●リプレイ本文
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‥‥『ラストソング』。本当に最後の意味でのラストソング、ではなく、これから始まる新しいことへの願いを込め、古いものから卒業する『ラストソング』。そうなってほしいと、フィルト=リンク(
gb5706)を始め、参加した誰もが思っていたに違いない。
「本当にラストソングにしてしまっていいのでしょうか?」
というティリア=シルフィード(
gb4903)の言葉が、それを示していた。
「どんなステージにすべきかは、まず、歌姫さんと相談するのが筋でしょう」
というフィルトの提案で、まずは、歌姫を囲んでステージについて相談。思い出のある場所で、思い出のある風景をできれば再現したいと言うのが、傭兵たち皆の思いであり願い。その願いを、歌姫は快く承諾してくれた。そのために必要なもので、歌姫の事務所から借りられそうなものは、ティリアが労を負って交渉役をかって出てくれた。
「時間的には、歌うのは3曲ぐらいでしょうか?」
とはリディス(
ga0022)。10分という限られた時間の中では、このくらいが限界だろうというのだ。ティリアも同意見らしい。歌う順番は、明るい曲、バラード調の曲、最後に2人の思い出の曲、という順序でと言うことで、歌姫と相談する傭兵たち。歌姫にも異存はないようだ。短い時間にできる限りのすべてを込めたいという歌姫の希望。とすれば、演出もそれに合わせたものでなければならない。巨大なスクリーンが用意できないか、ティリアに交渉を依頼するのが、ヨーク(
gb6300)。急な依頼だけに、準備できるかはわからない。さらに、
「できれば、最後に花火とか、華やかなもので締めくくりたいですね」
と提案する。これも準備可能かどうか、事務所と掛け合ってもらえることになった。
「開始時刻は照明が映える夕方がいいのではないでしょうか?」
とは雪待月(
gb5235)。彼女は、以前よりティリアと浅川 聖次(
gb4658)とは面識があり、今回こうして同じ依頼に参加できることをひそかに楽しみにしていたようで、準備の合間に3人でしばし談笑する姿も。‥‥。かくして、歌姫のラスト?となるべきステージは夕方、そのもっとも演出が輝くであろう時間帯に行われることとなった。曲は3曲。歌姫がどうしても歌いたいという曲があるというので、それを最後に歌ってもらうことにした。そして、できる限り当時の公園の雰囲気を再現するということで、傭兵たちの手で準備が始まったのである。実際には、機材を借りる必要がある為に、ステージの準備ができるのが翌日以降になるので、その日は現場で、セッティングなどの事前打ち合わせだけを行うこととした。
「いいステージにしたいですね。みんながんばりましょう」
とはティリア。幸い、天気にも恵まれそうだ。その日の夕陽がそれを物語っていた。
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‥‥さて翌日。朝から傭兵たちは、ステージの準備にとりかかった。歌姫の事務所は、これ以上ないくらいに、協力してくれた。もっとも驚いたのが、ステージの巨大なスクリーンが調達できたこと。さらには、どこから手にいれたのか、かつてそうだったと思われる風景を写しだすことが可能になったことである。それは、幼いあの日にタイムスリップしたかのようである。また、ステージの両脇には、事務所から小道具として借りてきたいくつかのオブジェ。それらの中には、どっから持ってきたものか、木のベンチや小さなスベリ台まで。これはリディスやティリアが頼んでいたものである。そして、その場に似合わないような立派な照明装置、スポットライトなど、とても急ごしらえのステージとは思えない仕掛けがそろったのである。
「こんなにいろいろしていただいて、本当にありがとうございます」
歌姫は素直に喜んでいた。
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そんな忙しい合間を縫って、浅川は彼と会話する機会を見つけ、ほんの2〜3言。‥‥本当の事を、そしてあなたの正直な思いを伝えてあげるべきではありませんか‥‥と。かつて自分が妹にしてあげられなかったことを懺悔しつつ彼にやんわりと伝える。妹思いの彼にとって、ずっと心にひっかかっていたことなのだ。少しでも気持ちが伝わってほしかったのだ。そんな思いはヨークも同じであったようだ。‥‥思っているだけでは相手に伝わらない‥‥。そう。伝えるにはまず言わなければならない。ヨークはそういいたかったのだ。
「あなたの言葉を、彼女はきっと待ってると思いますよ」
主役はあくまでも彼である。だからこそ、傭兵たちは彼の思いにゆだねたのである。
「どんな危険な任務であろうとも、あなたには生きて帰らなければならない理由も意味もあるんですよ」
それは、誰か一人の思いではなく、皆の思い。
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いよいよ迫るステージの時間。あわただしさも最高潮に達する中‥‥
「本当にこれで終わりにしてしまっていいのですか? ‥‥あなたにとって、大切な何かが失われてしまうのですよ」
ステージ裏に急遽作られた、テント張りの控え室の中で、女同士2人きりになった時間を見計らって、リディスは歌姫にささやく。彼女は伝えたかったのだ、ステージの上だけで、歌うことがすべてではないと。と、そこへたまたま入ってきたフィルト。彼女はその場の雰囲気を察すると、ちょっとだけ彼女を手招きし、ステージの見える場所へ導いた。
「ご存知かどうか、私の口から申し上げるのもなんなんですけれど‥‥。今回の彼の任務は‥‥」
と言いかけて、歌姫の瞳の奥に現れたものを感じ、思わず言葉に詰まった。そう。歌姫は知っていたのだ。彼の今度の任務がどういうものであるかを。彼が告げたのかどうかはわからない。いや、仮に告げなかったとしても、歌姫は気がついていたのだ。『ありがとう、彼の気持ちはわかっています。長い間心をつなげていましたから』と、その瞳は語っているかの様だった。‥‥彼にとって、帰る場所、迎える人、帰るべき目的を見出してあげる為に、悔いだけは残さないでくださいね‥‥。彼女はそっと、歌姫にそれだけ伝えるとステージの準備に戻っていった。一瞬、歌姫の目にキラリと光るものを感じたのは、気のせいだったのかしら、と思うフィルトであった。
(「ステージがんばってくださいね」)
それは言葉ではなかった。気持ちである。だが今は気持ちだけで十分に伝わるのだ。そう、歌姫はすべてわかった上で、ラストソングと決めていたのだ。開始直前のその表情はもはやプロの顔になっていたのである。
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やがてステージが始まった。ティリアやリディスが照らす華やかな照明に照らし出されて、歌姫がステージに立つ。ヨークは的確に音響を操作しつつ、巧みに音のコントラストを演出する。そして、包み込むような、神秘的なスポットライトが歌姫を祝福する。観客は彼一人。傭兵たちは、すべて彼と歌姫2人の為に、最高のステージを演出しようとしていたのである。時にはガヤをいれ、時には盛り上げ、場面ごとにできる限りの最高の演出をもって、ステージに華やかさを与えようとしていた。
「歌には国境はありません。それは風にのり、山や海も越え、世界中に広がっていきます。それができるのがあなたです。彼の飛ぶ空にだって思いは届くのです」
ステージにあがる直前に歌姫に掛けたその言葉を、改めて思い出すティリアであった。今歌姫の歌は風に乗り、夕闇の中、世界に溶け込んでいるように感じられた。‥‥これでラストソングなんて、絶対に認めたくない。その場にいる誰もが間違いなくそう思う瞬間であった。‥‥。そして最後の曲に。と、ここで、突如ステージに上がる雪待月。事前に、できればコーラスでもいいから参加させてほしい、と歌姫に申し出ていたのだが、歌姫は快く参加を認めてくれたのだ。音楽の心得がある雪待月ではあるが、認めてもらえるか不安だったのだ。盛り上げる傭兵たち。心から感謝の色を見せる歌姫。驚いたようにステージを見つめる彼。ぶっつけ本番な状況の中、雪待月の歌声は決して目立つことなく、かといって控えめでもなく、歌姫の歌声を彩っていた。‥‥聞けば、最後の歌は、歌姫が、この世界に入って初めて彼に聞かせた歌だそうである。その歌声がゆるやかに、すべてを包みこむかのようにあたりに広がっていった。時間よ止まれ。言い古された言葉が、重みを持ってあたりを支配する時。
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こうしてすべての曲が終わった。最後に、傭兵たちに最大の感謝を述べる歌姫。その凛としていて、かつ温かみのある声があたりに響き渡った。‥‥その瞬間、『ドーン』という大きな音と巨大な光の輪が、ステージ後方のすっかり暗くなり始めた夜空に。花火だ。ヨークの希望が受け入れられたのだ。それは、2つ、3つと色鮮やかな大輪を描いた。
「お疲れさまでした。また、いつかあなたの歌声とその笑顔を拝見したいものです」
と、歌姫をねぎらう浅川。ステージ上には、歌姫とその彼。スポットライトが二人に当たる。やりきったという表情の歌姫。静かに見つめる彼。
「いいですわね。その立ち居地。最高ですわ。おふたりさん」
と笑顔ではやすフィルト。黙って見届けるヨーク。2人を心から祝福するリディス。
「‥‥生きて帰ることが、あなたが彼女にしてあげられる最高のお礼でありプレゼントですから」
とステージ上の彼にそっとささやくティリア。いつまでも終わらない夢の宴のような瞬間だった。‥‥こうして、ステージは無事に終了した。撤収を始める傭兵たち。すると、歌姫と彼も手伝うと言い出し、自らスクリーンをはずしたりライトを降ろしたり。こうして、依頼は無事終了したのである。
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その後の2人の消息について、傭兵たちは多くを知ることはなかったが、うわさによれば彼は、無事に危険な任務から生還後、軍を除隊し、生まれ故郷の町でその復興に努めているらしい。また、歌姫は、ステージこそ2度と上がることはなかったが、ボランティアとして戦地を慰問し、その歌声を聞かせ続けたそうである。が、2人がその後再会したのかどうかは定かではなかった。
了