●リプレイ本文
●静かな湖畔にて
かの伯爵がことのほかお気にいり、と評判の風光明媚でかつ喧噪や陰惨な戦場の葛藤などからも完全に隔絶された趣のある周囲20kmほどの湖。その湖畔にひっそりとしかし豪華にして奢美にたたずむガーデン施設。その気品あり上質なたたずまいはいかにも洗練された欧州貴族である『ナイト・ゴールド』、いやかの伯爵様の趣味があちこちに伺える。ゆえに今回の慰労の場所として自らが選ばれた価値があろうというものである。それは周辺にある他のいくつもの同様な施設や建物に比べてもひときわ存在感あふれる造りにすら見えたのだ。今回ここに来る事のできた傭兵達は、皆幸福感に満ち溢れていたのだろう。
‥‥その日の早朝。山間の森閑とした湖畔にまだ朝もやがうっすらと立ち込めている時間。すでに周囲はかなり明るくはなってはいるが、その山間の空気はまだ夜の冷気の余韻を残していたりもする。
そんな湖畔のサイクリング専用にしつらえられた道を進む2人のりの自転車。そこにまたがっているのは希崎 十夜(
gb9800)と獅月 きら(
gc1055)の2名。まだあまり人気のない時間帯に、自転車を借り出してサイクリングである。自転車をこぐのは希崎。それにまたがっているのは獅月。どこか眺めのよい場所はないかと散策中。喉が渇けば持参した飲料品で渇きを潤す。その喉越しの爽快感は、普段とはいっそう違っていたことだろう。
「景色のよい落ち着く場所を探しましょうか」
希崎が獅月に声をかける。これからお弁当持参でピクニックに行こうというのだ。まださすがに人気は少ないのですれ違う人もほとんどなく、快適に進む。
「頑張ってくださいね」
またがった格好で獅月が笑う。しばらくして眺めのよくかつ居心地のよさそうな場所を見つけ、自転車を止め、持参したお弁当でブレックファストである。
「ふ〜〜ん。英国風か〜〜」
獅月の持参した祖国の英国風お弁当に興味津々の様子。真心と愛情のたっぷりつまっているであろう手作り弁当に思わず頬が緩む。
「こんな朝食なんて、贅沢ですね」
気に入ってもらえたことがうれしそうな表情の獅月。希崎の持ってきた分と合わせ、取り皿に仲良く分け合ってお互いおいしそうに食べる、おそらく人生で最高の朝食の瞬間であったに違いない。それはたぶんにこの空気と風景と2人の関係が余計にそう感じさせていたのかも知れない。
「ちょっとは見直しました?」
イタズラっぽく笑う獅月のあどけなさがまばゆいばかりの陽光に映える。美味しそうに食べる希崎。
「今回はノンビリさせてもらおうか」
今回もまたいかしたダンディズムで颯爽とひとり湖畔へやってきたUNKNOWN(
ga4276)。この季節は彼にとっては実にいい季節らしい。黒を基調にした見慣れたこのスタイルがいわば彼の個性そのものであり、それはいかなる場所へいっても存在感を発揮していた。咥えタバコがこれほど似合う傭兵もほかにいないであろう。その表情からあふれ出る知性と常に絶やさない微笑みこそが彼自身のアイデンティティなのであろう。
「今はいい季節だ。静かにすごすには」
折りたたみ椅子と愛用のチェロ、そして本。そんな彼の今回の狙いは「釣り」である。自前のフライ持参でこの休暇を釣り三昧ですごす予定なのだ。もちろん愛用の釣竿も忘れない。おそらくそうなるであろう喧噪を離れ、一人静かに湖畔に釣り糸をたれ、気分が向けば愛用のチェロを嗜む。‥‥これぞダンディズムでなくてなんであろうか? それが彼の生き方であり、ポリシーなのだ。
そして今回。そんな優雅にして上品な楽しみを味わいたいという傭兵がさらに一人。しかもフライフィッシングは今回初めてというまったくの初心者である黒川丈一朗(
ga0776)だ。彼もまた、手芸店でフライの材料を買い込んでUNKNOWNに負けじとフライを自作するという熱の入れようである。もっとも当の本人はある程度ボウズの覚悟はできているのか、あまり釣果にはこだわってはいない様子であり、どうやらこの部門では経験者と思しきUNKNOWNが一歩リードしているようだ。
そんな黒川の今回のこだわりはどうやら「フライ」のデザイン。何種類かの様々なフライが今彼の手元にあるのだ。何が釣れるか非常に興味が深いところではあるが、幸い経験者がそばにいるということで、今回はUNKNOWNに見習ってみようということらしい。果たしてニジマスでもつれるのだろうか?
「ふむ。あのあたりがよさそうだな」
いいポイントを見つけたのかさっそく準備を始める。もちろん初心者の黒川へのアドバイスも忘れずに、である。それは竿の扱い方やあれやこれやである。やがて湖面に向けて颯爽とロッドを振る優美なUNKNOWNたちの姿が湖面に写るときが訪れた。いつの間にか素足に軽装になっているUNKNOWN。そばの木にかけられた彼愛用のコートが湖面を渡る風に静かに揺れていた。
●あれやこれや
さて。この湖での楽しみ方はどうやら多種多用なようである。たぶんいろいろ遊べるからこそ伯爵様がここをお気に入りなのかもしれないが。それは湖上のみならず湖の周りでも同じようである。
「ミハイルとこんな場所で過ごせるなんて」
ケイ・リヒャルト(
ga0598)はいたく満足げな表情を浮かべる。そりゃそうだろう。今回は最愛の人たるミハイル・チーグルスキ(
ga4629)と一緒なのだから。こんな日だからこそ少しおしゃれをしてみたりする乙女心。乗馬場で馬を借り、その背中に2人仲良くタンデムになって騎乗する。前にケイ、後ろで手綱を操るのがミハイルである。馬の心地よいゆれと身体を掠めていく心地よい風が2名の濃密な時間をかもし出していくのだ。
「ん。風が気持ちいいわね」
その顔を掠める風の心地よさがなおいっそう2名の親密さを増すように思える。狭い馬上で身体と身体を寄せ合った男女2名。美しい湖と美しい山々の景観に見とれながらゆったりとした時間の流れを感じる。そこにあるのは恋人たちの濃密な時間。そして馬上の微妙な距離がなんともいいムードをかもし出す。
「なかなかこういう機会がもてなくてすまないね」
いたわるようにささやくミハイル。年齢の離れた彼らはお互いが恋人以上の関係であったのかも知れない。
「‥‥愛してる。ミハイル」
それは心からのケイの彼に対する思い。湖と彼と自分とが今この瞬間に存在しているすべてなのである。いつしか得意の歌声が流れてきたのは、彼女なりの愛情表現だったのだろう。
「こういうのも悪くはないだろう? ほら、しっかり前を向いて」
やさしく手綱をリードしつつ微笑むのはミハイル。なかなかこういう機会がなかったことで申し訳なさそうな表情を時折見せているのだ。
ここにいるのは彼らばかりではなかった。同じように馬を借りてトコトコと多少危なっかしくも見えそうな姿で乗馬を楽しんでいるのは蒼河 拓人(
gb2873)とセシル シルメリア(
gb4275)。もっとも危なっかしいのはセシルであり、経験のある蒼河にとっては乗馬は気軽なアクティビティーだったのかも知れないが。
「ひとりで馬に乗れないの? なら2人のりにしよっか」
乗馬経験に乏しいセシルのために、こちらも優しくエスコートしようと提案する蒼河。多少ガタイの大きな馬を借り、やはり2人仲良く乗馬にいそしむのだ。最初なれないうちはゆっくりと歩むような歩調で馬を進ませる。そのかすかな振動を受け、いかにも楽しそうなセシル。
「あ、ありがとう」
多少てれながらもその心遣いに甘えるような仕草を見せるセシル。
やがて‥‥。多少乗馬になれてきた頃合を見計らうと、徐々に馬のスピードを上げ、しまいには全力ダッシュにまでスピードアップさせる蒼河。その激しいゆれとスピード感に思わず叫ぶセシル
「わわ。落ちちゃうです。あぶないです」
いまにも落ちそうな緊迫感とある種の恐怖?におびえつつも何とかしがみついているセシル。だがそれは十分に爽快感を満喫してもらいたいという蒼河の配慮なのか。
「上手に馬に乗れること。そして釣りをすること」
それが今回のフランエール(
gc3949)の希望である。マイペースでいろいろなことを楽しみたいと感じる彼。
うまい人がいればその人に教わり、そして一緒に楽しむ。その為に選んだパートナーがよしき(
gc3264)であるのか? 早速乗馬にチャレンジするのだが、馬は人を見る、とはよく言ったものでこの馬。フランエールの言うことをまるで聞こうとする気配などなく。
「この。○○馬〜〜〜」
などと罵詈雑言を浴びせる有様。端からじっと観察すればさぞや面白い光景だったかもしれないが。そんな馬の視線のはるか先の湖面を気持ちよさそうに疾走する影が。
「ひゃ〜〜。はやいねえ〜〜」
初体験の水上スキー興じるのは旭(
ga6764)と兎々(
ga7859)。湖面を風を切って疾走するその姿はなかなかに爽快であり、絵になる風景でもある。浮かれて調子にのり気味のハイテンションな旭の笑顔が暖かな6月の陽光に映える。ときおりジャンプしてそのまま水面に突っ込んだりするのはご愛嬌か? 軽やかな水しぶきと共に2つの軌跡が鮮やかに湖面にシュプールを描いていく。
そんな光景を横目でみやりつつ湖畔で自転車を走らせるのはクラリア・レスタント(
gb4258)とウラキ(
gb4922)。絵が趣味の恋人のために描きたいと彼女が思うようなよき場所までのんびりと自転車を走らせる。
「ナイト・ゴールド=伯爵って、本当だったんだね」
日頃は何もしてやれない彼女に、今日ばかりは終日一緒にいてあげようというウラキの心遣いである。だからこそ彼女のために、と思い自転車をこうして走らせているのである。スケッチするのにふさわしいような適当な丘で自転車を止め、そこで彼女が絵を嗜むのをじっと見守る。今までのこと、そしてこれからのことをいろいろ物思いに夢想し、ぼんやりと視線を風景にあわせる。しばし物思いにふけった後、そんな彼に届くやさしい声。
「あ、ウラキさん。さあ。遠慮しないでくださいね」
絵を描くことに集中し始めると、周りが目に入らなくなるクラリアではあるが、その前にウラキの気遣いにお返ししたい気持ちからか、事前に膝枕を彼に勧める。ウトウトしかけていたウラキがその言葉に甘え、彼女の膝枕で横になる。
そしてウラキを膝枕させたまま絵を描くことに没頭する。それは彼女が空腹?を覚える頃まで延々と続いたのだろうか。その膝の上でいつしかスヤスヤと昼寝をし始めるウラキ。何人も邪魔できない濃密かつ親密な彼らだけの時間がいつ果てるともなく続いていくのであった。
●お昼になれば
湖畔や湖上でめいめいにそのつかの間のバカンスを満喫する傭兵達。そしてそろそろそのおなかが空腹感を持ち始めてきた頃、いよいよBBQ会場は一気に騒々しさとあわただしさを増してきたのである。
「いやあ。すばらしい場所だ。のんびりさせてもらおう〜〜」
口調は明るいが実はとある依頼で重体になり半ば瀕死の状態のファタ・モルガナ(
gc0598)。参加できたこと自体不思議なのだが、それもこれもパートナーの五十嵐 八九十(
gb7911)のおかげであろう。自分の荷物を彼に何から何まで持たせさらにはおんぶ状態で、BBQ会場へ乗り込ませる。その姿ははたから見ればフラフラ状態である。よくぞ参加したものだといいたいが。
「そら。荷物は任せた。会場に乗り込め〜〜」
口だけは舌好調のようであるが、馬車馬の如く動く五十嵐がいなければ動くことすらできない状態なのである。
その五十嵐。BBQの頃合になるまで、湖畔のとある場所で長い間釣り糸をたれていた。そう。BBQのための食材確保が目的である。大怪我のファタのために、少しでも栄養のある新鮮な魚を提供したい、との気持ちからであろう。この湖、ニジマスの魚体のよさでも有名だったりするのだが、たぶんいろいろ奮闘したのだろう。食べごろの大きさの魚体を3〜4匹釣り上げる。怪我の療養には滋養と強壮が大事である。
「さあ。私たちが食べられるようにしっかり準備を」
ファタに叱咤激励され準備に駆り立てられる五十嵐の傍らで、のんびりと湖を眺めつつひたすら動くことをしないファタ。というか動けないのだ。はっきり言って。
BBQ会場のあちこちから、うまそうな匂いと共にいい感じに煙が立ち上ってきた。伯爵の趣味なのかわざわざ東洋の某島国から取りよせたと思われる、その燃料はご丁寧にも『炭』である。BBQといえば某島国ではこれが定番らしいのだが。その為うまさがいっそう引き立っていたりする。
テキパキと手際よく皆を手伝うのはケイ。適当に取り分けてはミハイルに渡したり自分でも食べてみたり。
「美味しいわね。今日は格別に」
ケイは満足そうであった。香ばしい香りがあたりに漂う。
絵を描き終わったと見えて、BBQ会場へ姿を見せたウラキとクラリア。肉食主体のウラキとどちらかといえばベジタリアンのクラリア。嗜好はそれなり違うようではあるが、仲間と協力し合いテキパキと準備から調理までこなす。材料が気持ち多めなのは皆で分け合うためなのだろうか。肉の焼ける煙があたりを包む。
「おお、これはうまし、うまし」
そのBBQの味わいに舌鼓を打つファタ。重体ではあっても食欲は旺盛のようだ。肉や野菜など割とバランスよくその胃袋に収める傍らで五十嵐の釣ってきた新鮮なニジマスに手が伸びる。旨いBBQとあれば当然アルコールも進む。お互いに返杯しあうファタと五十嵐の姿は見ていてどこかほほえましくもある。そして食後のデザートも忘れない。持参したマシュマロを炙る五十嵐。
「よくわかってるじゃないか」
ファタからお褒めの言葉をいただく五十嵐。行動にそつがないのは、こういったことに普段からなれているからなのか?
そんな両名の目の前には発泡酒とワインの空き瓶が並ぶ。ちびちびとではあるが、ついついアルコールも進むというものだろう。そんなファタの目の前には本人専用の処方薬が並んでいた。これなくしては生きてはいけないらしい。
すると。ニコニコ笑いながら持参したレモネードを差し入れする綾河 零音(
gb9784)。親友の布野 あすみ(
gc0588)を誘っての参加である。
「まあ常に長期休暇みたいなものだけどね」
苦笑しつつ、よく食べよく笑う綾河。
「天気もいいし、空気もおいしいし、BBQ最高だし」
どうやらこの雰囲気を満喫しているようである。その後乗馬をするためにあすみと2人、いそいそと乗馬場の方へ向かっていく姿があった。
その頃、BBQ会場近くの湖畔にて。
「ふ〜ん。『ナイト・ゴールド』って、あの方のことだったんですか。でもなかなかいいところですね」
とこちらも初めて知ったナイトゴールド=伯爵、という事実に少し驚いていた一人の傭兵。なにやら重そうな網を引きずってBBQ会場へ足を運ぶ姿が。そう彼、ソウマ(
gc0505)である。今回初挑戦という釣りにチャレンジしていたらしいのだが、そこは『キョウ』運の持ち主の彼である、きっと何かが起きたに違いない。本格的な釣り道具持参でやる気が漲っているのが傍目にもわかろうかというものだ。
あらゆる情報網を駆使し、にわか仕込みながら釣りのノウハウを取得したソウマ。初めはまったりと釣りを楽しんでいたのだが、そのうち俄かに強烈ないわゆる『アタリ』を体験することに。初心者の彼にはよくわからなかったがそれこそビギナーズラックというべきかいわゆる『湖の主』とも呼べるような超大物のアタリがあったのである。むろんそんなことは知る由もない彼。その手ごたえに驚くあまりあせったのかどうかは知らないが、うまく引き上げることができず俗に言う『バラす』結果になってしまったのだ。だが逃がした後にも、
(ひょっとして、あれは伝説の大物だったのか? それともUMA?)
などとあれやこれや妄想をめぐらしていたようだ。が、実際それでも『キョウ』運の持ち主である。初めてとは思えないほどの釣果を上げ、意気揚々と会場へと乗り込む。
実際、その重い網に匹敵するだけの釣果が得られたことは言うまでもない。その持ち込まれた魚は皆の胃袋にすべて飲み込まれるのであろう。
「お嬢様、いい具合に焼けましたよ。ついでにお飲み物でもいかがですか?」
まるで執事のような口調で兎々に旨そうに出来上がったBBQの串焼きなどを持っていく旭。自らは食す、というより準備作業に追われる時間が多かったようで、あまり食事を満喫してはいないようにも見えたがそこは他ならぬ兎々のためである。そんな旭のためを思ったのか、なんとスッポンを1匹丸ごと持ち込んだ兎々。それを丸ごと炭火でじっくり焼き上げると他のBBQの食材と共に旭に勧める兎々。
「はい。あ〜〜ん。精がつきますよ」
食材は十分にアレだがその光景は見ていてほほえましくもみえるのであった。さぞや体力気力が十二分に漲った旭であろう。皆との会話でおおいに盛り上がるフランエール。BBQの後の釣りを楽しみにするよしき。
そんなワイワイガヤガヤのパーティー会場へ、忽然と姿を見せるのがほかならぬUNKNOWN。見ればその手にはズシリと重そうなニジマスがぶら下げられていた。
「釣れたては旨いぞ」
そう呟くと、その場で手際よく塩焼きにしてみなに振舞う。よくよく見ればその網の中はどうやら大漁のようである。釣りの腕もプロ級なのだ。新鮮なニジマスの極上の香りと味が皆の食欲をさら加速させることに。
さて、ここは湖畔近くのビューポイント。仲良くならんでお弁当を広げているのは蒼河とセシル。ランチシートにところ狭しと並べられたセシル手製の愛情タップリのランチにおもわず頬がとろけそうになる蒼河。自らも手製のデザートを持ち込んでおり、仲良く並んでつつきあうその姿は見ていて和みかつほほえましい恋人たちの情景である。
「は〜〜い。あ〜〜ん」
などと童心に返った○○なカップルのように無邪気に見えるその姿。
「え〜〜と、まずくはないですか?」
自らの料理の出来栄えが気になるのか、いつになくそわそわドキドキ感がにじみ出ているセシルであった。
そんな喧噪のさなか。BBQ会場からワインを持ってこっそり人目をはばかって抜け出したのはケイとミハイル。せっかくなので2人の時間を大切にしたいらしいのだ。湖に面した人気の少ない場所に足を運び、お互いにその腰と腰に手をまわしながらワインを楽しむ。最後にはしばしの抱擁とそして熱いキス。昼間ではあるがいいムードが漂っていたのだ。
●午後のお楽しみ
さて。そんなあちこちでお楽しみのカップル達の眼前に広がる豊かな湖面。ちょうどお昼から多少過ぎた頃合とあってか多少の静けさを迎えつつある湖面にただよう2つの小さな影。そのひとつはボートであり、もうひとつはカヤックである。
「かんぱ〜〜い」
そんな声が聞こえてきそうな湖上のボート。そこにいるのは五十嵐とファタである。お昼のBBQを堪能したであろうこの両名。湖面にボートを繰り出し、のんびりゆっくり湖上を散策中である。波静かな湖面に映る2名の影がつかず離れず彼らについてくる。ボート上でワインで乾杯である。だが場所が場所なので飲みすぎには注意する。
「楽しいBBQだったね」
思い返すたびに何べんも楽しさを繰り返し味わえそうな感じがするファタ。そういいながらじっと五十嵐の顔を見つめる。何か言いたいことがありそうな五十嵐。
「いい雰囲気ですね‥‥」
その後は小声になり、ファタにささやくように何事か伝えたのか? その問いかけに目を合わせずファタが答える。
「気持ちはうれしいけど。‥‥‥‥でも」
ファタがゆっくりと口を開く
「今の‥‥私には。役者不足だよ。ヤクトの側にいても‥‥未来は見えない」
最後の方はポツリと消え入りそうな声のファタ。この男女のカップルの間でどのような会話が行われたかは想像に難くはない。が、それを詮索するのはヤボというものだろう。真実を知るのは2人の乗ったボートとその湖面、そして当の本人たちのみである。
そんな彼らから程遠くないところを静かに湖面に波紋を描いて進む2雙のカヤック。希崎と獅月がそのオールを捌いているのだが。経験者の希崎が初心者の獅月を優しくリードする形である。
「せんせ〜〜。初心者の私に教えてください」
思いっきり甘えた声で教えを請う獅月。万が一にそなえ水着を着て、そのうえにライフジャケットを羽織っている。そのまぶしいばかりの水着姿にさらにいとおしさと可愛さを感じる希崎。手取足取りできる限り転覆しないように、とはいってもカヤックは転覆してもすぐに起き上がれるのであまり心配はしていない様子。
「あわわ。‥‥転覆しちゃいます」
カヤックの経験のない獅月。ときおりあわてふためくものの、教え方がいいのか、はたまた彼女自身結構器用なせいか、比較的上達が早い。何回か転覆、起き上がりを繰り返すうちにその漕ぐスピードとバランスも良くなってくるのが手に取るようにわかる。
「落ち着いて。そうそう。転覆してもあわてずに」
自身、水着を持ってくればよかったかもと思う希崎。まあ、ぬれなければOKでしょうが。『バランスは足でとる』がカヤックのコツだそうだ。
「ひゃっほ〜〜」
そんな彼らの頭上はるかを爽快に風を切って通過するパラセイリング。大空から下界はるかな湖面と周囲の雄大な景色を楽しみ、その雰囲気に酔いしれるウラキとクラリア。
「大丈夫。怖くないから」
パラセイリングそのものを知らないらしいクラリアとタンデム飛行を楽しむウラキ。もともと陸軍出身の彼。この手のものの操縦はなれているのだ。パラセイリングのイロハを優しく丁寧に教える。
「空を?」
最初こそ怖がっていた彼女だが、ウラキに導かれ大空を気分よくフライトするうちに、その面白さが理解できたようである。
「少し‥‥わくわくして。空をこうして飛ぶって。」
そんな彼女の視界に入ったのは、青い空と銀色に輝く湖面そして蒼い山。いつのまにか恐怖から喜びの表情に変わっていった彼女の姿に安堵し密かに喜ぶウラキ。
「いい眺め。こうして2人で飛べるなんて夢のよう」
クラリアにふっと、ささやくウラキ。その表情は幸せに満たされていたようである。
その頃。馬上の人となっていた布野と綾河。乗馬初体験の布野を綾河がリードする形で初めはゆっくりと馬を歩ませる。
「平和だね。これって、自分や仲間たちの力で守ってるんだなってちょっと不思議」
バグアともキメラとも無縁のこの湖。まるでここらあたりだけが現実から隔離された別世界のようにすら感じさせる。ここには死も、恐怖も、怖がるものもなにもないのだから。今こうしている間も、多くの仲間がどこかで傷つき倒れているかも知れない。そんな仲間たちの心の平穏に役立てば、と思う綾河。そんな思いのたけを布野に語りかけようと思う。
(せめてこんなときこそ笑顔でいなくちゃ)
だが、そんな綾河と対照的に。
(結構揺れるけど、さっきから腰が痛くなりそうで)
乗馬経験があるのかと綾河に尋ねつつ思う布野。思えば少しずつ馬のスピードはあがり揺れもおおきくなってくる。経験者ではない布野にとっては、これは由々しき一大事なのだ。さらに少しなれてきたこともあってか調子に乗りすぎ不必要にスピードを上げるというちょっとしたミス。ゆえにしまいにはパニック状態。
「あ。ちょ‥‥」
突然起きた事態にかなりあわてる綾河。
気がつけば布野の馬は暴走し、あっというまに馬上から振り落とされる。あわててかけよる綾河。
「ううう。醜い目にあった」
しきりに臀部を気にしている綾河。落馬の際にでも打ちつけたのだろうか。幸い怪我がなくてよかったというところだが。
「はい。チーズ」
湖畔をサイクリングしながら絶景ポイントでお互いの写真をとりまくる兎々と旭。ここに来る途中に黒川が釣り糸をたれている場所を通った2人。聞けば黒川。不器用にフライを操りつつもどうにかニジマスがつれたようだ。
せっかくなのでその釣果を写真に収めさせてもらうことにする。かれこれ半日近く粘っていたらしいが。どうやら黒川にはそれほどのビギナーズラックは訪れなかったようである。よさそうな風景を見つけてはおのおののカメラにその風景を収め、時にはお互いを撮影しあう。夕方近くまであちこちで写真を取り合う旭達が目撃されたらしい。
同じ頃。BBQを堪能し、『釣り』にチェレンジするよしき。大物を目指し、そのポイントへと向かうのだが、道中、バナナの皮を自分の傍らに捨てていく。さきほどBBQの時に食べたものだが、それを何気なく彼のすぐ側に捨てたのだ。するといきなりソレは起きた。
(えい!)
彼の背後からいきなり伸びる『魔の手』。それは確実な力で彼を突き動かしたのだ。
そう。フランエールが彼を皮の方に押し出そうとしたのだ。それはもし皮を踏んですべれば間違いなく、湖へドボン、の微妙な距離。
「うわああああああ。何故こんなところにバナナの皮が!」
とわざと大げさに1mほど飛びのいて驚くよしき。本人は何気なく捨てたつもりだったのだが、何かイタズラを仕掛けようと考えていたフランエールにとって、千載一隅のチェンスだったのだろう。あわよくば‥‥。そんな考えが一瞬脳裏をよぎったのかフランエール。いつもイジワルされているよしきへのちょっとした仕返しのつもりだったのかも知れない。が、作戦は失敗。というか本当に湖に落ちていたらどうなったのだろう?
「やった〜〜! とったど〜〜」
そんなよしきの大声が響き渡ったのはそれからしばらくたってからのことだったようである。
●そして夕暮れが近づいて
山間の夕暮れは早い。それは山に陽光がさえぎられたと思う間もなく、あっというまに訪れるのだ。
ひとり湖畔の船着場らしき場所にチェアをおき、持参したチェロ片手に優雅にメロディを奏でるUNKNOWN。その少しばかり哀愁を帯びた音色が、夕陽を浴びてその色合いを染めつつある湖面に流れるように響き渡る。少しずつ迫る夕闇の情景を目にし、ポツリと呟く。
「また、ひとり手元から去ったか‥‥。まあいい」
そのUNKNOWNの視線の先にあるものは何か? 未来か? 過去か? 時には優美に、そして時には華麗に響き渡るチェロの音はいつまでも続いているかのように感じられた。
ひょっとしてそんな音色が届いていたかも知れない湖畔の森。蒼河とセシルが足を踏み入れたそこは一面に広がるシロツメクサの世界。夕焼けがその鮮やかな色のベールで周囲を覆い隠そうし、その色を反射した花が自らを赤く染めている。
言われるままに目を閉じ、その世界に足を踏み入れたセシル。
「わ〜〜〜。なんてきれいな世界」
その目を開いたそこは、一面の真っ赤なお花畑。思わず見とれるセシルの背後に迫る蒼河。そして‥‥。
「え? ‥‥」
その頭にヒョイ、と載せられた花の冠。そして渡された幸運の四葉のクローバー。
「へへへ。どう? ‥‥これで幸運は約束されたね」
そこには幸福感に満たされた顔の蒼河がいたのだ。思わぬ贈り物に感激するセシル。暖かい優しさに満たされた2人がそこにいたのだ。まさに花言葉そのもののような幸せを感じる瞬間である。だが『シロツメクサ』にはもうひとつの『花言葉』があるのだが、ここでは触れないでおこう。
同じ頃。夕闇迫りつつあるサイクリング道路を走る旭と兎々。すでに夕暮れが迫る湖畔の帰り道である。人気の少ない場所に来るとふいに自転車を止める2人。あたりはすでに闇が徐々に主役の座を奪おうかとしている。
「また、こんな日が来るといいね」
兎々と至近距離で向き合う旭。
「うん。また来たいね」
笑顔の兎々。そしてさらに近づく2人の顔と顔。
「さあ。兎々さん‥‥。Shall I Kiss?」
そのまま顔と顔がくっつきあう2人。しばしのキス。これからもそしてずっと‥‥。
いくばくかの沈黙。そしてつかの間時が静止したかのよう。それは永遠のように感じられたかもしれない。
「君のために僕は帰ってこられるのさ」
甘いムードの2人を、沈みゆく夕陽だけが静かに無言で見つめ、祝福していたかのようである。つかの間の至福の時。
●そして夕暮れ
BBQは何も昼間だけの楽しみではない。夕刻が訪れそろそろ皆が帰り支度を始めようかと言う頃もまだ、ほのかな香りとかぐわしい匂いがただよっていたりするのだ。
「さて。釣った魚を食ってみるか」
黒川が彼なりのやり方で釣り上げたニジマスをその炭火で焼く。初めてフライフィッシュで釣り上げた魚の味わいはどんな味だったのだろうか?
残されたわずかな時間ながら、希崎と獅月は今まさにBBQを十分に堪能していた。昼間アクティブに動きまわっておかげでかなりおなかがすいていたのだろう。見るからに旺盛に思える食欲がソレを物語っている。
すると。さっきまで聞こえていたチェロの音色がやみ、BBQ会場へ姿を現したUNKNOWN。だが決して目立つことはなくこれから軽めの夕食でも、といった趣に見える。あくまでクールに湖面を眺めつつ、彼にとっては清涼飲料水代わりのビールでその乾いた喉を潤し、歓談する他の参加者達の話にも適度に耳を傾ける。そんなスタイルこそ彼の『ダンディズム』そのものにさえ思えた。今宵帰り道には彼の口ずさむブルースが聞けるかも知れない。それを聞くことが出来るのは仲間たちとそして月だけである。
俄かに冷たい風が吹き抜ける。
「これは‥‥祝福の風?」
その風の中に、自分たちの未来を垣間見る思いのソウマ。そんな彼の頬を優しく風が吹き抜けていくのであった。
「ふむ。今回も彼らはリラックスできたようだね」
傭兵達のつかの間の休暇の有様をどうやって知ったのか、至極満足そうな顔の伯爵がそこにあった。
了