タイトル:とある軍人と執事喫茶マスター:藤城 とーま

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 22 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/12/09 02:53

●オープニング本文


●またお前か

 12月某日。
 日増しに寒くなるが、寒いからといって外に出ないわけにもいかない。
 会議が終わって、安堵しながら執務室へ戻って来たシアン。
 椅子に腰掛け、書類をファイルに閉じようとしていたときの事。机上の電話が鳴った。
「‥‥」
 何と無く嫌な予感がしたのだが、相手が内線から‥‥しかも伍長からだったのですぐに取った。
「マクニールだ」
『はっ、マクニール中尉、キーツであります!』
 キーツとは彼の兄であり、実家はビールの醸造会社だ。兵舎にいることに絶句しているシアンに、明るい笑い声が聞こえた。
『びっくりした? ウチんトコで作ったヤツじゃないけど、ボジョレーの納品に来たんだよ』
「わざわざお前が来なくていいだろう‥‥? 一体何の用だ」
 くだらない事なら帰ってくれ、というと、キーツは『くだらなくない!』と言い切った。
『傭兵サンとシアンの手を借りたいんだよ』
「ほう‥‥?」
 興味を示したシアンへ、キーツは嬉々として彼の休みを確認した。
 誰にも教えていないはずなのに、知っているということは‥‥。
「個人情報の漏洩じゃないか? 直ちに関わった人物を調べあげ、処分をお願いしたいところだ」
『止めてよ。欧州軍の偉い人怖いじゃない』
 それがどうしたと出かかったが、キーツもこの兵舎には色々と良くしてくれている。
 なおかつ家族の予定を知る事について、オペレーターもここまでは、と問題無い範囲で教えてくれたのだろう。
「で。手を借りたいというのは」
『うん、もうね、シアンの名前で任務依頼出してあるんだ。だからそれを見てくれるかな。頑張って』
 と、一方的に電話を切られる。
「‥‥嫌な予感がするな」
 すぐさま依頼受領のFAXが送られてきたので、慌てて確認‥‥を終え、シアンはぐしゃりとそれを握りつぶした。
 伍長宛てに電話をかけ直したところ、キーツはもう帰ったと言われた。

「くそっ‥‥! こんな任務があっていいのか!!」
 しかも自分の名前である。もうそれ以上依頼の紙を見たくなかったので、ぽいとゴミ箱に放り投げた。
 残念ながらゴミ箱に入らなかった依頼の紙は、床にしわくちゃなまま落ちる。
 それにはこう書いてあった。

『試飲会を盛り上げてくださるスタッフ募集』
 マクニール社でも、12種類の紅茶に加え、再び5種類の紅茶を取り扱い致しました。
 皆さまに紅茶の良さを知っていただこうと思っておりますが、
 人手が不足しており、十分なサービスを提供することができません。
 そこで知識や経験をお持ちの傭兵様。一日限りで喫茶のスタッフとしてそのお力を貸してください!!

・美味しい紅茶を淹れる技能をお持ちの方‥‥若干名
 その技能、ぜひ今回活かしていただきたく存じます。

・執事様‥‥数十名
 お越しいただいたお客様へのご案内、接客等。(ホールのスタッフです。給仕程度ですので、つきっきりではありません)

・調理経験をお持ちの方‥‥数名
 軽食をお出しする予定です。菓子職人様がいらっしゃいますれば、大層心強いものでございます。

・お客様‥‥多数
 お越しいただけるお客様は大歓迎です。

 申し込みは受け付け担当『シアン・マクニール』まで。

●参加者一覧

/ 柚井 ソラ(ga0187) / 榊 兵衛(ga0388) / 水鏡・珪(ga2025) / 叢雲(ga2494) / リゼット・ランドルフ(ga5171) / クーヴィル・ラウド(ga6293) / アンドレアス・ラーセン(ga6523) / クラウディア・マリウス(ga6559) / 時枝・悠(ga8810) / アレイ・シュナイダー(gb0936) / 黒桐白夜(gb1936) / 蒼河 拓人(gb2873) / ストレガ(gb4457) / 賢木 幸介(gb5011) / ヤナギ・エリューナク(gb5107) / 桂木穣治(gb5595) / 望月 美汐(gb6693) / 天城・アリス(gb6830) / オペレッタ(gb9001) / ウェイケル・クスペリア(gb9006) / 湊 影明(gb9566) / ブロンズ(gb9972

●リプレイ本文

●戦場は喫茶店

「――よいしょ、っと」
 駐車場に停めたLM01の助手席より、菓子材料を引っ張り出すストレガ(gb4457)。荷物のほうが大きくて、細い身体が支えられているかのようだ。
 数歩よろめいたが、その後はしっかりとした足取りで進もうとする。やや急ぎ足の彼女の前方から、シアン・マクニール(gz0296)がやってきた。
「おはよう。大変そうだな、手を貸そう」
 と、ストレガの荷物をひょいと手に取って食堂の厨房へと向かう。
「おはようございます。本日は微力ながら頑張りますので、どうかよろしくお願いします」
「此方こそよろしく。君たちには期待している」
 その言葉通り、今回ばかりは役に立てない事を痛感しているシアンなのだった。

 彼らが厨房に到着すると、既に仕事をしている数名。甘くいい香りが立ち込めている。
「水鏡さん、このくらいの甘さでいいでしょうか?」
「では味見を‥‥はい、このくらいが丁度良いですね」
 水鏡・珪(ga2025)と天城・アリス(gb6830)が仲良くスコーン用のジャムを作成しているらしい。
「‥‥これはミルクティー用。あちらは色も良いのでストレート向けだな‥‥」
 微笑ましい二人とは正反対に、クーヴィル・ラウド(ga6293)は真剣な面持ちで紅茶のチェックをしていた。
 その横で、お客様が紅茶の美味しい飲み方を一目でわかるようにとの配慮から叢雲(ga2494)がなにやら丁寧に紙へと記載しており、
「『イチゴ大福、チーズクリームソースを添えて』とか‥‥流石に食材でキメラはなかったからなぁ〜」
 微妙に恐ろしい事を言いながら、蒼河 拓人(gb2873)が笑顔で和洋折衷のデザートを作成していた。
「では私もお菓子の準備に入りましょう。いっぱい作らなくてはいけませんから張り切って参ります」
 束ねた長い髪をコック帽子の中へと入れながら、白いコックコートに身を包んだストレガは笑みを浮かべて言う。
 ここには自分が手伝えることはない。むしろ彼らの邪魔になるだろう。と、シアンは会場になる部屋へと向かったのだった。

●細部も完璧

 部屋に入ると、ここも既に数人が活動している。
 湊 影明(gb9566)がモップで床を綺麗に拭き、リゼット・ランドルフ(ga5171)がシアンに気づいて声をかけてきた。
「中尉、おはようございます。各テーブルへお花を飾りたいので、クロスを敷いていただけないでしょうか」
 と、手に持つ花と同じくらい可憐な笑みを浮かべる彼女。シアンは解ったと了承し、真新しい純白のクロスを手に取った。
 彼女のお手製なのだろう、フラワーアレンジメントがクロスを敷いた上に飾られていく。
 全ての卓へ飾り終えると、リゼットは礼を言い菓子制作の途中なのでと厨房へ駆けて行った。
 入れ違いに、アンドレアス・ラーセン(ga6523)とヤナギ・エリューナク(gb5107)の長身で見栄え良い二人が現れる。
「おー、いたいた。招待状を作ったんでな、ちょっと見てくれ」
 ニッと笑ったヤナギが、シアンの前へ白い封筒を差し出す。それを受け取りカードを見ると、こう書かれていた。

『敬愛するご主人様
 貴方の為に紅茶をお淹れしてお帰りをお待ちしております』

 簡素な中に、もてなしの心がよく現れた文章である。シアンも素晴らしいと口にすると、二人の顔は嬉しそうに綻ぶ。 
「お墨付きなら安心だ。これを配って盛り上げようと思ってよ‥‥最高の喫茶店にしようぜ!」
 ビッと親指を立てて、アンドレアスは頼もしい言葉を残してヤナギとともに部屋を出る。
 一人で清掃していた影明の手伝いをしようと思ったのだが、彼はてきぱきと仕事をこなしたようで、既に道具の片づけを始めている。
「大丈夫だ、一人で持てる」
 手伝いの意味を少しだけ違えたようだが、影明はぺこりと一礼して部屋を去っていく。
 ボーっと突っ立っているシアンの前に、もう執事服に着替えた桂木穣治(gb5595)が笑顔でやってきた。
「おや、シアンさん。まだ着替えてないのか!」
「開店までにはまだ早いだろう?」
「いやー、相変わらずシアンさんの周りは楽しいイベントが多いから。おじさんは柄にもなくうきうきして眠れませんでした」
 と、オッサンは可愛らしい事を言いながら早く着替えて叢雲さんの教えを請おう、とシアンを誘う。
「そうか‥‥その方がいいな。皆の足を引っ張るわけにもいかん」
 と、納得すると着替えるために更衣室へ向かう。

●ついやらかした

 更衣室に入るや否や、シアンが固まる。
「ッ、すまん! 女性が着替えているとは思わなかった‥‥! 失礼した!」
 バッと回れ右をしたところで、『俺女の子じゃないです! 男です!』とすぐさま反論があった。
 柚井 ソラ(ga0187)がブラウスを着こみながらもふくれっ面でシアンのほうを見ている。
「‥‥本当に?」
「本当ですっ!」
 何だったら身分証見せますよ、くらいの勢いである。
 再び謝罪し、シアンも着替えようとテーブルの上に無造作に置かれた服を手に取り、ロッカーを開く。
「まったく、どうして俺がこんな事を‥‥」
「誰かの笑顔を作るお仕事。大事な大事なお仕事ですよね?」
 諦めの悪いシアンへ、にこりと微笑みつつ窘めるソラ。
 それにちらと視線を向けたシアンは『そうだな』と頷いた。
「俺にシュミッツ中尉のような優しさと配慮があれば良かったのだが」
(「マクニールさんも中尉‥‥エレンさんと同じ階級の人なんだなぁ」)
 向日葵のような微笑が似合う彼女の表情を、ソラはぼんやりと思い浮かべる。
「しかし叢雲さんはどこに居るのかなあ」
「先ほど厨房にいたぞ」
 シアンと穣治の会話にハッと顔をあげたソラが、一緒に叢雲さんから教えてもらいませんかと声をかける。
「叢雲んトコ行くのか? だったら俺も事前講習に行こうかね」
 先に支度を完了した黒桐白夜(gb1936)がロッカーを閉めつつ3人に向かって言った。
 が、彼の着ている燕尾服。襟と折り返したカフス部分が大きくとられており、独特なデザインである。
 だがそれが妙に似合うので、誰も異論は挟まなかった。

●教えて叢雲先生

「何ですかその服。執事はホストではないのですよ」
 開口一番、叢雲は白夜に鋭い視線と口調を浴びせた。
「執事ってこうだろ!?」
「さて皆さま。簡単にではありますが、基礎を学んでいただきましょう」
 白夜の抗議を華麗にスルーして、叢雲はその場に集まったフットマン達へ丁寧に教えていく。
 さすがに現職である。言葉づかい、起居振舞共に美しい。
「お嬢様、ご子息様‥‥とか、呼称が皆違うのか‥‥」
 お客様で良いと思っていた賢木 幸介(gb5011)は緊張した面持ちであったが、
「解らないときは俺に聞くなり、皆の対応を見ながらで大丈夫ですよ」
 叢雲の優しい微笑みにぎこちなく返事をする幸介。猫耳は叢雲先生の指導が厳しいのでつけていない。
 その後‥‥気に入らないのか再び白夜に鋭い目を向けている。
「あなたには個別指導が必要のようですね。ともかくそのホスト臭、どうにかして下さい」
「しょーがねーだろ、持って生まれたツラだよこれは‥‥!!」
 その他にもホスト臭い執事に該当する者もいるのだが、叢雲は知人にはとても厳しかった。
「ありがとうございます」
「笑顔がチャラい。もっと丁寧に笑みなさい」
 もっと? と思いつつギギギとゆっくり口角を上げる白夜に『笑みがいやらしい』とダメ出しをする叢雲。
「ご案内いたします」
「背筋をもっとシャキっと伸ばす」
 ビシバシと指導される白夜を、穣治たちは遠巻きに眺める。
「情熱が違いますなぁ」
「ああ‥‥」
 一通り調きょ‥‥いや、教え終わると、叢雲は冷たい眼差しを白夜に送る。
「‥‥ま、後は本番頑張ってください。ミスったら裏でケツキックですが」
「ケツキックとは何だ?」
 ヒソとシアンが幸介に訊ねると、『こういうものですよ』と白夜に実演してみせる叢雲。それこそ執事がそんな事をしてはいけないのではないだろうか。
「痛ッ!? まだ何もしてねーだろッ!」
 お尻を押さえて抗議の声を上げる白夜。
「では、時間も差し迫ってきましたし、開店準備にかかりましょう」
 と、恐ろしい指導を終えた叢雲は、スッと眼鏡を直しながら答えた。

●執事喫茶ラストホープ

 カタンと『OPEN』の札に変えたアレイ・シュナイダー(gb0936)。まだ『お帰り』になられたお嬢様方はいない。
 鏡を見ながらにこりと笑顔の確認をして、ドアの前を離れる。
「こういうのは緊張するな‥‥」
 そうシアンがぼやくが、
「まず自分が楽しまなくちゃ」
 穣治は言葉通り楽しんでいる。
「お? やほー、中尉久しぶりだネ」
 オペレッタ(gb9001)がひょこりと現れ、シアンにぺこりと挨拶をした。彼女も執事として頑張ってくれるらしい。
 カボチャがどうやらアウトだとか暫し雑談をしてオペレッタは離れて行ったのだが、それですっかりシアンも緊張が解ける。
「まあ、たまにはこういうように羽目を外すのも良いかもしれぬな。俺もそれなりに楽しませて貰う事としよう」
 榊兵衛(ga0388)も(特に何もしてないという意味での)無造作ヘアを今日は綺麗に梳って首後ろで結び、前髪もオールバックでぴっしりと整えてあった。変われば変わるものである。
「――そしてスコーンはジャムをたっぷりつけてお召し上がり頂きたいと‥‥」
「成程」
 珪からお菓子に良く合う紅茶などを聞いていた。
「アフタヌーンティーの習慣があったから、活かせるってのはいいよなぁ」
 黒い執事服に着替え終わって、その手に招待状という名のビラを持つヤナギは楽しそうに目を細める。
「俺も昔とった杵柄で、接客は得意よ?」
 こちらも先ほどのラフな服装とは違い、ぴしっとキメたアンドレアス。
「それは頼もしいな。紅茶で迷ったら質問させてもらう」
「俺ね、コーヒー党なんだよね‥‥紅茶〜‥‥ま、なんとかなるって」
 シアンが思わず不安そうな顔を向けたが、アンドレアスとヤナギは彼の表情を見て噴き出す。
「冗談。紅茶はきちんと覚えたぜ。任せとけ」
「俺も菓子まで把握したから、わかんなけりゃ聞い――!」
 とヤナギは軽く手を上げ、叢雲へ呼びかける。
「お嬢様が2名お帰りになられました!」
「畏まりました。ご案内をお願いします」
 執事服の裾をなびかせ、指示を出しながら叢雲はゆっくりと近づく。
 既に執事たちが持ち場に着いているのを確認してからヤナギとアンドレアスは片方ずつ同時にドアを引き開け――。

「お帰りなさいませ、お嬢様」
 最初のイケメンスマイルが、お嬢様方に炸裂したのだった。
「このお屋敷の管理を任せられている、バトラーの叢雲にございます。さぁ、お召し物とお荷物をお預かりいたします」
 通されたお嬢様方は真っ赤になりつつも歓喜の悲鳴だけは押さえ、叢雲の後に続いて室内に足を踏み入れる。
『いらっしゃいませ』と執事たちに言われるたび片方のお嬢様が笑みを押し殺す努力をしていた。
「何かおかしいのだろうか?」
 兵衛が首を傾げるのだが、いわゆる『萌え』でお嬢様が苦心しているとは思わないだろう。
「お嬢様方、何をお飲みになられますか」
 クールな印象のクーヴィルが二人の前へやってきて、メニューを開いて恭しく差し出した。
「キャーーー! 私どうしよう!」
「あたしもどうしよう! 落ち着こ! ごめんなさい興奮しちゃって!」
「ご心配は無用です。お嬢様の御心のままに」
 絶叫するお嬢様方は萌えで自制が効かないご様子であり、他のお嬢様が居なくて良かったと思いながら、クーヴィルはそれを淡々と流している。
 ようやく落ち着いたお嬢様へ紅茶、菓子の説明をするのだが、はたしてお嬢様はきちんと聞いておられるのだろうか。
「アップルティとジョルジ、ミルリトンとスコーンでございますね。かしこまりました」
 注文を取ると、少々お待ち下さいと一礼して去っていくクーヴィル。
 彼本人にその気は毛頭なかったのだろうが、クールな流し眼(お嬢様ヴィジョン)に萌えが爆発したようである。
「あのお嬢様は具合が宜しくないのでしょうか」
 コック服から執事服に変わっているストレガが心配そうな声を上げたが、影明が『ただの萌え悶えだ』と冷静に判断を下す。
 幸介は不思議そうに見ているだけだ。萌えというものがどういうものかじきに解るときが来る‥‥かもしれないが。
「それじゃ、穣治さんがジョルジをお淹れしましょうかね」
「ハハッ、サムいネ★」
 オペレッタに評価を下されながらも、裏にお茶を取りに来た穣治。苦笑いのリゼットが、丁度トレイにティーセットを載せたところだった。
 それを受け取ってワゴンで運び、お嬢様の前で注いで差し上げる穣治。伊達眼鏡の奥に見える、落ち着きのある表情が――再びお嬢様を萌えの世界へと誘ったようだ。


 喫茶に次々『ご帰宅』がある中、望月 美汐(gb6693)お嬢様もご帰宅された。
 ご案内は兵衛、注文承りは白夜が行う。
「ではアッサムティーとスコーン、それとあればアプリコットジャム、無ければブルーベリージャムを頂けます?」 
 メニューを楽しげに見つめ、美汐が丁寧に読み上げながら指す。
「ジャムは双方ともございます‥‥もし宜しければ、二つともお出し致しますが、いかがなさいましょう」
 にこりと微笑む白夜に、美汐も『ではお願いします』と笑みを返した。

 軽食担当のアリス、珪、リゼットは伝票を確認しながら次々と用意、作成する。
「ふぅ‥‥一段落したら、紅茶を飲みに行きましょう」
 そっとベーグルを皿に乗せて、明るい表情で二人に言うアリス。
「そうですね。頑張っている執事さん方にもお好きな紅茶をお淹れしましょう」
「それは賛成です」
 リゼットの提案に珪も笑みで返しつつティーコジーをポットに被せると、トレイに置いて渡した。

「きちんと真面目にやっていますか?」
「真面目にやってるって! 俺はやれば出来る子よ?!」
 可愛らしい女性陣とは逆。アッサムティーを準備しながら冷たく問う叢雲に、白夜は拗ねたような口調で答える。
「叢雲は本業だから余計気になるんだろうさ」
 アンドレアスが横槍を入れつつ伝票とお菓子を見比べながらチェックし、トレイに乗せている。
「そればかりではありません。ホストクラブにならないよう気を抜けないこちらも大変なんです」
「‥‥お前ね‥‥」
 叢雲とアンドレアスの間にヤナギと白夜がやってきてまぁまぁと宥める。
「これを持っていけばいいのか?」
 やけに緊張した面持ちのシアンが、美汐の注文したセットが載っているトレイを手に取る。
 が、普通に持っているはずなのにティーセットがカタカタと揺れて非常に恐ろしい。
「ちょっと待て! 俺が代わる! なんかあんた見てると怖いっつの‥‥!」
 と、白夜がそれをひったくると、ふぅと安心したような顔で持って行った。
「中尉‥‥ドアマンをお願いします‥‥」
 指示をする叢雲の顔が怖いように見えるのは、己の罪悪感からだろう。気にするなとアンドレアスが肩を叩いて慰めてくれたが、すまんと小さくなるシアンは、すごすごと表に戻る。
「ま、俺たちはビラ配ってくるわ」
 明るい調子でアンドレアスが言うと、待ってましたとばかりに嬉しそうな顔をするヤナギ。
 喫茶店の宣伝。この二人なら外でもきっと綺麗に映えることだろう――卓の前を通り過ぎていく二人の姿を、美汐お嬢様は幸せそうな顔でスコーンにジャムを塗りながら眺めていた。

●賑やかな午後

「あそこでやってるみてーだぜ」
 また一組のお嬢様方――ウェイケル・クスペリア(gb9006)が、一緒にやってきた時枝・悠(ga8810)に言う。
 と、扉の前に立っているシアンが二人の姿に気づいて扉に手をかけた。
「お帰りなさいませ‥‥‥‥お嬢様方。どうぞ」
 たっぷりの間を置いてそう言ったシアンに、ウェイケルはつい噴き出す。
「似合わねえな、それ。中尉は軍服来て腕組みしてる方がお似合いだぜ」
「ねえ‥‥中尉って『こういうの好きな人』なの?」
「機会があれば質問は今度受けよう‥‥入るなら入ってくれ」
 お嬢様にぞんざいな口を利くとは、仕事に真剣なクーヴィルに睨まれ、本職の叢雲にケツキックされんばかりのダメさである。
「今日はあたしの奢りだぜ。存分に楽しんでってくれ」
「ん‥‥じゃ、そうしようかな」
 中に入った悠達を、影明が出迎えた。
「お帰りなさいませ、お嬢様方」
「おー影明。あんたも、そうやって真面目にしてりゃマトモなのにな」
 勿体ないと苦笑したウェイケルにも接客態度は崩さず、どうぞと席へ案内する影明。
 メニューを置いた後に、裏に行って拓人を呼んだ。
「え、二人が来てるの!? それじゃ、僕接客するよ〜」
 嬉しそうに言った後、コック服から執事服に着替えて戻ると覚醒した。
 その足取りで自分の作った和菓子をトレイに乗せると彼女たちの卓へと向かう。
「ようこそお嬢様方。さあ、命令(オーダー)を頂いても宜しいかな?」
「オーダー頂く前に、拓人がもう持ってきてるし」
 悠の指摘にもフッと笑って、彼は自分からの心遣いだと言う。
「‥‥ウェルに近付く不埒なヤツは、ボクが退治するからネ」
 と、隠密潜行して気配を消していたオペレッタが、後ろから明らかな敵意を乗せて呟いている。
(「あの声‥‥オペ子か‥‥?」)
 後ろを振り向いてはいけない気がするので、ウェイケルは全て聞こえないふりをすることにした。
 気を取り直し、ウェイケルは悠お嬢様を見つめて拓人へとゆっくりと命令を下す。
「彼女はあたしの客だ。最高のサービスで持て成して差し上げろ」
「はっ。仰せのままに」
(「執事ってこういうモンなのかな」)
 ウェイケルと拓人のやり取りを見ながら、悠は首をひねる。周りを見やると、
「うーん‥‥デザートはどれにしましょう‥‥?」
「当屋敷のパティシエールたちが腕を振るって作ったものです。お嬢様のお好みを仰っていただければ、私がご提示いたします」
 美汐はスイーツ選びでクーヴィルのアドバイスに耳を傾けながら顔を綻ばせていた。
「ではガトーショコラとシャルロット、それにレモンメレンゲパイにイチゴのタルトをお願いします」
 美汐お嬢様のリミッター、どうやら解放のご様子である。眉一つ動かさぬクーヴィルは了承の意を唱えると裏に行ってしまった。
「‥‥悠は紅茶どうすんだ?」
「えー、っと、特に好みがあるわけじゃないから。拓人のお勧めのやつでいいよ」
「だ、そうだ。あんたのおすすめ2つ。あたしのは砂糖入れなくていいぜ」
「畏まりました」
 拓人が一礼してそこを去った後、談笑しつつフロア内を眺める二人。
「フロランタンはいかがでしょう?」
「じゃ、じゃあっ、それでっ!!」
 ストレガが微笑みながらお勧めすると、ご子息様は声を上ずらせながらも取り繕うため必死なご様子。
 あちらこちらでお嬢様、ご子息方は萌えを炸裂させている‥‥やはり女性客の割合が多いようだ。
 突如、ウェイケルが指を鳴らして近くにいた幸介を呼ぶ(オペレッタもいるのだが見えない扱いを受けているためだ)
(「これ、どう使うんだろ‥‥」)
 卓上のベルに視線を落とす悠だったが、使い方が解らないのでそっと端へ置いた。恐らく呼ぶ時は『指を鳴らすものだ』という認識になるであろう。
「うっ?!」
 やってきた幸介は、ウェイケルの姿を認めるとたじろいだ。その視線をものともせずに、彼女はまじまじと幸介を見やる。
「悪くねぇ。が、ちと足りねーな‥‥」
 ごそごそと鞄を漁って、『そう、こいつが足りねぇ』と引っ張りだしたのはねこみみふーど。
 差し出すところから察するに、幸介にやれというらしい。
「ばっ‥‥!! そ、そんなの被れるかよ!」
 従兄からの命令でやるはずだったのに、やたら抵抗する幸介を面白そうに眺めるウェイケル。
「ウェルお嬢様が折角持ってきてくださったものだ。まさかやらないわけ‥‥ないね?」
 紅茶を運んできた拓人が涼やかな顔で幸介へ訊くと、可哀想な幸介はぐぐぐ、とぎこちない手つきでねこみみふーどを受け取り、意を決してすぽりと被った。
 萌え執事の誕生である。恥ずかしさを堪えるために紅茶のポットを一つふんだくると、心を鎮めながら紅茶を注いでいる。
「幸介くん似合ってるよー」
 覚醒が解除されてしまった拓人は、いつものぽやーっとした表情に戻って明るい笑顔を向けた。
「余り馴染みはないかもしれませんが、こちらの紅茶はよく他の茶葉とブレンドされています。コクがありますのでミルクティにするのがお勧めです」
 恥ずかしさを堪えつつ、幸介は解説し『良く知ってるね』と感心する悠の前にそれを置く。
 お菓子を美味いと平らげたウェイケルの口許を、にこにこと微笑みながら拓人が拭いてやる。
「‥‥これでよしっと。綺麗になったよ〜♪」
 にぱっと笑った彼。
「キミ、ぶっ飛ばすから‥‥いいよね!」
 隠密を解いたオペレッタが拓人の前に躍り出た。皆が止める間もなく、皿をひっくり返すやら悲鳴が上がるやらの騒ぎ。
 更なる追撃をと振り上げたオペレッタの腕は、後ろから強い力で掴まれて動きを止めた。
「ちょっと、イッタいな〜、誰?」
 不機嫌そうに振り返ったそこには、今にも怒りだしそうなシアンの顔。
「‥‥みつかっちゃった? でも反省はしていないヨ!」
 まずいなぁと思ったオペレッタ。が、シアンの声はいつもより低かった。怒る一歩手前といったところだ。
「構わん。とりあえず外に出てもらおう。答えは必要ない」
 と、オペレッタを引っ張って外に出たのだった。
「なるほど、シアンさんは執事じゃなくて黒服ってとこか」
 散らばったものやテーブルの上を片付けながら、穣治とアレイは呟いていた。
 一方裏では、兵衛が賄いと選んだ紅茶を口にしながら休憩中。
「やはり慣れない口調は疲れるな。戯れにする分には良いが、いつもはとても俺には無理だな」
 ふぅ、と肩の力を抜くと、紅茶の良い香りが彼の鼻孔をくすぐる。
「たまには紅茶も良いモノだ」
 柔らかく微笑んで、兵衛はゆっくりと風味を味わっていた。

●綺麗なお兄さんは好きですか

 クラウディア・マリウス(ga6559)は、用事を終えて帰途の散策を楽しんでいるところ。
 執事喫茶ラストホープの近くで燕尾服の二人が封筒を配っている。
「‥‥はわ? なんだろ、あれ」
 興味半分、ふらっと近づいた彼女が見たものは――彼女が兄と慕っている人物だった。
「ほわっ! お兄ちゃん、こんな所で何してるのです?」
「おー、クラウ。何って執事喫茶の宣伝だ。ほれ」
 アンドレアスは一枚ビラを渡した。そっと受け取り『執事ですか‥‥』と言いながら隣のヤナギを見る。視線を受けてぺこりと静かに礼をする彼。なるほど、そのようにも見える。
 ビラの中身を読んだクラウディアは、ほわほわのお花が咲くくらいに無邪気な笑みを見せた。
「美味しい紅茶とケーキ?! あは、行きますっ!」
「オッケー。それじゃご招待しましょうか、お嬢様」
 と、クラウディアお嬢様を連れて屋敷(喫茶店)への道を行く。
『足元に注意して』という前に、前のめりになったクラウディアを慌てて両脇から支えた。
「はわわっ、すみませんっ‥‥」
「そのうっかりさは一種の芸当だな。帰る前に後何回あるやら」
 苦笑するアンドレアスへ、ヤナギが『そんなに?』と聞けば、彼はニヤリと意地悪く微笑んだ。
 思わず赤面して俯くクラウディア。が、前を見ていないので通行人にぶつかりそうになってしまいつつ――短い道なのに長い時間をかけ、ようやく喫茶店へと入ったのだった。

「それではお嬢様、こちらのソファへお掛けになって少々お待ち下さいませ」
 アンドレアスが豪華な刺繍の施されたソファへと恭しく案内し、ヤナギとともにその場を離れ裏へと入って行った。
 丁度休憩より出てきたソラを捕まえれば、彼は大きな目を丸くして驚いている。
「早くクラウのトコ行って来い。‥‥お嬢様をお待たせすんなよ?」
 よろしくな、と微笑んでクラウお嬢様の担当に任命した。
「はいっ、では、いってきます!!」
 慌てて出て行くソラを見送り、ヤナギとアンドレアスは顔を見合わせる。
「さて。休憩にでも入りますか」
「了解。俺ベースでも弾いちゃおう」
「ふぅん? ギターと合わせてやってみるか」
 思わぬ提案に『マジかよ』と興奮してしまうヤナギ。
 隠しきれない喜びが顔に出てしまっている。いそいそと休憩室に行った彼らが入った後しばらくして何故かハーモニカの音も一緒に聞こえてきた。
「オニーチャン、もっと早く吹いてくれよ」
「ハーモニカでそんなテンポ速く吹けねぇよ!」
 ヤナギの爆笑と、白夜の困った声も楽しそうに聞こえた。

「あ。クラウさん‥‥じゃない。お帰りなさいませ、クラウお嬢様」
「はわ!? ソラくん?」
 ようやく出迎えたソラを見て、一瞬びっくりした顔をするクラウディア。が、すぐに破顔した。
「‥‥あは、良く似合ってます。素敵ですよっ」
 その言葉に、つられてふにゃりとした笑顔になりそうだったが、今は執事である。凛とした姿勢でお嬢様に挨拶をし、席へとご案内する。
 メニューを手渡されるも物珍しくあちこち見ているクラウディア。
(「執事さんがいっぱいです‥‥」)
 執事喫茶ゆえ仕方がないのだが、あちらを見ても執事、此方を見ても執事。眼が合えばお帰りなさいませと挨拶をされる。
「はわ‥‥紅茶、種類も多いんですねぇ」
「お嬢様のお好きなものを。こちらのスイーツも合わせてどうぞ」
 ぺらりと次のページをめくると、軽食やスイーツのメニューがずらりと並んでいる。
「すっ、すごいです! はわわ、目移りしてしまいますっ、どうしよう‥‥食べきれませんね」
 そんな傍らを、美汐お嬢様は満足そうなお顔で『ガトーショコラを2つ、ブルーベリータルト、リンゴとレーズンのディープパイ』をテイクアウトして乗馬へとお出かけ(出て行くの意)になられたのだが。
 うー、と悩んだ挙句、お嬢様はダージリンといちごタルトのチョイス。
 注文を受けて踵を返すソラの後姿を見送るお嬢様。中性的な顔立ちのソラであるが、こういった服を着ていると様になる。
(「お兄ちゃんもでしたが、ちょっとカッコいいです」)
 ぽかぽかしたいい気持ちが胸中に広がり、幸せな気分になった。
 再び紅茶を持ってきたソラが丁寧に淹れてお嬢様へお出しすると、くすぐったいような気持ちで頂きますと口にし――お嬢様は何度目かの驚きを見せた。
「はわ、美味しい‥‥」
「俺も喜んでもらえて嬉しいです」
 仲良しのクラウが喜んで、褒めてもらえて。気恥ずかしさを感じながらふわりと微笑むソラだった。
 
●折角ですから

「‥‥マク二ールさんは、どこにいるのでしょうか?」
 と、会場内をきょろきょろしながら、割烹着姿のアリスがシアンを探している。
「ん? どうした、天城」
 卓の端で諸経費を集計していたらしい。電卓から顔を上げて自分を探していた少女に声をかけた。
「もう休憩には、入った後ですか?」
「いや、これが終わったら入ろうかと思っていたところだった。何か用が?」
 はい、とアリスは持っていた皿をシアンに差し出した。皿の上には幾つかの軽食やタルトが乗っている。
「私が作ったものです、食べていただけますか?」
 しょげているシアンを可哀想に思ったのか、理由はともかく彼のためにわざわざ作ってくれたようだ。
「‥‥非常に感謝する。ありがたく頂こう」
 席を立ち、時間を確認してその皿を受け取ると、一緒に休憩室へ入って行った。
 そこにはリゼットと珪もおり、シアンにぺこりと頭を下げる。
「お疲れ様です。順調ですか?」
「おかげでな。俺が居ないほうがもっと順調だった気もしなくない」
 珪の問いかけに、残念そうに答えたシアン。アリスの差し入れを口にし、何度も頷く。
「まだありますから、たくさん食べてください」
「お望みならデザートもお付けしますよ」
 アリスと珪のもてなしに、黙々と食べながらも頷くシアン。食べるか頷くかどちらかにしてほしいものだ。
「中尉は普通にしていれば大丈夫だと思いますよ? 執事服も似合ってますし」
 それに対しどう返せばいいのだろうか、とシアンは思ったのだが、浮かんでこなかったので適当に頷く。リゼットはにこりと微笑みながら紅茶を差し出した。
「ディンブラです。お好きな紅茶、判りませんでしたから勝手にイメージで決めてしまいましたけど」
 一口飲んで、満足そうに頷いたシアン。
「ありがとう。好きな紅茶だ」
 美味しいと素直に言うと、リゼットは笑顔でどういたしましてと言う。
「しかし、君たちは裏でずっとフォローしてくれていたな」
「好きでやった事ですから」
「作ったもので、誰かが喜んでくれたなら幸せです」
 面白いですよと珪が言い、アリスも賛同した。
 その繊細な慮があれば接客もできただろうにと思いながら、彼はもう一つベーグルを手にしていた。

●偶然も必然

「‥‥執事、喫茶‥‥?」
 聞き慣れない看板に首を傾げ、ブロンズ(gb9972)は腕を組んで黙考する。
 内容は紅茶の試飲会とある。
(「紅茶とかに含まれるカフェインって眠気覚ましに良いって誰か言ってたな‥‥」)
 まぁいいかと気の赴くまま立ち寄れば、アレイが笑顔で出迎えてくれる。
「お帰りなさいませ、ご子息様」
「‥‥どうも」
 室内の空気が普通の喫茶店と違う事に落ち着かなさを感じつつ案内された席で、メニューを広げてみたものの‥‥あまりよくわからない。
「御用の際は、こちら‥‥ベルを鳴らして下さいませ」
 アレイが立ち去った後、もう一度メニューを眺める。が、やはりわからないので言われたとおりにベルを鳴らした。
「いかがされましたか?」
 笑顔でやってきたストレガ。ブロンズの指は暫しメニューの上を彷徨ったが、それが止まる。
「甘いものとか詳しくないから、オススメとかあればそれで‥‥」
 優しく微笑んだ彼女は、メニューを指さしながらこれはどうでしょう、と聞いた。
「私個人のお勧めはアールグレイですが、香りも独特で人によっては好き嫌いがあります。これに合うお勧めのお菓子はレアチーズケーキですね」
 丁寧な説明を何度も頷きつつ真面目に聞いたブロンズ。
「美味しそうなんで、それ‥‥お願いします」
「はい、畏まりました。ご提案をお聞きくださいまして、ありがとうございます」
 清々しい挨拶を残し、女性執事はご子息へのティーを用意するためその場を離れる。
「ご子息様、失礼致します。キャンドルを置かせていただきます」
 ストレガが去った後すぐ、クーヴィルと影明がやってきて手際良くテーブルにグラスキャンドルを置き、明かりを灯すと他の卓へ移動して同じように灯しては去っていく。
 温かみのある炎に、知らずのうち見入っていた頃ストレガが現れた。
 紅茶を淹れ、ブルーベリーソースがたっぷりかかったチーズケーキとともにブロンズの前へ。
 小さくフォークで切って口に運ぶと、さわやかなコクが口に広がる。
「‥‥美味しい、と思う‥‥」
 口ではそう言っているが、感動のためか眠そうな眼は大きく見開かれていた。
「よかった、腕によりをかけた甲斐がありました」
 美味しいと言われたストレガも非常に喜んで心からの笑顔を向ける。
「え、自分で‥‥?」
「はい。他のメニューも、キッチン担当の方や、執事さんが一生懸命作ったものです」
 そっか、とブロンズは納得し、呟いた。
「作った人の思いが籠ってるから、美味しいのかな‥‥ありがとう‥‥来てよかった‥‥」
 その言葉を、自然と口にできる程ブロンズの心へ清涼感を運んでくれたようだ。感謝を込めた優しい笑みをストレガへ返し、ゆるやかなひと時を楽しんだ。

●これにて閉店

 お嬢様やご子息様がお帰りになられた後、札を『close』へ裏返し、大きく息をついたシアンはネクタイを緩める。
 むこう側で打ち上げとばかりに菓子や紅茶を楽しむ彼らの表情を見れば、今回本人たちも非常に楽しんでやってくれていたのだろう、と心が温まる思いで見つめるシアン。
「ありがとう。見事な接客と対応をしてくれたお陰でいい宣伝になったよ。君たちが来てくれて本当に良かった」
 言われた彼らも、非常に誇らしい気持ちで顔を見合わせて微笑む。

 皆で仲良く時間と食べものを分かち合い、執事喫茶ラストホープは一日限りの営業を終えたのだった。