タイトル:シスターの願いマスター:文月猫

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/24 23:19

●オープニング本文


その依頼には、1枚の写真が添えられていた。それは、子供たちに囲まれ微笑む、一人の若いシスターの写真。彼女の名前は、ミレイナ。依頼主は、かつて彼女と同じ修道院に居た一人のシスターである。

‥‥彼女、ミレイナは毎年、必ず、ミラノ郊外にある、ある孤児院を慰問に訪れていた。季節は決まって初夏。その孤児院にいる孤児たちのほとんどは、バグアに肉親を殺され、身寄りのなくなった子供たち。毎年訪れるミレイナの訪問を心まちにし、また、彼女もこの子らを実の子供のように思い、毎年必ず、多くのプレゼントを片手に、ボランティアの人たちと慰問に訪れていた。

だが、そんな彼女の身に降りかかった不幸。‥‥たまたま訪れた別の修道院がキメラの襲撃にあい、彼女を含む多くのシスターが犠牲になったのである。それは、ある春の暖かい日であった。もちろん、この事実を、ミレイナの訪問を心待ちにしている孤児たちは知る由もなかった。いや敢えて、関係者がそれを告げることを避けたのかもしれない。依頼の最後には、こんなことが書かれてあった。

「彼女にとって、孤児たちは、かけがえのないものでした。また、孤児達全員にとっても、彼女は母親そのものでした。毎年、彼女が訪れるのを一日千秋の思いで待ち続けていたのです。ですから、できれば、今年も孤児たちの元を訪れてほしいのです。そして、彼女がいなくても、孤児たちが悲しむことがないようにしてあげてほしいのです」

これを読んだ、ULTのオペレーターは、思わずあたりはばからず泣いたということである。

●参加者一覧

レイン・シュトラウド(ga9279
15歳・♂・SN
朔月(gb1440
13歳・♀・BM
織部 ジェット(gb3834
21歳・♂・GP
フォスター・ロレット(gb5305
22歳・♂・EP
冴木氷狩(gb6236
21歳・♂・DF
ホープマスク(gb6488
24歳・♂・FT

●リプレイ本文


「ママ、いらっしゃい」

「お帰りなさい、ママ」
 
 今日この日が来るのを楽しみにしていた孤児院の孤児たちが、一生懸命作った、タレ幕と花飾りが、事情を知るものには、いっそう虚しくその眼に映った

「ねえ。今日ママがきたら、この前のお話の続きをしてもらうんだ」

 とそのくるくるした瞳で無邪気にはしゃぐ孤児たち。孤児院の院長でもある、初老の女性は、そんな子供達に足元にまとわりつかれながら、表面上は笑顔で取り繕うも、その内心は心臓がはりさけんばかりであった。それは、本当の事をこの子達に伝えることがどうしてもできなかった自分自身への腹立たしさか、はたまた、早くこの場から逃げ出したいという弱気の為す技か。
 「ママ」と呼ばれ、ここにいる孤児たち誰もが実の母のように慕っていた女性が今、いないという現実。この子らもかつてそうやって本当の肉親を失っていったのだという事実が、心に重くのしかかる。できれば、この場から逃げ出してしまいたい。早く誰でもいいから来てほしい、と心底願っていたのである。
 
「これあたしが作ったの。今日ママにあげるんだ」

 と野の花束で作ったと思われるブーケを片手に、うれしそうにはしゃぐ孤児の一人。ついにどうにもいたたまれず、その場から逃げ出すようにそそくさと立ち去ろうとしたとき、彼らが孤児院の門をくぐってきたのである。


「相手が、子供であればなおさら、本当の事を早いうちに教えてあげるべきです」
  
 と道中の4WDの車内で、話し合っていた傭兵達の意見は皆同じだった。‥‥6人とそしてなぜか1匹。レイン・シュトラウド(ga9279)は感情を表に表すことが少なく、一見子供嫌いのようにも見えるが、実は子供好きである。どうやって本当の事を伝えようかとアイデアをひねりだしつつ。
 朔月(gb1440)は、自分のペットでもある、「ティエンラン」という黒い狼犬を連れ立っている。この犬、でかい上に見た目は凶暴で、キメラもいかに、と思える風貌だが、実は非常におとなしく人間好きの賢い犬らしい。どうやって子供たちと遊ぼうかと、道すがら思案中。
 サッカー青年である織部 ジェット(gb3834)は、サッカーを通じて、サッカー好きであろう男の子と遊ぶ方法をなにやら考えている様子。もちろん、サッカーボール持参である。
 京都のいかした女形、冴木氷狩(gb6236)は、見かけは女性で実態は男性であることから、一人の立派な男として、孤児たちと接する覚悟と見える。シスターがしていたようにお菓子を持参して。
 元リングのヒーロー、ホープマスク(gb6488)は、現役時代と変わらないマスクマンスタイルで、マンガのヒーローっぽさを出しながらも、子供たちとプロレスごっこを通じて、コミュニケーションを図ろうという算段。
 で、そういった彼らを尻目に、裏方になりきって、今は黙々と4WDの運転に徹しているのが、フォスター・ロレット(gb5305)。慰問は他の傭兵にまかせ、自分は雑用専門、もしくは車磨きでもするつもりで、終始無言でハンドルを握る。孤児たちとの接触は、まったく考えていない様子。そんなメンバーが今回の慰問団である。


 さて到着。待ちかねていたシスターが到着したものと思って、わっ、と車に駆け寄ってきた孤児たちであるが、その見知らぬ顔にかなり戸惑っている子や、びっくりして、その場から駆け出していってしまう子らもいて、ちょっとした騒ぎに。
 当然予想はしていたことなので、さして驚かぬ傭兵達と、なにやらすでに尾を振ってうれしそうな1匹。フォスターを残し、車から降りる。そこへ、何かから解放されたような表情で、走りよってくるくだんの院長。まるで、救世主登場といった顔つきで、思わず苦笑いをする傭兵。

「お待ちしてました。ようこそいらっしゃいました。どうぞ中へ」

 と手を握らんばかりの勢いである。当然今回の件は、依頼のことからすべてを把握しているので、対応は素早い。遠巻きに見守る子供たちを尻目に、さっさと傭兵たちを院内へと誘導する。すぐにでも彼らに任せて、どこかへ消えてしまいたい、という心のさまが見え見えである。

「ねえ。ママは? ママはどうしたの? 」

 孤児の中には、状況を理解するのが素早い子もいる。なにかいつもと違うことが起きていることが、これからのことを子供心に想像してしまう子だっている。さっそく、一人の孤児の男の子が話しかけてくる。ママがいない、という事実がたちどころに認識されたのだ。不安げな表情が見て取れる。

「う〜〜ん。ちょっと待ってってね」

 と傭兵達が自己紹介をしつつ、レインが笑顔でその場をかわすように接する。うすうす感づいている子もいるみたいだな、と内心思いつつ。一通り形ばかりの挨拶が終わる。院長がまず、子供達に口を開いた。

「え〜〜と。みんなよく聞いてね。今日は、ミレイナママは、どうしてもこれない事情があってこられません。かわりに傭兵のお兄さん、お姉さんに来ていただきました。何かお話があるそうです」

 と適当にその場を取り繕う院長。あくまで、自分から説明する気はなさそう、そのことが傭兵たちの神経に触るが、今はそんなときではない。俺が説明しよう、と目で合図する織部。一歩前に進み出る。

「えーとだな。まず、みんなに話したいことがある。みんなのママなんだが、何日か前に、とっても悪いやつらに捕まって‥‥その、とっても遠いところに連れていかれっちまったんだ。うんと遠いところさ」

 し〜〜んとした静寂。子供とはいっても孤児である。感受性や物事を察知する能力は、その辺の同世代の子供よりすぐれているかも知れない。遠いところ、というまさに遠まわしな表現ながら、いわんとされていることがわかった子もいるようだ。とくに、ある程度年齢のいった子供たちは。

「もう、帰ってこないの?」

 とあどけない表情でそばにいた女の子が、織部をじっと見上げつつ尋ねる。うそのない純粋な瞳。子供にウソは厳禁、というかつけない。本当の事をいうしかないということがはっきりする。

「みんなの愛したママは、ずっと遠い所から、いつまでもみんなを見守っていると思うよ。だから、悲しませることをしちゃだめだよ」

 とレイン。やさしくさとすような口調。賢いこの子ばかりでなく、事情を飲み込んだ子は何人かいるようだ。今にも泣き出しそうな表情をする子供も。もちろんみんながみんなそうではない。理解できない子、感情を爆発させそうになる子。
 理解できない子には、朔月が用意していた1通の封筒。白い押し花に彩られた白紙のそれを、何かが書いてあるようなふりをして読んであげる。

『私は、主の思し召しで父の御元にゆくことになりました。どうかみんなたくさん幸せになってね』

 涙を見せつつも、これを聞いてちいさくうなずく孤児。親しい人を2度までも失うことが、この幼い孤児たちの心にどんな影響を与えるのか、だれにも想像すらできない。感情を爆発させ、なきながら院外へはしり出しそうになる子には、冴木があえて鬼の心境になって諭す。

「いいかい? 君たちを愛してくれたシスターは死んだ。このことは決して変わらないんだよ。でもね、もしここでシスターの願っていなかったことをしたら、天国にいるシスターは本当に喜ぶだろうか? シスターが君たちにしてくれたことを、そのまま今度は君たちが、弟や妹達にしてあげなくちゃいけないんだよ。こんなことをいうボクのことは嫌いかな?」

 と、そっと語りかけるように、そして教えるように。ちいさく首をふる孤児。わかってくれたようだ。冴木はシスターが作ってくれたものと同じお菓子をそっと差し出し、やさしく頭をなでる。

「君たちはシスターがそう願っていたように、これからずっとしっかり生きていかなくちゃダメだ。それができなかったら、きっとシスターは悲しむだろうから。枕元に化けてでてくるかもしれないよ」

 こんな、自分では陳腐にしか聞こえない言い回しが、果たしてどの程度効果があったのかは、本人にもわからない。ただ黙ってもとの場所へ帰っていった、孤児の後ろ姿が物語っているのみであった。


 孤児たちが、その現実をきっちりと受け止めるまでに、さして時間はかからなかった。
 みんなに配ったお菓子は、大好評で、いつのまにか傭兵達の周りには、孤児たちの輪がいくつもできていた。実際に傭兵を見るのは初めてという孤児たちもいて。持参したハーモニカで、蛍の光とか、いろいろな曲を吹いて聞かせるレイン。自分で焼いたという、動物型のパンも好評。そんな子供たちをみて、自分の昔を思い出し、ちょっぴり感慨深げな様子。
 つれてきた愛犬と遊ばせる朔月。その見た目の怖さに最初はおっかなびっくりだった子供たちも、いつか慣れ、またその犬の無邪気さに抱きついたり、首をなでたりする子供たちも。さらにそんな犬の傍らには、いつどこで着替えたのか、シマ猫の着ぐるみを着た朔月本人の姿。マンガのヒーローよりもひょっとすると人気者かも知れないほどの人気。猫というキャラクター性の故か、はたまた彼女自身の立ち居振る舞いによるところなのか、なつかれるわ、じゃれつかれるわで、もう大変な状態。
 一方、さほど広くもない庭ではあるが、サッカーボールと戯れる男の子たちの姿。ヨーロッパでサッカー選手と言えば、幼い子供たちの夢であり、ヒーローのようなもの。そんな輪の中心にいたのが、織部である。本人も楽しそうに、童心に帰ってボール蹴りに興じている。ボールが動くたびに、歓声と走り回る孤児たちの姿。
 そんななか、マスクマンスタイルで、プロレスヒーローを演じようとやってきた、ホープマスク。かつて、プロレス界でそれなりに名をはせた彼は、こういった場所でもそのショーマンシップを十二分に発揮し、子供たちのよき相手役を演じていた。もちろん、子供相手である。世間の父親がそうするように、スキンシップもかねて、押したり引いたり、転がったり転がされたり、蹴られたり、どつかれたり‥‥。だが、彼のマスクマンとしての習性がつい本気ででてしまう。好奇心旺盛にマスクに手をかけて、引き剥がそうとする子供。

「ねえ、この下のお顔ってどんなの?」

 といわんばかりである。そんなとき、つい子供相手を忘れ、キレモードとなり、

「てめえ、脱がすんじゃあねえ!」

 とばかり、口調まで普段とはまるで違うものになり、びっくりした子供をつい泣かせてしまう場面も。あわてて即座に平時の顔に戻るが、その為か、子供たちの接し方がどこかぎこちないものに変わってしまったのは、可哀そうであった。失地挽回とばかり、筋トレのやり方を教えたり、一緒に体操をしたりとかでなんとかフォローに勤める姿はけなげですらあって。


「ねえ、この車かっこいいね。僕のパパが、こんな車もっていたよ」

 孤児たちのなかには当然車大好きな子供もいる。それは普通の子供と同じ。今回、孤児たちの慰問は一切他人に任せ、自分は参加することもせず、無表情で車を磨いていたフォスターの前にも、そんな孤児たちは遠慮せずに集まってくる。相手は子供、無碍に追い返すわけにもいかず、笑顔で応対するが、彼の思惑を子供は意に介さない。
 傭兵達が乗ってきた4WDは別にめずらしいものではないのだが、孤児達にとっては、異世界のかっこいいマシンに思えたのかもしれない。孤児たちと接する事を拒み、裏方に徹しようとしていたフォスターにとって、予想外の困惑する展開である。

「ねえ? これって、速い? たくさん走る? ‥‥僕らでも乗れる?」

 などと矢継ぎ早の質問。好むと好まざるとにかかわらず、孤児たちの相手をせざるを得なくなる。仕方なく笑顔を作りつつも、とつとつと質問に答えていくうちに、いつしか、子供たちを乗せての試乗会にまで発展する状況。さすがに困り果てているのが傍目にもわかって、それはそれで可哀そうではあった。


 いよいよお別れの時刻だ。持参したお菓子やパン類は、予想を上回る好評で、もっとほしいとせがまれる始末。すっかりその気になったレインと冴木は、あとで作ってこちらへおくるという約束までしてしまい。
 ‥‥ハーモニカの演奏も、アンコールの連続でとどまることをしらず、最後には全員での合唱大会にまで発展する。試乗会も、一人で何回も希望する子が現れ、燃料がない、と口実を作って断る状況にまでになった。
 一度は孤児を泣かしたマスクマンだが、その後はすっかり溶け込み、マスクコレクションのプレゼントには、まさに子供の輪ができ、次々と伸びる小さな手。

「もっと、もってくればよかった」

 などといいつつ、こちらも後で孤児院に送る約束までにいたる始末。シスターが来たとき、いや、それ以上に子供たちの心と体を癒す慰問になったに違いなかった。

「みんな、今日は楽しんでくれた? きっと、ここにはいないシスターも一緒になって楽しんでくれたと思うし、ひょっとしたら、みんなには見えなかったかもしれないけど、ここにいたかもしれないからね」

 と別れを告げる傭兵達。来るときは、依頼という、いわば仕事というとらえ方で来たのに、帰るときは、純粋に自分たちが楽しむため、孤児達に未来を見せるためという、純粋な動機に変わっていたのが傭兵達誰しもの思いであったろう。そんな彼らは、傍らでその眼に涙している院長先生の姿を認めた。泣いているのだ。それは、自分自身の弱さに泣いているのかも知れなかった。‥‥。
 最後に、その場の全員で空に向かって歌を歌う。その声はきっと、神様の下に召されたシスター・ミレイナの耳にも届いていることであろう。 

「また来てくれるの? それはいつ?」
 
「ねえ、今度は何をして遊んでくれるの?」

 傭兵達に真顔で尋ねる孤児たちの心に、ミレイナは確かに存在はしているが、すでにこの世には存在はしていなかった。孤児たちは、成長したのである。‥‥傭兵達は確かにきいた。ありがとうございました、これでこの子達も大人になれます、というシスターの声を。‥‥後日、孤児院から1通の手紙が傭兵達に届いた。そこには、孤児たちと院長先生の写真と、子供たちからのお礼の手紙。その最後には‥‥

「傭兵のお兄さん、お姉さんへ。好きな人いるんですか?」

 なんとも可愛らしいラブレターであった。