タイトル:ラストソングマスター:文月猫

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/05/10 02:27

●オープニング本文


それは、幼い日のささやかな会話だった。

「ねえ。大きくなったら何になりたいの?」

 少女は尋ねる。その小さな瞳をキラキラ輝かせながら。

「僕? 僕はパイロットになりたいんだ。飛行機に乗って、大空をとび回るのさ」

 少年の心は、すでに大空にあった。

「君は、何になりたいの?」

 少年は、あどけない顔で少女に尋ねる。

「私? 私はね、歌手になりたいの。大好きなお歌をみんなに歌ってあげたいの」

 くるくるとよく動く瞳で少女は答えた。

「なら、約束しましょ。指きりげんまんって。忘れちゃだめよ」

 それは、幼馴染の少年と少女にとって、永遠の時間のように思えた。――いつもの公園で。

 月日はめぐり、少年と少女は大人になった。かつて、2人でよく遊んだ公園は、今はただの荒涼とした、原野になっていた。あの日、幼い2人が誓ったあの場所である。だが、月日は運命をも変える。大人になって、幼い夢を実現した2人‥‥。少女は歌姫として、世界中のステージに立ち、多くのファンに囲まれ、大好きな歌を歌い、少年はパイロットになり、世界中の空を飛び回っていた。――そう、バグアとの戦争が始まるまでは。
 いつしか、少年はUPCの軍人になり、日々生死をかけて、バグアと戦う日々。少女の肉親は、戦火に巻き込まれ、いつしか彼女は一人ぼっちに。やがて、歌うことすら満足にできない日々が続くようになった。そんなある日‥‥

「もう、歌うことをやめようかと思うの。これ以上歌い続けることは今の私にはできないわ」

 彼女はため息をつくように言った。それは、2人が幼い頃によく遊んだ、あの公園の跡での事。2人にとって、ここでの時間が、人生でもっと楽しい瞬間のように思えた。

「そう‥‥」

 彼は、まるで、彼女のその言葉を予想していたかのような反応だった。

「いつかそんな日が来るとは心の中でひそかに思ってはいたんだ。とめたりはしないさ。君の選んだことだからね」

 彼はまるで自分に言い聞かせるようにつぶやいた、と、急に何かを決心したように、彼女の方に向き直り、顔をさらに彼女に近づけた。

「だったら‥‥。最後に、最高の場所で、君の歌を僕に聞かせてくれないか。だって、‥‥」

 そう告げた、彼の表情は、どことなく悲しそうだった。まるで、何か心に隠しているものがあるかの様な。

「‥‥。ええ。わかったわ。最後にあなたの為に、とっておきの場所で、最高のショーを見せてあげるわ」

 彼女の目は、まるで、あの幼い日々のようにキラキラ輝いていた。

「‥‥ありがとう。多分僕にとっても最後の‥‥」

 彼の言葉の最後の部分は、彼女に伝わったのかはわからない。いや、敢えて伝えなかったのかも知れない。
 彼はわかっていた。今度の作戦が、おそらく自分自身生きて帰ってくるのが難しいであろう事を。でも、そのことは 彼自身の胸の奥にしまっておきたかったのだ。

 こうして、彼女のラストソングが歌われることになった。それは、2人にとって生涯最高で、最上のラストソングになるはずであった。夕日が穏やかに、2人の横顔を照らしていた。

「最後のステージにふさわしい演出で飾らなくちゃね‥‥」

 彼女は、精一杯の笑顔を彼に見せた。その瞳は、何かを語りかけているかのように。

●参加者一覧

リディス(ga0022
28歳・♀・PN
浅川 聖次(gb4658
24歳・♂・DG
ティリア=シルフィード(gb4903
17歳・♀・PN
雪待月(gb5235
21歳・♀・EL
フィルト=リンク(gb5706
23歳・♀・HD
ヨーク(gb6300
30歳・♂・ST

●リプレイ本文


 ‥‥『ラストソング』。本当に最後の意味でのラストソング、ではなく、これから始まる新しいことへの願いを込め、古いものから卒業する『ラストソング』。そうなってほしいと、フィルト=リンク(gb5706)を始め、参加した誰もが思っていたに違いない。
 
「本当にラストソングにしてしまっていいのでしょうか?」

 というティリア=シルフィード(gb4903)の言葉が、それを示していた。

「どんなステージにすべきかは、まず、歌姫さんと相談するのが筋でしょう」

 というフィルトの提案で、まずは、歌姫を囲んでステージについて相談。思い出のある場所で、思い出のある風景をできれば再現したいと言うのが、傭兵たち皆の思いであり願い。その願いを、歌姫は快く承諾してくれた。そのために必要なもので、歌姫の事務所から借りられそうなものは、ティリアが労を負って交渉役をかって出てくれた。

「時間的には、歌うのは3曲ぐらいでしょうか?」
 
 とはリディス(ga0022)。10分という限られた時間の中では、このくらいが限界だろうというのだ。ティリアも同意見らしい。歌う順番は、明るい曲、バラード調の曲、最後に2人の思い出の曲、という順序でと言うことで、歌姫と相談する傭兵たち。歌姫にも異存はないようだ。短い時間にできる限りのすべてを込めたいという歌姫の希望。とすれば、演出もそれに合わせたものでなければならない。巨大なスクリーンが用意できないか、ティリアに交渉を依頼するのが、ヨーク(gb6300)。急な依頼だけに、準備できるかはわからない。さらに、

「できれば、最後に花火とか、華やかなもので締めくくりたいですね」

 と提案する。これも準備可能かどうか、事務所と掛け合ってもらえることになった。

「開始時刻は照明が映える夕方がいいのではないでしょうか?」

 とは雪待月(gb5235)。彼女は、以前よりティリアと浅川 聖次(gb4658)とは面識があり、今回こうして同じ依頼に参加できることをひそかに楽しみにしていたようで、準備の合間に3人でしばし談笑する姿も。‥‥。かくして、歌姫のラスト?となるべきステージは夕方、そのもっとも演出が輝くであろう時間帯に行われることとなった。曲は3曲。歌姫がどうしても歌いたいという曲があるというので、それを最後に歌ってもらうことにした。そして、できる限り当時の公園の雰囲気を再現するということで、傭兵たちの手で準備が始まったのである。実際には、機材を借りる必要がある為に、ステージの準備ができるのが翌日以降になるので、その日は現場で、セッティングなどの事前打ち合わせだけを行うこととした。

「いいステージにしたいですね。みんながんばりましょう」

 とはティリア。幸い、天気にも恵まれそうだ。その日の夕陽がそれを物語っていた。
 

 ‥‥さて翌日。朝から傭兵たちは、ステージの準備にとりかかった。歌姫の事務所は、これ以上ないくらいに、協力してくれた。もっとも驚いたのが、ステージの巨大なスクリーンが調達できたこと。さらには、どこから手にいれたのか、かつてそうだったと思われる風景を写しだすことが可能になったことである。それは、幼いあの日にタイムスリップしたかのようである。また、ステージの両脇には、事務所から小道具として借りてきたいくつかのオブジェ。それらの中には、どっから持ってきたものか、木のベンチや小さなスベリ台まで。これはリディスやティリアが頼んでいたものである。そして、その場に似合わないような立派な照明装置、スポットライトなど、とても急ごしらえのステージとは思えない仕掛けがそろったのである。

「こんなにいろいろしていただいて、本当にありがとうございます」

 歌姫は素直に喜んでいた。


 そんな忙しい合間を縫って、浅川は彼と会話する機会を見つけ、ほんの2〜3言。‥‥本当の事を、そしてあなたの正直な思いを伝えてあげるべきではありませんか‥‥と。かつて自分が妹にしてあげられなかったことを懺悔しつつ彼にやんわりと伝える。妹思いの彼にとって、ずっと心にひっかかっていたことなのだ。少しでも気持ちが伝わってほしかったのだ。そんな思いはヨークも同じであったようだ。‥‥思っているだけでは相手に伝わらない‥‥。そう。伝えるにはまず言わなければならない。ヨークはそういいたかったのだ。

「あなたの言葉を、彼女はきっと待ってると思いますよ」

 主役はあくまでも彼である。だからこそ、傭兵たちは彼の思いにゆだねたのである。

「どんな危険な任務であろうとも、あなたには生きて帰らなければならない理由も意味もあるんですよ」

 それは、誰か一人の思いではなく、皆の思い。


 いよいよ迫るステージの時間。あわただしさも最高潮に達する中‥‥

「本当にこれで終わりにしてしまっていいのですか? ‥‥あなたにとって、大切な何かが失われてしまうのですよ」

 ステージ裏に急遽作られた、テント張りの控え室の中で、女同士2人きりになった時間を見計らって、リディスは歌姫にささやく。彼女は伝えたかったのだ、ステージの上だけで、歌うことがすべてではないと。と、そこへたまたま入ってきたフィルト。彼女はその場の雰囲気を察すると、ちょっとだけ彼女を手招きし、ステージの見える場所へ導いた。

「ご存知かどうか、私の口から申し上げるのもなんなんですけれど‥‥。今回の彼の任務は‥‥」

 と言いかけて、歌姫の瞳の奥に現れたものを感じ、思わず言葉に詰まった。そう。歌姫は知っていたのだ。彼の今度の任務がどういうものであるかを。彼が告げたのかどうかはわからない。いや、仮に告げなかったとしても、歌姫は気がついていたのだ。『ありがとう、彼の気持ちはわかっています。長い間心をつなげていましたから』と、その瞳は語っているかの様だった。‥‥彼にとって、帰る場所、迎える人、帰るべき目的を見出してあげる為に、悔いだけは残さないでくださいね‥‥。彼女はそっと、歌姫にそれだけ伝えるとステージの準備に戻っていった。一瞬、歌姫の目にキラリと光るものを感じたのは、気のせいだったのかしら、と思うフィルトであった。
 
(「ステージがんばってくださいね」)

 それは言葉ではなかった。気持ちである。だが今は気持ちだけで十分に伝わるのだ。そう、歌姫はすべてわかった上で、ラストソングと決めていたのだ。開始直前のその表情はもはやプロの顔になっていたのである。


 やがてステージが始まった。ティリアやリディスが照らす華やかな照明に照らし出されて、歌姫がステージに立つ。ヨークは的確に音響を操作しつつ、巧みに音のコントラストを演出する。そして、包み込むような、神秘的なスポットライトが歌姫を祝福する。観客は彼一人。傭兵たちは、すべて彼と歌姫2人の為に、最高のステージを演出しようとしていたのである。時にはガヤをいれ、時には盛り上げ、場面ごとにできる限りの最高の演出をもって、ステージに華やかさを与えようとしていた。

「歌には国境はありません。それは風にのり、山や海も越え、世界中に広がっていきます。それができるのがあなたです。彼の飛ぶ空にだって思いは届くのです」

 ステージにあがる直前に歌姫に掛けたその言葉を、改めて思い出すティリアであった。今歌姫の歌は風に乗り、夕闇の中、世界に溶け込んでいるように感じられた。‥‥これでラストソングなんて、絶対に認めたくない。その場にいる誰もが間違いなくそう思う瞬間であった。‥‥。そして最後の曲に。と、ここで、突如ステージに上がる雪待月。事前に、できればコーラスでもいいから参加させてほしい、と歌姫に申し出ていたのだが、歌姫は快く参加を認めてくれたのだ。音楽の心得がある雪待月ではあるが、認めてもらえるか不安だったのだ。盛り上げる傭兵たち。心から感謝の色を見せる歌姫。驚いたようにステージを見つめる彼。ぶっつけ本番な状況の中、雪待月の歌声は決して目立つことなく、かといって控えめでもなく、歌姫の歌声を彩っていた。‥‥聞けば、最後の歌は、歌姫が、この世界に入って初めて彼に聞かせた歌だそうである。その歌声がゆるやかに、すべてを包みこむかのようにあたりに広がっていった。時間よ止まれ。言い古された言葉が、重みを持ってあたりを支配する時。


 こうしてすべての曲が終わった。最後に、傭兵たちに最大の感謝を述べる歌姫。その凛としていて、かつ温かみのある声があたりに響き渡った。‥‥その瞬間、『ドーン』という大きな音と巨大な光の輪が、ステージ後方のすっかり暗くなり始めた夜空に。花火だ。ヨークの希望が受け入れられたのだ。それは、2つ、3つと色鮮やかな大輪を描いた。

「お疲れさまでした。また、いつかあなたの歌声とその笑顔を拝見したいものです」

 と、歌姫をねぎらう浅川。ステージ上には、歌姫とその彼。スポットライトが二人に当たる。やりきったという表情の歌姫。静かに見つめる彼。

「いいですわね。その立ち居地。最高ですわ。おふたりさん」

 と笑顔ではやすフィルト。黙って見届けるヨーク。2人を心から祝福するリディス。

「‥‥生きて帰ることが、あなたが彼女にしてあげられる最高のお礼でありプレゼントですから」

 とステージ上の彼にそっとささやくティリア。いつまでも終わらない夢の宴のような瞬間だった。‥‥こうして、ステージは無事に終了した。撤収を始める傭兵たち。すると、歌姫と彼も手伝うと言い出し、自らスクリーンをはずしたりライトを降ろしたり。こうして、依頼は無事終了したのである。


 その後の2人の消息について、傭兵たちは多くを知ることはなかったが、うわさによれば彼は、無事に危険な任務から生還後、軍を除隊し、生まれ故郷の町でその復興に努めているらしい。また、歌姫は、ステージこそ2度と上がることはなかったが、ボランティアとして戦地を慰問し、その歌声を聞かせ続けたそうである。が、2人がその後再会したのかどうかは定かではなかった。