タイトル:Evil Daysマスター:藤城 とーま

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/12/02 00:09

●オープニング本文


●良くない事はすぐそこに

 ヨーロッパ某所。
 既に人がいるような気配のない、うち捨てられた廃墟。
『keep out』と書かれたテープが入口にあたる部分へ巻かれている。
 その静謐な空間へ、ぴったりとくっついたまま伸びてくる影が二つ。
「ね、ねェ。ホントに入るの?」
 誰も聞いている者などいないのに、女性は小声で一緒にやってきた彼に幾度目かの確認をした。
「だーいじょぶだっつの。何ビビってんだよ。なんも居やしねェよ」
 怯える彼女の様子が楽しいのだろう。ニヤニヤとした顔をしながら彼女の手を引っ張り、ガシャガシャと瓦礫を踏み越えて進む。
 窓のガラスは割れ、床板は処々脆くなっている。天井と呼べるようなものは風化、あるいは崩れ落ちてほとんどない。
 中央に巨大な柱が建っており、過去に屋根を支えていたという名残として存在している。
 辛うじてそこに残っている屋根の下から空を仰ぎ見れば、ここが聖なる場所であった名残りのシンボルが良く見えた。
――信徒にも聖職者にも忘れ去られた場所。
 加護の無い場所。女性の不安は当然のように募る一方のようだ。
「で、でもっ、この間っ‥‥なんか出たから、UPCがこうしたんでしょ!? 帰ろうよ!」
 やっぱり、誘いに乗ってこんなところに来なければよかった。女性の感情は昂っているらしく、いつ騒いでも、泣き出してもおかしくない。
「だぁーから、『ホントかな?』ってお前が言うから来たんだろォ!? っせーな。帰り――」
 帰りたけりゃ帰れ。
 という言葉は、彼の口から永遠に紡がれる事はなかった。
 ぶん、と彼の首元あたりに向かって何かが勢いよく振られ、打擲する。
 ぱしゃっ。という水っぽい音とともに生温かい飛沫が女性へ飛び散って、どすんと痛いくらいの衝撃を与えるモノが胸元に飛び込んできた。
「え――?」
 きょとん、とした彼女の腕の中には彼の――顔があった。

「‥‥っ、い、ゃ‥‥いやあああアアァァーーーーッ!!」
 叫びながら胸にあったソレを放り捨て、スロー再生のように柱へもたれかかる彼の体を見つめる。
 暗かったため、ただの柱なのかと思われていたそれは、巨大な植物だった。
 さわさわと揺れこすれる葉が、忍び笑いをしているかのようにも聞こえる。植物はのそりと動いた。
 触手のような蔓を亡骸に巻きつけ持ちあげて、ゆっくりと引っ張っている。
 もうそこで彼女は半狂乱になり、なりふり構わず駆けだした。
 転び、這いずるようにしながらも、この状態で逃げる事をしようとするだけたいしたものではなかろうか。
 
 そして彼女は幸運にも、その場所より生還できたのだった。

●UPC軍は動かない

「――廃墟の教会への調査、討伐両方を傭兵に任せるというのですか?」
「そうだ。どこでもやっている事じゃないかね」
「確かに彼らへの協力は必要です。しかし、これではあの女性の証言以外‥‥何も状況が判っていないに等しいではありませんか。こんな依頼を起こすのなら――」
「判っていないのは君だよ中尉‥‥立場をわきまえたまえ。誰にものを言っている」
 依頼書を手にしながら黒髪の軍人が納得できないと上司に詰め寄っているが、聞く耳を持ってくれない。
「君には2日ほど休みを与えておこう。謹慎という名前で、だ。もういいぞ、早く出て行け」
 それどころか強制的に終了された。
「‥‥」
 苦い顔をしながら、敬礼をすると部屋を出ていく。
 後方のドアが閉まる音を聞きながら、胸の中で毒づく中年の男。
 改めて依頼書を手に取ると、一瞥しただけで秘書にFAXをULTへと流すよう命じる。
「傭兵で十分片付くに決まってる。傭兵の使い方も知らん、要領の悪い男だよ」
 動かなくていいものに動いているんだからな、と鼻で笑って、高級葉巻に手を伸ばした。

●依頼に飛び入り

 依頼を受けて現場に向かっている能力者達。
「待って」
 道中、彼らは一人の女性に呼び止められた。
 その女性はじっと彼らを見つめた後、静かな口調で再び話しかける。
「‥‥あなた達、この先の教会へ行くの?」
「ん、そう、だけど‥‥」
「だったら道案内もできる。私も連れて行ってほしい」
 突然の申し出に困惑する能力者達。その女性はユーディーと名乗り、今回被害に遭った女性の顔見知りと語る。
「それに、今行っても駄目。夜じゃないと」
「なんであんた、そんなこと知ってる?」
 警戒を含んだ声で訊ねられると、ユーディーは『戦ったから』と返答した。
「今日のようないい天気だったり、昼間だと光合成するようで回復が早いの。夜でもすごく植物強くて、一人じゃ‥‥お願い、報酬はいらないから。一緒に連れて行って」
 と、半ば強引にユーディーは能力者達にくっついていった。

●参加者一覧

春風霧亥(ga3077
24歳・♂・ER
ラルス・フェルセン(ga5133
30歳・♂・PN
鉄 迅(ga6843
23歳・♂・EL
ティルヒローゼ(ga8256
25歳・♀・DF
ジャン・ブランディ(gb5445
35歳・♂・FT
ジャック・クレメンツ(gb8922
42歳・♂・SN
榊 那岐(gb9138
17歳・♂・FC
黒瀬 レオ(gb9668
20歳・♂・AA

●リプレイ本文

●Who are you?

 土を踏みしめ、比較的緩やかな山道を往く能力者達。誰もがしばしの間無言だった。
「あと20分ほど行けば、目的の教会の‥‥なに?」
 そろそろ着くぞと早めに教えるため振りむいたユーディー。
 だが、疑惑と不信が込められた彼らの眼は、前方で道案内を買って出た彼女に向けられている。
 意味するところが解っても、顔色一つ変えずに誰かが答えるのを待つ。
「‥‥ユーディー君」
 最初に話しかけてきたのはラルス・フェルセン(ga5133)だった。
「正直に、申し上げますとー、私は貴女を怪しんでーおります〜」
 おっとりしている口調とは裏腹に、本音をそのまま出してくる。
 怪しんでいるのは彼だけではない。春風霧亥(ga3077)も真面目な表情で問いかけた。
「貴女が何者なのか気になりますからね。何故ついて来たのか、目的くらいははっきりして頂きたいです」
 ユーディーは皆の表情をざっと見てから視線を外して進むべき道に顔を向けて『あの教会は特別だから』と呟いた。
「特別ゥ? ボロい教会が?」
 ティルヒローゼ(ga8256)がさらに訝しむと、ユーディーは頷く。
「確かに強引だったから、疑われるのは解る‥‥でも、私はあなたたちの協力者。決して敵ではない」
 自分の事を語らぬ彼女。更なる疑惑と沈黙が彼らの間に流れ、悪化しそうになった時。
「敵だってんなら話は違うが、一緒に戦うって言ってるんだ。好きにさせりゃ良いんじゃねぇか?」
 ブランディ(gb5445)がその空気を変えるかのように切り出した。
「ユーディー‥‥さん、とりあえず貴女の意見は受け入れます。勝手な行動はしないでこちらの指示に従って行動してください。それだけお願いします」
 鉄 迅(ga6843)が面持ちも硬いまま告げ、ユーディーも承知したらしく返事をする。
 ひとまずは安心とラルスが表情を崩し、『お互いのためにもう少しー、色々教えて、頂けないでしょうか〜?』と微笑を浮かべて聞いてきた。

●経験者は語る

「あの植物には、比較的物理武器で押した方が良さそう。知覚武器には‥‥比較的強かった気がするの」
 日が暮れるまでミーティングや準備に取り掛かる事にした彼らは、目標との戦闘経験があるユーディーの言葉に耳を傾けていた。
 簡単に教会の全体図や植物の特徴を描きながら、彼女は感じた事を口にする。
「頭部‥‥ええと。『花托』か『がく』のところが変異して蔦のように動いて機能していた。そこから実際の可動範囲は5m弱」
「どうしてそんなに詳しいんですか?」
 身を乗り出し熱心に聞いていた黒瀬 レオ(gb9668)へ『私、中距離タイプだから』と答えたユーディー。丁度いい間合いがなかなか掴めずにいたようだ。
「ユーディーさんお一人で‥‥? 仲間は一緒じゃなかったんですか?」
 榊 那岐(gb9138)が怪訝そうに訊ね、ユーディーは『ずっと一人でやってた』と言う。
「え、じゃあ依頼とかもずっと‥‥一人で解決?」
「そう。今回は再生能力に手を焼くわ」
 凄いなとレオは素直に感嘆の声を上げて彼女を見ている。
(「彼女は今まで一人でやってきた。そして今回意思を曲げてでも協力を必要とする『何か』がそこにあるんでしょうか? ますます気になりますね」)
 ラルスはくいと眼鏡を持ちあげつつ黙考していた。
「生命力も高くて、おまけに再生能力まであるときたか。厄介なキメラだねぇ」
 大仰に肩をすくめたブランディ。まだ明るい空を見上げ、夜の事を考える。
「雲が多く、月明かりは期待できそうにないですね。やはり光源がいくつか必要でしょう」
 霧亥が残念そうに言い、携帯品のチェックを始めた。

 陽も沈みかけ、まだほのかに明るい空。彼らは休息を終えて再び目的地へ向かって歩きはじめる。
 しばし歩いた頃。スッと道案内のユーディーが立ち止まった。
「あれがそうよ。目標も中にいるわ」
 指さす方向、道の先に崩れかけた教会。その中央付近にそびえたつ――柱のようなもの。それを見据えた能力者達の表情も引き締まる。
 教会に足を踏み入れると、そこには人のいた形跡もない。だが微かな生臭さが漂っていた。
「もう、捕食した後なのね」
 ユーディーは静かに首を振ると、瞬時に覚醒する。
「さて、そんじゃ植物キメラの相手といきますかね」
 ブランディがジッポライターを差し出し、それを受け取ったティルヒローゼがランタンに火を入れながら頷く。
「ランタンの明かりが、キメラの回復力強化に繋がらなければいいんですが‥‥」
「蔦が届かないあたりに置いておけば、強い光ではないから効果はほぼ無いはず」
 同じように火を灯した那岐は不安そうに呟いたが、ユーディーは大丈夫だと自信を持って言う。

●EvilPlant

「それでは、行きます! 皆足場に注意してください!」
 霧亥が注意喚起し、既に覚醒していたラルスが射程圏内まで移動する。
 熱による攻撃ならどうだ、とばかりに弾頭矢にスキルを乗せながら射った。植物にヒットすると派手に爆ぜ、植物が仰けぞる。
「おや失礼。少々、熱かったでしょうか?」
「だったら熱くないようにしてやるさ!」
 ティルヒローゼがソニックブームを打ち、ラルスが狙ったあたりへと命中させる。葉を数枚散らせつつ、植物の蔦は那岐へ向かっていったが円閃で薙ぎ払われた。
「蔦は僕が!」
 剣から炎が立ち上っている事に『本当に出た』と目を丸くさせながらも、レオが声を張り上げ炎舞を振るう。
「危なっかしいぞ、ボウズ」
 横合いからフォローするようにブランディの槍斧が閃いた。蔦をいくつか斬り、根に向けて攻撃をしつつコアのようなものを探すが、それらしきものは見つからない。
「知覚が効かないわけではないですよね?」
「ええ。特効ではないだけ」
 前衛を補佐しながら射撃体勢を取ったユーディーへ、霧亥は確認して雷光鞭を振るう。
 植物の太い蔦が、おもむろに垂らされ床板を突き破る。穴が開いて見え隠れする床下から、此方へ向かっているのが見て取れる。
「ユーディー君、そちらに蔓が来ます!」
 ラルスの警告を受けた彼女は頷き、場所を移動しようと一歩踏み出したところで――脆い床板部分が崩れ、そこに足を取られた。
「‥‥ッ」
 間に合わないと思ったのか動こうとしないで銃を床下に構えた彼女を、側にいた迅が掻っ攫うように引っ張り、後ろに転がった。
「危ないでしょう! 女の子が無茶して怪我でもしたら大変じゃないか!」
 ユーディーから離れとりあえず無事を確認するのだが、
「へぇ。じゃあ私は怪我してもいいって?」
 迅の叱咤を横目で見やったティルヒローゼ。迫りくる蔓を切って払いながら不満とばかりに言っている。
「いや、そう言う事ではなくて」
「おいっ! 話はこいつを片づけてからゆっくりやりな!」
 ブランディが蔓へ攻撃を加えながら言ったが、別の蔓が飛んできて彼を打った。
 受けたダメージは大したことはなさそうだが、一般人であれば死んでいる威力。能力者といえど、その一撃は重いものだ。
「っ、大丈夫ですか!?」
 ラルスの問いかけへ、痛そうに顔を歪め無言で頷くブランディ。

 攻撃の間合いに入ったティルヒローゼと那岐はアイコンタクトで瞬時に意思の疎通をとり、攻撃の態勢に入る。
「はぁぁっ!!」
 気合とともに那岐の円閃と刹那を乗せた一撃が横から表皮を割りながら幹へと食い込む。
 ティルヒローゼがソニックブームと両断剣を重ねがけし、鎌をしっかりと握ると宣告を告げる死神のように振りかぶった。
「二つに裂けろ!!」
 渾身の力を込めて袈裟切りにすると幹の半ばまで鎌の刃は達し、痛みを感じているのかは不明だがキメラはガサガサと葉を大きく揺らす。
 植物キメラとはいえ度重なる攻撃を食らい、動きが明らかに鈍くなっているようだ。
 ユーディーが彼らの援護に回ろうと急いで銃を構えると、迅は既に銃を構えていた。
「一人より二人ってね、援護に入ります!」
「了解」
 ユーディーは小さく答え、前衛の行動範囲に入らない位置から射撃を行う。
「そろそろくたばってもらおうかね」
「はいっ!!」
 それを好機と取ったブランディとレオが、ティルヒローゼ達の逆側より連携攻撃を加えて、完全に幹を分断した。
 地を揺るがすような大きい音を立て、キメラの生命は活動を停止したようだが、注意深くラルスと霧亥は確認を行う。
「‥‥どうやら、確実に倒したようですよ。これで一安心といったところですが――」
 と安堵する彼らの後ろで、ユーディーはキメラへ斧を何度も振りおろし、解体しようとしていた。
「何してんだ、お嬢ちゃん」
「このままでももう大丈夫だとは思う。でも、一応細かくして燃やすつもり」
 ずいぶんと念の入った行動に、ブランディも呆れたような顔をする。が、しょうがないと武器を手に取り加わってくれた。
「あなた達の任務はもう終わったんだから、もう――」
「ユーディー、ったっけ? 私らは傭兵だけど、任務が終わったら置いて帰るほどアッサリしちゃいないよ」
 ティルヒローゼも溜息をつきながら近づいて、手を貸してくれる。
 それを不思議そうに眺めるユーディーだったが、ひょこりとレオが彼女に笑いかける。
「ほら、ボーっとしてたら朝になっちゃう! 早くやっちゃいましょう!」
 と、急かされてようやく作業に乗り出したのだった。

●彼女の思い出

「なにか樵になった気分でしたね!」
 結局全員で解体作業を終えた後、那岐が教会の外で薪をくべながら燃える火を眺めて笑う。
 ちなみにこの薪は先ほどのキメラである。
 被害者の遺品らしきものを探したが、血のついた衣服と薄汚れた指輪しか落ちていなかった。
 燃える炎の向こうに浮かぶ教会を見つめているユーディー。
「えー、ユーディー君。貴女のー目的は〜、達成〜できたのですかー?」
 おっとりした口調でラルスが訊ねれば、彼女は小さく頷いた。
「‥‥私は、許せなかっただけ」
 そう彼女は表情も変えずに話し始める。

 昔この近くに住んでいた彼女は、幼いころよりあの廃墟の教会が特別なものであるように感じていた。
 荒廃したものに宿る、人を寄せ付けぬ独特の気配。神聖にも似た厳かな雰囲気が気に入って。
 だが、ここで起きた事件は彼女にとって許しがたいものだった。
「私は‥‥この教会がとても好きだった。そこにキメラが棲みついて、人を殺した‥‥私の思い出も汚したから許せなかった。ただそれだけよ」
 ユーディーは最後の薪をくべると立ちあがる。
「言っても理解されないのは解っているわ」
 そして、軽く頭を下げると『でも、ありがとう』と静かに感謝の意を伝える。
「そんじゃ、とりあえず皆で飯でも食いに行こうぜ? 相互理解のためにな」
 ポンとユーディーの肩を叩こうとしたブランディだったが、彼女はスッと身を躱す。
 もう一度彼らの顔を眺め、『さようなら』と言ったかと思うと、彼女を呼ぶ声にも振り向かずスタスタとどこかへ歩いて行ってしまった。


「変な子」
 ティルヒローゼが首を傾げ、燃え残りをかきまぜる。
「結局〜、何者なのかーというー疑問は、解決にー、至りませんでしたがねぇ〜」
 ラルスもそう言いながら難しい表情はしていない。
「とにかくー依頼は〜、無事解決ーという、ところですね〜」
「‥‥ユーディーさんにとっての任務、教会を守る‥‥というのも解決したようですしね」
 人にはそれぞれの理由があるものだ、と霧亥が言いながら教会を見つめる。
「確かに変わった女性でしたけど、悪い人ではなさそうでした」
 迅が火の粉を見つめながら抱いた印象を言えば、そうですねとレオも同意する。
 先ほどまで禍々しく見えていた廃墟は、ほんの少しばかり本来の神聖性を取り戻したかのようにも見えた。