●リプレイ本文
●新人がいっぱい
喧噪とざわめきが交錯する中を人々は動き、走り、そして時折聞こえる怒声。最前線から少しばかり離れているとはいえ、その有様はまるで蜂の巣をつついたようでもある。軍用トラックにあわただしく積み込まれる弾薬糧食が詰め込まれた箱の数々。
「よろしくお願いします」
出発前に傭兵達の所に挨拶にやってきたUPC軍の新兵一同。まだシミのひとつとてないピカピカの軍服と目新しい階級章が彼らの立場をあきらかにしていた。その軍人らしからぬ慇懃さのない口調が与える印象はどこか柔らかく、この場の雰囲気には似つかわしくないものである。それはこれから過酷な軍務に服するのは厳しかろうとも思えるほどなのである。その数4名。どうやらこの場の傭兵達を、みな百戦練磨のベテランだと思ったのかもしれない。
「こちらこそよろしく」
飄々とした雰囲気で会釈する佐治 容(
gc1456)。キリリと絞めなおしたジャングルブーツの靴紐もまだ真新しい。今日は忘れられない1日になりそうである。
だが新人はUPC軍人ばかりではない。この場にいる傭兵達もほとんどが依頼初参加のいわば『ルーキー』である。経験のあるものでも今回が3回目。キメラ相手は今回初めてという傭兵がほとんどであるので、新人ばかりでの任務遂行ということになる。しかも今回は決して新人には楽な任務ではないのだ。
(「物資輸送も立派な人助けですからね」)
2台の軍用トラックに積み込まれた幾多の物資をみやりつつ思うのは天原 慎吾(
gc1445)。彼の目に映るのはその積み込まれた物資に貼られた何枚もの中身を識別するためのラベル。「弾薬」「食料」といった目立つ文字が飛び込んでくる。
(「軍人さんも自分も新人、仲間も新人か」)
そっと思う南十星(
gc1722)。新兵のお守り、だという心持で参加したものの、実際は全員が新人であることは想像していなかったかも知れない。
「湿地帯って、初めてみるんだよな〜〜。面白い写真が撮れること期待」
そう呟くのはカメラ片手に依頼に参加したハウンド(
gb9069)。まだ真新しいカメラには傷ひとつない。今回の目的のひとつが『湿地帯の写真撮影』である。湿地帯は野生動植物の宝庫だったりする。おもしろい写真が撮れることを期待しているのだろう、目が輝きを帯びている。
かくして。整備点検を終えた2台の軍用トラックは4名の軍人と8名の傭兵をそれぞれ乗せ、多数の物資と共に湿地帯に囲まれた道路を進み始める。この先にいるというキメラはいつその姿を現すのであろうか?
●車は進む
2台の車に分乗した傭兵。その中でも、双眼鏡片手にトラックの進行方向をひたすら注視しているのが、今回警戒の役目を担った南とラサ・ジェネシス(
gc2273)である。 どこか天然系にも見えるラサ、の頭の上にはなにやら『花』が咲いているのだが、何故かそのことには誰も触れようとはしない。
ガタガタとゆれる車上で遠目に前方を見やる。車は時速30kmほどのややゆっくりめなスピードで進む。もちろんキメラを警戒してのことだが、運転している軍の新兵があまり軍用車両の運転になれていないこともあるのだろう。
「『お姉サマ』にイイとこ見せるです」
日本語の多少ぎこちない口調が彼女らしさを表わしている。『お姉サマ』と呼ばれたのは依頼を斡旋したオペレーターのレニファー。残念ながら彼女はこの場にはいない。
そんなゆれるトラックの荷台の上にもかかわらず、読書にいそしむのは「本の虫」ネオ・グランデ(
gc2626)。普通はゆれる車中で読書するという行為自体、『車酔い』の原因にもなるのだが、本人慣れているのかいたって平気な様子。キメラ戦を控え皆がそれぞれに大なり小なり緊張しているであろう中で、悠然と読書に励むその姿はかえって頼もしげにも見えるの。
「補給路確保に向けて最善をつくす予定」
テトラ=フォイルナー(
gc2841)はそっと拳を握り締める。今回がキメラ戦2回目。前回は小物のキメラだったので、大型キメラは初めてなのだがそのことで気後れしているといった雰囲気は微塵も感じられない。ときおりトラックの荷台から背を伸ばしてあたりを警戒し、自分の目でも状況を確認しようという気配。もともと軍用トラックの類は、人を運ぶことを主目的に作られているわけではないので、乗り心地を期待できるものではないのだが、そんな中でも揺れに体を預けつつもしっかり警戒を怠らない南とラサ。すると荷台のスミの方で沸きあがる声。
「僕は小学生ではありません。17歳です。どうやったらおおきくなれるんでしょうか?」
誰かが彼の容姿、のことでも持ち出したのだろうか。他の傭兵の中でもひときわ小柄で、どう見ても小学生にしか見えない神名田 少太郎(
gc3155)が愚痴る。スッポリと荷物の陰に埋もれてしまって見えなかったのだ。
ふと見れば緊張しているのか、その手に何か書いては飲み込んでいる様子の佐治。世の中でよく行われている『おまじない』でもしているのだろう。
トラックはその微妙な速度を保ちながらゆっくりと湿地帯の中の道を進む。ときおり聞こえるシャッター音は、ハウンドが撮影に励んでいる証なのだろう。今は湿地帯の植物が新たな息吹を見せる時期。
●キメラ現る
走ること約10分。両脇に広がる湿地帯が先ほどから多少浅くなり泥地混じりになりつつある頃、急にトラックがその速度を緩めた。運転していたUPC軍兵士の表情がかすかに変わる。そしてほぼ同時に上がる南の声。
「キメラ発見だ。準備はいいか?」
双眼鏡を覗き込んでいたその視野に入るキメラ。
「キメラ、見つけたネ。距離はココから200mぐらいネ。数は‥‥ウ〜〜ン。5か6ネ」
ラサの緊迫した声がかぶさる。その知らせに一気に緊張が走る傭兵達。ゆっくりと立ち上がる者の姿も。
「了解した」
本をパタンと閉じ急に今までとは一変した表情のネオ。めいめいに戦闘モードに心のスイッチを切り替える傭兵達。
運転していた新兵に頼み、トラックのスピードを落としつつさらにゆっくりと接近。やがてキメラまで約100m地点に。そこまで来ると、カバキメラの全体像が細部まで確認できる距離に。なるほど確かに見た目は『カバ』。しかもそいつらは道路両脇の湿地帯から今まさに道路上へ上がろうとしている。
すると、こちらの気配に気がついたのか、首を揺さぶりその太い前足を掻き、こちらを威嚇する様子。だがまだ突進してくる気配はない。そこでさらに傭兵の武器の射程になる数十mの近さまで注意深く接近。みればキメラはゆっくりとこちらに近寄ってくる気配。これ以上接近したら容赦なく攻撃するぞという構えを見せる。
「それ!!」
最初に口火を切ったのが南の長弓。満を持して放たれたそれはまっしぐらに1頭のキメラへ。だが距離があったためかわずかに狙いがそれた。そこでさらに接近。ラサの銃口から閃光が一閃する。それを合図にトラックを停止させる。距離約50m。UPC軍の新兵も直ちに携帯火器を抜き、車外へ。が相手がキメラということもあって互いに顔を見合わせ、思案の面持ち。それを横目に佐治とネオがスキルを使って一気に肉薄すべく動く。
『足』、それがあらかじめ示し合わせておいたねらい目である。まずはキメラの動きを止める。その為にもっとも有効な手段が『足』への攻撃というわけである。その太い足はいわば「格好の標的」であり、そこを狙わない手はない、ということなのだ。
佐治とネオから多少遅れつつも、キメラに向かう天原。すでに佐治とネオの背中は小さくなりつつある。その後方からキメラに迫りつつある傭兵達を援護する南とラサ。
「射線に注意してくれよ」
テトラ、ハウンド、神名田らの面々の背後から誤射などしては大変なので、走り行く仲間達に声をかける南。距離の関係で当たりにくいと見たか、スキル『鋭角射撃』で命中率を上げる。
そんな彼が視界の隅に捉えたのは、大剣を『引きずる』ようにして進む神名田の後ろ姿。大剣を『引きずる』、というよりどちらかといえば大剣に『引きずられる』ような姿が徐々に小さくなっていくのだ。
その頃、佐治とネオの2名はすでにキメラに肉薄しようとしていた。すでにキメラから10m以内。『突進』に注意しなければならない。1頭のキメラがそんな2名の傭兵めがけその頭を下げ、モーションを取った。その光景はラサの両眼にはっきりと映る。
「仲間が‥‥アブナイネ」
とっさに制圧射撃でキメラの出鼻をくじくラサ。その威力に押されたのかキメラの足が止まる。足を止めたキメラに向かう先行班の攻撃の口火が切られる瞬間が。
「お姉サマ。アレを使うわ」
ラサのその視線の先にはレニの姿でも見えていたのだろうか。
●カバはBAKA?
その足に狙いを絞る佐治とネオ。テトラ達が到着するまでわずかな時間だが、キメラの攻撃が2名に集中することになる。制圧射撃の効果か、足が鈍ったカバ。だがそれでも構わず突進してくる。
「行かす‥‥かよ」
佐治が吼える。あえてまともに戦うことはしない。その蹴りは決して侮れないからだ。横に回りその前足を狙う。それはネオも同じ。目の前のキメラの背後に迫る新手。それは獰猛さむき出しで彼らに襲い掛からんとその足を掻く。だが‥‥。
『バシッ! バシッ!』
南とラサの的確な射撃が、カバの足に命中。ためらうカバキメラ。そうこうするうち天原が駆けつけ、その勢いでキメラに挨拶代わりの一撃、そして牽制だ。3名がほぼ横並びの形でキメラに向かう。その巨体ゆえに突進力はありそうだが、側面に回り込む傭兵達の動きにはついていけないらしい。あきらかにいらついたように見受けられるいキメラ。
「腹だ。腹部を狙え」
背後でテトラの聞きなれた声。テトラ、ハウンド、そして剣を引きずった神名田がここで到着。3名の増援で一気に勢いづく傭兵達。それに反比例するかのように当初の勢いに陰りが見えるキメラ。その気迫と迫力の点では傭兵達が完全に圧倒しているのがあからさまに見て取れる。
眼前に立ちふさがる6匹のキメラ。すべて道路上におり周囲を見渡す限り他のキメラの気配はない。背後から間断なく浴びせられる南とラサの援護を受け、その勢いのまま挑みかかる傭兵達。
●でかい割には
「鬼は死ねばいいんだ〜〜」
その右側面から攻撃を仕掛けるハウンド。おおきく首を回し傭兵達に顔を向けようとするキメラ。だが「足」をつぶされ、動きを封じられたキメラに対して、その頭を狙うハウンド。グシャ、といやな音を立ててカバキメラの頭が粉砕される。銅像か何かが崩れるようにその場で横倒しになるキメラ。
「奥にもイルね」
無線機を通してラサの声が聞こえてくる。そちらのほうへ視線を送るハウンド。そのすぐ側でやはり何かがつぶれるような音。天原の一撃がキメラの腹部に命中したらしい。
「ひえ。きっついな。これ」
戦闘に不慣れなこともあるのだろう。想像以上のタフな戦いに思わず顔をしかめる佐治。だがすでに形勢は圧倒的に傭兵達の方に傾いている。ここは力押しでもなんとかなるだろうという見通しが、さらに気力を沸きおこさせる。
「そこ! 隙ありいいいいい!!!!」
ネオが叫ぶ。そのありったけの気迫を込めた両拳がキメラに炸裂する。
『ウヲヲヲヲヲヲオン!!!!!』
それは鳴き声というよりは咆哮。キメラが仰向けにひっくりかえる振動が大地を大きく揺らす。ズシン。その巨体が大きな窪みを穿つ。
その時、1頭のキメラがその巨体を大きく伸び上がらせて背後から佐治に迫る。気が付くテトラ。
「させるかああああ」
テトラの放つ『ソニックブーム』の繰り出す衝撃波がキメラの巨体を直撃する。2、3mは後方へはじき飛ばされただろうか。もんどりうつキメラ。
「手早く終わらせるぞ!!」
息を吐きながら応えるテトラ。いつしか誰よりも前にでている彼。
同じ頃。キャバルリーとしてのその役割を十分にまっとうすべく立ちふさがる神名田。
「キャバルリーは剣と盾がその生き様です!」
力強い一言と共に、その防御力と攻撃力を生かし、その体躯にあまるような長剣『シュヴェルト・デア・ローセ』を振り上げる。まるで子供が長剣を担ぎ上げたようだが、そこから繰り出される破壊力は決して中途半端なものなどではない。キメラのFFを突き破り、その硬い体を貫く感触に確実な手ごたえを感じる神名田。
「はあ、はあ‥‥。」
2振り、3振りするたびに衝撃が全身に伝わる。だが退くことは決してしない。その巨大にすら見える盾を相手にぶつけてさらに斬りかかる。
「その牙。貰います‥‥。覚悟っ」
真っ向から叩ききられた哀れなキメラ。胴体が2つに泣き別れとなって無残な姿をさらす。
そんな傭兵達を目の前に、我を忘れたように呆然と戦いの行方を見守っていたUPC軍新兵。傭兵達の戦いざまとその圧倒的な気迫に引き寄せられたのだ。と同時に自分たちが何もできないでこの場にいることに悔悟の気持ちが沸き起こったのであろう。手にした携帯火器を次々とキメラに向け発砲し始めた。むろんFFのある相手にダメージなど微々たるものなのだが、その心意気だけは決して負けない、という思いが見える攻撃。
こうして12名の気持ちがひとつになった時、もはや目の前のキメラなどただの雑魚に過ぎず。6頭のキメラがすべて骸になるにはそれほどの時間はかからなかった。
●戦い済んで
「うう、膝が‥‥笑ってる」
声が上ずる佐治。緊張のあまり、戦闘中は恐怖など感じなかったのだろう。今になってその恐怖心が首をもたげたのか。
邪魔者は排除され、安全が確保された中を目的地へと再び軍用トラックは走る。さきほどよりは若干速度を上げ、走り方も軽快に感じられた。
「水‥‥。水を」
やはり緊張感から開放され猛烈な喉の渇きを覚えた天原。グビグビとうまそうに水を飲み干す。さぞや五臓六腑に染み渡る味であったろう。
かくして無事武器弾薬の輸送護衛の大任を果たした新人傭兵達。到着後UPC軍からねぎらいと感謝の言葉を授かることに。
「長い10kmだった」
タメ息をつきその髪を解く南。開放感が彼を満たす。
「寿司でも食イタイ」
大きく深呼吸するラサ。その顔は満足気である。
「これが実戦。本物の戦い」
今までの訓練とはまるで別物の実戦に改めて驚き、その安心感からか思わず腰が抜ける神名田。安心感はUPCの新兵も同じだった様子。さっそく煙草に火をつけるのだが、それを目にした佐治、
「一本くれないか?」
我慢していたのだろう。一緒にうまそうに紫煙をくゆらす。そんな光景を安堵の表情で見つめるテトラ、ハウンド、ネオ。
こうしてまたひとつ経験を積んだ新人傭兵。それは確実な手ごたえとなって彼らを成長させるのであろう。
了
残念ながら、カバキメラの遺体を持ち帰ることはできなかったようだ。