●リプレイ本文
●ゆれる思い
「パンダキメラねえ‥‥。ほっとくわけにはいかないし‥‥」
複雑なその心境を告白する幡多野 克(
ga0444)。いつもならキメラに何の感情もないはずなのに今回ばかりは多少なりとも悩ましげである。だが今回そんな複雑な思いでいるのは彼ばかりではなかったようだ。
(「こんなことになるならなんで教えてくれなかったの」)
複雑というより妙な怒りを感じているセラン・カシス(
gb4370)。その矛先はあろうことか今回の依頼主である民間のキメラ研究所に向けられている。思えばあの時、あんなに可愛がったあげく、名前までつけたパンダを今回は「殺してくれ」などと。いくら相手がキメラだとわかってはいてもそのこみ上げる怒りはおさえ切れないらしい。無理もない。あの時「生け捕ってくれ」と無理やり頼んできたのが今回の依頼主なのだから。
(「ジャンポール、だけは絶対に私の手で」)
それはあの時勝手に1頭のパンダキメラに命名した名前。その彼をこれから屠らなければならない。そのことがさらに彼女の気分を滅入らせていたのだ。あんなに可愛かったキメラを今度は自分の手で‥‥。思わず手のひらをギュッと握り締めるセラン。
だがそんなことを思うのは彼女だけではなかったのである。
通常のAU−KVにすっぽりかぶせるように着込んだ『パンダ型キグルミ』。それ自体は立派なAU−KV用の装甲なのだが、見た目はまさに直立して歩くパンダそのものの『キグルミ』傭兵、七市 一信(
gb5015)。セラン同様、前回研究所の依頼のままに、『生け捕った』パンダを今度は『殺す』ハメになるとは夢にも思わなかったのだ。
(「あのときあんな依頼を受けなければ今回こんなことにならなくても」)
心の葛藤を決して顔には見せず、普段どおりに陽気に振舞ってはいるのだが、依頼に向かう足取りも心なしか重く鈍い。こんな思いは彼にとってはついぞ経験したことのないもの。
(「こんな形で再開なんて」)
トロ(
gb8170)の気持ちも普段の依頼に臨む心境とは異なり、どこか複雑で割り切れなさが残るもの。パンダ好きであるという自分個人の気持ちと、傭兵としての責務の板ばさみが彼女の心に生み出す葛藤。それはトロ自身も今まで感じたことのない心の揺らぎ。
誰一人顔にこそださないが、その心に様々なわだかまりや葛藤をいだきつつ依頼へと赴く傭兵達。どこか妙に重々しい雰囲気が立ち込めるなか、
「可愛いのかな〜〜。パンダ〜〜」
一人陽気な芹架・セロリ(
ga8801)の無邪気さに多少なりとも気持ちが慰められる思いがするのであった。やらなければ、と改めてその傭兵としての責務を感じる彼らがそこにいたのである。
●捜索開始
「さて。ところでヤツラは何匹いたんだ?」
ドームに向かっていた北条・港(
gb3624)が問題の穴の前で立ち止まる。
キメラが食い破ったという熱帯植物園のほぼ半球状のドームにあいた大きな穴。その場所へと近づく傭兵達。それはちょうどキメラが通るには十分な大きさに見え、そのことがこのドーム内に確実にキメラがいる、という確信につながる。
「え〜と。6匹だそうです」
と星月 歩(
gb9056)。前もってトラックの運転手に聞いておいた話。現場付近で複数の足跡が見つかり、さらにドームの外部ではキメラの目撃情報がないところから、ほぼ間違いないらしい、という事も事前に確認してきたらしい。やはりすべてこのドーム内に逃げ込んだようだ。この内部は亜熱帯植物が生い茂り、雑食であるパンダの食料には事欠かないからだろう。
「なら被害がこれ以上拡大する前に、ドーム内でなんとかしよう」
北条が慎重に穴の中を覗く。内部は樹木が生い茂り、十分な見通しが効かない。
(「慎重にいきたいねえ」)
と同じく覗き込む仕草をしつつ思うドリル(
gb2538)。
かくして内部の気配をうかがいつつ、ゆっくりと穴を潜ってドーム内に入る傭兵。そこは亜熱帯の環境を再現しているので、多少ムッとした空気が彼らを包み込む。誰一人いないドーム内は、不気味なほどの静寂。
そして2班に分かれた彼ら。ゆっくりとその歩みを進めるのである。今は姿なき『獲物』を求めて。
8人の傭兵が内部に踏み込んだ時、どこからともなく不気味な唸り声が聞こえたように感じた彼ら。どこかに潜むであろうキメラは確実に彼らを待ち構えているのである。
●潜むキメラを求めて
幡多野、トロ、セラン、そしてドリルが一塊になって進むA班。ドームの壁を背に右回りの方向で慎重に進む。
壁を背にしているのは、背後からキメラに襲撃されるのを防ぐため。壁の感触がその背中にダイレクトに伝わるぐらいまで近づく。亜熱帯の植物や樹木が生い茂るそこは、いわば外部とは異なる異質な空間。その異質さがさらに傭兵達の警戒心を高める。
(「なんだろう、あの果物?」)
ひとつの大きな樹木に眼が留まるトロ。それにはいかにもパッションフルーツといった感じの果物がそのたわわな実を実らせていた。その光景におもわず見とれる仲間たち。だが気の緩みは禁物である。キメラはどこにひそんでいるかわからないのだから。
お互いの死角をなくすように進む4人。ときおり無線で分かれた4人と連絡を取り合いつつである。
「はい。今のところ異常なし」
ドリルのそんなやりとりを小耳に挟みつつ探索を続ける4人。そんなパーティーの先頭には、餌となる生肉を携えたセラン。餌におびき寄せられていつキメラが出てきてもいいように、ほかのメンバーはすでにその得物をいつでも使える構えである。
カサ、カササ、
と時折聞こえる何かが動くかすかな音。それはこの亜熱帯植物に住み着いた虫か何かの蠢く音なのであろう。だがそんな音にも耳をそばだてながら進む。
静かだ‥‥。あまりにも静かだ。まるで何者もそこには生存していないかの如くの静寂が支配する空間。
●キメラとの遭遇
「早く終わらせたいアル」
そうトロがつぶやいたまさにその時。
突然、ドリルがその手を挙げ、皆の動きを制した。そしてゆっくりとあたりを見回す。
耳を澄ます‥‥‥
ガサ、ガササ、ガサササ‥‥‥‥
その音は、彼らの右手の奥、背の低い草が生い茂り、樹木の密生した付近から確かに聞こえてくる。
あわててその音の方向を探すセラン。そして次の瞬間、彼女の眼に飛び込んだのは‥‥。
それは間違いなく蠢くパンダ。そしてそれこそ逃げ出したキメラである。
「タイマン勝負したいアル!!」
その姿を見るが早いか、すす〜、と前へと進み出るトロ。さらにスキルを使い一気にキメラに肉薄し、手にしたナイフで切りかかる。
その様子を横目でみやりつつ、別のキメラの奇襲に備える幡多野。だが敵はこれ1匹のようだ。
シャッ、シャッ、シャッ‥‥シュ、シュ、シュ
空気を引き裂くナイフの鋭い音。続いて小型の爪での攻撃。だがトロの得物ではキメラに決定的なダメージは与えられない。逆にキメラの鋭い一撃が、彼女のチャイナドレスの一部を引き裂く。
さらに2撃、3撃。だが見た目トロが押され気味である。
「いかんな」
その戦況を見て、サポートに入る幡多野。即座にスキル併用でキメラを打ち抜く。さらに接近してもう一撃。だがトドメは刺さない。トロの意思を尊重するつもりだからだ。
思わぬ?援護を受けたトロ。
「これで、終わりです!」
渾身の一撃でキメラの息の根を止める。その動かなくなった死体を見つめ何かを思う風。
その負ったダメージは持参した救急セットで少なからず軽減された。ほっとする幡多野。
そんなトロを見守っていたセラン。ふと前方でなにかが動いているのが視界に入る。それはゆっくりと亜熱帯の樹木の陰を移動中。こっそりと接近する。その影は2つ。こちらにはまだ気がついていない様子。すると、
「あ〜〜。ジャンポール発見!!」
思わず懐かしむように声を上げるセラン。その姿形は間違いなく『あの子』だと確信する。だが彼はそんなセランを警戒し、威嚇するように近づいてくる彼〜ジャンポール。そこにはかつての面影がかすかに残ってはいるものの、凶暴性を増した今では以前以上に危険な存在。
だが。その愛らしい姿を記録と思い出にとどめようとカメラを構えるセラン。が次の瞬間、彼の大きな前足が無情にも手にしたカメラを叩き壊す。さらにその攻撃は彼女の身にもダメージを与える。その攻撃で何かがきれたセラン。
それが合図だった。ジャンポールに猛然と襲い掛かる。もう1匹のキメラもこちらに向かってくる。
セランのその巨大な斧が彼に襲い掛かる。それにあわせるかのようにドリルの銃口から放たれた一撃がもう一匹のキメラに襲い掛かる。甲高い悲鳴のような声を上げて、もんどりうつキメラ。さらにドリルからのもう一撃。それは確実にキメラに大ダメージを与える。
2撃、3撃‥‥。その先鋭な斧の一撃がジャンポールの寧猛な攻撃力を削ぎ、彼を死へと追いやる。
こうしてとどめの両断剣がジャンポールに振り下ろされたとき、2匹のキメラはまとめてその場で息絶えた。すでにピクリともしない彼にそっとすりより、手を当てるセラン。サ、ヨ、ナ、ラ‥‥。セランの唇がかすかにそう動いたようだ。
かくして3匹のキメラが傭兵達の手で屠られたのである。
●こちらでも
キメラ3匹退治。その知らせは直ちにB班のメンバーに伝えられた。
「3匹退治されたってさ〜〜」
とその知らせを伝える『キグルミ』七市。壁を背に左回りに捜索していたセロリ、港、七市、星月のB班。これで残るは3匹。となれば自分たちが残りと遭遇する可能性は高い。そのことが余計に身を引き締まらせる思いがする4人。
4人の先頭には餌を手にした星月。
「パンダって、何をたべるのでしょうか?」
出発前に、『キグルミ』七市に本物のパンダの食料事情について尋ねる。たぶん彼が一番詳しいだろうと考えたからである。
「ん〜〜。ほぼなんでも食べるよ。メインは笹だけど雑食だしね」
そこでおいしそうな笹と肉の両方を持参し、囮代わりになって先頭を進む星月。
A班とは逆方面を逆周りに進む。こちら側は背の高い樹木が比較的多く、あまり見通しもよくないので、進む速度はよりゆっくりである。
「キメラを見かけたら是非タイマン勝負させてほしい」
事前に申し出ていた『キグルミ』パンダの七市。彼流のケジメをつけたいのだ。そんな彼の背中をよく見ると、その『キグルミ』に赤字で大きくこんな文字が書いてある。
『絶対に誤射するな』
彼自身十分にわかっているのだ。前回も危ない目にあったりしているので。
無人の通路を歩く。餌の匂いがいい具合に立ち込め、そのかぐわしい匂いに刺激されたのかセロリ。港の袖をつかみ、そっと耳打ちする。
「ねえ。みなちーー。実はパンダも僕も雑食なの。」
パンダの餌を自分が食べてしまいたいという表情でねだる。
そんな仕草をあえて無視しつつ先を急ぐ港。かまっている暇など今はない。
その時。先ほどのA班の時と同じような何かが動くような気配が。わずかだが亜熱帯の樹木が揺れる。
「近い‥‥」
もしもの場合にそなえ、先頭の星月に注意しつつ、身を低くしゆっくりと進む港。早くも身構える『キグルミ』七市。それをこわごわと見つめるセロリ。さらにジワリ、と接近する星月。
いた。そいつは樹木の陰から胴体の後半分を覗かせて、なにやら動いている。
「気を付けてくださいね」
星月が声をかける。その声に手を挙げキメラに向かう『キグルミ』七市。残りの3名はあたりを警戒する。
(「何か楽しみですね〜〜」)
と自分の事より、タイマンに興味があるセロリ。
ふと何かの気配。さっきより更に近い。すぐそこ‥‥。
突然何かが飛び出してきた。それは2匹のキメラ。こちらに気がつくや否や威嚇の声をあげ突進してくる。
事前に警戒していた3名。港が直ちに牽制に動く。港に背中をまかせていたセロリの背後でいきなり始まる戦闘。
あわてて振り返るセロリ。
瞬時にしてキメラに接近。狙うはその頭。強烈な蹴り技がお見舞いされる。それはキメラをのけぞらせる一撃。
「レーザーブレード。いくよ〜〜〜」
セロリの手にしたそれにレーザーの凝縮された刃が形成される。そいつでキメラに一気に切りかかる。狙うはもちろん急所。さらに星月の大剣が前足で殴りかかろうするキメラを切り裂く。接近戦だ。
グシャ、ドシャ、ベキ。
港の蹴りがキメラの体に深く食い込む。だがキメラも怯まない。その巨体を利用して港に突進する。接近戦は傭兵達にも多少なりとも傷を負わせる。だがここで引くわけにはいかない。星月の大剣がキメラの片腕を吹き飛ばす。なにか液体のようなものが激しく飛び散り、咆哮を上げのた打ち回るキメラ。
その頃。タイマン勝負に向かった七市は‥‥。
●パンダ対パンダリターンズ
睨み合う『キグルミ』七市とキメラ。七市の姿に違和感を覚えたのか、はたまた仲間と感じたか、威嚇しつつも襲い掛かってこないキメラ。ジリジリと距離を詰める七市。
その睨み合いが果てしなく続くかと思われた頃、ほぼ同時に動くキメラと七市。
ガシィイイイイイイ。
懐に飛び込み、取っ組み合の態勢に入る『キグルミ』七市。だがパワーでまさるキメラが押し返す。とっさに振り払い、そのまま殴りあいの態勢に持ち込む。だがやはり接近戦。七市もそれなりのダメージを受ける。
しかしここはタイマン勝負。逃がすわけにはいかない。さらに攻撃力を上げた七市がキメラに向かう。
「あれ〜〜? どっちがキメラ? え〜〜い、どっちでもいいや〜」
いつの間にかこの勝負を観戦しているセロリ。さっきまで港や星月と戦っていたはずなのだが‥‥。どうやらこの勝負をどうしても見届けたいらしい。
キメラと『キグルミ』七市の肉弾戦がどのくらい続いただろうか。
「ごめん」
それが七市最後の一言。トドメの一撃がキメラの息の根をとめた。いやな音を立てその場に崩れるキメラ。
「やった〜〜。逝った逝った」
その結果に喜ぶセロリ。見ればいつのまにか港や星月も集まって来ている。さらにはタイマンの知らせに駆けつけたA班のメンバーも。『キグルミ』七市の周りに人垣ができる。肩で息をする七市。表情はどこか複雑であった。
●戦い終えて
「今度は普通にここを訪ねたいものだ」
と幡多野。傷ついた者はみな応急処置によりその傷をほとんど回復させていた。
「植物園の人に埋葬を頼んできた」
とセラン。どうやらキメラへの思いはいまだ消えぬようだった。
「パンダって、うまいのかな?」
キメラを味わってみたいとも思う港。
「よかったです」
星月が笑顔を取り戻し、ドリルが大きく息を吐く。
そんな傭兵達の輪から一人離れ、煙草をふかしつつ思う『キグルミ』七市。
「こんな気持ちになるとはね」
心ならずもキメラに同情してしまった自分自身の心の葛藤。
了