タイトル:とある軍人と宴会マスター:藤城 とーま

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 9 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/10/24 23:54

●オープニング本文


 10月某日、快晴。
 そんな天気でもシアンはいつものように、業務の一環として各種書類に目を通しているときの事だった。
 机上の電話が鳴って、シアンもそちらに目を向けるとペンを置いて受話器を取った。
「マクニールだ」
『やーシアン。オレもマクニールさんだよー』
 陽気な‥‥いや、能天気そうな男の声が聞こえた後、シアンは黙って受話器を置く。
 しかし十秒も経たないうちに再び電話が鳴った。
『ちょっとした冗談だったんだ。そう怒るなって』
「こっちは酒屋の社長と違って暇じゃないんだ。電話の相手が欲しいなら、営業担当にでも電話をかけていればいい」
『オレも暇じゃないんだって』
 ―― ウソつけ。
 シアンは出かかったそれを呑みこむと、用件は何だ、と怒りを押し殺した低い声で聞いた。
『シアン、今度の月曜日は確か休みだろ?』
「確かに休みだが‥‥教えていないのに何故知ってるんだ?」
 俺にも情報網があるんだよ、と電話の向こう側で胸を張っているであろう男に若干イラッとしながらも、
 シアンはカレンダーをちらりと見た。休みを今から変えてもらえないだろうか。
『それでさ、いつも頑張ってるウルトラの人いるだろ。世話になってるから、是非うちのパーティーに呼ぼうと思って』
「ウルトラの人?」
 思わず眉を寄せて黙考したが、どうやら地球を救うために巨大化し、怪獣を倒す異星人ではな――‥‥
 それらしいものは、そういえばある。
「まさか、ULTの傭兵たちの事を言っているのか?」
『そそ。Ultraの略なんだろ、アレ』
「全然違う」
 これは本気で言っているのだろうか。シアンの【イラッとゲージ】が1本溜ったようだ。
 格闘ゲームで言うなれば、超必殺技が出せそうである。
「‥‥判った。月曜にお前を殴りにそちらに行こう。ちなみにULTの略は――」『っと、そろそろ会議だから。飲めや食えやでお騒ぎオーケー。無料な。もうULTに出してあるんで、揃ったらみんなで楽しんでくれ。んじゃ』
 いつものように一方的に切られてしまう電話。
 ツー、ツーと通話が終了した電子音が鳴っている受話器を元に戻し、眼を閉じて長い溜息を吐いたシアン。
「‥‥相変わらず回りくどい」
 暇なら友達連れて家に帰ってくればいい、と素直に言えばいいのに。
 小さく笑うが、はたと気付いた事がある。
「待て。宴会‥‥当然、飲み物がほとんど酒では?」
 未成年の参加も可能なのだから、うっかり飲酒をしないよう眼を光らせるしかないのではないか。
 休みと言っても気が抜けないな。と思いながら、
 新製品らしい黒ビールの出来立てを飲めなくなったのが少々残念なシアンだった。

●参加者一覧

/ UNKNOWN(ga4276) / キョーコ・クルック(ga4770) / リゼット・ランドルフ(ga5171) / 錦織・長郎(ga8268) / 志羽・翔流(ga8872) / 最上 憐 (gb0002) / 平野 等(gb4090) / 桂木穣治(gb5595) / ウェイケル・クスペリア(gb9006

●リプレイ本文

●ようこそ宴会へ

「やはり、好きそうなメンツが集まってくれたようだな」
 本人が申し込むのだから当然だろうと思うのだが、集まっていた面々を見て、シアンは目もとだけで微笑んだ。
「だってタダで美味いメシが食えるんだろ?」
「‥‥ん。私。参上」
 ウェイケル・クスペリア(gb9006)が期待に目を輝かせて答え、最上 憐(gb0002)も‥‥誰も彼もがそうなのであろうが異論なく便乗。
「あ、マクニール中尉? 俺は志羽・翔流だ、宜しくぅ!」
 快活な青年志羽・翔流(ga8872)がシアンにも挨拶をする。この翔流、なんと料理人だという。
「‥‥ん。食べ物の。気配が。する」
 それに反応した憐が『いいぞ、もっとやれ』といった具合に大きく頷いた。それに笑顔を向けた翔流は、シアンへと確認がてら訊ねる。
「ビールの醸造会社主催の宴会ってことは‥‥いろんなビールが呑めるんだよなぁ?」
「しかも直々に案内してもらって、たらふく呑めるという訳だね」
 錦織・長郎(ga8268)も好きな黒ビールが呑めるとあってかうっすらとした笑みを浮かべて、シアンの目の前で止まる白い乗用車に目をやった。
「ああ。ここの社長が、ULTを非常に高く評価している」
 迎えに来たマクニール社の車へ乗るよう皆を促し、助手席に座ったシアンが自分の右肩に左手を置きながら首を傾げつつ言う。
「今回はどんなものを見舞えば良いやら‥‥」
 シアンの呟きはUNKNOWN(ga4276)がちらと視線を向けた以外、何事もなかったかのようにカーステレオの音楽にかき消された。

●通常技キャンセルから光ります

「シアン! ずいぶんゆっくりだったな。もう始まっちゃってるし、親父もぶつぶつ言っていたぞ?」
 イベント会場に到着するや否や金髪の青年‥‥マクニール社の現社長であるキーツが両手を広げ大歓迎の意を見せる。
「早く到着すると、どうせスピーチをさせられるからな」
 溜息をつきながらキーツは『たまには家業も手伝ってくれよな』と言い、シアンの後ろにいた能力者たちを黒い瞳で捉えた。物珍しいものでも見るように、瞬きすら忘れたように見入るキーツ。
「おお‥‥これがウルトラの人たちだな?」
「う、ウルトラの人‥‥ですか」
 苦笑するリゼット・ランドルフ(ga5171)の脳裏に、銀色のヒーロー像が浮かんだのだろう。巨大化しないですが確かに何となく似てますよねと言ってくれる。
「おお、そう思った?」
 パッと明るい笑顔を見せたキーツを思わず軽く蹴ったシアン。
「そんな優しいフォローはコレに言わないでくれ。これ以上調子に乗られたら大変だ」
 と、シアンが実に迷惑そうに口に出すが、リゼットの言葉に呆れたわけではない。兄が普段UPCのシアン宛てにかけてくる実の無い電話の事もある。
 それを思い出したら非常に腹が立ってきたらしい。だが、今日はめでたい日なので我慢しようと思った矢先――‥‥
「大丈夫? シアンにセクハラとかされてない?」
 キーツがリゼットやキョーコ・クルック(ga4770)らといった妙齢の女性に話しかけていた。
 ――‥‥我慢はできない。
 丁度今ので二本目の【イラッとゲージ】が貯まったらしい。
 眼がすぅっと細められ、シアンはキーツの襟を掴む。
 そのままずるずると曲がり角に引きずっていくと、ガシ、ボカッという(ような)音の後、キーツの『キャーやめてシアン、死んじゃう!』という断末魔が聞こえた。
 数秒後、ゲージを消費したのか怒りの収まったシアンが再び皆の前にやってくると、何事もなかったかのように『さぁ行こう』という。
「何があったんだろ‥‥」
 平野 等(gb4090)がそっと曲がり角を覗くと、うつ伏せに倒れているキーツの姿があった。
 等と目が合うと『あのドS星人を、大人しくさせてくれウルトラの‥‥人‥‥』と言って、パタリと力なく倒れた。
「わっ、ちょっと‥‥社長さん! シャチョサン!」
 キーツを介抱しようとした等の肩に手を置いて、行こうと立たせるシアン。
「家庭内暴力は良くないぞ?」
 家族仲良く! と力強く言った桂木穣治(gb5595)に、シアンは問題ないという。
「久しぶりなので加減が難しかったが放っておいていい。挨拶のようなものだ」
「なるほど、そういう事だったか」
 UNKNOWNが合点いったように頷くが、この兄弟の間ではそういうものらしい。見れば怪我らしい怪我がないので、やむなく言われた通りそっとしておくことにした。
「中尉」
「なんだ」
 シアンのコートを軽く引っ張り、ウェイケルは『投げ? 乱舞系?』と訊ねた。

●いざ宴会!

 新作黒ビールの発表と相成った今回のパーティー。大きなホールに通された。
 入った途端に鼻孔をくすぐる料理の芳香、耳に楽しく届く人々の声。能力者御一行からも感嘆の声が上がった。
 着席ビュッフェスタイルながら、ビュッフェ台には冷菜から煮込み料理、デザートやつまみまで幅広く揃っている。
「うっはー、すげぇな! 片っ端から食い放題なんだよなコレ!?」
 今にも額に手を当てて、会場の隅まで眺めそうなウェイケル。
「ああ。食い放題に呑み放題だ。皿に盛ったら食うのは席に戻ってからだ。くれぐれもその場で食うなよ」
 わかってるよと面倒くさそうに言い、ウェイケルの傍らにいた憐はきょろきょろと視線を彷徨わせた。
「‥‥ん。カレーとか。カレーっぽい物とか。カレーらしき物は。あるかな?」
 とりあえずはカレー味の何かであればいいのだろうか。ウェイターを呼びとめてメニューを聞いてもよかったが、自分で探し歩いて食べまくるのも楽しみの一つであると言えるだろう。
 予想以上の規模だったのか、口元に笑みを湛えるキョーコ。その美しいであろう表情の大半はマスクに覆われているので見えない。たぶん。
「いつ仕事が入るかわからないから普段あんまり呑めなくてね〜今日は目一杯呑ませてもらうよ〜♪」
 弾む声を残し、新製品が入っているらしいビールサーバーを発見した彼女は軽い足取りでそちらへと向かっていった。
「で、マクニールさん。ビール‥‥いや、酒は何種類ほど用意されているのかな!?」
 極上というか、満面の笑みを浮かべて聞いてくる穣治。『正確には把握していないが』と前置きして指折り数えるシアン。
「マクニール社のビールが5種、ギネス、キルケニー、ビーミッシュ‥‥アイリッシュウィスキーに‥‥ふむ、だいたい25種くらいか」
 これから訪れるであろう幸せの予感へ声も出ないほどか、ごっつイイ表情をする穣治。
 が、喜んでいるのはこの人だけではない。
「それはそれは‥‥僕自身、質・量共に嗜むものなので色々楽しみと言えようね」 
「最近、少し減らした方が‥‥と娘たちに言われてしまうが――うむ。依頼では仕方がない、よな」
 長郎とUNKNOWNの大人の魅力漂う二人も静かに同意している。
「とゆーコトで、その会社にあるビール全種制覇だ!」
「おー! 本気ビール大好きなんで呑み倒しちゃうんだから!」
 日本男児の阿吽の呼吸というのだろうか。翔流が拳を上に元気良く突き出すと、飛びつくように等が応えた。
 テンションの上がったこの状態ならば、本気と書いてマジと読んでもギザと変換してもきっと今なら大丈夫だ。
「さあさ、お待たせ! できたての黒ビールだよ〜♪」
 素人がやると安定しないという三ッ指持ちで持ったトレンチ(丸盆)に、ビールグラスを幾つも乗せてやってきたキョーコ。さすが日ごろから慣れている玄人さんである。
「うぉぉ、本場っ! 本場もんの黒ビールだぁっ!」
 感激して破顔する等。キョーコが笑いながらあたしが作ったわけじゃないけど、と言いながらも、男性陣の前にそっと置いていってやる。彼女が通り過ぎた後には、かすかに良い香りがした。
「っと、俺は呑まない。未成年者の監視をだな‥‥」
 目の前に置かれたグラスに、無意識に伸ばしかけた指を引っ込めつつ首を振ったシアンに、『1杯くらいはいいんじゃないか』とキョーコは悪戯っぽく笑ってウィンクをしてやる。
「出来立ての一杯ぐらい呑んでも監視はできるんじゃないか?」
 固い事を言うなと穣治も誘うが、目はビールに釘付けだ。
「未成年ったってそんなにいないし、コレ一杯ぐらいは大丈夫っしょ!」
「私はお酒を呑みませんから、マクニール中尉はどうぞ楽しんでください」
 リゼットがふわりと微笑みながら心配は無用だと言い、手にしていたノンアルコールのカクテルを彼へ見せる。
「しかし‥‥」
 まだ否定しようというシアンの肩をむんずと掴んだ男衆。
「これは依頼だ、シアン」
 ずい、とシアンの目を見ながら、諭すようにUNKNOWNが口に出す。依頼で呑み食いするのだと。
「女性の心遣いを無碍にし、なおかつ恥までかかせる気かね?」
 長郎もまた蛇のようにシアンの心を締め上げてくる。ウルトラの人たちの口撃は、素直にドS星人へ届いたようだった。
「わかった‥‥キョーコ嬢とリゼット嬢に感謝しよう」
 観念したように、シアンはグラスをしっかりと掴んだ。‥‥といっても、所詮は酒好き。しょうがないと言ってるのは口だけなのである。
「‥‥ん。駄目な大人。反面教師」
 憐の純粋な瞳と言葉が心と耳に痛い。
「‥‥では、銘々グラスを手に」
 誤魔化すかのように小さく咳払いをしたUNKNOWNは、グラスを軽く掲げた。皆もそれにならう。
 もちろん未成年であるウェイケルと憐はソフトドリンクだ。
「――Slainte! (スロンチェ:アイルランドでの「乾杯」)」
 流暢なアイルランドゲールで乾杯をし、グラスを軽くかちりと合わせて口に運ぶ。
 きめの細かいクリームのような泡を抜けると独特の苦味と酸味がやってくる。
「‥‥ぷは〜できたては一味違うね〜♪」
 乾杯の一口とはいえ、喉を鳴らすイイ呑みっぷりを披露したキョーコ。
「ええ。出来立てビールならではの味わいと生のコク。黒ビールの特徴たる微妙な甘みが良い感じであって、まさに『素晴らしい』の一言です」
 うわばみっぷりを発揮できるとあって長郎も満足げに頷き、ぐいっとグラスを傾けた。
「じゃんじゃん持ってきてくれ!」
 ほろ苦さを味わいながら、体をぶるっと歓喜に震えさせつつグラスの中のビールを見つめる翔流。
 その横で、等は鼻の下に立派なビール泡を生やしたまま幸せそうな顔をし、それを見た穣治は危うく呑んでいたビールを噴き出しそうになった。

●食い:序『番外編』

 男どもが酒を呑んでいる間、キョーコは瓶ビールを持ってきては、会話をしながら酌をしてやったりと(客なのに)かいがいしく世話をしてくれている。
「あ、このフルーツは好きなんです」
「‥‥ん。とりあえず。いつも通り。端から。順に。行ってみる」
「食い放題♪ 食い放題〜♪」 
 というように――‥‥どっさりフルーツが乗ったスイーツであったり、スモークサーモンのサラダだとか、フィッシュ&チップスだといった食べものに夢中。
 ほくほく顔で席に戻ると、もきゅもきゅと食べ始める。
「っと、なーなー、中尉。こないだのカボチャパイな? めっちゃ旨かったって農家の人に伝えといてくれよ」
「ん? あれか‥‥わかった、必ず伝える。すごく喜んでくれると思うぞ」
 意外にウェイケルは礼を忘れぬようだ。それにも感心しながら、穣治のそそのかしにもあっさり負けて、一向に空にならないグラスを口に運ぶシアン。
 が、その気分も吹き飛ぶ現実が待っているのだった。
「お礼って訳じゃねーけど、さっき厨房の人に何個か貰ったカボチャ渡しておいたからさ。料理が出来上がったら皆で食おうぜ」
『カボチャ渡した』『皆で食う』その言葉を聞いた瞬間、シアンから朗らかな気分が消えた。
「きみは、よりによってここに、それを‥‥?」
「?」
 これに関する詳しい説明は省くが、ウェイケルは善意で行ったものなのである。思わず厨房に入って止めようかと思ったが‥‥
「そちらのお嬢さんからの預かり物を、調理させていただきました」
 と、ウェイターがカボチャのニョッキやカボチャプリンをテーブルへと置いて去っていった。
 それを警戒しながらシアンは眺めている。
「‥‥ん。いい匂い。早速。食べる」
 そんな彼を気にもせず、食いまくりな憐が一番槍よろしくフォークをニョッキに突き刺すと、自分の皿に取った。
 彼女が食べるまでの様子を、ガン見しているシアン。
「それは、平気か?」
「ん。美味」
 少女がぱくぱくと食べ続ける様子に胸をなでおろした中尉‥‥を訝しむウェイケル。なんでだと理由を聞けば、シアンは気まずそうに『斬り落としたキメラの頭部では? と思って』と、理由を明かした。
 思わず伸ばしたフォークを止め、キョーコとリゼットが憐の挙動を見つめていた。
「‥‥ん。大丈夫。キメラでも。食べられるのだから」
「そうだな! 酒でもキメラでもどんと来やがれってんだ!」
 翔流がマーフィーズを口に運びながら勇ましい事を言う。UNKNOWNや長郎も同じなようだ。
「‥‥ん。食べないのなら。頂く。早い者勝ち。弱肉強食」
「いやちょっと、食うの早‥‥!」
 ゲテモノではない真っ当な食べ物であると確認されたので、皆で美味しく頂いた。

●食い:タンとお食べなさい

 UNKNOWNが静かな口調でアイルランドの民俗学などの話をし、皆はそれに聞き入っていると――皿へ山と盛られた黒くて丸いものがテーブルに置かれた。
「ん〜? 真黒だけど焦げてるのか‥‥?」
 ようやく興に乗ってきたらしく酒を呑みだしたキョーコ。眉を顰めて見やった物体は臭いはさほどないし、サラミのようにも見えない事もない。
「どんな味がするんだろう?」
 翔流が持ち込んだ日本酒を片手に、穣治が不思議そうに見つめている。
『うまいものだぞ』と言いながらシアンは先に一つとってから皆に勧めた。
「そぉ? まあ、いいや。いっただっきま〜す♪」
 もぐもぐ、と謎のつまみを味わう彼女。『おっ』と意外そうな響きの声をあげた。
「お、見た目は悪いけど案外いける〜。ねね、これって材料何?」
 『聞かないほうがいいんじゃないか』とシアンが目を細め曖昧な笑みを浮かべる横から、UNKNOWNは親切に民俗学も交えつつ解説する。
 そう、くだんのブタの血ソーセージ、ブラック・プティングである。
 正体を知ってしまったキョーコは苦笑いを浮かべていたが、美味しいという認識には変わりがないようだ。
「‥‥ん。キメラは。よく食べるけど。ブラック・プティングは。初めて。楽しみ」
「お、ソレ行きますかー、チャレンジャーですねー」
 等が興味津々に顔を近づけて眺めるのだが何の躊躇も見せずに、様々な食を求め勇猛果敢に攻めてくる憐。食いしん坊は万歳である。
「そういえば、ブラック・プティングってゲテモノなんですか?」
 英国でも普通に朝食で出てくるものなので『ゲテモノ』という認識の無いリゼットが、皿に盛られた黒いソーセージを指して皆の反応を伺う。
「名物ではあるらしいが、日本でこういったものは見かけないね」
「ブタの顔は食うけどな」
「焼肉で内臓も食べますよね。ホルモンとか」
 日本チームがそう言うと、リゼットは驚いて思わず口元に手をやった。
「なんだ、日本も大して変わらないんだな」
「ん。ブタの血ソーセージ程度は。普通」
 ウェイケルや憐はもぎゅもぎゅと食べているが、ゲテモノ認識も無いようなので抵抗がないらしい。
 翔流はそれを新たな料理への資料とするのか、独特の食感と具材を己の舌でよく味わっている。
「うっし、酒ばっかもアレだから、鍋作るよ」
 と、翔流がお猪口に入った日本酒を呑み干して立ち上がり、厨房を借りると言って消えていった。
「あー、なんか酒が進むと鍋とか食いたくなりますよね〜」
「わかるなぁ、楽しみだなあ」
 いろいろな種類の酒を呑んだせいか、だいぶいい仕上がりになってきた等と穣治。それに比べてUNKNOWNも長郎も、顔色一つ変えず、二人と同じように呑んでいる。
「お鍋‥‥具をメインに食べるスープのようなものでしたよね?」
 リゼットが焼いて持ってきたアップル・クランブルを取り分けている横で、キョーコがバニラアイスを添えて配る。
「そうですよ。食材に対する感謝や、食べる人を幸せにしてくれるという幸福。何より作る人の愛情がたっぷり詰まった料理です。リゼットさんにも、是非いつか作っていただきたいですね」
 私のために、という台詞も忘れない長郎。それに対してリゼットは、あっさりと『はい、皆さんで食べましょう』と笑顔で答え、それを見ていたUNKNOWNがごく小さく笑っていた。
「残った分はテイクアウトできんのかな」
 OKだったら何を持って帰ろうか予定を立てている間に――
「‥‥ん。全種類制覇。今度は。味わいながら。二週目に。突入」
 憐が皿にどっさりと食べものを乗せて戻ってきた。
 量もさることながら、二週目というから相当な大食いである。
「‥‥や、残りそうもねー‥‥」
 がっくりと肩を落としたウェイケル。

●Operation:ENKAI−GEI
 そろそろ食べるばかりではなく、余興も欲しくなってきたところ。丁度良いタイミングで、
「曲でも弾こう」
 そう言ってUNKNOWNがヴァイオリンを取り出した。荷物が多かったのは余興のためだったようだ。
「おっ、ダンスですか!? じゃあアイリッシュな感じで行っちゃいましょう!」
 翔流が厨房で腕を振るっている間に、少しでも踊ってお腹を空かせよう――というわけではないのだが、やたらに乗り気な等。
 ブッシュミルズに至福の表情を浮かべていた穣治の腕を引っ張り、一緒にやろうと懐っこい笑顔を浮かべつつ誘う。
「酒が入った上でのダンスってかなり酔いが回りそうだが、おう、やろうじゃないか!」
 キョーコが楽しみにしているよと言いながら彼らの背中を押して送り出す。 
「では私はお手並みを拝見」
「お足もとに気をつけて頑張ってくださいね」
 長郎とリゼットは笑みで送り出し、憐は食べるスピードを抑えながら、舞台に向かっていった彼らをじっと眺めていた。 

「や、ちょっと照れますなぁ。それで、平野さん。何を踊るんです?」
「シャン・ノースってのを!」
 等が嬉しそうに答えたのに対し、彼も頷いた。が、シャン・ノースがどんなものかはよく知らない。
「シャン・ノースは、他のステップダンスと違って腕を振っても構わないダンスだ。コツとしては膝を高く上げない」
 ジダンがドリブルをしているような足さばきで、との助言だが、敷居が高いとウェイケルに突っ込まれている。
「うおっし! そんじゃ、グラップラーの足技を魅せちゃいますよ!」
「では、踊るかね?」 
 UNKNOWNが視線を送り、等がお願いしますと元気よく返事をして。黒衣の男はヴァイオリンをそっと手に取った。
 革靴の踵をかつりと鳴らしつつ、等は音楽に合わせて軽快なステップを披露し始めた。
 それに合わせて手拍子やら、空いた場所で踊るパーティーの一般参加者達。
「わぁ、お上手です!」
「‥‥ん。酔っ払い。初めてなのに。なかなか」
 手拍子を鳴らしながら、彼らの余興を微笑ましく見つめるリゼットと憐。
「うっ、よっ‥‥難しいけど、めっちゃ楽しいですよコレ!」
「しかし、もたつくと足が絡んでしまいそうになるね、はは‥‥」
 笑顔で足を打ち鳴らし、踊る等。コツを掴んだらしく、コミカルかつリズミカルに踊る穣治。
「待たせたなっ! 美味しい牡蠣鍋が‥‥って、おぉ?」
 舞台に皆が釘付けになっているところで、鍋を携えた翔流が戻ってくると、ステージで踊りを終えた二人の姿。
 彼らの賞賛とともに、惜しみない拍手が送られていた事にも驚きの声をあげた。
「俺のいない間に面白そうな事やってたんだな〜? じゃ、俺も宴会芸を披露するとしますか! あ、鍋は牡蠣が硬くならないうちに食ってちょーだい!」
 と、翔流がどこからともなく取り出したるは‥‥棒に大皿二組と、竹のすだれ。いわゆる玉すだれというシロモノ。
「はいっ、何も変哲のないこのお皿を‥‥これこの通り!」
 と、細く長い棒に乗せて器用にくるくると回すではないか。
 さすがに二本目は、キョーコに皿を投げてもらったが難なく成功。日本の大道芸に沸き立つ観客。
 客の純粋な反応に嬉しくなった翔流。酒も入っているので、テンションはめきめきと上がっていた。
 彼自身も心から楽しんでいるため、大層気持ちがよさそうにすだれを操る。
 つり竿から橋へ。ハートから国旗へと、独特の唄とともに繰り出される妙技に観客は目を輝かせて、一挙一動すらも見逃せないとばかりに魅入っていた。
「うぅん‥‥。美味な酒と安心する祖国の味。楽しい余興で心も弾む。まさに夢の様な状況にて、和気藹々と楽しむのにうってつけだねえ」
 長郎がしみじみと言いながら牡蠣鍋を味わう。シアンもまた、どこか懐かしい味だと同意した。

●祭りの後。
 あれからどれほど呑んだのであろうか。宴もほぼ終了、というところ。
 先ほどまでは窓辺で論文を書いていたUNKNOWNに、ずっと席で会話や料理を楽しんでいた長郎は宴の礼を言って去っていった。
「呑んだら片づけ、料理の後も大事だよ、っと!」
 ふらふらとした足取りで、食器を片づける翔流。
「ちょっと、大丈夫かい? 一人でやんないでいいって。あたしも手伝うよ」
「大丈夫かだって? だーいじょーうぶっと! でも、ありがとな!」
 キョーコの申し出に緩んだ笑顔を向けながら食器を一つのテーブルにまとめ、また別の皿やグラスを取りに戻る。
 ウェイターが慌てて走ってきて自分たちがやるのでと止めるが、翔流は『大丈夫だ』と言って片づけるのは止めない。
「‥‥ん。千鳥足。バナナの皮。仕掛けたら。転びそうな。感じ」
 さすがにバナナの皮をしかけるほどの悪戯はしない憐だが、派手に転びそうな想像をする。
 良い子は環境美化と、(実体験から言うと)予想以上の効果があるため事故防止の両方からお止めいただきたい。
 リゼットも間違えてアルコールを口にしてしまったらしい。酒は苦手らしく、少量でも酔って眠ってしまったようだ。
 額に文字でも書いてしまおうかという考えがよぎったが、残念な事にペンがなかったので実行には移せなかった憐。
 そして‥‥呂律の良く回らない日本人二人に水を持ってきたシアンがいた。
「中尉さん、強いねぇ〜」
「軍で鍛えられたからな」
 と言いながら席に座ると‥‥ウェイケルがシアンの横に座って『見張りって言ったのにたらふく呑んでやがって』と呆れたような顔をしている。
「ま、そろそろ宴会も終わりだし、もう気を張る必要ねーと思うぜ」
 そう言って黒ビールを突き出してきた。シャムロックまで書いてわざわざシアンに持ってきてくれたようだ。
「楽しかったし、お疲れさん、っつー締めってとこで」
 ウェイケル自身の手にはソフトドリンクが握られている。
「締めの乾杯でーすか? もー幸せ。ビールの海で溺れたい」
 等がそう言いながら、水の入ったコップを見つめて『日本酒』と言いながらコップを掴んで二人の前に差し出す。結構酔っているらしい。
「お疲れっしたー!」
 ぐっ、と一気に呑み干すと、テーブルに突っ伏して寝息をたてはじめた。
 苦笑しながらビールを呑むシアンに、ウェイケルが掌を差し出す。
「あたしが人のためにわざわざ淹れてもらったんだ。っつーことでさ、勿論有料だぜ」
 今日は割引でいいよ、と言ったウェイケルに、呑んでいたビールをしげしげ見つめていたシアン。
 掌を両方上に向けてテーブルに置いてくれ、という指令を嬉々として実行したウェイケルの掌へ置いたのは、穣治のために持ってきた水入りのグラス。
 アイスペールに溜った水も足し、グラスの縁近くまで水を張った。
 俺の気持ちだ、と氷も2つばかり浮かべてやると、水は縁ギリギリまで増す。
「これを一滴も零さずテーブルに置けたなら、構わん」
 そう言って、シアンは疲れたから仮眠するといって、すれ違いざま眠っている穣治の肩を軽く叩いた後会場を出ていく。

 がばっと起きた穣治は、ハッと顔をあげてウェイケルの掌にあるコップを驚いた顔で凝視し――

「未成年者の飲酒はダメゼッタイ、だーー!!」

 と言って、彼女から慌てて水入りグラスをひったくる。


『あぁーっ! 何て事すんだよー!!』という悲痛な叫びが会場に響き渡っていた。