●リプレイ本文
●情報収集
万里子の住むアパートに、手伝いを申し出てくれた6人の能力者と、これまでに被害にあった4人の能力者が集まっていた。1DKの狭い部屋に11人も入っているのだからぎゅうぎゅうである。半分は台所にまではみ出し、それでも何人かは立ったままである。
「さっそく、状況を聞きたいわね」
アズメリア・カンス(
ga8233)が水を向けると、皆が待ってましたと話し始める。
「夜中だったよ、後ろから急にさ」
「僕の時は雨が降ってたね」
「女、だったのかな? 髪が長くてスカートはいてたし」
「やーだ、アレ、絶対男よ、男。あんなガニマタの女いないわよ」
「思うに、変装だね」
通り魔に襲われたとはいえ、彼らも最前線で戦っている能力者達だ。腕を少々切られたぐらいで震え上がったりはしておらず、むしろ不思議な事件を面白がっているようだ。
「切られたって言うけど、切ろうとして失敗した感じかな」
「ありゃ、素人だね」
「キメラ相手ならもうちょっと警戒するんだけど、ただの人間だったしね」
「キメラじゃなかったことは確かなんだな?」
ヤナギ・エリューナク(
gb5107)は念を押した。今回の事件で恐れていることはそれだ。もしキメラに襲われていたのなら、マシュマロを送った人物はキメラを意のままに使役することが可能な力を持っていることになる。どうやらその心配はないようだ。
「ほらほら、順番に話さないと、みんなが困ってるじゃない」
茶菓子を運んできた万里子が苦笑する。
「あんたは呑気だよな。次は自分が襲われるかもしれないのに」
「そんな弱気な人間が能力者なんてやってられますかっての」
万里子はあっけらかんと言い放った。
「いやいや、頼もしいですね。それでですね万里子さん、その他に気付いたことは?」
木場・純平(
ga3277)が続きを促すと、茶で喉を湿らせた一団は、再び熱く語り出した。
「俺たちの共通点、ってことは、やっぱりこないだの依頼か?」
「この5人が揃ったのは、あれが初めてだしね」
「5人以外はどうです、別の手伝いを呼んだりしませんでした?」
重ねて純平は尋ねる。答えはノーだ。住人たちは皆、別の場所に避難をしていて、情報を集めるために自分たちから話を聞きに行きはしたが、向こうから来て貰うこともなかった。面倒はかけずに済むよう、気を遣ったつもりだ。
「あの時、誰かから恨みを買ったかしら?」
「何もしてないと思うけどねえ」
万里子たちはうんうん唸った後、黙り込んでしまった。全く心当たりがないのだ。先の依頼で、誰かを巻き込んだり、何かを壊したりした覚えは無い。
「マシュマロの作り方をご存知ですか?」
送られたマシュマロの画像データを見ていた常 雲雁(
gb3000)が沈黙を破る。
「卵白を泡立てたものをゼラチンで固めるだけなんですけどね、クッキーやケーキと違って、あんまり手作りされる菓子じゃありませんよね」
画像にあるマシュマロは、その包装紙から見て市販品ではない。だが手作りだとすれば、神経質なほどに大きさが揃えられ、きっちりと並べて詰められている。
「わざわざこんなものを作って、送ってきて‥‥なんとなく、怨念めいたものを感じますね」
「怨念、ね‥‥」
と、万里子が、何か思い出したように顔を上げた。
「そう言えばさ、あの依頼に行ったところで、暗い雰囲気の男がいたわよね」
「誰のこと?」
「ほら、『能力者になれる人って、さぞや運がいいんでしょうねェ』って、なーんかカチンとくる物言いで」
「そんな人、いた?」
「いたのよ。『エミタを埋めるの? 手術で? へェ〜、そこまでしてねェ』って言われたのよ。殴ってやろうかと思ったわ」
「うわ、なんだソイツ」
「万里ちゃんのことだから、本当に殴ったんじゃない? それで恨みが」
「いやいやいや」
仕事先のS地区で、彼らはいろんな人に会い、会話もした。依頼に関することと、他愛ない世間話だ。お互い人間なのだから、些細な言葉で気に障ることがあったかもしれない。それも含めて万里子たちは、もう一度思い返してみることにした。
●護衛(1)
夜になった。結論が出ないまま、とりあえず、万里子のボディーガード以外は解散である。
「この辺りは、まだ街灯が残ってるんですね」
「それもいつまでかしら? 今付いている電球が切れたら、それっきりなんじゃない?」
ティム・ウェンライト(
gb4274)がカーテンの隙間から外を見る。アパートの周囲は、通行人の顔が辛うじて分かるほどの明るさはある。
「雲雁さんからも言われたと思いますが、念のために、夜は出歩かないで下さいね」
万里子が襲われるとしたら、これからの時間帯だろう。ティムは警告する。
「むしろ出歩いた方が良くない? 犯人をおびき寄せるチャンスじゃないかしら」
「そうですか?」
「なんなら、ティム君が代わりに囮になるってのはどう?」
万里子はティムの顔をまじまじと見て言った。
「あら、それいいんじゃありません?」
立花 ひな(
gb4759)が面白がって賛同した。
「髪の長さは同じぐらいだし。私の服は、着られるかしら?」
「確かティム、変装用に従妹さんの服を用意してたんじゃなかった?」
アズメリアが思い出さなくていいことを思い出す。
「んまあ。なんて準備がいいんでしょう」
「いや、これは、万一の時に備えてで‥‥」
「今がその万一なのよ」
これはもう、遊ばれている。しかし、確かに囮もいい案だ。どうするべきかと逡巡している間に、二人の手によってあっという間にティムの変装は出来上がってしまった。
「外へ行く理由は‥‥そうね、夜食でも買ってくる?」
「どこかお店がありますか?」
「駅通りまで出ると、コンビニがあるわよ。未だ24時間でやってる店よ」
「へえ。根性あるじゃない」
買い出しリストが作成された。
「はい、S地区に持って行ってた鞄とコートを貸してあげる。いってらっしゃ〜い」
「くう‥‥何か落ち着かないな。早く解決して着替えないと‥‥」
裾のぴらぴらしたチュニックを纏ったティムは、溜息をつきながらアパートの階段を降りていった。
「うふふ。可愛くなってましたよね」
「しかし、何よあの細ッそい腰は。ああん憎たらしい!」
部屋に残った女性陣は、新しい茶葉を入れ直して、お喋りの続きに戻った。
「それにしても、不思議な事件ですね。不謹慎ですけれど、怪しい感じにわくわくしてしまいます」
「わくわくはこっちも同じよ。マシュマロを作る通り魔なんて、顔が見てみたいわ」
「犯人に関する情報が無いのが気味悪いわね」
「戦い慣れていない男、というのは確定かしら」
3人であれこれ、犯人像を考えてみる。きっと陰気な人物で、粘着質で、でも何度も失敗をしているということは鈍臭いのではないか、などなど。
少なくとも、これまでの事件は、道端で起きている。だから大丈夫というわけではないが、煌々と明るい屋内で、2人も待機しているのだ。茶を味わう余裕ぐらいはある。
「ところで、気になってるんですけど」
ひなが尋ねた。
「そのマシュマロは、召し上がったんですか?」
「まさか。でも毒は入ってなかったそうよ。それどころかすごく上手に作ってたって。ひなちゃん、食べてみる?」
ひなはぶんぶんと首を左右に振った。
●護衛(2)
アパートの見える位置に待機していた雲雁は驚いた。万里子が、不用心にも一人で出てきたと思ったからだ。
(「外出は控えるように言ったのに‥‥!」)
と、飛び出そうとした雲雁の肩をヤナギが掴み、止めた。
「ちょうどアズメリアから連絡が入ったぜ」
雲雁の誤解も無理もない、この暗い中、万里子の部屋から女性が出てきたら、誰でもそれが万里子だと思うだろう。
(「分かっていても、間違いそうだな」)
それは純平も同じである。真っ昼間ならすぐに気付くだろうが、時間が時間である。
(「犯人がいるとしたら、どうだろう‥‥?」)
すぐに偽物と気が付くか。
それとも、本物だと思って機会を窺うか。
万里子の部屋には、2人が貼り付いている、それを信頼して、3人はティムを万里子として護衛を続けた。
目的地のコンビニは、歩いて10分ぐらいの距離である。住宅街を抜けていくが、この時勢では無人の家も多い。電車はとうに最終便が出てしまっているし、そもそも利用客も無い。
しいんと静まりかえる町に、ティムの足音だけが響く。
かつ、かつ、かつ。
と、その音に重なる、別の音が聞こえてきた。
後ろから聞こえてくる。
だんだん早くなる。
髪の長い、スカートをはいた人影が近付く。
振り上げた手に、光る物が。
「動くなッ!」
『瞬天速』で二人の間に割入った雲雁のスピードは、それが下ろされるよりも速かった。
「何が目的なの? 今ならまだ間に合うから、こんなことはやめて大人しくしなさい」
「て、てめえ‥‥あの女じゃない! あの住所で間違いないはずなのに、何でだ!」
どうやらマシュマロを送っていたのは、能力者の住所を確認するためだったようだ。だとすると、何という念の入れようか。
「くそおっ!!」
スカートの人物はメスを振り回し、そこから逃げ出そうとする。
「大人しくしろ!」
純平は犯人の腰に腕を回すと、大胆にもそのまま持ち上げて地面に叩きつけ、更に上から押さえ込んだ。
「やるねえ、純平」
ヤナギは動けなくなった犯人に近付いた。やはり男だった。髪もかつらのようだ。じたばたもがく男の手首を掴み、刃物を取り上げる。医療用のメスだった、が、皮膚は切れてもエミタがどうこうなるものではない。
「只の人間だね? 覚醒するまでもなかったか」
「『覚醒』‥‥? 貴様らも、能力者か!!」
暴れる犯人は、逃げられないと分かっても尚、ヒステリックに叫び続ける。
「よこせぇっ、エミタをよこせぇえええ!!!」
●動機
捕まった犯人の顔を見て、万里子は「あっ」と驚いていた。
「この男よ、話に出てきた、暗い雰囲気の男って」
万里子がそう言ったので、アズメリアはそれまでの会話の記録を刳る。
会話に出てきた、暗い男。万里子にやけにつっかかった男。
「本部から連絡が来ましたわ」
ひなが続報を持ってきた。
「能力者の適性検査を受けたことがあって、でも適性ナシの結果だったそうですわ」
どうやら男は、能力者になりたかったようである。
『覚醒』をし、華やかな変身をする能力者に憧れ、しかし決してなることは出来ないと烙印を押されてしまった。
たかがちっぽけな金属ではないか、それが体内に入れられないなんてことがあるものか‥‥しかしULTは頑として、自分の体にエミタを入れようとはしてくれない。
ならば、自分で手に入れればよい。
「そんなになりたいものかしら、能力者に」
「人によるだろうね」
雲雁はきゅっと唇を結んだ。彼は‥‥彼が能力者になる道を選んだのは、バグアのせいで両親を失ったからなのだ。
「ともあれ、今回の連続襲撃事件はこれで終わりね」
明日からは安心してマシュマロを食べられそうだ。