●リプレイ本文
●余所者
「どうして行方不明になったかは分からないけど、無事だといいね」
香倶夜(
ga5126)は、おそらく依頼を受ける能力者なら普通に抱く意気込みとともに、町に入った。きっと依頼を出した人らは皆、心配をしているだろう。だから一刻も早く安心させてやろう‥‥そう思っていた。
最初に立ち寄ったカフェで、まず違和感を感じた。主らしき禿頭の男が、こいつらはどこの誰かと品定めするように、じろじろと見ている。UPCから派遣された者だ、と言うとようやく合点がいった、と表情を緩め、詳しいことは隣のホテルに聞け、と教えてくれたのだった。
(「奇妙な仕事だ」)
クーヴィル・ラウド(
ga6293)は思った。そもそも依頼主がはっきりしないし、報酬も出るかどうか。複数の行方不明者がいるのだから大事件かと思いきや、町にはそんな緊迫感がかけらもないのだ。こういう時には、噂好きの野次馬が大なり小なり集まってくるものだが、進んで近づいてくる影は無い。
「話を聞く相手は、選んだほうがいいみたいだね」
犬塚 綾音(
ga0176)は言った。事前の報告を聞く限り、行方不明者は好かれてはいなかったようで、皆が協力的とは言い難い。万が一にでも、彼女たちが戻らないことを望んでいる者がいるとすれば、決して正直なことは言わないだろう。
ホテルの支配人がどちらの立場かは分からないが、少なくともエリーゼ達に最も多く接していて、事件に最初に気づいた人物だから、まず彼から話を聞くべきだ、という部分では皆の意見は一致した。
ホテルと名乗っているが、正しくは田舎の安宿だ。エリーゼ調査隊を泊めればそれだけで満室だという小ささで、今は他の客はいなかった。
「えー、いやいや、どうも。お隣から、詳しくはこちらで、って伺ったんでお邪魔させてもらいます、ええ」
那智・武流(
ga5350)は太鼓持ちさながらに頭をへこへこさせた。
「ああ、これはこれはご丁寧に、はあ、ドウモドウモ」
つられて支配人も頭を下げる。からくり時計の人形のように互い違いにペコペコしあっているのが滑稽と思ったのか、支配人は笑い出した。
「いや、失敬。依頼を見て来て下さった方ですね?」
支配人は素直に、能力者の応援を歓迎した。どうやらこの中年男には、考えているような裏は無いようだ。
「さっそくですが、事のあらましを‥‥」
調査隊がいなくなる直前のこと、行き先のこと、これまでの様子のことなどを細かく聞いていく。そして‥‥話が進むにつれ、呼びつけられたことが腹立たしくなってきた。
そもそも、この町の外は危険だと分かっていたのだ。住民の誰か1人でも、そのことをエリーゼ達に教えていれば事故は起こらなかっただろうし、教えられなかった理由は彼女たちが御友達になりたくないタイプであったからだ。
「女もそうじゃが、住民も住民じゃの」
と、夜柴 歩(
ga6172)は、憚ることなく漏らす。
「気に食わんかったからか? そんな些細な理由で、おぬしらは人の命を危険にさらしたのか?」
「まあまあ」
歩が目の前の支配人を責める口調になってきたので、鷹見 仁(
ga0232)が間に入る。
「その続きは、終わってからだ」
仁にしても、言いたいことは山のようにあるが、支配人ひとりだけに責任は被せられない。今はエリーゼたちを見つけるのが先だ。
「やはり可能性が高いのは、キメラに襲われてどこかに隠れているか、もしくは土砂崩れに巻き込まれた、というところか」
「他に考えられる可能性は潰していきましょう」
方針を絞り込むためにも、辰巳 空(
ga4698)はまず、ホテルの部屋から見てみることにした。もし外部からの侵入や乱闘の跡などでもあれば、別の事件ということもありえる。
「今回は、事態が事態ですから。特別ですから」
「分かってます」
支配人は何度も念押しをする。しょっちゅう客室を開けていると思われてはたまらない、と考えたのだろう。おろおろしている支配人をなだめすかし、ようやく部屋の中を見ることが出来た。
「‥‥これはこれは」
確かに荒れていた。しかしそれは脱ぎ散らかした着替えや食べかけの菓子、蓋の開いたままの化粧品といったもので、である。いなくなる当日に着ていた服と、調査に用いる道具以外のもので無くなった物は無いようである。
「クローゼットの中のこれらは昨日までの服なのでしょうが‥‥なんとも軽装だったようですね」
『全てを究明する者』達の浅薄さが露わになった室内を見せつけられて、空はいい加減、げんなりしてきた。
●ドラゴンフライ
調査隊が向かったという岩場、そこは丁度、トンボ型キメラの目撃された場所と同じ方向だ。
「トンボ型ってのが厳しいね。あたしは空を飛ぶヤツ相手は苦手だよ」
日本刀を得意とする綾音にとっては厄介な相手だ。
「大丈夫だよ、あたしが引きずり降ろしてやるからね」
香倶夜はいつトンボが表れてもいいように、準備を完璧に整えたスコーピオンを構えている。
採掘場までの道は、似たような岩がごろごろする、素っ気ない茶色い風景が続く。時々残っている小さな足跡は、エリーゼ達のものだろうか。よくよく見れば、踵の高そうな靴跡だ。ハイキングのつもりなのだろうか。
「格好に関しちゃ、人のこと言えないけどな」
武流は己の足指がつっかけている鼻緒の赤い下駄を指して言う。神主の彼にとって、この袴姿が最も慣れている格好らしいが、さすがに選択を間違えたか、と頭を掻く。すっ転ばないように慎重に進んでいたら、いつの間にか一行の最後尾となってしまった。
靴を履き替えたらどうだ、そう言おうとしてクーヴィルは立ち止まり振り返った。
「伏せろ!!!」
クーヴィルは、武流の後ろに、2匹のトンボの姿を見つけ、すぐさま力を解放した。眼光が鋭くなり、髪の毛が逆立つ。洋弓リセルを構えると、向こうもこちらを敵と認識したのか、まっすぐに向かってきた。
それを皮切りに、他の能力者達も次々と本来の力を目覚めさせる。
「狙いやすい的だね!」
香倶夜は待ってましたと、銃口を向ける。自分の背丈よりも大きなキメラに、『強弾撃』を施した弾丸をめり込ませる。羽の1枚が吹き飛び、巨体がバランスを崩して地面に近付く。
「これが止めじゃ」
覚醒により膨れあがった歩の腕から発せられる拳が、トンボの胴体に叩き込まれる。鈍い音がした。続けざまに歩は、反対の腕を振り下ろす。トンボが完全に動かなくなっても、歩の破壊への衝動は収まらない。これが彼女の『覚醒』なのだ。
「もう1匹は?」
「こっちも片付いたよ」
綾音は事も無げに言うと、刃にべったりと付いたトンボの体液を拭った。それを鞘に収めると、炎のように波打っていた赤い髪も鎮まった。
改めて、辺りを見回す。
調査隊は、このキメラから逃れてどこかへ身を隠しているのか?
「おーい、もう大丈夫だぞー」
武流が声をかけてみるが、返事はない。荷物の1つも残っていないから、ここで綺麗に食べられてしまったわけではないようだ。
「ともかく、先へ進みましょう」
●崖崩れ
更にしばらく進むと、縞模様の目立つ崖が見えてきた。
「おい、あれは?」
仁が指さしたそこには、可愛らしい花柄のマットが敷かれており、その上には、数個のバッグと、いくつかの化石と、ピカピカのシャベルやハンマーなどが無造作に置かれていた。
やはりここだったか、仁は確信した。
急いで手分けして周りを調べると、1箇所、縞模様の乱れている場所があった。
「誰かいるかー!! 返事をしろーー!!」
とたんに、岩の隙間から「キャーッッ」と黄色い声が聞こえてきた。
「キャーッ、ここよここよーー!!」
「出口を塞がれちゃったのよ、早く出してよー」
「いやーん、泥だらけー。シャワー浴びたーい」
「‥‥どうやら命に別状はないようですね」
空はほっとした。普通、このような状態で何時間も何時間も身動きが取れずにいたら、大の男でも弱ってしまうものだ。が、彼女たちの何とタフなことか。
あとは、この崩れた岩をどかすだけなのだが。
「‥‥これは、人手が要りますね」
どけようにも、ここにいる能力者だけではとても無理だ。
「いいですか、人を呼んできますから。じっとしていて下さいよ」
「えーっ、早くしてよーー」
「おなかすいたーー」
まだ数時間は保ちそうな返事がかえってきた。
急いで町に戻り、住民達に協力を呼びかけた。だが、危険な場所での作業を求められ、なかなか腰を上げようとしない。
「もうキメラの危険は無いんだし、人死にが出たら皆だって気分が悪いでしょ? だったら手伝ってくれてもよくない?」
香倶夜は言うが、まだ踏ん切りがつかぬらしく、互いに役目を押しつけるようにぐずっている。
「‥‥ごちゃごちゃ言ってないで、行くんだよ!!」
堪忍袋の緒が切れた綾音は、再び覚醒し、恐ろしい姿になった。住人に好かれるとか嫌われるとか、もう関係ない。指をバキバキと鳴らし、これ以上留まろうとする者は片っ端からぶん殴る、そんな勢いだ。
「以後、ここが危険に晒されようと、UPCは能力者を派遣出来なくなるぞ、それでもいいのか?」
クーヴィルも、我ながら厭らしい脅しだと思うが、ここまで言わないと彼らは動こうとしなかったのだ。
そうしてようやく男手が集まり、彼らの力で岩はどけられた。
エリーゼ達はぴんぴんしていた。ちょうど凹みになっているところに入っていたので無事だったようだ。7人全員の運を使い果たしたかのようなラッキーだったのに、当の本人はケロリとしている。
「あんたらなあ、俺らに手間かけさせんじゃねえよ」
呆れかえって武流は、今回のことでどれだけ周りに迷惑をかけたか懇々と説教をしてみるが、逆に睨まれてしまった。
「別に能力者じゃなくても、レスキューを呼んでくれればよかったんじゃないの」
「いや、だからそれはキメラがいたから」
「はぁ? キメラ? 知らないわよ、そんなこと」
女どもは頬を膨らませ、さっさとホテルに戻り、やっぱり昨日までと同じように気ままに振る舞っていた。
「いや、今回のことは申し訳なかった、この通りだ!」
平謝りしているのは支配人だった。こうも後味の悪い終わり方になるとは、彼も思っていなかったらしい。綺麗な包装紙にくるまれて差し出された今回の報酬は、支配人のポケットマネーだそうだ。
「まったくもう、ご足労頂いてこれっぽっちで、本当に申し訳ありません」
あまりに支配人が恐縮するので、こっちも戸惑ってしまう。
「困ったときは、いつでも呼んでくれればいい。こんな時代だ、皆で助け合って行こう。」
仁がそう言うと、支配人はほっとした顔になる。
「ところで、お嬢様方は?」
「新しい地層が見つかったとかで、別の町に‥‥」
「『全てを究明する者』はお忙しいことで」
その町で、また騒ぎを起こさなければよいのだが。