●リプレイ本文
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なんの変哲もないイタリア南部のとある農村沿いの街道筋。これといって特徴のない場所に相応しくないものものしさで設置されたバグアの検問所。バリケードが築かれたその周囲にはバグア派と思われる複数の人影とドーベルマンのような容姿をした複数のキメラが徘徊している。このキメラ、飼いならされた犬のようにその飼い主たるメンバーの足元に引き連れられ、あたりを睥睨しているのだ。
なにせこの先はバグア支配地域である。不要な余所者の侵入は決して見逃されないのだ。よってここを通ることのできる車両はバグア派のものを除けばごくわずかである。それは単に物資を輸送する民間の運送会社のトラックとて例外ではない。荷物は厳重に検められ、問題のない場合のみ検問の先へ進むことができるのであるが。
そんな検問所へ向かう、民間の運送会社でよく見かけるようなトラックが3台。砂埃を舞い上げながら検問所へと向かう。運転席には運送会社の制服を着た運転手らしき人物と、その助手とみられる同乗者の姿が。なにか大量に物資でも運んでいる途中なのか、隊列を乱すことなく検問所へ向かっている。
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その少し前。
この同じ街道沿いにある某UPC基地‥‥。
「諸君。この作戦の成否は、ひとえに君たちの腕にかかっているので今日はよろしく頼む」
UPC特殊作戦軍少尉たる鳳 俊馬は目の前にたたずむ傭兵達に声をかける。
「そんな顔をしているとすぐに敵に目論見がバレてしまいますよ。少しはリラックスしてくださいね」
その表情がよほど硬かったのだろう。気分をほぐすように語りかけるのはベルティア(
ga8183)。格好は極めてラフでスカート姿である。
「囮の部隊で検問の撹乱ですか。まあ、確かに効果的ですね」
費用対効果の面からも最善の策であろうと自信を持つホキュウ・カーン(
gc1547)。そう、これからUPC軍将校も巻き込んだ大がかりな欺瞞作戦が実施されようとしているのだ。
「騙して悪いが、これも仕事でな‥‥‥なんてね」
ふふふ、といたずらっ子のように笑う、『謎の人』ファタ・モルガナ(
gc0598)。はっきりいって見た目以上に怪しさ満点である。欺瞞工作のためにいろいろ仕込みをするのだが、これが後々、彼女自身を少しばかり苦しめることになったりもする。
彼女たちと同様に他の傭兵たちの心理状態もまた千差万別であったりもする。
「囮とは言え仕事は仕事。きっちり成功させようか」
シリアス派であろう火神楽 恭也(
gc3561)。きわめて短時間で成功させなければならないこの作戦。時間管理もシビアに行わなければならないのだが、時計持参でそのタイミングを常に意識するのだ。
一方。どちらかといえば作戦そのものを楽しむ姿勢の傭兵も。
「囮作戦か。ワクワクするね。こういうの」
犬彦・ハルトゼーカー(
gc3817)である。今回同行している特殊作戦軍の鳳が気になるのか、かっこいいところをみせようとする姿勢はある意味女性特有の心理なのかもしれない。
「あたしは陽気な運び屋さんよ〜」
今回トラックの運転手を務めることになった海原環(
gc3865)。半分鼻歌交じりでトラックの運転席に座る予定。事前に準備したUPC軍出入りの運送業者の制服で変装したその姿はパッと見、そのへんの宅配便の運ちゃんと見分けがつかない。
そんな傍らではトラックに幌をはり、外部から見えないように擬装の意味合いもかねているのだろうか? ティナ・アブソリュート(
gc4189)が準備中である。荷台に積まれた空箱からなんともいえないエキゾチックな匂いがあたりに蔓延し、東洋の某有名な食べ物が思わず連想される。それがハーモニーのように調和して周囲に漂っているのはほかにも同じような積み荷がダミーとして積み込まれるているからだろう。その標的たる相手は『犬』である。
こうして準備万端整った傭兵達一行。3台のトラックに分乗し、あるものは運転手になりまたあるものは荷台の荷物にまぎれて静かに作戦行動へと出発する。最後に不破 霞(
gb8820)がそのトラックの荷台の資材にまぎれさせるように武器をこっそり忍ばせると、3台のトラックはエンジン音とともに移動していく。
「ふむ‥‥。これなら首尾よくいきそうだ」
やはり運送業者風に変装した鳳がトラックの助手席にポジションをとり、独り言にも聞こえるような声でつぶやく。その準備万端な様子に、作戦成功を内心しっかり確信でもしたのだろうか?
こうしていわば陽動作戦というかむしろ囮作戦と呼ぶのが的確とも思える作戦は開始された。その時間的な制約ゆえに前途の困難さが想像できるのだが。
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検問所へ向かう道中。そのトラックの荷台にて。
「あぁ‥‥しまった。この刺激臭は‥‥ガチ諸刃だった‥‥」
荷台の奥。木箱やらなんやらで擬装されたそのいわば死角にひとり座り込むファタ。そのトラックの前方には犬彦と鳳が乗り込んでいるのだが。
刺激臭‥‥それは匂いを消すために自らが荷台に積みこんだ香辛料の匂いである。荷台に潜みながらあれやこれや妄想にふけっていたのはいいのだが、どうやらこの匂いはファタの想像以上に彼女の嗅覚にダメージを与えるようである。たぶんに嗅覚に優れているであろう犬キメラの鼻をごまかすためとはいえ、その目的を達する前にファタの方がギブアップしてしまいそうな刺激臭が彼女を取り巻いているのだ。
そのトラックを運転するのは犬彦。中身あらためを求められた場合は問答無用で発砲するつもりで、拳銃「キャンサー」の初弾にあらかじめ貫通弾を装填しておき、ケースのようなものに入れて巧妙にごまかす。彼女もまた出入り業者の制服を着ているので見かけはその辺のトラックの運ちゃんと変わらない。
やはり同じ目的で香辛料を積み込んでいると思われるティナ。海原が運転するトラックにホキュウと2名、ファタと同じように荷台に潜んでいるのだが、こちらはこちらで別の悩みを抱えていたのだ。それは乗り物酔い、である。当然事前に乗り物酔いの薬をのんでいるので、道中最悪な結果にはならないで済んでいるのだが、それは同時に眠気を催す、という副作用ももたらす。
「集中集中‥‥よし!」
集中力を切らさないようにしているのはひょっとしてその睡魔と戦うためだったのだろうか? 箱の奥に潜みながらその時をジッと待つのだ。
一方、運転手を務める海原。犬彦同様にUPCの出入りの業者の制服を着こんだその姿がよく似合うが、そんな彼女、二重底の三味線ケースに武器を仕込んで何気なく運転席脇においておくのだ。どうやら「にわか三味線弾き」として振る舞うというところだろうか? いざとなればそのまま発砲できるようになっているのだ。
特別に細工した小太刀を荷台の資材にまぎれさせるとともに、自らも荷台にこっそり潜んでいるのは不破。その彼が潜む車を運転する火神楽。道中は安全運転を心がけ、不注意から不用意な事故など起こさぬように細心の注意を払う。その助手席に同乗するベルティアのスカートの隙間を意識してよくよく注意してみればそこにはデヴァステイターがホルスターに取り付けられた状態で確認できる。さらに座席の後方に何気なく置かれている傘、そこにも得物が巧みに擬装され隠されているのである。
かくしてこの3台の車列が街道を進むことしばし。
「もう早く戦闘始まって‥‥このままじゃ血ィ吐く‥‥」
吐血癖、などというものの持ち主であるファタが内心悲鳴を上げ始めたころ、車列の前方に複数の人だかりとゲートらしきものがようやく見えだした。見ればほかにも同じように検問を受けている車両があるようで、車の後部の荷台をしきりに調べている風の人影が次第に大きくなってくる。
こうしてファタの我慢が限界に達しようとしてきたころ、ついに傭兵一行はバグアの検問所に到達したのである。緊張感が一気に高まる傭兵達。
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「おい! そこの車。止まれ! 何の用だ? 積み荷はなんだ?」
たちどころに銃のようなもので武装したバグア派らしき2〜3名の男に取り囲まれる。その見た目は訓練された兵士にこそみえないものの、いかにも屈強そうな男たちである。
荷物の影に隠れている傭兵達に一気に緊張が走る。むろん直接状況を視認することはできないが、車の止まった気配と複数の男の野太い声で、その時が来たことを察知するのだ。
「あら。これはこれはご苦労様です」
その姿にたおやかに対応するベルティア。見れば3台のトラックそれぞれに男たちが近寄り、運転席にいる傭兵達に高圧的な態度で迫ってくるのだ。
「おいおい。こんな所で検問なんて聞いてないぞ?」
それは火神楽の声。エンジンをかけたままなのでその声がエンジン音にまぎれて聞こえてくる。
「どうも〜〜、宅配便です〜〜。お勤めご苦労様」
何事もないかのように振る舞いながら、車に近寄ってきた男たちの後方に、一回り体格のいいたくましい男の姿を確認する海原。咄嗟にこの男がこの検問所の責任者らしいと判断する。そいつは威圧感をまきちらしながら、うさんくさそうに傭兵達の車列を一瞥している。そんな男のそばに忠犬のようにかしづいているドーベルマンキメラ。見るからに凶悪で破壊的なその容姿はその正体を示しているのだろう。
「そいつはなんだ」
海原のそばに近づいた男。その積まれた三味線に興味を持ったようである。
「ええ、私の趣味は三味線弾きでして」
といたって平静を装い答える海原。その答えに納得したのか、それとも関心がなかったのかフンっと鼻であざわらうかのような表情を見せる男。
「おいでなすったか。早くきやがれ」
その時を待ち兼ねたように準備万端のホキュウ。可能な限り気取られないようにし、剣を抜き構えるティナ。荷物の影に伏せるようにしてその瞬間を待つのはそろそろ限界が近いファタ。細工したロッドを構える不破。‥‥荷台に潜んだ傭兵達はひたすらその瞬間を待つ。
「とにかく、荷物を調べさせてもらうぞ。ここから先は簡単に通すわけにはいかないからな」
銃で脅すようにして、荷台の荷物をあけろ、と手でジェスチャーをするバグアの男。それは拒否することを断じて許さぬ、といった姿勢がうかがえる。本来なら身体検査されてもおかしくはないのだが、傭兵達の服装があまりにも自然すぎたので、さすがにただの民間の運送業者とでも思ったのだろう。
「車3台とは多いな。いったい何を運んでいる? こんな運送物が通るという話は聞いてないが」
リーダーらしき男がゆっくりと傭兵達の方に近づいてくる。どうやら何かひっかかることでもあるのだろうか? 逆に傭兵たちにすれば好都合であるが。その手がせわしなく左右に動く。
「早く箱を開けるんだ!! 急げ」
どうやらそれが督促の合図だったようで、海原に近づいた男が彼女にそれを促す。もちろん銃で早くしろ、と合図を送るようにである。
「木箱を開けろって? はい只今」
「え? そっちじゃない? 右隅の木箱ですね? はいはい」
「ああ、兵隊さんは左隅の木箱を開けるんですね!?」
バグアの男に指示されるがままに荷台の箱を開けるふりをしつつ、ホキュウとティナに攻撃準備のサインを送る海原。その声に促されたのか、他の男たちも犬彦と火神楽の車の荷物を検めようと荷台によじ登る。
そしてほぼ同時。バグア派の男たちが半ば強引に積み荷の木箱を力づくにも見える格好でこじ開ける。
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「何!!?」
火神楽の車の積み荷の箱を開けた瞬間に思わず叫ぶ男。そう何を隠そう中身はカラッポ、だったのだから。
「貴様ら‥‥!!」
その言葉はそこで途切れた。ベルティアがスカートの影から取り出した得物で一撃を食らわしたのだ。トラックの荷台から転げ落ちるバグアの男。
それが合図となり一気に複数の銃声や刃物を突き刺す鈍い音があちこちで響き渡る。そう、荷台に潜んでいた傭兵達が一気にそこから躍り出たのである。
ズド〜ン
一発の銃声とともに海原の放った一撃が後方のリーダーに命中した。
「始めるぜえ!」
隠れていたトラックから飛び降りその一撃を手じかなバグアの男に浴びせるホキュウ。
まずバグアの男たちに狙いを定める傭兵達。するとその視界にそのように訓練されていたと見えるキメラがあっという間に傭兵達の方へ殺到するのが目に入った。だがそれはたちどころにキメラの位置を把握し、それに反応した不破の動きに制される、むろんキメラの数が多いので制圧とまではいかないが、キメラを混乱させるには十分な動きである。
急にあたりがまぶしいまでの光に包まれたのは海原の照明銃が放つ光。その光に一瞬たじろぐキメラ。
「ビューティホー」
ファタが叫ぶ。それは奇襲が見事に成功したことを示す叫び。
「ごめんね、そしてさよなら‥‥」
それはティナがバグアの男にとどめをさす瞬間。彼は他の親バグアよりも多少の肉体改造を受けているとはいえ、完全に不意を突かれた格好になり対処する余裕がなかったのだ。よって本来の力を発揮することなく傭兵達の前に朽ちたのである。
チラリ、とほぼ同時に時計をみやる犬彦と火神楽。「5分」。それが今回彼らが定めた時間である。もしそれを超えたら直ちに撤退する手はずになっているのだ。
「早くしないと強化人間様が来ちまうからねえ」
ホキュウの言うとおりである。できればというか極力強化人間との戦いは避けたい。もし戦えばどうなるかは十分に知っている彼らだからだ。もしも、の時にそなえ閃光手榴弾を再度確かめるのはベルティア。いざ、となれば目くらましで逃げる算段なのだ。
「けが人はいないか? 危ないとおもったらすぐに合図を!」
傭兵達を援護しつつ、支援に回る態勢をとる鳳。キャバルリーの彼のスキルはこういう時にこそ生きるのである。すぐそばにいる犬彦が大丈夫、とOKサインを出す。無傷というわけではないのだが、直ちにダメージを負うほどの痛手は負っていないのだろう。他の傭兵も直ちに治療が必要な者はいないようである。
「ははは。あたしゃまだまだ元気だぜ」
マジシャンズロッドを振り回しながらホキュウが叫ぶ。まだまだ元気で威勢がいい。
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こうして。5分という時間に多少の余裕を残し、キメラとバグアの男たちをすべて殲滅して作戦は無事に成功した。だがぐずぐずしていれば強化人間がやってくる。当然ここで起こった騒ぎには気づいているはずである。
「終わりましたね‥‥増援が来ないうちに撤収しましょう」
不破が周囲の安全を確認しつつ声をかける。さっさとスタコラサッサしたい気持ちはファタも同じ。皆の無事を確認しほっとするティナ。その表情には笑顔がこぼれる。
かくして予定の作戦は無事に成功し、鳳はその一部始終を上官に報告した。それは以下の文で結ばれていた。
『傭兵達の勇気ある行動と大胆なまでの決断が、困難な作戦の成功をもたらした』
了