●リプレイ本文
●準備
ロシアにおける大規模作戦に勝利した、UPC軍であったが、その影に隠れてなんともお粗末としか言いようのないていたらくな失態である。どこの軍でもありえないような事態で、傭兵にとっても驚きを通り越していた。
「ったくねえ。同じ軍のやってることとは。思えませんわね。ほんとに」
とあきれる黒崎 夜宵(
gb2736)。かつて、フリーの殺し屋だったとは、とても思えないような口調で溜息をつく。今回、この任務に携わる傭兵誰もが思うところは同じである。この時代、よりによって軍の情報が盗聴されるとは、である。だが、起きてしまった事は事実なので、傭兵たちが呼ばれた訳である。
「セキュリティという言葉から勉強したほうがいいんじゃないかしら?」
彼女は、うんざりしたような表情で部屋の中の時計を見た。まだ、午前3時前だ。
「ところで、作戦開始は朝早くがいいのではないでしょうか?」
そんな彼女をあえて無視するかの様に話すのは、水無月 魔諭邏(
ga4928)。おっとりして、とても能力者には思えない口調である。そのやわらかい普段の物腰から、はたからみれば傭兵とは想像がつかないかもしれない。確かに朝早くならば、盗聴者が油断している可能性は高いし、奇襲もかけやすい時間帯である。眠っているかも知れない。なので、作戦決行は早朝と決定した。しかしながら、事が事なだけに、軍部からは、簡単な現場への地図と、現地周辺の手書きの略図程度しか手に入らなかった。できるだけこっそりと終わらせてほしいという、関係者の意図がありありと目に見えてわかるようだ。人目に触れぬうちに解決してくれれば、関係者も御の字なのだろう。
「てか、結局、何かあったら知らぬ存ぜぬで決め込むつもりかい」
と、ヤナギ・エリューナク(
gb5107)。自らの保身を図りたい関係者の意図がみえみえなのが、多少気に食わないらしい。くわえていた煙草をゆっくりともみ消しながら立ち上がる。――かくして、まだ薄暗い闇の中、ひそかに動き出す傭兵たちの姿があった。
●突入
その建物の場所はすぐに確認できた。郊外の一軒屋であるそれは、周囲に他の民家もなく、また、あたりも開けているので、犯罪者が身を潜めたり、アジトに使うには、絶好のロケーションのように思えた。怪しそうな雰囲気プンプンである。あたりはまだ夜の気配が残っていて薄暗い。傭兵たちお互いの顔も離れるとまだまだ判別しにくいぐらいである。
「しょうがねえな。やるとするか」
2本目の煙草をもみ消し、つぶやいたヤナギの一言が開始の合図だった。事前に示し合わせておいた作戦に沿って、各自持ち場に散る。――表と裏、2つの出口を固めるのは、水無月と、桃ノ宮 遊(
gb5984)。水無月が表口、桃ノ宮が裏口である。水無月は入り口から多少離れて、待ち伏せ。今回は、盗聴者の身柄確保が優先なので、逃がすわけにはいかないのである。傭兵にしてみれば、盗聴者の身柄など、どうでもいいと言えばいいのだが、いかんせん、上のお方のご希望なのだから致し方ない。自害でもされないように、確保にも細心の注意が必要である。
「裏口は、まかせといてや。絶対に逃がしはせえへんよってにな」
裏口を任された桃ノ宮は、やる気を全身からみなぎらせて叫んだ。
「こうやって、昔よく風呂屋の女湯覗きを、捕まえたもんやさかい」
意気盛んに、裏口へ回り込んでいく。頼もしい限りである。残りの4人。――拳銃の撃鉄を起こした黒崎、イアリスと小銃を手にしたヤナギ、巨大な両手剣を携えたサルファ(
ga9419)と、ハンドガン片手のやや小太りの佐賀十蔵(
gb5442)――は、屋敷内に突入し、盗聴者を外へ追い出しつつ、キメラ殲滅にあたる。サルファの剣のゆらゆらとした水面のような怪しいゆらめきが闇に浮かび上がる。慎重に、気配を悟られないように接近する傭兵たち。まだ建物は真っ暗で、何か起きているような気配はない。――やがて、待ち伏せの2人の合図。表口のドアは鍵がかけられていなかった。忘れたのか? 油断か? 傭兵たちの口元にかすかな笑みが走った。――盛大にドアを蹴破って突入。もし、盗聴者が中で寝ていれば、今の音で目覚めたかもしれない。
「まあ、相手にそれとさとらせない演技力なら、任せて置いてもらって結構」
自称、『優秀主演男優』と言うだけあって、演技には絶対の自信があるのだろう。ニヤリと笑ってみせる余裕のサルファ。
(「どうせ、キメラといっても雑魚程度でしょうね。小物に与えるキメラなんて程度が知れてるわ」)
最初の部屋に突入しつつ、考える黒崎。突入がうまくいったことでの自信の表れかのように思えた。案の定、目の前に、1体のキメラ。ビートルタイプの小型で、見たところ甲殻に覆われていて硬そうだが、歴戦の彼らからすれば、雑魚に近いのはすぐにわかった。と、いきなり、キメラが体当たりの奇襲。だが、歴戦の傭兵相手には、ただの児戯にすぎなかった。カウンターでサルファの『セベク』がその揺らめきとともにキメラに一閃した――それは、それだけで十分だった。そのたった一撃で、キメラはただの無機物と化し、あたりにちらばった。すざまじい威力である。硬い甲殻などものともしない。
「盗聴者の確保優先で、それまではできるだけ戦闘は控えよう。わざと相手に逃げ道を作って誘導すれば、きっとうまくゆく」
誰かが大声を上げた。たしかに、今の騒ぎで、奴は気がついたかもしれない。――と、天井の上あたりで、ドタバタと動き回る人のような気配。やはり、奴はここに潜んでいたようだ。今の騒ぎで、身の危険を感じたのであろう。部屋から飛び出し、駆け出そうとする気配のようにも感じられた。
「おやおや、どうやら、お目覚めのようね。さあて、燻りだしましょうね」
と言って、黒崎は天井を見上げていたのである。
●確保
その頃、表と裏の出口で待ち構えていた、水無月と桃ノ宮は、建物の中の喧噪と戦闘音を聞き、そのときに備え身構えた。あとは、盗聴者が燻りだされてくるのを待つばかりである。お互いの状況はわからないが、必ず燻りだされるであろう事を確信しつつ待つ。――それは長い時間のように感じられた。と、表の出口の方で、バタバタ、となにやら騒がしい音と人らしき気配。
「!!」
水無月の意識はこれから起きるであろうことに集中し、出口の方を見据えた。ガタガタバタン‥‥とあわただしい音。そして、ドアがけたたましく開くと、まだうす暗がりの中を、人影が、大慌てで飛び出してくる。やはり、ヤツは中にいたのだ。直ちに、薄明かりの中一気に接近する水無月。――次の瞬間には、目の前に、おびえきった表情ありありのやせた青白い顔の男の顔。
「やはりいましたね。逃がしませんよ。もっとも、殺したりもしませんがね。あなたには、聞きたいことが山ほどあるんでね」
といいつつ、抜く手も見せず、峰打ちを食わせ、その場で相手を気絶させる。あっけないようにすらみえる確保の瞬間であった。
「さて、こちらはかたづきましたので、後は中の人にがんばってもらいましょう」
●殲滅
身柄確保、の情報は直ちに、裏口の桃ノ宮や建物内部の傭兵たちに届いた。
「では、心置きなく後始末を」
盗聴者をたくみに外へおびき出し、無事に確保した傭兵たちにとって、残るキメラの殲滅など、赤子の手をひねるようなものだった。ただ、相手は硬い。――今も、目の前のキメラにハンドガンを構える、佐賀。その攻撃は的確に相手を捉えてはいるのだが、相手の甲殻に阻まれ手傷はおわせるものの致命傷には至らない。もっとも、体当たり以外特にない相手の攻撃など、見切り、かわすなど傭兵たちにとっては朝飯前である。黒崎の『探査の眼』が的確に相手を捕捉し、ほとんど傷ひとつ負うところなくキメラを屠っていく。
「おいおい、どうした? もう終わりかい?」
『円閃』の一撃によって、相手に的確にダメージを負わせながら、ヤナギは叫ぶ。
「手抜きはするつもりはございませんのよ」
黒崎の『強弾撃』の確実な一撃が、キメラにとどめをさす。そんな硬い相手であればあるほど、サルファのセベクの威力は絶大だ。『両断剣』『スマッシュ』を駆使し、キメラに致命的な一撃を加えてゆく。こうして、4体のキメラはあっという間に、傭兵によってただの無機物の塊と化してしまったのである。――それは10分もかからなかったであろうか。こうして戦闘は終了した。
●破壊
ついに、彼らは最後の部屋の中に侵入した。もう、キメラの気配はない。多少明るくなった外の朝の光が、窓からかすかに差し込んで、部屋の中を照らし出していた。そこには、パソコンのようなもの、無線機のようなものなどが、無造作に置かれていた。ここで盗聴者は、盗聴行為をしていたようだ。
「何か、データでも残ってないものかな?」
パソコンを操作するサルファ。電源ははいったままで、今夜もなにやら作業を行っていたようで、部屋の中は暖かかった。――だが、盗まれたと思しきデータはそこからは見つけ出せなかった。すでにいずこかへ持ち去られていたようだ。
「しょうがないわね。元はといえば、軍がだらしなさすぎるから」
ここでもあきれ返る黒崎。これ以上探しても何も出てきそうもないので、各自手にもっているもので機材類を破壊し始める。
「こんなものでも役立つかな?」
サルファは弾頭矢まで持ち出しつつ、破壊を試みる。あっというまに、機材はただの鉄の塊と化してしまった。任務完了である。これで、当分事件は起こらないであろう。
「最後ですね。これで」
ヤナギの言葉で、彼らは意気洋々とその場を引き上げた。
●尋問?
その頃、盗聴者は、意識は取り戻しつつあったが、観念したのか、グッタリとうなだれていた。自害しようとか、そういう気力ももはや無いように見えた。バンダナでさるぐつわをかまされ、手には手錠がされている。事前に、サルファが用意していたものだ。
「どうみてもバグアに見えないんですけど、いったいなんでこのようなことを?」
水無月があえて問いかけてみる。当然さるぐつわをかまされているので、声は出せないが。激しく動揺しているのがその表情からよくわかった。
「あんたなあ。覗きと盗聴は立派な犯罪なの? わかる?」
とは『瞬天速』で駆けつけた桃ノ宮。その、男勝りで勝気な性格らしい口調で、盗聴者に詰め寄る。実家が風呂屋で番台にも上った経験多数の彼女にとって、女湯の覗きと同じくらいな犯罪に思えたのであろう。ひょっとすると女の敵、とでも思ったのかもしれない。
「女の子の噂ばなしでも聞きたかったんとちゃうか? あんた?」
なおも詰め寄る桃ノ宮。やはり、この手の顔の男には、いろいろと過去あったに違いない。眼が笑っていなかったのだ。うろたえる盗聴者。――その後、彼は、本部へ連行され、諜報部へ引き渡されたが、その後どうなったかは、傭兵たちが知るよしもなかったが、動機だけは知りたいと多少思った。
「あの手は、間違いなく覗きの顔やねん」
LHへの帰り途、なおも力説する桃ノ宮であった。
了