●リプレイ本文
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子供たちには決して内心の動揺を見せぬように振る舞うレニ。ましてや迫っているのがほかならぬキメラである。ただでさえ敏感な感性をもつ子供たち。当然すべてがバグアやキメラによって親を失っている子供たちである。そのことを考え、子供たちをなんとか言いくるめ、山の頂上付近にある小屋の中に匿うことに成功する。そこは約20畳ほどの広さ。幸い明り取りの窓以外の窓がないので、子供の身長では外の状況は内部からは見えない。
「ふ〜〜」
無事に子供たちを避難させ、一人小屋の外であたりを警戒するレニ。当然ながら丸腰である。まさかキメラが現れるとは思ってもいなかったので当然といえば当然なのだが。
だが丸腰ではいくらレニが能力者でも、キメラと戦う手段など持たない。その心得などはないからだ。願わくば一刻も早く救援の仲間たちがここに駆けつけてくれることを祈るばかりだ。最悪自分が犠牲に、などと思ったのはまったくの偽りではないが、レニも所詮はまだ若い乙女なのである。できればこんなところでむざむざキメラのエサになどなりたくはないが、それが子供たちの安全を確保するための唯一の手段だとしたら‥‥
(早く。みんな間に合って‥‥)
そう願うレニの手には冷や汗?がにじみ出ていることに気が付かなかった。そしてキメラがあらわれる可能性がもっとも高いと思われる麓からのハイキングコースの方に意識を集中させる。
「お姉ちゃん‥‥怖いよ」
心配症な子供が一人その扉を開け小屋からそっと顔をだす。その子供の顔を認めるやそっと近寄って優しくまるで母親のようになだめながらまた小屋の中に戻らせる。
「心配しなくていいからね」
そういうレニのつくり笑顔。それはこれから起こるであろうことを自らもできるだけ考えないようにしたいという気持ちの表れかもしれない。
そんなレニの頭上にはいつもと変わりない陽光が降り注いでいたのである。
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某傭兵の労力により、今回この依頼に参加することになった傭兵達は、現場付近の地図、そしてそこへいたるルートを確認できる資料が事前に入手できることになった。
ちなみに今回の依頼参加者は以下のメンバーである。
榊 兵衛(
ga0388)
黒川丈一朗(
ga0776)
不破 梓(
ga3236)
二条 更紗(
gb1862)
孫六 兼元(
gb5331)
フーノ・タチバナ(
gb8011)
湊 雪乃(
gc0029)
ウルリケ・鹿内(
gc0174)
沁(
gc1071)
南十星(
gc1722)
この中で車両を持ち込むことのできるメンバーは各自車両を持ち込んでいる。まずは榊。レニとは以前依頼で縁のある傭兵である。ジーザリオを持ち込み、いけるところまでそれで行こうということらしい。
「レニと子供たちの危機だからな」
ジーザリオのエンジンを始動させつつ呟く。
本部でその依頼を見るや即座に参加したのは黒川。今回子供たちが巻き込まれている。とあって過去のことを思い返しなんとしても助けなければ、と思う。一部で「ヒーロー」と呼ばれている彼にとって、内心の葛藤はいつでもつらいものがあるのだ。そしてレニがいる。急がなければ! の思いだ。今回はバイクを準備。いろいろ内心思うところはあるのだろうが、もちろん顔にはださない。というかそういうのは「苦手」なのである。そういうことには案外シャイなのだ、彼は。
子供たちの救出後のケアを考え、そのための手配をしてきたのが不破。かつての自分が遭遇したことと同じであろう今回の状況にその救助の手を差し伸べたのだ。ちなみに黒川の兵舎仲間でもある。当然黒川とレニの微妙?な関係は十分に知っているので、できれば何とかその背中を押したいとは思っているのだろうが。
いつぞやの依頼以来の縁故の二条。まあレニにしてみればいろいろ○○なお方なのだろうが、今回は頼もしい助っ人には違いない。AU−KVの2輪形態で山道を駆けあがる予定である。当然彼女にしてみれば「手乗り猫」と称しているレニである。ここで助けないわけにはいかないということなのだろうか。
今回事前準備に労力を割いてくれたのがこの男、孫六である。事前に地図を手配し、参加者の顔入りの名簿まで手配するほど手回しがいいのだ。自慢のバイクにまたがりさっそうと登場したそのさまはいわば「現代の騎馬武者」風であり、当の本人もその気満々のようである。元「捜索救助隊員」なので、こういった依頼には思い入れも深いようだ。
「救助か‥‥まあ。今回はメインキャストは譲るとして」
フーノとその元恋人の湊。今回は仲良く参加である。いまでもよき友人として交流が続いているようであるが、そんな彼。黒川の方をチラリと眺めながら思う。
(今回俺が守ってやらなくちゃならないのはこっち、の方だな)
その視線の先には湊、がいたことは言うまでもない。当然ながらAU−KVの後ろに彼女を乗せて移動予定である。
「子供は未来の宝。守るのは俺の責任」
言い方は多少ぶっきらぼうだが、その愛情度は120%の湊。まあ実際参加した本当の理由は別にあるのだろうが、それはここでは触れまい。だがそうでなくても今回、家族が大事にしているある傭兵が参加しているのが気になるご様子。事前に装備した武器の動作確認を怠らない。
で、その湊の家族が大切にしているというウルリケ。孤立した子供たちとレニ救出のために今回立ち上がった。キメラが山頂へ向かうことはなんとしても阻止せねばならないのだ。その決意は固く冷静沈着なその表情は何とも頼もしい限りである。「冷静沈着な山猫」と形容されるゆえんであろう。
今回も銀色の部位を持つキメラを探すためもあって駆けつけたのが沁。以前の依頼ではうまく探し出すことができなかったが今回はどうなのだろうか? 自らの過去と向き合いその真実を確かめるためのキメラ探しは今も続いているのだ
「キメラを‥‥絶対に近づかせない」
普段は無口でクールである。あまり感情をむき出しにすることもないと思えるような言葉数少ない口調が彼らしいのかも知れない。孫六のバイクの後席に乗る予定である。
「今回もお節介‥‥」
などと内心は思っているようだが、そのためにはなんとしても子供たちもろともレニを助けなければならない、と思う南。無線機の周波数合わせとチェックを行いつつ、いろいろと依頼終了後の事を思いめぐらしている様子。
その本心はいたってシンプルである。早い話あの人とこの人の関係を‥‥。ということなのだろうが、果たしてうまくいくのであろうか? 黒川のバイクの後ろに乗り込み山道を向かう。
こうして。さまざま思惑・狙い・お楽しみ?をその内心に秘めつつ、人命救助、という目的の為に山道を登る傭兵たち。もうキメラはそこまで迫っているのだ。南の手にした無線機からは時折、キメラの状況を確認するやりとりが聞こえていたりする。
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その道は、2輪はともかく、ジーザリオで上るには多少狭そうにも感じられた。だがキメラ発見の情報とともに一般人通行禁止になったので、ほかに道行く人影がないためもあってか車両の隊列が進むにはどうにか支障はなさそうであった。
情報によれば、キメラは数体確認されており、どうやら山麓から山の斜面を駆け上ってくるらしい。ならばこの勾配の緩やかなハイキング道路を上っていけば、なんとか道中キメラを迎撃できそうである。
いつキメラが出現してもいいように各々準備をする傭兵達。いずれは車両を放棄して自力で山頂へ向かわなければならないであろうことは榊はじめ皆想定していることである。当然走行中にキメラと遭遇すれば直ちに戦闘開始である。孫六の手配した地図のおかげで位置関係の把握が楽になり、その分周囲の状況に警戒できる余裕が生まれる傭兵達。作業用ヘルメットをかぶった沁の姿がこの隊列では多少違和感を感じないこともないがこれも安全のためといえば納得ものである。
ゆるやか、言ってもそこは山道。アップダウンもあればうねうねした曲がりもある。ので運転は慎重かつ速やかにである。とくにバイクの後部座席はゆれるのか南や沁、湊は乗りにくそうにも見えたりもしたのだが。
二条のAU−KVが先行する形で進むことしばし。徐々に道幅が狭くなってくる。そろそろジーザリオで進むことが厳しくなってくる道幅になり、バイクに乗っている傭兵達もより慎重に運転する必要が出てきたその頃。
「!!」
二条が何かに気が付く。それは山の右側の斜面を高速で移動する何か。陽光にきらめいて激しく上下動しているのがその視線に捉えられた。そしてそれは1つ2つと規則的な感覚で右斜面を駆けあがるようにやってくる。
そしてほんの一瞬の間。ソレがいきなり二条の目の前に勢いよく飛び出してきたのである。目の前とはいっても50mほど先ではあるが。ユニコーンのように伸びたツノがあまりにも異彩を放つそいつらは眼光鋭くネコのごとき視線を持つ。
そいつは道の真ん中で立ち止まると後続の仲間を待つかのようにそのあたりをうろつきだした。まだこちらには気が付いていないようである。すると見る間に数が増えていくその仲間。
「キメラ発見!!」
叫ぶと共に事前に示し合わせていたとおり、呼笛を吹く二条。その音は同時にキメラに彼女の気配も気づかせる。一斉にキメラが彼女の方を振り返り、すぐさま戦闘態勢に入る。
ついにキメラと遭遇した傭兵達。そして戦いが始まる。
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その後方100mほどのところを走行していた他の傭兵達。その呼笛に即座に呼応する。直ちに車両から降りると二条のいる地点へと急行する。
見ればそこはたまたま周囲が多少開けた場所。樹木の間から下界の風景が見下ろせる場所でもある。
「黒川。早く、お姫様と子供たちを助けにいってこい! 私もこっちをかたづけてから追いかける」
その背中をポン、とたたくように押し出す不破。その眼は多少笑っているようにも見えた。
「ここは任せてもらおうか。助けを待ってるのがいるんだろう? 早く顔を見せてやるのが一番だ」
湊の方をちらりとみやりながらフーノもそれに合わせる。
「拙者も先に向かおう。万が一の備えは、必要だからな」
厳つい顔に心持ち影を見せて、孫六もバイクのスロットルに手をかけた。彼が救助に掛ける意気は、レニを想う黒川の強さに何ら劣る物ではない。その後席には、沁。
(「ここには、いなかった‥‥」)
目指す銀のキメラの姿が無い事を見て取った彼の表情に、変化はない。その心中に過ぎるは落胆か、それとも。
「俺たちの目的は、救助対象者の安全確保が先決だ。ここは俺たちに任せておけ。片づけ次第急行する」
榊をはじめ仲間達も、黒川に対するような軽口を叩きはせず、頷く。この場に敵が現われたのだから、先回りしている敵もいないとは限らない。
「なら悪いが先に向かう! あとは頼む」
その声に押されるかのようにブーストを吹かせる黒川。
「みなさん、すいませんが私も先に」
と南も続く。黒川のバイクにそのまま同乗する形である。孫六も自らのバイクを山道へと乗り入れた。残った他のメンバーは6人。半ばを僅かに上回る人数で、ヤマネコキメラ退治を開始するのだ。
ブーストで一気にキメラの間を抜けていく二台のバイク。まああのスピードなら大丈夫だろう、と傍目にも思えるぐらいの速度で駆け抜けていく。すれ違いざまに銃声のようなものが響いたのは、南が発砲でもしたのだろうか?
「行けるところまでこれで移動だ」
事前に準備した地図を頼りに、山頂までの最短ルートを見つけ出し、速やかに移動を試みる孫六。当然途中で新たな敵に遭遇する可能性もありえるが、その場合でも対処はほかのメンバーにまかせそのスピードを生かして一気に山頂まで向かうつもりである。孫六にとっていま最優先で
しなければならないことは、救助をまつ者たちの安全を確保し、無事を確認することなのだから、である。
その孫六のバイクの後席にまたがる沁。安全確保のためのヘルメットで万が一に備え、かつ道中の無事を祈りながら山頂へ向かう。山頂に到着後は、子供たちの安全確保などは誰かにまかせ
キメラの残党や、撃ち漏らしがたどりついていないかを確認するつもりなのだ。
そんなバイクが駆け抜けていった背後では、ヤマネコキメラを担当することになった残りの傭兵のうち、一足はやくキメラにもっとも接近し、味方の到着を待ちかねた二条。キメラはすでに彼女の目の前である。味方の到着がもし遅ければ一人攻撃する気だったのかはわからないが、どうやらキメラの一撃より一瞬早く味方が到着したようである。
「委細構わず突貫、刺し、穿ち、貫け」
弾丸のごとくに姿勢を低くし、盾を前にし槍を突き出す二条。いわば突撃、の形である。そのまま縦横無尽に槍を薙ぎ払い振り下ろす。その攻撃にキメラが思わず後退する。
「爆ぜろ」
いやな音とともに弾き飛ばされるキメラ。だが新たなキメラがその槍の軌道の後を追うかのように大きくジャンプし榊を襲う。
だがそれはすでに予測していた動き。キメラのジャンプに合わせてカウンター気味に迎撃する榊。その一撃にもんどりうつキメラ。
キメラに接近戦を挑むのは不破。動きこそそこそこ素早いが攻撃を見極めるのはたやすい。榊と同じようにカウンター主体の攻撃。
その武器を一瞬使うのをためらったのはフーノ。それは今の恋人から送られたものであったためだが、モトカノの前で使うことにちょっと気が引けたのであろう。そこで武器を持ち替え改めてキメラに挑む。
(まあ気にするタマでもないけどね)
モトカノの性格はよく知り尽くしているのだ。そんな性格、と評された彼女。その足に装着された武器でキメラを蹴る、ケル、ける‥‥。一見その戦い方は女性にあるまじき、と思えなくもないのだが。
「パ○ツではないから平気だ!」
ということらしい。なるほど。
「それではいってまいります」
大きく息を吐き、そのキメラに挑むのはウルリケ。キメラの注意を引きつつ自分のほうに誘い込んでのカウンター攻撃である。その狙いは他の傭兵と同じように「角」や「脚」である。それは行動の自由を奪い、敵の武器をつぶすためである。
どちらかといえば雑魚キメラに近い相手に対し、主導権を奪った傭兵達。戦いは有利に展開し、ヤマネコキメラ殲滅も時間の問題かと思われたその時、彼らの携帯した無線機に飛び込んできたのは、まさに彼らにとっては青天の霹靂ともいえる予想もしなかった言葉だったのである。
「傭兵諸君。緊急事態だ。山頂付近に『ワシ』のようなキメラが!」
それは2度繰り返された。そのアクシデントを伝える無線機の向こうの声はあまりにもクールにさえ聞こえた。
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その声に一瞬その場に立ち尽くしたかのように思えた傭兵達。だが無線機の声は確かに「山頂付近」に「新たな敵」が迫りつつあることを端的に伝えていたのである。しかし、万が一を想定していた彼らに動揺は無い。先に行った4名が彼らを信じて後を託したが如く、彼らも先発隊を信じている。
(とはいえ、数が不明だからな。とっとと片づけて追いつかないと)
山頂方向へちらりと目をやりながら思うのは二条。そうだ。急がなければ。そのことが一層残った者たちの気を引き締める。
「よし、山頂へ急ぐか。‥‥きっちり男の仕事はさせてもらうぜ。今更だがな」
なんとも意味ありげな言葉を吐きつつ湊を気遣うフーノ。それは過去にこの2名の間で起こったことを物語っているようでも‥‥。湊が救急セットを忘れてきたらしい、と聞いてなおさら、な思いであろう。
「いかせません」
逃げ出そうとするキメラに対して、その退路を塞ぐべく全力を込めるウルリケ。山頂方面へは絶対に逃がさない、という決意の表れ。
「‥‥ふっ!」
その必殺の一撃がキメラを捉える。逃げ出そうとしたキメラは胴体を2つにされ転がる。
だが。当初の人数から6名に人員が減ったことが、傭兵達にとっては思わぬ苦戦を強いられる
ことになったのだ。むろん相手はさほど脅威ともいえる相手ではない。が、そのジャンプ力と敏捷性は傭兵達にとって思わぬ動きや反応を見せることがあり、仕留めた、と思った瞬間でもその切っ先がわずかにかわされたりするのである。
「意外と素早いな‥‥チッ」
「むかつくぞ、こいつら!」
特に、自らの両脚を武器としているフーノと湊にとっては、他の傭兵以上に苦戦をしいられることに。人数が減ったことでキメラに対して数的有利を得ることが厳しくなったこともあるのだが、主攻撃が主にその両脚を使った蹴りであるために、相手との間合いが予測とずれたりすれば攻撃が空振りしたりするリスクが増えるのである。だが、キメラの回避パターンもそう多くはない。
「ビンゴ、ですね‥‥。ここなら!」
フーノが追い込んだ敵の行く手へと回りこんでいたウルリケが、ぶん、と薙刀を突き入れた。
「十分だ。始末は俺がする」
湊の回し蹴りをかわして空中に飛び上がったキメラへと、榊が槍を振るう。彼らを信じて先行した4名の為にも一刻も早く決着をつけねばならない。その思いがともすれば苦戦を強いられる戦にあっても決して退くことのない力の源となっているのである。
「邪魔だ」
敵中へ突っ込んだまま、槍を横薙ぎに振るい、二条は敵の二体を一人で食い止めている。強化した装甲に爪や牙が立つが、いずれも浅手だ。
「所詮は獣か‥‥。見え見えだ」
同じく二体を相手どり、そう嘯く不破。多少の手傷もあるが、相手へのダメージがなお多い。細身の二人が倍の数を引き受ける間に、仲間たちが敵を減らしていく。そんな気合と意気込みがやがてキメラを圧倒するようになり、ヤマネコキメラはすべて殲滅されたのである。
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その少し前。山頂付近。
(よかった。間に合ったのね)
無線機を通じて傭兵とキメラ交戦、の情報を得てほっと安堵したレニ。当然まさか自分に新たな危険が迫っているとは知るよしもない。多少緊張感を解きながら、それでも警戒の構えは崩さずに周囲の状況をみやる。一足先に山頂へ到着した孫六らによって、子供たちの身柄の安全とその無事は確保され、当面懸念されていた最大の不安材料が解消されたレニ。事前に写真つき参加
者名簿を入手していた孫六は、子供たち全員の無事を迅速に確認できたのであった。
さらには、小屋の中にもう長い間閉じ込められている子供たちの精神力もそろそろ限界に近いことを感じているのだ。
その時である。山頂へ続く道をものすごい勢いで駆け上がってくる2台のバイクが目に入った、それはよく見ればそれぞれが二人乗りにも見え、急速に大きくなってくるようにも見えた。
(あ! 助けにきてくれたのね)
と思わず心中で叫ぶレニ。それは彼女がなによりも待ち望んだものであったのだ。そのバイクの姿が大きくなり、その運転席に座っている傭兵の姿を視認したレニ。思わずその心臓の鼓動が早くなるのを覚え、無意識のうちに体が硬くなり思わず顔がほのかに照れたように赤くなったのである。
まさに何を隠そう、さっそうと『白馬の騎士』の如く、彼女の目の前に現れたのはほかならぬあの男、だったからである。
「無事か!?」
それが彼の第1声であった。そのバイクの後ろにはこれまた見知った顔である南が。そしてその手には黒川の預けたSMGが握られていたのである。
「武器は? ‥‥どうせもってないだろ? 使うか?」
目の前で急停車するバイク。そしてゆっくりと降りつつバイザーを上げるとそこにはいつもの黒川の顔が。そのまま南からSMGを受け取るとレニに手渡そうとする。あきらかにレニが丸腰だったことが見て取れる。いったいどうするつもりだったのか? とはあえて口にはしない。
「あ、‥‥ありがとう。他のみんなは? それにキメラはどうしたの?」
照れくさそうに話題をそらすレニ。やはり内心恥ずかしいのだ。最後がぶっきらぼうにすら聞こえるのがそのサインである。
「まだ途中で戦っています。私たちは後を任せて先に」
沁が答える脇で、話から置いていかれて不安げな子供たちへと、孫六が豪快な笑顔を向けた。
「ワシらが来たからには、もう大丈夫だぞ。ガッハッハ!!」
これにはレニも驚いたが、子供たちはもっと驚いた様子。なにせ、いきなり武者姿の男が大声を上げたのだ。しかし、兜を跳ね上げた顔に浮ぶ表情が、子供たちに告げていた。この大男は、悪い人では無いと。
「今度は俺‥‥いや、俺たちが守る!」
とレニに告げる黒川。その過去をまだあからさまに明かしたことのない黒川。もちろんレニも知らない過去である。
「レニ姉。大丈夫でよかった」
とこちらも安堵の表情を浮かべる南。もし無事でなかったら‥‥。ひそかにそう思ったのは内緒である。
だが、そんな安心感も束の間。レニの無線機はけたたましく鳴り響き、新たな敵が迫っていることを告げたのである。しかもそれは今傭兵たちが戦っているキメラよりもっと近く、今まさに彼女たちのほうへ迫ってきていたのである。迂回した山猫キメラはともかく、空からの新手はこの場にいる傭兵達にとってもまったく想定すらしていなかった出来事だった。一気に先ほどまでの安心感が緊張感に一変する。この場にいる限られた人数で対応できるかどうか誰もが不安な面持ちになる瞬間であった。
「レニ姉は小屋の中で子供たちを」
南がレニに声をかける。レニには子供たちをまず守ってもらいたいという気持ちが正直に現れた言葉である。
「うむ。敵はワシらが相手しよう。貴殿には、万が一にも行方不明の物が居らんか、調べてみて欲しい」
孫六が、手配した子供たちの名簿を投げて渡す。
「え? ‥‥ええ。わかったわ」
やけに素直‥‥ではなく、この場で最重視するべきことがなんであるかを理解していたレニ。直ちに子供たちを小屋の中へと誘導する。私情を挟む余裕も状況でもないことは理解しているのだ。安全なところでひとりひとりの顔と名前を確認し、行方不明になった子供たちがいないかを念入りに確認する為だ。
そしてレニが小屋の中へ飛び込んだとほぼ同時に‥‥、そいつらが林の合間を縫ってその大きな翼の羽ばたきとともに黒川と南、孫六と沁の視線に飛び込んできたのだ。それはその場にいる者たちの視界を埋め尽くさんとするかのように翼を広げ襲い掛かってくるのだ。
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「瞬雷!」
すかさずその巻物のような超機械に呪文のごとく詠唱をおこなう沁。高度差を生かし急降下爆撃機のような角度で傭兵達に襲い掛かるキメラ。
「寄らば斬る! ぬぅん!」
それに対応し、下段の構えから真下の死角を捉えると一気に垂直に斬りあげる孫六。相手を牽制しつつ、次々と詠唱とともに巻物の力を開放する沁。その翼を狙う南。見ればいつしか数体にまで膨れ上がったキメラは執拗に傭兵達に迫る。が、その銃撃が剣戟がその行く手を阻み、その翼を切り刻む。
「全員、間違いなくいるわ!」
黒川のSMGを手にレニが言う。遊撃は4人に任せて、小屋の入り口を固める態勢だ。
新手のレニへと向かうキメラに自らの拳を叩き込もうとファイテングポーズをとる黒川。見ればその手にはグローブ型の特注の機械拳のようなものが装着されている。かつてその世界で成功を成し遂げた元本職の拳、である。
「貫け裂空! ライトニングストレート!」
鍛え上げられたその動体視力により放たれる破壊力ある両拳が、キメラにまともに命中すると同時に雷撃が放たれその身を襲う。動きまわる敵への攻撃はいわば『お手のもの』の黒川である。その両拳から青い残光が迸る。
「プ‥‥ポー‥‥なれても、困る‥‥」
黒川が何事か小屋に向かって叫ぶが、戦いの喧騒にまぎれてはっきりとは聞き取れなかった。
「片っ端から食らいつくしていくぞ」
改めて大声で気勢を上げる孫六。右肩に剣を水平に担ぎ構える。こうして4名の傭兵は確実にキメラの戦力を削いでいった。
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「よし。山頂に急ごうぜ。」
最後のヤマネコに止めを刺したフーノが声を上げる。時間がない。無事にヤマネコキメラを殲滅したメンバー達は直ちに山頂へ向かう。無線機からはすでに先行組と救援組がキメラと遭遇したという情報は入っている。だがその後の経過は確認が取れていない。
手だれの傭兵が4名もいるのだ。それにレニもいる。怪我でもしていない限りまったく手の打ちようがない、ということもあり得ないとは思うが。すべて終われば無事に下山してくると考えていたフーノ。だが彼の予想よりは帰りが遅いのを気にしつつ全員で山頂へと向かう。
「ヤマネコ殲滅完了。これより救援に向かう」
無線機に叫ぶのはウルリケ。
どのくらいたったろうか?‥‥。
「間に合いましたか!!」
開口一番のウルリケの声。その声は山頂で戦闘中の傭兵達の耳にはっきりと聞こえるほど。6名の傭兵達がその場へ到着したとき、いまだキメラとの戦いの真っ最中であった。
まっさきに子供たちの籠る小屋をまもる態勢をとる榊。向かってくる敵がいればカウンター気味に迎え撃つ。
「獲物を仕留める時は一直線に降下してくる‥‥か。至極、読みやすい」
その直線的な動きを即座に見切り、やはりカウンターで応戦する不破。シンプルなその動きはいたって読みやすいのだ。
銃から槍に得物を換えて降下してきた敵を突き刺す動きをするのは二条。いわく「モズの早贄」のごとくキメラを突き刺すのだ。
「息をつく余裕は与えません」
手数でキメラを攪乱するのはウルリケ。こうして陣容がすべて整った準備万端の傭兵たちの前にあっては、高度差による有利などないに等しく。ましてや動きが単調なキメラである。傭兵達に食いつく前に、銃、槍、剣、そして拳の餌食になりあっけなく叩き落されるのだ。最後のキメラは湊の素早い回転の効いたケリがヒットし、地面にたたきつけられた後、一刀両断に切り捨てられる。
「怪我をした子供は、消毒をするぞ。少し染みるのは元気な証拠だ!」
避難の間にわずかな軽傷者がでたものの、孫六の素早いケアによって大事には至らず。その見た目に最初は近寄りがたかった子供達も、いつしか慣れたのか彼の周りに集まってきたりもしている。
「レニファー様も無事でなによりです、ほんとうに」
真っ先に彼女に抱きつくように飛びついたのは二条。いずれお楽しみ?な光景が展開されることを予想してか早々と事をすませる。そのきつく抱きしめられた手がレニのあんなこんなところにまで伸びる。その感覚は妙な気分に思えた。
「ご無事でよかった」
まずはその成果にほっとした表情のウルリケ。子供たちのケアに回るのは南。やさしい言葉をかけて子供たちをいたわり安心させるのだ。直後、本人が少しへこんだように見えたのは、たぶんに『おんなのこ』に間違われたためではないだろうか?
そんな傍らでは倒したキメラの死体を丹念に詳しく調べる 沁。自分が探している例のモノがあるかどうかその眼で確認したいのだ。何か気になることでもあったのか念入りに調べている姿が。
そして‥‥。
●
「早くいってやれよ。それがなによりだと思うぞ」
黒川の耳元でささやく榊。そして背中を押すようにレニの方へ押し出そうとするのは不破である。彼もまた何事か黒川にささやいていたようだが。そんな声に押されたのかそうでないのかゆっくりとレニに近寄る黒川。
「これ誕生日プレゼントだ。こんなもので悪いな」
こっそりと人目につかぬように?ふるまいつつ猫の形のかんざしをレニに手渡す黒川。この時のために事前に準備しておいたものなのだろう。ちょっとびっくりしたような表情のレニ。だが直後にさも嬉しそうな表情に戻る。それは助けられたことの喜びの表情以上の何かに見えたのだが‥‥。照れ隠しなのか妙にソワソワし始めるレニ。
「形は人それぞれか」
そんな両名を見やりながら傍らの湊を見やるフーノ。いつのまにか子供たちのそばには不破が手配した看護師やらカウンセラーといったサポートをするための人々が集まってきていた。子供たちの心のケアはなにより重要なのだ。フーノの視線を感じていたのかいないのか湊はそんな光景を傍目にみつつすっかり落ち着いた様子の子供たちと戯れ遊ぶ。
(仲良きことは美しきことかな)
先人の言葉が思い出される湊。その手にはしっかりと子供たちの小さくか弱い手が握りしめられていた。
ひとしきりそんな心温まる光景が繰り広げられ、くだんの両名が何事もなかったかのように離れるのに合わせ事後処理を始める傭兵達。周囲の最終的安全を確認し、もっとも年少と思われる女の子をおぶって現場から離れようとする榊。そんな彼が黒川のそばをとおりすぎようとしたとき、耳にしたこんな会話‥‥
「逃がした魚は大きかった、なんてことにはなるなよ? 副長殿」
耳打ちするかのように黒川と同じ小隊の隊長である不破が笑う。ニヤリ、と意味ありげにほほ笑む。
「レニ姉にはだれかそばにいてあげる人が必要ですよ」
これは南。きっと余計なおせっかいが大好きなのだろう。まるでイタズラっこのように笑う。
すべてが終わったとき、いかばかりかの虚しさがその心の片隅に巣食うのを感じる黒川。『仮面』のヒーローはその作られた虚構の世界で生きなければならないことに苦悩するのである。
帰り際。レニの頭の中にはやはり南のこんな言葉がいつまでも残っていたらしいのだが‥‥
「自分からいかないと物事はうまくいかないときもあるんですよ」
なぜかこの言葉が気になって仕方がないレニであった。そして助けにきた仲間たちの笑顔がいつになく自分に向けられていたことが気にかかっていたりもしたのである。
気が付けばそのまばゆいばかりの陽光はだいぶ傾き、傭兵たちの満ち足りたような表情の横顔を穏やかに照らしていたそうな。まるで集団ハイキングのような多数の人影が元来た道路を下ってゆく。
了