タイトル:思い出の八幡神社マスター:江口梨奈

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/01/28 00:12

●オープニング本文


「ミサコ、この階段はどこまで続くんだ?」
「そうね‥‥今が3分の1ってところかしら?」
「オウ!」
 アルバートは大げさに肩をすくめた。冬だというのに、額にびっしり汗をかいている。美沙子にとってこの神社は、小さい頃から遊び場のようにしていたのだから、石段の数に今更驚きはしないが、初めて訪れたアルバートには少々きつすぎたようだ。が、それにしても大の男が情けない。
「アル、あんたはもうちょっと食事制限をするべきだわ。結婚したらみてなさい、毎食、砂糖のひと匙まで計算し尽くしたメニューにしてみせるわ」
「お手柔らかに」
 会話から察せられる通り、ふたりはこの春に一緒になることを約束した恋人同士だ。その後に美沙子は、アルバートの国へ移ることになっている。だからその前に、初詣も兼ねて、彼女が幼少時代を過ごした思い出の場所をこうやってふたりで回っているのだ。
「何か見えた。赤いぞ」
「あれが鳥居よ」
 ようやく頂上に辿り着いた。
 へたり込むアルバートを尻目に美沙子は、まるで子供に戻ったようにはしゃいでいた。
「懐かしいわ! 今はこんなに荒れてるけど、昔は賑やかだったのよ。お正月にはここで甘酒が配られていてね。フェンスは結ばれたおみくじで真っ白だったわ」
 嬉しそうに美沙子は言うが、鳥居は塗装がはげかけており、社は黒ずみ、フェンスは錆びだらけだ。とても彼女が言うように、賑やかだった場所とは思えない。それでも、美沙子が喜んでいるのだから来て良かった、とアルバートは思った。
「さて」
 ようやく息切れのおさまったアルバートが立ち上がり、社の方へ近付いた。彼にとっては、何もかもが珍しいものだ、興味津々といったぐあいに、美沙子に尋ねる。
「この箱はなんだ?」
「賽銭箱よ。参拝するときにはね、こう‥‥」
 小銭を投げ入れ、頭上の鈴をガラガラと鳴らしてみせる。大きく柏手を打ち、一通りの作法を終わらせると、アルバートは目を丸くした。美沙子は満足そうに、そこから去ろうとした。アルバートは、格子戸のある建物の中に入らない美沙子を引き留める。
「もう終わり? この中へは?」
「そこはご神体を祀っているところよ」
「ご神体?」
「そう。ええと、何だっけ、ここは八幡さまだから‥‥」
 美沙子も詳しく知っているわけではない。ふたりは、格子の隙間から、そうっと中を覗き込む。
「‥‥へんな人形があるぞ」
 2、30センチぐらいの小さな人形がいくつも並んでいた。
「あれって、土偶よね? へえ、こんなものを祀ってるんだ」
 と言いかけたときだ。
 土偶たちが、カタカタと動き始めた。
「えっ?」
 思う間もなく、土偶は美沙子に向かって突進してきた。
「危ない!!」
 アルバートが美沙子を突き飛ばす。
「アル!!」
「逃げろ、ミサコ!!」

 依頼を出しながら、美沙子は泣いていた。
 どうしてあの時、アルバートに言われるまま逃げてしまったのか。
 あれからだいぶ時間が経つというのに、アルバートはまだ戻ってきていないという。
「アルを、助けて」
 依頼は受理された。

●参加者一覧

犬塚 綾音(ga0176
24歳・♀・FT
劉黄 柚威(ga0294
27歳・♂・SN
エリク=ユスト=エンク(ga1072
22歳・♂・SN
流 星之丞(ga1928
17歳・♂・GP
伊河 凛(ga3175
24歳・♂・FT
櫻小路・なでしこ(ga3607
18歳・♀・SN
歪十(ga5439
22歳・♂・FT
霧島 ケイナ(ga5808
21歳・♂・GP

●リプレイ本文

●信じる力
 悲劇にしちゃ、可哀想だよな。
 そう言ったのは霧島 ケイナ(ga5808)だ。
 見上げた先には、高くそびえる石段。
 結婚を約束した男と女は、ただ思い出を辿るためだけにここへ来た。それだけのはずだたったのに、まさかこんなことに巻き込まれるなんて!
 男は全力で女を守り、逃げ遅れた。女は逃げおおせたが、それを悔やんだ。
「互いを思いやる、いいカップルじゃないか」
 ケイナは石段の先を見上げた。古びて苔生している。この上に、ドグウどもがいるのかと思うと、いやが上に緊張する。
「さて」
 と、伊河 凛(ga3175)は軽く屈伸をして、その1段目に足をかけた。
「一気に、行く」
 誰に告げるでもなくそう言うと彼は苔生した石段を駆けだした。
「‥‥急げ」
 エリク=ユスト=エンク(ga1072)も負けじと続く。1分でも、1秒でも早く頂上に。
 間に合ってほしい。自分たちを信じてくれた彼女のためにも。

 恋人の危機に逃げるしか出来なかった依頼主は、狼狽している上に泣きじゃくっているので、なかなか彼女から詳しい話を聞き出せなかった。
「気持ちはよく分かります。でも、落ち着いて下さい。まだ間に合います、そのために僕たちがここにいるんですから」
 流 星之丞(ga1928)は美沙子の両肩に手をやり、まっすぐに彼女の瞳を見て訴える。美沙子も、それは分かっているのだが、何かを喋ろうとすると嗚咽となって上手く状況の説明が出来ず、またそれに動揺して泣きだしてしまう、といったことをさっきから繰り返していた。
「月並みな言葉で申し訳ありませんが、ご自分を責めることはしないで下さい」
 少しでもなだめようと、櫻小路・なでしこ(ga3607)は依頼主の手を己の両掌で包むように握り、さすってやる。
「だって、アルは、私を庇ってくれたのに、それなのに私は逃げ‥‥」
「逃げて正解だった」
 劉黄 柚威(ga0294)は遮った。
「あんたにはキメラと戦う術はない。アルバートを助けたいという『思い』、それは俺たちに預けてくれ」
 相手がただの人間であったら、女とはいえ多少は抵抗が出来るだろう。だが今回、神社に現れたのは、キメラなのだ。それも感情など持ち合わせていない、本能のままに地球人を殺戮するだけの化け物だ。美沙子が残ったところでどうなる、アルバートが庇ったことすら、無駄になりかねない。
「あんたが今、すべき事は、彼を信じる事だ」
「信じる‥‥?」
「ああ」
「美沙子さんは、『シュレディンガーの猫』って知ってるかい?」
 あまりに唐突なことを犬塚 綾音(ga0176)が言うので、美沙子は「ひぇ?」と素っ頓狂な声を上げた。
「こ難しいことは分からないけど、おおざっぱに言っちゃえば、蓋を開けてみるまで確率は半々ってことだよ。でもね」
 泣きはらして真っ赤になった美沙子の頬に掌を当てて、綾音は言う。
「そんなのは只の理屈だ。あんたが恋人の無事を強く信じれば信じるほど、半々の可能性は6・4にも7・3にも変わるんだ」
 人が人を思う気持ちは、理屈ではない。
 美沙子が希望を持ち続ければ、それは力になる。アルバートにとっても、美沙子自身にとっても、そしてその希望を受け取った能力者達にとっても。
「大丈夫‥‥絶対に助ける」
 歪十(ga5439)がそう言う頃には、美沙子も落ち着きを取り戻していた。

●八幡神社
 とうに寂れた神社だ。参拝する者はおろか、犬の散歩に来るものすらいない。周囲の木々は葉を落とし、寒々しさに輪をかける。
 赤い鳥居をくぐると、続いて参道が延び、正面に拝殿があった。
「‥‥‥‥」
 エリクは黙って、常に付けている目隠しを外した。目隠しの下には、いくつもの痛々しい傷跡がある。覚醒の度に増やしたものだ。今また、彼の顔に新しい傷がつく。
「共に力を尽くそう」
 柚威も力を解放していた。髪が深い緑色になり、その中には角が2本見えている。
「あんたのことは頼りにしている」
「‥‥何だ?」
「何も」
 ただの独り言だ、とはぐらかして柚威は、作戦の位置に移る。まず半数が囮となってドグウの注意を向けさせる、という計画だ。その間に残りの者がアルバートを捜す。美沙子が言うには、拝殿の中にドグウがいたというので、今回もまずはそこから調べることとなった。
 覚醒し、髪を純白に変えた凛は、神経が普段以上に研ぎ澄まされる。わずかな物音、空気の流れ、そういったものに敏感になるのだ。
 拝殿の格子戸に近づき、中の様子を伺う。
「‥‥いる!」
 間違いない、気配がする。誰もいないはずの拝殿の中に、動き回るものがある。
「開けなさい、用意は出来てるよ」
 綾音の闘志は炎々と燃えるような髪に現れている。刀を構え、いつドグウが飛び出してきてもよい体勢だ。早く暴れ回りたい、そう全身で訴えている。
 だが、拝殿の中にあったものを見て、彼らは息を呑んだ。
 7、8体のドグウが、床に寝そべる血まみれの男を取り囲んでいたのだ。

「アルバートさん!!?」
「アルバート!!」
 銘々が、思わず声をあげてしまった。
「‥‥‥‥ぁ‥‥ぅ‥‥」
 小さいが、確かに返事があった。
 まだ生きている‥‥胸をなで下ろした次の瞬間、能力者達は目の前にドグウが迫ってきているのを見た。
 ドグウどもは、扉が開き、その向こうにいた『地球人』に反応したのだ。
「俺たちが相手だ!!」
 凛は、わざと大きく刀を振り回し、後ろへ飛び退った。派手に、目立つように両手足を動かしながら、ドグウを拝殿から引き離していく。
(「今のうちに」)
 仲間が囮となり、ドグウの気をそらしている隙に、ケイナは『瞬天速』でアルバートの元へ体を滑り込ませる。
「アル。アルバート。生きてるか?」
 そばにしゃがみ込み、ぞっとした。
 床が濡れている、と思ったそれは、血だったのだ。
「おい、アルバート!!」
 頬を叩き、反応をみる。瞼がぴくぴく動いた。
「くそ‥‥すごい傷だ」
 追って入ってきた歪十が、眉をしかめる。アルバートは、無事とは言い難い状態だったのだ。着ていた衣服は破れ、肌が露わになっており、そこから見えている皮膚という皮膚に、噛み千切った傷があったのだ。
「すぐに、手当を」
「暖めてあげるのが先です」
 星之丞は黄色のマフラーを外し、アルバートにかぶせた。この寒空の中を放り出されていたのだ、しかもこれだけの出血があれば、どんなに体力を無くしているだろう。
「すぐに病院へ運びましょう!」
 救急セットでは追いつかない怪我だとみてなでしこは、すぐさまアルバートをここから連れ出したほうが良いと判断した。
「星之丞さん、背負えますか?」
「このくらいでしたら」
 そう言って星之丞は奥歯をカチッと鳴らした。覚醒したときの彼の癖である。彼はそれを合図に『豪力発現』でアルバートの大きな体を背中に乗せた。
 囮たちが未だ大立ち回りをしている、再びその隙を狙って拝殿から出ようとした。
 しかし、人を背負って大きく見えてしまう姿が災いしたのか、ドグウのひとつがこちらに気付いてしまった。
 キメラの持つ、バグアにより作られた本能『地球人を屠る』に因って、そのドグウは星之丞に向かってきた。
「ここは、俺に任せて‥‥早く行け!」
 歪十だ。両手に持った刀で、代わりに体当たりを受け止めた。
「お相手は、わたくしです」
 ふたりが石段を下りていくのを見届けて、なでしこもまた長弓を構えた。
 あとは、アルバートが病院へ行くまでの時間稼ぎ。
 いや、そんなつもりはない。
 ここにいる全てのキメラを、葬るのだ。
「ここはおまえ達の場所じゃない‥‥」
 生命の理を無視して生まれた、地球の命を脅かす余所者を土に還すのだ。
「あたしに叩き割られたい奴は、どいつだい!!」

●それから
 歪十は、袂をまさぐって、10円玉を取りだした。それを賽銭箱の中に入れ、手を合わせる。
「おーい、歪十。置いていくよ」
 ふと気が付けば、彼以外の者はみな石段を降りかかっていた。またも存在を忘れられたかと、頭をかく。
「それで、何を祈ってたんだ?」
「まあ、いろいろと」
 間もなく、アルバートが意識を回復したという連絡が入った。

 思いは、届いたのだ。