●リプレイ本文
●信じる力
悲劇にしちゃ、可哀想だよな。
そう言ったのは霧島 ケイナ(
ga5808)だ。
見上げた先には、高くそびえる石段。
結婚を約束した男と女は、ただ思い出を辿るためだけにここへ来た。それだけのはずだたったのに、まさかこんなことに巻き込まれるなんて!
男は全力で女を守り、逃げ遅れた。女は逃げおおせたが、それを悔やんだ。
「互いを思いやる、いいカップルじゃないか」
ケイナは石段の先を見上げた。古びて苔生している。この上に、ドグウどもがいるのかと思うと、いやが上に緊張する。
「さて」
と、伊河 凛(
ga3175)は軽く屈伸をして、その1段目に足をかけた。
「一気に、行く」
誰に告げるでもなくそう言うと彼は苔生した石段を駆けだした。
「‥‥急げ」
エリク=ユスト=エンク(
ga1072)も負けじと続く。1分でも、1秒でも早く頂上に。
間に合ってほしい。自分たちを信じてくれた彼女のためにも。
恋人の危機に逃げるしか出来なかった依頼主は、狼狽している上に泣きじゃくっているので、なかなか彼女から詳しい話を聞き出せなかった。
「気持ちはよく分かります。でも、落ち着いて下さい。まだ間に合います、そのために僕たちがここにいるんですから」
流 星之丞(
ga1928)は美沙子の両肩に手をやり、まっすぐに彼女の瞳を見て訴える。美沙子も、それは分かっているのだが、何かを喋ろうとすると嗚咽となって上手く状況の説明が出来ず、またそれに動揺して泣きだしてしまう、といったことをさっきから繰り返していた。
「月並みな言葉で申し訳ありませんが、ご自分を責めることはしないで下さい」
少しでもなだめようと、櫻小路・なでしこ(
ga3607)は依頼主の手を己の両掌で包むように握り、さすってやる。
「だって、アルは、私を庇ってくれたのに、それなのに私は逃げ‥‥」
「逃げて正解だった」
劉黄 柚威(
ga0294)は遮った。
「あんたにはキメラと戦う術はない。アルバートを助けたいという『思い』、それは俺たちに預けてくれ」
相手がただの人間であったら、女とはいえ多少は抵抗が出来るだろう。だが今回、神社に現れたのは、キメラなのだ。それも感情など持ち合わせていない、本能のままに地球人を殺戮するだけの化け物だ。美沙子が残ったところでどうなる、アルバートが庇ったことすら、無駄になりかねない。
「あんたが今、すべき事は、彼を信じる事だ」
「信じる‥‥?」
「ああ」
「美沙子さんは、『シュレディンガーの猫』って知ってるかい?」
あまりに唐突なことを犬塚 綾音(
ga0176)が言うので、美沙子は「ひぇ?」と素っ頓狂な声を上げた。
「こ難しいことは分からないけど、おおざっぱに言っちゃえば、蓋を開けてみるまで確率は半々ってことだよ。でもね」
泣きはらして真っ赤になった美沙子の頬に掌を当てて、綾音は言う。
「そんなのは只の理屈だ。あんたが恋人の無事を強く信じれば信じるほど、半々の可能性は6・4にも7・3にも変わるんだ」
人が人を思う気持ちは、理屈ではない。
美沙子が希望を持ち続ければ、それは力になる。アルバートにとっても、美沙子自身にとっても、そしてその希望を受け取った能力者達にとっても。
「大丈夫‥‥絶対に助ける」
歪十(
ga5439)がそう言う頃には、美沙子も落ち着きを取り戻していた。
●八幡神社
とうに寂れた神社だ。参拝する者はおろか、犬の散歩に来るものすらいない。周囲の木々は葉を落とし、寒々しさに輪をかける。
赤い鳥居をくぐると、続いて参道が延び、正面に拝殿があった。
「‥‥‥‥」
エリクは黙って、常に付けている目隠しを外した。目隠しの下には、いくつもの痛々しい傷跡がある。覚醒の度に増やしたものだ。今また、彼の顔に新しい傷がつく。
「共に力を尽くそう」
柚威も力を解放していた。髪が深い緑色になり、その中には角が2本見えている。
「あんたのことは頼りにしている」
「‥‥何だ?」
「何も」
ただの独り言だ、とはぐらかして柚威は、作戦の位置に移る。まず半数が囮となってドグウの注意を向けさせる、という計画だ。その間に残りの者がアルバートを捜す。美沙子が言うには、拝殿の中にドグウがいたというので、今回もまずはそこから調べることとなった。
覚醒し、髪を純白に変えた凛は、神経が普段以上に研ぎ澄まされる。わずかな物音、空気の流れ、そういったものに敏感になるのだ。
拝殿の格子戸に近づき、中の様子を伺う。
「‥‥いる!」
間違いない、気配がする。誰もいないはずの拝殿の中に、動き回るものがある。
「開けなさい、用意は出来てるよ」
綾音の闘志は炎々と燃えるような髪に現れている。刀を構え、いつドグウが飛び出してきてもよい体勢だ。早く暴れ回りたい、そう全身で訴えている。
だが、拝殿の中にあったものを見て、彼らは息を呑んだ。
7、8体のドグウが、床に寝そべる血まみれの男を取り囲んでいたのだ。
「アルバートさん!!?」
「アルバート!!」
銘々が、思わず声をあげてしまった。
「‥‥‥‥ぁ‥‥ぅ‥‥」
小さいが、確かに返事があった。
まだ生きている‥‥胸をなで下ろした次の瞬間、能力者達は目の前にドグウが迫ってきているのを見た。
ドグウどもは、扉が開き、その向こうにいた『地球人』に反応したのだ。
「俺たちが相手だ!!」
凛は、わざと大きく刀を振り回し、後ろへ飛び退った。派手に、目立つように両手足を動かしながら、ドグウを拝殿から引き離していく。
(「今のうちに」)
仲間が囮となり、ドグウの気をそらしている隙に、ケイナは『瞬天速』でアルバートの元へ体を滑り込ませる。
「アル。アルバート。生きてるか?」
そばにしゃがみ込み、ぞっとした。
床が濡れている、と思ったそれは、血だったのだ。
「おい、アルバート!!」
頬を叩き、反応をみる。瞼がぴくぴく動いた。
「くそ‥‥すごい傷だ」
追って入ってきた歪十が、眉をしかめる。アルバートは、無事とは言い難い状態だったのだ。着ていた衣服は破れ、肌が露わになっており、そこから見えている皮膚という皮膚に、噛み千切った傷があったのだ。
「すぐに、手当を」
「暖めてあげるのが先です」
星之丞は黄色のマフラーを外し、アルバートにかぶせた。この寒空の中を放り出されていたのだ、しかもこれだけの出血があれば、どんなに体力を無くしているだろう。
「すぐに病院へ運びましょう!」
救急セットでは追いつかない怪我だとみてなでしこは、すぐさまアルバートをここから連れ出したほうが良いと判断した。
「星之丞さん、背負えますか?」
「このくらいでしたら」
そう言って星之丞は奥歯をカチッと鳴らした。覚醒したときの彼の癖である。彼はそれを合図に『豪力発現』でアルバートの大きな体を背中に乗せた。
囮たちが未だ大立ち回りをしている、再びその隙を狙って拝殿から出ようとした。
しかし、人を背負って大きく見えてしまう姿が災いしたのか、ドグウのひとつがこちらに気付いてしまった。
キメラの持つ、バグアにより作られた本能『地球人を屠る』に因って、そのドグウは星之丞に向かってきた。
「ここは、俺に任せて‥‥早く行け!」
歪十だ。両手に持った刀で、代わりに体当たりを受け止めた。
「お相手は、わたくしです」
ふたりが石段を下りていくのを見届けて、なでしこもまた長弓を構えた。
あとは、アルバートが病院へ行くまでの時間稼ぎ。
いや、そんなつもりはない。
ここにいる全てのキメラを、葬るのだ。
「ここはおまえ達の場所じゃない‥‥」
生命の理を無視して生まれた、地球の命を脅かす余所者を土に還すのだ。
「あたしに叩き割られたい奴は、どいつだい!!」
●それから
歪十は、袂をまさぐって、10円玉を取りだした。それを賽銭箱の中に入れ、手を合わせる。
「おーい、歪十。置いていくよ」
ふと気が付けば、彼以外の者はみな石段を降りかかっていた。またも存在を忘れられたかと、頭をかく。
「それで、何を祈ってたんだ?」
「まあ、いろいろと」
間もなく、アルバートが意識を回復したという連絡が入った。
思いは、届いたのだ。