の力を込めたソニックブームが繰り出されて、キメラを呑みこみ切り刻んだ。
羽根や体を斬られ、撃ち抜かれ地へ落ちる蝙蝠。
「――殲滅完了、ですわよ」
これで終いと、キャンベルが地にのたうつ最後の一匹に刃を突きいれた。
●居間にて
「ありがとう。悪いね、適性がないものだから加勢できなくて」
キーツはそう言って寂しそうに笑う。
「いや。室内にいてもらった方が此方も気が楽だ。小さい事を気にしないでいいぞ」
覚醒が切れたミルキィの口調にも気を悪くせず、頷いたキーツ。
そこに、おずおずとアリスが進み出て不安そうな顔をする。
「あの‥‥マクニールさんは大丈夫でしたでしょうか」
「ああ。この通り全然無傷」
えへんと胸を張るキーツに、アリスは『あの‥‥』とまごついた。
「違うと思う。中尉のほうでは?」
呆れたような顔でカララクがアリスの言いたい事を代弁してやると、キーツは知ってるよと言いながらにやりと笑った。
「シアンは大丈夫。ああ見えて石頭だから――」
「花瓶で殴っておいて、何を偉そうに‥‥! 俺とて一般人と同じだ、当たり所が悪ければ人の手で死ぬところだったぞ!」
ハハハと笑うキーツの後方から、頭を押さえ不機嫌そうなシアンがやってきた。
皆気にしていないだろうがシアンは覚醒していなかった。一般人と同じ状態だったのである。
彼の怒るところもおかしくはないのだろうが、キーツは命があって良かっただろうといって取り合わない。
だが、今回はキーツの味方が居たようだ。
「亡くなった方は戻りませんが、中尉はこうして目を覚ます事が出来て。今回はキーツさんに感謝されるべきだと思います」
花瓶で殴打はどうかと思いますけど、とリゼットが言えば、シアンは言葉を詰まらせ、ばりばりと頭をかいた。
「‥‥そうだな。ありがとう。そして君たちも良くやってくれた」
礼を言ってから、キーツに報酬の支払いを急かすとソファにどかりと腰を下ろす。
「ホラ、中尉頭見せてみ‥‥うわ、コブできてら」
救急セットを持ったウェイケルがシアンの後ろに立って、後頭部の痛そうなコブをつつくと、消毒やら何やらと軽い治療を施してくれた。
「すまん。ウェルはいい子だな。実の兄など何もしてくれんぞ」
非難を込めた視線をキーツに向けるシアンだが――じっと自分を見ていたセツ子に気がついた。
「‥‥な、何だ?」
「いいえ。何でもないわよ」
(「なかなか可愛いわね。すこしタイプだわ」)
好感をもたれたのも気付けず居心地の悪さを感じるシアンに、くすりとセツ子は微笑む。
ゆっくりしていけばいいというキーツの厚意に、メンバーは応じて紅茶などを楽しんでいた。
「うん、これは美味しい」
ぱっと眼を輝かせて感想を言ってくれるレベッカに、キーツは大いに同意する。
「だよね。シアンは舌も頭もダメな子だから、文句ばっかりさ」
「いい加減な事を言うな。俺にだって解るぞ」
やはり文句を言ってくるシアンに『ね?』と顔を見合わせて笑うキーツとレベッカ。
「よかったら皆少し持って帰るかい?」
「あら、よろしいんですの? 嬉しいわ」
キャンベルも嬉しそうに顔をほころばせる。
「よっしゃ、報酬も貰ったしパーッと打ち上げ行こうぜ。勿論奢るぜっ」
報酬も受け取ったウェイケルは、ほくほく顔で友人らと打ち上げをしに行くようだ。
「もう冬だし鍋がいいかな? うん、奮発して蟹とか河豚を食べちゃおう!」
「悪くないな。行くか」
拓人やカララクが乗り気で家を出ようとする背中に、
「無駄遣いするなよ」
とつい漏らすシアン。
「無駄じゃねーって。じゃあな中尉」
ひらひらと手を振るウェイケル。カララクはぼんやりと幻覚について思いを馳せつつ家を出て行った。
「‥‥しかし、よく無事だったな」
シアンが不思議そうに言ったが、彼は『仕事柄現実しか見ないからね』と応えるキーツ。
「じゃあ中尉はロマンティックな人なんですね」
「星空とかよく眺めますか?」
リゼットがくすくす笑うと、アリスも重ねて言う。
反論しかけた彼だが、キーツがニヤニヤしているので足の脛を蹴ってやる。
「ま、これで催眠連続殺人事件ってのも解決かな。よかったね」
レベッカがマガジンラックの新聞に目を落とすと、シアンも神妙な顔をして頷いた。
「幻覚、か‥‥中尉は何を見たんだ?」
ミルキィの素朴な疑問に、シアンは苦しそうな眼をした。
「被害者の一人。数度話したことがある男性でな。血涙を流しながら助けてくれと言っていた‥‥幻覚であるにせよ、きっと幻覚ではない事だ」
そうして、彼は能力者達を見つめる。
「ともかく‥‥事件は解決だ。俺たちの戦いはまだ終わらないが、君たちもくれぐれも命を大事にしてくれ」
頼んでいた迎えが来てくれたようだと窓の外を見たキーツが言い、能力者達も立ち上がる。
その背中を見送りながら、シアンは小さく礼を言った。
「ありがとう――」
せめて今日は、良い夢を。